brother & sister (前編)◆7pf62HiyTE



 唐突だが、読者諸兄に問いたい事がある。
 貴方が男性ならば妹はいるだろうか? 貴方が女性ならば兄はいるだろうか?
 いるのならばもう1つ、貴方は妹、あるいは兄にどのような感情を抱いているのだろうか?

 そう、これから語られる話に登場する3人の人物には共通点がある。

 それは――





Scene01.相羽ミユキの場合


 深い森の中、1人の少女が彷徨う。

「はぁ……はぁ……」

 彼女の名は相羽ミユキ、記憶の限りではあの瞬間、兄である相羽タカヤを守る為にその命を燃やし尽くした――

 ――だが、気が着いた時にはあの暗い空間にいたのだ。
 そして唐突に加頭と名乗る男から最後の1人になるまで殺し合えと言われたのだ。

 何故、あの瞬間死んだ――いや死んでいなかったとしても重傷を負っていた筈の身体が万全な状態なのか?
 何故、自身が殺し合いに参加させられているのか?
 理解が追いつかない中、さらなる現実が突きつけられる。

 自分達を拘束する首輪、その力を示すために3人の首輪が爆破された。
 無論、それだけでも衝撃的な出来事ではある。だがそれよりも重要なのは――

「ダガー……いえ、フリッツさん……」

 その内の1人がミユキ自身の知り合い――いや、かつての仲間とも言おうか、フリッツ・フォン・ブラウンだった。
 だが、それ自体がそもそも奇妙な話なのだ。あの場にフリッツが居る筈がないのだ。
 そう、ミユキの知る限りフリッツは既に死んでいる筈なのだから――

 加頭は言っていた。優勝者にはどんな報酬でも渡すと――それこそ死者蘇生も可能だと。
 自身が未だ生きているのはその証拠なのだと――だから殺し合いに乗れという事なのか?

 理解が追いつかぬ内に気がついたら森の中に転移させられていた。
 ミユキが最初にした事は所持品の確認、自身の持つテッククリスタルと幾つかの武器あるいは道具を確認した。
 そして名簿を確認する。

「タカヤお兄ちゃん……やっぱりお兄ちゃんもこんなのに巻き込まれて……」

 名簿の中にはタカヤの名前があった。フリッツが見せしめとなった際に加頭が口にしていた事から考えればそれ自体は容易に推測出来た事だ。
 彼の仲間であるノアルやアキといった他のスペーツナイツの面々の名前は無かったのは不幸中の幸いだったが決して喜べるものではない。
 いや、それだけだったらまだ良いだろう。むしろ問題なのは――

「シンヤお兄ちゃんに……モロトフさん……」

 タカヤの双子の弟にしてミユキの兄の相羽シンヤ、そしてやはりかつての仲間であったモロトフの名があった事だ。
 だが今や自分達――いや、地球に住む人々の敵である。
 この2人が素直に加頭に従うとは限らないが、人間の命を何とも思わない以上、他の参加者を殺す事を躊躇する事も無いだろう。
 そして、恐らくこの2人がその気になれば参加者の殆どが蹂躙されるであろう事は想像に難くない。
 無論、彼等から見て裏切り者である自分やタカヤが排除すべき敵である事も言うまでもない。
 もっとも、シンヤにとってのタカヤはそれ以上の因縁があるわけだが――

 とりあえず他に知り合いが居なかったがこれを喜ぶべきか悲しむべきかはよくわからない。
 とはいえ重要なのはこれからだ。
 まずミユキ自身殺し合いに乗るつもりは全くない。
 可能ならば自身の持つ力で他の参加者を驚異から守りたいとは思う。
 しかし、自身の力では限りなく厳しいのは理解している。
 シンヤ達に及ぶわけも無い以上、強敵相手では厳しいのは言うまでもない。
 だがそれ以上にミユキ自身には重要な問題があったのだ――


 ミユキがすべきだと考えたのは2つ。
 1つはタカヤとの合流、
 恐らくタカヤは自身の名前を見つければその身を案じる筈だ。
 同時にタカヤは他の参加者を守る為、敵であるシンヤ達を倒す為、無茶を重ねるだろう。
 それでもスペーツナイツの面々がいるならば大丈夫だと確信出来る、だが今は彼等がいない。

 故に――妹である自分が兄を守る為、彼と合流しなければならないのだ。

 もう1つは他の参加者にシンヤ達――テッカマンの脅威を伝えタカヤの力になってもらう様に頼む事。
 加頭の口振りでは仮面ライダーやNEVER、砂漠の使徒といったテッカマン同様普通の人間とは違う存在がいるらしい事が彼等がテッカマンに対抗出来るかは半信半疑である。
 無策でテッカマンに挑めば返り討ちに遭うだけだ。だからこそテッカマンについて知る自分が彼等の情報を伝えねばならない。
 同時に彼等にタカヤの力になって貰うのだ、きっとタカヤは1人無茶を重ねるだろうし止める事は出来ないだろう。
 それでも彼の力になり助ける事は出来る筈だ。
 一番良いのは自分が力になる事だ。だが――それはきっと難しいだろう。
 だからこそ、この地でタカヤの力になってくれる仲間を探すのだ。タカヤと仲間達が力を合わせればきっとこの局面も――


 そんな時だった、何かがすぐ横を掠めたのは――


 掠めた何かはすぐ横の木に着弾し大きな痕を刻む。


「誰……!?」


 ミユキは飛んで来た方角を見る。しかし夜の森という見通しの悪い状況故に狙撃手の姿を確認する事は出来ない。
 少なくとも、シンヤ達ではない。シンヤ達ならば隠れて狙撃という手段はとらないだろうし何より彼等が接近したなら把握出来る筈だ。
 となれば殺し合いに乗った者が一見か弱い少女である自分を襲撃しているのだろう。

 そう考えている内に次の銃弾が飛んでくる。見通しが悪いという条件は相手も一緒故に外れてくれた。
 だが、今の状態では一発でも直撃を受ければそのまま致命傷となる。狙撃手の姿が見えない以上圧倒的に自分が不利だ。

 大体の方角だけは把握している。ミユキは走り狙撃手から距離を取ろうとする。
 周囲の木々が上手く遮蔽物になってくれれば態勢も立て直せるという事だ。


「はぁ……はぁ……」


 身体が重い。正直な所、全力で走るのも厳しい状態だ。
 それでもまだこんな所では終われない、自分の身を案じているタカヤの為にも、そのタカヤを守る為にもこんなあっけなく終わるわけにはいかないのだ。
 だからこそミユキは懐からクリスタルを取り出す。そう、テッカマンにテックセット、つまりは変身する為のクリスタルだ。
 今の自分でもテッカマンになれば切り抜ける事が出来るだろう。
 無論、無茶をすればそれだけ限界を迎えるのが早まるだろうし、タカヤはともかくシンヤかモロトフを招き寄せるリスクがある。それでも、


「お兄ちゃん……」


 守るためにも今はこれを使うしかない。そう考えクリスタルを構え


「テックセッ……」


 だが、それ以上言葉が紡がれる事は無かった。
 銃弾がクリスタルに着弾しクリスタルを撃ち落とされたのだ。幸いクリスタル自体は破損する事は無かったがミユキの手からこぼれ落ちてしまう。


「ああっ、クリスタルが……」


 その衝撃で手が痺れる。それでも落としたクリスタルを拾わなければならない。そう思ったが、
 狙撃手の銃弾が足下に着弾しその衝撃でバランスを崩して転倒してしまう。


「ううっ……」


 手を伸ばしても落ちたクリスタルには僅かに届かない。デイパックから何かを出して対処出来るとも思えないしそれ以前に間に合わない状況だ。
 転倒した状況では最早只の的でしかない、故に既にチェックメイトがかけられた状況と言えよう。
 今更死ぬ事が恐いわけじゃない。だが、愛する兄の為に何も出来ずに終わってしまう事が悔しかった。だから――


「お兄ちゃん……ごめんね……」


 只、愛する兄へと謝罪した――その直後、銃弾がミユキを――


 撃ち貫く事は無かった――


 その時、青い何者かが察そうとクリスタルと自分を拾い上げ弾が着弾するよりも早く駆け抜けたのだ。


「え……」


 見上げるとそこには青色の甲冑を身に纏った様な戦士がいた。


「誰……?」
「ダレ……?」


 思わずミユキはそう問いかける。
 それは狙撃手にとっても同じだったのだろう。性別すらわからない籠もった声がミユキと同じ問いをぶつける。
 だが、青色の戦士の返答は両名の予想を超えるものであった――


「俺に質問をするな」






Scene02.照井竜の場合



「加頭……あの男何処かで……」

 照井竜はつい先日、園咲琉兵衛率いるミュージアムとの決戦を終えた――
 無論、全てが解決したとは言い難いもののこれでガイアメモリを巡る事件は1つの区切りを迎える筈――
 その矢先、加頭という男が口にした殺し合いに巻き込まれたのだ。
 加頭の使ったドライバーとユートピアなるガイアメモリの存在から瓦解した筈のミュージアムの関係者という事は容易に推測出来る。

 だが、照井自身1度だけではあったが加頭という男と遭遇した事があった。

「そうだ、あの時園咲冴子と一緒にいた男か」

 それは照井自身に仮面ライダーに変身する為のドライバーとガイアメモリを渡した張本人であるシュラウド、彼女と園咲家の関係を調べる為に園咲冴子と接触した時に彼女と食事をしていた男だ。
 もっとも、その直後その男はすぐさまその場から去り、照井自身もシュラウドの事を聞き出す事を優先した為それ以上の事はわからなかった。

 照井の把握する限り、あの時点で冴子はミュージアムから離脱していた。
 となれば、少なくともその男――加頭が単純にミュージアム側の人物とは言い難い。
 ミュージアムに属する者であれば裏切り者である冴子と悠々と食事する筈もないからだ。
 つまり、ミュージアムを利用あるいは彼等に協力している組織の人物で、同時に個人的か組織的かまでは不明ではるものの何かしらの理由で冴子を保護していたといった所だろう。

 何にせよ、冴子辺りを問いつめれば加頭の正体を掴める可能性が――そう単純な話でもない。
 何故わざわざ連中の手駒と言っても良い冴子をこの殺し合いに放り込まなければならない? 彼女自身が重要な情報を握っているのであればなおの事だ。
 それに、連中にしてみればこの殺し合いが瓦解する事は避けねばならない。その為に、自分達にとって重要な情報を握る冴子を野放しにするとも思えない。
 つまり――園咲冴子がそのまま主催者である加頭に対するカードとはなり得ないという事だ。
 全く探さないわけでも無いが彼女に執着する必要性も無いだろう。

「死者を蘇らせる……か……」

 あの場で加頭は優勝者にはどんな報酬でも与えると語っていた。それは死者蘇生も可能という話だ。
 一見すると信じがたい話だ、だがそれが全くの絵空事ではないらしい。

 まず、見せしめとして殺された3人の男の内の1人、少し前に風都を恐怖に陥れた傭兵集団NEVERの1人堂本剛三だ。
 結論だけ述べればあの事件の元凶であるNEVERは自分達が打倒し、元々死者であった彼等の身体は今度こそ完全に消滅した筈だった。
 だが、あの場では普通に存在していた、すぐに死を迎えたもののそれでもあの瞬間は確実に生きていた筈だ。

 そしてもう1点、これはこの地に来てから名簿を確認した際に気がついた事だが、既に死亡している筈の人間が4人もいたのだ。
 まず園咲冴子の夫だった園咲霧彦、照井本人が風都に来る前の話だった為面識は無いものの死亡していたらしい。
 次に堂本同様NEVERである大道克己と泉京水、前述の通り彼等も本来ならあの事件の末に完全消滅した筈だ。
 そして――

「井坂……」

 照井自身の家族を含めた多くの者を惨殺し人々を悲しませた井坂深紅朗の名前があったのだ。
 その力は絶大ではあったが照井は全てを振りきりようやく打ち倒す事が出来たのだ。
 そして井坂自身、ガイアメモリの過剰使用の副作用によりその肉体は完全消滅したのを照井達は確認している。
 だが、こうして名簿にある以上、何かしらの理由――死者蘇生かまでは断定出来ないもののこの地で生存している事は確かだ。

 井坂に対する怒りがわき上がるもののその事については今は良い。
 奴が地獄から舞い蘇ったならば今一度地獄に堕とせば済む話だ。
 出来るか出来ないの話ではなく、それは照井自身譲れない事なのだ。

 それ以上に重要なのは照井自身がどうするかなのだ。
 本当に死者蘇生が可能かまでは断定しきれない。だが、超絶的な力を持つ事は理解した。
 その力があれば大抵の願いは叶えられるのも理解は出来る。

 前述の通り、照井の家族、両親や妹は井坂によって惨殺されている。
 その井坂に復讐する事が照井が戦う根元的な動機であった。

 だが――こういう風には考えられないだろうか。
 結局の所、復讐という手段をとるのは殺された家族はどうやっても取り戻せないからだろう。
 しかし、取り戻せないものを取り戻せるとしたら?
 例えば死者蘇生が不可能だとしてもそもそも井坂に殺された事自体無かった事に出来るのならば?


「………………馬鹿馬鹿しい」


 照井自身、風都に戻った時は風都及びそこに住む人々を嫌悪していた。
 井坂の様なガイアメモリの犯罪に手を染める人々が現れるのを風都及びそこに住む人々が腐っていると考えたからだ。

 だが、風都にて照井は多くの人々と出会った。
 左翔太郎、フィリップ、刃野幹夫、真倉俊、ウォッチャマン、サンタちゃん、クイーン、エリザベス、そして所長といった愉快な仲間達、
 リリィ白銀や島本凪といった照井自身も深く関わった事件の関係者、
 そして、園咲家への復讐の為とはいえ結果的に照井を過酷な運命に巻き込んでしまった事を悔やみ続けていたシュラウド、
 全てが腐っているわけじゃない、心の奥底に秘めたる想いがあり、それが暴走して事件になっただけという事もあったのだ。

 そして、その人々を守るのが照井達仮面ライダーなのだろう。
 そんな仮面ライダーである自分がそれを裏切るわけにはいかない。
 確かに家族は取り戻したい、だがその為に何の罪も無い人々を殺す事などあってはならない。そんなのは自らの欲望の為に多くの罪を犯した井坂と同じだ。
 また、全てを無かった事にするつもりもない。そんな事をすれば今まで出会った者達との出会いすら否定する事になるからだ。

 だからこそ照井は仮面ライダーとして人々を守る為、加頭を打ち倒す事に決めた――

「そういえば……あの2人も仮面ライダーらしいが……風都以外にも仮面ライダーがいるのか?」

 確かあの場には仮面ライダー一号、二号と呼ばれる本郷猛、一文字隼人の2人がいた。彼等の口振りから察するに他にもいると考えて良いだろう。
 とはいえ、別にそれは疑問に感じる事ではない。
 照井自身が風都に来る前の話なので詳しくは知らないが翔太郎達は別世界の仮面ライダーに会ったという話もあるらしく、
 先のNEVERの一件ではメダルで変身する上下3色に分かれた仮面ライダーが現れたらしい。
 それを考えれば今更他に仮面ライダーがいても問題にはならないだろう。


 そんな矢先だった。何かの音が響いて来たのは――


 周囲を見回すと現在位置であるG-3にある森の奥に1人の少女が走っているのが見えた。
 詳しい事は不明だが何者かにライフルか何かで狙撃されているのだろう。
 すぐに助けに向かうべく照井はアクセルドライバーを装着し、


 ――Accel――


「変……身……!」


 メーターを模した『A』のメモリを作動させドライバーのスロットに挿入、


 ――Accel――


 ハンドルを捻ると共に照井の全身に赤い粒子が纏われていく様に赤い戦士の姿へと変化し仮面ライダーアクセルへの変身を完了した。
 だが変身している間に少女の状況は悪化していた。
 見ると少女は何かの結晶体を取り出し何かしようとしていた。結晶体が何かは不明だが恐らくガイアメモリ同様変身に使うものと考えて良い。
 だが、狙撃手の弾が結晶体に命中しそれを落とし、更に地面に弾が着弾した衝撃で転倒。このままでは次の一撃で終わりだろう。
 少女までの距離はまだ大分ある。恐らく今の状態では狙撃手の弾の方が早いだろう、少女を守る方法は――


「くっ、間に合え……」


 アクセルはドライバーに装填されているアクセルのメモリを抜き、タイマーとシグナルをつけた『T』のメモリを作動させ、


 ――Trial――


 更にメモリを変形させドライバーに挿入しハンドルを捻る。するとシグナルが点灯し、


 ――Trial――


 音声と共にシグナルが点灯、赤、黄と点灯するのに呼応しアクセルの体色も黄色に変化し、
 青が点灯すると同時にその色は青に、複眼も青から黄に変化し、色だけではなく赤い時にはあった装甲部を無くした状態、アクセルトライアルへと変化した。

 そしてすぐさま奔る、トライアル――それは攻撃力と防御力を落とした代償として速さを得た姿、
 そのスピードは凄まじく――

 狙撃手の弾よりも早く、少女の元にたどり着き彼女の持つ結晶体、そして少女を確保し駆け抜ける事に成功した。


「誰……?」
「ダレ……?」


 少女、そして狙撃手が自分に対して質問をしている様だ。だが、アクセル――照井にとってその返答は決まり切っている。


「俺に質問をするな」


 そう答えたアクセルは少女を近くの木の側に降ろす。助けられて緊張の糸が切れたのか気を失っている様だ。


「待っていてくれ、すぐに終わらせる」


 と、背後から銃弾が迫ってくる。だが、アクセルはすぐさま向き直り自身の武器であるエンジンブレードでたたき落とす。
 すぐさまそのまま弾の方向へと走る、その動きは早く狙撃手への距離は格段に縮まっていく。そして――


「見えた、あのドーパントは……」


 狙撃手の姿をついに確認した。それは右腕がライフルとなっている青いドーパントトリガー・ドーパントだ。
 NEVERの芦原賢が変身したドーパントで照井自身が撃破した相手だ。
 名簿に芦原の名前が無かった事からT2ガイアメモリのトリガーメモリを支給された参加者がそれを使って変身したのだろう。
 何にせよ1度倒した敵であり、本来の持ち主である芦原で無いのならばその力を十二分に発揮出来ないだろう。故に撃破する事はそう難しい事ではない。だが――


 別の方向から弾が飛んでくる。スピード故に当たらなかったがアクセルはそれに驚愕する。


「何!?」


 その方向を向くとそこにもトリガー・ドーパントがいた。だが、先程の場所にもトリガー・ドーパントの姿が見える。


「分身だと?」


 そう言いながら最初に見えたトリガー・ドーパントにエンジンブレードを振るう。
 エンジンブレードが触れた瞬間、トリガー・ドーパントの姿は消失した。


「幻……だが、あのドーパントにそんな力など無い筈だ」


 トリガー・ドーパントの力はその名の通り『狙撃手』の力、それ故に分裂あるいは分身する事などあり得ない筈なのだ。
 その間にも先ほどトリガー・ドーパントが見えた方角とはまた別の方角から弾が飛んでくる。回避しつつ振り返るとそこにもトリガー・ドーパントの姿があった。


「また分身……何!?」


 アクセルは更に周囲を見回す。すると四方に1体ずつ合計4体のトリガー・ドーパントの姿を確認した。恐らくその内の3体は先程同様分身なのだろう。
 だが、何故『狙撃手』の力しかもたないトリガー・ドーパントが分身するのか?


「いや……ドーパントではなく奴自身の力だとしたら!?」


 が、アクセルはそれをドーパントではなく変身者自身の能力だと考えた。
 かつてスミロドン・ドーパントと交戦した際、相手は人間離れした動きでアクセルを翻弄した。それこそ普通の人間では考えられない程だ。
 それもその筈だ、その正体は人間ではなく園咲家が飼っていて今は園咲来人ことフィリップの元に戻っている猫のミックなのだ。
 照井自身もその正体を知った時は驚愕したものだ。
 ともかくその前例から考えても、変身者自身の能力がドーパントの新たな力になっている事は多分にある。幻影を使うという事驚愕ではあるがそれを知る事が出来たのはある意味幸運だ。

 とはいえ問題はこの場をどうするかだ。考えている間にも幻は増えつつある。
 真面目な話、いかに相手が無数に幻を展開したところでトライアルのスピードならば大した問題じゃない。長期戦に持ち込めばほぼ確実に勝てるだろう。
 だが、そうするわけにはいかない事情がある。この場には守るべき少女がいたのだ、幻に翻弄されている内に少女が殺されたら何の意味もない。
 故に――短期決戦で決着を着けるしかないだろう。

 そう考えたアクセルはドライバーからトライアルメモリを抜き再び変形させ、


「全て……振り切るぜ……!」


 タイマーを作動させ空高く放り投げる。
 そして超高速で走り出す――それは只でさえ速かった今までよりも速く、音速の領域へと踏み入れるかの様に――
 その素早さでトリガー・ドーパントの懐に飛び込み一撃入れる。無論幻であるが故にすぐに消失した。
 だがすぐさま次のトリガー・ドーパントの方へ向かい同じ様に――

 アクセルトライアルの必殺技ともいうべきマキシマムドライブ、それは10秒に限り音速クラスのスピードを手に入れるというものだ。
 前述の通り従来のアクセルに比べ一撃の攻撃力は格段に落ちている。
 だが、音速の加速力で無数の攻撃、それこそ何百発も叩き込む事で結果として総合的には従来のアクセルを遙かに超える破壊力を得る事が出来る。
 シュラウドに課された特訓の果てに手に入れた照井の大いなる力である。仮面ライダーアクセルとしての――

 その動きは凄まじくトリガー・ドーパントの幻を次から次へと消し去っていく、相手が無数の幻を展開するのであればそれよりも速く全ての幻を消し去れば良い。
 そして最終的には本体を叩く事が出来るという事だ。

 そうしていく内に全ての幻が消え去り残るトリガー・ドーパントは1体、故にそれが本物という事になる。
 トライアルの限界時間も残り僅か、限界を超えるかの様なスピードで懐に入り込み――


 ――Trial maximum drive――


「9.1秒……」


 メモリを掴みタイマーを止めマキシマムドライブを解除した。だが――


「やられたか」

 最後の1体すらも幻だったのだ。
 全ての幻に対処している約10秒という短い時間にトリガー・ドーパントは戦域から離脱――
 いや、恐らくこちらのスピードに気付いた段階でこの策を仕掛けていたのだろう。

「どうやら思った以上に厄介な相手の様だ」

 まだ遠くには逃げていない為追撃は可能かもしれない――だが、

「いや……今は彼女を……」

 今も気絶している少女を保護する事が最優先事項だ。直撃を受けてはいない様だが相当に疲労、いや衰弱しているのが見て取れる。そんな中、


「お兄ちゃん……か」


 少女が口にした言葉がアクセルの心に強く響いた――




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最終更新:2013年03月14日 22:10