赤く熱い鼓動(後編) ◆gry038wOvE
△
「おい、あれが……杏子かよ」
窓の外から漏れる強力な光が止むと、そこには全く別の色へと変わったネクサスがいた。
この遠距離からでもその姿はよく見えている。ネクサスの色はかつて翔太郎たちが見たジュネッスとは少しばかり違っていた。
かつての姫矢とはまた違った、『命の光』。
同じ赤でありながら、それは微妙に違った色の輝きを示している。
そう、命の色はそれぞれ違う。
十人十色。誰もが違った色を持ち、誰もが違ったものに運命を惹かれるのだ。
「……すげえ」
翔太郎は幾つかの感想を口に出そうとしたが、そうとしか言いようがなかった。語彙が無いのではない。本当に素晴らしいものを見た時、人はそれを上手く形容する文句など考えようともせず、ただ目の前の出来事に心惹かれるのだ。
それはまさに彼女が築いてきた絆の姿だった。
姫矢のジュネッスと同じ力。せつなのキュアパッションと同じカラー。あらゆる人が繋いだ彼女の命。それが全て、あの光の中に在る。
翔太郎自身もまた、彼女の命を繋いでいた一人だから、より強い感動があったのだろう。
『翔太郎、僕にも見せてくれないか』
「ああ……ちょっと待ってな」
翔太郎はジョーカーメモリを取り出した。
戦うわけではないが、それでもこの姿を
フィリップに見せてやろうと思ったのである。
メモリの電子音が鳴る箇所を少し抑え、なるべくドウコクに聞こえないようにしながら、翔太郎はメモリのボタンを押す。
──じょぉかぁ……(←小声)──
「『変身(←小声)』」
──Cyclone × Joker!!──
「こらっ、ちょっ、うるせえ!」
翔太郎は電子音とBGMにキレてドライバーを軽く叩いた。しかし、どうやら向こうは向こうでネクサスに気を取られているようで、辛うじてこちらに気づいていないようである。ともかく、仮面ライダーダブルとなった二人は、再び窓の外を見る。
その景色は、すぐにフィリップにも伝わった。ネクサスはパッションレッドの光を放ち、ドウコクと対峙している。
『……翔太郎』
「どうだ? あれを見た感想は?」
翔太郎は、おおよそフィリップがどんな感想を述べるか、予想がついていた。
翔太郎はフィリップが薄く笑ったのを感じた。
『ゾクゾクするねぇ』
△
ドウコクは目の前の戦士を見てどう思っただろうか。
薄皮太夫の三味線の音に惹かれた彼ならば、少しは何か心を動かされるものがあっただろうか。
敵の姿がより強力なものへと変わったというのに、そこに脅威を感じるというより、むしろ骨抜きにされたように見つめていた。
それは戦うためだけの姿ではなかったのである。
確かに逞しく進化し、豊富な技を持つ戦士であったが、同時にその姿は一人の人間の生を表現した芸術であった。体を駆け巡る血流のようなラインは、哺乳類の血管だけでなく、万物の体に流れる繊維や、あるいは各々の感情でも体現しているかのようだった。
彼女はあらゆる生を食らい、今ここに生きている。
彼女の命を繋いできた糧も、命を賭して彼女に生を与えてきた人々の思いも、或いはこの体の中にあったかもしれない。それが彼女と、彼女を支えてきた人たちの絆だ。
「……なんだよ、それは」
少なくとも、ドウコクから発された言葉は、翔太郎と同じく簡素なものだった。
感動したようには見えなかった。
この光には、ドウコクが望む感情はなかった。孤独がなく、恨みもない。太夫の三味線とは違ったのだろうか。
──これは、あたしたちの絆……あたしたちのウルトラマンだ……──
その名を、杏子は初めて呼んだ。
かつて、孤門がこの姿を見て、思わずウルトラマンと呼んだように、杏子はいま、この巨人に自然とウルトラマンという名前があるのだと感じたのだ。
しかし、あまりにも自然に言葉が出たため、杏子自身が、自分の呼んだ名前に気づいているかも曖昧だった。
「……ウルトラマン? そいつはそんな名前なのか。まあいい。……ここからは、戦いを愉しませろよ。敗走は無しだぜ」
ネクサスはドウコクの言葉に頷き、右手を前に突き出し、腰を落として構えた。
二人の距離は約二十メートル。
二人は同時に駆け出し、その距離は一瞬にしてゼロになる。
ドウコクが右上から、ネクサスに向けて剣を振るう。ネクサスはそれを右に避け、ドウコクの顎を砕くジュネッスパンチを放った。
ドウコクの身体が吹き飛び、瓦礫の山へと堕ちていく。何かの角がドウコクの身体へと突き刺された。ガラス片の数も多く、ここに落ちるという事は、もし人間ならば危険極まりない話だった。
「デュアッ!」
ネクサスはその場からドウコクを引きはがすようにして起こした。
しかし、ドウコクを助けるためではない。乱暴に放り投げ、後退したドウコクに向けてネクサスは何発ものパンチを決めた。
その痛みや衝撃は、無論アンファンスパンチの比ではない。
再び、ドウコクは二三歩後退した。よろよろと後退しながらも戦闘の意思は消えず、左手はネクサスの身体目がけて大量のガラス片を投げた。さきほど倒れた時に掴んでいたのだろう。
「デュアァッ!」
ネクサスの身体は、不意の攻撃に目をくらませる。
ガラス片など、ネクサスの身体に効くはずもないが、本能的に避けたのだろう。杏子自身、その時ばかりは「危ない」と思ったに違いない。顔の前に両手を掲げて、目にガラス片が入らないように構えたのである。
「やってくれやがったな!」
その瞬間を狙い、ドウコクはこの距離からネクサスを斬る型を取る。
刃を振るった瞬間、降竜蓋世刀の先から衝撃が発生し、ネクサスの身体に深い一撃を与えた。
斬れるはずもないのに斬れる──それは、鎌鼬(カマイタチ)というやつに酷似していた。それはまるで、至近距離で鋭利な刃物で斬られるのと同じほどの威力を持っていた。衝撃波か鎌鼬か……厳密にはわからないが、それは風に乗るように真っ直ぐに進み、ネクサスの身体を傷つけるのである。
「デュアァァァ……!!」
<痛み>の声を発しながら、ネクサスもまた何歩か後退する。手の上に少し残っていた粉々のガラス片が落ちていく。
真後ろには風都タワーの跡があったが、ネクサスはその数歩前で動きを止めた。
「……俺の番だ!!」
再び、ドウコクは刀を虚空で振るう。今度は二度──×印を描くように刀を振るい、×印の衝撃がネクサスへと高速で進行した。常人ならば避ける術はないかもしれない。
それでも、ネクサスは既に超人である。
地面を強く蹴り、高く跳ぶ。
ドウコクの鎌鼬は、後方で風都タワーの残骸の中を深く掘り進め、×印の穴を作り出した。そして、最後には真後ろにあった風車の欠片を四つに裁断して衝撃は消え去る。
風車は大きく音を立てて崩れたが、ドウコクはそんな事を気にも留めなかった。
ネクサスは上空から、まるで仮面ライダーのように蹴りを放とうとしていた。
仮面ライダーダブルから着想を得た両足での蹴りは、真っ直ぐにドウコクの身体に向かっていく。無論、身体が半分に避けるような事はないが、それでも右足を曲げて、左足から順に蹴飛ばそうとしていた。
滑り台でも降りるかのように下降していくネクサスであったが、ドウコクがそれに気づかない筈はない。
刀を構え、真正面からそれを抑え込もうとしていた。
しかし────
「何ィッ!?」
────ドウコクの背中で、何発かの弾丸が爆ぜ、バランスが崩れた。
何事かと咄嗟に後ろを見る。すると、数百メートルほど離れた建物の窓から仮面ライダーダブル・ルナトリガーが顔を覗かせていた。
いないと思っていたら、あんなところにいた。彼が弾丸を放ったのだ。
「折角俺たちの技をやってくれようっていうんだ。邪魔されちゃ困るからな」
『……杏子ちゃん版ジョーカーエクストリーム。ゾクゾクするねぇ』
ここにいるネクサスとドウコクには聞こえないが、建物の中で二人はそう言っていた。
それに気を取られてしまった自分を嘆きながら、ドウコクはまた正面を向く。
次に後ろから攻撃を受けるとしても、無視を決め込む覚悟を決めながら──
だが、時、既に遅し。
振り向いた瞬間に、ドウコクの右胸をネクサスの左足が押し出し、すぐに左胸を右足が突き出した。タイミングが難しいところだが、上手い具合にネクサスの両足はドウコクの身体にヒットする。
「デュアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
ジュネッスキックにジョーカーエクストリームのエッセンスを交えた一撃に、ドウコクは何歩も後退する。ふらついただけではなく、距離を置きたいと思ったのだ。
それはまたネクサスの怒涛の攻撃の好機を作り出した。
ネクサスの右手が身体の前へと突き出される。
それに交差させるように左手が突き出される。
それを崩して両手を上げ、身体全体でY字を作り出す。
「……くそっ!!」
ネクサスへと刀一本で向かっていこうとするドウコクであったが、野望は叶わなかった。
その一歩手前で、ネクサスの両腕は、あらゆるウルトラマンたちが使う光線技のように、L字型に組まれたのである。
それは、姫矢のジュネッスと同じく──杏子のジュネッスパッションがオーバーレイ・シュトロームが放つ瞬間であった。
光のエネルギーがネクサスの両手から放たれる。
その攻撃は自分に向かってきたドウコクを、どこまでも押し出していく。まるで、川の流れに巻き込まれたように、ドウコクは声にならない声を発しながら後ろに向かって流れていく。
△
「……なあ、フィリップ。ちょっと待ってくれ。……これはどういう事だ?」
名もなき建物で、仮面ライダーダブル──というより、翔太郎は状況が飲み込めずにいた。
ドウコクがこちらに向かってきている。──いや、ネクサスが放った光線がこちらに向かってきている。
まるで増水した川があらゆるものを巻き込んでこちらに流れてくるように。
しかし、あまりの出来事に翔太郎はキョトンとしてしまい、冷静にフィリップに訊いた。いや、冷静というより、混乱しているのだろう。一方フィリップは冷静だった。
『待てないよ、翔太郎』
「だよな?」
危険であるのを再確認する。
『早く逃げないと、この建物ごと消えてなくなるよ。ドウコクと一緒にね。あっ、後ろにはドアがないから、あのドアから逃げるといい』
「だよな、だよなだよなだよなだよな……!? 逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
『いいから早く逃げてよ、翔太郎』
ダブルは、身体の節々の痛みさえ忘れて、ドアを蹴破ってすぐに右に飛んだ。火事場の馬鹿力という奴か。
ドアに向かうという事は光線が出ている方向に突き進んでいくという事だったが、フィリップの冷静な判断によってうまい具合にそこから飛んだ。光線から逃れようとして逆方向に逃げたら、それこそ逃げ場がない。
かなりギリギリのタイミングで飛んだらしく、ダブルが先ほどまでいた場所はあっさり光線に飲み込まれた。
ネクサスが発したオーバーレイ・シュトロームはそのまま濁流のようにドウコクを巻き込んで真っ直ぐ進み、翔太郎が先ほどまでいた建物を飲み込んでいく。あの中にいたら、光に巻き込まれる。
しかも、翔太郎がかなり重い怪我人である事を考えれば、大ダメージ。そこに建物でも倒壊すれば偉い事になるだろう。
少し、我を忘れて放心した後──
「杏子このやろおおおおおおおおおおおおお!!!!」
──翔太郎が杏子に対する恨みの念を叫ぶ。
一方のドウコクはどうやらそこで背中を打ったらしく、壁にぶつかるたびに「ごぇっ!」とか「ぐぇっ!」とかそんな声を発していた。流石にドウコクも不憫に思えてきたが、
自業自得というやつである。
そのまま、あっさりと先ほどまでの建物は突き破られ、ドウコクは既に視界の果てに消えた。小さな悲鳴も聞こえないほど遠くへと消えると、そのまま建物も音を立てて、予想通り倒壊した。
ダブルは地面に転がり、起き上がろうとするが……。
「……って、痛えええええええええええええええええええええええっっ!!! 死ぬ、死ぬ! ギブッ!! ギブッ!! 胸ェェェェ!! 胸ッ!! 胸ッ!! 胸ェェェェェッ!!」
どうやら胸骨のあたりに罅でも入っていたらしい。
それが、地面に派手にダイブしたせいもあって、罅を大きくしたのだろうか。
起き上がろうとした瞬間、かなりの激痛が走ったようだった。
『翔太郎。無理に起き上がらない方が良さそうだね』
「起き上がるなって……そんな事言われても……」
『……じゃあ、胸って叫び続けるかい? 探偵事務所より刑務所がお好みなら、それでもいいと思うけどね』
「……くそっ……杏子のやつ……。痛ぇ……」
すぐにダブルは変身を解いて、胸を抑える。
身体を曲げるとかなり痛いようだった。……これは、折れてる。間違いない。
△
「……ハァ……ハァ……」
ネクサスの変身を解除した杏子も、肩で息をしているような状態だった。
実際、ネクサスへの変身は結構な負担がかかるもので、特にオーバーレイ・シュトロームの使用には多大な負担がかかる。
しかし、杏子は久々に誇らしい事をした気分になっていた。
多くの人の支えが、自分の中に在るような気がしたのだ。自分を支えるたくさんの人々の事を思い出すと、やはりその助けのお蔭で自分が生きていると実感できた。
「……あー、あの兄ちゃん無事かな?」
終わってみると、やたらと冷静に頭が回った。変な虚無感もあったが、とにかくやり遂げた悦びも胸にあった。
ふと、目の前の建物が派手に倒壊している事に気づき、杏子はてくてくとそちらに歩いていく。これもまあ、先ほどまで戦っていたとは思えない姿だ。彼女自身、微かに混乱しているのかもしれない。
風都タワーと同じく、根っこのバランスを保ちきれずに倒壊。何階建てだったかはわからないが、最上階が一階か二階あたりの位置にまで落ちて、原形がなくなっていた。
「あちゃー……あーあ、こりゃ完全に死んだな。あんたは本当に良い半熟兄ちゃんだったよ。安らかに眠れ。アーメン」
杏子は久々に胸の前で十字を切って目を瞑り、両手を重ねる。
ちょっと悲惨な墓だが、遺体を掘り出す事はできない。
「ちょと待て、杏子! あちゃー……じゃねえよ! 生きてるから! 俺、生きてるから! って胸ェェェェェ!! 痛ェェェェェッッ!!!」
杏子が横を向いてみると、面白い人が倒れていた。
左翔太郎だ。杏子は、流石に翔太郎を殺すつもりではないので、翔太郎が生存している事くらいは気づいていた。それを見越したうえでのお茶目な冗談である。
ある程度の信頼を向けてオーバーレイ・シュトロームを打ったので、翔太郎は避けているだろうと思ったのだ。多少痛いのは我慢してほしい。
「……なんだ、生きてたのか」
口から出たのはわざとらしい言葉だったが、翔太郎は先ほど胸を地面に打ち付けたのが相当こたえたらしい。
胸を下にして倒れたまま、右手を開いて、杏子の前に向けている。さながらゾンビのようである。
「はぁ……はぁ……胸……胸……胸…………」
「……」
「胸が……」
「……」
「杏子……胸……胸が……」
「……やっぱ死んだ方がよかったかもな」
哀れ翔太郎。胸が痛いだけだというのに、突然変質者になったと勘違いされ、愛想を尽かされた。
杏子としても、自分の胸が狙われているような気がしてならなかったのだ。
そういえば、彼の知り合いに井坂とかいう変態風な紳士がいたが、彼も仲間だったのだろうか。
杏子は翔太郎を見るのをやめ、プイと後ろを振り向いて歩き出した。
「あーっ!! ちょっと待て! 杏子! 胸が痛くて起き上がれねえんだよ! お前の水平線じゃない、お・れ・の・む・ね!! 力を貸してくれ、杏子! ……痛ェェェ!!」
『……翔太郎。ちゃんとそう言わないと伝わらないよ』
流石にフィリップも呆れたらしいが、それで杏子には伝わった。一瞬、失礼な事を言われた気がしたが、無視する。
「……ったく」
杏子は仕方がなさそうに、翔太郎の身体をひっくり返し、お姫様抱っこする。
体格は大きく違ったので、流石に重く感じたが、辛うじて可能だった。すぐに腕が釣りそうになったものの、三秒で下してしまうのも意地が許さない。
「……これで大丈夫か?」
「ちょっと待て……プリンセス・ホールド? いくらなんでもこれは無えだろ!! げほっ!」
『……翔太郎。いま、お姫様抱っこされているのかい? ウルトラみっともないよ』
「ウルトラは余計だ! ……っつーか、みっともないも余計だろ!!」
しかし、当の翔太郎が自力で起き上がれないのだから仕方ない。
これでも胸が曲がっているので多少は痛むが、最も安定した姿勢である。背中に背負ってしまうと、翔太郎の胸は杏子の背中にぶつかり、場合によっては相当痛む可能性がある。
杏子は、かなり意地になって歩き出した。ものすごく重いと感じつつも、その重みに歪んでいる顔を帽子が隠している。
(重っ……! どうすんだよコレ……!)
前にも運んだ事があったが、あの時は背中におぶって翔太郎の足を引きずりながら歩いた分マシかもしれない。
今は、翔太郎の全身が杏子の両腕に支えられている。魔法少女にでも変身しない限り、この体制はキツいように思えた。
「……てか、オイ杏子。あの赤鬼野郎どうした?」
「わかんねえ……! わかんねえ……! けど……!」
「流石に死んだか?」
「死んでない……! と思う……! でも……! 流石に……! これ以上……! 追うのは……! 無理だわ……! それに……! 向こうも……! 限界だろ……!」
ドウコクは倒壊した名もなき建物の向こう側にいる。確認は不可能だ。
それはそれとして、杏子がかなり辛そうな様子なのが感じられた。文節ごとに根性を振り絞るみたいな声を出している。むしろ、それが気になって杏子が何を言ってるのか聞き取るのさえ億劫だ。
明らかに無理をしているのが、他の全員に伝わる。
「……」
「……」
『……』
「……ふんぬっ! ……はぁっ……!」
「……」
「……」
『……』
「……はぁ……! ……ぐっ……!」
押し黙った状態で、荒れ始めた杏子の息を聞きながら、彼らは歩いている。
翔太郎、杏子、フィリップ、ザルバ……それから、一応その他もろもろ。
それなりに頑張っているものの、やはり辛そうなのが感じられる。
杏子自体、戦った後に成人男性をお姫様抱っこは相当きついだろう。
「あー、杏子」
「何ッ!?」
「ちょっとどっかで休まねえ?」
「……休み……! たい……! のか……!?」
杏子の息はだんだん荒くなっている。
「……いや、俺じゃなくて…………あーん……まあいいや。どっかで休もう」
『杏子ちゃん、その方がいいよ』
「……わかった」
ともかく、彼らはお姫様抱っこをやめてアカルンで近くのゲームセンターまで瞬間移動した。
何故ゲームセンターだったのか──おそらく彼女が好きだったからではないかと思う。
△
血祭ドウコクは、いままさにその名に相応しい血に濡れた体を起こしていた。それはいつものように敵の血ではなく、自らの血であったが。
「……畜生」
オーバーレイ・シュトロームで何メートル吹き飛ばされただろうか。
ドウコクは、あのままオーバーレイ・シュトロームによって目の前の瓦礫──その時はまだ壁だったはずの瓦礫──を突き破ると、更に次の建物の壁に叩きつけられた。そこに全身がめり込んで、しばらく動けなくなっていた。
全身に強い痛みが走っている。ぶつけられた背中も特に痛む。直撃を受けた表面中もまた痛んでいる。力もろくに入らない。
だが、ドウコクは立ち上がった。
「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ドウコクの咆哮は、真後ろの建物にできた罅を巨大にしていく。
それはやがて、建物を支えきれないほどの罅ができると、その建物はドウコクの真後ろで、目の前の建物と同じく瓦礫に変わっていった。
これで風都タワーから三つ連続で瓦礫ができたわけだ。
この近辺は他にも、瓦礫と化した建物があった。
どうやら、戦いはドウコクがいま体験したものだけではなく、幾つもあったようである。
腹の底から怒りがわき上がる。あの娘に敗北するなど、あってはならないはずなのだ。
自分は外道衆の総大将であるというのに、何故あんな小娘にやられてしまうのか。
(……やっぱり、あれが無えと力が出ねえか……)
どうも、小刀である降竜蓋世刀では、ドウコクは弱かった。
刃渡りの短さゆえ、ドウコクもあれを使って衝撃を起こすのは非常に難しく、また、敵との距離も詰めなければ戦えないのが少し問題であった。
昇竜抜山刀──それが、ドウコクが真に力を発揮するのに丁度良い刀なのだが、あれの持ち主はどこにいるのだろうか。
(先にそいつを探すか……? こんな場所で小さく暴れてても仕方がなさそうだ)
ドウコクはもう一度、今度は冷静に思考を巡らせる。
怒りの咆哮を上げる時間は終わりだ。
残るシンケンジャーはシンケンゴールドのみ。これは放っておいても何とかなる。
あそこにいた数名分のデイパックは確認済だが、そこに昇竜抜山刀はなかった。
そうなると、街にいても仕方がないような気がしてくる。
(志葉屋敷……あそこに向かってみるか?)
ドウコクの次の狙いは、マップの端にある志葉屋敷だった。
I-8エリアにいるドウコクからしてみれば途方もない距離であるが、まあ構う事はないだろうと思った。ドウコクはそう簡単には疲れない。
街にいる連中──特にあの銀色の戦士の相手をするには、今のままでは力不足な感じは否めない。
二の目になれば戦えるだろうが、二の目になるのも惜しいところである。
(……二の目? そういえば、アクマロは二の目にはならなかったのか?)
よくよく考えれば、アクマロは死亡しているものの、二の目になったのだろうか。
外道衆には、二つの命がある。今のドウコクは一の目──つまり最初の命で生きており、等身大の戦いを繰り広げる。
だが、その命が尽きたとき、アヤカシとしてのもう一つの命である二の目が始まる。二の目が発動すれば、数十メートルの巨大な体となり、自由自在に暴れ回る事ができるのだ。
これだけ広い島なので、ドウコクが知らないどこかでアクマロが二の目となった可能性はある。しかし、それを倒せる相手が果たして存在するのだろうか?
シンケンジャーが二の目を倒せるのは、シンケンオーを初めとする巨大戦用の装備があるからだ。しかし、ここにはそれらしきものはない。シンケンジャーも揃っていなければ、あの力は出せない筈だ。
アクマロは果たして、二の目になったのだろうか。
「……なるほど。ここで死んじまったら、二の目は無えって事か」
ドウコクは自分の首輪を弄んだ。
二の目になるのを封じているのは、この首輪だ。
おそらくだが、巨大化してしまえば、この首輪は耐えられなくなるのだろうとドウコクは考えた。
首輪の爆発は強力なものらしく、テッカマン、NEVER、砂漠の使徒など……おそらく外道衆と同じく戦闘に長けた者であっても死に至ると話していた。
死んで二の目になろうとした瞬間、首輪がはじけ飛べば、外道衆たりとも死んでしまうという事だろうか。
「まあいい……さっさとコレを外せる人間を捜せばいいわけだ……」
とりあえず、昇竜抜山刀を探すついでに、この首輪を解体できる人間を捜しておきたい。
そうすれば、ドウコクも本来の能力を発揮する事ができるし、禁止エリアや二の目の妨害などの様々な弊害から逃れる事もできる。
少なくとも、マイナスはないはずだ。
(ともかく、今は志葉屋敷とやらに向かうか)
かつて、ドウコクが先代のシンケンジャーと戦ったあの屋敷だろうか。
ともかく、村エリアにはそれはそれで参加者が集まっていそうな予感もする。
昇竜抜山刀を誰かが持っているのなら、そいつをさっさと奪い、使いやすい刀を使った方が暴れるにも楽だ。
初心に帰り、暴れるより先に「暴れる準備をする」。
それが、今のドウコクの最優先事項だった。
【1日目 午後】
【I-8 市街地】
【血祭ドウコク@侍戦隊シンケンジャー】
[状態]:ダメージ(大)、疲労(大)、苛立ち、胴体に刺し傷
[装備]:降竜蓋世刀@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:姫矢の首輪、支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考]
基本:その時の気分で皆殺し
0:志葉屋敷へと向かう
1:首輪を解除できる人間を捜す
2:昇竜抜山刀を持ってるヤツを見つけ出し、殺して取り返す
3:シンケンジャーを殺す
4:加頭を殺す
5:杏子や翔太郎なども後で殺す
[備考]
※第四十八幕以降からの参戦です。よって、水切れを起こしません。
△
「……しっかし、便利だなぁ、コイツ」
カードゲームか何かの機体に備え付けられている椅子を勝手に幾つも並べて寝転がっている翔太郎は杏子から返された帽子の位置を直すと、杏子が持っているリンクルンとアカルンを手で弄んでいた。
アカルンはピックルンの一つで、瞬間移動に使えると杏子が教えていたのだ。
一キロ以上先には行けそうにないほか、参加者複数人での移動は、参加者の数だけ移動可能な距離が減少するものの、便利である事には違いない。連続使用も問題がないので、ゾーンメモリのような戦い方もできるはずだが、これはまた長距離での連続使用は難しそうだった。
「キィ?」
「うわっ! 喋った! なんだコレ……喋ったぞオイ! フィリップ!」
アカルンが喋った事に驚きながらも、テンションを上げすぎて胸を抑える。
やはり、胸骨が折れたのだろう。
『……もう今更、何が喋っても驚かないよ。何が喋ったんだかもよくわからないし……はぁ』
多少興味があったようだが、フィリップは見られなくて残念そうにため息をついていた。
無暗やたらと変身するのも問題なので、変身する気は起きなかったが。
「……」
一方、杏子は、いつもの如く、ダンスのように楽しめるリズムゲームをやりながら、ひとり物思いに更けていた。
エボルトラスターがその手にある。……これの使い方、あるいはあの巨人と一体化する事の重さもよくわかったが、やはり姫矢以外の人間にも会うべきなのだろうか。
特にそう……
孤門一輝という男が、杏子はずっと気になっていた。
一応、広間にいた孤門という男の事は杏子も知っている。しかし、杏子の記憶の中で、孤門という男の顔はだんだんとはっきりしないものになってきた。
茶髪だったような気もするし、黒髪だったような気もする。ハンサムだったような気もするし、普通だった気もする。その辺を捜せばいそうな普通の人で、はっきり言えば、すれ違った人のように、彼の事は忘れかけていた。
まあ、警察署の方に向かえば会えるという事だが、生きているかが不安にもなってくる。
「どうした、アンコ」
ザルバが杏子の様子を気にかけて、話しかけてきた。
杏子は話しながらでも、画面に集中してゲームをする事が出来た。多少ミスが増えるが。
「この力の事だよ。……まあ、これの使い方はわかったし、何であたしに回ってきたのかもわかった。でも、この力は永遠にあたしの物なのかな?」
「……さあ、それは俺には少しわからないな」
「だから、孤門って奴を捜しに行きたいんだ。姫矢の兄ちゃんが、前に『不思議な力を授かったら孤門って奴に会いに行け』……って言ってたからさ!」
姫矢准が自分たちと離れる時、その名前を出したのをよく覚えている。
その男が協力してくれる……彼はそう言った。
おそらく、姫矢の知り合いだったのだろう。姫矢を支えてくれた仲間かもしれない。
とにかく、この光に詳しい人間がいるとしたら、その孤門一輝の他にいないだろう。
「……孤門一輝か。確かあの広間にいた、えーっと……あの青い服の」
「青い服? あ、そういえば青い服だったな!」
「へー、そんな奴がいたのか」
ザルバは広間での出来事など知らない。
「警察の特殊部隊みたいな恰好してたよな。もしかして、それで警察署にいるのか?」
「そんなに仕事熱心なわけ……」
と、言いかけてから、翔太郎は照井の事を思い出した。
あの男は流石に、警察署には立ち寄らない気がするが、警察という単語で思い出すのは彼だ。
それでまた、どうも嫌な気分になって、曖昧な言い方になってしまう。
「……まあいっか。警察署に向かえば、他の奴らとも合流できるだろ」
と、翔太郎が言った瞬間、ゲームが終わる。
スコアはまずまずといったところだろうか。いろいろと話しながらゲームをするのはやはり大変である。身体も動かしたので汗が出る。
ともあれ、これで翔太郎の心配をするにも問題がないというわけだ。
「身体は大丈夫なのか?」
「……ん。ああ、何とか……」
翔太郎は、腹筋を使って身体を折り曲げ身体を起こす。
……と、同時に胸骨から激痛が走る。
「ぎゃあああああああああああああーー!!! ヘルプ! ヘルプ!!」
「……駄目じゃねえか」
「んな事言ったって、これたぶん骨折だぞ!! 骨折が放っといて治るわけねえだろ!!」
体中に痣ができた状態とはいえ、やはり胸が一か所だけ、ものすごく痛むらしい。やはり、そこだけ痣の紫色がやたらと濃かったので、怪しい。
殺し合いの場では、致命的な弱点が一つ出来てしまったといえるだろう。
骨折など、ただでさえ安静にする必要がある状態だ。しかし、翔太郎はそんな事は無視する。
「ここで立たなきゃ男が……俺のハードボイルドが廃る! 行け……左翔太郎!! 立て、立つんだ翔太郎……うおおおおおおりゃああああああああ!!!!!!」
ともかく、翔太郎は男の意地でゆっくりと起き上がり、半分涙目になりながら立ち上がる。
「……はぁ……はぁ……どうだ。立ち上がってやったぜ」
「いや、それは良いけど。歩けるのかよ」
「……はぁ……大丈夫……立ち上がれば歩けるはずだ」
翔太郎は、立ち上がって数歩歩いたが、どうやらちゃんと歩けるらしい。
足の方は、上半身に比べて痛みが少なく、辛うじて歩く時に足が痛むような事はない。
胸が痛むのは、身体を深く折り曲げたとき。胸部に刺激があった場合だろうか。
「スゲーだろ……どうだ……杏子……記念に……プリクラでも……撮るか……」
「……いいよ別に。何の記念だよ」
「そうだな……俺が、動けるなら、……プリクラとか……やってる場合じゃねえしな」
「……んじゃあ、とにかく、このまま二人で警察署まで向かうか」
二人の目的地はこのまま警察署だ。
そこに行けば、孤門に会えるかもしれないし、他の様々な仲間たちにも会える。
一つの目標地点としては間違ってない判断のはずだ。
「二人じゃねえ、三人だぞオイ、杏子」
と、翔太郎。
『……この場合、僕は含めなくていいんじゃないかな』
と、フィリップ。
「ちょっと待てよ。俺が入ってないぜ」
これがザルバ。
「キィ」
アカルン。ついでに、キルンも同じような事を言ったが、耳に入ってない。
「あー、人数の話はやめだ。ややこしすぎる。とにかく、全員で向かうぞ」
ウルトラマンの光もたぶん、人格を持ってるような気がする。
そうなると、本当に何人だかわからない。
杏子は混乱するので、人数を数えるのをやめて警察署に向かう事にした。
【1日目 午後】
【G-8 市街地(ゲームセンター)】
【左翔太郎@仮面ライダーW】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、胸骨を骨折(身体を折り曲げると痛みます)、上半身に無数の痣、照井と霧彦の死に対する悲しみと怒り、ダブルドライバーを一応腰に巻いてます
[装備]:ダブルドライバー@仮面ライダーW
[道具]:支給品一式、ガイアメモリ(ジョーカー、メタル、トリガー)、ランダム支給品1~3(本人確認済み) 、
ナスカメモリ(レベル3まで進化、使用自体は可能(但し必ずしも3に到達するわけではない))@仮面ライダーW、ガイアドライバー(フィルター機能破損、使用には問題なし)
[思考]
基本:殺し合いを止め、フィリップを救出する
0:警察署へと向かう。
1:風都タワーを破壊したテッカマンランスは許さねえ。
2:あの怪人(ガドル、ダグバ)は絶対に倒してみせる。あかねの暴走も止める。
3:仲間を集める
4:出来るなら杏子を救いたい
5:
泉京水は信頼できないが、みんなを守る為に戦うならば一緒に行動する。
[備考]
※参戦時期はTV本編終了後です。またフィリップの参戦時期もTV本編終了後です。
※他世界の情報についてある程度知りました。
(何をどの程度知ったかは後続の書き手さんに任せます)
※魔法少女についての情報を知りました。
【
佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:疲労(大)、ダメージ(大)、ソウルジェムの濁り(小)、腹部・胸部に赤い斬り痕(出血などはしていません)、ユーノとフェイトを見捨てた事に対して複雑な感情、マミの死への怒り、せつなの死への悲しみ、ネクサスの光継承、ドウコクへの怒り
[装備]:ソウルジェム@魔法少女まどか☆マギカ、エボルトラスター@ウルトラマンネクサス、ブラストショット@ウルトラマンネクサス
[道具]:基本支給品一式×3(杏子、せつな、姫矢)、魔導輪ザルバ@牙狼、
リンクルン(パッション)@フレッシュプリキュア!、乱馬の左腕+リンクルン(パイン)@フレッシュプリキュア!、ランダム支給品0~1(せつな)
[思考]
基本:姫矢の力を継ぎ、翔太郎とともに人の助けになる。
1:警察署に向かい孤門一輝という人物に会いに行く。またヴィヴィオや美希にフェイトやせつなの事を話す。
[備考]
※参戦時期は6話終了後です。
※首輪は首にではなくソウルジェムに巻かれています。
※左翔太郎、
フェイト・テスタロッサ、
ユーノ・スクライアの姿を、かつての自分自身と被らせています。
※殺し合いの裏にキュゥべえがいる可能性を考えています。
※アカルンに認められました。プリキュアへの変身はできるかわかりませんが、少なくとも瞬間移動は使えるようです。
※瞬間移動は、1人の限界が1キロ以内です。2人だとその半分、3人だと1/3…と減少します(参加者以外は数に入りません)。短距離での連続移動は問題ありませんが、長距離での連続移動はだんだん距離が短くなります。
※彼女のジュネッスは、パッションレッドのジュネッスです。技はほぼ姫矢のジュネッスと変わらず、ジュネッスキックを応用した一人ジョーカーエクストリームなどを自力で学習しています。
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最終更新:2013年11月18日 19:34