黎明の襲撃者(小雨 2:00~2:10) ◆gry038wOvE
……夜中の二時。
沖一也、冴島鋼牙、フィリップらのみを除いて、その警察署の人間は寝息を立てていた。部屋の灯りは消えており、外から見れば無人に見えるかもしれない。まあ、入り口の一台のバイクで何となく、ここが無人でないと勘付く者もいるかもしれないが、この施設に人がいる事を確認する術はそれくらいだ。
参加者の内、危険なのは血祭ドウコク、ゴ・ガドル・バ、天道あかねの三名。彼らに対する警戒を怠らなければ問題はないはずである。ただ、もし来た場合というのが危険であった。
そんな警察署の窓の外で、四人分の人影がこちらに向かってくるのが見えた。
鋼牙の目がそれを見て少し大きくなる。
「……零。来たか」
『まったく、待ちくたびれたぜ』
鋼牙とザルバが、どこか安心したように呟いた。
そう──。その内の一人は、鋼牙の知り合いであった。
彼の名を涼邑零。
昨日、この会場でも再会したが、救うべき者のために道を分かれた友人である。同じ魔戒騎士として、あんな仲間がいる事は鋼牙の中で心強くもある事実だ。
とにかく、この時まで生きていた事を、──顔には出さないが──嬉しく思っていた。ザルバも悪態をついてはいるが、脱出のための仲間として歓迎している心持である事は間違いない。
「おかしいな、四人……?」
一也もまた、彼らの歓迎ムードの気分になりたいところがあったが、一人足りないのが気になった。
おそらくは、いま見えている四人分の影は、涼邑零、石堀光彦(孤門と同様の制服を着ている事から明らかだ)、桃園ラブ(ここにいない女性は残すところ天道あかねと桃園ラブだけだ)、涼村暁(消去法)──となると、たった一人だけそこにいない人間がいる。
しかも、例によって一也の知り合いだ。
「結城さんがいない……」
結城丈二──ライダーマンへと変身するその男は、フィリップたちが合流してから間もないはずだ。しかし、禁止エリアを越えて中学校側に向かったはずだが──帰って来たのは、結城以外の残りの対主催たちだけである。フィリップが会ったという零はいるというのに。
そんな状態で、結城以外というのが気になる。
「──俺が案内する。お前は待っていろ」
電気を消した今の状態では、他の参加者も来るのに迷うと判断したのか、鋼牙がすぐに立ち上がり、会議室の外に向けて駆け出した。
一也は、厭な予感を感じながらも、その背中を見送った。
(──まさか)
これで結城丈二まで死んでしまっていたら。
(俺が、最後の一人なのか……!?)
1号、2号、ライダーマンという偉大なるレジェンド戦士を差し置いて、新型のスーパー1だけが生き残るという──心強いようで、心細い、そんな残り方だ。
スーパー1は確かに戦闘における性能は非常に高いが、何分、経験においては、仮面ライダーの中でも新米の部類。頼れる先輩が先立ち、ついこの間までルーキー扱いだった自分がこのグループを支える中核の一人になってしまう事が、恐ろしい。
(だとしたら……俺が……)
──わずかな不安が、一也の奥歯を強く噛みしめさせた。
△
研究室の中で飽くなき興味関心をメカニックに注いでいるのは、探偵フィリップであった。相棒翔太郎の寝顔を間近で見ていても仕方がない。彼は、缶コーヒーやお菓子に手をかけながらも、コンピュータや所持アイテムの解析を行っていた。
杏子たちが買って来た小型の工具を使用すれば、できる行動は更に広がる。
首輪の解除を終えた後も、まだすべき事があるのは違いない。
「──よし」
フィリップが何かに気づいて、嬉しそうに呟いた。
いま、フィリップが解除を行っているのは、ショドウフォンだ。ショドウフォンのパーツが、だんだん、ばらばらに分解されていく。
志葉丈瑠、梅盛源太の遺品である事は確かであり、その点ではこれを一度分解してしまうのが申し訳ないが、これはあくまで「修理」であった。このショドウフォンを、再利用しようとしているのだ。
勿論、シンケンジャーになろうとしているのではない。少なくとも、シンケンジャーになるには、モヂカラ、又は電子モヂカラを使いこなせる人間──という前提が必要だ。電子モヂカラも、モヂカラを特殊な方向に利用できる人間でなければ不可能。
隠れた素養がある者もいるかもしれないが、おそらく現状で確認できる限り、ガイアセイバーズのメンバーには、誰にもそんな力はない。
──そんな中で彼が使いたいのは、通話機能だ。
(やっぱり、コレが電波の送受信機を妨害していたんだ……)
フィリップは、小さな黒い物体を手に取りながら思う。それは、検索したショドウフォンの内部構造にはない部品だった。
これと同一の型の物を参加者の首輪の中に見た事がある。
(やっぱり、電波そのものはこの会場でも通じる。おそらくは、衛星を通じて……)
携帯電話である以上、ショドウフォンも通話やメールには電波の中継地が必要だ。これまでは、通話機自体に妨害があるのではなく、根本的にその中継地が存在しないのだろうと思っていた。実際、この街や山頂にもそれらしい物が一切ない。通常なら、あの高い山の山頂に電波塔を立てて、そこで電波の中継をするはずだが、それがない以上は、この場では最初から携帯電話の通話機能など一切使えない物だろうと半ばそう思っていた。
それに加えて、沖一也たち改造人間同士のテレパシーは使用できなかった事も考えると、会場全体に特定周波(首輪に送受信される電波)以外の電波に対してのジャミングされている事もありえるだろうし、電波を使う機器はほぼ壊滅状態だとフィリップも想定していた。
しかし、ある時、制限解除でスーパー1のレーダーハンドが使えるようになった他、スタッグフォンによって駆動するリボルギャリーが配置されている事などを考えると、一部の電波は通じなければ不自然だ。
ショドウフォンのような支給品類にはどんな制限がかかっているのかを考えた時、「電波が通じない」のではなく、機械の方に細工が施されている可能性を考えた。その結果、やはり電波を妨害している物体が出てきたのである。
(首輪の方にコレがついていたせいで改造人間のテレパシーも制限されていたのか……? とにかく、もう一回直してみよう)
フィリップがその場の工具を用いて、再びショドウフォンを組み立てていく。
構造さえわかれば、容易に組み立てなおす事ができるのがフィリップという少年だった。
その知能は、天才児というよりは、むしろ悪魔的だと言える。
(繋がれ……!)
フィリップは、螺子を巻きながら、そんな祈りを込めた。
ショドウフォンは元通り。電源もしっかりと起動した。これで電波が繋がらなければ、あの黒い物体も一切関係なく、ただ単純にこの場では電波の類がほぼ使えないという事になる。
すると……。
──電波が、立った。
「……よし! とにかくこれで──」
と、言いかけたが、考え直してみれば、ショドウフォン以外に通話機能のある物がないのが現状だ。スタッグフォンも現状では通信機能が遮断状態で、スシチェンジャーも同様だ。
これではまだ、通話不可能という状態ではないか。今後、必ず別行動を取る時が来るだろうからと、こうして通信機代用品を治したはいいが……。
フィリップは、歓喜の表情を崩して、また徒労感と気合に満ちた言葉を発する事になる。
「──と思ったけど、まだまだ、仕事が終わらないか……まったく」
そんな風に愚痴をこぼしつつも、フィリップは極めて自主的にスシチェンジャーやスタッグフォン、バットショットや特殊i-podなどの道具に対して、同様の解体を行い始めるのだった。
どうやら、彼が動いているのはただ脱出の為というだけではなく、こうした道具いじりが楽しいせいもあるようだ。
(これらの道具はともかく、……ウーン……)
そういえば、携帯電話型のアイテムは、確かに他にもある。リンクルンだ。ただ、あれは精霊が宿っているという都合上、分解する事ができないし、除去作業は精霊本人にやってもらう他ないだろうか。
(まあいいか。あとは、これを使って──)
あとは、それらの道具を四チームに分配して、今後別行動時にそれぞれ応援の要請などに使うのみだ。
それから、殺し合いからの脱出の為に、更に使われるかもしれない事もわかり始めた。
△
「鋼牙!」
警察署の外観を真下から眺めて、どこに仲間がいるのか──その姿を探していた零らの前に、丁寧に真っ向からやって来た一人の男がいた。
名を、冴島鋼牙。
零がこの殺し合いの中で彼に会うのは二度目である。ただ一度、その時に会った時に鋼牙に対して抱いた殺意は、今はすっかり拭い去られている。
同じ守りし者として──。
いや、まだ素直に認めたくはないが、この状況下、これほど心強い男ならば、共に脱出の道を切り開いてくれるだろうと思いながら、零は前に出た。
「零! ──それに」
「鋼牙、俺も仲間を連れてきた。こっちが、涼村暁、桃園ラブ、石堀光彦……そして──」
零は、その手に持ったその機械の右腕を掲げた。
鋼牙も眉を顰めた。これは一体──。
「これが、結城丈二が遺した魂だ」
魂。それは、そこにある人間に対しての言葉ではない。
もう既にいなくなった人間から抜け出た者だと言っていいだろう。
人口の右腕は温もりもなく、既に戦う事さえできないのだ。
「悪い。本当は、生きて連れてきたかったんだけど……できなかった」
「──」
「仲間の数では、俺の負けだな」
自分を卑下するように、しかし、鋼牙に対するライバル心がまだ胸にあるのが判然とした言葉を零は吐き出した。
仲間。
その数は、今は鋼牙の方が多い。──ここまで、守り切った証だともいえる。
鋼牙の左手の指の中ではザルバが輝いている。零はシルヴァを守り切る事はできなかった。それに対する劣等感も、零の中には確かに存在している。
そんな零を気遣うように、鋼牙が言った。
「これからは、俺たちは皆、仲間だ。勝ちも負けもない」
「そうか。だが、せめて、もう一人くらいは連れて帰りたかった」
「……俺も助けられなかった仲間がいる。ここで出来た大事な仲間だ」
一条薫は、鋼牙が別行動を取った間に死んでしまった。
それはまだ悔やんでいる。遺体にさえ目にかけられていない。全員が集合するまで、単独行動を避けた結果だ。
早々にガミオも打倒したいところだが、今はまだその段階ではない。
「それより、ここの案内がしたい。俺も早々に行動方針を変えたい気持ちがある──だから」
鋼牙が口を開いて言った。
「だから、俺についてきれくれ。全員が集まっている場所に……」
会議室に案内するだけだというのに、その言葉は刺々しくも感じられた。
初対面の人間に対して、少し印象が悪くなりがちな鋼牙であった。
『おいおい、”仲間”を怯えさせるなよ鋼牙。自己紹介、まだだぜ?』
ザルバにそう言われて、鋼牙は振り向いた。
そこには、鋼牙の様子にきょとんとする三人の男女の姿がある。──いや、むしろ喋る指輪の方に驚いているかもしれないが──そうだ、鋼牙はまだ自己紹介すら済ませていなかったと思い、向き直した。
「そうだったな。俺は冴島鋼牙。──またの名を、黄金騎士、ガロ」
彼は己の名に対する誇りを込めて、そう宣言した。
陰で自分の姿を見つめる人影に気づく事はなかった。
△
レイジングハート・エクセリオン──成人前後の高町なのはの姿をダミーメモリの力でコピーしている──は、偶然にもその現場を見ていた。
(鋼牙──)
あそこにいるのは冴島鋼牙に他ならない。
それから、もう一人の男はおそらく「涼邑零」だ。剣を携え、魔法衣を着用している様子から、何となく察する事ができた。その名前もレイジングハートの記憶の中に在る。──彼は確か、ティアナ・ランスターという人間を殺害した犯人だという話である。
ティアナとは面識はないが、将来的に出会う存在だというのは聞いている。アインハルトの話では、信頼できる相手だというのだ。鋼牙に比べれば憎しみも湧かず、その暴挙を行った確証はない。
鋼牙は、駆音を殺害した。躊躇なく。
ゆえに、確実に敵として認識しているが、零はまだそこまで怒りの湧く対象ではない。
(鋼牙は今、仲間を集めている……。おそらくは内部から破壊する目的で)
龍崎駆音は優秀な戦士であったが、それも鋼牙に敗れた。
敵対勢力を纏めて全滅させるだけの力を持っていてもおかしくはない。
たとえば、アクマロとノーザの姦計によって滅ぼされた、なのはたちの一派のように──。
あの悲劇を二度と繰り返してはならない。
レイジングハートは、疑似レイジングハートを強く握りしめる。
このまま、好き勝手させるわけにはいかない。
──ただ、近くにいるあの女の子たちを巻き込むわけにもいかない。
彼女たちは被害者だ。これから鋼牙によって殺害されるかもしれない。
果たして、どう出るべきだろうか。
レイジングハートは、少し躊躇した。建物の影で、警察署の方をじっと見る。外観をそっと見つめた。
見れば、警察署の方には数名の見張りがついている。
いわば、ここが鋼牙やその仲間の根城という状態なのではないか、とレイジングハートは思った。
鋼牙は数名の参加者と共謀してこの殺し合いに乗っている。
アクマロとノーザが徒党を組んだのに似ているだろう。──記憶の中では、鋼牙はもう一人の男を連れて駆音と戦っていた。
すると、やはりあそこの窓から外を見つめる二名は鋼牙の仲間である可能性がある。
敵は複数。
あれが見張り番である以上、正面突破は危険だ。
裏口から、あるいは、──”上”から。
(──あそこなら)
レイジングハートは、そのまま魔法で──空を飛んだ。
彼がコピーするなのはは空戦を得意とする魔導師だった。飛行魔法を使用するイメージも湧きやすい。
レイジングハートの中に在る高町なのはの記憶が、そのままトレースされたのがこの姿だ。
姿だけは想像だが、中身はほぼ高町なのはの戦闘記録をモチーフにしている。
ゆえに──
「行きますッ!」
どこまでも高く飛べる──。
△
一方、涼邑零たちは鋼牙の案内によって、すぐに警察署の会議室内に来る事ができた。
「結城丈二という男は、死んだ。──残念ながら」
零の鈍重な声の死亡宣告に、一也は、やはりと思って表情を変えた。
零は、ここまで付き添っていた結城丈二という男の訃音をその知り合いに伝える時に、どう言えばいいのか悩んだ。その結果が、こんな皮肉のようにも取れてしまう言い方だった。しかし、その言葉を必死に形作る零の口元には、そんなニュアンスは感じ取れないのだった。
結城丈二は死んだ。
これで、元の世界の知り合いは完全にいなくなった事になる。──本郷猛、一文字隼人、結城丈二。それから、村雨良、三影英介も死亡した。
そして、沖一也だけが残った。
(──これで、先輩ライダーが三人死んでしまった。俺がここからの状況を打破するしか……!)
一也は拳を強く握る。
そんな様子を隣でラブが心配そうに見つめた。一也については、一文字隼人から聞いている。元はと言えば、ここで落ち合うのも隼人と一也の二人の間で交わされた約束である。
彼の死を悲しみ、そして背負っているラブは、一也の気持ちもよくわかっているようだ。
零が続けた。
「その代わり、結城さんは命がけでカブトムシの怪物──ガドルを止めた。そして、おそらくガドルも死んだだろう」
「ガドルが!?」
一也は隣で思わず素っ頓狂な声をあげた。ダグバの強大さを目の当たりにした彼である。
これまで、徹底的にこの参加者たちに「無力」を突き付けてきたグロンギ怪人たちが、結城によって食い止められ、どこかで死んだというのが信じられなかったのだ。
まだ一也はガドルと会っていないが、彼は一条という男やいつきを殺害している。翔太郎や杏子からも彼の強さは教えられたが、それを倒したのがライダーマンであるというのは──多少失礼だが──意外に思った。
「奴の首輪の外カバーを外して、逃げたんだ。その作戦に関しては、そこにいるちゃらんぽらんな探偵のお陰だ。あいつらのボスのダグバもこいつが倒したらしい」
「どうも~♪」
「……そうか」
首輪の爆発は全参加者を殺害する事ができる確実な手段である。
案外、盲点に近い戦法だった。耐衝撃の性能が強すぎるせいもあり、これまで殆どの戦いでは首輪への攻撃は無意味に思えたが、なるほど、確かにカバーを外して五分で爆発する仕組みを利用する事もできる。
ただ、やはり首輪の外周を綺麗に沿うようにして細い物を回す器用なテクニックを戦闘中に発揮できるはずもない。──どうやら、やはり暁は意外と頭が切れるらしい(※ネタバレするとそんなに頭が切れるタイプではありません)。
「その後だ。ガドルから逃げる為に時間を稼いだ結果が……こういう事だ」
零は、結城丈二の鋼鉄の腕を見やった。
その腕に、先輩戦士の戦いの傷がいくつも残されているのを一也は知っている。
零たちに自分の魂、矜持、誇りを託し、世界の未来を導いたのである。
この腕がある限り、彼の生きた証は消えていない。
「……わかった。報告を感謝する。涼邑零、涼村暁、石堀光彦、桃園ラブ──これから、君たちを俺たちのチーム『ガイアセイバーズ』に引き入れる。目的は殺し合いに乗っている残りの敵の説得、あるいは……最悪の場合、撃破と、このゲームの主催者の打倒、脱出だ。異議はあるか?」
鎮痛の面持ちで一也が言った。──たとえ改造されていなくても最後まで立派に戦った仮面ライダーの生き様を表しながら、しかし悲しみながら。
彼の言葉に異論のある者はなかった。
「──細かい事も後で色々教えるよ。でもその前に、眠っている仲間に、挨拶でも。折角会えたんだ」
ラブが、傍らで眠る友人──蒼乃美希に、何度か目をやっていたのをよく観察していたのだろう。
一也は、話題を切り替えた。彼のやさしさだった。
自分の仲間は皆死んだが、もしかつての友と生きて会えるならば、それに越した事はない。
今残っている友情を大事にしたいのである。
(──おのれ、絶対にこの殺し合いはこの仮面ライダースーパー1が破壊するッ!)
沖一也はまだ折れない。
正義の意思がその拳に眠り続けている限り。
△
「しっかし、随分たくさん集まったねー、ホントに」
涼村暁は、警察署の会議室に入り、中で眠っている人間の数を数える。簡易的に作られたベッドやら、椅子の上やら、という有様で、……雑魚寝すら可愛く見える。数え逃している事はなさそうだが、ざっと見て七人。
その内、四人は女性だが、まだ若い。──というよりは、ラブやほむらと同じ年齢だ。
女性の殆どが中学生以下で、男性の殆どが成人というのはまた随分奇妙な人選だと思いながら、暁は溜息をついた。
「美希たん、つぼみちゃん……無事だったんだ。それに、この子が杏子ちゃん?」
一方、ラブはほっと温かい息を吐いた。
ここに揃っている一太刀の寝顔は、明らかに死人の寝顔ではない。柔らかい鼻息を立てた人間の寝顔だ。──巴マミや、一文字隼人のように、死に顔である事を悟らせないほどの穏やかな物もあるので、少しばかり心配だったが──今こうして確認すると、杞憂だったらしい。
それから、他にも数名。まだ見知らぬ人たちが眠りについていた。
ただ、とにかくラブは安心した。一刻も早く、友達に無事を伝えたいが、ラブ自身も眠たく、殆ど起こすのも悪い状態だ。
「えーっと、どうしようかな……みんな眠ってるみたいだけど……」
そんなラブの様子を察してか、暁が横から声をかけた。
「もう、隣で寝ちゃえば? 朝起きたら隣にラブちゃん……結構本気ドッキリじゃない?」
「え?」
「ほらさー、起こすのも悪いし、お互い眠いんじゃないかなーって」
暁の悪戯心にラブはきょとんとした。確かに、起こすのも躊躇われる状況だが、こうして一日かけて合流したのだから、無理にでも起こしたい気持ちも少し湧いてくる。
まだ幼いラブには、どちらが礼儀作法として正しいのかはわからなかった。
大人の側である石堀が口を開く。
「ま、もし再会に気づいたら驚いて目が覚めてしまうだろうからな。体に悪いぜ。折角だ、俺も暁の意見に賛成だな。花咲さんに、それからえっと、蒼乃さんか。二人を驚かせてやれ」
「石堀さん……」
「ま、こんな時間に押し掛けると、それしかないんだよなぁ、実際のところ。もう少し起きていてほしかったところかもしれないが、まあこのトシで徹夜作業なんて大変だ。仕方ないよな」
石堀も孤門一輝という知り合いが随分と気持ちよさそうに寝ているのを目の当たりにしている最中だ。
……まあ、こっちは大人同士だ。この状況では配慮なしにすぐに起こす事になるだろうが、まだ女子中学生である美希やつぼみを起こすべきかというと悩みどころである。
「わかりました。……ちょっとスペース空いてるから、私、説明だけ聞いたら美希たんたちと一緒に寝る事にします」
ラブは薄く笑った。
「あ、俺も隣で一緒に寝ようかn──」
「暁」
「……冗談だっての」
暁が腰に手を当てて、長髪を掻き毟った。
そんな暁の様子に苦笑しつつも、石堀は一也の方に向き直った。
「こっちは寝顔が見られれば満足だ」
「そうそう」
「ま、孤門は後で叩き起こさせてもらうが、その前に俺たち二人は、先にあんたたちの説明を聞かせてもらおう。その方が早い」
石堀は一也に説明をするよう促した。
ラブが、美希の隣で眠る準備をしていた。薄暗くて気づかなかったが、どうやら、殆ど皆、着替える事なく眠っているらしいので、ラブもそれに合わせて制服のまま横になった。これは後でクリーニングに出さなければならないだろう。
横になって、眠ろうとしたが、ラブは瞼を閉じる事なく、……まあ意識の許す限り、彼らが行う説明を聞かせてもらおうと思っていた。
──そして、石堀光彦は、心の中で歓声を上げ、誰にも気づかれないように今、薄く、頬を釣り上げた。
──ここに“あいつ”がいる。──
△
屋上。
おそらくは、誰にも気づかれずにここに上がる事ができただろう。
屋上を監視する物はないらしく、レイジングハートはほっと一息ついた。
まるで忍者かコソ泥だ──と思う。こそこそと侵入して、中にいる悪を倒さなければならない。
屋上に来ると、外の景色がある程度遠くまで一望できた。
禿げあがった大地も、山も、バラゴが死んだあたりの森も少し見えている。
「雲……?」
それからレイジングハートが見たのは、暗雲であった。真っ黒い雲が、近くを覆っている。
この辺りも灰色の雲が立ち込めていた。
この雲がどうやら少しずつ広がっているらしく、耳をすませば雨音さえ聞こえ始めていた。
(天候が随分悪化しそうな……)
そんな気配を感じながら、レイジングハートは警察署の下の階に向けて階段を伝う事にした。
エレベーターを使うと、おそらくは音声が響く。
こういう時、無条件に話す機械とその音声は厄介である。やはり、この姿で侵入するしかない。
降水確率がおそらく100パーセントの一時間後の天気を想像しながら、レイジングハートはすぐに屋上のドアを押した。
鋼牙が侵そうとする幾つかの命を救い、フェイトと駆音の仇を取りたい一心がレイジングハートの体を突き動かす。
(戦います、見ていてください……みんな)
あるいは、命をかける覚悟さえ持って、レイジングハートは階段を下っていった。
△
一也の口から、ここに来た四人にここまでの経緯を全て話すのは──とても骨の折れる作業だ。
まして、彼らは元から一つのチームだったわけではない。あらゆるチームが結果的に合流していき、そうしてこのチームが生まれたのである。
つまるところ、単線的に全てを話す事ができない。歴史の授業をするのと同じくらい難しい問題だ。同時期に何が起こっていたのか、というのを示す年表でも作っていれば別だが。
一也は、簡略的に纏める年表を作っておけばかなり便利であっただろうとは思っていた。
まあ、これまでの経緯を今話しても仕方がないのであくまで簡易的な紹介だけ続ける。
残りの会話があるとすれば、おいおいだ。
とりあえず、ここにいる全員を知らない前提で話す事にしよう。
「ここで寝ているのが孤門一輝、ここのリーダーにあたる」
「おいおい、マジかよ……」
石堀が苦笑しながら言った。抑えたつもりだろうが、鼻から笑いが漏れている。
呆れ、ではない。どこか嬉しそうにも見えるし、困惑したようにも見える。──ただ、少なくとも石堀は多少なりとも孤門を認める気持ちがあったのだろう。
石堀の所作はそれを表しているように見えた。そう、あくまで周囲からは……。
「……あとは、それから、蒼乃美希、花咲つぼみだ。彼女たちは知っているね」
「ああ」
「この子は、高町ヴィヴィオ。彼女は魔法の力で大人になる事ができる」
一也が指差すヴィヴィオは、確かに子供だ。
魔法の力がどうの……という話には、もはや誰も全く疑念を抱かないようだ。
もはや自分たちが知らない日常の方がおかしいくらいだと感じるだろう。
「こっちは佐倉杏子。魔法少女だ」
「彼は左翔太郎。仮面ライダーダブルだ」
「こっちが響良牙。仮面ライダーエターナルに変身できる。絶望的な方向音痴だから絶対に単独行動はさせないように」
一也は極めて真面目に彼らを紹介した。
今のところ、相互的に変身者の存在を知っている前提で話しても問題なさそうだと判断したのだろう。
そこまで話したところで、部屋のドアが再度開く。
外の人間が来たのを今のところ知らない事や、警察署内のこの部屋にピンポイントに入って来た事を合わせて考えると、それが誰なのかわかるまでは早かった。
フィリップだ──彼に違いない。
研究室にいたはずだが、どうやらここに来る事ができたらしい。
「ん?」
「──やあ」
客人たちが眉を顰めると、彼は何ともない顔で挨拶をした。
早々に彼らが来る事を、フィリップは予想していたのだろう。
「……結城さんは?」
「残念ながら──」
一也の方に目を向けたフィリップは、そんな悲しい返答を訊く事になった。
結城とは短い付き合いで、尚且つ対立をして戦う羽目になったのだが、仮面ライダーとしての意思を教えてくれた。
そんな彼が何者かに敗れ去ったと知り、フィリップは項垂れる。
「……そうですか」
「だが、ガドルも倒された。これで残りは十五人だ」
それを聞いて、フィリップは結城を殺したのがガドルなのだと知る。
確かにショックだが、同時に結城がガドルを倒した事実に対しては、不謹慎と呼ばれようとも、素直な喜びがあった。
あれだけ強い敵が葬られた以上、残るドウコクやあかね、それから魔女などは何とか倒せるかもしれない。特にドウコクは、かつて杏子が変身したネクサスによって倒された事もあるくらいだ。問題はそのしぶとさだろうか。
フィリップが一人で思案を始める。が、それが深くなる前に声がかかり、フィリップはそちらに目を向けた。
「君は一体誰だ」
そう訊いたのは石堀だ。当然、彼らはフィリップの存在には疑問を抱くはずだ。
残り人数が十五人ならば、ここにいるのは血祭ドウコクと天道あかねを除く十三人でなければならない。
しかし、そこに十四人目が現れたとなれば、眉を顰めるだろう。
「ああ。僕の名はフィリップ。君は、石堀光彦だね。それから、涼村暁、桃園ラブ。よろしく」
「待て。フィリップなんて名前は名簿にはなかったぞ。だいたい、名前は英名だが、どう見ても日本人だ」
石堀が、フィリップの言葉に対して怪訝そうに言う。彼は警戒心を解かない。勿論、ここにいるところは一定の信頼の値がある相手なのだろうが、それでも少し疑ってかからねばなるまい。
名簿の名前には目を通し、記憶している。中でも、外国人の名前は比率的にも珍しいので、あれば特に目立つだろう。減っていった中ならば、余計に覚えやすい状態だ。
フィリップもどこか疑うような目で石堀を見ながら、皮肉っぽく返した。
「名簿に載ってはいないが、まあ僕は左翔太郎の支給品っていう認識でおおよそ間違いないと思うよ──まあ、モノだと思われるのは癪だが、今はそれでも都合が良い。説明も複雑になるしね。ちなみに、本名は園咲来人だ。フィリップは、もう一つの名前っていうところだね。本名よりもこの名前で呼ばれる事が多い。そう呼んでくれると嬉しい。
……それから、ついでに一つ指摘しておくと、君の指摘はナンセンスだ。桃園ラブだって、充分和名に見えないだろう?」
「う……。でも、この名前はおじいちゃんが世界に通じるようにって……」
「わかっている。冗談だよ。参加者の情報は粗方こちらの方で閲覧させてもらっているからね」
反面、ラブに対しては比較的紳士的な口調で返した。
桃園ラブの名前は、彼女の祖父が「世界に通じるために」とつけた名前である。
それはフィリップも資料閲覧時に確認していた。
「──閲覧、だと?」
「僕は各世界の資料をおおよそ閲覧できるんだ」
「どういう事だ?」
「各世界の地球が有している記憶が本棚になっている。それを僕の精神世界で閲覧できる……多少なりとも役立てるよ」
すると石堀は眉を顰めた。──その能力がいかに不味い物なのかを、すぐに察知した。
山岡一のデータやアンノウンハンドのデータは勿論、検索されてはまずい。──確かに抹消したはずだが、フィリップの口ぶりからすると、まるで地球そのものの中に存在しているデータのような言い方である。石堀のデータを閲覧しているのは確実だが、そこで何かを感じ取らなかったのだろうか。改竄データの方が知れ渡っているように思うが……。
そう思いつつ、あくまでフィリップが何もしかけてこないところを見て、様子を伺い、鎌をかける。
「……随分と嫌な話だな。個人のプライベートから国家機密レベルまで全て閲覧できるとしたら、放っておくわけにもいかない。だいたい、人のプライバシーを勝手に閲覧とは、あまり気分の良い物じゃないな」
「残念だが、あまり重度な情報は検索ブロックがかかる。たとえば、君たちの世界における黒幕──アンノウンハンドのデータもね」
石堀が眉を顰める。安心したような様子は見せず、ただ黙っていた。ひとまずは安心だが、それを顔に出してはならない。
それに、その気になれば、かなり詳細に調べられそうな口ぶりだ。この少年の口ぶりは全く忌まわしく、あのイラストレーターの少年を重ねるくらいの相手だった。
「──ただ、アンノウンハンドのデータに関しては、こちらの方でなるべく対処しようと思う。本の中だけが物語ではないように、描かれていないドラマもあるのさ。そういうのは自分の力で推理するに限る。……君たちについては、敵対勢力じゃなければ、そこまで深いデータはいらないはずだから、基本情報と気になった点だけ調べさせてもらっているよ」
そして、そんなフィリップの一言が、やはり石堀の中にあった疑念を膨らます事になった。
この中にいる人間で、最も早く消さなければならない相手がこのフィリップである事を確かに実感する。石堀は、そうしてフィリップに対しての殺意を燃やす自分の背中を、シリアスな表情で見つめる暁とラブの姿には気が付かなかった。
一也の方に向き直して、石堀は訊く。
「おいおい……ここにいる人間は、本当に100パーセント信頼できるんだろうな?」
「さあ。それは、一緒にいて初めてわかる事になるだろう。それに、仮に僕がそれに答えても、僕自身が信頼できない人間である可能性がある」
しかし、それに答えたのはフィリップの方だった。
彼は一也に送られた視線も気づいているのだろうが、彼はその上で答えたようだった。
「まあ、僕の主観で言うなら、30パーセント信頼しているよ。残りの70パーセント、僕は彼らに好感を抱いている。大事な仲間としてね」
フィリップとて、僅か数時間一緒にいただけの相手に信頼を寄せる事はできない。
あくまで、探偵として「疑う」という行動をしなければならないのも事実だ。──表の姿がいかに良くても、裏の姿が悪魔のような人間をフィリップは何人も見て来た。
それが探偵の真実だ。疑ってかかる前提がなければ、真実にはたどり着けない。たとえ、仲間であれど、批判的に見る事で更なる良さに気づく事もあるものだ。
その姿勢は変わらない。だからこそ、彼は信頼と好感を別物として、合わせて100パーセントと表現した。
石堀としては、フィリップに対する不満はあるものの、きわめてフレンドリーな表情で答える事にした。
警戒を解いた、というように周囲には見えただろうか。
「なるほど。流石は探偵だ。その姿勢は嫌いじゃない。信頼できそうだ。……どこかの誰かよりもな」
「どこかの誰かとは誰の事だ! コラ!」
暁が横から口を挟んだ。自分の事を指しているのが明白な石堀の口調に、憤怒している。
石堀は、肩をすくめながら暁に訊いた。
「じゃあお前は今まで探偵として何をしたんだ。断言するが、何もしてないだろ」
「え、えっと……そりゃあ、犬を探したり、猫を探したり、亀を探したり……あ、黒岩に勝ったぞ! ラブちゃんとデート♪」
至って弱腰になった暁を見て、フィリップが横で呆れた。
「……涼村暁。君、もしかして案外、翔太郎と気が合うんじゃないかな」
ともかく、石堀がここでフィリップに疑いの欠片でも思われる事はなかった。
ただし、暁とラブの内心を除いては──。
△
レイジングハートは、そこまで来ていた。
一部屋、人の声が聞こえる部屋がある。
会議室。
この部屋の向こうだ。
なるべく、音を立てずにそっと、レイジングハートはそのドアに近づいていく。
(どうやらまだ殺戮は行われていない……それなら)
誰も犠牲が出ない状態で、鋼牙を倒す。
それがレイジングハートにとって、最も理想的な勝利だ。
それを想像する。
もし、タイミングが合えば、そこを狙う。
──レイジングハートは、疑似レイジングハートを構えた。
(……やるッ!!)
△
「まったく、孤門隊員はナイトレイダーの使命をお忘れデスか、っと」
孤門一輝が眠すぎるくらいの瞼をこじ開けた。
目の前。──ぼやける。
知った人がいる。
青いナイトレイダーの制服。顔が判然としないが、少し気がかりな相手。
まさか、自分は任務中に居眠りをしていたのではないか、と孤門は不安になる。
それで一気に目が覚めたように起き上がる姿勢に切り替えたが、思わず叫んだ。
「ふ、副隊長っ!?」
「何を寝ぼけてるんだか……」
孤門は咄嗟に、こういう時にいたら一番嫌な人間の事を思い出した。
──が、だんだんと、その人間がもういない事が彼の頭の中で明らかになり始めた。
西条凪は死んだ。
そして、今自分が置かれているのは、凪を殺した「殺し合い」というゲームの会場だ。
そのうち、南東部にある警察署で、集まって来た参加者と共に眠っていたのだ。
「──い、石堀隊員!」
「おはよう、孤門隊員。……いや、孤門隊長“殿”」
「来てくれたんですか!?」
「まあな。……ここに来るまで、色々大変だったが、何とか」
石堀光彦は、きわめて冷静だ。
孤門と石堀は、まあ程よい距離感の同僚といった感じであった。
孤門にとって石堀という男は、常に切迫した空気のナイトレイダーの中では、比較的冗談や融通の利く相手で、時折談笑できるような相手である。大人の余裕というのだろうか。──孤門のそれとは少し違っていた。
そのくせ、コンピュータや生体・細菌に関する知識では一流。事戦闘となれば、上の命令を聞いて、一つ違った真面目な顔で対処できる、信頼できる仲間である。
「全部聞かせてもらったぞ、孤門。随分凄いじゃないか、このガイアセイバーズのリーダーなんて。俺も入れてもらったから、これからよろしく頼むぜ、リーダー」
「ちょっ……石堀隊員の方が先輩じゃないですか」
「だからと言って、隊長なんて勤まる器があるわけじゃないって事さ。俺はちまちまとコンピュータをいじる脇役で満足している。……ま、ゆっくりお休みのところ悪いが、新しい隊員の名前を覚えてもらうぜ」
石堀ほか、桃園ラブ、涼村暁、涼邑零といった参加者がいるようだ。
ラブ──そうだ。美希が探していた相手じゃないか。
と、孤門は美希を起こそうか、起こすまいか迷う手を一也が止めた。
「大丈夫だ、そっちは起こすな、孤門。明日の朝のお楽しみという事らしい」
「明日の朝……? まだ、朝じゃないんですか?」
「ああ。まだまだ2時を少し過ぎたあたりだ。外を見ろ」
外はまだまだ暗い。
「目が覚めましたよ、完全に……」
「だからこの部屋で寝ているお嬢様方には知らせていないのさ。起こして悪かったな。お前には起きてもらわなければ困るんだ、“リーダー”だからな」
孤門は今のところ、一時間程度しか寝ていない。
だというのに、すっかり頭が冴えたというか、ただ一瞬の驚愕が脳を一時活性化させ、その興奮がまだこびり付いているような気分であった。
欠伸は出る。いや、目元は眠い。しかし、脳の中が悪い意味ですっきりして、またすぐには眠れそうになかった。
「それで……」
「全員集合って状況だ。対主催は、結城丈二以外、全員連れて来させてもらった」
「じゃあ、結城丈二っていう人は……」
石堀は首を振った。
孤門は残念そうに項垂れた。現在、ここに集合した人間は十四人だ。これがあともう一人、増えるはずだった。一人でも増えるという事がいかに心強いか。
十五人いれば、脱出できる可能性はより大きくなる。
「そうですか……」
「代わり、といっては何だが、今のところの強敵の一人だったゴ・ガドル・バは撃退したそうだ。残る敵は、天道あかねと血祭ドウコク。──ただ、あかねという少女が元々、どうしていたのかという事や、血祭ドウコクも脱出を目指している事は聞いている。何とか説得する手だってあるはずだ」
「えっ!? ──」
「あのカブトムシは、戦いだけを求めているなんていう……本当に厄介な敵だったぜ。あれとはわかりあえる気がしなかったが、まあ、他はどうにかなるかもしれない。仮に戦闘になったとしても、これだけ仲間がいれば平気だろう。で、隊長殿はそこまで終えてからどうする気だ?」
石堀の問いに対して、孤門が詰まった。
単純にどうする気、と言われても、今の頭ではどうにも答えが出しづらかったのだ。
「……終えてからって?」
「脱出の方法だ。首輪がない以上、この島の外にも向かえる。ただ……島の外に出たからと言って、俺たちの世界に帰れるわけでもないしな」
石堀の言葉に、孤門は思案した。
脱出の方法、というと、まずは主催者の打倒が前提となる。
この島から出たところで、ここが異世界のどこかである以上は、結局元の世界に帰る事ができないだろう。
ここを脱出するには、主催者に直接会って脱出方法を訊く必要がある。可能性としては、まず島の外にいるのが自然だと言えるだろう。
「なるほど。……一応、僕たちも少しは考えてあります。あなたたちが来て全員集合した時点で、その準備を進めようと考えていました──。フィリップくんや、沖さんのアイディアでもあるけど」
「聞いておこう」
「まずは、島の外に支給品を派遣します。主に飛行能力があるものを──」
「飛行能力?」
「バットショットです。えっと、フィリップくんたちが持っている道具なんだけど……」
隣でフィリップが、孤門の振りで気づいたようにバットショットを見せた。
バットショットは、遠距離に派遣してスタッグフォンに映像を送る事ができる装置だ。
「このバットショットについては報告が一つある。
これには主催側から移動範囲の制限がかかっていた。内部に特定範囲から外へ行けないようにする機械が埋め込まれていてね。
ただ、それは先ほど僕が除去しておいた。それから、これらの道具も通信妨害を行っていた装置を外しておいたよ。後ではぐれた時に使えるようになっている」
先ほど、ショドウフォンの分解と同様に、制限がかかっていそうなアイテムをほぼ解体して首輪と同一の機械を取り除いていたのだ。
「お手柄じゃないか、フィリップくん」
「撮影した映像はこのスタッグフォンやショドウフォンのような各種アイテムにリアルタイムで送信される。この機能を使えば、島の外の様子もすぐにわかるはずだ。しばらくしたらこれを派遣する。……孤門さん、続きをどうぞ」
「あ、ああ……」
フィリップの手際の良さに驚きつつも、孤門は説明を続けようとした。
しかし、その口が少し止まった。
微かに開いている窓が、孤門に冷たい水滴を飛ばしたのである。
外を見た。
「雨だ……」
零が呟く。
起きている全員が外を見ると、空は予想以上に暗い。この部屋には星明りさえ刺さなくなり始めていた。
そして、風が音を立手始め、網戸を通して霧のような雨をこちらに寄せていた。
────何か、胸騒ぎがしていた。
その胸騒ぎを裏付けるように、一人の少女が部屋の中に突入してきた。
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最終更新:2014年07月14日 00:29