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そして日はまた昇る

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そして日はまた昇る ◆/Vb0OgMDJY


第一射、着弾。
距離にして、およそ50メートル。
この距離ならば、観測手も必要無く、着弾まで一秒も無い距離故、何処に当たったのかもよく判る。
コートに防がれたが、狙いは外さずに右足に命中し、九鬼の身体が僅かに揺らぐ。

正直なところ、此処まで上手く行くとは予想してはいなかった。
極端な話、自動車でも持ち出されたら対処は大幅に変えざるを得なかった。
まあ防弾でもないガラスとタイヤなどどうにでもなるが、それでも数手遅れを取るのは間違いなかった。
……だが、九鬼はそもそも盾になりそうなものすら、用意してこなかった。
幾ら怒りに身を任せているとはいえ、この行動は無謀過ぎはしないだろうか。

一秒にも満たない思考の末に、二発目、着弾。
今度も、右足。
折角負傷しているのだから、そこを狙わない手は無い。
片足が動かなければ、もはやそれは敵では無いのだから。

集中の傍らに、考える、相手の思考を。
九鬼の能力ならば、こちらの呼吸を読んで射撃の瞬間に回避することも、不可能では無い筈だ。
無論その程度の達人が相手でも、対処は可能なのだが……

三発目、今度は額を狙ったが、頭部に添えられたまま不動の左腕に阻まれる。
二度続いた事で右足に意識が向くかと思ったが、そんな事は無いようだ。

だが、それにしても回避すらしないというのはどういう事か。
恐らくは何かしらの隠し玉があり、それを狙っているのだとは思うが。

四発目と五発目。
コートの長さの関係で届きにくい足の甲を狙った弾は一発はそれてアスファルトに傷を穿っただけだが、もう一発は命中。
指が飛んだか、甲を貫いたかは知らないが、マトモに歩くことすら困難になるはず。

幾らなんでも、ダメージを気にしなさすぎではなかろうか。
あれでは戦闘能力すら失われていく筈。

六七八。
速度が落ちたところを、再び右足に精密に揃える。
速度が落ちた計算だった為に、二発外れる、何故だ?

ソレをも補って充分な隠し玉なのか。
……いや、それとも

九、十、十一、十二、十三、
足で止まらないのならば、ダメージの大きい部位を狙う為に、胴体に向ける。
コートの上からでも肋骨の一つや二つ折れるはずの衝撃が何の意味もなさない。

ああ、確信した。

十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十
そもそも、最初から作戦も何も無かったという事を。
二十一、二十二と空のトリガーを引いて初めて弾切れを自覚する。

……そして、最早九鬼の前進を止めるものが何も無い事も。


傷つくたびに、感覚が鋭く、研ぎ澄まされていく。
ただ、倒す。
熱く、熱く、熱い心が、敵を貫けと叫ぶ。
痛みなど感じない。
あるのはただ灼熱のマグマのみ。
本来痛みと呼ばれていたものが、全て力へと転じて行く。

さあ、どうした?
もう少しでオレの手はお前に届くぞ?
何かの作戦に乗ってやったのに、何もしてこないのか?

と、そこで、男が『赤い炎の塊』を、打ち出す。
少し驚いたが、それは、それと似たようなものを、体が覚えていた。
身をひねり、かわす。
記憶の中にあるその炎よりも、速度ははるかに速く、狙いも正確だ。
そして、何よりその動作において、急所を堂々と晒すような油断は無尽にも見られない。

ああ、そうだ、すばらしい。
やはり、こうでなくてはならない。
生涯をかけて追い求めた仇には、それぐらいやってもらわないと困る。

仇?

いや、違う。
仇はすでにあの時、アイツに殺されてしまった。
生涯の仇が、生きる目的が、すでに無い?
いや、ある。
仇は、今視界に遠く、白い髪を美しくはためかせている。

再び男が放った炎をかわしながら、その姿を視界に捉える。

いや、だが、待て。
そもそも、仇は一度無くなって、おれは仇の仇と戦った。
あいつは、仇をうばったアイツとは既に戦った?
いや、だが、アイツは既に死んだ?
いや違う、あいつをは殺されたんだ、
仇を殺した仇が、また別の仇に殺された?
ならばこの目の前にいる仇と同じ力をもつこいつが仇なのか?

いや仇は他にいる?
じゃあコイツはは一体誰のカタキだ?
いや、まて、そもそも、俺が求めていたのは、仇の仇ではなくて、『    』の仇だ。

そう、その仇は、仇を知っているのは、あの女だ。
なんて幸運。
『  』と『    』を殺した仇が、一緒にいるとは。

嬉しくて嬉しくて、狂ってしまいそうだ。


……リロードする余裕は無く、接近される。
銃弾で止まらないなら、と、質量で攻撃する火を噴く銃も、意味を成さなかった。
三発しか無い弾は早々に撃ちつくし、それに続いて苦し紛れに全弾撃ちつくしたコルトが意味を成さなかった事で、残す距離はついに、三手となる。
この段階において、銃はその役目を終える。
狙いをつけて、打つという動作が必要な銃では、接近戦では役に立たない。
相手が銃に慣れていないならばその限りではないが、この相手は銃どころか大砲が相手でも動じはすまい。
ゆえに、銃を捨てる。
どの道残弾は既に無い。
代わりに、レザーソーと盾を取り出す。
レザーソーは武器にはまるで向かないが、他の選択肢は無い。
ナイフの長さでは、盾との併用にはあまり向かないし、ハルバートは両手用の武器だ。
レザーソーは、ある種の見せ武器だ。
気休め程度ではあるが、相手が盾の使い方を知らなければ、このレザーソーでも十分に戦える。

九鬼が接近する。
深優の援護射撃も、何の痛痒にもならない。
もはや理屈では無いが、やつには足のダメージな殆ど意味を成していないのかもしれない。
ヤツの攻撃範囲まで、後一手。
故に、ここで仕掛ける。

レザーソーを突き出す。
無論こんなペラペラな武器ではたいした威力は無いが、それでも牽制には成る。
間合いが長いということは、それだけで優位な部分があるのだ。
だが、無論相手もそんなものは気にしない。
当然だ、俺でもレザーソーを回避して一手消費するなら、その分皮膚を切らせて接近することを選ぶ。

予想では、レザーソーを身体を逸らす事で回避し、そのまま俺の右側面に回りこむことだろう。
盾の正面にでるのは論外である。
対して、突き出した腕の外側というのは基本死角になる。
加えて、盾の重量故に身体を捻るのが遅れる為、そこがベスト。

……なのだが、
相手は、事もあろうにその盾の正面へと移動してきた。
驚くべきところではあるが、チャンスでもある。
身を隠す大盾、というのは、普通に考えられるよりも、はるかに強力な『武器』である。

その、根拠は幾つかあるが、
大盾を、突き出す。
正面に、真っ直ぐに。
それでだけで、充分な武器となる。
盾の硬さとは、強力な武器だ。
壁に体をぶつけるようなもので、顔に当たれば鼻程度なら簡単に砕く。
しわゆる、シールドバッシュである。
そして、防ごうにも全力で殴れば、指にヒビくらい入る。
避けようにも、面の攻撃故に身を反らす程度では避けきれない為、相手の体制を崩しやすい。

……予断だが、現実的な根拠として、
この大盾。
日本の機動隊に正式採用されたのは、全共闘と、それに続く赤軍派のころである。
(当時は、ジェラルミン製の金属盾に、銃眼が開いているというデザインであった)
それまでは、いかに機動隊といえど、数の力には勝てず、突破されることもあったのだが、この盾を採用して以来、機動隊が暴動に突破を許した事例は皆無となる。
暴動における常套手段である投石は、正面は防がれ、上から降ってもメットで用を成さない。
火炎瓶の炎すら、無力である以上、遠距離からではどうしようもない。
近づいて肩や腕をつかんで引きずり倒すという手段も、壁面故に掴む事ができないばかりか、顔や『足』をつぶされることになるのだ。

だが、

(な……)

その、確かな力が、防がれる。
微動だに、しない。
透明な故に何をしているのかは玲二にも理解出来たが、なかなか信じられることではない。
突き出したその右手が、盾を受け止めているのだ。
掌打の型にされた腕は折れることはないが、それでもこの重量と玲二の腕力に体重を込めた一撃を、やすやすと受け止めるとは、既にヒトの腕力ではない。

(んだと!?)

そして、微動だにしない、というのはその一瞬だけのこと、
直後に、動き出す、……玲二に向けて。
そう、受け止めた、どころの話ではない。
九鬼は、玲二を盾ごと、突き飛ばしたのだ。

そのまま、数メートルも飛ばされる。
無論、その合間に九鬼は接近する。
レザーソーは衝撃でどこかに飛ばされたが、気にしている暇は無い。
盾を構える腕に多少痺れが走るが、構う暇が無い。

全重量を用いた攻撃が、通用しない。
一瞬、腰に挿したナイフを使用することも考えたが、ナイフ程度で果たして止まるのだろうか?
そして、その思考の一瞬が命取りとなり、気がつけば、九鬼は既にあと一歩で攻撃が届く位置にいる。
迷っている暇は無い。
コレだけ近接してしまっては、深優の援護とて期待は出来無い。

とっさに、腰を落とし、全体重を利かせ、両手で盾を支える。
他に手段が無い以上、全て力を込めて、九鬼の右の突きを受け止める。

ミシリと、鈍い音が響く、
が、
ギリギリ、飛ばされない。
玲二の体中に車に撥ね飛ばされたほどの衝撃が走るが、それでも、何とか耐え切った。
だが、耐え切ったとしてもそれはたったの一度。

次々の嵐のように迫る攻撃を防ぐには、『ここ』
この、耐え切った一瞬で、何かしらの行動を起こさなければならない。
果たして、玲二にはその方策はあった。
既にこれが最期に近い対応策ではあるが、それでも、此処で耐え切れたのならば、打つ手はある。

全体重を掛けながら、体を前方に、斜めに振り落とす。
相手の突きを盾を斜めにして上方に受け流し、そのまま斜めの盾と共に。

そして、『盾の底部』を、相手の『右足の甲』に叩きつける。
その瞬間、何かがへし折れる、鈍い音がする。
足の甲は、鍛えても筋肉のつけにくい部分である。
鍛錬の果てに、多少の筋肉と、硬い皮をつけることは可能だが、それでも筋肉の鎧、というレベルには到達することは無い。
その部分に、全体重と盾の重量を込めた一撃。
先ほどの恐らくは掠った程度でしか無い銃撃とは異なる、まず間違いなく、足の甲の骨を砕いたはずだ。

だが、それだけでは九鬼は止まらない。
その確信が、玲二にはあった。
悪寒、と言い換えても良いそれに従い、玲二はそのまま盾を九鬼に突き出す。
突きを上に流された事によって、九鬼の腰の位置が普段よりも浮き、捻転の力が使えなくなる。
上から下に振り下ろす動きでは、腰の動きを含められないからだ。
つまり、この位置からのシールドバッシュは、迎撃できない事になる。


……鈍い、音が響く。

決着の音が。
何かが砕け、壊れる破滅の音。
盾が、歪む。
透明な筈のそれに、蜘蛛の巣のような放射線状のヒビが生じる。
それも、二箇所。
盾の、両脇を掴む、九鬼鋼耀の『握力』によって銃弾すらも寄せ付けない盾に、ヒビが生じる。

あり得る、事では無い。
事此処に至り、玲二はこの相手を、『人間』として見る事が間違いであったと悟る。
だが、すでに何もかもが遅い。

咄嗟に、左袖の内側に仕込んだ、隠し武器を手に取る。
それは、初期から所持していて、当に役割を終えたある品、コンジットボウのスリング。
矢を作るのは面倒すぎるが、何かに使えないかと思案した結果がこれであった。
超至近距離でしかつかえないが、暗殺には向く武器。
スリングの太さならば、ひとたび食い込めば指ではつかめず、
その張力ならば引っ張っても切れる心配も無い。

今までの素早い動きから一転、九鬼の動きが多少鈍っている。
それが、先ほど砕いた足によるものであると祈りながら、後方に回り首を絞める。
どんな生物でも、首を絞められれば死ぬ。
数秒間、何の抵抗も無く、普通ならばコレで死ぬはずの行動を受けて、

「……で?」

何事も無かったかのように、九鬼の左手が玲二の左腕に伸ばされ、

「ぐ、がああああああああああああああ」

無造作に、握りつぶす。
視界が朱に染まり、玲二の口から悲鳴がこぼれる。
ミチリと生木を握りつぶしたような音をたてて、骨にヒビが生じる。
スリングが張力を失い撓むが、そもそも彼にはこんなものなど効果は無い。
ただ単純に、捕まえようとしただけ。
そのまま、右手で、玲二の首筋を掴み上げ、自分の正面に向け、そのまま、ネックハングの要領で、掴みあげる。
先ほどの握力ならば、玲二を絞め殺すのにそれこそ一秒も掛からないだろう。

とっさにナイフを突き出し、顔に一線し、それは歯で『噛み』止められる。
長い髪を振り乱し、ニヤニヤと笑いながらナイフを噛む。
いや……甲高い音を立てて、ナイフを『噛み砕く』
もはや、それは人では、生物であるかすら疑わしい。
例えるならば、そうまさしく、『鬼』

そう、鬼は、玲二の抵抗を、『楽しんでいた』
何時から、それが主目的に摩り替わったのかすら定かで無いが、鬼の目的は、何時からか、仇をいたぶる事に変貌していた。
そして、

「…………っ……は…!」

玲二の口から、
いや喉から、声に成らない音が響く。
直にではなく、ゆっくりと絞め殺そうと、その間の抵抗を楽しむ程度の力で。
玲二と、

「ほぅ……」

もう一人の抵抗を楽しむように。

深優とて、玲二の戦いを黙って眺めていた訳では無い。
二度の援護を行なったし、もしもの時の仕掛けも済ませた。
ただ、玲二と九鬼の近接戦闘に、介在する余地が無かったのである。
双方共に練り上げられた技術と、瞬時に数十の手が飛び交うやり取りに介入するだけの技量は、深優には無い。
下手をすれば、かえって玲二の状態を悪化させかねないが為。
加えて、目覚めたばかりのhimeの力、光の翼のような形状のエレメンタルの能力も、把握しきれてはいない。
故に、九鬼の行動のみを気にすれば良い状況まで、深優には動きが取れなかったのである。

そして、今になり、ようやく動き出した……正確に言えば、動きが届いたというところか。
左手より具現化したエレメントが、九鬼の脳天に向かい、振り下ろされる。
唸りを上げて迫る巨大な凶器を目にし、九鬼の笑みは変わらない。
マトモに受ければ脳天から真っ向唐竹割りにされるような一撃に対し、右腕を突き出す。
丁度、玲二を盾にするように。

深優が攻撃を止めれば、それで良し。
止めなくても、それはそれで構わない、相手が仲間など何とも思わないなら、より楽しく殺せる。
そして、深優は、

「はあっ!」

止めない。
玲二の後姿をその視界に捉えながら、その腕の速度は緩むどころか、更に早くなる。
玲二ごと、九鬼を叩き切るかのような勢いで、ピッチャーのオーバースローのように、その左手を振り下ろす。

笑いとも、舌打ちとも取れる表情を浮かべて、九鬼が僅かに動く。
深優が玲二を斬るならそれはそれで構わないが、あの羽の能力は不明だ。
共に斬られてしまうのは、避けたいところである。
それ故に、九鬼は玲二の首を握る手を、僅かに緩める。
玲二を斬ったのなら、その瞬間にその死体を相手に放りだす為に。
そして、その時はもうホンの数瞬先に迫っている。

後数十センチ

数センチ

数ミリ

その時点で、玲二の死体を深優に突き出す。
腕の力だけなので大した威力にはならないが、それでも諸共に数メートルは吹き飛ばすだけの威力を込めて、突き出す。
そして、
深優の刃は、
玲二の、
頭を、

「なっ!?」

『斬り裂かない』
己の意思で自在に出し入れが可能なエレメントの特性を生かし、深優は玲二に触れる刹那に、エレメントを消去したのだ。
そして、その振り下ろした左手は、玲二の後ろ襟をしっかりと掴む。
一瞬玲二の首が絞まるが、気にしている余裕は深優には無く、その勢いと、後方に進もうとする玲二の体重と運動エネルギー左側に受け流す事により、右半身を回転させ、その全てを自身の速度に変える。
そして、そのまま、今度は右手のエレメントを具現化させ、勢いのまま右から左に、薙ぐ。
エレメントの特性を生かした、深優の作戦勝ちという所であった。

その一撃をかわすことは流石に出来ず、九鬼は肩から胸にかけて、浅くない傷を負う。

……だが、それだけの傷を負い、傷口からは新鮮な血液を滂沱に流しながらも、

「ハハハハァ!」

九鬼の動きは、一瞬たりとも、止まる事が無い。
全身を投げ出すかのような一撃だった為、深優の体勢は、大きく崩れている。
また左半身に玲二を抱えている為、ほんの数秒間は、動くこともままならない。

故に、追撃する。
あの状況では、左腕から例の翼を出したとて、まともには振るえない。
気を付けるべきは、深優の右腕のみ。
ならば、と左足を支点に右半身を突き出そうとしたところで、

「な……?」

違和感を覚える。
『腰から下』は、確かに前に向かい回転しているのに、『それより上の部分』が、少しも動かない。
いや、動かそうとはしているのに、右腕が、何かに抑えられているかのように、少しも動かない。
首を、半回転させて、見ると、そこには、

「何……だ……?」

右の手首に巻きつく、豪奢な『黄金の鎖』
黄金とはいえ太さは普通の鎖にも関わらず、その鎖はビクともしない。
いつこんなものが巻き付いたのか?

視線を移せば、鎖は九鬼より後方、橋の鉄骨を経由し、そのまま九鬼よりも奥側の鉄骨数本を同じように経由した後、深優の背中、彼女の背負うデイパックに繋がっていた。
玲二の戦闘中、深優が行なっていた仕掛けが、これである。
もしも接近され、近接戦闘にまで持ち込まれた際に使用する、最期の仕掛け。
魔力の篭った宝石を用いて起動した、英霊をも束縛するという切り札。

そして、この時に生まれた九鬼の隙は、ほんの数秒。
僅かに数秒の事ではあるが、九鬼の意識は、深優と玲二には向いていない。
そして、その数秒こそが、

「くた…ばれ……」

九鬼耀鋼』にとって、致命的な時間となった。
九鬼の足元に、火のついたダイナマイトが放り投げられる。
玲二が九鬼に束縛された時から、既に用意しておいた切り札が、四つ。
既に、蹴り飛ばすだけの時間は無く、

爆発

鉄骨で出来た丈夫な橋を、丸ごと揺るがす衝撃が、周囲に走った。



「玲……二」

返事は無い、ただの気絶のようだ。

あのタイミングしか無かったとはいえ、あの至近距離でのダイナマイトの爆発。
むしろ気を失わなかっただけ幸運というべきでしょうか。
位置の関係で、爆風の直撃は殆ど玲二に向かった為、私はまだ動ける。
玲二は、恐らく戦闘不能として、問題は。

「……やはり、無事ですか」

黒煙の中。
肉の焼ける匂いを否定するかのように立ち続ける人影が一つ。

「九鬼……」

耀鋼、と続ける気が、しなかった。
今の私の目前、未だに人として姿を一応は保っているのは、紛れも無い、鬼。
かつて、九鬼鋼耀が転じたという、悪鬼そのもの。
煙が晴れ、その姿が徐々に明らかになるにつれ、その確信は深まる。

未だに、右腕は鎖に束縛されているようですが、あまり気休めになるものでない。
既に大部分の破れた服の内側から、赤黒く焼けた肉が覗くが、そこから生じる煙は、少しずつ弱まっている。
顔には、既に傷一つ無く、人に不安を与える笑みを、浮かべている。

「中々、良い手だったな」

言葉だけなら、弟子を諭す師のようでもありますが、その内に秘められた感情は、明らかにネズミをいたぶるネコのそれ。
今はただ、私の力を謀りかねて様子見をしているという所でしょう。

「羽に、鎖。
 羽の方がお嬢さんの能力で、鎖の方は支給品、というところか。
 かなりの強さじゃあないか」

鎖を引きながら、九鬼が言う。
その動作で、金属の軋む音がする。
鎖でなく、橋の鉄骨の軋む音。
人間に、それだけの力が出せる筈が無い。
いや、銃弾数十発を受け、ダイナマイトの爆発の中心に位置し、素手で機動隊正式使用の大盾を破壊した。
最期の一つは記憶にある九鬼鋼耀のデータから考えると元から可能かもしれないが、それでもあんな力任せに紙を引き裂くようには破壊出来ない筈だ。
内容としては、記憶している。

『悪鬼』

九鬼鋼耀はかつてそのような存在へと変わり、そして弟子である如月双七に、倒された。
具体的な経緯などは知らない。
ただ、そういう事実があったらしい。
そして、今また彼はその悪鬼へと変貌している。

(いや、彼だけではないですね)

深優の知る限りでは鉄乙女だけだが、他にも西園寺世界柚原このみ、鮫氷なども含めて、何人もの人間が、人という存在を捨てている。
何かの仕掛けがあったのか?
深優とて、この会場に施された全てを知っている訳ではない。
だからこそ、そのような疑問が頭に浮かんできた。

(いえ、今はどうでもいいことです)

それよりも、この状況をどうすればよいのだろう。

「……貴方は、何故私を狙うのですか?」

聞いてから、おかしな質問であると理解する。
そもそも、この島において行なわれているのはバトルロワイアルであり、そして私はアリッサ様の為に他の全ての参加者を殺すことが、最初の目的であるというのに。
そして、九鬼鋼耀は、玲二の情報では私たちを積極的に狙う人物だと聞いているのに。
聞かずには、いられない。
それならば、悪鬼になど転ずるはずがないから。

「……お前は、涼一のことを知っているのだろう?」

返事はあった。
涼一……確か、

「……いや、確かそう、如月双七、だったか」

そう、彼、如月双七の、本当の名前。
それで、何となく理解出来る。

「……誰に、聞いたのですか?」

私の事を、彼の仇であると認識している。
或いは、彼の仇に繋がるヒントであると考えている。

「何て言ったか……小さい女だが、まあそんな事はどうでもいい。
 お前は、涼一の仲間で、それで涼一を殺した」
「違います」

咄嗟に、言葉が出た。
私は、彼を殺していない。
彼の死が私には何の責も無い訳では無いですが、それでも殺してはいない。

「じゃあ、誰だ?」
「……衛宮士郎、左腕に赤い布を巻いた赤毛の少年です」

答える。
信用して貰えるかは、賭けになるが。

「ああ、やっぱりそうなのか」

意外な事に、その答えにあっさりと理解を示す。
つまり、彼は事前に私が双七さんと共にいて、その上で衛宮士郎から攻撃された事を知っていた事になる。
そうなると、彼に私の事を告げたのは、

「で、だ。
 お前さんが涼一と一緒に行動してたのは、間違い無い訳だ」

思考を、遮られる。
それは、否定仕様も無い事実。
そして彼に助けられて、今私はこの場所にいる。

「なるほど、つまりお前さんは涼一を騙して、利用した訳だ。
 そして、アイツは死んだ、お前の所為で」
「違いま……!」

答えてから、気付く。
何が、違うのだろうか?
今彼が述べた事柄は、全て事実。
私は彼のお人良しの性格を利用していたに過ぎない。

「ああ、やはり、そうか」

私の表情と沈黙から、肯定と取った九鬼がその言葉と共に、前進、右腕を振るう。
神をも捕らえるという鎖は、何故かいとも容易く九鬼の手から外れ、

そして、右手の突きが、私に襲い掛かった。


『天の鎖』

古代シュメール神話において、世界全体を駆け巡り荒廃させたとされる天の雄牛を、束縛したとされる鎖。
神すら、いや神であるからこそ、その束縛からは逃れられない『対神兵装』である。
だが、逆説的に言えば、人ならば抜け出せるのだ。
砕く事などは出来ないが、外すくらいは可能である筈なのに、九鬼の手のそれは、外れようとしない。
日本には、八百万の神、という概念が存在している。
今の九鬼鋼耀は、かつての九尾の狐を取り込んだ、ある意味での神では無いが、それでも、鬼という山の神であり、地獄の獄卒である『神さま』に含まれる。
故に、その束縛より逃げ出す事等は、出来ない。

では、何故外せたのか?
まず、深優は魔力をこめた宝石で擬似的に天の鎖を使用しているの為、その魔力が尽きれば外すことは可能となる。
だが、未だに宝石の魔力は底には遠い。
ならば、考えられる可能性はもう一つ、
相手が、『神』でなくなった場合だ。


舞うように、右の翼を叩き付ける。
その一撃は深々と足を切り裂くが、直後から再生を始める。

エレメントの名を冠する武器に共通する事柄であるが、深優のエレメントも、その重さは殆ど感じられない。
正しく、天使の羽のように、深優の腕の動きに合わせて羽ばたく。
そして、その切れ味は恐るべきものである。
だが、そのエレメントを持つ深優とて、近接戦闘を挑むのは、命がけである。
だが、未だにその力の全てを把握しているわけで無い深優にすれば、他に選択肢は無い。

先ほど、突如として天の鎖が外れた理由を、考える。
彼は恐らく、あの瞬間『人間』だったのではないだろうか?
戦う事で、少しずつ悪鬼の力に取り込まれ、人として思考する事で、人に戻っていく。

そう考えるならば、今のこの状況も、説明できる。
最初の数撃は、正しく恐るべき業の塊。
流れるような連撃と、狙い余さず突き刺さる拳という凶器。
爆発のダメージが無ければ、すでに私は地に伏していただろう。

それが、徐々に早く、そして雑に変化していく。
力任せに腕を振るう、獣の戦い方へと、変貌していく。
だから、何とか戦える。

ああ、けれど、

こんなにも醜いのか?

如月双七の最期の願いは、深優の心に響いたわけではない。
彼の生き様は、清いものであり、深優には到底真似のできるものでもない。
少なくとも、そう考えている。
今の九鬼は、ある意味では深優と、玲二と同じような立場だ。
大事なものを失い、そこからの方向性が異なるだけ。

ああ、しかし。

九鬼は、双七と同じ九鬼流という武術を用いる。
その名の通り、九鬼自身が編み出した、対妖人用の武術。
その原理までは詳しく知らないが、多少の体格の違いを除いて、双七のそれとは大した異なりは存在しないはずだ。

現に、戦い始めたころは、そして玲二と戦かい始めた時も、双七のそれと同じような動きであった。

それが、徐々に歪む。

歪に、醜く。

円の原理に則った動きは、いつしか技よりも力を頼みとし、

地を奏でる足使いは、その美しいステップを地を削るようなものへと変え。

そして、その表情には、いつしか喜悦が混じり始める。

仇をとることよりも、目的の為に進むことよりも、

己の楽しみを、優先しだしている。

なんて、醜い姿だろう。

そして、何て悲しいことだろう。

憎しみが、怒りが、彼をここまで歪ませた。

そう、そして、

……同じではないのか?

アリッサの為に戦う深優。

ドライの為に戦う玲二。

そのかつての在り様を知る相手ならば、やはり同じように醜いとおもうのではないか?

醜いと思われたとて、その道を変える機など無い。

ただ……

あの清い少年の言葉が、届かない事。

それが、悲しい。

アリッサの歌声の好きだった自分が。

アリッサの為にあった自分が。

全てが、意味の無いものに思えて。

アリッサは、双七のように無条件の信頼を深優にくれたわけではなかった。

ただ、それでも、確かにあの時間は存在したのだ。

それが、届かない。

いや、その記憶が、なおさらその道を歪ませる。

その事が、たまらなく、悲しい。

如月双七という存在が、九鬼鋼耀にとって、こんなにも簡単に捻じ曲がってしまう事が。

『    』にとって、『   ・   』の存在はその程度であるような気がして。

深優も、結局は自分自身の為に行動していると。

アリッサという存在を都合よく捻じ曲げ、己の言い訳にしていると。

それを、気になどしない。

気になど、しないのに、


「……っ……は!」

吹き飛ばされる。
余計な思考の所為で体の動き鈍くなって、槌のような一撃の直撃を受けた。
それだけで、全身が軋む。
同じ攻撃を受ければ、次は命が危ないだろう。
意味の無い考えを気にする必要は無い。
無い、筈なのに、


何故だか、許容出来ない。

明らかに矛盾した感情なのに、どうしても許せない。



羽虫のように、逃げる。
フワフワと浮ぶシャボン玉のように、上手く捕らえラレナイ
イラつくよりも、タノシサが優先される。
この相手を、殺すのは楽しい。

いや、待て、優先順位を

殺して、殺して、それで他のものは必要無い。
身を焦がす激情も、
心を凍てつかせる悲しみも、必要ない。
この相手がだれなのか、どうdEもいい。

仇をとる事を


どうせ、直に誰でも無くなる。


手が、迫る。
いつの間にか掌打の形に構えてすらいない。
ただ、目障りな虫を捻りつぶそうとしているかのような動き。
もはや、私の事を人として見ていないのかもしれない。

何故、私はここで戦い続けているのだろう?
今の彼は、多分相手が誰でも気にしない。
この場所なら、川に飛び込めば逃げることは容易い。
玲二はどうしようもないけど、それは仕方の無い事。

逃げるべきだ、

逃げよう、

逃げて、目的を果す、

そう、思考が告げるのに。

「…………」

退けない。
この場を、退くことは出来ない。
目前の鬼。
すでに言葉すら失った獣の姿。
こんなものが、彼の師であっていい筈が無い。
こんなものが、  の末路であっていい筈が無い。

「天の、鎖よ」

言葉と共に、金属音をたて空中を滑るように一本の鎖が、九鬼の腕に巻きつく。
私の能力では、一度に一本しか使用出来ないが、それでも十分。
理性の無い獣は鎖を力任せに引くだけであり、他の事象に頭が向いていない。
すかさず、二本目の鎖がもう片方の手を封じる。

けれど、それで終わりにはならない。
既に、鎖の巻き付いた鉄骨が、音をたてて歪んでいる。
このままでは、後数秒で再び自由を取り戻す。
鎖同士を絡ませて動きを封じるのも可能だろうが、私はそこまで自由に扱う事が出来ない。

けれど、それでも十分。
数秒間動きを止めた鬼を目掛けて、走りだす。
この一瞬で、どうにか出来ると。

エレメントを消去し、デイパックから剣を取り出す。
複雑に捻じ曲がった、一本の剣を。

『双身螺旋剣』

如月双七の、彼そのものといっても良い剣。

なぜ、コレを手に取ったのかは判らない。

ただ、

これは、彼のものだから。

彼が作り上げたもの。

作り上げるかもしれなかったもの。

運命などに興味は無い。

ただ、かつて鬼は彼に止められた。

彼は、いずれ鬼を止めるはずであった。

彼は既にいない。

でもこの場には彼の残した刃と、

『たった一度だけでいい……気まぐれでもいい、計算した結果でもいいから……』
―――――誰かを助けてくれないか。
―――――誰も護れなかった俺の代わりに。
―――――誰でもない、深優・グリーアとして一度だけ誰かを護ってほしい。


彼の、言葉はそこにあった。

この行動の果てにどんな結果が生まれるのか判らない。

なぜ、このような思考にいたるのか、理解など出来ない。

思うままの行動など、無意味なものに過ぎない。

生の始まりは化学反応に過ぎず、

思い出とは記憶情報の影に過ぎず、

魂の存在は未だに証明されず、

精神は神経細胞の火花に過ぎない。

人間の感情とは脳を構成するニューロンの電気信号に過ぎず、

ましてや私の感情とは、プログラムされたもの以外の何でも無い。

だが、

だが、それでも、

脳幹細胞組織の奥底、決して証明出来ぬ、人の手の到達出来ない部分にある何かが告げる。

化学反応が、記憶情報が、火花が、

それらの大本である、意思の、精神の発電機が告げる。

今、これこそが、必要なのだと。

彼の思いは、ここに受け継がれる。

それは、彼の死は……彼女の死は、終わりでは無いと告げる。

そう、終わりでは無い。
『ここ』に、

科学情報でも記憶素子のデータでも分泌される化合物でも信号でも火花でも電波でも量子波でも化学反応でもプログラムでも無い。

『ここ』に、確かに存在している。

だから、証明しなければ。

彼の死が無意味でなかった事を、

彼女との思い出が無意味で無かった事を。

私が、アリッサ様に向けたものは、私の意志だと。


突き出した刃が、九鬼を、貫く。
右目を覆う、眼帯を、貫く。
本来は脳すら抉り取るその一撃は、何故か柔らかい眼底すら破壊するに至らない。
鉄の皮膚すら易々と切り裂く刃が、何故だか眼帯一つしか、切り裂けない。
それだけで、充分だと、言わんばかりに。
この妖を斬るには、これで足りるとばかりに。

自身の役割は、今果された、とばかりに。



「  !!」

誰かの声が脳裏に響いた。
誰だろうか、懐かしい声。
何処かで聞いたのに、もう思い出すことも出来ない声。
いや、思い出せないなんて事は、無い。

「ああ……」

気が付けば、一瞬で蘇る。
すでに色あせた昔の記憶が、
鮮やかに残る、成長した姿が。

「そう……だったな……」

あいつは、止めたんだ。
俺を
鬼と化した俺を、最期まで『九鬼鋼耀』として見ていた。
最期まで、先生と呼んだ。
こんな言い方すれば、あいつは照れるだろうか?
あるいは泣き……はしないか。
俺だって、口が裂けても言えはしないが……
もう一人の、息子。
そんな相手。

武部、涼一
如月、双七

アイツは、多分復讐など望まない。
ただ、オレが、アイツの死を、耐え切れなかっただけだ。

あいつは、あの嬢ちゃんのことなど、これっぽっちも恨んでいない。
そう、今判った。
俺を止めたその時と変わらず。
道場で意地張り通していた時と変わらずに。

息子が、最期まで意地張り通したんだ。
父親が恥ずかしい所見せる訳には、いかんだろ。
一度、息子に殴って止められたんだ。
二度も、同じ事をする訳には、いかんだろうな。




鬼は、消える。
いや、消えることなど、生涯有りはしない。
それでも、最早この場には鬼は居ない。

かつては、その目を貫く一撃は、鬼と共に九鬼鋼耀そのものすら破壊し尽くした。
だが、いまはそれで充分だとばかりに。
九鬼鋼耀の、肉体には一つの傷もつけていなかった。

戦いは、終わる。
物事は、何一つ解決しては居ない。

深優・グリーアは未だにアリッサの為に戦い続けるし、その為には九鬼は邪魔な存在ではある。
吾妻玲二はドライを行きかえらせる為に、主催者を打ち倒すのが目的だ。
そして、九鬼鋼耀は深優達とは対立する立ち位置であり、この殺しあいの主催者達を倒すことを目的としている。
先ほどの深優の行動は、あくまで九鬼を倒す為のものであるし、そこに双七の言う気まぐれが少しばかりブレンドされただけ、そう深優は自身に言い聞かせる。

何も解決などしていない、これから先も殺し合いが続くだけ。

だが、それでも……何かが、変化した。
決して交わらざる道の果てに、それでも交わる何かが、見えた気がした
それが何であるのか、深優にはまるで見えない。
だけど、その何かには意味がある。

その時、丁度東より太陽が昇る。
その光は、徐々に西へと動き、大地を光の領域へと塗りかえていく。
丁度、開けていく夜明けのように、何か新しい道が、その目前に見えたかのような、気がした。


227:悲劇の果てに、夜は絶え 投下順 227:この大地を残酷に、美しく照らす
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羽藤柚明
深優・グリーア
吾妻玲二
山辺美希
九鬼耀鋼


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