夏草、夢のあとで

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概略:

 ENの”木更城阿玲歩”パーソナリティにて収録。

登場人物:




 砂川町の片隅、川沿いの空き地に阿玲歩は立っていた。経年劣化でちぎれた規制線の先では、雑草が自由に陽の光を求めて身を伸ばしている。

 かつて、ここには夢があった。家族があった。在りし日の木更城特殊生化学研究所の姿に想いを巡らせながら、阿玲歩は膝を折り手を合わせた。志半ばで散った偉大なる父と親愛なる兄弟に、その夢の続きを語りかけるように。ここには彼と家族しかいない。地上とは隔絶された、特別な園だ。

 その時間は突然に終わった。いや、静寂を切り裂く一つの足音によって終わらされた。不機嫌さを隠す気もなく目に浮かべながら、阿玲歩は立ち上がってその足音の主を見た。

 「やっぱりここにいたんだね、 阿玲歩」

 挨拶もそこそこに語りかけてきたその白衣の青年に見覚えがあった。かつての家族だ、忘れるはずもない。

 「柊谷(ひいらぎ)さん、一体何のつもりだい?」
 「近くを通りかかったからね、ちょうど今日だと思い出したからさ。僕も兄さんに挨拶したいしね」

 白衣の青年――柊谷時久はそう言って雑草を分け入り、隣で数秒手を合わせた。

 今日は9月2日。木更城特殊生化学研究所が壊滅した日であり、命を落とした研究員や、兄弟たちの命日だ。だからこそ、今日足を運んだのだが――よりによって、という相手に出会ってしまったと阿玲歩は悔やんだ。

 「どうしてキミはUGNへ? 父さんの理想を叶えるために、ボクたちについてきてくれると思っていたのに……」
 「それについては……申し訳ない。やっぱり僕には戻れないよ。木更城博士には感謝してるし、一科学者としてその知見の広さは尊敬してる。でもどうしても納得できないんだ。どんな方便を使っても、あれだけの犠牲を払う実験を正当化できない。科学者として超えてはならない一線だよ」

 はあ、とため息を吐き、阿玲歩は首を軽く振った。

 「相変わらず立派な信条だ。だけれどね、柊谷さん。プロジェクト・シオンはそんな並び一通りの一般論で語っていいものじゃないんだ。これは世界の在り様を変えることができる。人々が待望してやまない神の国だ。アイン・ソフ・オウルにはそれだけの可能性がある。新しい世界を望むのに、古い世界の枷を放っておくのは実にナンセンスだよ。ボクたちには世界を変える使命があるんだ。それを否定するのは、君のお兄さんの死を無駄にするということなんだよ?」

 軽く唇を噛んで、時久は返した。

 「それでも、僕にはできないね。今を軽んじて作られた未来がロクなものなはずがない。僕たちは今を護る。今につながる未来を作っていく」

 もう一度阿玲歩は大きなため息を吐いた。その目には、冷たい笑いがこみ上げていた。

 「そうか。柊谷さん、キミの考えはよくわかったよ。これ以上ボクが言うことはなにもない。“神風”に伝えておいて。これから面白いことが起こるってね」

 こちらを睨みつける時久を尻目に、規制線の先へと悠然と歩き出した。
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