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静原直樹

静原直樹(しずはらなおき)〈1947年4月ー2009年5月〉は、自由党・衆議院議員。総務大臣(室堂内閣)、内閣官房長官(第1次山口内閣)、自由党政策審議会長。

来歴

1947年4月、東京都出身。
いわゆる、名門家系の出身で、父系は日本海運社の創業家である静原家、母系は長州藩にルーツを持つ文部官吏の家系。
東京都立日比谷高等学校、東京大学法学部を卒業。大学在学中より、学生スタッフとして衆議院議員の「寺田信寅事務所」で活動を始める。その後、父の静原幹の秘書(日本海運社取締役会事務局付)、菅沼財団の会長秘書を務める。菅沼財団は、寺田信寅への献金元となっている。

政界入り

1979年、自由党公認候補選定会の選任を受けて、東京3区の自由党公認候補となる。1980年の第25回衆議院総選挙において、初当選。小選挙区制度への移行後、東京11区に転じて9回連続当選。当選同期の中には、2年前に没した寺田信寅の長男で、旧知の中でもある寺田頼朋がいる。

初当選以降、部会政治の中道を歩み、法務部会の

家族

妻 菅沼平子 菅沼財団会長・菅沼鹿嶋の娘
長男 静原康利 衆議院議員・外務大臣
次男 静原典英 日本海運社会長
三男 静原なおき 日本海運社社長・相談役
四男 菅沼登 北京海運航空公司社長・日中友好協会会長
長女 寺田みのり 寺田寅安・衆議院議員の妻
養子 寺田大樹 外務事務次官・駐中国大使
祖父 静原隆夫 日本海運社名誉会長
父 静原幹 日本海運社総帥
母 鵜向井静香 日本女子大学2代目学長・鵜向井奏志郎の次女
兄 静原康生 自由党・参議院議員
最終更新:2026年02月13日 18:15