「親友」(2) ◆gry038wOvE
────スバル・ナカジマは、まどかの姿のまま森を駆ける。
機を見て、サイクロン・ドーパントに変身しようとしたのである。
その姿のまま乱入すれば、まどかとさやかの仲が極めて悪くなるということはない。
その戦闘に介入したうえ、キュアブロッサムを撃退し、その場を去り、その後川岸で「まどか」としてさやかと落ち合えばいい。
そう、それでアクマロの言う通り、さやかとの仲を保ったままキュアブロッサムを仕留めることができるはずだ。
「……ここまで来れば大丈夫かな」
まどかの声、まどかの姿でスバルはそう呟いた。
まるでまどかの面影を感じさせない、冷淡な表情のままで。
そして、サイクロンメモリを片手に掴んで、スバルはサイクロン・ドーパントへと変身する。
──サイクロン!──
仮面ライダーの変身に使われるメモリ音ではない。これはドーパントへの変身だ。
その音は、スバルの中でしか響かない。
周囲に誰もいないようだったし、スバル自身は周囲の様子について気にかける必要はないのである。
だから、静寂の中に迫力ある男性の声が聞こえようと、誰も気にしない。
それが、サイクロン・ドーパントという怪物への変身を、一切の阻害なしに成功させたのだ。
さて、さやかたちのところへ向かうか。
さやかの味方として────アクマロ様の命令通り。
だが、そんな折、サイクロン・ドーパントの耳に爆音轟く。
小さな爆音であったが、それが気にならざるを得なかった。
ここからあまり離れていない────ごく近くの距離だ。
放置しておけば、さやかやキュアブロッサムの戦いに交わる可能性も考えられた。
優先すべきはさやか────これは紛れもない事実だが、不穏分子は早いうちに排除しておいた方が良い。
少なくとも、キュアブロッサムがさやかより強いとは、彼女には到底思えなかったし、さやかは『まどか』の協力を下手すれば拒む。
そう、この場合は爆音の方へ向かい、キュアブロッサムやさやかと接触する可能性のある者を排除すべきなのだ────。
サイクロンは、竜巻となり、そちらへと向かっていった。
★ ★ ★ ★ ★
メフィストはゼクロス、クウガ、良牙の三人を前に自分には勝算が薄いことも感じていた。
良牙はともかく、残りの二人は強敵だ。99パーセント機械のサイボーグや、願いを叶える霊石を組み込んだ古代戦士────さて、どのように戦っていくか。
───ゼクロスは、めまぐるしいスピードでメフィストの元へと駆けてくる。
風を切る音が一瞬遅れて聞こえるくらいに、その速度は凄まじかった。
が、一方のメフィストも置物のように突っ立ってはおらず、電磁ナイフを構えたゼクロスの縮地の如き突進を、うまい具合に上方へと跳び、何ということもないという風にかわす。
メフィストのいた地面に、ようやく風を切る音が鳴った。
「……ハッ!」
上空のメフィストは次のゼクロスの攻撃を予測したがゆえ、木の枝にメフィストクローを突き刺しぶら下がる形になった。
彼の確認されている限りの装備から考えれば、彼は次に衝撃集中爆弾やマイクロチェーンを引っ掛けてくるだろうと、そう感じたのだ。
空中で身動きが取れないはずのメフィストに向かって、適切な行動だろう。どちらにしろ、空中でメフィストの体を爆ぜる攻撃だ。
全身の力を腕に込め、肩を回すような動作でタイタンソードを跳ね返す。
それで怯み後方へとバランスを崩してしまうクウガに、メフィストは隙を感じる。
────全身からパワーを溜め、暗黒の球体を作り出す。
その球体が小さく分裂し、ゼクロスを、クウガを、良牙を目がけて飛散する。
あるものは木々に当たり、あるものはゼクロスに当たり、あるものはクウガに当たる。
「うえっ!」
「ぐっ……!」
良牙は上空へと跳び避けたが、隙のあったクウガや、攻撃の準備に取り掛かったゼクロスはその暇がなかったのだろう。
ほぼこの戦闘と関わっていない良牙は、結局回避もしやすかったわけだ。特に、あのような単調で足元を狙った攻撃は。
「大丈夫か!?」
良牙が二人に呼びかける。
ゼクロスは何も言わず立ち上がり、クウガもまた何も言わなかったがサムズアップを返した。
ともかく、二人はあの攻撃の急所命中だけは回避し、すぐに次の戦闘態勢へと変化させたのである。
本能が、その攻撃の直撃を避けたのだろう。
だが、仮に直撃を避けたとしてダメージを負っていないわけではない。
クウガもゼクロスも、消耗はある程度大きかった。
タイタンソードを杖に、クウガはその剛健な体をのし上がらせる。
その瞳は決して敵対をやめず、メフィストを睨みつけていた。
「……五代、何故そんなになってまで戦う? お前の戦いは、人を突き放していくだけだぜ?」
メフィストは、そんなクウガに語りかけた。
ただ、この場の三人の戦士に、攻撃させない隙を作っておきたかっただけで、この言葉で闇に堕とそうなどという甘い目論みはない。
彼は、自分がクウガやゼクロスよりも格段と上にいる存在であることを印象付け、メフィストに手出しすることの愚かさを知らしめたかっただけなのだろう。そう、強者然とした様子で語らいかけることで、自身の無力さを痛感させるのが狙いだ。
そして、吐く言葉は常々正論のみを撒き散らす。溝呂木自身の行動は、言葉の説得力を消し去るようなものだが、これは聞き分けの良い人間にはどういうわけか利いてしまうのだ。
偽善者は、「自責の念」────それに浸りたいために、反論をしないのである。
「凪のような合理性がなけりゃ、結局大勢の命を救うことはできない。
あのさやかとかいう子供に同情しているようじゃ、先が思いやられるな……。
その偽善じみた行動の結果、お前はここで凪という仲間に愛想を尽かされた」
「……」
「お前の考えなんて、誰も理解しない。ファウストを守るという行動は、結局自己満足でしかないぜ?」
メフィストを見据えるクウガの視線。それは、つかず離れずというべきか。
彼の戯言を鵜呑みにはせず、しかし真剣にその言葉のひとつひとつを聞き入れている。
精神面を攻撃するようなものではない。ただ、合理的な判断とは何か────その答えを、クウガは頭の中で組み立てた。
いや、既に組み立っていたから、メフィストが話し終えるのを待っていただけなのかもしれない。
そのようなメフィストの鎌も、五代雄介を前には無力だった。
「……自己満足とか、偽善とか……そういう言葉だと思われたって、俺は俺の思いに嘘はつきたくない!」
タイタンソードの用途を杖から剣へと戻すと、クウガは言う。
これは決して、体制を取り持つための力ではない。
五代に何故、こうした牙が与えられたのか────その答えが、ここにあるから彼は言う。
「……お前みたいな奴のために、誰かの笑顔がなくなるのを見たくない……! だから、俺はさやかちゃんも、他のみんなも絶対に救って、絶対にみんなで帰りたいから……!」
クウガが剣を持ってメフィストへと立ち向っていくのを見て、ゼクロスもまた攻撃態勢を再開する。
十字手裏剣がメフィストの体へと散弾のように投げられ、その全てがメフィストクローで地面へ叩き落とされる。
その隙をつき、クウガがメフィストへとタイタンソードを振り上げた。回避手段たるメフィストクローが使えなくなった瞬間だからだ。
しかし、それを受ける直前、メフィストの右足がクウガのわき腹へと当たる。回避の準備をしたわけでもない、咄嗟の行動であった。
「ぐぁっ!」
と、クウガが真横へと蹴飛ばされ、彼の肉体が木に激突した。
葉っぱが地面に舞い落ちるところを見ると、これはなかなかの衝撃だったのだろう。
木にもたれるように倒れたクウガだが、その立派な隙を、今度はゼクロスがカバーする。
「衝撃集中爆弾!」
ゼクロスの体内で生成される小型の爆弾が、メフィストの足元を爆ぜさせる。
「────何っ!?」
地雷でも浴びたかのように、メフィストはそのまま吹き飛ばされた。
一度、このようにメフィストが劣勢になると後は袋叩きだ。
二人の戦士、そして一人の傍観者が敵である以上、メフィストは太刀打ちする術を失う。
爆煙の中に消えようかと思ったが、それもなかなかに難しい。
何せ、かなり近い距離にクウガがいるのである。
(面倒な奴らだ……)
クウガとゼクロス、二人の戦士との戦いを強いられた男は、己の勝利も、己の死も確信していない、中途半端な気持ちで煙が掻き消えるのを待っていた。
深く傷ついたわけでもないが、これは相手の精神面でも一つのスイッチとなりうる。
一撃も当てていなかった彼らが、ついに初撃に成功したのである。
──────だが
そんなメフィストに、思わぬ助けが現れた。
先ほどクウガが衝突した際の落ち葉を巻き込む、勝利への追い風が。
「…………そうか、お前かぁっ!」
四人の前に、小さな竜巻がやって来たのである。
★ ★ ★ ★ ★
キュアブロッサムとさやかの戦いにおいて、キュアブロッサムには決定的に不利な点が一つ存在した。
そう、アヒルの────丈瑠の存在である。
キュアブロッサムは、サーベルを向けてくるさやかを前に、アヒルを抱きかかえながら、人知を超越した跳躍力で後退するしか、戦法はなかった。
魔法少女とプリキュア、そのどちらも俊足は一つの自慢である。
「……美樹さん、目を覚ましてください! 別に私は鹿目さんや巴さんのことを悪く言ったわけじゃ……!」
シュンッ、シュンッ。
何度説得しても、返って来るのはさやかのサーベルから発される殺意の音。
一瞬前につぼみが居た虚空を突き刺す、凶器の姿────それは一歩間違えば、つぼみと丈瑠の命がないことを示していた。
「口を開けば言い訳ばっかり!」
「ち、違います……!」
川の上流へと向かって後退し、キュアブロッサムはサーベルを避けるだけ……戦闘というには一方的で、あまりに見栄えの悪いものではあったが、彼女たちは命の危険すら孕んでいた。
ブロッサムは無論、サーベルの一撃が致命傷となる。
いくら身体が強化されているとはいえ、細長い凶器を一身に受ければ痛覚を麻痺させるほどの致命傷となるだろう。第一、さやかのサーベルは強化を施されたものだ。
「目を覚ますのはアンタでしょう!? 自分の友達が死んだからって、他人の友達にまで干渉するのはやめてっ!
まどかもマミさんもきっと迷惑してるんだから!」
「だから…………話を聞いてださい!」
そう返して、サーベルの攻撃を避けた時である────。
はっと、キュアブロッサムことつぼみは、言い知れぬ違和感を抱いた。
まどかもマミさんも……という台詞の、ある部分。
──巴マミ──
その名前についてだ。
その少女は、果たしてここにいるのだろうか?
そうだ、鹿目まどかという少女には会ったが、巴マミという人物には会っていない。
先ほどまで一緒に行動していたという話なのに、彼女が来る様子が一切ない。
これはおかしいのではないだろうか。
キュアブロッサムは、激しい行動をやめ、急に静まり返ったように────そして、何かを考え直すようにして川辺に立ち止まる。
あまりにも無抵抗すぎて疑問に思ったのか、さやかはそこへ一撃加えようとは思わなかった。
怒りを理由にキュアブロッサムを襲っていたさやかには、このように抵抗や逃走をやめ動かなくなったキュアブロッサムに止めを刺す価値を見出せなかったのかもしれない。
興が削がれたような形で、さやかの怒りは一時的に収まった。
「どうしたの? 急に黙り込んで」
「…………あの、巴さんっていう人は、一体どこにいるんですか?」
「え?」
さやかも、はっと気づいたように攻撃を一瞬やめた。
何か、違和感を感じたらしいが、やはりキュアブロッサムに対する敵意は拭えず、粗い言い方で返す。
「近くを散策してるって言ったじゃない! 天国にいるとでも言うつもり!?」
「いえ。…………もし、本当に散策しているとするなら、遅すぎませんか?」
さやかも、そう言われて違和感の正体に気づいたのかもしれない。
マミ────彼女はどうして、まだ自分たちのところへ帰ってこないのだろうか。
それを思うと、確かにおかしい。
マミはここにいない?
そういえば、近くを散策するだけなのならそう時間はかからないはずだ。
(まさか……)
(まさか……)
二人は、同時にある考えを浮かべた。
マミを生者と考えたなら、こんな長時間帰ってこないのはおかしい。
さやかにとっては、マミは一つ上の先輩だ。魔法少女ではあるが、プリキュアなどの人外がいるこの場で、マミが殺されるということも、
ありうるのではないか?
「……つぼみ、だっけ? とりあえず一時休戦。私は今、マミさん捜すのを優先しなきゃいけない」
初めて下の名前で呼んだのだが、それに深い意味はない。
とにかく、敵対しても「花咲さん」と呼び続けるのが不恰好に思ったからだろう。確かに、そうするとつぼみが誰に対しても敬語というのは、丁寧を通り越し異常とさえ思える。
「……私も手伝います」
キュアブロッサムは、マミの捜索に名乗りを上げる。
彼女は別に、マミの生死に関してさやかに不信感を持っているわけじゃない。
だから、マミが誰かの襲撃に遭い、下手すれば殺されているというのなら、助けなければならないと思っていた。
「……ちょっとあんた、何言ってんの?」
「巴さんも魔法少女と言いましたよね?
その巴さんが、もし本当に危ない目に遭ってるなら、美樹さんだけで行くのは危険です」
そうキュアブロッサムは説明する。
魔法少女が単身行動するだけでは、力不足と考えたのだ。
魔法少女が卓越した身体能力を有するようになっているのは、先ほどの戦闘で充分わかった。
だが、それでも対等に戦えない相手ならば、もう少し息を飲んでかかる必要がある。
「……それでも無理。そう言って、見つかったマミさんをどうにかしようっていう魂胆かもしれないし」
さやかはとことん疑り深かった。
その現在の性質は、先ほどからの会話で十二分わかっているつもりだったので、キュアブロッサムはもう動揺することもなく返す。
「そんなことしません。そんなに心配なら、私は変身を解除した状態で歩きます」
「あんたがどうしようと、私は変身したまま行くよ」
「構いません」
敵対した人間が変身状態にも関わらず、変身形態を捨てて行動する。それは紛れもない自殺行為だ。
咄嗟に変身するというのも大変だろうし、それは間違いなく戦力の放棄だ。
さやかが突然、つぼみの胸を一刺しにすればつぼみは死ぬ。
「…………そこまでされちゃ仕方ないかな。あんたたちも連れてってあげる」
さやかは、素直さの欠片もない返事をつぼみに投げつけた。
だが、その雑に投げつけられたボールをキャッチすることさえ、キュアブロッサム────いや、その変身を解除したつぼみ────は喜んだのである。
★ ★ ★ ★ ★
サイクロン・ドーパントの乱入により、クウガやゼクロスは翻弄される。
どう猛攻を受けた訳でも無い。ただ、その介入はリズムを崩すのに十分なものなのであった。
二人はメフィストを袋叩きにするつもりなどはなかったが、それでも二人で倒す未来をどこかで予感していたのだろう。それを崩壊させるのが、第三勢力の介入である。
敵か味方か。それは現時点ではわからないにしろ、無視して戦闘を続けるわけにはいくまい。
ゆえ、二人は目の前の竜巻の戦士を相手に、どうしようかと悩んでいた。
戦うか。戦わされるのか。或いは、その交戦を妨害するのか。
(ファウストと共に行動するよう暗示をかけたはずだが……まあいい。結果的には役に立った)
危機に陥ったのではないが、メフィストはサイクロンの乱入を撤退の好機と感じた。
二、三人を相手に善戦はできないだろうというのは感じてはいたがそれ以上に問題となるのは────そう、サイクロンがメフィストとしての溝呂木を認識していないことにある。
この場での戦闘は、ただの無差別な攻撃。
暗示が解けたのか、それとも彼女自身の考えあってのことか、ともかく彼女はここに来た。
それならば、彼女が以前溝呂木たちにしようとしたのと同じように、この場の超人たちに無差別な攻撃を仕掛ける可能性は無きにしも非ず。
まあ、どちらにせよこの機会を溝に捨てるわけにもいかない。
(後は任せたぜ)
ダークメフィストは、爆煙と竜巻の中に、消えていった。
だが、クウガとゼクロスは介入者のみを見据えていた。
油断する暇、追う暇はない。
その場で行動を切り替え、試練を乗り越えて戦う必要があった。
「────お前は、」
ゼクロスが呟く。
前方の敵には、仮面ライダーの如き巨大な眼、腹部のベルト状の装飾、まるでマフラーを模したかのような首回り────その異形といい、仮面ライダーとの相似を感じた。
ただ、容姿についてはクウガほど似てもいない。
しかし、この戦士が数時間前、仮面ライダーと呼ばれていたことも確かであり、ゼクロスはそれをどこかで感じていたのかもしれない。
──その戦士に、クウガ以上の因縁を感じながら、その反面で根拠なき因縁を振り払いなが──
それだけ呟いて、その続きを言うことはなかった。
そして、その曖昧な一言は、結果的に正体を問う疑問形として認識されたのだ。
「私はアクマロ様の下僕、そして貴方たちを倒す者────」
アクマロという名前は、はっきりとしたカタカナの字面で見覚えがある。
筋殻アクマロ、それは名簿で目を引いた名前の一つであった。
彼女は、その人物と知り合いらしいが、その言葉の意味するところはわからない。
アクマロに従順な存在であるのはわかるのだが、優等生の五代にはそれがクウガとゼクロスを倒すのに繋がる意味がわからなかったのである。
「そうか、奪う者か……」
ゼクロスが真正面の怪人だけを見つめながら────しかし俯いたような暗い雰囲気を醸しつつ、何かを溜めるように呟いた。
前進する一歩手前のような構えと共に、ゼクロスはドスの利いた声をあげる。
「────ならば、容赦はせん」
十字手裏剣が流星群の如くサイクロンの周囲に降り注ぐ。
それは不規則なタイミングと距離で、サイクロンの身体へと向かっていった。そのため、かわし難く、見切りにくい。
一つ一つを叩き落としたとしても、そのいずれかが当人も知らぬ間に身体に突き刺さっているという寸法だ。
だが、サイクロンはそれをする必要もなかった。
────そう、彼女はただ、逆風を起こせばいいだけなのだ。
二つの風が相殺し合い、十字手裏剣の全てが力無く地面へと落ちる。
「クウガ、良牙、お前たちは溝呂木を追え」
と、彼らに呼び掛けるゼクロスは既に空中へと飛んでいた。
何度目かもわからぬ、空中からのゼクロスキック────制限下で、決して光り輝くことのない弱き蹴り。
調整を受けぬ限りは決してその威力は無い。
が、彼はまた試したのである。ある意味では全く懲りない。
それは、良牙の特訓という言葉が効いていたのかもしれない。目的地がある以上、途中で立ち止まって特訓をするわけにもいかず、戦闘中にその攻撃を試すほかなかったのであろう。
────案の定、そのゼクロスキックは不発であった。
サイクロンの風が、彼の攻撃を押し返す。
少なくとも、威力に任せた攻撃はサイクロン・ドーパントを前には無意味なのだ。
「村雨さん、これ!」
クウガがタイタンソードをゼクロスへと投げ渡す。
一見すると危険だが、互いの能力への信頼関係のもとに生まれた行動である。
タイタンソードはゼクロスの手の中で電磁ナイフへと姿を戻す。
クウガ以外の手の中では、これはただの電磁ナイフなのだ。
「……任せたぞ、良!」
良牙は躊躇なくメフィストを追いかけ始めた。
これもゼクロスが逆風に負けないと評価した上でだ。……躊躇したクウガだが、彼こそメフィストと相対すべき存在である。
追わないはずがない。
…………何より、このままメフィストの向かった方向を間違えて走り出している良牙を、独りで変な方向に向かわせないために。
「……お願いします!」
ゼクロスは一対一という状況下で、ようやく戦闘に興が混じったのだろう。
電磁ナイフを構える彼の姿は、一周見渡しても全て正面を向いているかのように隙がなかった。
一方のサイクロンも、纏めて相手するよりもこの方が楽だった。
あの二人は、メフィストを追ったし、結局この場で立つ彼を殺した後に、残りの三人を消してしまえばいいと思っていた。
「マイクロチェーン!」
電撃付のチェーンが、サイクロンの身体でなく、上方の木の枝を目がけ放たれた。
くるくるとチェーンが木の枝に巻きつけられると、ゼクロスはそのまま助走をつけ、空中へと跳ぶ。
「───クッ!」
ターザンのようにして、サイクロンへと向かおうとした────そのゼクロスの作戦は一瞬で見透かされていた。
ゼクロスの視界が、竜巻で覆われる。生易しい光景ではない。
視界を埋め尽くす竜巻の中へと、ゼクロスは構わず特攻した。
サイクロンの視界から、ゼクロスの姿は消えてしまう。
「……っがはぁっ!」
────刹那、サイクロンの片目を目がけ一筋のナイフが飛んで来た。
光が差し込んだと見まごう如きスピードで、電磁ナイフがサイクロンの片目を潰す。
そして、潰すだけでなくその内部に電流を送り込むのだった。
「ぐあああああああああああああっっっ!!」
全身を焼き尽くす電流が、サイクロンの中へと流れ込んでいく。
それはあまりに禍々しい光景であり、彼女自身も一瞬何が起きたのかわからなかった。
「────風の動きを読めば、貴様の身体にそれを当てるのは簡単だ!」
ゼクロスの声は、竜巻の中からでなく、木の上から聞こえた。
────彼は竜巻の中で電磁ナイフを忍ばせた後、腕に巻きついたマイクロチェーンを縮めることで竜巻を回避したのだ。
逆風でなく、竜巻を迫らせたことによって可能とされた作戦なのである。
「───────」
その先、ゼクロスが何を言ったのかは風と悲鳴にかき消されてわからない。おそらくは、その必殺技の名前を虚空へと呼んだのか。
木の上から、真下へ────自由落下だけでないスピードで、もがき苦しむサイクロン・ドーパントへと落ちていく。
───ゼクロス・キック───
エネルギーが溜まっていったのだろうか。
彼の足に、光が灯り始めた。
必殺技を放とうとするなり、すぐに消えるのは目に見えている。
だが、これからも何度でも試すのみ────。
────でなければ、今後も成功はありえない。
「………………っ!!」
しかし、再びゼクロスキックを妨害したのは、制限でも調整不足でもなく、どこから伸びたのか奇妙な蔦だった。
右手で負傷した右目を押さえ、左手を地面に向けて垂れ────既に変身を解除して少女の姿になって、サイクロンは一見すると攻撃できない体勢のようだった。
だが、その左手をよく見れば植物の蔦を巻いている。それをゼクロスに向けて伸ばしたのだ。衣類の中から、無数の蔦が伸びている。────意思を持って動いている限り、それは触手とでも言うべきだろうか。
それが、ゼクロスの足を絡め取っていた。
「…………なるほど。純正の人間ではないか」
ゼクロスがサイクロンだった少女──スバルの姿を見て言う。
だが、そんな冷静さを打ち砕くが如く、その触手はゼクロスを地面へと打ちつけた。
並の速さではなく、地面に小さなクレーターができるほどの威力である。
それでもゼクロスは強い痛みを感じておたけぶこともなく──ただ、感情の起伏すら感じさせない仏頂面で、何度も地面と空との間を強制的に行き来させられるのみだった。
この状況に打ってつけの電磁ナイフという凶器が手元をなく、また他の武器も体の自由が利かない以上は使えない。
(だが、これなら使える……!)
ゼクロスの体から、マイクロチェーンが再び射出された。
ソレワターセの触手と、ゼクロスのマイクロチェーン。
二つが交差し合うなり、本来絶縁体であるはずのソレワターセの蔦にも、高すぎる電圧から電流が流れる。
そして、二人の体に、強い電流が走り始めた──────。
★ ★ ★ ★ ★
その頃、C-3。
これまでの戦いの地は、一条薫と冴島鋼牙の二人の戦士とは、かなり離れていた場所であったため、この一連の闘いは二人の耳には通らなかった。
だが、当初から示唆していた通り、二人も立派なこの話の登場人物である。
ただ、彼らは既に居るべき場所を通り過ぎていたのだ。もう少し進行が遅ければ、もしかすればその戦いに乱入することはできたかもしれない。
一条は、五代雄介という親友に会うことができた可能性があったのだ。
「一条、先ほどから、音がしないか……?」
彼らが進行方向を変えた理由は、そんな鋼牙の一言である。
実は、一条も先ほどから気になっていたのだが、この無風の地に、ヒューヒューという風の音が聞こえた。
それは、ゼクロスのターザンロープ作戦の際、サイクロン・ドーパントの起こした竜巻の音である。
ただし、この時点では二人はまだ、それをただの音としか認識していない。戦闘音だということは思わなかったし、発言がなければそのまま素通りしていたところだろう。
しかし、その風音の割りに、自分たちが通りかかったときには風を感じなかった。────可能性として考えられるのは、誰かが何らかの形で風音を起こしているという可能性だ。
「確かに……私も先ほどから気になっていた」
「他の人間がいるかもしれない」
たとえば、こうして強い音を発することによって、誰かを呼んでいるという可能性だ。
はっきり言えば声を出すなり何なりあるが、こうして誰にも言われなければ気にかけないような音ならば、人が集まってこない。
そう、大量の人間が集まってきて、殺し合いに乗る者まで呼び寄せるよりは遥かに良いだろう。
「行ってみるか? 一条」
「ああ……!」
二人は特に行く宛てがあるわけでもなかったし、この程度の道草ならば物ともしない。
だから、二人は目的地を変えて歩き出した。
★ ★ ★ ★ ★
「ここはどこだ?」
良牙が、至って真剣な顔で言った。
ダークメフィストの退路とは全く違う場所にいたのである。
そのために、彼は完全に道を失った。
────少なくとも、呪泉郷には確かに向かっていたのだが、メフィストを追うという今の彼の目的を果たすには、あまりに見当違いである。
「……溝呂木が逃げたのは、逆方向だよ」
クウガが言った。
完全に人外の姿で、表情一つ変えずにそう言うのは、極めてシュールな姿であったが、無論そんなことを考える余裕はない。
メフィストを追いたい気持ちは山々だったが、それよりまずは良牙をどうにかしなければならなかったのだ。
正反対の方向にメフィストを追おうとする良牙を……。
「何!?」
「あの人はもう、ここにはいない。……だから、村雨さんを助けに行こう!」
責めたり、呆れたりはしない。
ただ、良牙のミスを後回しにして、彼はポジティブに次の行動をするように決めた。
もしメフィストを逃がしたとしても、それで村雨良という男を助けられるならば、それでいいじゃないか──と。
一方で良牙はそこに自分の責任を少なからず感じていた。
「クソォッ! 俺が方向音痴じゃなければ……っ!!」
そう言ってヤケクソになり、目の前の大木を殴って折る良牙。轟音が鳴って、眼前の木にその大木が寄りかかり、それ以上の被害は出なかったが、明らかに危険な行動なのは確か。
ダークメフィストですら、木の幹は焦がすだけで、破壊はしなかった。
そんな彼に驚きつつも、クウガは彼を宥めようとした。
このままだと逆に危険だというのもあるが、それ以上に、こうして自分を責めている人間を方っては置けないのだ。
「スペイン語の言葉にこんなのがあるよ。『ケ・セラセラ』──なるようになるさ、っていう意味だけど、知ってる?」
「は?」
「だから、今は俺についてきて。村雨さんを────ゼクロスを、助けに行こう!」
ケ・セラセラ。その言葉は、非常に有名である。
何の因果か、それは五代と相対するグロンギ族の怪人も使っていたが、その言葉が似合うとすれば本来五代のように前向きな人間だろう。
彼は溝呂木に何を言われても、この殺し合いで人の醜さを見せられても、心情を変えることはない。
みんなの笑顔のため。
そのためだけに、彼は戦い、そして人を救うのだ──。
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最終更新:2013年03月15日 00:20