変身─ファイナルミッション─(2) ◆gry038wOvE




「──ここは、どこだ? いや……」

 ……気づけば、仮面ライダーエターナルたちの周囲には、あの景色が再現されていた。
 エターナルは、お決まりの台詞を告げて、周囲をきょろきょろと見回しながらも、自分たちがどんな場所にいるのかを頭の中ではよく把握しているようだ。
 それもそのはずだ。自分の体がここになければ困る。ここまでの出来事が全て夢というわけでもない限り、今日、この時は自分の体がここになければならない──それが自分たちの宿命なのだ。

「──」

 ──彼らを殺し合いに呼び寄せたあの世界。
 何日か前までここにいて、何日か前まで戦っていた世界と、全く同じ風。
 光の差さない真っ暗な森。──それは、まだここが黎明の世界。もし、彼らの身体が金色に光っていなければ、それぞれの姿を確認するのも覚束ない程だっただろう。

 ただ、心なしか、以前よりも命の鼓動のような物が森の中に生まれ始めているようだった。
 おそらくは、それは、必然的にこの世界に辿り着いてしまう微生物や小虫たちがここに住み着き始め、何の命もなかった世界に少しずつ命が植えつけられようとし始めているという事だ。

 それに気づいたのは、キュアブロッサム──花咲つぼみだけだっただろうか。
 エターナルは、続けた。

「……わかってる。俺たち、遂にここに来たんだな」

 この台詞を告げた時、どうやら、この外の全ての世界では、彼らの最後の戦いの中継が自動的に始まったらしかった。
 そして、この瞬間を以て、艦に最後まで残っていたインキュベーターは、次元の波の中に囚われ、おそらく消滅したのだろう。──勿論、その意識と情報を共有する別の存在が世界にいるので、それほど悲観的に考える事実ではないが、こうして彼らが無事この世界に侵入できた功労者として、インキュベーターの尊い犠牲もあった事は忘れられてはならない。
 それは、アースラという戦艦をここまで運んだのは、決して彼らだけの力ではなかったという証明に違いない。元々の乗組員は勿論、死者さえも、別の世界の者たちさえもそれを動かし、彼らを届けた。
 彼らに勝ってほしいと願う全ての心の結晶が、彼らをここまで乗せたあの巨大な船だったのだ。
 敬礼する間が無いのは惜しむべき事実であった。

「……」

 ただ少しだけ、周囲を見回してアースラを探した者もいたし、空を見上げた者もいた。
 あの数日、共同生活を経たあのアースラは、もう無い。
 その事実には、在りし過去に戻れぬノスタルジーも少し湧いただろう。

「……」

 ……とはいえ、結局、アースラよりも彼らにとって郷愁の情が湧いてしまうのは、こちらの戦場だったのも事実だ。
 あらゆる悲しみと、怒りと、そして楽しい時間さえもあった場所。
 そうであるのは違いない。



 ──しかし、大事な出会いの場所でもある。



 ここにいる者たちは、お互いにここで出会い、ここで悲しみを共有したのだ。
 たとえ、ベリアルの戦いがなければそれぞれがもっと別の──幸せな出会いをしていたのだとしても、今ここにいる自分たちが直面したのは、悲しみの中での細やかな幸せとしての出会いだ。
 この感情を持って戦えるのは、自分たちがここで出会ったからに他ならない。

 ……ふと、そこにかつてと違う物があるのを誰かが見つけた。

「……ん? なんだ、あの悪趣味な手は。あんなもんあったか?」

 そんな事を言ったのは──その「誰か」とは、佐倉杏子の事だった。
 ──彼ら八人は同じ場所に固まって転送されていたが、その付近には、腕の形をした奇妙で巨大な建造物が立っていたのだ。
 これこそが悪の牙城なのだが、それを「城」と認識できた者は少ない。
 杏子の言う通り、誰しもが「巨大な手」と思っただろう。しかし、それが巨大な人体の一部の手と認識した者もおらず、あくまで「手の形を模した巨大な何か」という風に全員が捉えたようだった。
 薄気味悪いが、だからこそ、決戦の時であるのがよくわかった。

「気づいてないだけで、前からあったんじゃねえか?」
「あるわけねえだろ! あんなデカい城を見落とすのはこの世でお前だけだ!」
『勿論、あんな物は僕も知らない。この数日で出来たようだ』

 仮面ライダーエターナルの言葉は、同じ仮面ライダーのダブル──左翔太郎とフィリップに突っ込まれる。
 しかし、こうして軽口を叩いていられるのも今の内であった。
 彼らも、決して緊張がないわけではないのだ。だからこそ、わざとこうして場を温めているのかもしれない。
 だが、結果的に言えばそれも束の間の話だった。

「──ッ!」

 次の瞬間。
 一筋の風が吹いた時、まだ温かみを持て余していたはずのその場の空気が、ふと一転する。わけもなく背筋を凍らすほどに冷やかな風が、身体を撫ぜる。
 誰もが、喉元に氷柱を飲み込んだような緊張感に苛まれた。

 戦慄──。

「……誰だっ!?」

 この直後に彼らの前に──一人の男が現れたからである。
 闇にも映える真っ白なタキシードの服。
 ──ゆっくりとこちらへ歩いて来る。
 見覚えがあるようで、やはり、これまでに見た事のない雰囲気の男。
 即座にその男の正体を答えられる者はいなかった。

「……遂に来てしまいましたか。……結局、あなたたちは自分の故郷ではなく、お仲間が死んだこの場所で死にたいと──そう願ったと、結論しましょう」

 ダブルは、その男の瞳を見た事があった気がした。
 いや、誰もが見た事があるのだが、その白いタキシードの男に対して、それが──あの、「加頭順」であるという認識を持てた者は少ない。表情こそ変わらないが、どこか柔和で、歩き方にも奇妙な余裕が感じられるからである。

「……」

 元の世界の左翔太郎とフィリップさえも、その判断には少しだけ時間を要したくらいだ。だが、やはり、奇縁があるのか、真っ先に気づいたのは彼らであった。
 到底、あのはじまりの広間で見た男と同一とは思えなかった。──人は数日ではここまで印象を変える物なのだろうか。

「まさか、お前。加頭、順か……?」
「ええ。……お久しぶりですね。てっきり、そちらの半分は亡くなったかと思いましたが」

 加頭が笑顔で皮肉を言った。そちらの半分、というのはダブルの右側──フィリップの事だろう。
 それから、勿論、ヴィヴィオの事も加頭は多少なりとも気にしたのだと思われるが、加頭も同様の死人であるが故、あまり追及するつもりはないようだ。
 特に、フィリップに関してはその出自において、死者蘇生に近い事が行われているし、ガドルという見落としも過去にはある。一人や二人の増援は、今更気にならない様だ。
 呼ばれた当人の仮面ライダーダブルは、加頭のかつてと違う様子に少し当惑していた。

「……なんか、調子狂うな」
「ふふふ」
「前は、そういう風に笑ったりはしなかったぜ。……まあ、今もあんまり良い笑顔じゃねえがな──」
「……ほう、なるほど。後の為に、その言葉も参考にしておきましょう」

 ダブルの反応は予測済というわけだ。これだけの人数を前にしても震えず、余裕綽々と笑っている加頭の顔を見ていると、やはり不気味に思うだろう。ダブルへの勝算があると見ているに違いない。
 だが、その場で加頭と敵対している者の──仮面ライダーやプリキュアの全てが、加頭に敗北する未来の予感を全く浮かばせなかった。

「……」

 強いて言えば、そう……少し勝利までの過程が厄介になるだろうという不安が掠める程度だ。それもすぐにどこかへ払いのけられた。
 少し心に余裕が出来た気がした。

「……加頭。もう一つだけ、すっげー参考になる『良い事』を教えてやるよ。
 ──そいつは、フィリップが今ここにいる理由さ」
「ほう。興味深い……」

 変わらず余裕な加頭を前に、仮面ライダーダブルが強い語調で啖呵を切った。





「──俺たちはなぁ、お前たちみたいな奴らを倒すまで死なねえんだ……永遠に!」

『そう、僕達はたとえこの身一つになっても……いや、この僕みたいに、“この身がなくなっても”戦い続けている』

「それこそが、お前たちが相手にしている存在だ……!」

『だから──いうなれば、絶望がお前のゴール……っていうところかな?』





 ダブルは固く拳を握る。
 そんなフィリップの言葉を聞くと、少しだけ加頭は眉を顰めた。
 それは、かつて翔太郎が加頭の野望を阻止した時に発した言葉にもよく似ており、それが加頭に悪い記憶を呼び覚まさせたのだろう。
 しかし、それでも──加頭は、大きく怒りを膨らませる事はなかった。

「なるほど……かつて聞いた時と同じ……か。──憎たらしい言葉ですね。
 しかし──残念ながら、その台詞を聞く事が出来るのも、今日が最後のようです!」

──UTOPIA!!──

 その言葉と同時に、加頭が握るユートピアメモリの音声が鳴り響いた。
 ユートピアメモリが浮遊し、加頭の装着するガイアドライバーへと吸収される。
 重力が無いと言うよりか、むしろメモリが自力でそう動いたかのようだった。
 轟音。ブラックホールを前にしたような不安感。……それらが駆け巡る。

──BELLIAL!!──
──DARK EXTREAM!!──

「!?」



 そして、次の瞬間──暗黒の嵐が吹き荒れた!


 強風が彼らを襲う。土に零れていた大量の葉を吹きあがらせ、地面の草木を全て揺らす。
 暗闇のオーラが雲のように視界を覆う。天と地がひっくり返るような感覚がその場にいる者たちに降りかかる。
 しばらくすると、空に飛び散った葉の数々は、次の瞬間に、まるで鉛の固まりのように一斉に落下する……。

「くっ……!」

 それぞれが、自らの頭を覆うように顔の前で両腕を交差させた。微かに視界に残した光景には、確かに変身していくユートピアの姿がある。
 そこから、ダークザギの発した闇にも似た黒いオーラが現れ、直後一斉に取り払われると、そこに佇んでいたのは、ダブルもかつてまで見た事のない相手──。
 そう──この「ユートピアドーパント」の「ダークエクストリーム」だ。

「……っ!」

 ゴールドエクストリームと化したダブルに対して、ダークエクストリームと化したユートピア。それはまるで、かつての戦いの再現でありながら、いずれもかつてのそれぞれとは大きくベクトルの異なる成長を遂げた結果生まれたカードだった。
 そして、彼らが背負うものもまた、かつてとは変わっていた。

 ダブルは、「崩れた理想郷」や「一人きりの理想郷」ではなく、無限の供給と再生を続ける「完全な理想郷」となったユートピアの姿を見て、固唾を飲む。
 どうやら、加頭も秘策と、想いを背負った敵であるらしい。

 しかし──倒す。何があっても、必ず。





「それでは、皆さん。……折角ですから、また、殺し合いを始めましょう。
 ──そう、この私と……この場所で!」





 加頭は仰々しくそう宣言した。
 このバトルロワイアルの始まりを告げた言葉にも似たその一言に、誰もがぴくりと反応した事だろう。
 そう、この男の呼び声であの悪夢は始まった。
 そして、この男を倒してから始まる本当の最終決戦で──全ては終わる。

「──違います!
 これから始まるのは、殺し合いじゃなくて……命と命の、助け合いです!」

 キュアブロッサムがユートピアに向けてそう告げた。

 ガイアセイバーズ。
 それが望む未来を提示され、ユートピアは微かに狼狽えた。
 敵方にこちらを恐れている者はなしと見て、ユートピアの脳裏に掠められたのは、僅かな敗北のビジョンである。──とはいえ、それは勝負に際する者が誰も一度は掠める物。
 ユートピアは、園咲冴子の生前の姿を、そして、ここにあるこの力で戦えば、彼らなど相手ではないという事を思い出して、そんな不安を一瞬で取り払う。

「……フン。──何を言おうと勝手だが、どうせ貴様らは、いなくなるッ!」

 敬語を捨て、猥雑で乱暴な「殺し合い」を始めるユートピアは、その手に構えられた“理想郷の杖”で、閃光の一撃を放った。

「──!!」

 光速のレーザービームが八つに分岐して、各参加者の身体を狙い加速する──。
 瞬きする間もなく自らを狙ってくる数百度の熱を、各々は正確に捉え、八人八色の対応を果たした。
 ビームを防ぐ者、避ける者、跳ね返す者、その体で難なく防ぐ者。
 その全てが一瞬で行われる。
 ユートピアとて威嚇のつもりであったが、全てが殆ど反射的に回避された事を見て、やはり予想以上の相手になった事を実感していた。






「──せやぁッッ!」

 ──直後に聞こえたのは、一人の雄叫びだった。

 攻撃の瞬間に、圧倒的なスピードで姿を眩ました高町ヴィヴィオである。
 聖王の姿となった彼女は、他の数名と同様、全身を金色に輝かせ、真っ直ぐなパンチをユートピアに叩きつけようと迫ってくる。
 何度も、友と磨き上げた拳。
 歪みから救われた少女の、正拳。
 それがユートピアの全てを打ち砕くべく、アクセルを踏み込んだようなスピードで邁進していく。
 彼女の一歩は、空間をも飲み込んだような一歩であった。

「──アクセルスマッシュ!!」
「フンッ!」

 ユートピアは、叩きつけられたパンチをクロスした両手でガードした。
 そのまま、ヴィヴィオの手を取り、力の流れを寄せ──彼女の身体の天地をひっくり返す。
 何が起きたのか──。

「くっ……」

 ヴィヴィオも、気づけば空を見る事になった。合気道のような技で投げられたのだと察知するまでにもそう時間はかからない。
 加頭固有の能力を使えば、ヴィヴィオを触れもせずにひっくり返す事が可能であろう。
 しかし、彼はベリアルウィルスの効果で元の素養を超える身体能力や、敵を見る術を得ていた。一切の能力を使わず、元の身体のポテンシャルだけでヴィヴィオに空を見せたのだ。

「……っ! 痛~っ!」
「この能力だけが私のやり方ではない──。
 格闘による真っ向勝負も一つの戦法だ……!
 得意の接近戦に持ち込む事など、愚かな!」
「……そういう事なら、むしろ逆に、受けて立ちます! ……はぁっ!!」

 ヴィヴィオの拳は、何発もの攻撃を、凄まじい速さで、連続してユートピアに打ち込んだ。
 その一つ一つが、強い魔術を込めた一撃だ。──いうなれば、それこそ、闇の欠片が供給している死者たちの魂である。
 黄金の輝きを持つ限り、ヴィヴィオたちにはこれまで以上の、圧倒的な力が味方する事になるだろう。
 ユートピアも同条件には違いないのだが、その想いの強さでは、ヴィヴィオが勝ると言える──。

「はぁぁッ──!!」
「ふんッ」

 それを何度も、ユートピアの胸に、腹に、顔面に──叩きつけるつもりで打ち込んだ。だが、その全てがユートピアの掌の上で跳ねていく。
 ヴィヴィオのパンチのスピードに追い付き、ほぼ全てを迅速に片手で防御しているのだ。
 結果、ヴィヴィオのパンチは一度もユートピアの身体に当たる事がない。

「──無駄だ!」

 ユートピアの掌から、ヴィヴィオに向けて闇の波動が放たれる。
 それは、彼女の身体を拳から伝って全身吹き飛ばし、真後ろの地面に尻をつかせた。
 ヴィヴィオにとってもそれは少しの痛手であったが、後退の意思が過るほどではない。
 いや、それどころか、この程度の負傷は誰の日常でもよくあるレベルだ。アインハルトと戦った時だってそうだ。何度も行った模擬戦の中で、何度空を見て、何度膝をつき、何度腰を抜かした事か。
 それがヴィヴィオの常だった。それがヴィヴィオの戦いだった。

「──」

 わかっている。──それでも、今はいつもと違うのだと。
 ヴィヴィオの背中には、今、自分を守ってくれている人たちの想いがある。──それを全身で感じていた。この重みは、決して只の荷物にはならない。
 ヴィヴィオに必ず力を貸してくれる。

「くっ……!」

 ヴィヴィオは、すぐに強く地面を蹴って、立ち上がると、再びファイティングポーズを取った。
 ──こうなる限り試合続行だ。何度だってポーズを取る。
 しかし、実のところ、彼女の顔色というのはあまり良くない。勿論、敗北を予感しているわけではない。
 ──ただ、何か薄気味悪い予感がしたのである。

(まさか……この人……!)

 先ほど、手ごたえのなさと同時に──ヴィヴィオはもう一つ、ある違和感をユートピアに対して覚えたのである。
 その理由も薄々察する事になった。

「……!」

 クリスも気づいているらしく、クリスの焦燥する感情がヴィヴィオの全身に伝わる。
 いや、クリスはもっとはっきりと、今の闇の波動がヴィヴィオに放たれるまでに正体を明らかに察知したのだろう。
 彼には、まるで悪魔が取り憑いているように見えた。

「──」

 そんな中、ヴィヴィオとユートピアの間に一人の男が立つ。

「──ヴィヴィオちゃん、手を貸すぜ!」

 超光戦士シャンゼリオン──涼村暁である。
 彼もまた、超光剣シャイニングブレードを右手に構え、敵の身体をその刃の餌食にしようと走りだそうとしているかのようだった。
 助っ人というには、少々頼りないが、ユートピア相手には二人以上でかかるのが妥当と見たのだろう。

「──待って!」
「えっ」

 と、そんな彼が手を貸そうとするのを、ヴィヴィオは今までにない剣幕で叱りつけるように怒鳴った。完全に戦闘態勢に入っていたシャンゼリオンも、その言葉に流石に足を止めた。不安気にシャンゼリオンがヴィヴィオの方を向いた。
 ヴィヴィオはすぐさま頭を冷やして、少し丁寧な口調に直して、シャンゼリオンに言った。

「待ってください……!」
「え? なんでよ」
「あの人……実力は今の私たち一人一人と同じレベルですけど……もしかすると、何か切り札を持っているかもしれません!」

 その言葉は、シャンゼリオンとヴィヴィオの数歩後ろにいた他の者たちにも聞こえただろう。
 並んだ者たちも一斉に足を止めた。──今、戦ったヴィヴィオにしかわからない「予感」。
 ユートピアをちらりと見るが、どちらの側もまだ攻撃を仕掛ける様子はない。彼としては、早々に“気づかれた”事も面白いのだろう……。
 ヴィヴィオが続けた。

「……ううん。もっと、わかりやすく言うと──」

 ヴィヴィオが“気づいた”──という事を感じ取り、ユートピアもまた、異形のまま、ニヤリと微笑んだ。
 そう。ユートピアがベリアルウィルスによって得た、新しい能力たち。
 その一つが今、戦闘時を目途に、開眼しているのだ。
 確かにその切り札はまだ使用していないはずだが、しかし、ヴィヴィオたち魔導師には充分に感じ取れるものになった。
 どれだけ消そうとしても匂う、その切り札の香り──。

「──」

 ヴィヴィオが、口を開いた。

「あの人は今、私たちの世界の住人が持つはずの、『魔術』を持っています……!」

 シャンゼリオンたちは、一斉にぎょっとした。
 とりわけ、その中でも強い驚きを示しているのは、仮面ライダーダブルこと左翔太郎とフィリップである。加頭の正体はクオークスであり、NEVERであり、ドーパントであり……また、過去には仮面ライダーに変身したかもしれない。
 しかし、彼は、「魔術」などという物を使った過去はなかったし、その素養は決して簡単に得られるものではなかった。そもそもが、その力の存在しない翔太郎たちの世界の人間がそれを短期間で会得できる可能性は極めて低い。

「……気づいたか」

 ユートピアは淡々と言う。

「──教えてやろう。私は、参加者や私の仲間の持っていた力の残粒子を『コア』として凝縮し、ベリアルウィルスと共に注ぎ込まれた……。
 つまり、ここに居た者たちの全ての技を使う事が出来るのだ……!!」

 彼のこれまでの自信には、明確な根拠が伴っていたのである。
 ユートピアドーパントがエクストリームと化した時、同時に備わった新たなる力。
 それは──この殺し合いで現れた怪物たちと同様の力であった。
 魔術に限らず、あらゆる技を運用する事ができる。

「そう──」

 かつて、クオークス、NEVER、ドーパント、仮面ライダーの四つの力を全て得ていたように、加頭の身体には幾つかの悪の勢力と同様の力を発動する「コア」が埋め込まれている。
 JUDOの力のコア。アマダムの力のコア。ラダムの力のコア。花の力のコア。魔術の力のコア。魔界の力のコア。……そんな無数の核が、理想郷の一部として体中にちりばめられたのだ。
 そして、今、気づかれたと知れた時、ユートピアは、狼狽える目の前の敵に向けて、「実演」を行った。

「──たとえば、こんな風に」

 右手を翳すユートピア。
 周囲の大気が渦を巻き、そんなユートピアの右手に収束していく。右手の中に巨大な黒い塊が具現化され、その中に、今込めたエネルギーが全て包み込まれた。
 ぐっと握りしめ、ユートピアは顔を少し上げた。
 それが次の瞬間の彼の一声と共に解き放たれる。

「──ブラスターボルテッカ!」

 叫びと共に、ユートピアの右手から発されたのは、テッカマンたちが使用した必殺の技──ボルテッカの強化版であった。
 一つのエリアを焼き尽くす程の膨大なエネルギーを持つ ブラスターボルテッカが、今、ヴィヴィオたちの前に放たれる。

「何っ──!?」

 轟音と共に──。

「くっ……!」

 しかし、直前にレイジングハートが間一髪バリアを貼り、彼らの周囲だけは守られる。
 それでもやはり、ユートピアの一撃は相当な威力で、レイジングハートへの負担は膨大だったに違いない。こんな多段的な攻撃を受けるのは初の事である。

「──っ!?」

 爆風。
 周囲の草木が一瞬で灰になり、それを見たキュアブロッサムが眉を顰めた。
 仮にバリアを張られなければ、自分たちも無事では済まなかったに違いない。

「くっ……何て力だ……!」

 仮面ライダーエターナルも、自身の身体を守っていたローブを下ろして、憮然とした表情でそれを見ていた。
 ユートピアは、手をゆっくりと下ろし、続ける。

「──今のような技も、何のフィードバックもなく放つ事が出来るわけだ」

 フィリップがそれを見て、息を飲んで言った。

『……つまり、あらゆる地球の記憶を全身に埋め込んでいるという事なんだ!
 奴が使っているのは、正真正銘の……エクストリーム……!!』
「その通り!」

 と、ユートピアの口調はどこか誇らし気であった。
 胸を張り、理想郷の杖を右手に持ち替えた。それを目の前に並ぶ者たちへと向ける。
 彼の持つのは、理想郷を修復する力だ。崩れ去る運命さえも、それを一瞬で巻き戻してしまう。即ち、自らの負うダメージもまた、一瞬で回復してしまうのだ。
 ただでさえ無尽蔵なエネルギーを持つNEVERが、「攻撃を浴びせながら体力を回復する」という絶対の矛と盾を同時に得たのである。

 ブラスターボルテッカに匹敵するエネルギーを放ったとしても、肉体が崩壊する前に肉体が再生してしまう──。
 それが、彼の理想郷の力であった。

「いかに束になってかかろうとも、私に勝つ確率は、ゼロだ……!」

 目の当りにした者たちは、呆然とした。
 敵の強大さに恐れおののいたわけではない。
 言うならば、ただ意表を突かれた事と、加えて、それがここで出会った者の技であったが故の忌避の念かもしれない。──しかし、甘く見てはならない相手であるのは間違いなかった。

「だが今のはほんの序の口……。
 今度は本気で行くぞ……────ライトニングノア!」

 ユートピアの次の掛け声は、明確に、目の前の敵たちを全て葬る為に口にされた物であった。
 そう、それは、「埋葬」の為の一言だった。
 ライトニングノアは、ウルトラマンノアがダークザギを宇宙で葬る際に使用したあの技である──あれさえも記録されているというのだろうか。
 あれは間違いなく、この場で使われた最も強力な技に違いない。

 ──瞬間。

 もはや、回避の術さえもなく、ガイアセイバーズと呼ばれた戦士たちの姿が、ユートピアドーパントの放った光に飲み込まれていく。
 純粋なエネルギーの塊が、敵の数に分裂し、それぞれ彼らの身体に向けて放たれた。
 ライトニングノアに等しい攻撃が、全員の身体に頭上から突き刺すように直撃する。

「うわあああああッッ!!!!」
「ぐあっ……!!!!」
「きゃあっ!!!!」

 ヒーローたちは、遠く、炎の底に沈められた。
 彼らに向けて、一斉放射された幾つものライトニングノアの光。
 回避運動に近い行為を出来たのは、ローブを持つ仮面ライダーエターナルくらいである。彼は、ローブに包める一人分の面積を、近くにいたキュアブロッサムの身体を包んで回避させる。

「くっ……!」

 それと同時に──エターナルは、頭の中で実感する事が出来た。
 敵の脅威を。
 あのウルトラマンノアと同じ灼熱の一撃を、掌ひとつで再現できるという強敵の、恐ろしさを……。
 よもや、それだけのエネルギーを無尽蔵に持ち合わせているなど、先ほどまではほぼ予想していなかった事態だ。

「──隠れても無駄だ……『トライアル』!」

 そして、それは、更に、トリッキーな技さえも使えるという事であった。
 ただの力技の砲撃や光線だけではなく──そのエネルギーは時空や光速、人間の近くさえも超越していく。
 ウルトラマンノアやダークザギの力と同じように、ここにいた全ての仮面ライダーやドーパントたちの力も使えるのである。
 助かった仮面ライダーエターナルに距離を縮めたのは、あの仮面ライダーアクセルトライアルの力である。──いや、もっといえば、ダークアクセルと呼ばれたあの石堀光彦の力を融合しているかもしれない。

「何っ……!?」

 エターナルにも、ローブの効果によってメモリを無効化する事で視認出来たが──それは一瞬であった。
 即座に、ローブの効果と“ベリアリウィルス”の効果が打消し合い、トライアルのスピードがエターナルに視認できなくなった。

「くそッ……!!」

 目の前で消えたユートピアの姿に驚愕するエターナル。
 あの超銀河王の効果さえ打ち消したローブの力が、無効化された──。

「どこに──」

 どこだ……?
 敵はどこにいる……?
 俺を狙っているのだろう……?

「──ッ!」

 疾走の一秒。

「……っ!!!!!!!!!!!!」

 つぼみの声にならない悲鳴が聞こえたのは、エターナルの腕の中だった。
 真下を見ると、エターナルローブの中に、もう一人分の影がある。
 ──まさか。

「まさかっ……!!」

 ユートピアが一瞬で距離を縮め、潜んだのは、エターナルのローブの、“内側”だったのである。
 狙いは、エターナルとブロッサムだった。──それに気づいたのは、ユートピアが攻撃を始めるよりも、些か遅かった。

「なっ──!!」

 仮面ライダーエターナル自身と、キュアブロッサムが潜んでいたローブの“内側”に、目くるめく“理想郷の杖”の炎の鉄槌が下される。
 最早、炎のエネルギーが充填された今、回避の術はない。
 このエターナル最大の防御壁こそが、同時に、絶対的に逃げ場のない檻となったのである──。

「──死ね!」

 ──爆発。

 エターナルローブの内側で、膨大なエネルギーが貯蓄され、「トライアル」の効果の終わりとともに炸裂する──。
 装甲さえも黒く焦がす一撃。一つの部屋に閉じ込められたまま、殆どゼロ距離で核弾頭が光る事に等しい一撃であった。
 それを受ければ、いかに変身した彼らでさえ、容易く耐えうる事が出来まい。

「──ぐあああああああああああああああ……ッッッ!!!!!!」
「──きゃああああああああああああああ……ッッッ!!!!!!」

 これまでの戦いで、二人ともまだ出した事のない、巨大なダメージの悲鳴。
 エターナルローブが衝撃のあまり、弾け飛び、空へと泳いでいく。
 そこから吹き飛ばされたのは、変身が解けかねないほどの負傷をし、それぞればらばらに地面と激突する事になったエターナルとブロッサムである。
 それはさながら、抱え込んだ花火が炸裂したかのような攻撃だっただろう。
 ──迂闊であった。

「良牙……!!」
「つぼみ……!!」

 ライトニングノアの一撃に倒れていた仲間たちが、手を伸ばしながら、彼ら二人の名を呼ぶ。
 辛うじて、良牙もつぼみも生きているようだが、一瞬、彼らの命を本気で心配した程であった。
 それによって、「黄金」の力が思った以上であるのを実感する──勿論、この力がなければ死んでいただろう──が、それでも、二人が極大なダメージを受けもだえ苦しんでいるのは事実に違いない。
 死者たちが齎した思念はそれだけ強いという事だった。
 誰より実感しているのは──魔戒騎士たる涼邑零だっただろう。

「──」

 そして──敵が今、エターナルローブの力さえも打ち消す、自らに等しい力を持っているという事も、彼らはすぐに理解できた。
 安心できる暇などなかった。

「……見たか」

 ──見れば、爆心地で、ユートピアは悠々と立ち構えていた。
 理想郷の杖を後ろ手に構えて、背を曲げる事なく立っているユートピアには、ダメージを受けた様子もまるでない。
 いや、それも、彼は──瞬時に回復する事が出来るのだ。
 自爆技でさえ彼にとってはほとんど意味のない話である。
 それ故に、ユートピアは確かに、最強の「魔王」としてその場に君臨していた。

「この体にコアがある限り、お前たちは私には勝てない……! 諦めるんだな……!」

 絶対的な自信とともに、ユートピアが、宣言する。
 まるで、自分だけにスポットライトが当たっているつもりのように、高らかに。
 喝采が返ってくるはずもない。彼が望む喝采は、ただ一人からの物だ。有象無象の拍手など何の意味も成さない。

「……くっ!」

 しかし、挑発的にそう言われた時に、先ほどまで地面に伏していた誰もが、立ち上がろうとした。
 今しがた、攻撃を受けたばかりのエターナルとブロッサムもだ。

(諦めるわけがない……!)

 諦めろ──と。
 その一言を聞いた時、彼らの中で、目の前の敵への対処法が生まれたのだ。
 そう、これまで自分たちがどうやって勝ち抜いてきたのか──その理由を反芻する。



『────諦めるな!』



 ──どんな相手を前にしても、誰も諦観などしなかった事だ。

「……だったら……要するにコアをぶちのめせばいいんだろ……!?」
「攻略法としては、簡単だな……! さっさと倒しちまおう……!!」

 ダブルとエターナルが、歯を食いしばりながら告げた。
 それからは、彼らのみならず、誰もそれから、ユートピアの脅威を前にも唾一つ飲み込む様子がなかった。

 全員が立ち上がっていた。
 ユートピアの能力は、本来ならば絶対的に相手にしたくないような能力に違いない。力の強さもわかっている。彼に攻撃された時の痛みも、反射的にユートピアを避けたくなる程に染みているはずだ。

 確かに、一人一人の力で勝てる相手ではないかもしれない……。
 しかしながら、こう言われた時、彼らにはそれと同等の力を得たという確証があったのである。──それは、理屈の上にはない物だった。
 彼らの力を受けたユートピアと違い、自分たちは彼らの想いを受け継いでいる。

 ──そうだ。

 彼らにとっての脅威はベリアルだ。
 この虚栄に満ちた門番ではないのだ。

「──っ!!」

 ……誰より先に、構えて前に出たのは、先ほどと同じく、高町ヴィヴィオという一人の格闘少女だった。






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最終更新:2016年01月06日 17:20