【知らせ】

 毎朝、《紅の貴婦人》が歌い始める時間になると、リリアは屋根裏部屋へあがっていく。逗留しているお客人に食事を運ぶためだ。
 お客人はいつも同じ姿勢でリリアを迎える。ベッドに行儀よくこしかけ、ほとんど身じろぎもせずに床を見つめている。もっとも、お客人が本当はどこを見ているのかはリリアには自信がない。お客人の顔の半分以上を占めるのは大きな複眼で、瞳がないからだ。窓から差し込んでくる朝日を照り返して、お客人の眼は七色に輝く。とても綺麗だとリリアは思う。
 リリアが部屋に入ると、お客人は軽くお辞儀をする。ちょっとした動きでも、体を覆う甲殻がぎちぎちと音を立てる。二対あるうちの下のほうの腕が伸びてきて、リリアが渡すお椀を受け取る。中身は特別に分けてもらった《貴婦人》の樹液だ。リリアの体ほどの長さがある口吻を差し込んで樹液を吸いながら、お客人はリリアと話をする。大抵は今日の天気はどうだとか、たわいもない話ばかりだ。はじめのうちこそリリアはお客人の話し方に慣れなかった。とても不思議な響きの、頭でないところから出ているような声なのだ。でも、いくらもしないうちに慣れた。決め手になったのは、お客人がリリアの翅をほめてくれたことだと思う。翅はリリアの自慢なのだ。
 蜜を吸い終わると、お客人は立ち上がり、階下へ降りる。傍から見ても大変な作業だとリリアは思う。階段の幅は親父さんや女将さんさんたちみたいなホビットにあわせてあって、お客人には横を向いてもギリギリだ。しかもお客人の足は細くて、歩くのに全然向いていないように見える。手伝ってあげようかと言ってあげられなくて、リリアは少し悲しくなる。せっかく翅があるんだから飛べばいいのにとリリアは思う。屋根にあいている妖精用の窓のとなりに、お客人用の出入り口をあければいい。私から親父さんに頼んであげようか。そう聞くと、お客人は少し黙る。
「私の翅は飛ぶためにあるんじゃないんですよ」
 そういいながら、苦労して階段を下りる。リリアは見ていられなくて、一足先に階下へ急ぐ。


 《深森》の一階には、いつでもお客さんがいる。夜ほどではないけれど、朝だって戦争みたいになる。宿のベッドから出てきて食事をねだる交易商にパンとチーズを運んでいく女将さんの足元では、酔いつぶれた水夫たちがうめき声を上げている。港湾労働者向けの弁当を準備しながら、親父さんはエルフの助役さんとなにやらカウンター越しに話し合っている。店の前を掃除するのはリリアの仕事で、何か言われる前に陳列台を出しておくことも忘れない。《貴婦人》の歌声が終わる頃には、陳列台にサンドイッチを山ほど並べておかなくてはいけないのだ。歯切れよい声で酔っ払いたちを叱り飛ばす女将さんに、リリアはお客人が降りてくると告げる。女将さんはうなずき、お客人のために指定席をあけにいく。といっても、最近は特に何もする必要がない。《深森》の虫人さんといえばもうすっかり有名になっていて、わざわざ見に来るお客さんまでいるぐらいだ。その指定席に座ろうとする人たちなんてもういない。よろよろと降りてきたお客人が席につくのを見届けると、リリアは外に出て、ひと段落するまで弁当を売る。


 お昼の戦争が始まる前に、リリアは食事を取る。蜂蜜入りのヨーグルトに、ホウセンカの花びらの砂糖漬けをまぶして食べる。《貴婦人》にはいろんな船がいろんな食べ物をはこんでくる。お金さえ払えば、いろんなものが食べられる。食事だけは贅沢するのがリリアのやり方だ。
 お昼ごはんはお客人も一緒に食べる。やっぱり《貴婦人》の樹液を吸いながら、お客人はじっと店内を見ている。店内にいるお客さんの数は少ないけれど、みんなお客人に興味を示して寄ってくるので賑やかになることが多い。そんなとき、お客人は意外と饒舌になる。エルフやホビットや妖精以外にも、クレスベルグのドワーフさんやミズハミシマの竜人、大延国の獣人さんやラムールの猫人、ドニー・ドニーの海賊さんたちが相手でも頓着しない。リリアには分からない難しい話をお客人がすると、話しかけたほうは皆喜び、時にはお礼を言って去っていく。何を話しているのと聞くと、お客人は「占いみたいなものですよ」といって、少し黙る。
 今日も、お客人のところに人が寄ってきた。大延国の服を着た、でっぷりと太った豚人の商人だった。
「よろしいですか」と椅子を引きながら、お客人が答える前に席に着く。バンバンとテーブルを叩いて女将さんを呼びつけ、一番高いものをもってこいとぞんざいに言うと、こんどはお客人のほうを向いて笑顔になる。リリアは一発で嫌いになった。
「私、大延国でちんけな商売をやっておりますリホウと申します。先生のご高名はかねがね伺っております。なんでも千里眼をお持ちだとか。本日は哀れな私の商売先生のお知恵を拝借したく伺いました次第でして。おい、まだ食い物は来ないのか! いや先生、私、実はですね――」
「俵物のことなら、きちんと本国まで持ち帰れればいい値がつくでしょう。ただし、躍字のうち二つはもうミズハミシマでは売れないでしょうから、支払いには当てられません。代わりの商品を仕入れておいきなさい。二日すればオルニトの方へ向かう異世界の学者が通りかかるはずですから、もうしばらく逗留して彼に売りなさい。どうせ、しばらくは風を待たないといけないでしょうし、船員も足りなくなっているのでしょう?」
 リホウは黙り、かと思うと満面の笑顔になった。揉み手をしながら後ずさり、袋から金貨を出してテーブルに投げ出して去っていった。お客人はぼんやり見送ってから、金貨をリリアに押しやった。
「あげますよ」
 いらないというと、お客人は女将さんに金貨をわたし、代わりに女将さんが持ってきた飾り切りりんごの蜂蜜漬けをリリアにくれた。親父さんの力作だけあって、とてもおいしかった。



 その次の日から、お客人は階下に降りてこなくなった。
 理由を聞いても「必要がなくなったから」としか答えてくれない。《貴婦人》の樹液をすすりながら、お客人はぼんやりすることが多くなった。リリアはさびしかった。せっかく《貴婦人》にいるのだから、観光でもしたらいいのにとリリアは思った。そもそも、どうしてお客人は《貴婦人》に来たのだろう。思い切って聞いてみると、お客人は長い間黙っていた。
「――会いたい人がいるのですよ。会うべき人、というのが正しいかもしれませんが」
 まだ時期が来ていないので会えないのですがね、と付け加えて、お客人は再び黙る。沈黙が耐えがたくなって、リリアはお客人を窓のところに連れて行く。《深森》の屋根裏部屋には一つだけいいところがある。眺めだ。港が一望できる。《貴婦人》の太い根から伸びだした桟橋枝にたくさんの船が停泊している。世界中から集まってきた船だ。船は蔦のクレーンで吊り上げられた荷物を積み込んで、朝でも夜でもお構いなしに船が出入りする。《貴婦人のティアラ》が投げかける強くて明るい光は、遠くの海を照らすだけじゃなくて、根元の港街にもおこぼれをくれる。おかげで夜でも明るい。体を乗り出して《貴婦人》の幹のほうを見れば、大きな葉帆がはためいている様子が見える。あとは《貴婦人のスカート》さえ見られれば完璧なのにとリリアは思う。海中に伸びた根の間に膨らむ赤い浮嚢を見るには、《貴婦人》の頂上まで登るか、船で沖に出るかしないといけないのだ。
「まあでも、ここの屋根裏からでも、《貴婦人》のいいところはいっぱい見られますね」
 そういって、お客人は笑った。リリアも笑った。


 ひと月ほどたって、お客人は再び屋根裏部屋から降りてくるようになった。
 変わったのは、お客人のところに寄ってくる顔ぶれだ。商人さんたちは追い払われるようになり、代わりに衛視さんや助役さん、港の偉い人が難しい顔をして集まってくるようになった。親父さんが目を光らせているので、リリアもなかなか近寄れない。一度だけ飲み物をはこんだとき、お客人は人の名前を挙げていた。リリアには心当たりはなかったけれど、集まっていた偉い人たちにとってはそうではないようだった。小さな声で罵ったり、ありえないとつぶやきながら首を振ったり。立派な服を着たエルフの人が「まさかリホウさんがそんな」と漏らして、あわてて口元を覆った。聞き覚えのある名前のような気がして、リリアは少し首をひねった。
 リリアに気がついたお客人は小さくお礼を言って、樹液を受け取ってくれた。他の人たちはリリアをものすごい目でにらんでいた。いたたまれなくなって、リリアはすぐその場から離れた。あとでお客人に何の話をしていたのか聞いても、お客人は言葉を濁して答えてくれなかった。
 ただ、誰の話をしているのかはあとでぼんやりと分かった。お客人が言っていた名前は、みんなこの街の港にかかわるひとたちだ。よくお弁当を買いに来てくれる人夫さんだったり、さえないお役人さんだったり。リホウはあの嫌らしい延人だ。一体何が起きているんだろうと考えると、リリアの頭は痛くなった。


 そしてある日の早朝、お客人は出ていくと言い出した。親父さんも女将さんも、あらかじめ知っていたことのようだった。リリア一人が知らされていなくて、そのことが悔しくてリリアは泣いた。どうして教えてくれなかったのかとなじると、お客人は黙り込んだ。
「――一緒にきてもらえませんか」
 唐突だった。でもお客人の様子があまりに真剣だったので、リリアはうなずいた。お客人もうなずいた。
 階下では衛視さんたちが待っていた。衛視さんたちはお客人の腕をつかんだ。捕まえるの? と聞くと、衛視さんは苦笑いして耳を揺らした。お客人が上の手をひらひらと振った。
「支えてもらっているんですよ。私はもう、歩くのが難しくなってきましたから。さあ、いきましょう」
 階段はがんばりましたけどね、と付け加えて、お客人は店の外に出た。リリアもついていった。


 リリアたちは港まで歩いた。まるで何かから隠れるように、衛視さんたちは人通りの少ない道ばかり選んでいた。葉帆の影に入って薄暗い通りを引きずられるようにして歩きながら、お客人は《貴婦人》の歌に耳を傾けていた。
「前から聞きたかったのですが、どうして《貴婦人》はこんなふうに歌うのですか?」
 そうリリアに問いかけるお客人の声はとても静かで、だからリリアも茶化そうとはしなかった。子供でも知っている。《貴婦人》の歌は、根っこが海から塩水を吸い上げて、濾して真水を作るときに立てる音だ。朝のうちに真水をたくさん作って浮嚢に蓄え、《貴婦人》は一日かけてそれらを吸い上げる。水が飲める喜びの歌なのだ。
 お客人はリリアの説明を黙って聞いていた。聞きながら、背中の翅をきちきちと揺らしていた。リリアはふと、飛ぶために使わないのなら、お客人の翅は何のためにあるのだろうと思った。
「――すぐお見せできると思いますよ」
 心の中で言ったことに返事をされて、リリアは心底あわてた。お客人はそれ以来黙り込み、衛視さんに支えてもらいながら歩調を速めた。


 港では大勢の人たちがごった返していた。輪の中心にいたのは、あのリホウとかいう延の商人だった。
「どうして出発させてもらえないのか! 私の船に一体どんな不備があったというんだ! きちんと説明してもらいたい! お前みたいな下っ端じゃ話にならん! 責任者を呼んで来い!」
 怒鳴り散らしていたリホウは、お客人の姿を認めると顔色を変えた。
「や、やあこれはこれは。先生のおかげでミズハミシマではいい商売ができまし――」
「ミズハミシマには行っていないはずです」
 お客人がそういうと、リホウの顔が引きつった。
「何をおっしゃるのですか、私どもはちゃんとミズハミシマで俵物を仕入れてきましたよ」
「いいえ。新天地で買ったもののはずです。ミズハミシマから密輸されたもの。でもそれはどうでもいいんです。もう一つ買ったものがあるでしょう。それをいただきます」
 リホウの目が泳いだ。船に乗り込もうとする衛視さんたちを目にすると、とたんに声を張り上げた。
「止めろ! こんな扱いを受けるいわれはないぞ! 勝手に私の船に上がるな! 私は大延国皇帝の許可を受けた商人なんだぞ! エリスタリアとの協定では――」
「禁制品売買の疑いがあります」
「はっ、何を根拠に! もしこれで何も出なかったら大問題になるぞ! 《貴婦人》の役人は善良な商人にいちゃもんをつけて積荷を開けるのか! これでお前らが商品を汚しでもしたらどう補償するつもりだ? 私は朝廷に人脈があるんだぞ、国に帰ったら問題にしてやるからな!」
 唾を飛ばして腕を振り回していたリホウは、乗り込んだ衛視が船内から運び出した俵を目にすると顔面蒼白になった。衛視が俵を切り裂くと、リホウはしりもちをついて後ずさった。零れ落ちたのは、乾燥した虫人の頭だった。お客人と同じ形、茶色くなって輝きを失ってはいるけれど、お客人と同じ眼だった。
「しらん、そんなものわたしは知らんぞ! きっと船員が勝手に積み込んだんだ! そうだ、ここで雇った船員がやらかしたのに違いない! いや、あんたらが最初から仕組んだんじゃないのか、私を陥れるために! なんて汚い連中だ! 訴えてやる! 止めろ、さわるな!」
 リホウが引きずられていった。お客人は俵のそばにかがみこむと、零れ落ちた頭を拾い上げて眺めていた。
「やっと会えましたね」
 ぼそりというと、お客人は翅を震わせた。いんいんと響き渡る音に、リリアはお客人の翅が何のためにあるのかを知った気がした。


 お客人とリリアは港で別れた。それきり姿を見ることはなかった。お別れらしいお別れがいえなかったことが、リリアには心残りだった。親父さんにお客人のことを尋ねても要領を得なかった。
「お偉いさんが預かってくれってじきじきに頼んできたんだ。特に世話も必要ない、ただ客を観察させてくれってさ。それだけで金貨をふた袋だ。もう二度とねえだろうな、こんなおいしい話」
 女将さんはもうすこし詳しい事情を知っていた。噂で聞いたんだけどねと前置きして、女将さんは声を潜めた。
「あの虫人にはどうも不思議な力があったみたいだよ。やってきたのもどうやら船じゃなくて、小ゲートで直にやってきたんだとさ。倉庫番のピピンがゲートが開くのを見たって。普通じゃないだろ? それで、どうも衛視や議員連中と取引してたみたいなんだよ。あの虫人がどういうわけか密輸団の情報だの今後の天気の見通しだの、とにかく何でも知ってて、その情報と引き換えにあのリホウとかいう延人の運んでる荷物を押さえさせたんだって。あのリホウってのは相当悪い奴だったみたいだね。あたしゃ一目で分かったよ。まともな面じゃなかったからね。だいたい、人の死体を売り買いするだなんて虫唾が走るね。おまけにあれを食べるつもりだったっていうから大概だよ。薬になるんだかなんだか知らないけど。延人ってのはホントどうなってるんだい全く」
 女将さんの愚痴はとめどなくあふれていたけれど、リリアは聞いていなかった。ただ、お客人が会いたかった人と出会えてよかったと思った。生きていればもっと良かったのかなと考えて、リリアは少し泣いた。
 それ以来、リリアは飛び回るようになった。《深森》にはいろんな国の人が来るけれど、マセ・バズークの人たちだけは別だからだ。お客人の姿を探して、リリアは虫人たちのたまり場をたずねて回った。とても苦労した。話も出来ないことばかりが続いた。普通の虫人さんたちは、お客人のように声で話すことは出来ないようだった。それでも何とか身振り手振りで言葉を交わせるようになった。虫人さんたちは見た目より付き合いやすかったけれど、お客人の事は知らなかった。お客人のような虫人がいるということも知らないようだった。リリアは辛抱強く、虫人たちのもとに通い続けた。


 進展があったのは、ある寒い日のことだった。お客人が姿を消してから半年ほどのことだった。
「リリアさんですか」
 声に驚いて振り返った。声を掛けてきた人は他の蟻人と同じように見えた。
「伝言を預かっています。聞いてもらえますか」
 お客人からだとすぐに分かった。リリアが手近なテーブルに降りると、蟻人はリリアの対面に座ってゆっくりと話し始めた。蟻人の話し方は、お客人と全く同じだった。まるでそこにお客人その人がいるかのようだった。


 お客人はまず、名前をリリアに教えなかったことをわびた。自分はリリアのような名前がないのだそうだ。マセ・バズークにお客人の仲間は多くても三人しかいないし、ほかの種類の虫人と話すこともほとんどない。ただ、種族としての名前はちゃんとあって、それが自分の名前みたいなものだからこれで勘弁してほしいとお客人は言った。
「《知らせ》が私の名前みたいなものです」
 お客人は、借り物の声でそういった。
 《知らせ》は大地から直接生まれる。《知らせ》はディルカカの見る夢が形を取ったものだ。マセ・バズークの主神ディルカカは、途方もない思考力で常に何かを考えている。その「何か」には、この世の行く先も含まれている。ディルカカがこの世の行く末に興味を振り向けたとき、《知らせ》が生み出される。土の中で、《知らせ》はディルカカの予想する未来像に浸されて育つ。一度に三人の《知らせ》が生み出され、それぞれ違う夢を与えられる。土から出て成虫になると、《知らせ》はディルカカの開く小ゲートをくぐり、ひそかに世界中を巡る。自分たちの予想が正しかったかどうかを調べて回るのだ。人目に触れることはほとんどない。自分たちの存在が、世界の観察結果に影響を与えてはならないからだ。
 そうして世界を見て回ると、《知らせ》は再びマセ・バズークに戻り、自分たちが見たものを交換する。翅を震わせて、複雑な旋律を重ね合わせてハーモニーを生み出すのだ。ディルカカは《知らせ》が奏でる歌を聴いて、自分の予想が正しかったのかどうかを判断する。そうして必要なら次の《知らせ》を生み出す。何百年もの間、この循環は途絶えることがなかったのだという。
「ところが、私の前の代になって問題が起きたのです」
 一人の《知らせ》が、将来行方不明になるという予知があったのだという。
 原因も、具体的には何が起きるのかも分からなかった。ただ三人の《知らせ》の意見が一致し、ディルカカもまたこのことを意識に上らせた。初めての事態に対応するため、ディルカカは特別な存在を生み出した。それがお客人だった。
「私の生みだされた目的は行方不明になった《知らせ》の回収です。私はディルカカと直接つながることを許され、きわめて精度の高い未来予知の力を与えられました。世界を巡る間に、行方不明になる《知らせ》が新天地で捕まり、エリスタリアの《紅の貴婦人》に密輸品として持ち込まれるだろうことを知ったのです。あとは、リリアさんもご存知の通りです」
 お客人はどうなったの。リリアは思わず、これが伝言であるということも忘れて蟻人に問いかけた。驚いたことに答えが返ってきた。
「私は役割を終えたので、ディルカカの元へ戻りました。任務を成し遂げたので、褒美としてあなたへ伝言を残すことを許してもらったのです。短い間ですが、リリアさんには本当にお世話になりました。とても楽しかったです」
 また会いたい。リリアがそういうと、お客人は借り物の体で笑った。
「それは叶わないでしょう。この伝言をリリアさんが聞くときにはもう、私は死んでいるはずですからね」


 誰もいなくなった屋根裏部屋の窓に腰掛けて、リリアは夜の港を観察する。船が旅立っていく海の向こうのことを考える。世界を見て回るためだけに生み出されるのはどういう気分だろうと考える。大抵はすぐに頭が痛くなって、そういう時、リリアはお客人の翅と、それが奏でていた音の事を思い出す。《知らせ》が奏でるディルカカのための音楽はどんなものだろうと考えて、リリアはすきっ腹をさする。お昼の贅沢を止めて貯めたお金で、リリアはいつかマセ・バズークに行くつもりでいる。


 終

 但し書き
 文中における誤りは全て筆者に責任があります。

  • エリスタリアのとても異世界らしい宿屋での一幕もにぎやかな流れからお客人の目的に触れるにつれ交易などの背景が見えてきて切ない空気の中で終わる。それでもリリアの中に先へと進む意欲がわいて終わったのは温かくなりましたね -- (名無しさん) 2013-04-20 19:26:46
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る
-

タグ:

ss
+ タグ編集
  • タグ:
  • ss
最終更新:2013年03月30日 13:05