「親友」(3) ◆gry038wOvE




「ぐぁぁぁぁぁっ!!」

「ぐぉぉぉぉぉっ!!」



 ゼクロスでさえ咆哮する、電撃と電撃の嵐。
 ゼクロスとスバルが、マイクロチェーンと蔦によって、双方に電撃を流し合う。
 互いの電気回路をショートさせそうなほどの攻撃に、二人は麻痺を始めていた。
 互いの体が強く光っていく。雷でも浴びているかのような衝撃が、二人を襲っていく。



「あ、くまろ、さまあああああああぁぁぁぁっ!!!」



 その麻痺した体を前方へと走らせるのは、禍々しい音声からもわかる通り、愛なのである。
 アクマロへの「手ごたえのない愛」が、ただ彼女を前へ前へと走らせる。
 当人は走るほどのエネルギー量を放出しているつもりであるにも関わらず、その動きは動きになっていない。
 元々、マイクロチェーンや電磁ナイフを体に仕込んでいるうえに、電気を通しにくい「植物」で電流を感じるゼクロスとスバルでは、威力は全く違うのだ。
 今の彼女の体が魔改造とでも呼ぶべき異常な強化を遂げていなければ、死ぬ可能性を孕むほどである。



「……グンッ!」



 触手の力が緩んだのを感じるなり、ゼクロスは触手から逃れ、マイクロチェーンも自らの手首に戻す。
 彼もマイクロチェーンを発し続けるのに限界があることを悟っていたのだ。
 ゆえ、次の攻撃へと体勢を移す。



「────はっ!!」



 次なる攻撃は衝撃集中爆弾。
 弱り動けなくなったスバルに目がけ、次々と衝撃集中爆弾を投擲する。
 いずれも、スバルの周囲で弾け、彼女の目を伺わせた。
 煙を吸い込んでも、ケホケホと咽る音が聞こえないところを見ると、やはり彼女は普通の人間ではないのだと実感させられた。
 が、それはスバルの破壊に充分な量だと、ゼクロスは思っていたのだろう。



「…………やったか!?」



 その硝煙の中に、期待でも交じったかのような言葉を向ける。
 あれだけの猛攻を受けても尚、生きているとすれば、それはゼクロスの想定以上の相手ということだ──。



「アクマロ様の為に……私は、こんなところで死ねは……」



 だが、煙の中からは執念の戦士が現れるのだ。
 おそらく、爆弾の量は関係ない。ただ、執念がある限り彼女は立つ。
 このアクマロへの愛も、明らかに余計なものだったろう。彼女を冷徹な戦闘マシーンへと変化させる要因の一つとして、充分働きかけていた。



「……まだか!」



 ゼクロスは、また構えて、今度は真っ直ぐにスバルの方へと走り出した。
 彼は彼女が死なない限り、次の攻撃をするのをやめない。
 たとえ、どうあっても。
 彼女の愛が深かろうと、その想いが何かを「奪う」というのなら────



「……はぁぁっ!!」



 間合いを詰めたゼクロスは、スバルの右目に刺さった電磁ナイフを強引に引き抜いた。
 ニードルの針とは違い、これを引き抜くのは簡単だ。
 だが、相手に痛覚がある限り、それは決してただならぬ痛みであろう。



「ぬぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」



 そう、それだけで充分なのだ。
 何らかの攻撃を仕掛ける必要はない。
 刺さったナイフを抜く。それだけでも十分に痛い。
 そこから血が流れていき、結構な量が地面に流れ落ちている。





 ──────ゼクロスは、そんな彼女を見て、拳を強く引く。



 次に前に押し出す、という動作だった。
 スバルの顔面を吹き飛ばすための動作であり、彼はそれを平然とやってみせようとした。
 感情が欠落しているわけではない。ただ、こうして悪鬼の如く、「何か」を奪っていこうとするものを、消し去る為に。
 「女」が泣くのを、やめてほしいがために。



「ア、ク、マ、ロ、さ、ま、ぁぁぁぁぁぁっ!!」



 だが、彼女は決して黙ってそこに立っていようとはしない。
 取り込んだ体の一つ────鹿目まどかの姿を借りて、彼女はゼクロスの攻撃をやめさせようとしたのだ。
 まどかの姿で、彼女は同情を買う。
 桃色の髪、優しそうだが血で穢れた瞳、青ざめた顔のスバルとは違い、それはただの少女。
 そして、あわよくばこの辺りに知り合いがいるから、この状況で最も扱いやすいであろう顔。



「………………」



 答えない。
 ゼクロスの拳は、止まろうとしない。
 そんなものが効きはしないし、彼はスバルのような敵に容赦をしない。



「……うぉぉりゃぁっ!!」



 ──────しかし、そんなゼクロスのパンチを打ちとめる横からの乱入者が現れる。




「クウガ……!?」



 それは再び戦場に舞い降りたクウガであった。




★ ★ ★ ★ ★





「つぼみ、あんたどうして、まどかの目の前であんな事言ったの……?」



 これまた露骨に不機嫌そうな顔で、さやかはつぼみに訊いた。今度は戦いながらでなく、森を二人(と一羽)で歩きながら。
 弱弱しい表情の彼女に、多少苛立っていた部分もあったのだろうか。
 強迫的だが、そっぽを向いて喋っている分、気が軽い。



「…………美樹さんは、放送を聞かなかったんですか? その放送で、鹿目さんや巴さんの名前は確かに呼ばれていました。
 でも、もしかすれば、放送自体が私たちを動揺させる嘘なのかもしれません。むしろ私はその方が……!」



 つぼみがこう思うのは、偏に親友の死が関わっていたからである。
 えりかという少女は、つぼみが転校してきて初めて下の名前で呼び合うようになった友達である。
 だから、彼女が死んでいないという可能性が少しでもあるのなら、それを追いたかった。


 彼女らも知る由はないが、彼女たちの手の中のアヒルは────その推測を恐れていた。
 流ノ介や十臓が死んでいないとするのなら、自分がパンスト太郎を殺したあの一件は無駄な行動だったのではないか────自分はただ道化をしていただけなのではないか、という疑念があるのだ。
 暁美ほむらにしろ、二人は彼女が完全に死ぬところを目撃したわけではない。


 つぼみは放送が嘘であることを願い、丈瑠はどこかでそうでないことを願い、さやかは放送の内容そのものを受け入れきれず壊れてしまったのである。



「……もしかしたら、ですけど」

「うん?」

「放送は、首輪を通して音声が送られました。だから、参加者によって全く別の放送を聞かされているのかもしれません」




 つぼみ、一文字、石堀が聞いた放送では、本郷猛や来海えりか、鹿目まどかや巴マミの名前が呼ばれた。
 ここに来てから縁の深い名前といえばその辺りだけだろうか。
 結果的に放送が原因でさやかとの対立は起こったわけだし、そうした嘘が交じっている可能性もありえなくはない。
 別の地点で、えりかや本郷がつぼみや一文字の死について放送で聞かされている可能性だってあるのだ。
 上空にいるサラマンダー男爵だけではわからない。



「……なるほど、私たちは放送を聞かせてもらえなかったっていうわけか」



 鹿目まどか、美樹さやか、巴マミの三人には、放送自体がカットされていたわけだ。
 特にさやかやマミなどは、首輪が全く別の部分にあり構造が違う(大きさが違う)以上、それもしやすいだろう。
 まどかの場合も同様だ。
 第一、知り合いが全く分散されずに合流できているというのがおかしい。
 これは、対立を生じやすくさせるための罠だったのではないか。



「でも、私の言葉で結局、美樹さんを怒らせてしまいました。……本当にすみません」



 つぼみは、反省して頭を垂れる。明らかにさやかが話を聞かなかったのが悪いあの状況にも関わらず、しっかりと自分の責任も考慮するあたりが、彼女の礼儀正しい部分なのだろう。
 そんなつぼみの様子を見て、さやかは態度を変えた。



「……ごめん。本当に悪いのはあたしだった」

「……」

「もしかしたら、私はつぼみを殺そうとしていたかもしれないし、私のせいで三人バラバラになった……折角、つぼみも含めて四人で一緒に戦えたかもしれないのに」



 さやかも強い自責の念に囚われたのである。
 森を歩きながら、二人はここで初めて、互いを思い遣るようになった。
 相手のために、自分の非を認め合うようになったのだ。
 マミという人物を共通して心配したことや、つぼみの純粋さがさやかの中の黒い感情を一時的に追い払ってくれたのかもしれない。



「良いんですよ。私はちゃんと生きてます。それに、バラバラになったって、何度でも一緒になれるから!」

「……ありがとう。あんたって本当に良い子ね」



 さやかはつぼみにそう言った。
 偏見が入り混じっているうちは、誰も気づけないことだ。
 勝手に人を偏った思考で判断し、見つめているうちは、誰もわかりあうことなどできない。
 そして、彼女たちは結果的にこうして互いの良いところに気づくことができた。



「ねえ、つぼみはさ、なんで戦ってるの?」



 プリキュアの力は明らかに戦闘用の側面がある。
 そう、あの跳躍力は似非ではない。戦うための力であるのは確かだ。
 魔法少女として戦っていたさやかは、尚更そう思った。プリキュアと魔法少女を切り離して考えられないのだ。
 実際、プリキュアは戦う力でもあった。



「……私が戦う意味、ですか」

「ええ」

「…………私は、人間みんなが心に咲かせている花を護るために戦っています」



 つぼみという少女が戦う理由は、そうだった。
 こころの花やこころの大樹を守ること──それがプリキュアの持つ使命。
 そして何より、つぼみは人のこころの花を枯らせる連中が許せなかったのだろう。



「そっか。立派だね、つぼみは……」



 さやかは少し溜息をつく。
 彼女はまだ、自分が戦う理由がよくわからなかったのだ。
 マミへの憧れか、正義のためか何のためか────自分が何故そんなことで悩むのか、その起源さえ、彼女は覚えていないというのに。




「と……とにかく、一緒に巴さんを捜しましょう!」



 そう言うつぼみの表情は完全に照れていた。
 このように言われたことが、たまらなく嬉しかったのだろう。
 誤解を乗り越え、今は二人は共通の目的を持ち始めている。
 だから、それがたまらなく嬉しかったのだ。



「そうだ、つぼみ。あんた、友達のえりかっていう子のこと、名前で呼び捨てだよね」

「ああ、ハイ!」

「……私も、美樹さんなんていう堅苦しい呼び方はやめて、さやかでいいよ」



 頑としてつぼみを認めなかったさやかにも、そうした感情は芽生え始めている。
 戦いを通したからか、彼女の意見を素直に聞き入れることができたからか、二人に芽生えているもの、それは……


 ────友情。そう呼ぶに相応しい感情だった。


 そんな純粋な感情を目の当たりにして、一羽のアヒルは何を思っただろうか。
 ただ、黙ってそこに居るしかないアヒルだったが、その純な友情を、彼は遠い日にどこかで感じたはずだ。
 そう、まだ幼い彼は────梅盛源太という友達を。


 なのに、自分は彼を殺そうとさえ考えていたのだ。
 その絶望感は、二人を見たことでより重く圧し掛かっている。
 一途な友情は、彼には毒だったのだろう。





★ ★ ★ ★ ★





「……やめてください!」



 ゼクロスの拳を掴んだクウガは、彼を静止した。
 ただ、少女の姿をした敵に強い一撃を浴びそうという彼の姿を止めたかった。
 それだけなのである。



「……離せクウガ。コイツはさっきの怪人だ」

「え……?」



 右目から血を流し、ポタポタと地面に落とす少女──。
 それが、あのサイクロン・ドーパントの正体だったというのか。
 あまりに惨酷な現実であった。
 何があって、彼女が他の参加者を襲撃するようになってしまったのか。


 ────ふと、クウガの頭に、何かデジャヴのような感覚が閃光する。
 彼女の姿には、見逃せない点が一つ確かにあったのだ。
 彼女は、そう……



 美樹さやかと同じ制服を着ていた。



「……まどかちゃん? それとも、マミちゃん、ほむらちゃん……?」



 さやかの挙げた「同じ学校の人間」の名前を挙げる。
 他の生徒かもしれないが、少なくとも彼が知っているのはこの三つだ。
 だから、彼はそれを訊こうとした。


 彼女は答えない。
 代わりに、その質問を無視した村雨が口を開く。



「…………良牙はどうした?」

「え!?」



 気づけば、クウガの後ろに良牙はいない。
 ゼクロスに言われてようやく気づいたが、クウガの後ろにいたはずの良牙がどういうわけか途中で迷子になっているのである。
 もっと気をつけていれば間違いなくこうはならなかったのだろうが、残念ながらこういう事態が起きてしまったのである。
 良牙は普段、人についていけば目的地にたどり着くことがある。
 乱馬と自分の家に帰ったときなどがそうだ。ただ、目的地に向かうことに関しては、彼は時折、こうして人の言うことを一切聞かないときがある。その所為だろうか、良牙は既に迷子になっていた。



 ────何はともあれ、スバルは、ゼクロスがクウガの意識を別のものに向けたこの隙を狙った。



「あっ!!」



 と、クウガが叫んだ時にはもう、彼女は体を引きずるようにして逃げようとしていた。
 ただ、今回の交戦は避けた方が良いと思ったのだろう。
 ゼクロスの多彩な武装を前に、彼女は今回一度敗れたのである。
 多数の敵を相手に戦いキルスコアを稼いだ少女であったが、単身ではゼクロスへの勝利に限界があったのかもしれない。
 まあ、このまま戦ったとしても少女────スバルはその不屈を武器に勝ち得たのかもしれないし、本当のところはわからないが、少なくとも今は苦汁を飲んだままで戦うのを避けようとしていた。




「……ねえ、誰だかはわからないけど!」



 クウガは変身を解き、五代雄介の姿で少女へと叫びかけた。
 諭すように、彼女の心に訴えかけるように。



「こんなこと、俺はくだらないと思う! だから絶対、殺し合いなんてやめてほしい!」



 さやかが殺し合いを望まなかったように、彼女にもそれをしてほしくないのだ。
 彼女がさやかと知り合いなら尚更だ。
 さやかの為にも、絶対に殺し合いに乗らないで欲しい。

 スバルが立ち止まる。
 何も彼女は殺し合いがしたくてやっている少女ではなかった。────しかし、やめようとも思わなかった。
 だから、彼の呼びかけには腸が煮えくり返るような不思議な怒りの感覚を覚えたのである。
 くだらないとまで言った。何人も殺したのに。

 立ち止まったのは一瞬で、また何も聞いていないかのように彼女は歩き出す。
 そうすると、今度は五代がそれを追って走り出した。
 生身で一対一の説得をしようとしたのだ。このまま放っておくわけにも、いかなかった。
 だから、真っ直ぐ彼女の背中を目指して走っていた。


 ザッ、


 近くの茂みから、音がしたと思って村雨やまどかがそちらを見ると、そこから何かが姿を現した。
 間髪入れずに、誰にも気づかれないように、そこから現れたのだろう。
 五代は、そこから現れたものに流石に驚いたから、口から言葉を漏らした。




「…………え?」




 そちらに顔を向けた五代の左胸を、体の真横から冷たい感触が突き刺し邪魔する────。
 それはまた、一瞬で引き抜かれ、彼の胸から大量の血を噴出し、彼はここに倒れた────。
 誰にも、何が起きたのかわからなかった。──そう、刺した本人でさえも。


 五代が、その何かを見る。



 そこには、スバルでも溝呂木でもない、意外な顔があった。





★ ★ ★ ★ ★





「まどか……!?」

「えっ!?」」



 マミを捜索していたさやかとつぼみは、ある地点でまどかの姿を目撃した。
 彼女は遠目で見たところ、あろうことか右目から血を流している。
 それは見るのも痛々しいほど鮮血に染まりきった、少女が目にするにはグロテスクすぎる光景だった。
 つぼみの目があまり良くなかったのは、この場合幸いだろう。つぼみはそこにまどかがいることしかわからなかった。



「……おーい、まどかさー」



 と、つぼみが叫ぼうとしたのを、さやかは彼女の手を口で押さえることで静止する。
 ショッキングな映像を見ながらも、行動は冷静だった。



「……まどかは右目から血を出してる」

「えっ!?」

「事故なのか誰かにやられたのかはわからない。けど、誰かにやられたとしたら……」



 そう、このまま大声を出してしまうのは非常にまずいのである。
 だから、さやかはつぼみがまどかを呼ぼうとするのを静止したのだ。



「……つぼみはここにいて。私がまどかを呼んでくる。念のために、変身しておいて」

「わかりました!」



 二人は息の合ったコンビネーションで、遠目に見えるまどかを救出しようとしていたのである。
 彼女たち二人は、互いがどういう風に動くのが得策かを先刻承知していた。
 アヒルを抱え守るつぼみは、今は戦いに向かないのだ。


 さやかは、物怖じせずに、真っ直ぐまどかに向かって走っていく。



「プリキュア! オープンマイハート!」



 後方でそんな声が聞こえたのを聞いて安心し、さやかは右目を潰されたまどかを護るため、走っていく。



(────そうだ、私はこの力でまどかたちを守れれば、それでいいんだ)



 自分が今、どうして走っているのかを考えた時、戦う理由は見つけ出された。
 あの茂みの向こうにいるまどかを、助けたいから。
 そして、まどかと同じような状況にある人を見かけたら、さやかはまた助けたいと思うのだろう。



(……私は、つぼみみたいになりたい…………! 力無い人、みんなを助けたいんだ!)



 目の前で、まどかが男に追われている。歩いて必死で逃げているまどかを、男が走って追いかけている。
 その様子が見えた。甚振るつもりだろうか、殺すつもりだろうか。
 ……男の顔は見えない。
 だが、彼女にはとにかく、その男が許せなかった。



(だから、許さない……! どんな理由があったって、まどかを、みんなを苦しめるなんて……絶対に!)





 走り出した体はもう止められない。
 傷付ける者に容赦はしない。ましてや、それが友達ならば。
 だから、友達を護るために、さやかは走り出す。
 風を、森を抜かし、次は茂みの先へと向かうのだ。



 サーベルを構え、茂みを抜け、彼女はそこにいる男の体を突き刺す──────。



 茂みを抜けた其処は、まるで異世界だった。



 全てが止まって見える。誰もが新たな乱入者の顔を見て、異常なほど驚愕している。
 手元では、サーベルが男の胸を貫き、そこから少し血が垂れている。内臓にダメージを与えたせいだろうか、男は吐血していた。
 さやかは、咄嗟にサーベルを抜く。
 すると、余計に血が吹き出た。



「…………え?」



 その声が、刺された男の発した声と重なる。
 互いが、そこで意外な顔を見ていた。



 ────さやかは、男の顔に見覚えがあったのだ。



 そして、その顔が全てを思い出させる。
 そうだ、彼は──




「五代、さん?」




 五代が、村雨が、まどかが、つぼみが…………さやかを見ていた。
 血塗れのサーベルを手にして、返り血に体を汚したさやかを、誰もが見ていた。
 その視線が痛くて、彼女も、誰も、その空気の中で、何も考えられなかった。



「嫌…………嫌…………どうして…………」



 さやかは五代の顔を見たとき、全てを思い出した。
 どうして自分がこんなことをしてしまったのか、どうしてここにいるのが五代なのか……全てがわからない。



『さやかちゃんはゾンビなんかじゃない!』



 あの時聞いた言葉が、いかに嬉しかったのかを思い出す。
 短い時間に受けた彼の気遣いや、彼の慰め、彼の言葉────何もかもが、今は過大に優しく感じられた。



「…………さ、や…………」



 心臓を刺されたはずの五代が、血を吐きながらさやかの名前を呼ぼうとした。
 その目は、さやかを怨んでいるようにしか見えなかった。
 たとえ、五代に一切敵意がないとしても。
 五代はその中途半端な呼びかけと同時に、完全に動かなくなってしまった。



(そうだ……五代さんは、死んだんだ……)



 動かなくなった理由でさえ、彼女は一瞬わからなくなった。
 だから、その理由をちゃんと考え直したのである。



(私が、殺しちゃったんだ……)



 間違いから、人を殺めた……その事実は、さやかの精神を黒ずませていく。
 そして、もう一つの疑問が生み出される。


 どうして、まどかがここにいるの?


 そう、まどかは死んだはずなのに。
 少なくとも放送で呼ばれたこと──それは事実なのに。
 そんな怪しいまどかをどうして自分は人を殺してまで助けようとしたのだろう。
 なんで誰もいないのに、マミさんがいると思ったのだろう。
 そして、何故その放送のせいで自分はつぼみを襲ったのだろうか──。
 全部聞いていたはずなのに。




 どうして。


 傀儡であった彼女には、それはわからなかった。



 その機会の逃さずにまどかは逃げていく。
 まどかは、何故逃げていくんだろう。
 そうだ、さやかが人殺しだからだ。




「嫌あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



 皮肉にも、彼女は誰かを守ると誓った時に、────戦う意味を知ったときに、誰かを殺めてしまった。



「さやかっ!!」



 キュアブロッサムが向かってくる。
 そうだ、逃げなきゃ……とさやかは思った。
 だって、一緒にいたら自分はキュアブロッサムを殺してしまうかもしれないから。


 ただ普通にしているつもりだったのに、これまで色々と勘違いをした。
 きっと、自分の中にはもう一人、別の自分がいるのだろう。 
 それが、こうして凶行を引き起こしている。
 さやか自身が、五代を殺したのは確かだが、もう一つの人格のようなものがあって──それが誰かを傷付けていく。


 なら、せめてキュアブロッサムを────つぼみを殺さない為に、彼女から遠ざからなければ。
 だって、前に本気でキュアブロッサムを殺そうとしたことがあったから。



「……お願い、来ないでぇぇっ!!」



 さやかは、ただ、キュアブロッサムや、そこにいる人を傷付けない為に走った。
 これ以上誰も傷付けない為に、誰もいないところで死のうと、そう思ったのである。





★ ★ ★ ★ ★





 さやかの足取りは非常に速かった。
 軽やかではなかったが、一刻も早くキュアブロッサムから逃げていきたかったのだ。
 意識してはいなかったが、彼女が来た場所は川岸だった。
 そう、つぼみとの邂逅を果たした地点である。



(…………キュゥべえ、ソウルジェムが穢れ切ったらどうなるの……? このまま死ねるのかな……。
 それとも、つぼみたちに危害を加えるような存在になってしまうのかな…………)



 これだけ他人に対して危害を加えてしまったさやかは、自分がこのまま魔女と等しい存在になる可能性があることを薄々予感していいたのかもしれない。
 だから、彼女はソウルジェムの穢れを待つ以外の形で死にたかった。
 見れば、自分のソウルジェムは本当に真っ黒だ。これを砕けば、きっと死ねるのだろう……。



「さやか!!」



 つぼみが────キュアブロッサムが追ってきたのだ。
 殺人を犯したさやかを、どうしてここまで追ってきたのだろう。
 普通は畏怖嫌煙の念を払い、絶対に自分の近くに寄らせようとはしないだろうというのに。
 どこまでも変わった子だった。



「……来ないで、つぼみ。私はあんたを傷付ける」

「そんなことは、ありません!」



 五代の死に様を見ても、つぼみはこう言った。
 確かに五代の事は、誤解とはいえ許し難い事件だ。
 すぐにさやかを、五代の死地へと戻し、彼の埋葬を手伝わせなければならないとは思っている。
 だが、それより前に────五代には申し訳ないが、彼女はさやかの友達として言わなければならないことがあったのだ。



「さやかは…………いつも友達のために一生懸命で、そのせいで人とすれ違ったりしても、人を思い遣る気持ちを忘れない、私の友達です!
 だから、さやかは私を、絶対に傷付けません!」



 さやかの目は既に人を殺めた後悔の涙で一杯だった。それゆえ、つぼみの言葉がさやかに届いているのかどうかは、第三者から見ればわからない。
 表情の変化も大きくはなかった。
 だが、つぼみには、その言葉が確かにさやかに届いていることがわかった。
 彼女はきっと、優しい人だから──





「……そっか。あたしって、ほんとバカだなぁ…………どうしてこんな子を傷付けちゃったんだろう……」



 さやかは、ついに涙を拭い始めた。
 ぽろぽろと落ちる涙が、だんだん現実味を帯びていく。
 その涙には、拭う手には、赤色が交じっている。
 人殺しの証。人殺しの手。人殺しの色。
 それをつぼみに見せ続けてしまうのが、とにかく厭だった。



「私はどんなに傷ついたってさやかの友達です。きっと、さやかの心には美しい花が咲いてるから!
 それを護るためなら、どんなに傷ついたって構いません!」



 つぼみは、さやかを救いたかった。
 さやかの心に咲くはずの、綺麗な花が見たかった。
 さやかの笑顔が見たい。……そんな、五代と共通したような感情も、つぼみにはあったのだ。



「…………でもね、駄目なんだよ。つぼみ…………。私、もうこんな痛みは負いたくないんだ」



 本当ならさやかだって生きていたい。
 だが、誰かを守りたい……五代やつぼみのそんな願いを知って、それに影響を受けた。
 自分こそが、その想いを阻害する張本人になってしまったのだと思うと、彼女は何も言えなかった。



「私、好きな人いたんだけどさ……こんなんじゃあ、もう顔向けできないし。
 だから、お願い。私はここで、死なせてよ…………」



 そして、人を殺す痛みを、人を傷付ける痛みを、これ以上負いたくない。人殺しの少女として生きていくことも、辛いし、大切な人にはもう会えない。
 会っても否定されるだけ。会っても傷付けるだけ。
 そんな想いがさやかの中で渦巻く。
 これをどうすることもできない。
 つぼみがどれだけ説得しても、さやかの中にある、その感情を拭い去ることはできないだろう。


 それを知ったつぼみの表情は非常に暗く、そんな彼女に思わず笑みがこぼれる。
 なんでこんな自分の身をそこまで心配してくれるのか。
 なんでこんな自分の事を悲しんでくれるのか。
 それを思うと、なんだか気が緩んで笑えてしまったのだ。
 もう死ぬのを確信していたから、生きようとし続けるつぼみに対しては、神のような目で見られたのだろう。



「ごめん…………色々と迷惑かけたね。私の事は、忘れていいからさ」

「いいえ……忘れません、絶対に!!」

「…………そっか」



 さやかは、────自分が笑顔を発して良い人間なのではないと思いながらも、
 つぼみが、少しでも笑顔になれたら良いな、とそれだけ思って笑って言った。



「ありがとう、つぼみ……」



 そして────


 さやかの体が、不意に動かなくなった。
 当人の自殺しようという意思さえ飲み込んで。
 彼女の意思とは無関係に、彼女の中の何かが消え去った。


 ────彼女のソウルジェムが、完全に濁り切ってしまったのである。
 人を殺す痛み、血の匂いの不愉快さ、これ以上人を傷付けたくないという思い────その全てが、彼女に強い絶望の感情を持たせ続けたのだろう。


 この場では、ソウルジェムの濁りは魔女化ではなく、死を意味する。
 そんな彼女の死を回避するグリーフシードは、もう存在しなかったのだ。



「…………こんなの、あんまりです」



 つぼみの涙が、地面にぽろぽろと零れていく。
 倒れて動かなくなった少女の死体──。
 抱きかかえられたアヒル──。
 その全てが黙っていたから、つぼみの絶叫だけが川の向こうへと響いた。



「折角、友達になれたのにーーーーっ!!!」



 さやかという少女がこの場に来てから、確かに不幸だった。
 だが、たった一つの幸せが、最後に彼女の笑顔を作ってくれた。
 だから、自分の死そのものには後悔はしていないだろう。
 こんなに想ってくれる友達が、できたのだから────。




【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ 死亡】


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最終更新:2013年03月15日 00:21