Tusk of Darkness ◆gry038wOvE



 定時放送の終わりとともに、レイジングハート・エクセリオンは「人」になった。
 今はバラゴが残した黒衣とペンダント──そして首輪がその少女の裸身を包んでいる。バラゴが残した物が、人化の時に体を包んだのである。
 それはいずれも、バラゴの形見と呼べる物だ。首輪は厄介であった。

 レイジングハートは、まず指先を動かし、地に落ちている薬を取った。手はちゃんと動いた。
 一歩、前に出て、銃を拾った。足はちゃんと動いた。
 ……剣、はなかっただろうか。あれは、気づけばどこかに消えてしまったらしい。

 人間の肉体というのを、レイジングハートは初めて経験する。
 娘溺泉なる泉の効能がはっきりと聞いているようだった。

「……」

 その後、言葉を発しようとしたが、一瞬、言葉を発するという行為に対する疑問と躊躇が邪魔をした。
 ……果たして、いつも通り話せるだろうか。人間は肺に空気を吸い込んで、声帯で呼気を調整し、舌を使って発音する。それは、レイジングハートの発声システムとは大きく違う。
 声の大小を調整する事はできるのだろうか。

「……あー、えー、うー、いー、えー、おー」

 まずは、母音が口から吐き出されていった。
 声は丁度、高町なのはが喋っていたのと大差はない程度である。
 普通に超えを発しようと思えば、だいたい声の大きさは統一されるのが人間らしい。
 確かに大小は存在するものの、ほとんどの人間の声は聞き取りやすい一定の音だった。

「なー、のー、はー」

 意図した音韻を発する事も問題はなかった。
 これでおおよそ会話はできるだろう。デバイスである時よりも肉体の運動はやや大きいだろうが、それでもやはり激しい運動には感じない。やはり全て基本運動のようだ。

「……いつき」

 声を発するのに慣れると、彼女は、既知の少女の名を呟いた。
 彼女は確かに死んでしまったらしい。
 なのはや流ノ介の犠牲の後、彼女はなんとか生き残った。その存在があり続けていたのは一つの希望だったと思えるのだが、死んでしまっては元も子もない。
 少女の死は残念であり、彼女を殺害した人間に対する怨念も湧いた。

「……」

 レイジングハートは、名残惜しいと感じつつも、思考を切り替える。いつきに対する申し訳なさを憂うのは後だ。
 まずは一度、自分の姿を見てみようと思った。どこへ行けば今の自分の姿が見られるだろうか。
 鏡になるものは、どこかにないだろうか。

 そう思って、レイジングハートは歩き出した。






 ──そして、しばらく経つと、レイジングハートの目の前には湖が広がっていた。案外近くに湖があったらしく、それが一つの鏡面になる。
 月明かりが丁度、水面に反射している。これを見ると、おおよそ自分が今どんな姿なのか確認できるだろう。
 ……レイジングハートは、湖に顔を覗かせた。全身像は見えないが、顔は確認できる。

「……なるほど」

 何とも言えなかった。小さな波が、レイジングハートに凝視をさせない。目元が綺麗に見えても、他がぼやけ、波に目元も飲まれる。顔のあらゆる所を見ようとしたが、完全にその顔を見る事はできなかった。
 ともかく、確かにそこには高町なのはやフェイト・テスタロッサのような「人間」の姿が映っていた。レイジングハートが普通の人間になったのはやはり間違いない。しかし、なのはやフェイトと同様の部分は、「人間」である事だけだった。
 やはり、顔のつくりは人それぞれだ。……美しい者もいれば、そうでない者もいる。自分の姿は、今までに見た誰とも違う。自分が美しいのか否かは、仮にも女性である彼女にはとても気になる所だったが、そこまでしっかり見られないのでは仕方ない。
 これでは、綺麗に見える時もあれば、歪んでも見える……あまり参考にはならなそうだ。

「市街まで足を運べばわかるでしょうか」

 そうしなければ、本当の顔は見えない。全身をちゃんとした鏡で映せば、もっと鮮明な自分が見られるはずだ。
 この水面だけでははっきりとはわからない。
 すぐに市街に向かい、参加者を探しながら自分の姿を確認しようと思った。

「……」

 だが、市街に移動する前に少し、止まった。
 この湖に対して、抑えられない興味が湧いたのである。ここに立っているだけで、ひんやりとした空気を感じる事ができる。すぐに、水面に、手を漬けてみた。
 すると、冷たい感触が手を伝った。

「冷たい……」

 思い返せば、なのはは温かいお湯に漬かるのが好きな少女だった。風呂、温泉、などなど……。レイジングハートも何度も同行している。その為、お湯の温かさを感じた事はあった。さて、人間の姿で感じるこの水はどうだろうか。
 彼女は、手をもっと深く沈めてみた。

「気持ちいい……」

 彼女は、それから、即座にバラゴの黒衣を脱いだ。それこそ抑えきれない衝動であった。
 一糸まとわぬ彼女は、すぐに全身を湖に漬けるべく飛び込んでいたのである。
 なのはも、いつも裸になって温泉や風呂に入る。それと同じく、全てを脱ぎ捨てる。
 彼女がそれを恥ずかしがる事はなかった。

「……」

 月と星の灯りの下で、森の湖で水浴びをする西洋的な美女……という絵は何ともロマンチックであった。もし男性がこの姿を見れば、襲うよりも見惚れてしまうに違いない。ただ、妖精を見たような不思議な気分に浸るだろう。
 レイジングハートは心地よい水の感触に己の体を委ねた。髪を梳いたり、体の節々を指でなぞったりすると、いっそう気持ちいい感触だ。水の中では少し動きにくいが、確かに全身で水を浴びるのは相当気持ちいい。
 残念ながら、体質上、お湯に入る事はできないが、それでも充分に人間らしい気持ちを感じる事ができた。

「……」

 ──この感覚を、死んだ人間はもう感じられない。

 そう思うと、いっそう、生きている「悪」への恨みが強まる。
 冴島鋼牙が、涼邑零が、ノーザが、筋殻アクマロが、まだ水浴びのできる体でいる事が、レイジングハートには理不尽に感じられた。
 ……それを思い出し、レイジングハートは湖から上がる。

「……そうか、これが」

 脱ぎ捨てた黒衣を見ると、アリシアに言われた通りの物が乗せられていた。いつの間にこうして置かれたのかわからない。ただ、レイジングハートが目をそらしていた隙に、こうして主催者が置いておいたのは間違いない。
 勿論、レイジングハートがこれから死者の無念を晴らすために戦う「悪」には殺し合いの主催者も入っている。これから戦う必要がある相手には違いないが、この姿で戦うのは心細い所がある。
 しばらくは「それ」を利用するしかなかった。

 長方形のデバイス──ガイアメモリ。
 これが今回のレイジングハートの唯一の支給品だ。

──DUMMY──

 レイジングハートは、それを躊躇なく使用した。どんな怪物になってしまうのか、少し恐怖も抱いたが、仕方がない。
 鹿目まどかは同じくガイアメモリを使って仮面ライダーのような姿になった。アリシアの場合は怪物に近かった。自分は一体どうなるのだろう。

 銀色の怪物が、一瞬だけ水面に映る。

 しかし。それはやはり、ほんの一瞬だった。レイジングハート自身も、一瞬幻滅したが、直後にはそれを見間違いか何かだと思ったに違いない。
 すぐ後には、レイジングハートの中にある無念の記憶が一人の少女の姿を形作っていたのだ──揺れる水面が、それを映している。
 頭の横で結った橙色の髪、白いバリアジャケット、その手に握られているのはかつての自分。幼いながらも美しい──レイジングハート・エクセリオンの永遠の相棒の戦う時の姿であった。

「……なのは」

 DUMMYの意味を思い出し、切なくなった。一瞬、彼女に会えたような気がして嬉しくなった心が、反動で悲しくなったのである。
 しかし、涙は出ない。ただ、不思議な寂しさが胸を締め付けていく。それは、比喩ではなく、本当に、何かが胸の中身を締め付けるような感覚が彼女を襲っていた。
 そう──これは確かに、細部まで高町なのはである。悲しいほどに、狂おしいほどに、高町なのはにそっくりであった。それは水面がいかに歪んでいても確かに判別できる。
 どうやら、このガイアメモリを使えば、何かのニセモノになれるらしい。
 ……良い夢を、思い出す事ができるらしい。

「やろう、レイジングハート」
『Yes , sir』

 思わず、なのはのように話しかけると、不思議な事にちゃんと手元の偽レイジングハートが答えた。自分が考えている通りに、この姿は応えてくれるようなのだ。なのはだけではなく、この手のレイジングハートさえも。
 これは高町なのはでありながら、高町なのはではない。
 これはレイジングハートでありながら、レイジングハートではない。
 この不思議な存在。

 果たして本当に戦えるのだろうか──。
 レイジングハートは、試しに少し魔法の力の再現度を試してみようと思った。

 記憶にある技は使えるのだろうか。
 真っ先に使おうとしたのは、この技であった。

「ディバインバスター!」
『Divine Buster』

 その技名を叫ぶなり、──爆音。
 兄弟な魔法力が、眼前の水面に荒波を作った。真っ直ぐに飛んでいくその光は、まさしく記憶通りのディバインバスターである。
 巨大な音が周囲一帯に鳴り響いた事だろう。
 まさか本当に出るとは思わず、レイジングハートはしばらく放心していた。
 肉体で感じる反動は意外と大きい。

「……どうやら、本当に……」

 レイジングハートは、自分の力を実感して、ぐっと顔に力を込める。
 彼女は次の姿に変身した。

「フェイト・T・ハラオウン」

 レイジングハートの姿は、フェイトの姿へと変わる。──レイジングハートの記憶上の彼女である。その手に持っているのは、バルディッシュ・アサルトであった。
 バルディッシュ・アサルトを少し振るった後、レイジングハートは右手を翳して叫ぶ。

「プラズマ、スマッシャー!」

 掌から発されるその一撃は、眼前の木をなぎ倒す。
 確かに、戦法もコピーできるらしく、殆どレイジングハートのイメージを使った戦いができるようだった。

「ユーノ・スクライア」

「龍崎駆音」

「池波流ノ介──シンケンブルー」

「明堂院いつき──キュアサンシャイン」

「本郷猛──仮面ライダー」

「アインハルト・ストラトス」

 その後も、あらゆる姿に変身して、レイジングハートはその力を試した。
 既にレイジングハートが知っている限りの技はほぼ再現できる。
 ダミーメモリの想定外の力に喜びつつも、レイジングハートは肩で息を始めた。
 いくら相手のいない戦いとはいえ、流石に連続でこれだけ力を使うと疲労も激しい。

「……はぁ……実験とはいえ、少し力を使いすぎましたか……」

 大きな負担を感じている体で、少し休む。
 アインハルトの姿のまま、彼女は少し空を見上げた。
 星々、月。──あらゆる物がレイジングハートを見下ろしてくる。
 それを漫喫していいわけではないのはわかる。……まだ、彼女は戦わなければならない。
 星すらもそれを急かしているように感じたので、レイジングハートは立ち上がった。

「……もう一度」

 ふと起き上がった後は、また変身する。
 アインハルトの姿から変身したのは、──やはり、レイジングハート・エクセリオンの相棒である高町なのはの姿だった。
 勿論、この姿が一番扱いやすいのは言うまでもない。
 技の把握度が高く、その威力も含めてほぼ完全に偽装できるのは、常に一緒に戦ってきたパートナーである彼女くらいのものだ。

 ただし……。

 今、彼女が変身したのは、レイジングハートが知っている高町なのはとは少し違っていた。
 確かに、それは「なのは」ではあるが、あえて、少し違った体格に変身したのだ。
 頭一つか、あるいは頭二つほど伸びた身長。少し成長した胸。いっそう長くなった橙色の髪。もう少し大人っぽくなった顔立ち。

 それは、レイジングハート・エクセリオンがイメージした、──「成人前後」の高町なのはなのであった。

 この姿になった理由は三つだ。

「ごめんなさい、マスター。私はあなたの姿を借ります」

 まず、高町なのはの姿をそのまま借りるのは気が引けた事だ。仮にも、これからレイジングハートは他人の命を奪うかもしれない。なのはは、優しい子である。十臓、アクマロ、ドウコク、ダークプリキュアといった存在も分かり合って助けようとした。たとえ悪人であっても、彼女の姿をそのまま借りて倒す気にはなれなかった。
 彼女の姿こそが最も扱いやすい事を考えれば、勿論彼女の姿で戦うしかないが、それでも……少しでも、彼女の姿で断罪を行うのを避けようとした結果の姿だった。非情な決意をしたその一片の良心である。

「より強く、早い姿で……」

 二つ目は、アインハルトに変身する事で、体格が大きければ大きいほど戦闘では有利である事を確かに実感した為だ。アインハルトは、変身すると大人になった。あれはおそらく、体格の大きさゆえに移動スピードや攻撃のヒットが長くなる為だ。
 これから、レイジングハートは市街地へ移動しようとしている。その際に、少しでも早く目的地に到着するには、こうして大きな体になった方が有利だ。なおかつ、年齢面でもベストなのは、成長が丁度止まりながらも、まだ体力が有り余る成人前後。

「何度でもこの思いを蘇らせます……」

 三つ目は、この姿がなのはの「未来の可能性」であった事を考えれば、レイジングハート自身、「敵がした事の重さ」を何度も思いだせるからだった。
 高町なのはは、本来こうして大人になり、……もしかすれば、結婚し、子供を産んで、優秀な魔導師として活躍する幸せな未来を築けたかもしれなかった。しかし、それは奪湧てしまった。
 それがレイジングハートの中で、怨念を膨れ上がらせるだろう。

「……やりましょう、なのは、駆音」

 レイジングハートは、バラゴが纏っていた黒衣を首元で結ぶ。衣服を首元に巻き付けただけの下手くそなマフラーが出来上がった。魔戒剣やピストルを脇に挿す。

『……Go』

 手元の偽レイジングハートが、そう言う。
 偽なのはは、コクリと頷き、歩き出した。






 ……森の中。
 歩き出すレイジングハートの背を、見つめる影があった。
 木の裏でレイジングハートの背を追っている闇の存在であった。

「……成程」

 もし、レイジングハートが彼の姿を見れば驚いただろう。あえて彼は、そこで彼女と対面するのを避けた。
 ──なぜなら、バラゴが変身した暗黒騎士キバと全く同じ外見なのだから。
 いや、もっと言えば、それはこれまでレイジングハートが見て来た暗黒騎士キバ自身である。
 ここにいるのはバラゴが召喚していた鎧そのものであり、千のホラーを喰らい、幾人もの魔戒騎士を屠った怪物の本体なのだ。

 暗黒騎士キバの鎧。

 魔戒騎士たちの鎧は自我を持ち、暫く己を利用する魔戒騎士を見極める。
 この鎧は、バラゴの精神を食いつくし、邪悪な自我を持っている厄介な鎧であった。
 たとえ主が死んでも現世に再生し、何度でも魔戒騎士に挑むに違いない。
 ある意味、果てない怨霊のような戦士であった。
 怪物と言って、殆ど間違いないだろう。

「……」

 レイジングハートが、突如何かの気配に気づいて振り返ったが、その時にはキバは完全に木の影に体を隠してしまった。
 少し疑問に思いながらも、彼女はまた市街地に向かう為に歩き出した。
 暗黒騎士キバは、黄金騎士を倒す為に、彼女の後を追い始めた。

「……フン」

 ──あの場から消えた剣を携えて。



【2日目 未明】
【E-7 湖付近】

【レイジングハート・エクセリオン@魔法少女リリカルなのはシリーズ】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(中)、娘溺泉の力で人間化、首輪有(バラゴの物)、ダミーメモリの力で大人なのはに変身中、バラゴの黒衣を首に巻いている
[変身時装備]:偽レイジングハート・エクセリオン
[装備]:T2ダミーメモリ@仮面ライダーW
[道具]:バラゴのペンダント、ボチャードピストル(0/8)、顔を変容させる秘薬
[思考]
基本:悪を倒す。
0:市街地に向かう。
1:鋼牙、零、アクマロ、ノーザを倒す。
2:鏡を見て、ダミーメモリを使わなかった時の自分の姿を確認したい。
[備考]
※娘溺泉の力で女性の姿に変身しました。お湯をかけると元のデバイスの形に戻ります。
※ダミーメモリによって、レイジングハート自身が既知の人物や物体に変身し、能力を使用する事ができます。ただし、レイジングハート自身が知らない技は使用する事ができません。
※ダミーメモリの力で攻撃や防御を除く特殊能力が使えるは不明です(ユーノの回復等)。

【暗黒騎士キバの鎧@牙狼】
[状態]:健康
[装備]:黒炎剣
[道具]:なし
[思考]
基本:黄金騎士を殺す。
0:レイジングハート・エクセリオンを尾行する。


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最終更新:2014年06月29日 15:37