曰く、
オルニトを追われた鳥人達の集いし領域。 曰く、国を追われた者や居場所を無くした者が集う場所。 曰く、群神《
レギオン》の思慮謀略渦巻くあらゆる神から見放された地。
総じてその地は「
新天地」と呼ばれる。
新天地、などと言えば聞こえはいいが、有体に言ってしまえば実態は「無法地帯」である。 町村といった小規模単位で統治する者は居るが領域全域を統一的に統治する者は誰一人居ない。 警察機構も司法機構もそれは小規模単位の内の話。 外に出てしまえば、そこには己の身そのものと、その身に備えた技量と、その身に携えた得物以外に、身を守る物は何も無い。
故に、自分の身を護る余裕があり、なお他にも荷物を背負えるのであれば、それすら立派な商売になる。 武を以って財を成すことだけを考えるのであれば、純然たる国家の然るべき部門部署に申し出て武官として仕官するよりも、
ラ・ムールの武的奉公人のような武を売るよりも、遥かに実入りがいい。 それゆえに、武に飢えた者、武を求める者が集う。 そしてさらに無法地帯化が加速する。
だがしかし、世に言う「オトコノコ」の魂は不思議と無法地帯に惹かれるもので、時には異世界からすら己の武を見極めんと訪れるものすらいる始末だ。
無法者が好んで寄り付く新天地だが、中には望まずしてこの地を訪れることになるものもいる。 そんな中の一人が、幌馬車の上に胡坐をかき、何をするでもなく新天地の空を仰ぎ見ていた。
「さて・・・いつになったら帰れるんだろうなぁ」
「これも試練に御座いますれば」
「はいはいそれはようござんしたね」
時満ちたとき玉座に導かれる者も、今はまだ自宅目指して流浪の最中。 意図せず祖国を離れて既に二ヶ月が経とうとしていた。
未来王、新天地を往く
ミズハミシマの領海の底にたゆたう海の都ヨニカ・ゲア・カシの最奥にそびえる、通称「御殿」。 国家元首夫婦の住まいでもある「御殿」の客間で一夜を過ごしたディエル=アマン=ヘサー(15)は、ごくごく普通に起床し、一宿一飯の礼を元首オトヒメに告げて、国境までの案内役として付けてもらった士族長フタバや御供の神霊コロナと雑談をしながら、ごくごく普通のミズハミシマの朝の光景を練り歩き、ごくごく普通に足元に発生した「小
ゲート」に呑まれ、ごくごく普通に新天地へ赴くこととなった。
後に彼はこのときの事を「ああまたか、って思いましたね。 ええ。 三度目となりゃ流石にもう慣れますよ」と語ったという。
ディエルにとって、ごくごく普通に新天地を訪れて割かし早い段階で道中を共に出来る者と巡り合えたのは僥倖であったといえよう。 どこかも分からぬ林野の只中に放り出され、足草を薙ぎ、蔦を払い、枝を除け、ようやくそこそこに整備されていると思しき道へ出たところで、偶然かはたまた必然か、今世話になっている幌馬車と出くわしたのだ。
幌馬車の御者の名はゴンザレス。 様々な伝手や縁で知り合った同士と共に、新天地の界隈を練り歩く交易馬車で商いをしている。 つい先日も「ガンマン」という聞き慣れない恐らくは職業に就く事を目標に「向こう側」からやってきたというヒトが加わったばかりではあるのだが、「食い扶持稼ぐ位に働いてくれるんなら乗りな!」という豪快な誘い文句に異論を唱えるものは、ゴンザレスの同士の中には居なかった。
「それにしても!」
「物を尋ねる暇があったら、とっととのしちまえ!」
「いえっさ!」
駝鳥人の轟脚が唸り、鶏人の刃が空を斬り、企鵝人二人の棍と拳が旋風を巻き起こし、その間隙を異人が放つ弾丸が駆け抜ける。 同乗した以上人手としてカウントされるのは当然であり、ディエルも幌馬車を急襲した種族混成の野党の相手をしていた。
ここ新天地では、市街地の中でもない限り、どこをいつ移動していても野党が出ることはありうる話である。 その状況こそが日常のゴンザレスら一行と違い、ディエルとしては同乗して3日で5回の襲撃を受けていることについて苦言の一つも言いたくなるところだが、状況はそれを許してはくれない。
都合5度目の襲撃も跳ね除け、再び幌馬車の旅は続く。
幌馬車の中でのディエルの仕事といえば、専ら荷物整理等の雑用が主である。 これからゴンザレスら一行はバッドランドポートという港街から海原の向こうへ足を伸ばす計画を立てているというのだが、卑近の目的が実家への帰還であるディエルとしてはそこまで同行することは出来ない。 幸い、バッドランドポートからはラ・ムールへの行商船舶も出るというので、バッドランドポートまで乗船賃を対価とした労働契約がゴンザレスとディエルの間で締結されたわけだが、入りたてのディエルに運搬物資や依頼内容の確認や経理といった継続的な業務が出来るはずもないため、今すぐ出来る荷物整理や戦闘要員としての仕事に従事することになる。
その仕事の合間に、「大ゲート」の向こうから来たというガンマン志望の異人に見聞録を語るのもディエルの日課となっていた。 己の身の上は明かさぬように、ラ・ムールの村民暮らしや
スラヴィアの「饗宴」、オトヒメから聞いた金獅子王の話など、あくまで第三者的視点からとして話していたが、ガンマン志望の異人はどんな内容にも興味深げに聞いてくれたため、ディエルもノリよく話すことが出来ていた。
ディエルが一点気になったのは、その彼がたまに誰にも見えないはずのコロナが浮んでいるあたりに目配せしていることだ。 その点についてはコロナにも軽く振ってみたが「異界の者ゆえ『こちら側』の道理が通じない部分もあるので御座いましょう」との返答が帰ってきた。 まぁコイツがどういう存在なのかは分からんだろうし、この場では彼と自分以外に見えていない以上、自分が「そんなの居ない」と白を切り通せばそれまでのこと、とディエルは結論付けて、気にしないことにした。
他人に話して改めてディエルが思うのは、これまでの旅というか試練という名の無軌道放逐というか、それはともかくその旅程のこと。
そもそもはラ・ムール仮王ネネ=アフ・ラ・ムール直々のお呼び出しということで年貢行に同行したことにあるが、気が付けば王都マカダキ・ラ・ムールには滞在半日強で、小ゲート経由でスラヴィアにまず行く羽目になった。
宵の口にスラヴィア国土に落ち、ヴィルヘルミナらと出会って、耳をモフられつつ地上の太陽《アフド・クラジニー》の縁を渡り髑髏王邸へ向かうまでにおよそ10日。
ヴィルヘルミナの初舞台となる饗宴が開催されるまでに月の巡りを待つ必要があったため、その間修練を兼ねて、ダークエルフの姉御(と呼ぶと本人は嫌がったが、名乗ってくれなかったため仕方がない)の指導の下、髑髏王が傑作を生み出す過程で作り上げた習作
アンデッドに姉御自身、時にはヴィルヘルミナや不意打ち紛いに髑髏王を相手取ったこともある。 そうこうしつつ月の巡りを待つことおよそ15日。
ようやくやってきた饗宴の出番でヴィルヘルミナと共に勝利を掴み、試合の内容はともかくとして髑髏王への義理立てをして、スラヴィアでも数少ない港までの足を借りて、さぁ帰るぞと思ったら、スラヴィア主神モルテ直々の小ゲートで海にドボン。
時間の感覚も失うほどに荒波に揉まれ泳ぎ続けた結果、異界から来た旅客に釣り上げられてミズハミシマの地を踏むことに・・・なったはいいが、半ば拉致気味に「御殿」へ通されて、主神
シマハミスサノタツミノミコトを座布団代わりにオトヒメと一夜の会談をして、夜が明けて港まで送ってもらおうとしたら、新天地への小ゲートが開いてこの有様だ。
文字にしてまとめてみれば数行の話だが、実際のところ、故郷ドネインド村を発ってからもう二ヶ月は経過していることだろう。 メイレは無事に村に帰れただろうか、親父たちは元気でやってるだろうか、いつかラーの野郎ぶん殴ってやる、ふとした折にそんなことが頭をよぎる。
ガンマン志望の異人にそんなところを見られて「心配事でもあるのか」と聞かれた折に「生きることって、何だろうね・・・」などと返答してしまったのは、表現としては大仰だったかもしれないが、あながち的外れでもない、というのが困りどころでもある。
気ままに街道を渡り、日に2~3度のペースで襲い来る野党を蹴散らして縛り上げて手近な町の自警団に引き渡して報奨金を得て、そのまま町で軽く行商などしつつ、という旅を続けてひと月ほど。 潮の香りが鼻を擽る頃には、終着点となるバッドランドポートの町並みが見え始めていた。
いよいよ町の門を潜ろうかという時、ゴンザレスが一同に対して声をかける。
「さて、ここでひとつビジネスの話があるんだが」
「ビジネス」という言葉は、ゴンザレス一行にとっては行商人らしい商取引の話ではない。 荒事万事承候を生業とする、彼らのもうひとつの顔に対して依頼が入っている、ということである。
「依頼主の話によるとだな、どうやら最近バッドランドポートを根城に奴隷の密売をやってるってぇ輩がいる、って話だ」
「なるほど、あとはいつも通り、ってわけですね」
「おうよ、話が早くて助かるぜ」
返答した企鵝人バートンもそうだが、ゴンザレスと付き合いの長い駝鳥人リオと鶏人ザクも、「それ以上聞かなくてももう分かってる」という表情でゴンザレスに相対する。
「新人、当然オマエにも来てもらうが・・・坊主、オマエはどうする」
ああやっぱり、という表情を浮かべつつも弾倉の確認に早速移るガンマン志望の異人。
ディエルとしては帰れる伝手と先立つ路銀が確保された以上付き合う義理はないのだが、「奴隷の密売」は故郷ラ・ムールに古くから根付いている人材流動の仕組みを冒涜したものである以上、見過ごすわけには行かない。 ある程度の身分と生活が保障された上での人材流動(「向こう側」で言うところの人材派遣や紹介業に近い)であるラ・ムールの奉公人・販奴と違い、奴隷は「向こう側」でも「こちら側」でも身分の保障なく肉体的にも精神的にも冷遇される存在である。
「お手前は、モチロン頂けるんで?」
「ちゃっかりしてんなぁ坊主。 流石は商売上手の猫人の血ってヤツかね・・・いいだろう、働き次第で考えてやる」
「がってんだ!」
路銀はたくさんあって困るものではないわけで、お手前が出るのであれば張り切らざるを得ない。 ディエルも早速髑髏王のデッドストックから頂いた愛用の爪手甲のメンテに取り掛かる。
たとえ悪事を働いているとしても、それが確定事項でなければ暴れ損、それどころか要らぬ嫌疑をかけられることになるのが定石。 というわけで、バッドランドポートの市街に繰り出した一行は、これからの海の移動と渡航先での商売に使えそうな物品の物色がてら、町中を練り歩き怪しいところを虱潰しに検分していく。
ディエルもお手前の羽振りがすこしでも良くなるように、ついでに故郷に帰ったときの話の種が増えるように、新天地の港を縦横無尽に駆け回りつつ怪しそうな場所の目星をつけていた。
そして滞在から3日ほど経って、ゴンザレスの伝手により得た有力情報と各人が検分してきた情報とを照合し、宵の口を待って奴隷密貿易人のアジトと思しき場所へ一行は向かう。
そこから先は、一行の独壇場であった。
奴隷密貿易人は利得を優先して、質でも量でもおぼつかない程度の荒事屋しか雇い入れていなかったため、精鋭揃いのゴンザレス一行にとっては障害ですらなかった。 さほど広くはないが50余名が暴れるには十分な広さの倉庫に響く声が、闖入者に対する怒号から、強すぎる闖入者に対する命乞いや悲鳴に変わるまでに、そう時間はかからなかった。
ある者は強烈な打撲傷と共に吐瀉物へ顔面からダイブ、ある者は高々と蹴り飛ばされ天井に頭部を埋め、ある者は死なない程度だが確かな手ごたえのある斬撃で見た目だけは派手な出血と共に崩れ落ちる。 また別の者は豪快なスイングから空の木箱の山へ投げ込まれ、ある者は脛や腿に弾痕をあしらわれ激痛に泣き喚く。
ゴンザレス一行が大立ち回りを繰り広げている間に、大暴れの輪から一人そっと抜け出したディエルは、身軽さを武器に物資の山を駆け上り、奴隷が捕らえられている区画へと単身駆け抜ける。 道すがらに出会ったあからさますぎるゴロツキどもを邪魔だとばかりに張り倒しながら歩を進めたところで、直立不動の象人番兵が立ち塞がる部屋に行き着く。
「またアンデッド兵か・・・そういやレスミさんも、夜の警備ならアンデッドが一番だっつってたっけか」
国外販売向けアンデッドは決して安いものではないそうだが、そんなものをわざわざ用意しているということは、その先がド本命だろう。 ディエルはそう推測し、部屋へ向けて一気に駆け出す。
「夜分遅くに邪魔するぜ! ついでだから人生やり直して来い、な?」
対アンデッド無制限一本勝負において無類の効果を発揮する左目を久々に開眼し、象人アンデットを出会い頭の10秒弱で天に召してやる。 象人はタフネスに優れ剛力でもかなりのものであり、アンデッドとなってもそれは健在であるが、何分相手が悪かったと言わざるを得ない。 奴隷密売人が採算度外視で買い入れた秘蔵っ子は、新たな生の輪廻に組み込まれることとなった。
「あとはこの扉を開けてやれば・・・うむ、めんどくせぇ!」
左手の獅子牙で錠前を叩き切ってやる。 左斜め後方辺りから「施錠式ならともかく、暗号式ならば少しは考えれば宜しいでしょうに・・・」と批難がましい鳴き声が聞こえてくるが、そこはナチュラルにスルーしておく。
「さて、扉を開けられるようにしたら自警団が押しかけてくる前に一人で宿に引き上げて来い、って話だったな。 よし、そうと決まれば・・・引き上げじゃあ!」
目的を果たしてきっちり逃げ切るまでが夜襲ですよ、とは誰の言葉だったか。 故事に倣い、手近なところから表に出て、周囲に気を配りながら一路繁華街経由で宿へと向かう。
「おう坊主、遅かったじゃねぇか! まぁ無事で何よりだ! とりあえず飲め、な!」
宿の一階酒場で待ち受けていたのは、とっくに出来上がっていたゴンザレスの強硬な酌であった。 バートンが必死に食い止めるのも空しく、ディエルは半ば拉致気味に首根っこを掴まれ喉に熱燗を流し込まれ、焼ける舌と喉に悶絶しつつ人生初の飲酒に苦しむのであった。
そこから先のことは、よく覚えていない、というか酔いが回り卒倒したのであった。 後に述べるに、「あの時ですね。 酒なんぞ勧められても飲むものか、と決めたのは」という体験であったという。
明けて翌朝。
ディエルはラーの神気に満ちた朝日を浴びながら、偏頭痛に悩まされつつの起床となった。
「うあ゛~頭いで~」
「大丈夫かい? これから船旅になるけど」
「たぶん、だいじょび・・・」
今度は右斜め後方あたりから「これも試練に御座いますれば」などという鳴き声が聞こえてくるが、余計に頭痛が酷くなるだけなので聞き流すに徹する。
「それにしても、びっくりしたよ。 あの奴隷商、生前はそこそこ名が売れてたっていう象人のアンデッドを衛兵にしてたって聞いてたけど、無事に戻ってこれて何よりだよ」
「いやま、その辺はいっろいろあってね・・・」
出会い頭に対アンデッド専用のとっておきを使って消滅させた、とは決して言えない秘密である。
「おうオメェら起きてるかァ! 坊主も生きてるな? 男がたった一杯で倒れてちゃ世話ないからな!」
起床と出立を促しに来たゴンザレス氏の二日酔いなど微塵も感じられない豪快な語り口と高笑いに、ディエルの偏頭痛は加速する一方であった。
ゴンザレス一行は港へ向かい、これからマゼ・バズークに向かう。 早いところ故郷ラ・ムールに帰りたいディエルとしては、ラ・ムール東海岸へ向けて出航する船がある以上、同行するのはここまで、ということになる。
「坊主、少しツケといてやったからな。 達者でやれよ? 次会う時にゃ、ちったぁ飲めるようになっとけよ」
「・・・その方面についてはおいおいということで、どうか一つ。 何はともあれ、お世話になりました!」
ゴンザレス、バートン、リオ、ザク、そしてガンマン志望の異人(結局最後まで名乗ることはなかった)とそれぞれに別れの言葉を言い交わし、ラ・ムール行きの旅客船へ向かうことにする。
一行に背を向けて歩き出してすぐ、ディエルは声をかけられる。
「おふねにのるの? それならこっちだよ!」
かわいらしい猫人の童女に、付いて来るよう催促される。 きっとラ・ムール行き旅客船で働いている水夫の子供だろう、子供のうちから顧客勧誘とは流石だなぁ、などと思いつつディエルは猫童女のあとを付いていき、
「ああ、またか」
一瞬の浮遊感の後、落ちていった。
「ちぃ、喰い損ねたわ。 あの試練バカの秘蔵の魂、食らうてやろうと思ったのだがなぁ・・・さぞかし美味だったろうに」
猫童女の口から出た物とは思えぬ、誰にも届かぬ異質な声がしたかと思えば、猫童女は、まるでもともとそこには誰も居なかったかのように、物音ひとつ立てることなく静かに消え去った。
気が付けば、周囲は白一色。
「うっわさっむ! それに何だコリャぁ!?」
異様に冷たい妙な物体に、ずっぽりと埋まってしまったらしい。 幸いなことにそれほど硬いものではなく、なんとか手足でもがき穴を広げて、脱出を試みる。
「にしても、何なんだこりゃ・・・つか空から降ってきてるのかコレ?」
身の回りを埋め尽くす謎の白く冷たい物体は、見上げた暗雲の空からも降ってきている。
「触ると溶ける・・・って事はコレ、氷か何かなのか?」
「恐れながらカー・ディエル、こちらは『雪』と呼ばれる自然現象に御座います。 端的に言えば、雨が凍って降ってくるようなものに御座いますれば」
「へぇ・・・世の中にゃこんなモンが降ってくるところがあるんかぁ・・・っつかさっむいっつーの! とりあえず埋まってちゃ話にならんから、とっとと出るぞ!」
御供の神霊コロナの言葉にふむふむと答えつつ、べしべしと周囲を踏み叩き固めて、足場を確保して雪の壁をなんとかよじ登ったディエルが見たのは、一面の銀世界であった。
「・・・前を見ても後ろを見ても、右も左も真っ白なんだが。 ここどこよ?」
誰か人でも、何か物でも見つかればいいのだが、ととりあえず散策を始めてみるが、吹き荒ぶ吹雪は唯でさえ日光が射さず薄暗い視界と方向感覚を奪い、見るもの全てを白に変えていく。
一面白の視界の中に、一瞬、何かが蠢くのが見えた。 ディエルは警戒しつつ、その見えたモノへ向かって歩いてみる。 蠢いていたモノとの距離が近づいてきたと思いきや、足音に気付いたモノは、ディエルに向けて猛追を始める。
「な、なんだコレ!? ドクロのおっさんのトコにもこんな生き物いなかったぞ!」
究極の手製アンデッドの製作を目標に掲げた髑髏王の荘園と屋敷には、傑作として世に送り出したヴォーダンとヴィルヘルミナの他にも、生態を研究する意味も込めて様々な生物のアンデッドが闊歩していた。 それらを相手にディエルは戦技戦術に磨きをかけたものだが、今目の前にいる物体は、髑髏王の荘園に居たどの生物にも該当しない容姿をしていた。
闇夜にも吹雪にも映える濁りつつもギラついたたったひとつの瞳孔に、牙の生え揃った巨大な口腔。 毛むくじゃらの頭部からは直接鋭い爪を伴う手足が生えている。 そんな生物が唸り声を上げると、ギラついた瞳が数を増し、ディエルを取り囲む。
「おいおい大人気だなこりゃ。 そんな集まってきたって、オレなんぞの肉の量じゃ、そのデッカい口だと数匹分にしかならねぇぜ?」
ディエルは冗談めかして問いかけてみるが、一切の反応なし。 どうやら言語を解するだけの知恵は持ち合わせていないらしい。 コロナを左目に導き、左目を開眼。 相手がどういう生物なのか分からない上にざっと見たところ15匹は下らない以上、全力で逃走する道しか残されていない。
「誰かが見つけてくれりゃいいんだけど、な!」
飛び掛ってきた最初の一匹の巨大な瞳のど真ん中に獅子牙を突き立て、謎の生物の中身を雪原にぶちまける。 血の色が雪原の白を汚し、ぶちまけられた贓物がぴくぴくと蠢く。 投げ捨てた生物の遺骸に群がるものも1匹2匹いたが、どちらかといえば謎の生物の皆様のメインの標的は同胞よりも異なる生物らしい。
ディエルは慣れない雪原を四苦八苦しつつ渡り歩きつつ、背後に迫るビッグアイ(仮称)から逃げつつ、追い迫ってきた分だけ相手にして投げ捨てて臓物の臭いで引き付けて、の繰り返しでなんとか数を減らしつつ逃走を図る。
「くっそ、もう少し日が射してくれりゃ太陽牙も扱いやすいんだけどな!」
ディエルは両手にはめた神器に愚痴を垂れる。 左手の紅玉髄の指輪から精製される獅子牙は所有者の意志に左右されるが、右手の星紅玉の指輪から精製される太陽牙は、その名の如く陽光を以って刃を為す。 厚い暗雲に阻まれ辛うじて射す程度の日光では、月光や星明りよりマシという程度の刃しか精製できない。
夜戦を想定し獅子牙だけで戦う術も身に着けてはいるが、二刀を以って敵を討つのがメインのバトルスタイルであるディエルとしては、未知の環境でかつ未知の生物相手に得意のスタイルで臨めないのは辛いものを感じている。
その上、雪原などという彼の故郷ラ・ムールとは真逆の環境で、しかも行き着く宛てもない、オマケに「れっつ試練に御座いますれば!」とか幻聴まで聞こえてくる始末だ。
「くっそ、あと何匹だ? つか増えてる気がするのは俺だけか!?」
実際、ぶちまけた臓物と遺骸が撒き散らす臭い、それを食らう呻き声やディエルを追い立てる鳴き声が、近隣のビッグアイ(仮称)を呼び寄せていた。 当初15匹ほどだったビッグアイ(仮称)も、ディエルが打ち倒した分も含めればのべ50体以上という大所帯となっていた。
宛てもなく逃げ惑いつつ、追い迫るビッグアイ(仮称)を追い払い、また逃げる。 雪原を走り、雪原で戦うという、生まれて初めての経験はディエルの体力を必要以上に奪っていく。
容赦なく吹き付ける吹雪は勢いを増し、極寒の環境に不慣れなディエルを攻め立てる。 左目を開眼しラーの神気に身を包んでいるとはいえ、それすらも突き抜けてくる冷気の鑓はじわりじわりとディエルの身に染み渡っていく。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・やっべぇ、だんだん手足の先っちょの感覚無くなって来た・・・」
疲弊が色濃くなるディエルとは対照的に、ビッグアイ(仮称)はこの環境に適応した体構造をしていることもあり、勢いが衰える気配はない。 むしろ獲物が弱っていく様に征服欲を励起されている様子すら伺える。
「くっそ・・・こんなとこで氷付けか、アレに喰われて死ぬなんざ、ぜってぇに御免被るね・・・!」
精魂振り絞り自らを鼓舞してみるが、休息ひとつ取ることもできず、心身休める暇のない現状では、空元気が湧くだけに過ぎない。 ついに足を止めてしまったディエルを、ビッグアイ(仮称)は即座に取り囲む。
ビッグアイ(仮称)が誰から行くか相談するかのように騒ぎ立て始め、ディエルがその身の最期を覚悟した、そのとき。
吹雪すらも逃げ出すほどに冷酷で冷徹。 雪崩よりも雄々しくおぞましい。 生物に原初の恐怖を想起させるに余りあるほどの、低く、それでいて重い、咆哮。
獲物を捕食する歓喜に満ち満ちていたはずのビッグアイ(仮称)の群れが、隊列を崩し我先にと逃げ惑う。
だが、ソレがビッグアイ(仮称)の群れを蹂躙し始めるまでに要した時間は、瞬きの間もなかった。
阿鼻叫喚の図。 ソレの巨木よりもなお太い前肢の一振りがビッグアイ(仮称)の身をミンチにし、優れた刀剣ですら裸足で逃げ出すほどに鋭利に磨かれた爪牙はあたかも熱したナイフでバターを切るかのごとく易々とビッグアイ(仮称)を解体する。
疲労の限界で身動き一つ取れないディエルの前で繰り広げられた地獄絵図。
「な、ん・・・なんだ、ありゃ」
もはや頭を回転させるのすら限界に達しつつある中、それでもディエルはなんとか状況を把握しようとする。 が、疲弊の極みにある状況では、どうしても認識に理解が追いつかない。
とりあえず認識できたのは、相手方の巨躯が大甲虫と互角くらいは間違いなくあろうということ、容姿は虎に近いだろうか、というくらいのことであった。
あとは、こちらをターゲットにされたら、間違いなく自分は死ぬ、ということ。 これだけは巡りの悪くなってきた頭でも、一瞬で理解できた。
やがて、ビッグアイ(仮称)の悲鳴が止む。 正しくは、生存する個体が周囲に居なくなった。
巨大なる猛虎は、次の標的を定め、歩み寄る。 逃げることなど出来るはずもないのだから、追うまでもない。 それは慈悲か、あるいは侮蔑か。
猛虎の視線が、ディエルの朦朧とした視線と重なる。
「ち、くしょう・・・」
体力は限界を振り切り、身動き一つ取れない。 疲弊しきった精神状態では、勇気を刃と為す獅子牙も精製されることはない。
のそり、のそり、迫り来る猛虎の姿を最期に見遣り、ディエルは雪原の中に倒れ、眼を覚ますことはなかった。
「また『げぇむ』に御座いますか」
太陽神ラーが自己管轄の「大ゲート」の管理補佐を兼ねて生み出した神霊フレアは、毎度の事ながら呆れたように太陽神ラーに声をかける。
フレアには良く分からないのだが、何でも絵が飛び出る『げぇむき』とやらで行う『げぇむ』に御執心のようである。
絵が小さいのでフレアが背後から覗き込んでもよく分からないが、何でも今や昔の化生や神獣の如き巨大で獰猛な野獣に対して、鎧兜に身を包んだ異界人が猫人に似た御供を連れて戦いを挑む、というものらしい。
『試練だ』
「左様に御座いますか」
試練なのであれば仕方ない。 フレアはいつものように「大ゲート」通行審査の書面にぺったらぺったらと判子を捺すのであった。
- 作品が重なるのはどれも楽しいですね。どんどんたくましくなっていくディエルはこのまま王になって国に留まるよりも世界をめぐって欲しい気持ちもありますね。新天地はあっちもこっちも敵も味方も生きているのが楽しそうな雰囲気ですね -- (名無しさん) 2013-05-02 12:27:43
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最終更新:2012年05月03日 14:12