「親友」(1) ◆gry038wOvE
親友────その言葉に該当する人物を、この殺し合いの中で何度か思い浮かべた人間は数多いるだろう。
だが、その言葉通りの友と呼べる人間は、彼ら一人一人によって違うし、意味の理解の仕方も多種多様だ。
花咲つぼみにとっての、来海えりか。
志葉丈瑠にとっての、梅盛源太。
美樹さやかにとっての、鹿目まどか。
スバル・ナカジマにとっての、ティアナ・ランスター。
五代雄介にとっての、一条薫。
響良牙にとっての、早乙女乱馬。
村雨良にとっての、三影英介。
一条薫にとっての、五代雄介。
冴島鋼牙にとっての、涼邑零。
少なくとも、現時点でこの面々の心に強く出ている名前はそうだった。
他に友達がいないわけではない。ただ、最も強い想いを持つ相手というなら、その名前だ。
少なくとも彼らはその相手を大事に想っていた。あるいは、良牙と乱馬などは競争心や対立心を持っている一方、隅に隠れていた友情であったかもしれない。
何にせよ、彼らはその友が死なないことを願っている。────もしくは、つい数時間前までは思っていた。
だから、親友の死んだ人間を眼前にした彼らは、少しばかり友を想う気持ちを強めたのだろう。
だが、この複数のカードとは共存できない存在がいた。────美樹さやか、スバル・ナカジマの同行者である溝呂木眞也という男である。
彼には現在、親友と呼べる人間が此処にはいなかったし、これからできようはずもなかった。
ダークメフィストとの邂逅以来、闇に溺れた男には、既にそんな感情がないのだろう。
誰それの死も、彼にとっては関係のないことで、その周囲にその人間の親友がいるというなら、むしろゲームに利用させてもらおうとさえ思っていた。
溝呂木は、このゲームの扇動者と呼ぶに相応しいかもしれない。
そんな男であった。
★ ★ ★ ★ ★
川岸で、花咲つぼみという少女は膝にアヒルを抱えて少し撫でた。
はぁ、と溜息が漏れる。
結局、この奇妙なアヒルをつぼみは放っておけなかったわけで…………その結果、このアヒルをどうすべきか迷っていたところであった。
このアヒルは不思議なことに首輪を巻いている。
即ち、このアヒルはこのゲームの参加者だということだ。
(どうしてアヒルさんが参加させられたんでしょう……)
つぼみがこのアヒルを放っておかなかった理由は、このアヒルの鳴き声を聞いたからだった。
このアヒルは、ただ「ガァァァァァ……」と悲しげに、虚空へとそんな慟哭を放った。
その声はあまりにも人間的な感情に包まれていて、まるでこの殺し合いの惨状を嘆いているようだった…………だから、つぼみも放ってはおけず、こうして膝に乗せているわけだ。
更に言うならこのアヒル、なんと羽が折れている。
既に飛べない────あまりにも悲惨な状態にあるアヒルだった。
童話のように白鳥になったとして、この羽でどうして飛べようものか。
ここに連れて来られる前からの怪我だったのだろうか。それとも、連れてこられてから誰かにやられたのだろうか。
……まあ、前からの怪我だったのではないかと思う。
その根拠を挙げるとするなら、このアヒルはまず外傷をほぼ負っていないことである。
羽だけがボロボロになっており、わざわざアヒルに対してこんなことをするのも難しい。アヒルであろうと、抵抗はするだろう。
それに対して、わざわざ人間でいう拳にあたる部分だけを折るなど、面倒だ。相手が人間ならば、バイオレンスな話であろうともありえるし、まだやりやすいだろうが、アヒルに対してそんなことをする意味はわからない。
だから、ここに来る前になんらかの形で負った外傷ではないかと思った。
どうであれ、そんな状態のアヒルを殺し合いに狩り出すというのは酷な話である。
────さて、
つぼみは知らないが、このアヒルは志葉丈瑠という男性である。
これは殺し合いに乗った無様なマーダーの末路とも言うべき醜態だった。
ショドウフォンを使いシンケンレッドとなることもままならず、またメタルメモリを使いメタルドーパントとなることもできず、武器さえも手に取れない。
だから、言ってみれば放心状態なのであった。
深い絶望感と虚無感が丈瑠のすべてを押さえ込み、眼前の少女に対する殺意さえ沸かさせない。
遠い向こうを見つめる瞳が、潤んでいる。
彼が思い出しているのは、楽しかった時間への後悔だろうか。
既に戻ることはできず、つい先ほどの覚悟さえも疎ましいとさえ思うほどの憂鬱。
それが、彼に少女の瞳を直視させなかった。
「アヒルさん、私の言葉は理解できますか……?」
つぼみは、そんなことも知らずにアヒルに訊いた。
宮沢賢治の童話じゃあるまいし、動物から返答が来るとは思えなかったが、試しに一言、だった。
とりあえず、相談相手とかそういうものが欲しかったのだろう。
誰でもいいから、少しだけ聞いてほしいことがあったのだ。
丈瑠はそれに頷くこともできたが、そうはしなかった。
どうにでもしろ、という意味だった。
「……やっぱり、わかりませんよね」
自分に対して呆れたような口調で、溜息を吐くように言った。
何にせよ、アヒルに対して敬語とは、なんと礼儀正しいのだろうか。
その礼儀正しさは流ノ介を彷彿とさせる。さすがに彼もアヒルに対してはこんな言葉を使わないだろう。
だが、流ノ介のことを思い出すこと────それはこのアヒルにとっては、ストレスでしかなかった。
それを発散させる術はない。
メモリが使いたい。メモリを使って────
と妙な衝動が走ったところで、少女は再び口を開く。
「それでもいいです。私はキュアブロッサム、本当の名前は花咲つぼみです」
そこで初めて、丈瑠は少女の名前を知ることになった。
変わった格好、そして名前である。シンケンレッドやドーパントと同じく、何かしらの変身をしたのだろうか。
花咲つぼみという名前は、何の変哲もないように見えて、名前が花に関連する言葉ばかりという奇怪な名前だったので、丈瑠の中でも印象に残っている。
まさかキュアブロッサムなどという二つ名があるとは思ってもみなかったが、どうやらただのお花畑な少女ではないらしい。
それはわかった。彼自身、同じようなものだったからだろう。
「…………アヒルさんは、この辺りで誰かに会ったりしませんでした?」
「……」
「青い髪の子……キュアマリンを見たりしませんでしたか?」
真先にそう訊いたのは、彼女が来海えりかのことを忘れていなかったからだろう。
もしここまでに、このアヒルがえりかと会っているということはなかったのだろうか、とつぼみは思ったのだ。
何にせよ、彼女は別にそれが凄く気がかりだったというわけでもない。もしえりかの死に場所がわかるというのなら、そこで手を合わせて一度、本当のお別れをするべきだろう。
けど、そうなるのはえりかの死が100パーセント確実なものと認めてしまうようで怖いし……できれば、えりかの死を確実にしてしまうような返答が返って来ないような質問をしたかった。
なのに、こう訊いてしまう。
えりかの話がしたかっただけなのかもしれない。
埋め合わせのできるものがないから、せめて少しでもその穴に泥をかけようとしたのだろう。
「そうですか……」
「……」
「キュアマリン、……来海えりかは、私の親友です。
でも、今はもう……彼女はこの世にいません」
アヒルが、それにはっと気づくような仕草を見せたので、つぼみは驚いた。
丈瑠も来海えりかという人物が死んでいることは知っていた。
だから、その名前を聞いた瞬間、彼女は死んだということがわかっていた。
青い────その特徴は、丈瑠の中で流ノ介のそれと重なる。
「えりかは、私を変えてくれた……それくらい元気いっぱいの女の子でした」
もはや、語らうような口調ですらなくなっていたが、丈瑠はその涙さえ流さない屈強さに、これまで彼女にどんな変化があったのかを想像していた。
一見すると弱弱しささえ感じる、頼りない姿ではあるが、強くなっていったのだろう。
肉体的にだけではなく、精神的にだ。
まるで自分とは違う反応である。────嫉妬に狂って同行者を惨殺した狂気の侍・志葉丈瑠とは。
「えりかがもういないなんて、私はまだ信じられません……」
それでも、まだ精神的に弱い部分はあったのだろう。
彼女の涙は丈瑠の羽に当たったし、上から水滴が降っているのを感じた。
表情を覗き込むような真似は野暮だからしない。
彼女の泣かないという意志が脆かったのではないだろう。ただ、どうしても耐え切れないことはある。この年頃の子は本来、耐えなくていいのだから。
「………………アヒルさん、行きましょう!」
「グェ?」
思わず、声が出る。彼女の切り替えにではない。彼女はすぐに泣き止むだろうと思っていた。
彼が驚いたのは、てっきり自分はここに射続けるものだと思っていたからだ。まさか移動させられるとは思っていなかったのである。
だが、彼女は、それをさせないつもりらしい。動けないアヒルがこのまま禁止エリアなどの影響で死ぬのを見過ごせないのだ。だから、当然のような行動だった。
明らかに殺し合いには邪魔なアヒルを抱えるように手に取ったまま、立ち上がる。
「とにかく、加頭さんや男爵と戦う仲間を探すんです!」
つぼみは、つい先ほどの方針を穿り返す。
もはやその目に涙がないのは確かで、声もはっきりしていた。
深く悲しみはしないし、まだ確定した情報じゃない。
だから、先ほどから悲しみを殺して行動してきたし、前向きにやっていたのだ。
「あ! 誰かいます……」
つぼみは、自分たちと同じ側の川岸に誰かがいることに気がついた。
自分と同じくらいだろうか。ピンクの髪と、青い髪の女の子である。
同じ制服を着ているところを見ると、きっと同じ学校なのだろう。それだけは確実だ。
つぼみは、何の危惧もないままに二人に声をかけた。
「おーい!」
それに気づいた二人へと、つぼみは手を振る────その姿は、キュアブロッサムのものではなかった。既に変身を一度解いているのだ。
一切、何かを心配することなどないままに。
★ ★ ★ ★ ★
「私は花咲つぼみって言います。えっと、その……よろしくお願いします!」
つぼみは言う。
少なくとも今は彼女は、一切二人に警戒しておらず、様子が変だとも思ってはいなかった。
そう、少なくとも彼女たち二人の自己紹介を聞くまでは────。
「私は美樹さやか。こっちが、鹿目まどか」
「よ、よろしく……」
「え?」
彼女の紹介の言葉に、つぼみは驚愕する。
鹿目まどか────その名前は放送で呼ばれたのではないか。
読みにくい名字だったので、凄く印象に残っている。だから、勘違いのはずがないと思ったのだ。
「どうかした? 花咲さん」
「いや、別に……」
しかし、当人を前に「死んだはず」などと言うのはさすがに失礼というもの。
それゆえ、つぼみは勘違いだと思い込ませることにして、会話を続けることにしようとした。
だが、先に口を開いたのはさやかの方である。
「ところで花咲さん、そのアヒル……」
彼女も、さすがに気になったのだろう。
この眼前の少女の、最も気になる部分だ。
どうしてアヒルを抱えているのか。邪魔じゃないか。
「え? ああ、この子は、すぐそこの川岸で拾いました!」
「この首輪……私たちと同じものじゃない?」
首輪のないさやかが言うのも変だが、そのアヒルの首には首輪が巻かれている。
ソウルジェムに巻かれているような、小さな首輪だ。
つぼみも、そういえばさやかに首輪がついてないと思ったが、それは後にして聞かれたことに答える。
「はい! そうです。…………だから、この子も参加者なのかなぁ、なんて思ってます」
名簿のどの名前がこの子のものなのかはわからないが、パンスト太郎などという明らかに人間の名前としては不自然なものもあったし、この子はそのパンスト太郎なのではないかとつぼみは思った。恥ずかしいので、その名前を呼ぶことはないが。
奇しくもその名前は、このアヒルが人間だった頃に殺した仲間の名前であった。
「へぇ……変わった参加者ねー」
「え、ええ……凄く変わってると思います」
「そうだね……」
しばし沈黙が流れる。アヒルの目を見つめながら、三人は何を言うこともない。
アヒルなどと同等に扱われ、そして殺しあわされているわけか。
そう思うと、色々と感慨深い思いに差し迫られる。
「……あの、美樹さん」
「んー?」
「つかぬことをお聞きしますが、美樹さんって首輪がありませんよね」
少し前につぼみが気になったことを、とりあえず質問した。
首輪がないに越したことはないのだが、こんなアヒルには首輪があり、さやかには首輪がない。
そのうえ、同じ条件と思しき生徒・まどかにはちゃんと首輪がついているのである。
これは明らかにおかしい。
「……もしかして、美樹さんって”ソウルジェム”という物の持主なんじゃないですか?」
つぼみは、広間で聞いた言葉────首輪は「ソウルジェム」に取り付ける、というのを思い出す。
この短時間で解除したとは思えないし、その「魂の宝石」と直訳できるものに、さやかの首輪がとりついているのではないかと、つぼみは睨んだ。
他にも何らかの事情があるかもしれないが、真先に思いついたのはそのケースである。
「……どうして?」
さやかの様子が少し不機嫌になった。
肯定でも否定でもなく、質問で返される。字面としては違和感のない会話なのだろうが、その聞き方が肯定を意味するような感じがして、恐ろしげだった。
「えっと……」
その理由をはっきり言いたいところなのに、既にそれを言わせてもらえる雰囲気ではない。
つぼみは黙ってしまう。雰囲気に呑まれ、何故そう思ったのかが咄嗟に口に出せなくなったのだ。
もう少し気軽な気持ちで訊いたはずなのだが、どうやら彼女にとってはそう単純な話ではなかったらしい。 つぼみは有無を言わずに謝ろうとしたのに、先にさやかがそれをした。
「……っと、ごめん。変な空気にしちゃったかな」
「さやかちゃん……」
それにつられて、つぼみも謝らなければという気分になった。
一歩遅れたが、つぼみはあまり重苦しい気分でなく謝る。
さやかのものとは違い、全力で頭を下げてのものだ。
「こちらこそ、ごめんなさい!」
「いや、いいよいいよ。そういえば最初に加頭が言ってたね。私がちゃんと全部話す」
さやかはそのまま、軽く笑いを挟みつつ、ソウルジェムについて、魔法少女についてを話し始めた。
その軽快な笑みは、つぼみに対する敵意がない証だった。
少なくとも、つぼみは悪意などを持っていないし、周囲に誤解されるようなことをするタイプでもないので、さやかとしても汲みしやすかったのだろう。
つぼみがさやかの話で一番気にかかったのは、魔法少女のことである。
「……えっと、つまり美樹さんたちも変身能力があるってことですか?」
「えっと、そうだね。あと、ちょっと近くを散策してる巴マミっていう人も魔法少女だから」
「え? 巴マミ……?」
はっと気づいたが、やはりその名前も放送で呼ばれたはずだ。
まどかの名前といい、一体どういうことなのだろうか。
しかし、やはり質問をするのもいただけない。
そうこう考えているうちに、またさやかから一言返される。
「で、花咲さん。『美樹さんたち”も”』ってどういうこと?」
「あ、ああ……そのことなんですが」
つぼみもまた、これまでの話をする。
仮面ライダー2号、一文字隼人のこと。
タイガーロイド、三影英介のこと。
暗黒の騎士のこと。
非人間の容姿をした変身者たちのことを、つぼみはちゃんと話し始めた。
「へぇ。魔法少女みたいなのがたくさんいるなんて」
「う~ん、ちょっと違うような……」
「でも、まどかは違うし、花咲さんも違うでしょ?」
「え、いえ……! 私は…………」
つぼみは、ココロパフュームとプリキュアの種を、両手に構える。
二つの支給品をそれぞれの指に持った彼女の表情は至って真剣。
プリキュアの種はココロパフュームへとはめ込まれ────
「私は、『大地に咲く一輪の花、キュアブロッサム!』 ……………………………に変身するんです」
────彼女の姿を、キュアブロッサムへと変身させた。
名乗りと説明を混同しつつ、キュアブロッサムのポーズでそう言うと、さやかは口を大きく開けたまま固まった。
★ ★ ★ ★ ★
溝呂木眞也は単身で散策を続けている。
つい先ほどまでさやか、スバルと共に行動していたのだが、今は単独行動。
その理由は二つある。いずれも単純だ。
一つは、つぼみとの接触の際に厄介になるからだ。この大男が「マミさん」などと呼ばれる姿は目も当てられない。相手方が殺されようが構わないが、もう一つの理由がそれも躊躇させる。
────後方からやって来る三名の無作法な人間たちを察知し、その三名をまださやかとスバルに近づけたくなかったからである。
三名とは、五代雄介、響良牙、村雨良。……凪だけがいないが、何にせよ五代はここでは何かと因縁のある相手のひとりだ。
ともかく、その背後に寄って集る三人の男が早い段階でさやかやスバルと出会うことは避けたかった。
再会からぶつかり合うまでが早過ぎるというのは面白味に欠ける。あの戦いからまだ二時間。もっと満遍なく、有意義に時間を使ってこそのゲームだ。
第一、スバルの実力はわからないし、ファウストは戦力面ではバケモノ三人を相手にできるほどじゃない。
交戦となると、さやかたちは圧倒的に戦力が未知数で、現在では「死」によって五代たちの精神を痛めつけるくらいしかできないのだ。
それで、溝呂木は、それに気づいて、さやかとスバルの二名を川岸に向かわせ、そこで待機するように命令すると、三人がどこへ向かうのかの確認を始めた。
「……ほら、もう川の音が聞こえてきましたよ」
「その川が見つかれば、もう呪泉郷は近いんだな!」
「いや、まだ結構あるけど……」
「…………というか、良牙。お前は川に近付くと危ないんじゃないか」
三人の男性が、そのような会話をしているのを溝呂木は木の陰で聞いた。
なるほど、どこまでも邪魔をするというか……。川沿いの道を使って呪泉郷に行く気だというのだろうか。
だとすると、面倒だ。川岸でさやかなどと交戦する可能性がある。
「……まずいな」
と、溝呂木はあまり表情を変えずに言う。
五代にせよ、良牙にせよ、村雨にせよ、呪泉郷に向かうのはわかった。
だが、その課程で川沿いの道を行かねばたどり着けないわけではないだろう。むしろ、直線で行っても確実にそこは通らなくてよい道である。
ただし、方向音痴がいる場合を除けば、だが。
「……仕方がない。少し相手をしてやるか」
溝呂木は懐からダークエボルバーを抜き、それを真横に引いた。
闇の力が溝呂木の中で増大し、顔が割れるような光景が周囲に晒される。
そして、────溝呂木と同化している、『もうひとつの溝呂木』が現れる。
その名はダークメフィスト。
死神の戦士が、その姿を陽に晒す。
「一番厄介なのは……」
五代でもない、村雨でもない。
変身能力を有する二人なら、もしかすれば咄嗟にそれを避けられるかもしれない。
だから、真先に狙いを定めた相手はバンダナを巻いた男────良牙である。
年齢的にも一番若く、一番未熟であるように見えたし、あの気柱さえなければ最弱だろう。
「よし…………」
良牙の背中を目がけ、ダークメフィストはメフィストクローから緑色の光弾を発した。
★ ★ ★ ★ ★
「……ッ危ない、良牙!」
────そのメフィストショットと呼ばれる光弾に気づいたのは、村雨良であった。
村雨はその反射神経を用い、良牙の体を庇うように飛び掛る。
良牙と村雨の体が倒れ、メフィストショットは前方の木の幹を焼く。
ドゥグンッ!!
しかし、光弾自体の威力は音として伝う。
現象を具体化したのはあ、弱弱しく突っ立っていた成長過程の小さな木だったが、充分な破壊であった。
決してその威力の見せしめのためではない。しかし、残虐性を確かとする行動。
「……何だ!?」
「……すまない、良!」
一瞬、三人とも何が起きたのかを解せなかった。
しかし、音と、木の表面から舞う煙、という事象は、次の一瞬で何が起こったのかを知らさせる。
そう、これは奇襲だ。そして、その弾丸か何かが飛ばされた方向を眺めながら、三人は戦慄する。
ダークファウスト────美樹さやかのもう一つの姿に酷似した怪物が、そこに立っていたのである。
メフィストクローの鋭利な刃の切っ先を向けながら、ダークメフィストは敢然と立っている。
「…………溝呂木、眞也?」
五代も、その特徴から彼が溝呂木なのだと気づく。
そう、彼の爪────それは、凪が言い放った特徴の一つである。
そして、五代は彼に真先に訊かねばならないことを訊く。
「さやかちゃんは……さやかちゃんは、どうした!?」
メフィストは答えない。答える必要がないのだ。
ただ、次の攻撃の準備を確かにしたまま、構えている。ダークウルトラマンといえど、攻撃の際に”溜め”のポーズを取る必要があったのだ。
奇襲が成功しなかったことを、おそらく少しは嘆いているだろうが、それは大したことではなかった。
「変身」
先に体を変化させたのは村雨────否、ゼクロスであった。
相手が変身してかかってきた以上、躊躇はない。
「変身!」
五代も、それに一歩遅れてクウガへと変身する。
赤と赤。二人の赤き戦士が、ダークメフィストへと向かっていった。
メフィストとしても、極力ならこの人数相手に戦うのは避けたいところだ。
うまい具合に引き離したいところであるが、まずは戦うのみだ。
ゼクロスは電磁ナイフを、クウガは己の拳を武器として前方に走っていく。
そんな二人と良牙に対し、メフィストは無差別に光弾を発し始めた。
威力ある攻撃をするにはある程度力を溜める必要があるのだが、まずは威嚇のために、それをある程度乱発している。
まずは力の証明から始め、相手を臆させるのだ。
ゼクロス、クウガ、良牙とメフィストの戦いがここに始まった。
★ ★ ★ ★ ★
「…………魔法少女、じゃないわよね…………?」
さやかは目を見開いて驚いていた。
つぼみが変身したキュアブロッサム────その威光に、そして先ほどと違い、精悍になった彼女の表情に。
可愛らしい衣装は、まどかが好むであろう姿。桃色が彼女のイメージカラーとそっくりだ。
「これは、プリキュアです!」
「はぁ……」
キュアブロッサムが威風堂々、さやかに言う。
流石のさやかも気圧されたらしく、一歩引いたような形になってしまった。
「美樹さんも魔法少女に変身できるんですよね! これで私たちは百人力です!」
「そう、だけど……派手すぎっていうかなんていうか……」
さやかはそのキュアブロッサムという戦士をどこか認められずにいた。
彼女には、「代償」はあるのだろうか……という疑問である。
少なくとも、首輪が首についている以上、魔法少女とは全く別の存在のはず……。
だとするなら、彼女はプリキュアというものになる際、一体どんな代償を払ったのか。
それが気がかりだった。────それが少なからず、嫉妬を帯びた疑問だったのは、当人も自覚してはいない。
また、つぼみはそんなさやかの辛いバックボーンも知らない。
それゆえ、その瞳は輝いていたし、ともかく仲間が集まったことが嬉しそうだった。
「美樹さんたちの魔法少女っていうのはどんな姿なんですか?」
さやかはそう問われて渋る。
何と言っていいやら……ここで変身しろというのも酷な話。
魔女や敵が出るわけでもなく、その行動自体がさやかにはデメリットしかない。
「あんまり変身しちゃいけないことになってるんだ。悪いけど、その時までおあずけ」
「そうですか。でも、それでもいいです。私だって、同じですから」
つい先ほどまでキュアブロッサムも変身を躊躇していた。
それは人目を偲ぶ必要がある……そのプリキュアの性ゆえであった。
魔法少女も同様なのだろう。
「……そうだ、鹿目さん。一つだけ真剣に聞いておかなきゃならないことがあります」
不意に、つぼみは、先ほど疑問に思った一点について考えた。
その表情は、つい数秒前の嬉しそうな表情ではない。凄く真剣な話だったから、真剣な表情で訊くべきだ。
第一、人の死などが関わる内容であるため、迂闊なことは訊き方はできない。
ともかく、彼女は気がかりなことをそのままにはしておけなかったのだろう。
「なに?」
「さっきの放送で、一応鹿目さんと巴さんの名前が呼ばれましたよね。でも、鹿目さんはここにいるし、巴さんも近くにいると言いました。
どういうことなんでしょう。放送で呼ばれた方も、もしかしたら生きてるかもしれないっていうことなんでしょうか?」
そう、鹿目まどかも巴マミも放送で呼ばれた名前だ。
放送で呼ばれた死者のうち、その死について知っているのは三影英介のみ────その三影も、この目で確かにその死を見届けたというわけではない。
そのため、今つぼみが考えているのは「放送の情報が100パーセント信用できるのか」という部分だ。
さやかを信じていない、というわけではない。
だが、そんな認識すら無いさやかは、不快感を露骨にむき出しにした。
「はぁ?」
「……え?」
「放送? 何のこと?」
放送で呼ばれた────その意味は、今のさやかにとっては、「学校の放送のようなもので召集をかけられた」という意味としか思えなかった。
それもピンポイントにまどかとマミだけ。
それだけならまだいい。
だが、そこで生きているとか何とか言うのは意味がわからないし、つぼみの台詞全体の意味が解読できなかった。
「あの……死んだ人の名前と禁止エリアを放送する放送です」
「死んだ人の名前?」
さやかもまどかも、あまり良い表情ではなかったが、つぼみもこの事を置いてはおけない。
何やら、さやかは放送のことを知らないらしいし、双方の認識に食い違いがあるというのを、一つの情報として取り込み、何かしら考察しなければならないだろう。
「すみません……気を悪くしないでください。
もしかしたら、お二人とも聞いてないだけかもしれませんが、私や一文字さん、それに石堀さんは男爵の放送を聞きました。
……その放送で、鹿目さんや巴さんは死んだって……」
──────その時、さやかの様子が変わる。
「……馬鹿言わないでよ!」
最初の注意を無視するが如く、さやかは物凄い剣幕で怒り出した。
それに順ずるように、まどかが言う。
「そうだよ! いくら何でも、ちょっと酷いんじゃないかな」
本来のまどかがこう言うかどうかはわからない。……が、まどかに擬態した『スバル』がそう言った。
彼女はとにかく、美樹さやかと仲良くすればいいのだ。アクマロの命令通り。
少なくとも、まどか他数名の死は確実に認識していたし、さやかが混乱し続けているだけなのは明白。
正しいことを言っているのはつぼみの方だというのはわかっていたが、それでも黙ってさやかの味方をする。
「……でも、確かに聞いたんです。その放送で、私の友達の名前も呼ばれました」
「へえ、そうなんだ……」
「来海えりか。私と同じプリキュアの、キュアマリンだった人です」
これで何度目かになる言葉であった。
親友の死を他人に告げること……それは、アヒルを含めて何人も行った。
そのたびに、そのことに慣れたのか、不思議と悲しみが薄れていった。
決意に変換されたと言ってもいい。何も、悲しみが薄れたからといって、何も考えずに口から出ているわけではない。
「…………で、その腹いせに人の友達を死人扱いしたっていうわけ?」
「そんなこと……!」
違う。
さやかの言っていることが違うのではない。
さやかの様子がおかしいのだ。
そう、まるで「まどかの死、マミの死」という事実に過剰な反応を示しているかのように、その話題だけ有無を言わせないような返答ばかり帰って来る。
優しさの欠片もないような、そして根拠もないような斜め上の回答ばかりが、つぼみに帰ってきてしまう。
──────そう、
さやか自身、どこかで友達の死を自覚したうえで、こうして凶行に走ろうとしているのかもしれない。
だから、真実に目を向けることを恐れたように、真実を教えて来ようとするものを遮断する。
その結果、どういうわけか、まどかがさやかの元にやって来た。
それで、完全に麻痺したさやかの神経は、つぼみにこれ以上何かを言わせることを拒否したのだろう。
「そんなことない? じゃあ、どうしてまどかやマミさんが死んだなんて、本人の目の前で言うの?」
「それは……放送で言われたことを……!」
「あのさ、正直、やめてほしいんだよね。そういう嫉妬はさ! まどかに、マミさんに謝って!」
「私は……!」
「謝らないなら、私はあんたを許さない」
さやかは、何かを必死で否定するような早口で、つぼみを責め立て始めた。
つぼみの言葉は途中で遮るように。そして、何も聞かないように。
「……絶対に、許さない」
そして、まるで友を想う少女のように────友達の悪口を言われて、それに沸点が達した、友達想いの良き少女のように呟いて。
それで、彼女は魔法少女へと変身した。
「まどか、逃げて。この子、もしかしたら本当にまどかを殺すために襲ってくるかもしれない」
「…………でも」
「私の言うことが聞けないの!?」
だが、その言葉は友を想う少女というより、ただ現実から逃れようともがく道化のようで────。
「うん! ……わかった」
まどかは────スバルは、言われた通りに逃げる。
一緒にいるだけでなく、しかしさやかとの関係を確かなままにするために。
アクマロに言われた通り、彼女はさやかと仲良くしなければならないのである。
だから、彼女は一旦、その場を逃げていった。
「……美樹さん、ちゃんと話を聞いてくれないで、戦おうとしてくるなんて…………私、堪忍袋の緒が切れました!」
「かかってこないなら、私が先に倒してあげる!」
かくして、プリキュアと魔法少女がぶつかりあうことになってしまった。
溝呂木がこの場にいたらば、一体どんな反応をしただろうか。
少なくとも、この状況を知っていれば、彼は惜しんだのだろうな、と思われる。
一匹のアヒルは、その様子に嫌悪感を催しながら、しかし脱力感にも囚われながら、その戦いをキュアブロッサムの腕の中で見送っていた。
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最終更新:2013年03月15日 00:19