鬼舞辻無惨の総身が爆発を思わす激しい蠢動を見せた。
 それと同時に解き放たれた触腕の数は十二本にも達する。
 これは先程新宿事変の下手人の片割れ……カイドウと交戦していた時のものよりも多い。

 更に言うなら攻撃の勢いも、格段に先程のそれより激しかった。
 音に匹敵する速度で振るわれる触腕は、掠めただけでも骨肉を粉砕する恐るべき生体兵器だ。
 その上、仮に接触の際に自分の血を流し込むことに成功すれば――そこで勝負はほぼほぼ決まると来た。
 彼こそは鬼の始祖。千年に渡り、あらゆる虎の尾を踏み龍の逆鱗に触れてきた悪の親玉。
 本気の無惨が弱い筈はない。それは彼が、防戦一方と言えどもあの"四皇"相手に戦闘を成立させていたことからも窺える。

 にも関わらず――彼の表情は焦燥一色に染め上げられていた。
 彼ほどの規格外存在が、目の前の敵一体を壊す為に全力全霊を注いでいる。
 争いに喜悦を覚える人格障害を持たない無惨だ。
 彼がこれほど全力で戦った場面は、無惨がまだ洛陽を迎える前の永い生涯の中にあっても一度が精々だろう。
 だというのにだ。
 彼がそこまでしているのにも関わらず――始祖は未だ、その目的を達成出来ないまま手を拱かされていた。

「(何だ、この怪物は……これがあの腑抜けた面の小僧(ライダー)だと?)」

 先のカイドウとの戦い、無惨は本気でやるつもりなど毛頭なかった。
 戦う内に理解したからだ。これを相手に身を砕いて奮闘するのは無駄なことだと。
 だからもう一方の戦場が決着するまでの間、のらりくらりと戦いを引き伸ばし立ち回った。
 その態度はカイドウを酷く失望させたろうが、戦略としては間違いなく利口だったと言えよう。

 しかし、如何に無惨と言えど荒れ狂う鬼神(カイドウ)を足止めして無事で済む道理はない。
 覇気三種を全てカウンターストップの練度で扱いこなすカイドウの攻撃は、無惨の身体にそう簡単には癒えない疲弊と痛手を刻み付けた。
 千年間不滅の血肉を焼き続けた赫刀の傷痕とまでは行かずとも。
 向こう数時間の間は引き摺るだろう深い消耗を、無惨は生き延びる代償として支払う羽目になった。
 それ自体は無惨も自覚していたことだったが――連合如きが相手ならばこの状態でも問題はそう無いと侮った。

 そしてそれこそが、鬼舞辻無惨の最大の誤算。


「邪魔をするな……!」

 連合の許に姿を現すなり、無惨は目的の遂行の為に行動した。
 結果、目障りなマスターの干渉を今後一切シャットアウトすることには成功したが。
 神戸しおという新たな要石を簒奪せんとしたその行動は、完全に藪蛇だった。
 無惨が知っている、腑抜けた顔と態度の、お世辞にも優秀そうには見えないライダーのサーヴァント。
 彼が相手ならば確かに無惨はその目的を果たせていたかもしれない。

 が――結果から言えば。
 そこで彼を迎え撃ったチェンソーのライダーは、もはや人の姿形などしていなかった。

 十二本の触腕が同時に音速を突破し降り注ぐ。
 それが、まるで蛸の腕を包丁で断ち切るみたいに容易く切り裂かれた。
 すぐさま無惨は新たな腕を用立て/失った腕を再生させて追撃する。
 だがそれも結局は同じ末路を辿り。
 そしてその間にも一歩また一歩と、チェンソーの怪人は無惨の方に足を進めてくるのだ。
 鉄風雷火を遥か上回る無惨の攻勢の中を、そよ風か何かのように肩で風切り進む異形の面影。

「(あの女を回収して逃れるだけならば容易い。
  だというのに何故、このような塵屑に手間を取らされねばならんのだ……!)」

 実際――平時の無惨であれば、この状況から逃げ出すことは朝飯前だろう。
 鬼舞辻無惨は逃げることに関しては間違いなくプロフェッショナルだ。
 最強の鬼狩り相手に逃走を成功させ、人間の稼働可能年月を超える期間を潜伏に費やすことで逃げ切った逸話は伊達ではない。

 が、今の無惨はよりにもよって十八番の逃亡法が使えない状況にあった。
 肉体を爆裂させて肉片に分裂し、数と速度に飽かして逃げ遂せる。
 継国縁壱をすら欺いた一発逆転の手が、使えない。

 その理由こそが、カイドウが彼に数十分という時間をかけてしこたま蓄積させた覇気によるダメージだった。
 "自然"をも殴り倒す覇気の痛撃。それを幾度も幾度も受けた代償が、無惨の体内を亀裂のように駆け抜けている。
 この状態で肉体を弾けさせるのは、肉の露出した傷口に粗塩を擦り込むようなもの。

 分裂自体は出来たとしても――まず間違いなく追い付かれる。
 マスターを回収して逃げる、その前提条件が満たせない。
 故に無惨はらしくもない正面戦闘に全力を費やすことを余儀なくされていた。そうするしかないからだ。

「――退け」

 距離が一定まで詰まった状況に苦渋の念を抱きながら、無惨は衝撃波を数多、まるで砲弾のように目の前の敵手へと打ち込んでいく。
 その威力は言わずもがな絶大だ。
 さしものチェンソーもこれを脅威と看做したのか、進む足が一瞬止まる。
 逡巡の隙を抉じ開けるように殺到する痛打、痛打、痛打――人体破壊の暴風雨。
 思考時間(シンキングタイム)の限界がやって来たチェンソーは、それに対して。


 まあいいか、と。
 そんな言葉が聞こえてきそうな頷きを一つした。
 そして次の瞬間、彼は前進することを選んだ。
 無数のチェンソーを振り乱して衝撃波そのものを斬滅しつつ無惨の腕を軒並み切断する。
 しかし如何に彼でも、間近まで迫った衝撃の暴風を全て捌き切ることは出来ない。


 破壊が直撃する。
 その度に彼の身体が跳ねる。
 揺れる、拉げる。血が肉を切り裂いて溢れ出す。
 肉袋の中身をだくだく流しながら、前に進む。

 此処で無惨は――飛び退いた。
 一飛びで数十メートルをも移動出来るだろう人外の脚力。
 このままでは拙いと判断しての英断。
 だが――

 その首根っこを、チェンソーはあっさりと捕まえた。
 彼はただの鋸(ソー)を象徴した悪魔ではない。
 チェンソーの悪魔なのだ。であれば当然、鎖(チェーン)も彼は自由自在に操ることが出来る。
 伸ばしたチェーンを無惨の首に巻き付けて、逃げるところを喧嘩殺法宛ら自分の側へと引き寄せた。
 無茶な動きで頚椎が粉砕されたが、それしきで無惨が死ぬなら鬼狩りの剣士達はあれほど苦労はしなかったろう。

「ッッ……! 貴様!!」

 屈辱と怒りに焦げた瞳で、無惨は牙を剥き吠える。
 彼はその間にも抵抗の攻撃を打ち込もうと試みていたが、それよりもチェンソーが行動する方が早かった。
 頭のチェンソーが、鬼舞辻無惨の頭の天辺へと押し当てられる。
 水分を大量に含んだ鈍い音が、電ノコの駆動音と並行して奏であげられていき。
 無惨の頭頂部から股間までを文字通り一刀両断し――チェンソーの悪魔の総身を返り血と返り臓(モツ)で醜く汚した。

 惨殺、一閃。
 だが無惨は鬼の始祖だ。
 手足の欠損や肉体の爆散、それどころか全ての鬼に共通する"頸"という弱点すら克服した鬼の中の鬼なのだ。
 身体を両断された程度で無惨は死なない。行動不能にもならない。
 瞬時に傷を再生させ、その傍らで逃亡を試みる――無惨。
 けれど彼の不死は、此処までの"道中"で既にチェンソーの知るところとなっていた。
 だから悪魔は驚くでもなく、自分の不覚を嘆くでもなく。
 ただ淡々と、鬼滅(デーモンスレイ)を果たすべく"調理"を始めた。


 再生し始めた頭部を真横から輪切りにする。
 達磨落としのように消えていく無惨の貌。
 その傍らで両腕のチェンソーが無惨の腹へ食い込み、フル稼働で彼の血肉と内臓、そして骨を悉く細断して骨の多いミンチ肉に変えていく。
 無惨の激怒も焦燥も一切許さない。発声そのものを許さず解体する。
 触腕の発生さえ許さない。その前に切り刻んでしまうからだ。
 家畜の食肉処理の過程を映した映像と言われれば信じてしまいそうな、それほど凄惨で――淡々とした作業的殺生。


 再生しようとする、無惨。
 それを許さない、チェンソー。
 二人の無言の攻防は数分に及んだが、それは唐突な轟音によって断ち切られる。

 鬼舞辻無惨の切り刻まれた肉塊が、爆ぜたのだ。

 チェンソーの悪魔の身体が吹き飛ばされて、地面を転がる。
 血風の粉塵という惨たらしい景色の中で――ようやく再生を許された無惨が立ち上がった。
 が、その顔にしてやったりといった表情は一切ない。
 それもその筈。

「(何故……こうなる………)」

 今、彼が使ったのは……"分裂"だ。
 自らの肉体を起爆させて状況を立て直す一手。
 その判断自体は決して愚かなものではない。
 今の無惨はサーヴァントだ。
 鬼の始祖たる彼であっても――今となってはどうしても、魔力という概念に縛られる。

 絶え間ない再生はマスターの魔力を食い潰し。
 マスターの余力が切れれば、彼の不死とて翳る。
 それにそうでなくても、チェンソーによる"解体"は無惨にとって脅威すぎた。
 数を増やし、その上で常に体内を移動して位置を変え続ける無数の脳と心臓――普通ならば、それを隈なく同時に潰すなど不可能であるが。
 チェンソーの悪魔が彼にやった"解体"は、ともすればそれを可能としかねなかった。
 故に無惨は分裂を使ってでも、どうにかして逃れなければならなかったのだ――その代償が重いことを、覚悟した上で。

「(何故誰も彼も、私の道を阻む。
  鬼狩り共が長きに渡り想いを紡ぎ、この私を打ち倒した……あの光景には一度とはいえ感激を覚えもした。
  だが此度のこれは違う。あったのは身勝手な他人の癇癪だけだ。
  何故……何故、この私が――そんな下らぬ要因で追い詰められねばならぬというのだ)」

 立ち上がった無惨はもはや青息吐息だった。
 最強生物カイドウとの戦いで蓄積したダメージ。
 それを抱えた上で切った分裂という一手。
 その代償は疲労の激しい増幅となって、無惨の全身を激しく苛んでいる。
 鬼狩りとの千年の戦いが決着を結んだいつかの夜でさえ、無惨はこうも疲れ果ててはいなかったろう。

「(身体が、重い。肺腑が焼ける。
  手足は鉛のようだ。忌まわしい――忌まわしい、忌まわしい忌まわしい忌まわしい。
  違うぞ、消え失せろ。これは私ではない)」

 息が続かず途切れ、身体は脂汗を絶えず流す。
 不滅の筈の活力が執拗な破壊と疲弊の蓄積によって無残に崩れたその格好。

 今の彼の姿は、彼が鬼となる前。
 誰もに憐れまれ、しかしてその不快を覆す術すら持たなかった頃。
 人間だった頃の鬼舞辻無惨の姿を、英霊となった彼の身体に貼り付けたかのようであった。

「なんだ――その眼は」

 自分を見つめるチェンソーの瞳。
 それに無惨は青筋を立てる。

「私の顔色は悪く見えるか? 私の顔は青白いか? 病弱に見えるか?
 長く生きられないように見えるか? 死にそうに見えるか?」

 無惨の身体がぶくりと醜く膨張した。
 途端に溢れ出す、無数の触腕。
 その数は先程のそれを遥かに超えている。
 極限まで追い詰められたことにより、肉体同様に爆裂を迎えた感情。
 それが引き出した――打算の一切を抜きにした純粋な怒りを。
 カイドウとの戦いでこれを見せられていれば、彼の無惨に向ける印象も大きく違っていたかもしれない。

「違う違う違う――私は限りなく完璧に近い生物だ。
 貴様如き首輪付きの飼い犬が、一丁前に私を推し測った気になるな。万死に値するぞ身の程を弁えて死に腐れ」

 触腕の八割以上が血風に変わって飛び散る。
 残った二割が衝撃波を繰り出し、それがチェンソーに直撃する。
 だが耐え抜いて斬撃を放ち、それで無惨の本気は全て斬滅させられた。

 次に繰り出したのは肉塊の津波だった。
 無惨の細身な身体の中に詰まっているとは思えない、質量保存の法則を完全に無視した異常現象。
 触れただけでも致死に繋がる死の大波――チェンソーはそれを真っ向勝負で受けて立つ。
 津波の中を徒歩で越えていく不条理。
 致死の筈の血を大量に浴びながら、それでも小揺るぎもせずに歩み続け切り刻み続ける悪魔。
 が、此処までは無惨も想定通りだった。無惨は間違いなく激怒していたが――それでも馬鹿になってはいなかった。

「(数十年もの時間に耐え得る器を手放すのは惜しいが……背に腹は代えられん。
  貴様は精々相撲の勝ち負けに執着して喜んでいろ。私はその先に行く)」

 しおの方へと。
 過去最高速で走る、一撃。
 こうなってはもう仕方がない。
 神戸しおを器に据える未来は、諦めた。
 目先の生を掴むための一手――この怪人さえどうにか出来れば連合など烏合の衆だと。
 そう確信しての、まさに起死回生の一手だった。

 事実。
 覚醒を果たした死柄木弔ではあったが、しかし彼と無惨は相性が悪い。
 無惨であれば弔を、崩壊を打つ前に殺すことが出来るし。
 そうでなくとも衝撃波を連打しているだけで、弔はおろかその取り巻き達さえ皆殺しにすることが出来る。
 それだけの力を秘めたサーヴァントなのだ、鬼舞辻無惨という狂戦士(バーサーカー)は。

 が――その"最適解"を、チェンソーマンは暴力という名のさらなる"最適解"で打ち破る。


 肉と血の津波をモーゼ宛らに断ち割って。
 チェンソーマンは――跳び上がった。
 そしてチェーンを伸ばし、無惨の放った必殺の触腕に追い付かせる。
 そこに食い込ませたチェーンを手繰るようにして、後の先で今度は彼自身がしおを狙った攻撃へと追い付いて。
 そのまま、羽虫でも払い除けるみたいに蹴散らした。
 鬼舞辻無惨の起死回生の一手が、まるで予定調和のように地に落ちる。

「――――――――ッ」

 そうなれば次に狙われるのは言わずもがな、無惨本体だ。
 近寄るな。来るな、来るな来るな来るな――放つ触腕、衝撃波、致死の血、全ての御業。
 殺す。邪魔だ、邪魔だ邪魔だ邪魔だ――切り刻む、切り刻む。切り刻む、全て切り刻む。
 肉とチェンソー。二つがせめぎ合った結果など端から見えていて。
 そしてその通りに、チェンソーマンは無惨の猛攻を乗り越えて彼の目前にまで迫った。

 無惨が何かするのを待たずして、彼の手足が宙を舞う。
 再生するならその前に、肉が盛り上がった瞬間に切り落とす。
 チェンソーマンが振り下ろした足が、まるで楔のように無惨の腹を貫いて地面に縫い止めた。

「――――――――」

 怒りで言葉も出て来ない。
 貴様如きが私を足蹴にするなと、無惨の脳細胞の全てがそう咆哮している。
 だがそんなことは構うものかと、チェンソーマンは無惨の肉体を切り刻み続けた。
 抵抗の余地がない。仕方なく再度の分裂をするが――今度は距離を取ることすら出来なかった。

 像を結んだ瞬間に、チェンソーが無惨の胸板を貫いて地に再び縫い止める。
 像を結ばずに逃げていればこうはならなかったかもしれないが、そうなればマスターは相手の手に落ちてしまう。
 鬼舞辻無惨は今も変わらず強壮な存在だが。
 しかし、今の彼は他人のことを言えない嗤えない"首輪付き"だった。
 どれだけ嫌悪していても、唾棄していても――結局無惨はマスターという名の呪縛から逃れられない。
 だからこうなる。今、無惨は完全に詰んでいた。



「女! 何とかしろ!! 一度くらいは――――私の役に立ってみせろ!!!」



 逃げられない。
 歯向かえない。
 何も出来ない。
 全ての"詰み"の要素が揃った無惨が最後に頼ったのは、あれほどまでに嫌悪していた己の主だった。
 無惨自身ではもう状況を変えられない。
 無惨が何をしても、チェンソーの悪魔はそれを越えてくる。
 彼が現界を保てなくなるまでにはまだまだ時間がある。

 だから無惨は――マスターを。
 己が要石と呼んだ狂った女に、何とかしろと叫び散らすしかなかった。
 それだけの無様を晒さなければにっちもさっちも行かない状況が、今此処にはあって。

 故にこそ、無惨の浅慮が際立つ形となってしまった。
 有無を言わさず声帯を潰す、そんな短絡な手を打ってさえいなければ。
 一方的に嫌悪と憎悪を募らせるのではなく、一度でも対話の姿勢を見せてさえいれば。
 この局面でマスターに令呪を使って貰い、一時的な超ブーストで以って逃げ遂せることも不可能ではなかったろう。

 だが――それはもう出来ない。
 その"もしも"には、頼れない。
 令呪を使うには発声を行う必要がある。
 けれど無惨のマスターである彼女は、喋れない。
 彼女の声帯は他でもない無惨が、潰してしまったからだ。
 始祖の咆哮は虚しく、こだまを響かせ轟いていた。

 そして。
 何の力もない、正真正銘ただの要石と化した、無力な女は――


◆◆


「――え?」

 その手は、しおの手を取らなかった。
 それをすり抜けて、少女の細い首へと伸びた。
 ぐ、と首を握る、女の両手。
 何が何だか理解出来ない様子のしおをよそに、女はゆっくりと力を込める。

「なんで……」

 言葉を返せないことを、女は申し訳なく思った。惜しいとも思った。
 そのまま身を起こして、首を絞める手に力を込める。
 驚いたままの少女の口から、ぁ……と小さく声が漏れた。

「(ごめんね、しおちゃん。あなたは本当に優しい子。こんなになってしまっても、"さとうちゃんの叔母"を殺せなかった)」

 彼女の姪である松坂さとうならば、きっと鬼舞辻無惨という難儀な人格のサーヴァントと上手くやっていくことも可能だったろう。
 彼の癇癪を適度に諌めつつ、その機嫌を保ちながら彼の力を有効に活用する、そんな綱渡りも可能だったに違いない。
 が、この女にそれは無理だった。何故なら松坂さとうの叔母であるこの女は、言うなれば狂おしい愛のその原液だから。
 常に毒々しい愛を曝け出している彼女では、無惨に対して嫌悪と憎悪以外のものを与えられない。

 故に、きっと生きるための最適解はしおの手を取ることだったと言える。
 連合もといそのブレインであるモリアーティも、彼女のことを無碍にはしなかったろう。
 令呪がある以上は一定以上の利用価値は見出だせるだろうし――首尾よくはぐれサーヴァントと行き合えれば戦力として復帰してくれる未来もある。

「(どうか勘違いしないでね。おばさんは、あなたやさとうちゃんのことを嫌いになったわけじゃないの。
  あなた達に幸せになってほしい気持ちは嘘じゃないわ。声に出しては伝えられなくなっちゃったけど……伝わってくれたらうれしいな)」

 そのことが分からないほど、女は馬鹿ではない。
 彼女は異常ではあっても、白痴ではないのだ。
 しおの手を取れば。無惨を捨てて連合に与する道を選べば。
 きっと自分は、まだ生き延びられる――ちゃんとそう理解していた。
 理解した上で、この道を選んだ。
 全てちゃんと分かった上で、松坂さとうの叔母は、姪の"愛する人"の首を絞めたのだ。

「(でも、ね? おばさんは今、"あの子"のマスターでもあるの。
  あの子はとても怒りん坊さんで、だからみんなに嫌われて、遠ざけられてしまうけど……)」

 松坂さとうの叔母は。
 万人、その全てを愛する狂人である。
 それは自分の家を訪ねてきた警官が相手でも、世界も生死も時空も超えた異界で巡り合った悪鬼が相手でも変わらない。
 彼女は万人に平等に愛を注ぐ。そうすることこそを生き甲斐として、此処まで歳を重ねてきた。

「(愛してくれるひとが誰もいない、なんて――かわいそうでしょう?)」

 ――だからこそ。
 彼女は事この期に及んでも、まだ鬼舞辻無惨というサーヴァントを捨ててはいなかったのだ。
 喉を破られて、声を出すことを封じられても。
 生きて魔力を供給するだけの肉袋にされたとしても。
 それでもまだ、女は無惨という救い難い魂に曇りのない愛情を向けていた。
 私は、あの子のマスターだから。
 その想いを胸に、さとうの叔母は神戸しおの首を絞める手にに力を込める。

 なんで。
 そう、しおの口が動いた。

 ごめんね。
 改めて女は、声を出せない口でそう紡ぐ。

「(ますますさとうちゃんに嫌われちゃうなあ。こんなことしてたら……)」

 けれどこんなものは所詮悪足掻きだ。
 そのことも、女はしっかりと承知していた。
 何故ならこの場において、神戸しおは一人ではないからだ。
 そして、まさにその認識の通りに。

 次の瞬間――女の首に血塗れのチェーンが巻き付いた。

「あ……」

 首を絞める手から力が抜ける。
 その時にはもう、女の首は捩じ切られていた。
 チェーンを絞首刑宛らに絞め、そのまま女の細首を捩じ切ったのだ。
 鮮血を飛沫させながら宙を舞う首。
 それを、しおは茫然と口を開けたまま見送るしかないでいた。
 その姿を、肉体が完全に死ぬまでの僅かな時間で見つめながら――女は述懐する。

「(ごめんねえ、鬼舞辻くん。
  私結局、あなたに愛を届けられなかったみたい。
  邪魔だったわよね。鬱陶しかったわよね。
  うふふ。でも私は、あなたのこと、本当に愛していたのよ?)」

 愛してあげると決めたのに。
 結局、自分の愛は彼に届かなかった。
 そのことは愛を生きる意味としている彼女にとって、小さくない後悔だった。
 事実、無惨は彼女の存在にもその"愛"にも、一度とて絆されはしなかった。
 無惨の中にあった感情は最初から最後まで、嫌悪と憎悪の二色だけだ。
 ソレ以外のものなど、欠片たりとてありはしなかった。

「(……私は、最後の最後で"愛する"ことに失敗しちゃったけど……)」

 宙を舞う首が地面に墜ちる前に。
 女は、確かに微かに笑っていた。
 憐憫のようにも自嘲のようにも見える、その笑顔。
 だけどその実、女が心の中で想っていたのは――

「(しおちゃん。さとうちゃん。あなたたちは、どうか)」

 自分が親代わりになって育てた姪。
 そして、その姪が見つけた"愛する人"。
 その二人の過去と現在と、そして未来に思いを馳せて。

「(――お幸せにね)」

 最後の最後に初めて、親(おとな)らしい言葉(いのり)を吐いて。

 それが最後の思考だった。
 首は血溜まりにぼとりと落ちて、目も口も二度と開かない。
 愛を信じ、愛に生きた無名の狂人は、死んだ。
 最後の最後まで、自分の生とその愛に疑問を抱くことはなく。

 狂おしいまま、狂おしく誰もを愛したまま。
 彼女達の未来(ハッピーシュガーライフ)を言祝ぎながら、界聖杯の裡へと溶けて逝った。


【本名不詳(松坂さとうの叔母)@ハッピーシュガーライフ  死亡】


◆◆


 ――その光景を。
 確かに鬼舞辻無惨は、見ていた。
 己の要石が壊れる光景を。
 彼女の首が千切れ飛び、地面に墜ちるまでの一部始終を。
 その全てを見届けた無惨は、叫んだ。
 ありったけ。彼女に対する万感の想いを込めて、吠えた。

「何をしている! この……役立たずが―――!!」

 それは、心胆からの絶叫だった。
 ふざけるな。ふざけるな、巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな……!

「貴様如きの、為に! 私が、一体どれほど!
 どれほど、手間取らされたと想っているのだアア―――!!」

 とうとう一度たりとも、あの女は無惨に報いることなどなかった。
 それどころかたった一つ。要石としての役割すら果たさずに死んでのけた。
 無惨の堪忍袋が爆裂する。癇癪などという言葉では表し切れない憤怒が彼の精神を噴火させる。
 結局"松坂"という苗字以外は、下の名前すら記憶に留めることのなかったマスター。
 無惨にとっては彼女の存在、言動、行動、末路……その全てが、"呪い"だった。

 阿鼻地獄の責苦の果てに辿り着いた英霊の座。
 浄化されることなき魂が抱いた、渇望。
 それをにやにやと嘲笑いながら、地平線の彼方に向かおうとする足に縋り付く魑魅魍魎。
 印象がそれ以下に墜ちることはあっても、以上になることは決してない。

 文字通り、何一つ無惨に齎さない――支障だけを生む存在だった。

「(死んでなどやるものか、滅んでなどやるものか!
  私の悲願は、想いは、こんな所で石槫のように蹴散らされていいものでは断じてない!
  今度こそ至らねばならない、叶えねばならない……!!)」

 無惨の無数の脳が再生をしながら、高速で思考を回転させる。
 バーサーカークラスのサーヴァントは普通、マスター無しでの現界を可能とする単独行動系のスキルを所持しない。
 が、無惨の"生きることに何処までも特化した性質"は英霊となった彼の霊基に多少のプラス補正を与えていた。
 だからすぐに消滅には至らない――そう長時間の現界継続は不可能でも、あと一時間程度であれば無惨は要石無しでこの世にのさばれる。

「(此処を、切り抜けられさえすれば……!)」

 無惨が爆ぜる。
 しかし、分裂ではない。
 彼の血鬼術である衝撃波の炸裂を、なりふり構わず全方位に向けて解き放ったのだ。
 普通なら連合の構成員共すら巻き込める筈の一撃は、極度の消耗とマスターの不在という二つの理由が災いして惨めなほどその規模を減退させる。
 それでも間近で喰らえば骨肉が砕けて拉げるが――今宵、鬼舞辻無惨に突き付けられた"死"は人の手によるものではない。

 チェンソーマン、健在。
 瞬く間の斬撃で無惨の腹を切断する。
 接着させている隙はない。
 無惨が取った手は――触腕を百足のように傷口から生やし、屈辱を焦燥の炎で蒸発させながら、這いずってでも逃げ遂せる策だった。

「(逃げられさえ、すれば……!)」


 当然――――逃さない。


 逃しなどしない。
 彼は、一度殺すと決めた敵は地獄の果てまででも追い掛ける。
 無惨に追い付いたチェンソーの悪魔が、その上に跨って彼の五体を八つ裂きにした。
 噴水のように撒き散らされる肉と胃、肝、血、脳漿に細胞。
 その全てが、悪魔の大きく開いたアギトに喰らわれていく。
 それだけでは飽き足らず、悪魔は再生を始めながらも離脱を図ろうとした無惨の肉体を鷲掴みにし、そこに齧り付いた。

「おぉぉおおおお゛おお゛お゛お゛おおお゛オオオオ゛オ゛――――!」

 無惨が吠える。
 断末魔などではない、これは生きる為に足掻く咆哮だ。

 千年に渡り、数多の人間を喰らってきた。
 生み出した同族達にも、人喰いを強いてきた。
 己に殺されるのは天災だと思えと臆面もなくそう言って――悪びれることもなく屍の山を築いてきた。
 その男が、今捕食者から被食者に堕ちる。
 鬼(あくま)を喰らう悪魔(おに)の口腔に、無惨の最後の脳と心臓が収まっていく。

「貴ィ、様ァアァアアアアアアアアアアア――――!」

 今度のは、正真正銘。
 鬼の始祖の断末魔だった。
 増やした脳と心臓の悉くを喰われ――彼を彼(おに)たらしめる細胞の大半を喰われ。
 もはやそこにあるのは分裂や逃走はおろか、再生することすら覚束ない肉の塊だ。

 牙が落ちてくる。
 鬼舞辻無惨を裁く悪魔の歯が。
 牙が落ちれば肉が潰れて、咀嚼され、唾液と混ざって喉の奥に流されていく。
 その意味するところは、死よりも重い。

 ナチス。第二次世界大戦。古代兵器。アーノロン症候群。神霊種(オールドデウス)。魔女幻想。租唖。
 比尾山大噴火。ノットレイダー。エイズ。核戦争。厄災の流れ。牛の首。超高速時間逆行消滅弾(ニュートリノマグナム)。
 彼の世界で彼に殺され喰らわれた数多の悪魔達と同じように。例外なく。
 彼が殺し喰らった悪魔は――この世からその存在もろとも消えてなくなる。

 鬼舞辻無惨の名がそこに登録されたことの意味。
 それは、彼が此処に現界した事実全ての否定に他ならなかった。
 英霊の座からの消去などという芸当は、零落し、サーヴァントの型に押し込まれた今は不可能なれど。
 少なくともこの"界聖杯"という世界から、一人の男の存在を過去、現在、未来永劫に消し去ることくらいであれば造作もない。
 ごくん。チェンソーの悪魔の喉が動いて、鬼■辻無惨だったものが完全に嚥下された。


 鬼■辻■惨。
 誰からも愛されず、また自身も誰も愛することのなかった獣。
 殺し、踏み潰し、利用し、全ての他者を自分の糧としてしか捉えられない破綻者。
 同じ破綻者が奏でる愛の言葉は彼には届かず。
 彼はその甘い愛情の全てを、呪いであると吐き捨てた。
 いや。事実、その通りだったのだろう。
 ■惨は愛など求めていない。求められない。そういう風に出来ていないのだ。

 故に彼は、彼という自我(エゴ)の化身は、聖杯戦争最初の脱落者となってこの世界から消える。
 停滞のみを望み、故にあらゆる変化を拒絶して、そうやって生きることを貫いた最初の鬼。
 その怒りは、怨念は、もうこの世の誰にも届かない。
 ■■辻■惨などというサーヴァントは――この界聖杯には存在しなかった。


 そういうことに、なったのだ。


【バーサーカー(鬼舞辻無惨)@鬼滅の刃  存在抹消】


【備考】
 ※バーサーカー(鬼舞辻無惨@鬼滅の刃)はチェンソーの悪魔に捕食されました。
  今後徐々に彼の存在は全マスター・サーヴァントの記憶から消滅していきます。
  現時点では「真名、クラス、外見などを思い出す際に記憶が判然としなくなる」程度ですが、三時間も経過すれば大半の参加者は無惨の情報全てを思い出せなくなるでしょう。


◆◆


「――で、なんで手出しさせなかったんだよ」

 四ツ橋力也が本社崩落に巻き込まれていなかったことは、連合にとって本当に幸運だった。
 本社近辺の異変を察知した力也はモリアーティの合図がある前から、逃亡用の車両や人員を待機させていてくれたのだ。
 先の新宿事変に公的機関の大半が出払っている状況で、なおかつ先ほど盛大にぶっ放した"崩壊"の影響もある。
 その上デトネラット周辺の監視カメラは軒並み――四ツ橋のシンパであり、連合の協力者のIT会社で製造されている機種だ。
 少なくとも普通の手段では連合の向かう先も、此処であったことの真実も特定出来ないだろう。
 それが出来るのはもう一匹の若き蜘蛛のような、ごく一部の例外のみに絞られるに違いない。

「例の極道野郎から貰った麻薬を試すいい機会だったのに。
 そうじゃなくても、俺や極道が加勢(まざ)ってればもっと手っ取り早くどうにか出来たんじゃねえのか」
「驕ってはいけないよ、死柄木弔。君の悪い癖だ。
 あのサーヴァントは見たところ、我々連合にとって非常に相性の悪い敵だった。
 むしろ集団で叩こうとすることこそ愚策だったろう。最悪、犠牲者が出ていたかもしれない」
「……理屈は分かるが、面白くねえな。もう少しブッ壊してやりたかったよ」
「それに」

 連合も随分と大所帯になった。
 よって撤退及び新拠点への移動に用いる車両も、二台に分けている。
 こちらの車両にはモリアーティと死柄木弔。そして二人ともぐっすり眠っている、神戸しおデンジだった。
 デンジの姿はもう、弔達にとって見慣れたいつもの少年のものに戻っている。
 あの場で鬼の始祖を喰らい終えるなり――だ。大方、圧倒しているように見えて存外ダメージを負っていたのだろう。限界が来たというわけだ。

「"お別れ"というのは、早い内に経験しておいた方がいい」
「ハッ。アンタ、マジで絆されてんじゃねえだろうな」
「まさか。情と理は分けて考えられるタイプだよ、今の私はネ」

 ただ、重ね重ね言うが競争相手が居るということは大事なのだ。
 今の段階に胡座を掻いてそれで満足出来るならいざ知らず。
 弔も、そして他でもないモリアーティもそうはならずに未来を見ている。

 であれば――いずれ来る破滅に向けて、物語を加速させられる要員は多いに越したことはない。
 鬼舞辻無惨という、ジェームズ・モリアーティをして予測不可能な側面のあった時限爆弾。
 それを処理しつつ、競走相手の役割を更に遺憾なく発揮してくれるようになるというならモリアーティ達にとっては万々歳だ。
 連合は完成しつつある。いずれ来る終局的犯罪(カタストロフ・クライム)に向けて、着々と歩みを進められている。

「時にだが。
 身体の調子はどうかね」

「……ああ」

 覚醒の代償として負った大小様々な傷の数々。
 右腕などは放っておけば命に関わるほどの重傷だった筈だが、今の弔は服こそボロボロなものの、身体の方は傷一つない健康体に快調していた。
 ただ一つ平時と違うところがあるとすれば……眼の周りに奇妙な、亀裂のような紋様が浮かび上がっていることだろうか。


「すこぶる良い。どの世界でも、極道(ヤクザ)ってのはいい薬作るよな」


【豊島区・池袋→移動開始/デトネラット本社ビル跡地→移動開始/二日目・未明】

死柄木弔@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:健康、覚醒、『地獄への回数券(ヘルズ・クーポン)』服用
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]基本方針:界聖杯を手に入れ、全てをブッ壊す力を得る。
0:さぁ――行こうか。
1:勝つのは連合(俺達)だ。
2:四皇を殺す。
3:便利だな、麻薬(これ)。
[備考]
※個性の出力が大きく上昇しました。

【アーチャー(ジェームズ・モリアーティ)@Fate/Grand Order】
[状態]:腰痛(中)、令呪『本戦三日目に入るまで、星野アイ及びそのライダーを尊重しろ』
[装備]:超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』@Fate/Grand Order
[道具]:なし?
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:死柄木弔の"完成"を見届ける
0:さて、それでは体勢を立て直そうか!
1:蜘蛛は卵を産み育てるもの。連合の戦力充実に注力。
2:連合員への周知を図り、課題『グラス・チルドレン殲滅作戦』を実行。各陣営で反対されなければWの陣営と同盟
3:禪院君とアイ君達の折衝を取り計らう。あわよくば彼も連合に加えたいところだがあくまでも慎重に。
4:しお君とライダー(デンジ)は面白い。マスターの良い競争相手になるかもしれない。
5:田中一を連合に勧誘。松坂女史のバーサーカーと対面させてマスター鞍替えの興味を示すか確かめる
6:…もう一度彼(ウィリアム・ジェームズ・モリアーティ)に連絡しておいた方がいいね、これは。
[備考]※デトネラット社代表取締役社長、四ツ橋力也はモリアーティの傘下です。
デトネラットの他にも心求党、Feel Good Inc.、集瑛社(いずれも、@僕のヒーローアカデミア)などの団体が彼に掌握されています。
※禪院(伏黒甚爾)と協調した四ツ橋力也を通じて283プロダクションの動きをある程度把握していました。
※アルターエゴ・リンボ(蘆屋道満)から"窮極の地獄界曼荼羅"の概要を聞きました。また彼の真名も知りました。
アラフィフ「これ先に知れて本当によかったなァ~…(クソデカ溜め息)」
田中一からアサシン(吉良吉影)と仁科鳥子によるリンボ奇襲の作戦を聞きました。(詳細は田中が知らないので不明)。
アサシン(吉良吉影)の能力の一部も知りました(真名は田中が知らないので不明)。
星野アイおよびそのライダーから、ガムテ&ビッグ・マムの情報および一日目・夕方までの動向を聞きました


◆◆


「いや、生きた心地しないが」

 それはこっちの台詞だよ、と思いながら俺は後部座席の端っこで真横の女にちらちら目線を送っていた。
 トップアイドル、星野アイ。俺でさえその名前は知ってる。別に特別ファンってわけじゃなかったけど。
 でもこうして実際に見てみると――月並みな言い方になるけどオーラが違った。
 住む世界が違う。生きる世界が違う。自分とは違う生き物なんだって、一挙一動のその全部から思い知らされる。
 そんな女の手に、俺と同じ令呪がはっきり刻まれてるのを見ると……ただでさえ茹だり気味の脳ミソが余計にバグり散らかしちまいそうだった。

「死柄木くんってあんな強いの? しおちゃんのライダーくん、なんか途中から顔違くなかった?」
「蜘蛛の旦那が言ってたろ。ありゃ"顔が違う"とかじゃなくて、真実(マジ)で似非(ベツモン)なんだよ」

 不安と恐怖に心をぎちぎちに縛られて。
 それでも止まれなくて、歩んで、歩んで。
 そうしてたどり着いた先で見たあの景色を、俺は多分今後死ぬまで忘れられないと思う。
 視界が続かないほど先まで吹き飛んだ、つまらない街。日常は、アイツの背景で消しカスの山になっていた。

「ヤバいかな。私、多分あの子に嫌われてると思うんだよね」
「まあ大丈夫だろ。私怨で戦力(サーヴァント)一体フイにするほど馬鹿には見えなかったよ、あのガキは。
 それにそういう万一のことを考えて、オレが契約(ナシ)付けといたんだ」

 連合(やつら)は当分、オレ達の味方と見ていいだろうぜ。
 そう言って煙草を吹かし――Mのオヤジには注意が必要だろうがな、と付け足すのはアイのライダーだ。
 一つの陣営に二人ライダーが居るってのはなんともこんがらがる話だったけど、サーヴァントの数はそっくりそのまま陣営の強さだ。
 俺は勝ち馬に乗れた。そう確信して、拳を握る。
 もうあのヘタレ殺人鬼の影に怯える必要はないんだと、ようやく心が恐怖に打ち勝ち始めてるのが分かった。

「(此処からは……俺の、リベンジだ。
  この世界じゃなきゃ辿り着けない――アイツの許でしか実現の出来ない、究極の田中革命が始まるんだ……)」

 死柄木。
 そうだ、死柄木だ。
 アイツの姿に俺は光を見た――いや、違うな。
 俺は、地獄を見た。
 リンボの語ってくれたそれに並ぶような、世界の終わりを垣間見た。

 俺はもう戻らないし、戻れない。
 何なら今すぐにでも令呪を使って、あのアサシンを自害させてしまっても構わないと思えた。
 代えのサーヴァントをどうするかって問題はあるけど、そこはMに相談すればいいんじゃないのか?
 心臓が高鳴る。今度は恐怖じゃなく――紛れもない、高揚で。


「あ、そうだ。――自己紹介まだだったよね。
 星野アイです。こっちはサーヴァントのライダー。しおちゃんのとこの子と紛らわしかったら、ヤクザのライダーとでも呼んであげて」
「あ……は、はい。俺の方こそ、よろしくお願いします。俺は……」

 ああくそ、上手く話せない。
 元々ろくに女性経験なんてもののない俺にとって、男付きとはいえアイドルとこの閉鎖空間で話すってのは刺激がでかすぎた。
 でも今はそのやきもきとした感覚すら、心地よく感じられて。

田中一、です。田中って呼んでください」
「ん、こっちこそよろしくね。田中」
「え、呼び捨て?」

 そこで、ふと。
 あ――と、思った。
 ポケットの中に写真がない。
 ……落としてきちまったかな。封印、解けてないといいんだけど。


星野アイ@推しの子】
[状態]:疲労(中)、脱力感
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:当面、生活できる程度の貯金はあり(アイドルとしての収入)
[思考・状況]基本方針:子どもたちが待っている家に帰る。
0:マジか。(弔の破壊した町並みを見ながら)
1:いや、生きた心地しないが?
2:ガムテ君たちについては殺島の判断を信用。櫻木真乃についてはいったんMに任せる。
3:敵連合の一員として行動。ただし信用はしない。
4:あさひくん達は捨て置く。もう利用するには厄介なことになりすぎている。
[備考]
櫻木真乃紙越空魚、M(ジェームズ・モリアーティ)との連絡先を交換しています。
※グラス・チルドレンの情報をM側に伝えました。

【ライダー(殺島飛露鬼)@忍者と極道】
[状態]:疲労(小)、魔力消費(小)
[装備]:大型の回転式拳銃(二丁)&予備拳銃
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]基本方針:アイを帰るべき家へと送迎(おく)るため、聖杯戦争に勝ち残る。
1:アイの方針に従う。
2:M達との協力関係を重視。だが油断はしない。厄(ヤバ)くなれば殺す。
3:ガムテたちとは絶対に組めない。アイツは玄人(プロ)だしそれに――啖呵も切っちまった。
4:アヴェンジャー(デッドプール)についてはアサシンに一任。
[備考]
※アサシン(伏黒甚爾)から、彼がマスターの可能性があると踏んだ芸能関係者達の顔写真を受け取っています。
現在判明しているのは櫻木真乃のみですが、他にマスターが居るかどうかについては後続の書き手さんにお任せいたします。
※スキルで生成した『地獄への招待券』は譲渡が可能です。サーヴァントへ譲渡した場合も効き目があるかどうかは後の話の裁定に従います。

田中一@オッドタクシー】
[状態]:吉良親子への怒りと失望、吉良吉影への恐怖、地獄への渇望、高揚感
[令呪]:残り三画
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン(私用)、ナイフ、拳銃(6発、予備弾薬なし)、蘆屋道満の護符×4
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]基本方針:『田中革命』。
0:あぁ…これだ。これだったんだ。
1:リンボの意向に従う。アサシンは切った。
2:敵は皆殺し。どんな手段も厭わない。
3:SNSは随時チェック。地道だけど、気の遠くなるような作業には慣れてる。
4:リンボに“鞍替え”して地獄界曼荼羅を実現させたい。ただ、具体的な方策は未だ無い。
5:峰津院大和のことは、保留。その危険度は理解した。
6:星野アイ、めちゃくちゃかわいいな……
7:おやじがない。どっかに落としたか……?
[備考]
※界聖杯東京の境界を認識しました。景色は変わらずに続いているものの、どれだけ進もうと永遠に「23区外へと辿り着けない」ようになっています。
※アルターエゴ(蘆屋道満)から護符を受け取りました。使い捨てですが身を守るのに使えます。


◆◆


「悪いな、ポチタ。色々任せちまってよ」

 何もない、白い白い世界の中に少年は立っていた。
 チェンソーの悪魔の器、デンジ
 彼がポチタという存在の容れ物として呼び出された彼に、それ以上の存在価値は本来ない。
 チェンソーの悪魔は単純にサーヴァントとして召喚するには、あまりにも霊基の桁が巨大すぎるから。
 だからデンジというクッションを一つ間に噛ませて、そうして初めて召喚することが叶うのだ。

 ――気にすることはない。むしろ私の方こそすまないね。
 ――君を眠りから起こさねばならなかった。そうしなければ呼び声に応えることも出来ないんだ、この身体じゃ。

「それはいいんだけどよ~……クソ。
 中途半端なところから呼び出してくれやがったぜ、界聖杯の奴も。
 どうせならあの後……もっと強くなった俺を呼びやがれってんだよ」

 デンジは決して強いサーヴァントではない。
 令呪を使って初めて呼び出すことの適う、チェンソーの悪魔本体に比べれば見るも無残に弱々しい。
 本人もそのことについては自覚していて、だからこそこのように自虐を吐いたが。
 そんな彼に対してチェンソーはおどろおどろしさの欠片もない、犬(ポチタ)の姿でニコリと破顔した。

 ――そんなことはない。
 ――君は今でも十分に強いよ、デンジ

 支配の悪魔を殺し。
 幼年期という名の誰そ彼時を超えた、その時間から呼び出されている彼が弱い訳などないのだと。
 彼の中に眠るチェンソーの悪魔は、そう称賛する。
 デンジとしても褒められて悪い気はしない。
 しない、が――。気付けば彼は自分の"相棒"に、問いを投げかけていた。

「なあ、ポチタ。俺……これで本当に良いのかな」

 ――その質問に対する回答を、私は持っていないんだ。

 困ったようにポチタが笑う。
 でも、と彼は続けた。

 ――その子のそばにいてあげて。
 ――それが出来るのは、今は君だけだから。

 ああ、分かってるよ。
 言われなくても分かってんだ、そんなこと――。
 まるで親に宿題を急かされた子どものように唇を尖らせたデンジ
 それにまた笑ってみせる、ポチタ。
 その光景を最後に、意識が浮上して、白の世界が幽けく霞んで……


◆◆


「……いままで、ありがとうございました」

 目を覚ます。
 すぐさま耳に、たどたどしい寝言が届いた。

「おやすみなさい、おばさん」

 はあ、とため息が一つこぼれる。
 自分の頭をぐしゃぐしゃと掻いてから、ぽんぽん、と彼女の頭に触った。


 幼年期の終わり。
 それはデンジにとっても、経験のある痛みだったから。


神戸しお@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:疲労(中)、睡眠中
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数千円程度
[思考・状況]
基本方針:さとちゃんとの、永遠のハッピーシュガーライフを目指す。
1:……おやすみなさい、おばさん。
2:アイさんとらいだーさん(殺島)とは仲良くしたい。でも呼び方がまぎらわしいかも。どうしようねえ。
3:とむらくんとえむさん(モリアーティ)についてはとりあえず信用。えむさんといっしょにいれば賢くなれそう。
4:最後に戦うのは。とむらくんたちがいいな。
5:“お兄ちゃん”が、この先も生き延びたら―――。
6:れーじゅなくなっちゃった。だれかからわけてもらえないかなぁ。

【ライダー(デンジ)@チェンソーマン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円(しおよりも多い)
[思考・状況]
基本方針:サーヴァントとしての仕事をする。聖杯が手に入ったら女と美味い食い物に囲まれて幸せになりたい。
0:……寝覚め、最悪。
1:死柄木とジジイ(モリアーティ)は現状信用していない。特に後者。とはいえ前者もいけ好かない。
2:星野アイめちゃくちゃ可愛いじゃん……でも怖い……(割とよくある)
3:あの怪物ババア(シャーロット・リンリン)には二度と会いたくない。マジで思い出したくもない。
[備考]
※令呪一画で命令することで霊基を変質させ、チェンソーマンに代わることが可能です。
※元のデンジに戻るタイミングはしおの一存ですが、一度の令呪で一時間程の変身が可能なようです。




▼ 【マテリアルが更新されました】

【クラス】
ライダー

【真名】
チェンソーの悪魔

【出典】
チェンソーマン

【属性】
混沌・悪

【ステータス】
筋力A 耐久EX 敏捷A+ 魔力B 幸運D 宝具EX

【クラススキル】
対魔力:B+
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:A
 幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

【保有スキル】
悪魔:EX
 悪魔。キリスト教圏で定義されたそれではなく、"人間の恐怖心から生まれる"存在を指す。
 ライダーは"悪魔に最も恐れられた悪魔"として知られ、その存在は憧憬ないしは恐怖を以って悪魔達に記憶されている。
 故にランクは規格外。その上、悪魔並びに魔性の属性を持つ敵対者に対しては全判定に特効が加算される。

戦闘続行:EX
 原則不滅。死亡した場合でも、胸のスターターロープを引くことですぐさま復活する。
 令呪を用いてデンジの内側から出現した彼の復活及び全行動は、マスターに一切の魔力消費を齎さない。

契約の枷(きずな):A
 ライダーは現在、彼が器としている少年「デンジ」との契約に縛られている。
 平時ライダーの霊基や人格はデンジの内側に封じ込められ、それを解き放つには令呪一画の使用が不可欠。
 だが逆に言えば。その対価を支払う備えさえあれば、チェンソーの悪魔はいつ何時でも地上に舞い降りる。

【宝具】
『Chain saw man(チェンソーマン)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
悪魔に最も恐れられた悪魔、チェンソーの悪魔。
正確には彼が持つ、この世から数多の悪魔及びそれが象徴する概念を消し去ってきた驚異の権能を指す。
チェンソーマンに殺され、捕食された存在はこの世から完全に消滅し、一定の時間が経過すればその存在を思い出すことすら出来なくなる。
サーヴァントの身にまで零落している現在の彼では、真に世界そのものから対象を消し去ることは不可能だが、それでもこの界聖杯及びその内界の中から全記録・全記憶を永遠に消し去ることくらいは造作もない。

【weapon】
チェンソー

【人物背景】
地獄のヒーロー、チェンソーマン。
デンジの、生まれてはじめての友達。



時系列順


投下順


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094:崩壊-rebirth-(前編) 死柄木弔 113:僕の戦争(前編)
アーチャー(ジェームズ・モリアーティ
神戸しお 113:僕の戦争(前編)
ライダー(デンジ)
星野アイ 113:僕の戦争(前編)
ライダー(殺島飛露鬼)
さとうの叔母 GAME OVER
095:逃げるは恥だが役に立つ バーサーカー(鬼舞辻無惨) DELETE
094:崩壊-rebirth-(前編) 田中一 113:僕の戦争(前編)

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最終更新:2022年05月02日 23:34