趙弘


趙弘(ちょうこう)
字は不明

(?-184)
黄巾賊の頭目の一人。
黄巾の乱時、南陽黄巾軍のナンバー2だった。
184年、首領の張曼成は秦頡の反攻に遭い戦死。
そこで、趙弘を首領として擁立し、再び勢いを振って、兵は十数万に膨れ上がった。
朱儁らは周辺の刺史らと組み黄巾軍の立て籠もる宛城を包囲。
8月に朱儁軍に討たれた。

(引用:中国版Wikipediaより)
※三国志正史には名前が載っていない。後漢書の朱儁伝などに載っている。
最終更新:2010年02月12日 11:03