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【未来王、海都へ】

 大いなる大海の底に大都を頂く海の都、ミズハミシマ。 ミズハの住民は大きく大別し2つに分かれ、それに合わせて生活圏も二分されている。
 まず一つは主に魚人や両生型及び水生型の爬虫人・竜人が住まい、主神シマハミスサノタツミノミコトとその妻にして祀族長オトヒメが座する首都ヨニカ・ゲア・カシを擁する海中都市部と、陸生型の爬虫人・竜人が多く住まい国外の多くの民にとっては玄関口ともなる陸上都市部である。
 これら2つの都市部には「水中で住めるものと住めない者」という以外の区分は無く、どちらの生まれであろうと、例え水中に住めない者が水中の都市に来るような事があろうとも、その逆であっても、平等にミズハの民であることに変わりはない。 主神の御力に満たされたミズハ国内では、国民は言うに及ばず国外からの来訪者であろうとも、海中の都市を訪れるに不具合がないように、逆に水中に住まうものが海上の都市部へ訪れるのに支障がないように、国内随所に主神の手による御霊験《みしるし》が布かれているのである。

 そんなミズハにあって、陸上に住まうものが水中に住まうものに対し取るべき配慮として特に有名なものがある。 それは「釣り禁止」である。 水中に住まうものにとって、垂らされた釣り糸は大変な脅威となり、この一点に関しては水中に住まうものからすると過敏に過ぎることもある反応を取ったとしても不思議ではない。 特にミズハは異世界でも特に商業的漁業と娯楽的漁業の双方が盛んな「ニッポン」と呼ばれる国家と「大ゲート」で接続されていることもあり、このことが一時期は国家的問題となったこともあるほどだ。
 結果として主神自ら発した「釣り禁止」の勅旨により、対外者を含めた娯楽的漁業を目的として来訪したものは、この勅旨が適用されない領域へ向かう必要がある。 だが、特に異世界よりの来訪者からすれば「異界の釣り場」であれば特に何処であろうと「異界では体験できない釣り」が出来れば勅旨はあまり気にしないようで、その辺りは上手く折り合いが付いているようである。

 そんなミズハの釣り場へ異界よりやってきた、一人の釣り人。 なんとか船を一艘借りて出立したはいいものの、外道はかりが続いて苛立っていたところに、これまでで最大規模に強いアタリを竿に感じ、大慌てで竿を手にする。
「く、っ・・・これは、大きい、ぞ・・・!」
 リールを巻く手は緊張の汗に濡れ、竿を支える手にも熱が篭る。
「そうだよ! これだよ! オレはこのアタリを待ってたんだ!」
 釣り人が叫ぶ。 その叫びが、力が、竿を通じアタリの手応えの元となるモノへ通じたのかは分からないが、モノは抵抗するかの如くに激しく動き出す。
「なんの、これ、しきぃぃぃ!」
 彼はカジキとの単身勝負にも挑み勝利を掴んだ経験を持つ男、多少アタリが激しい所で動じるほど小さな肝っ玉は持ち合わせていない。 逆に久しく感じていなかったファイティングスピリッツが赤々と燃え上がり、あたかも闘炎天を焼かんが如し。
 彼とアタリの主との一進一退の攻防も、やがて時を経るにつれ徐々に彼が優勢となりつつある。 そして時が来る。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁあっれぇぇぇぇぇ!?」

 釣れたのは、ミズハの大海に臨む太公望達の憧れの的である大魚ヨニャ・ナーシと・・・そのどてっ腹に決死の形相で噛み付く、猫人一匹であった。


未来王、海都へ



「いやー、やっと陸地に着けるよ・・・『向こう』のおっちゃん、サンキューな」
 この度目出度く釣り上げられた猫人、もといディエル=アマン=ヘサー(15)は、
釣りたてを火にかけ焙り焼くのみ。 手間など要らない。 薬味など要らない。
唯焼く、それこそが最高の調理法にして最高の美味
 と称されるヨニャ・ナーシの焼き身を御相伴に預かりつつ、ずぶ濡れの服と身を乾かしていた。
 スラヴィアにて参加する羽目になった(といっても自爆なのだが)「饗宴」の恩賞代わりとして髑髏王ヴェルルギュリウス伯爵に手配してもらった御車に身を委ねる最中、闖入してきたスラヴィア主神モルテの粋な計らい(という名のラ・ムール主神ラーとの共謀)により「小ゲート」に呑まれたディエルが辿り着いたのは、右も左も分からぬ大海のド真ん中。
 ただ生きる。 只管に生きる。 畜生いつかラーのヤツぶん殴ってやる。 その想いだけを薪として灼熱に滾る魂の炉にくべ、ディエルは必死に泳ぎ、荒波に揉まれ、泳ぐ魚を器用に光刃で捕らえて生のまま丸齧りにして飢えを凌ぐ。 もう日付の感覚も失うくらに泳いだ果てに、水面近くを引っ張られるように泳ぐヨニャ・ナーシを発見、捕食せんと噛み付き水中格闘を繰り広げていたところをヨニャ・ナーシ共々釣り上げられた次第である。
*1
 何か羽虫の鳴き声が聞こえるが、今のディエルには些事に構う余裕などない。 猫人としては体質的にあまり芳しくない水泳を何日も続け疲労の限界に達していたところに、ようやく辿り着いた憧れの陸地と凄まじく旨い焼き身の魚である。 異界の言葉に曰く「猫まっしぐら」状態、と言えば今の彼の心境を察するに容易いだろう。
 ディエルは異界の単位にして2mはあろうかというヨニャ・ナーシの巨躯を釣り人と折半して食い、その対価にラ・ムールやスラヴィアの話を聞かせることにした。 ディエルとしては、スラヴィアに行けば骨だけの魚が釣れるんだろうかと言い出した釣り人のバイタリティに驚嘆しつつも、ミズハの海最強最大の美味に舌鼓を打つのであった。

 その後、釣りロマンを求めての船旅にしばしの間付き合い、異界の釣りロマンを存分に堪能した釣り人と共にミズハの漁港へ辿り着く。 船旅の最後に荷造りを手伝ってやり、ディエルは釣り人と共にミズハミシマの地に降り立ち、釣り人に感謝の意を示し別れる事にした。
「ここがミズハミシマかぁ・・・ラ・ムールとは大違いだな」
*2
「ふむ・・・」
 難しいことは良く分からんが、と思いつつディエルは生まれて初めてのミズハミシマの町並みに目を向ける。 ラ・ムールのものとはまるで異なる方式で建てられた町並みに、ディエルはただただ左右を見回すばかり。
「に、してもだ。 何か妙な感覚が身に纏わり付く、というか何と言うか、変な感触だな」
*3
「ほへ~、すっげぇもんだ」
*4
 なぜオマエが威張るのかとはあえて言わず、引き続きディエルは陸都の市街をあてもなくブラブラしてみる。 と、その時、不注意から往来を歩く人影とぶつかってしまう。
「うわっ、たた・・・すいませ」
「謝りゃ済むってモンじゃねぇぞ、この猫野郎! 取って食うつもりじゃねぇだろうなぁ? アァ!?」
(うわぁ・・・めんどくせぇ・・・)
 ぶつかった相手は魚人のゴロツキのようだ。 しかもぶつかって騒ぎが起きてからわらわらと似たような雰囲気の魚人や竜人のゴロツキどもが集まってきたところを見ると、観光客目当ての「当たり屋」といったところか。 王都で助けてやったアリーって子もこんな感じで引っ掛けられたんだろうか、そんなことをついディエルは考えてしまうのだが、その余裕がゴロツキの皆様にはご不評のようだ。
「てっめ、何スカしてやがんだぁ?」
「そうだそうだ! ウチのアニキに当身食らわせといて、その態度は何だってんだよォ!?」
 程度の低い罵声に軽い頭痛がしてきたディエルはつい「この前みたく一喝して黙らせてやろうか」と思ってしまうが、「加減を間違えればどうなるか分からなかったところだ」とコロナに指摘されたことを思い出し、どうしたものかと思案する。 その結果、
「で、どうすんの」
 一番分かりやすくかつ相手方が乗ってきやすい状況に誘導するために、ディエルは一言ゴロツキ集団に投げかける。
「て、んメェ・・・!」
「調子コいてんじゃねーぞゴラァ!」
 ゴロツキ集団は思い思いの罵声を投げ返しつつ、憤怒の形相と烈火の目線をディエルに向けて殴りかかってくる。 だが、新興貴族とその僕とはいえスラヴィアのアンデッド500体と二人で相対し生還したディエルにとって、腕力頼みで訓練も何も無いただのゴロツキ十人程など武を以って制するまでもない。
 股をくぐり、背に手をかけ飛び越し、振り下ろされた拳に飛び乗り、振りぬかれた蹴りの勢いを受止めてそのまま華麗にバック宙を決める。 たった1人で10人を手玉に取るディエルの姿に、遠巻きに事態を見ていた観衆も喝采の声を上げだす。
「やーやー、どーもどーもー!」
 観衆の声援に諸手を振り上げ応えるディエルの姿と対照的に、若干バテ気味のゴロツキ様御一行は羞恥に顔を染めるより他無い。 そして
「もーゆるさねー!」
 とばかりに吼えるゴロツキの一人が、光り物を手にディエルに迫る・・・のだが、次の瞬間、ゴロツキは地の底より湧き出したかのような強烈な掌打に、天高く打ち上げられることとなる。
「で、こりゃ・・・何の騒ぎでぇ」
「げ、て、テメェは・・・!」
 突如現れた着流しが様になる竜人の登場に、ゴロツキどもは驚愕し、
「いよっ! フーさん、今日も粋に決めてるねぇ!」
 観衆からは歓声と黄色い声が投げかけられる。
「ふむ・・・おいテメェら。 わざわざ遠路遥々御出でなすったお客人に光り物で御歓迎なんざ、穏かじゃねぇな? ん?」
 状況から事態を凡そ悟った「フーさん」と呼ばれた男が、へばってるゴロツキの一人に迫る。 顔は穏かだが、その言に乗せられた怒気は当に鬼気迫るものがある。
「ひ、ひぃ~~~~!」
 死すら覚悟したゴロツキどもは、どこにそんな元気があったんだと思わずには居られないほどの活発さで、我先にと往来を駆け出す。
「おーいガキども、忘れ物だぞ、っとォ!」
 掌打で天に舞い漸く落ちてきたゴロツキを、男は所作は軽やかながらも強烈な膂力を秘めた一蹴にて蹴り飛ばす。 宙を舞うゴロツキは逃げ惑うゴロツキ御一行に激突し、ゴロツキどもは阿鼻叫喚の様相で往来の彼方へと消えていった。
「はっはっは! これが異界の球技に曰く『すとらいく』ってヤツだなぁ!」
「流石フーさん、やることがいちいち豪快だねぇ!」
 フーさんと呼ばれた男の高笑いに、観衆も釣られて大笑い。 そんな光景に置いてけぼり感満点な外様のディエルはそそくさと退場しようとするが
「ちょいと待ちな、そこ行くねこまな御客人」
「・・・オレ?」
「そうよ、今ここにおまいさん以外にねこまな御客人が居るかってんだ」
 言われて前後左右見てみるが、なるほどその通り。 ディエルは得心した上、足を止めてしまった以上は話を聞くしかないと腹を括る。
「まぁそう気構えなさんな御客人。 オイラはこの当たりでシノギをさせてもらってる、フーってもんだ。 おまいさん、名は」
「え、あ・・・ディエルです。 ども」
「ほう・・・見てくれからすっと、まだ15,6ってところか。 ねこまの国っつったら、お天道様が強すぎて水場もありゃしねぇって言うじゃねぇか・・・よくもまぁ、そんなとこから来たもんだな。 親御と逸れたんか?」
「いや、一人で」
「そいつァ凄ぇ! それはアレか、異界に曰く『じぶんさがしのタビ』ってやつかい!」
「・・・まぁ、そんなもんです」
「はっはっは! いやぁ、若いってのはいいモンだねぇ! よし、ここはおいちゃんが一肌脱いでやろうじゃねぇかぁ! あんなグズどもばっかな国だと思われたまま帰られたとあっちゃ、ミズハっ子の名折れってもんだ!」
「え、あ、あの」
「よし行くぞ坊主! うおりゃあああ!」
「のわぁぁぁ!?」
 ただフーの言動に圧倒されるばかりのディエルは、そのまま勢いに呑まれるままにフーに肩車の要領で担がれ、市街観光ついでにいい見世物扱いされるのであった。

 何処へ行っても人気者のフーと、地理的要因や対外的な活動をするものが少ないためラ・ムール国外で多くは見かけない猫人のディエルという取り合わせは、ミズハの市街で何処に行っても暖かく迎え入れられていた。
「・・・フーさん、すっげぇ人気者っすねぇ」
「よせやい、そんなコト言われちゃ照れるじゃねぇか! おだてたって何も出ねぇぞぉ?」
 と、そんなことを話しつつ、二人は陸と海の境界線に辿り着く。
「おう坊主! ここは海神気道橋《おうらみちはし》っつってな、陸都から海都へ行くときに坊主みたいな陸のモンが通らなきゃいけねぇ所だ。 ま、俺らみたいな陸水どっちもいけるクチは通らなくてもいいんだけどな」
「へぇ・・・」
*5
 コロナの言を受けディエルが橋に目を向ければ、そこには噎せ返るほどに圧倒的だが善意に満ち満ちた神気が感じられる。
「ま、どんな原理でかは知らねぇが、この橋を歩いて渡りゃ、我らがミズハのもうひとつの顔、海の都のお出ましさね」
「ちょ、ま、また海にドボンかよ!?」
「だーいじょーぶだ! 何てったってタツミノミコト様お墨付きだからな! 溺れるなんてこたぁ無ぇ! 男ならやってやれだぜ!」
 そう言い放つフーは、ディエルを引き続き肩車しつつ海神気道橋を一気に駆け抜け、二人の姿は橋伝いに海の底へと沈んでゆく。
「おわぁぁぁがばごぼげばがば・・・あ、あれ」
「どうでぇ? これがタツミノミコト様の御霊験ってやつさ。 どうだい、凄ぇだろ?」
「あ、ああ・・・びっくりだ」
 ついぞ数時間前まで生き延びるためだけに泳ぎ渡った荒波の海とは違い、穏かに、水面が照り魚が躍り、様々な人が練り歩き泳ぎ渡る海の底の都市に、ディエルは感銘を受けるばかりである。
「で、だ。 坊主を連れて行きてぇところがあるんだわ。 ちょっと付き合ってくれよな?」
「え、はぁ・・・まぁ、いいっすけど」
 どっちみち、初めて泳いだ海の底はとっても気持ちが良かろうとも右も左も分からないディエルとしては、フーに付いて行くより他無い。 というよりフーの両手がディエルの足首をガッチリ捉えて離さないので、ディエルとしては拒否のし様が無いのだが。
「さて、っと・・・お、来た来た。 ちょいとヨニカまで頼むわ!」
「あいよ! 乗ってきな!」
 海神気道橋を渡った海都側すぐのところは、運び屋を営む海鷂魚人が大勢おり、目的地までその巨躯の背に乗せてもらい移動するのが陸上人の一般的な海都巡りスタイルである。 言ってみれば、「そちら側」で言うところの人力車やタクシーのようなものである。
 目指す先は、ミズハミシマ首都ヨニカ・ゲア・カシ。 基本的に政務関係の詰め所ばかりで観光のため赴くような場ではないのだが、ミズハの地理など全く知らないディエルには、なぜそんな場所に向かっているのかなど理解できようはずも無い。

 海鷂魚人の背に乗り経つ事数刻、フーとディエルは目的地ヨニカ・ゲア・カシに辿り着く。
「・・・なんか観光っぽい感じの場所じゃない気がするんだけど、何処に行くん?」
「男なら細けぇこたぁ気にすんな! まぁ付いてこいって」
 言われるがままについて来た場所は、明らかに周りの施設と一線を画した、「御殿」という言葉が形を成せばこうなるに違いない、と確信できるほどの邸宅。
 擦れ違う給仕に恭しく一礼されつつ、通路を歩くフーとディエル。 ディエルはいよいよもって毎度恒例の嫌な予感が背筋を駆け上るのを感じ始めていた。
「大変お待たせいたしまして申し訳御座いませぬ。 只今、件のねこまの御客人をお連れ致しました」
「よしなに」
「は」
 明らかに空気の変わったフーの言動に、ディエルの嫌な予感はさらに高まる。
 襖が開き、二人が通される。 二人が敷居を跨ぐと同時に襖が閉じ、御簾が上がり、そこに鎮座する者の姿が露になる。 そこに座するは、やんごとなき神気を身に纏う乙女。
「此度は面倒をかけましたね、スズキ」
「滅相も御座いませぬ。 久方ぶりに町人とふれあい、痛快で御座いました」
「左様ですか。 それならばよう御座いました。 では、しばしの間誰も寄らせぬ様、手配を」
「畏まりまして御座います。 それでは失礼致します」
「よしなに」
 二人のやり取りを、ディエルはただ呆然と見ているしか出来ない。 これは一体何事ぞ?と見ているうちに「スズキ」と呼ばれたフーさんは居なくなり、やんごとなき乙女とディエルは二人きりで相対することとなる。

 やがて、やんごとなき乙女が先にディエルへ声をかける。
「・・・此度は、我がミズハミシマへ、ようこそいらっしゃいました。 お初にお目にかかります、当代ラ・ムール王」
「え、あ、はい」
「ミズハミシマの地を預かり奉る所、祀族長オトヒメと申します。 此度の御来訪につきまして、ご連絡頂く事も無く、何方もお連れにならぬご様子でした故、お忍びでのご来訪とお察し致しまして、斯様な手管にてお越し頂きました」
「は、はぁ・・・」
 なんとか声を絞り出すディエルだが、
(やばい、これは今更「まだ名乗り出てないから今はごく普通のガキんちょです」とは言えない空気だ・・・!)
 と、内心では限界ギリギリの状態である。
「先ほどの者は、軍務司る所の士族長、フタバ=スズキと申します。 平素は町民に紛れ陸都や海都を巡回しております故、多分に豪放磊落なところがありまして・・・もしお気に触ることなど御座いましたら、代わり御詫び申し上げます」
「え、あ、いや、そんなことは、なかった、ッス、よ」
 ついさっきまで「フーさん」と怒涛の如くではあるが痛快な観光巡りをしていたが、ここにきて急転直下の国家元首同士(しかも片方は王権主張なし状態)での秘密会談である。 ディエルのテンションはどこに照準を合わせたらいいのか分からない状態に陥っている。
「それはよう御座いました。 コロナ様も、お元気そうで何より・・・と申しましても、以前私どもとお会いした時の事は、覚えておられないのでしたね」
「左様に御座いますれば。 オトヒメ様も息災で何よりに御座います、と以前のコロナに代わりご挨拶申し上げます」
 先帝に限らずこれまでのカー・ラ・ムールに仕えてきた際にコロナが獲得した個人的な記憶は全て代替わりに合わせラーが消去している、とディエルもオトヒメも知っているため、このおかしな言い回しに口を挟むことは無い。 主神シマハミスサノタツミノミコトの代行者にして妻であるオトヒメがコロナを見聞きできるのも当然のこと。
「して、ラ・ムール王。 本日の御用向は如何様にて」
「え、あ、っと、その」
 御用向も何も、死神モルテが作った「小ゲート」に放り込まれて大海に落下、釣り上げられて来て見ればそこはミズハだった、というだけのこと。 目的なんて微塵もありゃしないディエルとしては、どう答えたものか皆目検討も付かず焦りが募るばかり。
「・・・ふふふ、そう堅くならないで下さいませ。 概ねの事情は察しております。 毎度の如く、ラー様の『試練』で御座いましょう?」
「多分、そんなところ・・・だと」
「あのお方もお変わり無い様で御座いますね」
 何もかも見透かしたようにオトヒメは小さく笑う。 と、そこに
「今帰ったぞ愛しき妻よぉぉぉ! って何だこの猫人は!?」
 と突然大声張り上げ乱入してくる大男が現れるが
「お黙りなさいませ、あなた」
 との柔らかではあるが、鋭利を極める刺突剣を遥かに超えるオトヒメの鋭い一声に、大男はしゅんとなり静々とオトヒメの隣に座す。
「夫が御恥ずかしい所をお見せしまして、申し訳御座いません。 こちら、我が夫にしてこの地を真に治めます、シマハミスサノタツミノミコトに御座います」
「あ、え、あ、ども、ディエルです。 多分ラ・ムール王です・・・どうぞよろしく」
「へぇ・・・今度の王は随分とこじんまりしてんだな」
「は、はぁ・・・」
「あなた、そのような事は言うものではありませんよ。 まだ彼はラー様の『試練』の最中。 『大ゲート』でお繋ぎになられた御世の言葉に『男子三日会わざれば刮目して見よ』との言葉があると聞きます。 改めて真にラ・ムール王としてお会いになる時には、きっと今とは違う姿となっておりましょう」
 どうやら既に気付いていたと知ったディエルだが、今後この人に頭が上がらないんじゃないだろうかとも思いつつもあった。 そこにタツミノミコトが茶々を入れて
「そうかねぇ・・・ま、そんじゃ、愛する我が妻の言うとおり、また会う日を楽しみにしてるぜ。 じゃ、俺らはシケこむからとっとと帰れ」
 などと言い出した直後、
「あなた」
「うぐぅ!?」
 ディエルはおろかタツミノミコトの目ですら追うことの出来ない程の、獣を超え、人を超え、神をも超えた速度で繰り出されたオトヒメの鉄拳がタツミノミコトのヒトに近い姿の下腹部ど真ん中に深々と減り込み、タツミノミコトは主神らしからぬ姿でもんどりうって苦悶の表情を浮かべる。 永年の長きをタツミノミコトの妻として転生し続けてきたオトヒメの身には、比類なき位階の対龍神特効が備わっているのである。
「え、と・・・流石にそのあたりは同じ男として、見るだけでもいろいろとキッツいんですが・・・大丈夫、でしょうか?」
「御恥ずかしい限りに御座います。 誠に申し訳御座いません」
 うん、目と声が笑ってない。 主神すら沈黙させるオトヒメの一撃に、ディエルは幼馴染の神速ブローを思い起こし、押し黙るより他無い。
 やがて動かなくなったタツミノミコトをよそに、全てを悟りきったオトヒメと、全てを悟られたディエルによる、極秘国家元首対談(という名の世事雑談)は進むのであった。

 やがて時も立ち、夜も更けようかという頃。 タツミノミコトは今だ微動だにしない。
「あら、随分と話し込んでしまいましたね。 『寝る子は育つ』と『大ゲート』の向こうの国でも申しますし、ディエル様はお休みになられたほうがよろしいでしょう」
 本来こう言われたら15の少年相応のディエルとしては怒るところだが、一枚どころか何千枚も上手のオトヒメの言である以上、受け入れざるを得ない。
「え、でも俺泊まるとことか全然」
「構いません。 当家の客間をお貸し致します。 今宵一晩、ご自由にお使い下さい」
「でも、そこまでしてもらうのは・・・」
「宜しいのですよ、ディエル様。 むしろ、金獅子王レブオーロへの御恩返しと思えば、このような事でもさせて頂きたい所で御座います」
 金獅子王と称された、カー・レブオーロ。 現スラヴィア元首サミュラによる「死徒の国 建国宣言」に端を発した「スラフ島戦役」において、身分を偽りあえて戦線に立ち、人類連合軍の敗走に際し殿を務め、最期は肉体の全てを太陽の力へ変換し退路を切り開いたとされる、武に生きた王の一人である。 さすがに一部の長命種を除けば当時の事を記憶として持つ者は少ないが、その自己犠牲の精神は心打つ物語として語り継がれており、彼の名を知るものも少なくない。
 かの戦役からの帰還者にはミズハの者も少なからずおり、転生の形で当時より記憶を引き継ぐオトヒメとしては、ラ・ムールに対しての恩返しのひとつとして、些細なことであれ助力したいというところである。
「それでは、好意を無駄にするのも気が引けるので、お世話になります」
「お帰りにあたりましては、またスズキを同行させますので。 よしなに」
「何から何まで、痛み入ります・・・」
 どうぞお構いなく、との言葉を頂きつつオトヒメの間を退室し、どこで聞いたかやってきた給仕の案内で客間に通される。
「客間、っつーけど・・・ひと部屋でウチの敷地くらいあるんだけど、さぁ・・・」
 一人で寝るには少し手広い部屋ではあるが、寝るだけのために借りる部屋なら寝台さえあればそれでいい。 ディエルは照明も付けずに自慢の猫目を頼りに寝台へ向かい、すぐに横になる。
「お休みなさいませ、カー・ディエル。 明日も良い試練日和となりますことを」
「不吉なことは言うなや! 明日目が覚めたら知らないところでした、とか絶対に嫌だからな! 畜生、死んだら絶対ラーのヤツぶん殴ってやるからな! 覚えてろよコンチキショウメ! 寝る! おやすみ!」
 いろいろありはしたものの、やはり心身共に疲労していたディエルにとって、ふかふかベッドの魅力に抗うこと敵わず、夢の国へと即座に旅立つのだった。


 目覚めたときに彼が見る景色、それは神のみぞ知る。

  • 未来の王たる者の試練でございますと付けたらどんな無理難題でも強制でチャレンジさせられる人生が続くのかなと思うとほろりとしました。諸国巡って見聞を広めるのは王様育成のテンプレですよね。次にどの国へ行くのか楽しみです。ふと思ったのですが15歳になっているディエルの学力というものはどれくらいのものなのでしょう?勉強盛りの頃に試練に連れ出されてしまった風を感じましたので -- (名無しさん) 2013-03-29 19:50:36
  • 概ねラムールの同年代子女の一般平均的な学力だな。読み書きと躍字氏名の書き方、一般教養に世事を少々と言ったところだ。サバイバビリティ、対スラヴィアン戦の知識、やたと耳をモフりだがるお味噌フラワーへの対処法あたりについては、同年代のそれを遥かに上回っているが・・・ -- (助手) 2013-03-30 00:37:18
  • 生きろ!ねこまってワードいいな…「食うつもりか」ってどんな啖呵だ。しかし乙姫の前では龍も王も借りてきた猫よ -- (名無しさん) 2014-12-08 23:04:45
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最終更新:2012年05月03日 14:12

*1 これも試練に御座いますれば

*2 左様に御座いますれば。 種族の違いや文化の成り立ちの違いがもたらしたものに御座います

*3 この地を治め奉るシマハミスサノタツミノミコト様の御霊験によるものにありますれば。 陸生と水生の両民が分け隔てなく住まうことの出来るよう、国土全域に神気《オーラ》が満たされております

*4 そうは申しましても、こうして今も尚降り注ぐ陽光に込められし、我が主ラーの御力にはまだまだ及びますまい!

*5 この橋や周囲から、濃厚な神気が感じられますれば。 カー・ディエルのような陸上に住まう者が海都へ向かうための御霊験、あるいはその逆のための御霊験を強く身に帯びるための場かと