「あー!いぇー!!あーあああ!!(大河ドラマ○条時宗のイントロ)」
今から405年前。
鉄月22日、乙姫を首班とする
ミズハミシマ南部政府の陸上領土、
その最後の島であるヤクモ島に革命勢力、反乙姫・北部政府軍が攻撃を仕掛けようとしていた。
事の起こりは約半年前に遡る。
北部政府の統領、トトノのオクス将軍は、歴史上の人物と対面していた。
すなわち
モルテ教団不死の王侯、漆黒王カー・シン・ガフである。
「し、漆黒王は10年以上前に死んだはずでは!?」
黄金の仮面を被り、漆黒のドレスに身を包んだサミュラがシンを紹介した。
勿論、オクスを始めとして彼の部下たちも事が飲みこめずに顔を見合わせた。
「首を吊っても不死者は死なぬというのは見たことがあるが…。」
「まさか王までも生き返らせることができるというのか?」
ここでオクスの部下、亀人の年老いた将軍が大きな声をあげた。
「カー・シン・ガフ陛下は武術の達人。
伝説の武王にも迫るつわものと言われたものよ。
おのおのがた、騙されてはなりませんぞ。
ワシはナスヨヂ島の戦いで漆黒王様の戦いぶりをしかと見た。
この手で、漆黒王の戦斧を受けたのじゃ。
ゆえ…。」
「ふっ。」
亀人の老将がなにやら講釈をたれていると、その最中にシンは失笑した。
当然、相手は不快そうにじろりと目を向けて来た。
「これはしたり。
何がおかしいのですかな?」
老将軍がシンにたずねると黒豹の屍王は残忍な笑みを送った。
「私の一撃を受け止められたものなどいない。
ドラゴンでさえ一撃で切り下げる私の膂力に耐えられるものか。」
この言葉で逆にオクスの部下だけでなく、モルテ教団の者たちも噴き出しかけた。
伝説の武王の逸話は聞いている。
だが、邪龍王マルドレイク退治が真実にせよ、ドラゴンを亜人(にんげん)が、
たとえ王であっても素手で切り下げるなどと白痴の妄言としか考えられない。
面と向かって証拠がある訳ではないが、邪龍王退治にしても尾ひれがついていることは疑いようがない。
「ははは、はーはははは!!
…小娘、貴様、ワシを愚弄するかッ!?」
亀の老将軍が哄笑をあげ、その後に席を立ってシンに向かって怒鳴り散らした。
なおもシンを指差して厳しい言葉を浴びせる。
「第一、その左目の瑕(キズ)はなぁんじゃ!?
はッ!…確かに漆黒王様にも瑕があったが、不覚傷じゃないか。
それで伝説の武王と同じようにドラゴンを切ったなどと、にわかに信じられぬ。
それとも…!!」
まだ何か老将は言いたげだったが、さすがに途中でオクスが制した。
「擱(お)け、イコザ。」
オクスにいわれて亀の老将軍も退散し、席に戻った。
だが、この場にいる誰もが疑いの目線をシンとサミュラに送っていた。
オクスが咳払いして仕切り直す。
「んん!
…漆黒王の武勇、戦術家としての戦勝の数々は、我々も良く知るところに御座る。
常より王の戦いぶりを参考にして、我等も精進しておるのですからな。」
オクスは、サミュラに対して忠誠心、モルテ教への信心、帰依もない。
ただただ教団の持つ武力と資金を頼りにしているに過ぎない。
とはいえ、ここで反駁し合っては困るのだ。
だが、彼の部下たちの教団に対する不信感や敵対意識は、場所を弁えずに爆発した。
「なれば、此度のヤクモ島の制圧、いかに!?」
立腹した様子の魚人の軍人が、ふてぶてしい態度でシンに詰問する。
オクスも苦々しい表情だが、止める素振りもない。
サミュラは「どうも幸先が悪い」という表情で隣りのシンを見た。
シンは椅子を薦められても辞し、出された茶にさえ手を付けず、直立不動、後ろ手に手を組み仁王立ちのままだ。
「なんだ、何か申されよ!」
今度はトカゲ人の武人が身を乗り出して手前のテーブルを叩いた。
他の者たちも冷たい目線、訝しみの表情でシンの返答を待った。
やおらシンは素っ気なく応える。
「…今、寄せ手の城を作らせている。」
寄せ手の城、向城ともいい、つまりは攻撃用の前進基地である。
城は何も防御拠点としてだけでなく、指揮機能、兵を集合させ、武器や兵糧を集積する施設にもなる。
向城とは、攻撃の準備を整えるための出城の一種である。
シンの指示で築城されているトヨテ城は、ヤクモ島攻略のため、
ヤクモ島からほど近いナケテ島のツガヰ湾の近くに建てられていた。
ミズハミシマ陸上領土、残るは最後の一島であるが、未だ海洋領土は乙姫派・南部政府がほぼ全域を掌中に収めている。
「敵が海を渡って、ヤクモ島に上陸する所を叩く、これが常道でござろう。」
南部政府軍、ヤクモ島解囲軍の大将、イハキのモリヤは諸隊を預かる武将を集めて自分の方針を示した。
言うまでもなく海に利のある南部側が取り得る、もっとも公算の高い戦略である。
「しかし、これまでも数の差で負けておりますぞ。」
「いや。これまでは複数の島を同時に攻められ、こちらの戦力が分断されただけのこと!」
これはキエムの功績であった。
彼の巧みな風読みによって、常にミズハミシマ軍の動きは事前に読み取られ、大規模な兵員移動はたちまち知られた。
常に裏をかかれる形で惨敗し続けるミズハミシマ軍は、敵の神出鬼没ぶりに内通者を疑って疑心暗鬼に陥っている間に、
十分に思い切った戦略を打ち出せず、ただ先手を取られ続けていった。
「左様。
此度はヤクモ島を包囲する敵軍を、こちらが叩けば良いのでござる。」
すると反対意見が飛び出した。
「なれば、敵が動くのを待つ必要はありますまい。」
「然(さ)もありなん。
敵が出城を完成させて、準備が整う前に叩くべきですぞ。」
しかし大将モリヤと意見を同じくする武将たちからも反論が出た。
「ナケテ島トヨテ城はヤクモ島から近すぎる。
これは築城中にこちらが仕掛けてくるのを待ち、返り討ちにせんと企んでおるのは明白!」
「これまでもこちらの動きは、不思議と敵に先読みされておる。
噂では、優れた術者が敵におって、自在に声を聞き盗れるというではないか。
大人数が動く行軍ともなれば、隠しようがないという情報もある。」
「馬稼な。
そんな途方もない術者がいる訳なかろう。」
「そうだ、そうだ。第一、噂などで軍略が立てられるか!」
諸将の意見は出尽くした。
要は出城が出来るまで待つのが堅実だが、それでは恐らく攻勢を止められず、結局は大敗する。
今、攻めれば敵に打撃を与える好機だが、確率は五分より悪いか、それ以下というところで、
後がないミズハミシマ軍としてはおいそれと奇襲奇策にをとる胆力がなかった。
「第一、これまでの惨敗で兵が殆ど残っておらん。
大胆な攻撃に転じなければ、このまま押し通されるのは分かっておるが、
どうやってもそれだけの作戦を指揮できる者も、そいつに着けられる兵たちもおらんのじゃ。」
一同は意気消沈した。
もともと自国民同士の戦いに疑問があって、戦意は高くなかった。
厭戦ムードも手伝って、どこで戦っても守るべき民衆から厳しい批判を浴びせられた。
それらはキエムとモルテ教団の実に巧みな分裂工作によるものであったが、
ここまで戦い辛い”いくさ”は、過去に訊いたことがない。
自国民が敵に回ってしまえば、どんな精強な軍隊、要塞も役に立たなくなる。
これは君主論の中でマキャベリが唱えた理論であるが、まさに今のミズハミシマ軍がそれだった。
「…竜宮城は?」
軍議のすみっこで、誰か一人の武将が呟いた。
すぐに「この戦いに関係ないだろ。」という反論が聞こえたが、口々に同じような話声が聞こえ始めた。
「乙姫様も龍神様も深手を負われたらしい…。」
「竜宮城全体が邪悪な精霊と気に包まれておるとか。」
「聞けばどこも地獄のような有り様よ。」
「疫病のようなものが近くの海域にまで及んでおるらしい。忌々しい。」
誰もが腕を組んで嘆息すると、大将のモリヤが席から立ち上がって皆を鼓舞する。
「皆の者、ここを譲れば後はないのだぞ。
皆の力を貸してくれ。ここが踏ん張りどころなのだ!」
それでも一同の血色は良くならない。
もともと魚の青い顔が、ますます青くなってしまったように思える。
うつむき加減で、誰も色よい返事はなかった。
「なれば、ここで打って出ようではないか!!」
モリヤも自棄になったのか、思い切って奇襲を提案した。
それでも、やはり反応は鈍かった。
「…そうさな。ここまで来て、大きく出るしか。」
「ふん、ミズハミシマ武士の底力を見せてやろうかな。」
半ば投げ槍な返答がかえって来ただけだった。
トヨテ城奇襲。
最初は誰もが気乗りしない作戦だったが、決行当日には士気は意外にも高まっていた。
「えい、えい、えい、えい!」
「えい、えい、えい、えい!」
「えい、えい、えい、えい!」
「えい、えい、おーっ!!」
というより、こうなればもうヤケクソといった印象が強い。
奇襲と決まったものの、細かな所はなにも話し合われていない。考えなしの攻撃だった。
居並ぶ武者たち。形も様々、色とりどりの魚の顔が並ぶ。
その中のひとり、マブのカヒコマは、この日が初陣であった。
マブ家はミズハミシマの中では新興の武家で、決して豪家ではない。
家伝の品というより、ただ使い込まれた古い鎧があるだけで、他には何もない。
カヒコマは家の三男坊で、当主である兄カヒトリに「手柄を立てられなければ、死んで来い。」とまでいわれた。
本当にそこまでは言っていないが、要約すればそんなところである。
「けっ!小国の地下人(じげにん)が、家長だからって偉そうに指図するんじゃねえや。」
普段は百姓とさほど変わらないマブ家である。家長も家人もクソもない。
だが、こうやって兄弟を減らしていかなければ、いつかはドン詰まりになってしまう。
「ようは手柄を立てればいいんだろ。」
肩から下がって来たボロボロの鎧の結び目を見やりながら、カヒコマはぶつくさと呟いた。
とはいえ、これは内乱である。
御公儀(中央政府)にも所領の再分配などする余力はないだろう。
豪家の大名たちは、北部政府、反乱者側に組みした家は取り潰しになって、
新たな知行がそこから別け与えられると呑気なことを言っているが、ほぼ全ての陸上領土の大名家が今や敵方である。
それが領地を取り上げられるとなれば、簡単に受け入れるとは思えない。
少なくとも敵方は、その辺りを深刻に見極めているから必死だ。
逆に味方は本領(自分の領地)、海洋領土まで敵は手出しできないと安直に構えているから、真剣みに欠けた。
それこそカヒコマが気に病んでどうこうなるものではないのだが。
「…今日こそは、俺が敵に切り込む所までは持ってくれよ。」
今日までカヒコマは大小4度の合戦に参加したが、敵に出会う前に、全ての戦が終わってしまった。
だから今回は正式には初陣ではないのだが、とうとう正真の初陣は今日となった。
「出立じゃー!!」
組頭の、山賊の頭領のような薬缶頭のタコ入道が号令をかけるとおのおの、のっそりと立ち上がった。
誰も彼もカヒコマと似たり寄ったりの貧家の食い摘まめ者ばかりだ。
「こりゃ皆、死んだな。」
カヒコマは心の中で毒付くと前の背中を追いかけて歩き始めた。
ナケテ島沖、ツガヰ湾から上陸したモリヤ軍の奇襲部隊は、築城途中のトヨテ城に吶喊した。
意外にも敵は備えを怠っており、やすやすと攻め入ることが叶った。
浜から上がった300人足らずの歩兵たちは、真っ直ぐに城を目指す。
途中に大した抵抗もなく、ひとっぱしりで出城の目の前まで駆け寄った。
「敵は守りが薄いぞ!」
「おのおのがたーッ!これより我等、修羅に入る!!」
「おおおーッ!」
足軽組頭たちが血気盛んに怒鳴り散らすと、頭に血の登りやすい連中がそれに続いた。
その中でカヒコマは唖然としていた。
「うひー。
守りが薄いっても、敵の罠かも知れねえだろうが。」
しかし、ここでひとりだけ怠ける訳にはいかない。
腹をくくって皆に続いて吶喊した。
「楯持って来ーい!」
誰かがそう叫ぶと置き楯が押し出され、寄せ手の兵士たちは一斉に楯の後ろに隠れた。
カヒコマは思わず他の連中に楯を譲って立ち止まると、後ろから怒声が飛んで来た。
「なぁにをしとるか貴様ぁっ!」
怒鳴っているのは魚人の中でも、とびっきり凶暴なハモの魚人だ。
「怖じ気づいたか!
さっさと走れ!!」
味方であろうと斬りかかってきそうな剣幕である。
しかたなくカヒコマは、置き楯を押しながら進む一団には加われず、身一つで出城まで突進させられた。
「くっそー!!」
この時、トヨテ城には工事に当たる人夫とわずかな兵士かいなかった。
それでも彼らは石や材木を倒したり、転がして下まで落としたりして抵抗を続けた。
「モルテの狂信者め。死を恐れぬとは噂通りよ。」
寄せ手の武者が唸った。
築城途中の出城から鍬や鋤を抱えて、百姓兵たちが完全武装の武者たちに飛びかかって来る。
その誰もが血走った眼で、死への恐怖を忘れ去ったような鬼気迫る表情をしている。
どうも攻める側より、守る側の方がよっぽど修羅道に入っているではないか。
遮二無二に襲い掛かって来る教団兵や百姓たちをばったばったと薙ぎ倒してミズハミシマ武者たちは進む。
だが、進めども進めども狂信者たちは遅れてなるものかと競うように向かって来る。
「敵が攻めて参りました!」
ドワーフの教団兵士が、漆黒の鎧に身を包んだ騎士に報告する。
築城と敵奇襲時の指揮を執るべく、トヨテ城に置かれたグウェン・グウェンスローである。
「やはり、昼間に来たか。」
通常、奇襲と言えば夜間だが、敵に不死者がいるとなれば事情は別だ。
現に今が夜間であれば、陣所を飛び出し、グウェンは敵と切り結んで存分に戦働きが出来たろうに。
「手筈通り、援軍が来るまで敵にこちらが組み易しと見せかけよ。」
グウェンがそういうと、兵は下がっていった。
サミュラの、というより軍の指揮権をサミュラから与えられている漆黒王シンがグウェンに与えた命令は、
敵の目の前で築城を開始し、隙を突こうと誘い出された敵軍を包み殺すというものだった。
「…策とはいえ、味方の死者が気にかかるわい。」
グウェンがあごを揉んで、太陽を恨めしそうに日陰から睨んだ。
しかしこの時、ナケテ島の北西部、北部政府軍とモルテ教団の軍勢が集結した根城、つまり主要な拠点では、
トヨテ城に向かって援軍が出陣するどころか、まともに戦備えなどしていなかった。
「…何を考えてる?」
黄金の仮面を外し、素顔になったサミュラがシンの背中に問いかけた。
仮にも太陽光を弱点とする不死者でありながら、シンは大きな猫にでもなったように日向ぼっこしている。
サミュラも太陽光で死にはしないものの、あんな風に好きこのんであたりに行ったりはしない。
「この戦の事。」
とシンの素っ気ない返事。
「敵襲のことは聞いているでしょ。
どうして出撃する準備を始めないのよ?」
少し苛立ちながらサミュラが語勢を荒げるが、シンはもっと素っ気ない返事。
「百姓娘が。…口を挟まず、私に任せておけばよい。」
思わずモルテ教信者たちは目の色を変えたが、サミュラの前でもあり、皆抑えた。
シンがそのままの体勢で続ける。
「敵は200を超えるか、300を下回る数。あくまで物見の範囲。
この程度で叩いても埒が空かぬ。囮のトヨテ城には、それなりに金も時間も要した。
備えの兵も着けてある。動く必要はない。」
「…そう。」
戦いは予想以上に激しくなり、最初は築城の妨害程度のつもりだったミズハミシマ軍の兵たちも、
完全に熱くなっていた。おさまりが着かなくなっていたのである。
「押し潰せーっ!」
「打ち壊せーっ!!」
盛り土を駆け上がり、遂に裸の本丸に雪崩れ込んだ寄せ手側に対し、守勢はすっかり腰砕けになってしまった。
ここに集められたのは熱心なモルテ教信者と北部政府に組みする大名たちの領内から駆り出された百姓たちだ。
貧家とはいえ、生粋の武者たちには、到底張り合えるものではなかった。
はじめこそ火の着いた様に武者たちに向かっていったが、逆に言えば勇敢な百姓兵はすぐに命を落とし、
残った臆病な連中は逃げ惑うばかりで、歯向かうこともせず、虫けらのように追い立てられていった。
そんな様子であるから、まともに戦おうという連中でさえ、気勢をそがれてしまう。
こうなっては日中であろうと日陰に隠れても居られず、グウェンは黒い鎧をきらめかせ、
愛用の大剣を佩いて戦場に向かった。
精霊の加護により、多少は太陽光に当たっても平気のハズであるが、
じりじりと身体が焼かれる様だ。
モルテから直に神力を分け与えられ、その体の一部と一体化している不死の王、屍王サミュラさえ、
太陽光には強い倦怠感を感じるのだから、ただの不死者には厳しすぎる。
例外なのは、ドラゴンの血の影響で身体能力が強化されたシンだけなのだ。
「と、殿!!」
「陽の下に出ては危のうござります!」
側近たちが思わず飛び出してくるが、グウェンの決心は変わらない。
「ええい。味方の窮地に、日陰でポクポクしていられるものかよ。
ここで命を懸けねば、なんの騎士か。なんの不死者か。」
グウェンはうなり声をあげ、敵の集団に向かって切り込んだ。
「推参なり、ミズハミシマ軍!
ワシの大剣、我が君より賜りしタクシスがおのれらを斬り裂くぞ!!」
グウェンの一撃で二人の魚人たちが瓜のように真っ二つになって地面に落ちた。
しかし4つになった味方の屍を飛び越えて、ミズハミシマ武士たちが攻め寄せてくる。
「見れや、大将首じゃー!」
「早い者勝ちぞ!!」
「抜け駆け御免ッ!」
だがこれも一閃のもとに斬り伏せる。
サミュラが選んだクワガタの蟲人、黒騎士グウェン・グウェンスローは
マセ・バズークの大剣豪で、
彼の地で迫害を逃れたモルテ教団の信者たちを守る剣士であった。
長年の功績と、大勢の信者たちの推薦があって、不死の貴族として伯爵の称号を贈られていた。
「たわいなし!」
グウェンは吠えたが、体は限界だ。太陽の光は、彼が思った以上に体を蝕む。
もうこれ以上、精霊たちも彼の身体を守り続けることはできないようだ。
「…こ、この程度の敵に、背を向けては…。」
鎧の中で弱音を吐くグウェンだが、敵はこれまでの戦いぶりに、すっかり気勢をそがれた様だ。
有難い。陽の光はどうにもできぬが、息を整える時間は作れそうだ。
「なにがどうしたぁ?」
そんな時、要領悪くカヒコマが前に進み出て来た。
さっきまで血気盛んに突進していた味方が堰き止められている。
何事かと思って覗いてみると、見るからに古豪の黒い剣士が孤軍奮闘、寄せ手を押し留めているところだ。
足元には、すでに数名の骸(むくろ)が転がっていた。
どうやったのか、カヒコマは見ていなかったが、尋常ならざる斬撃で切り下げられたことは隠しようもない。
「手柄首が残ってるじゃねえか。」
震える唇で笑って、カヒコマは進み出た。
内心では自分でもどうかしたんじゃないのか、と思わないでなかったが、初めての戦場で気持ちが浮ついているのだろう。
自分でも現実感がない、夢見心地のまま、強敵の前に立ってしまった。
「ふん。」
グウェンも完全にカヒコマが新兵だと見抜いて、鼻で笑った。
大剣タクシスを握り直し、息を整えて敵を待ち構える。
「来いやぁっ!!」
カヒコマは、思わず敵の声に応じて飛び出すと一直線に切り結んだ。
彼がグウェンの初撃を見事に受け止めたのは、偶然や奇跡でも、彼の腕でもない。
単にグウェンが合わせただけである。
「はあ!」
次いでカヒコマの顎の下、兜の結帯を切って、兜を跳ね飛ばす。
思わず、戦いを見ていた誰もが声をあげた。
「ああっ!!」
身の程もある大剣を、苦も無く操って曲撃ちならぬ曲切りをやってみせるグウェンに、
見ていたミズハミシマ武士も度肝を抜かれて気後れする。
「小僧。実力の差を見極めてから挑むがいい。」
グウェンがそういって大剣を手元に戻そうと腕を引くと、突然、体が膠着した。
遂に身体が限度を超えてしまったのだろう。これまでとは比べ物にならない悪寒が走った。
「ふっ!…ふう…っ。」
まるで全身の血を氷水と入れ替えられたように寒気が走った。
嫌な汗がどっと沸いて来て、色を失って目の前が白黒になり、くらくらする。
目は確かならず、足は力が入らない。
息は早くなっているのに、身体はまったく楽にならない。
それに気付かないカヒコマだったが、それとは関係なく、無鉄砲に突っ込んでいって、
まさに運よくグウェンの喉元、鎧の隙間を通って打ち太刀が貫いた。
「はが!?」
意識さえもうろうと、正体を失ったままグウェンはあっさりと倒れた。
寄せ手のミズハミシマ軍も、守勢の兵士たちも一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、
はじめに誰かの歓声が聞こえ、それが一斉に波及して戦場は大きなどよめきに包まれた。
恐らく、生きていれば最古の貴族のひとり、黒騎士グウェンは灰になって命潰えた。
不死の貴族から最初の死者が出たのである。
その後は、酷い混乱だった。
直後は寄せ手が勢いを盛り返したが、敵の大将首を取ったことで却って冷静になり、
敵の援軍に包み殺される前にと、足早に海底へ撤収した。
その後の論功行賞の場で、誰もが首をひねったのは想像に難くないだろう。
「馬部(マブ)?
海馬(タツノオトシゴ)の魚人だからか?」
「で、討ち取った首はどうした。」
武将たちが予想以上の戦果に喜んで本陣に集合したが、
持ち帰られたのは、どう見ても随分と昔に朽ち果てた蟲人の頭部の殻だった。
「これが今日の戦いで討ち取られた者の首級というのか!?」
不作法にも武将のひとりが持っていた扇子でグウェンの頭蓋を叩いた。
「…蟲人の首と考えれば、これは半年は前に死んだ者の首ぞ。」
「いやしかし、寄せ手の足軽頭たちが、口をそろえて証言しておる。
これは間違いなく、今日の戦でとって来た首級じゃ、とな。」
武将たちが口論していると、大将のモリヤが収拾を着けた。
「おのおのがた!
…詮索はここまでにして、首を上げたというマブのカヒコマなる郎党者に手柄を与えん。
この議、異論無用なり。」
そういったモリヤが膝を打つと、一同、しぶしぶ諒解した。
なおもモリヤが続ける。
「―――とはいえ、トヨテ城を完全に破却せねばならぬ。
次は兵1000をもって、強かに敵を撃つ。」
夜の海は、暗い。
海の中では酒も飲めないので、魚人は戦場で酒盛りするような風習はない。
お陰で士気戦意は盛り上がらないが、反面、夜襲には強い。
なんといっても夜行性の連中も多いこともある。
だが、今日はアルコール抜きでも大盛り上がりだ。
「戦い始まってより、悔しいことに北部の謀反人共に負け続け。
しかし今日、ようやく敵の武将の首を上げた!
今宵の英雄、マブのカヒコマ殿じゃー!!」
「おおおー!!」
歓声を受け、カヒコマは本日何回目かの胴上げをされた。
海の中なので持ち上げるのも降りてくるのもゆっくりで、今一つ迫力はないのだが。
「しかし海馬人というのは、珍しいのう。」
壮年の鱸の魚人がそういうと、年老いた鰆の魚人もいう。
「温かい海にしかおらんようだから、この辺りではな。見んのう。」
「ぴゃー、尖った口じゃのう!」
注意深く見渡してみなくても分かる。
どうやら生き残ったのは動きの鈍い年寄の兵ばかりらしい。
これでは次、攻めると言っても寄せ手に加わる1000人は、たかが知れている。
カヒコマがそんな事を頭半分で考えていると、足軽頭の薬缶頭のタコ親父がやってきた。
手には敵方の黒い鎧の騎士が持っていた、あの大剣を持っている。
「これをお前に持たす。」
言葉少なく足軽頭は大剣タクシスをカヒコマに与えた。
「手柄の前渡しよ。
次も生き残れよ。ここで死んだらつまらんぞ。」
その後、乱痴気騒ぎを抜け出してカヒコマは、貰った大剣を見た。
戦っている間は気付かなかったが、見たこともない文字が彫り込まれている。
精霊たちの力を借りてみると、どうやら古代
オルニトの文字で、タクシスと大きく書かれ、
あとは何やら小難しい詩が添えられているらしい。
試しに振ってみるが、どうも自分の腕では操れそうもない。
「うおっと…!
こりゃ、俺の腕では扱えんな。」
やはりというか、あの騎士に勝ったのは、偶然だったようだ。
これだけの武器を自在に操って見せたのだ。相当な武人であったのだろう。
対するモルテ教団側は、シンに叱責が集まっていた。
「築城の守備に当たっていた兵の多くが死に、不死の貴族のひとり、グウェン伯まで戦死したのだぞ!」
「不死の貴族から初めての戦死者を出すとは!」
「防ぐ手立てがなかったとは言わせんぞ!」
教団の幹部たち、北部政府の将校たちが口々にシンをなじる。
サミュラは知らぬ存ぜぬを決め込んでいるつもりだが、心配そうにシンをチラチラと伺った。
叱責されているハズのシンは、いつもの様に後ろ手に組んで直立不動。
何を考えているのか、黒豹人独特の鋭い目線で喚き散らす一同を見下ろしていた。
「モルテ神が選んだ屍王のひとりであろうと、満足いく説明をして貰おう!!」
すると、やおらにシンは、出し抜けなことを言いだしたのである。
「まさか。考えもしなかった。
たかだか200そこらの敵に後れを取るような雑魚を、サミュラが不死者に選んでいようとは。」
全員が絶句した。
特に目を丸くしたのは、サミュラと骸骨王ヴェルルギュリウスで、
怒っていいのか、呆れたものか、とにかく気が動転してしまった。
なおもシンは続ける。
「戦に勝敗、生死如何はつき物。逐一、騒ぎ立てることはない。」
これが正常な空気であれば、一斉に誰もがシンを指弾したであろう。
だが、それを許さなかったのは、漆黒王の威厳でも、カリスマ性でもない、武人としての獣のような気迫だった。
殺気だ。
これ以上、自分に逆らったり、喚けば殺す。
シンの五体から発せられる、その気配に全員が口を閉じた。
まるで獲物に近づく様にシンはゆっくりと将軍や教団幹部たちに歩み寄る。
思わずサミュラは、椅子に深く腰掛け、両脚を椅子の下に隠してしまったことに、自分で気が付いた。
「私の軍略は、百回戦って、百回勝つ戦い方だ。
確実な勝利のためには、順を追って布石を打つ必要がある。
初めから気を吐くやつがあるか。」
ここでサミュラが口を挟んだ。
「き、詭弁だわ。」
思わず震える声に、ハッとなってサミュラは顔を横に向けた。
シンは意に介さず、彼女に背を向けたまま言葉を返した。
「王の言葉は常に嘘にまみれている。」
サミュラは、シンの言葉に指先まで冷たくなっていくのを感じた。
「…と、ともかく、ある程度の被害は…。
今回の事は、想定されたものだと考えていいのかしら?」
サミュラがそう訊ねると、少し間を置いてからシンは静かにうなづいて答える。
「まさか不死の貴族が倒されようとは、思っていなかったが、な。」
「まだいうの!?」
サミュラが流石に声を荒げるが、シンの眼光に息を飲んで小さくなってしまった。
「…今後は貴重なモルテの力を分け与える人間は、慎重に選べ。
不死を餌に人心を得るのも分かるが、ばか正直に本当に不死にしてやる必要があったか?」
今度は骸骨王が報いる。
「不死者を新たに生み出す奇跡は、モルテ神よりサミュラ様が賜った能力。
それをサミュラ様が正しいとお考えになったようにお使いになられるのが筋ではございませんか?」
「その結果がこれではな。」
このシンの返答に、取り付く島もないと骸骨王は諦めた。
他の諸将も幹部たちも、下手に逆らうと本当に殺されるのではないかと怯え始めていた。
シンの眼は、身内だろうと平気で襲い掛かってきそうな、鬼のような気色を帯びていたからだ。
「まあ、便利な能力を持った連中もいる。
今回、死んだやつは一等、まぬけだったのだと納得しておくか。」
言いたい放題、やりたい放題し終わると、シンは勝手に部屋から出て行こうとする。
トトノのオクスが真っ青な顔で咎めた。
「こ、この後はどうする!?」
呼び止められて、シンは立ち止まってから短く応える。
「既に始まっている。」
そしてシンが部屋を出ると、全員、不愉快そうな表情で残された。
数日後、今度こそ完全にヤクモ島の包囲を崩そうと解囲軍は、1000人の寄せ手でトヨテ城を攻めた。
結果からいえば、シンが言った通り、敵の最初の攻撃が上手くいったのは運が悪かっただけのことで、
手筈通りの反撃が始まるとミズハミシマ軍の解囲軍は手もなく壊滅した。
寄せ手だけでなく、後方の荷駄部隊も攻撃されると、装備も兵糧も失い、
シンが配置した伏兵たちは、巧妙に敵に襲い掛かって散々に打ちのめして見せた。
逆にこれで自由にヤクモ島に上陸できるようになった包囲側の北政府・教団軍は、
シンの指揮のもと、ほとんど抵抗を受ける事無く、乙姫側の最後の陸上領土、ヤクモ島の各地に上陸した。
この時点でシンは、敵に然したる反撃の手はないと判断し、サミュラや幹部たちを連れて、
クルスベルグ本国に帰還すると発表した。
「ま、まだ島は完全に落ちてないわ!?」
サミュラはいきなりの決定に驚いたが、シンは憮然として答えた。
「
ドニー・ドニー攻撃の準備があるというのに、いつまであんな小島に付きっ切りでいる?」
シンの眼を見るとサミュラは凍り付いたように口を閉ざした。
まるで、弱い人間の小娘だった頃の、兄の言いなりになっていた様に。
他の将校や幹部たちもシンの気迫に馴らされると、すっかり怖気づいてしまった。
なんといっても宣言通り、解囲軍を撃退した指揮能力に誰もが認めざるを得なかった。
漆黒王が、まさに数世代にひとりの戦略家であることを。
「では、今後は我々だけで軍事行動を続けるのですか?」
北部政府統領、トトノのオクスがシンに伺いを立てた。
「ああ。」
シンはそっけなく答えた。
また、こうも続ける。
「海洋領土には、今はまだ手を出すな。
ミズハミシマ制圧は、あくまで東大陸攻撃の際、クルスベルグ空軍の補給拠点としての活用と
後方から攻撃を受けないための露払いに過ぎん。
ドニー・ドニー海軍も徹底的に叩き潰せば、制海権はこちらのものだ。
それ以降、海洋領土への攻撃を本格的に進める。
安心しろ。なにも手順の問題で、お前たちを見捨てていくわけではない。」
シンの言葉を聞いて、北部政府の将校や幹部たちは、見るからに喜んだ。
こと、戦に関して漆黒王から言質を取れば安心ということなのだろう。
サミュラは、これだけ連中を安心させられるなら、もっと早くから言えばいいのに、
と内心毒づいた。
「大ハン、エア殿から借り受けた精鋭の
ケンタウロス部隊も上陸した。
半魚どもでは、いまさら太刀打ちできまいよ。」
シンのいう通り、ヤクモ島には騎兵が活躍できるような平原は少なかったが、
不死の王侯のひとりでケンタウロスの屍王、
イストモス大ハン、大帝エアの子飼いの騎兵たちは十分に働いた。
人馬が苦手とする森や、険しい斜面も苦も無く走破し、ミズハミシマ軍を圧倒したのだ。
騎兵の常識を超える戦働きに、ミズハミシマ武士たちは度肝を抜かれていた。
同年戦月9日、カヒコマたちはヤクモ島、最後の要塞、アゼゴロ城に籠った。
すでに主将であったイハキのモリヤも戦死し、主なった武者たちも後を追うように命を落とした。
もし、乙姫が健在ならば、助けに来るか、いっそ降伏することを勧告したろう。
だが、この時期、乙姫も龍神も武王、漆黒王との戦いの傷が原因で重症だった。
不死者は生者から活力を吸収すればすぐに回復できるが、いかに神とはいえ、死の神モルテの神霊の力で受けた傷である。
おまけに海のあちこちが邪悪な死の穢れに満ちた精霊たちに被い尽くされ、ふたりの体調は戻らなかった。
数千年間、力を蓄えて来たモルテの影響力は、ゆっくりと世界を暗く染め始めていた訳である。
さて、アゼゴロ城には半生半死の兵たちが逃げ込んでいた。
皆、ここまでの戦いを必死に戦って来たが、内容は酷いものだ。
「地元の陸亀人ども、モルテ教に寝返りやがって。」
「俺の仲間も、いきなり村人に殺されたんだ。」
「畜生。この島を守るために戦ってるのに。」
兵士たちは口々にそう訴え、悔しさに歯を鳴らした。
だが、村人たちにとっては逆である。
彼らは心からサミュラの教えに、それが死者と生者が暮らすというとんでもない猟奇でも、
心から信じて理想郷の建設のために協力しようというのだ。
もし北政府や教団軍が撤退すれば、自分たちはタダでは済まない。
そうなれば必死にもなる。
現地民が敵にまわって、ミズハミシマ軍の組織的反抗は事実上、不可能になった。
残る彼らも降伏を許されなければ、死ぬのみである。
「敵に下るにしても、機会を逸したわ。」
残った武将たちは吐き捨てるように最後の軍議を締めくくった。
「もはや面子の問題ではない。敵も多くの味方を斬られた。
ワシらを生かしては置かんだろう。」
同月10日、午前8時ごろには北部政府軍がアゼゴロ城の前に姿を現した。
敵の兵の中には、島民の百姓兵すら混じっている。
「モルテ神の地上の楽園、理想郷の敵、乙姫の手先は撫で斬りじゃあ!!」
島民の長老らしい老人が、モルテ教団のシンボル、首吊り縄を右手に持って高々と振り上げた。
それに応じるように軍勢のあちこちから首吊り縄を引っ掛けた軍旗が上がり、風になびいた。
不気味な光景だった。
幾本もの旗指物に、旗の代わりに首吊り縄が下がっているのだ。
まるで処刑場のような異様な風体であった。
「気味が悪いぜ。」
城兵たちはボウガンを一斉に打ち返して、城に群がる百姓兵を追い払った。
だが、連中は鬼気迫る勢いで堀に飛び込んで渡り、石垣にしがみついて登って来る。
「打て打て!」
もう指揮を執る足軽頭もいない。
皆が口々にお互いを急かした。
「くそ!矢が折れてる!!」
益体もない捨て台詞が、城兵たちの遺言になった。
矢がまばらになると、人馬騎兵たちが城門に殺到し、信じられない怪力で棍棒を振り下ろした。
見る間に門が壊され、人馬たちが城内に躍り出た。
本来ならば横矢が飛んでくるところだが、満足に弓も揃えられず、敵は素通りしていった。
「弐の門か。」
隊長らしい騎兵将校が、合図を送ると部下たちが一斉に門に飛びかかるように破砕作業に入る。
「大した抵抗もない。」
この時、明らかに彼は油断していた。
その隙を突く様に、目の前で崩れた城門から城兵たちが突進してきた。
先頭に立つのは大剣タクシスを握りしめたカヒコマだ。
「おのれらー!!」
一声の怒喝と共に、カヒコマは敵の騎兵隊長を真っ向唐竹割りにした。
クルスベルグの職工たちが鍛造した南蛮胴具足が、きれいに真っ二つに裂けて崩れた。
あとは仲間たちがそれに続き、油断する敵騎兵たちを徹底的に打ちのめすと、
そのまま城外へ逃げ出した。
「敵に構うな!」
「走れー!」
意表を突かれた寄せ手側は、逃げるカヒコマ達城兵を見送った。
「敵が逃げます。」
寄せ手側の本陣で、教団の幹部や北部政府の武将たちが舌打ちした。
「よいよい。もう城は落ちた。」
大将らしいが武将がそういうと、一同はうなずいた。
しかし、ひとりだけ反論する若い剣士がいた。
「お待ちください。
我が友、グウェンスローの仇は、まだ討たれておりません!」
男は、トヨテ城最初の攻撃で命を落としたグウェンの漆黒の鎧を形見として身に着けていた。
「戦場で敵討ちなど、莫迦なことをまだ言っておったか。」
武将のひとりが冷ややかな反応を見せるが、若い剣士は席を立った。
「例え烏滸がましい事なれど、某が満足するまで戦わせて頂く!
…御免!!」
黒い鎧の剣士が本陣を飛び出すと、幾人かの武将が立ち上がって怒鳴る。
「止さぬか!!」
「この、たわけぇっ!!」
本陣から聞こえる罵声を背中に受けつつ、黒鎧の剣士は戦場に馬を駆って走らせる。
人馬騎兵たちを追い抜き、ぐんぐんと風を切って進む。
次第に罵声と悲鳴が耳に叩き付けられる。
「えいやー!」
思わず昂ぶる気持ちを抑えられず、男はうなった。
眼前には百姓兵をやり過ごしながら逃げ続ける城兵たち。
男は、その一団に狙いを定めると一気に突撃していった。
「推参なり!」
「寄らば斬る!!」
まず一合。
合撃した後、素早く長剣を手元に戻して、再び敵に突き立てる。
「うお!」
一人目を仕留めると、黒鎧の剣士は馬を走らせて次の相手に駆け寄った。
「馬上の利を知れ!」
頭上から振り下ろされる長剣は、容易く敵の頭を砕いた。
しばらく散々、城兵をなぶり殺すが、これを覚えた敵は、ない。
やはり戦場で友の仇などと討ち人が邂逅するのは寝物語だけのことかと、落胆した。
剣を振るう腕に疲労感と、無意味な殺戮に心が咎め始めていた、その時、まさに見た。
友の愛用の大剣タクシスを。
「お、おおう!!」
両手がしびれるような感覚に、思わず昂ぶる気持ちを抑えつつ、黒鎧の剣士はカヒコマに向かって進む。
「待たれよぉー!!」
後ろから騎馬武者に追いかけられていると気付いたカヒコマは、待つどころか必死で逃げた。
誰が戦場で待てと言われて待つ馬鹿がいるか。
ついに馬が泡を食って立ち止まると、黒鎧の剣士は下馬して走った。
「この懦夫(ダボ)がぁっ!!」
黒鎧の剣士が追いかけてくるのを振り返って確認すると、カヒコマはついに根負けしたのか、
大剣を構えて、その場で待ち構えた。
「懦夫はどっちだ!」
カヒコマが唸ると剣士は走る勢いそのままに長剣を振り下ろして互いに合撃した。
「まず礼を言う!」
黒鎧の剣士が愚にも着かぬことをいうとカヒコマは呆れて返した。
「はあ!?」
「礼を言う!!」
鋭い剣撃を互いにかわし、息を整えようと距離を取った。
「我が名は―――!」
黒鎧の剣士が名乗りを上げようとすると、カヒコマは逃げ出そうと背を向けた。
咄嗟に黒鎧の剣士も相手を追いかける。
黒鎧の剣士は追いすがって剣を振り下ろすとカヒコマは、それを待っていたと背中越しに伺っていたようで、
するりと身を交わして反撃する。
しかし相手もそれは予想済みだったのか、体をひねって交わし、向こうも反撃を返す。
「おっと!」
「えりゃー!」
再び、お互いに息切れし、また距離を離して小康状態に入った。
機を見て黒鎧の剣士は懲りずにまた口を開いた。
「その剣タクシスに間違いないな?」
「ああ!?」
カヒコマが今度は逃げずに応じる。
すると黒鎧の剣士が続ける。
「その剣の元の持ち主を斬ったのは、貴様だな?」
「…お前の知己か?」
カヒコマがそう答えると、黒鎧の剣士はうなずいて続ける。
「貴様が斬ったのは我が友グウェン。
戦場で敵討ちなどというのは、本来は道理を外れたことだが、我が騎士道を棄てても、
長年の友を斬った貴様を許せぬ!」
黒鎧の剣士がそういって構え直すと、カヒコマも深く息を吐いた。
今度、口を開いたのはカヒコマだった。
「承知の上の様だが、戦場で仇討など、言い掛かりだぞ。」
「然り!
されど我が友グウェンは、主(しゅ)、モルテ神に召し上げられたる不死者の身体。
それ故に真昼の間は十分な実力を発揮できずにいたのだ。
それもまた兵法なれど、実力を出し切れずに討ち取られたことが惜しい。
故に某、友になり替わって無念を晴らす!」
口上を言い終えた黒鎧の剣士は、素早くカヒコマに迫り、斬撃を浴びせる。
「たぁ!!」
激しい打ち合いが続き、互いの息も集中力も切れかけた頃、まさに迂闊。
黒鎧の剣士の長剣がタクシスに押し負けて二つに折れてしまった。
「…こ、お…!」
失意に暮れる黒鎧の剣士は、残った柄を手放した。
カヒコマは相手が観念したと見るや、大上段に大剣を持ち上げた。
そして、真っ直ぐに首元に振り下ろされた大剣は、剣士の首を切断した。
「はあ、はあ、はあ。」
残されたカヒコマは、精も根も尽き果てた様子で、その場をヨロヨロと歩き去った。
やがて陽が沈み、3つの月が昇る。
この日は「合」の宵。その中でももっとも不吉な3つの月が全て同時に満ちる夜であった。
夜だというのにくっきりと影が差し、一列に並んだ3つの満月が煌々と光る。
枯れ野に人影が3つ。
落ち武者狩りで拾い集められた鎧や武具の中に、元の主から脱がせて奪われた、あの黒い鎧があった。
友の無念を晴らせなかった悔しさか。
仇討の場で返り討たれたことへの後悔か。
あるいは、この日の戦いで命を落とした者たちの妄執か。
それともモルテのいたずらか。
彼の視界に入ったのは、落人狩りを済ませて戦利品を横に火を焚いて酒を飲む野盗たちだった。
「へっへっへ!」
「モルテ教だか乙姫だか知らねえが、ばーかだなぁ!」
「殺し合えー!ひゃははは!!」
野盗たちは面白おかしく騒いでいたが、背後に不気味な気配を感じて振り向くと、
指先に精霊を座らせ、光の帯を放って闇を照らした。
明るくなった視界、そこには散々、洗ったはずなのに、
不思議と内部から止め処なく湧き出す血を滴らせる漆黒の鎧がひとりでに立っていた。
「うひゃあ!!」
ひとりが飛び上がって驚くと、全員、手に武器を持って構える。
「け!
モルテ教のろくでなしが。本当に化けて出やがったかよ。」
「もう一度死ねや、この気違い。」
野盗たちが黒鎧を取り囲むと、この化け物、何も持っていない空の右手をすっと突き出した。
男たちはその様子を見て嘲笑った。
「ははは。化けて出たは良いが、オツムは空っぽだぁ!」
「こりゃいいや!
見世物小屋にでも売れるねぇ!」
野盗たちが哄笑する中、鎧の手の中からぬっと黒い塊が突き出し、見る間に形を整えて剣になった。
それを見ると野盗たちも目の色を変えて我先にと鎧に斬りかかった。
「えやー!」
「はぁ!」
「チェースト!!」
人の動きとは思えない速さ、関節や人体の構造では考えられない速度で鎧はみっつの斬撃をかわし、
驚く野盗たちを一瞬で屠り去った。
「1!2!3!」
枯れ野に立つ影は、いまやひとつ。それは人ならざる異形の怪人。
黒鎧は、ここに蘇生した。
戦月15日。
クルスベルグ空軍、第2軍空中艦隊に乗り込んだサミュラ、シン、骸骨王たちはクルスベルグ本国に帰還した。
ドワーフの女将校、サラ・メデジン少佐。
それがクルスベルグ空軍におけるサミュラの偽装された身分である。
「お帰りなさいませ、我が君。」
「お帰りを、心からお慶び申し上げます。」
公然と軍の施設に出入りするサミュラに、クルスベルグ空軍将校たちがうやうやしく頭を下げる。
サミュラは将軍たち、ひとりひとりに言葉を交わし、熱烈な狂信者たちの歓迎を受けた。
シンは、元から信者たちどころか、生きていた頃から
ラ・ムールの猫人からもあまり好かれていなかったが、
こういう馴れ合いは嫌いらしく、さっさとサミュラだけを行かせて勝手にいなくなっていた。
「既にエア大帝陛下、ラライヤ上帝陛下、両陛下がお待ちです。」
不死の王侯、イストモス大ハン、エアとマセ・バズーク上帝ラライヤの両名だ。
サミュラが将軍たちに問う。
「クンタール陛下は?」
フォンベルグの教団施設には、武王ハグレッキが先に帰還して、モルテの守備に当たっている。
留守を守るのは彼だけということになっていたはずなので、今日ここには5人の王が揃うはずであった。
「クンタール陛下は、ご気分が優れぬとのことで。」
ノームの将校がサミュラに答えるとサミュラは、
「そう。
どうせ、口が利けないから、居なくても構わないけどね。」
かなり厳しい言葉を残して、三人の王が待つ地下室へ向かった。
地下の軍施設では、先に合流したシンと二人の皇帝たちが待っていた。
椅子に座れないケンタウロスのエアはともかく、シンはいつも通りの直立不動。
対して、カマリキ人の女上帝ラライヤは豪奢な寝椅子を運び込ませ、ゆったりと寝そべって待っていた。
「サミュラ殿、お元気そうで何より。」
クルスベルグの美酒の相手を務めるのに忙しいのに、わざわざラライヤは手を止めてサミュラに挨拶した。
すっかり酩酊状態で、地下室には酒気がこもって独特の匂いに包まれていた。
流石に辟易した表情のサミュラ。
そのサミュラに続いて骸骨王、キエム、
さらに変幻自在、千の顔を持つというセンガイ伯と逆に首のないケンタウロス騎士、エルバロン卿が入室した。
「ガルガ殿は?」
ラライヤが訊ねるとシンが横で答える。
「あれはミズハミシマに詳らかなようでな。
クルスベルグ空軍の補給拠点やらを用意するのに、しばらく現地に監督役として置く。」
「彼ってヤクザなんでしょ。
そんな仕事、できるのかしら?」
新しい酒瓶に手を伸ばしながらラライヤがそういうと、あきらかな侮蔑の表情でシンは続ける。
「侠客の方が王冠を被った娼婦よりは役に立つ。」
「処女(おぼこ)は、そうやってデキる女を自慢したがるわよね。」
ラライヤはケラケラ笑いながらグラスに口を着けた。
一気にグラスの中身を干してから続ける。
「まあ。私の身体が必要になるまで待つことにしましょ。
ゾンビでも酒ぐらいは楽しめるようだし。」
ここらで不死の王侯たちに触れていこう。
まずケンタウロスのエア。
エア・スーヴィエ・イストモス。イストモス大ハン国の大ハン(大帝)である。
今から1900年以上前の人物で、建国の祖イストモスから見て孫のひとりということになる。
元々は彼の兄が大ハンであったのだが、兄帝の死後、遺児である甥に代わってハン位に就いた。
その後、甥をあくまで皇統の正当な血筋として立てつつ、対ラ・ムール戦争や国内の反乱平定に取り組んだ。
しかし帝位の簒奪者として反感を買い、甥と彼の取り巻きの有力者たちの策謀によって暗殺され、
正当な帝位継承者を蔑ろにした悪人として後世に名を遺す事なった。
彼がモルテ神の誘いを受けて屍王として転生したのは、それでも甥の治世が心配になったからで、
復讐ではなく、あくまで祖父であり国祖イストモスの残した国の行く末を心配してのことであった。
国家の父、祖父イストモス本人を知るためか、王でありながら質素な生活ぶり。
世評と違い甥を尊重し、兵たちに好かれ、部族の有力者たちが身分の低い者に横柄な態度をとれば厳しく罰した。
あくまで国家に仕える公人という立場を崩さなかった誠実な王である。
次にカマキリ人のラライヤ。
ラライヤ・ライラ・ライク・ライル・ラルー。マセ・バズークの上帝である。
今から600年ほど前の人物で、俗にいう暴君と呼ばれるタイプの君主である。
法律などの政治手腕に長けている訳ではなかったが、単純に権力闘争に強く、人心掌握に長けていた。
権力を得る手段として王になった人物であり、民衆や国家の問題にはまるで省みることはなかった。
それでも悪政が祟らなかったのは、有能な廷臣団、先帝たちの残した強力な軍事力、財力、法制度、
そして国家基盤があったればこそであり、本人はそれを食いつぶしているだけだったようだ。
着いた異名が”王冠を被った娼婦”で、美食、芸術、漁色などに耽溺した。
暴君ネロと違い、暗殺されたわけではなく、身体が本人の劣悪な生活習慣に耐え切れなかったのが原因だが、
あまりに急に倒れた為、暗殺説が広く信じられている。
ほとんど王としても褒められた部分はなく、なぜモルテが彼女を選んだのか誰も納得していない。
次に武王ハグレッキ。
ケオプス・サ・ハグレッキ・ナスル。ラ・ムールの転生王カーのひとり。
今から3000年ほど前の人物で、広く武王の名で諸国にも知られたカー・ラ・ムールである。
邪龍王マルドレイク退治に始まる数々の武勇伝に彩られた彼だが、彼が生涯恐れた人物がいたらしい。
歴代カーの中では珍しく生家が裕福な有力豪族ナスル将軍家だった彼は、厳しい教育を幼少から受けた。
彼が年頃になると教育係が彼の自慰行為を叱りつけ、色欲を制御できなければ良い王にはなれないと叱咤した。
その時の折檻が常軌を逸した激しさで、ハグレッキは泣いて謝ったほどだという。
この時の経験が余程、恐ろしかったのだろう。
武王は家臣や子供たちが側室や愛妾を置くことを許さず、性欲を抑えられない者は去勢すると宣言したという。
そして、この場にいない鳥人の屍王、クンタール。
クンタール・アージ・ブラザウ。
古代オルニト帝国の皇帝であり、今から7000年近く前の人物である。
どのような人物なのか、他の王たちも把握しておらず、正体は不明。
おまけに今日までまともに口を利いた試しがなく、
モルテ教団の幹部たちはこの数百年、彼が口を開いていないと記録している。
「ラライヤ殿、席へ。」
集まった他の一同が席に移動する中、ラライヤだけが長椅子から離れようとしない。
しかたなくエアが声をかけるが、酔っぱらったカマキリ女は首を縦には振らなかった。
「円卓に、王の中の王、マセ・バズーク上帝である私が、他の連中と同席しろって?」
ラライヤが会議の席に文句をつけるとシンがエアに背中越しいう。
「エア殿、ラライヤ殿はそこで聞いていただけば良い。」
シンはそういうが、気に病むエアはサミュラに目線を送る。
促されてサミュラが答える。
「…別に構わないと思うけど。」
「では。」
サミュラの言葉を聞いてエアもラライヤの傍から引き上げ、席に着いた。
円卓に着いた各位はサミュラの左からキエム、エア、骸骨王、センガイ、エルバロン、シンと着座した。
シンは一周してサミュラの右隣、センガイは正面ということになる。
「ドニー・ドニー攻撃、この決定は変わらぬのか?」
エアはシンに訊ねたようだったが、サミュラが答えた。
「マセ・バズーク攻略の邪魔になる。」
「だがあの国は、対外戦争には興味はないようだが?」
再びのエアの問いにシンが応じる。
「領土欲はないようだが、生存圏を維持するためには動き出すだろうということだ。
なにせ、不死者の国家など常識で許容できる存在ではないからな。
まして生者の活力が食料なのでは。」
「よろしいでしょうか?」
挙手して意見するのはセンガイ伯だ。
誰が議長という訳ではないが、シンが目線をサミュラに送ったのでサミュラが答えた。
「何?」
サミュラが促すと王たちにひとりひとりに一礼を捧げてからセンガイは口を開いた。
「貴人の御前で、全く畏れ多い事に御座います。
恐れ憚ることながら、マセ・バズークは他の国とは保有する兵の量も質も異なります。
いかに我々が不死、加えて偉大なる王の中の王、諸王の上に君臨する至尊者、神の恩寵賜ります権威者、
6人の王のお力を以てしても、かの国を屈服させるのは不可能かと臣は愚考仕る。」
なんとも典礼に則った奏上である。
途中からサミュラとエアは眼をシパシパさせていた。
「まず戦神
ウルサを攻略した後のことだ。
あの手に負えん厄介者を片付けた後ならば、マセ・バズークなど大した問題にはなるまいよ。」
そういったのはシンである。
この発言に骸骨王とキエム、エアはたじろいだ。
あの戦神を敵に回すなど正気とは思えない。
「待て、シン殿。
戦神を攻撃するというのか!?」
エアが顔を青くして声をあげるとシンは横目で平素のまま答える。
「私が望んでやるのではない。
あの戦闘狂が、これほどの血と殺戮に関心を抱かずにおけるものか。
時期にやつは我々の敵となる。
我々を、死の神モルテの使徒として、邪悪な存在だから討つのではなく、
あの厄介者が楽しむために、だ。」
シンが自らの戦略を説くとラライヤが部屋の隅で失笑した。
「ぷっ!」
誰もがシンの話に集中している最中であり、恐らくシンとセンガイ、キエム以外は気付かなかっただろう。
センガイが気付いたのも彼の本領は軍人ではなく役者である。
戦争の話より本物の皇帝の仕草に興味があったのでラライヤを観察していたから気付いただけだった。
「…なんだ?」
シンが声は荒げず、直立不動のまま背中越しにラライヤに声を投げつけた。
ラライヤは酒の相手を中断して返答する。
「…それは貴方の願望でしょ?
戦神ウルサと戦ってみたいっていうのは。」
「願望だと?」
シンが殺気立って答えると、席に着いている全員が色めき立った。
平然としていられるのはラライヤだけだ。
「間違ってたらごめんなさいね。
間違ってないとは思うんだけど。」
それだけいうとラライヤはまたグラスを口に着け、会話を切り上げてしまった。
シンもラライヤから円卓へ意識を戻す。
「…ドニー・ドニー攻撃に呼応してオルニト、マセ・バズークが共同する可能性もある。
東大陸攻略は、西大陸のようには行かないと考え、厳しい戦局を想定した作戦が必要なのだ。」
ここでキエムが起立して発言する。
「アドミラ伯により、かの国の七大海賊なる集団のうち、6つの団体をこちらの味方に着けました。
これでドニー・ドニーの海上兵力は、およそ三分の二を残すまでとなったのです。」
「七大海賊の6つをこちらに寝返らせても、まだ三分の二も残っているの?」
サミュラが質問する。
キエムは頭だけサミュラの方に向けて続ける。
「海賊王マジャールの直系団体だけでドニー・ドニーのほぼ半数以上を占めています。
陸上兵力に関しては、ドニー・ドニーは常備軍はおろか、公的な実行部隊を所有していないため、
原住民の抵抗以外は想定されません。」
この時代、ドニー・ドニーには警察や国家の軍隊はなく、武装勢力といえば海賊だけだった。
他国のように貴族・豪族のような地縁血縁による有力者もなく、強い者が一代で勢力をなし、
その人物が死ねば、その勢力も自然消滅するという極めて原始的な社会構造を成していた。
強いて言えば銀行や造船、海運業などを営む一部の企業が累代を重ねて財力を蓄えていたが、
彼らはあくまで企業であり、ドニー・ドニーの国運とは、全く無関係である。
つまり外敵がドニー・ドニーを攻撃し、しかる後に新政権、他国の領土として服属させることになろうとも
企業の存続さえ認められるならば、支配の形態には拘らないという態度を示していた。
企業利益と国家の存続は、本来、何の関係もない。
だが企業たるもの、本来はその運営に置いて雇用と製品やサービスなどの価値を創出し、
地域社会に貢献することが好ましく、個人は企業に帰属することで、さらにそれらの活動に貢献することが
資本主義社会における健全な企業の姿であるといわれている。
要するに金儲けするだけでなく、世の中のために働くのが会社として真っ当だろうという理屈だ。
だが、現実はそうはいかない。
「随分と…、希薄な帰属意識だな。」
サミュラは、なかば呆れた様子で嘆息した。
「所詮は海賊ですからね。」
骸骨王も知った風に海賊たちを卑下した。
なおキエムが続ける。
「ただ海賊王マジャールは、大国に属するを良しとせぬ気骨を持ち、建国の伝統を守る海賊たちをまとめて、
こちらに対抗する姿勢を崩しておりません。
彼らはあくまで自由な海賊。
昔ながらのドニー・ドニーが続くことに意味を持っているようです。」
「じゃあ、そいつらは永遠の命を得たところで、変わり果てたドニー・ドニーには未練もないし、
不死者の糧となることで生きる意味、至高の名誉にも理解を示さないということか。」
サミュラがそういうとキエムはうなずいた。
「力を拠り所とする連中は、力でねじ伏せるのが一番なのだ。」
立ったままのシンが威圧的に一同を見下ろすように発言した。
なおも続ける。
「クルスベルグ空軍は、新たな艦の造船に半年を計画している。
それまでにミズハミシマには空港を建設し、各国の信者たちを集めてドニー・ドニー攻撃に備える。
これに異存あるまいな?」
シンの発言を受け、まずエアがサミュラに問うた。
「全てシン殿の戦略方針通り、ということで宜しいのですか?」
このやり取りを見て、シンは少し不満そうな表情になった。
サミュラは取り敢えずシンの顔色を見ながら、ややトーンを落として答えた。
「…軍事に関しても政治に関しても、私が何か口出しできることはない。」
「ですが、各地で隠れていた教団がひとつになったのは、
異世界からやって来たというあなたに、神の意志のようなものを感じたからです。
こうして皆が指導者として貴方を仰ぐのも、そのためではありませんか。」
エアがそういうとサミュラはうなずいて答える。
「ありがとう。」
また少し頷いて、サミュラは続ける。
「でも、今はシンに任せる。」
その言葉を聞くとシンは早々と宣言した。
「では今後、私が全権を掌握する。」
半年後、依然として世界は黒い暗雲の中にあった。
ラ・ムールはクルスベルグの占領下にあり、武器の部品などを強制的に作らされていた。
街中ではモルテ教を信奉する怪しげな連中が毎日立ち、占領軍の兵士たちは威圧的だった。
ミズハミシマは何度か陸上領土の奪還を試みたが、シンは全てを迎撃し、打ち負かした。
その間にも各島に空港施設が完成し、クルスベルグ空軍は東大陸への橋頭保を確保した。
外交的にオルニトは、これらの建設を自国への挑発行為だと非難したが、
クルスベルグは無視した。
クルスベルグが、ドワーフたちがここまでモルテ教に心酔したのにはふたつ理由があった。
まずはいわずもがな、近年の経済的混乱、社会不安。
そして次が人生観の変化である。
ドワーフの人生は、職人として修行し、一人前になって認められることにある。
だが現実に一流の職人として認められるのは、本当にごく一部だけ。
残る大半のドワーフたちは、一生、ネジや歯車をひとつひとつ磨き、一日中休まずに作り続ける。
それでも得られる賃金は少なく、自分が作った部品も、それを使う一流職人たちが指先で弾いて、
「この程度では使い物にはならない。」といって捨ててしまう。
仮に他の部品と組み合わされて完成しても、そこには自分が関わったという証は何もない。
誰かに認められるということが人の最大の欲求であるならば、
長い年月ドワーフたちは、それを得られるのはごく一部の選ばれた者だけだと納得していた。
そこにサミュラが現れた。
彼女は優しく微笑み、三流以下と呼ばれたドワーフたちに生きる価値を説いた。
不死者たち、神に選ばれた存在の糧、食料となる人生を。
正気であれば、家畜に成り下がるようなこの提案を、彼らは受け入れた。
深い深い闇の中、ただ消耗されて行く人生で、気を抜けば叫び出したくなるような恐怖から
例え悍ましい闇の化け物たちの糧になろうとも、それが恐怖から逃れる唯一の希望のように思われたからだ。
ありていな言い方をすれば、新しい自己表現を見出したということか。
石月12日、ドニー・ドニーの最西端、アーティ島沖に兵数、約3万のクルスベルグ空軍、
第2軍、第11軍、第13軍、第21軍空中艦隊が姿を現した。
海上にもクルスベルグ側に着いたドニー・ドニー海賊や離反したミズハミシマ大名の水軍衆が見える。
「オルニトやマセ・バズークは何をしてる!?」
「ドニー・ドニーが陥落すれば、東大陸が次は攻撃されることぐらい、分かってるだろ!」
海賊たちが騒いでいると、山のようなオウガが大声で怒鳴った。
「自分たちの故郷は、自分たちで守るッ!!
余所の連中なんぞ、あてにするんじゃねえッッッ!!!」
歴代でも屈指の武辺者、海賊王マジャール・マージャルティ、その人である。
スキュラをひとりで数体相手取って倒すなど、その武勇は神話の豪傑、英雄並み。
彼は自分の身体で一番丈夫なのは、無敵の肝臓と大怪獣どもを捻じ伏せる自慢の右腕と豪語する。
「穴掘り猿が、来るなら着やがれッッッ!!!」
マジャールの声に応じ、海賊たちが鬨の声をあげる。
「えい!えい!えい!」
「えい!えい!えい!」
「えい!えい!おーっ!!」
「アドミラ伯がやられた!?」
キエムが重巡洋艦リュークハイムの艦橋でひとりごとを漏らした。
ドワーフの空軍将校たちは、厳重に目張りされた黒いテントの中で、独り言を繰り返す若い白虎人に怪しい目線を送る。
そんな中、キエムは人目を気にせず、精霊の相手をする。
通信しているのは、アドミラ伯の部下で幽霊艦隊の副司令長官、アンブーリン伯である。
「司令長官は、昨夜、海賊王マジャールと交戦。
なんとか不死の基点は壊されずに免れましたが、夜戦には参加できそうもありません。」
「艦隊は?」
「無事ですが、司令長官の作った屍徒(しと)ですので、伯が倒れた今はその影響を受けておりまして、
戦闘には耐えられないかと存じます。」
屍徒とは、サミュラが手ずから作った不死者とは別の、不死者たちが新たに作り出した下位種である。
本物の不死の貴族と違い、生前の記憶や意志はなく、ただの動く死体、リビングデッドである。
傷は再生せず、創造主の影響下にある。
アンブーリン伯の報告を受け、キエムはシンの隣に控えているオーグリム伯に通信を繋ぐ。
「キエムだ。」
戦艦カンスベルグの艦橋で、
スプーキーウッド(樹人の
アンデッド)のオーグリム伯がキエムの飛ばした通信用の精霊に応対する。
「キエム候、何事です?」
「シン王陛下にお伝えください。
海中の幽霊艦隊は、昨夜のうちに攻撃を受けたらしく、日没まで待っても戦闘には加われません、と。」
キエムの言葉を、そのままオーグリム伯が代弁する。
「シン王陛下、キエムの報告によりますれば、海中のアドミラ伯艦隊は戦闘不能。
昨夜の間にドニー・ドニー側の攻撃を受けたとの由に御座います。」
報告を受けたシンは、それを不快に受け取るどころか、感心したようにため息を吐いた。
「ほう。
アドミラ伯は、不死の貴族の中ではそこそこ使える方だが。
それを退ける戦闘力が、当世の海賊王にあるとは、面白い。」
とはいいながら、予定が一つ変更になったことで苛立ちが半分、
対して言葉通り、面白い敵と戦えそうなことに喜び半分と言った表情か。
その間もオーグリム伯が所在なさげに待っているのに気づくとシンはこう答える。
「キエム候には、その分は私が埋め合わせると伝えておけ。」
そのようなやり取りが続けられる間に、先頭の空軍第13軍麾下、第5空中艦隊はアーティ島の上空に達し、
格納する爆弾を投下して海賊たちを攻撃し始めた。
「…つまらん戦よの。」
燃え上がるドニー・ドニー海賊の船や街を見ながら、シンは呟いた。
空中艦隊の攻撃はそのまま半日続き、午前中に始まった戦闘は夕暮れ時まで続いた。
夜間、飛行船は視界が利かないため、爆弾をばらまいて軽くなると足早にミズハミシマの空港に帰還していく。
アーティ島の海岸線は、半日で姿を変え、勇ましい海賊たちも今は黒く焦げて煙を吐いているだけだ。
浅瀬に座礁する崩れた海賊船の間を抜け、クルスベルグ陸軍と教団兵士、
祖国を裏切った海賊たちを満載した揚陸艇が浜に次々に到達する。
「行くぞ、野郎どもー!」
砂浜を駆け抜ける侵略者たちを待っていたのは、連弩(レンヌー)の手痛い歓迎だった。
連弩は、大延国の装備で、既知世界では、あまり広くは使われていない。
騎士道を重んじるイストモスでは、雑兵が騎士を倒す卑劣な武器であると嫌われ、
ラ・ムールでは個人の武勇が貴ばれる気風があり、まず集団戦ありき、数頼りに矢弾をばら撒くというのも頂けない。
しかしドニー・ドニーでは大延国同様に連弩は主力として用いられる。
むしろ驚くべきは、半日の空爆の後でも統率が保たれ、迎撃の準備を整えた海賊王の手腕といったところか。
「武辺者と侮ったが、なかなかの用兵巧者だな。」
浜に倒れていく第1陣を、そっけない感想で済ませたシンの姿に、将軍たちはぞっとした。
こうまで無関心にならなければ、戦争上手とは言われないのだろうが。
「攻撃を続けさせよ。」
侵略者たちは、シンの指示のもと、休むことなく上陸を続け、遂に海賊王側を撃退した。
結局、迎撃が上手くいったのは最初だけで、広い浜を守るには海賊王側は少なすぎたし、
あまりに海岸線から近く、守備陣を張るにも位置取りがまずかった。
「戦い慣れはしているが、やはり兵法を知らぬ。」
シンは悠然とアーティ島に上陸すると、沈みかけた太陽を見てから残忍な笑みを浮かべた。
「不死の貴族たちを上陸させよ。」
侵略者たちの上陸地点周辺の街の住民は、近くの山の上の砦に逃げ込んでいた。
ドニー・ドニーでは内乱まがいの海賊同士の抗争も珍しくないので、避難も慣れたものだ。
「夜になったが、敵は攻撃を止めんぞ!」
海賊の幹部らしいトロールが、植木ぐらいの大きさの松明を振り回しながら言った。
「噂通り、太陽の光を苦手とする不死者たちがやって来たのか。」
「朝まで持ちこたえられるか?」
「マジャール船長は無敵の海賊王だぞ。
相手がいかに不死身でも、やってくれるさ!」
ドニー・ドニー攻撃に参加した不死の貴族はキエムを筆頭に以下の通り。
スプーキーウッド、オースティン・オーグリム伯爵。
巨大な枯れ木のアンデッドモンスターで、オウガやトロールなどの大型種族に対抗するために出陣した。
ゾウ人のスケルトン、ロウダー・ロートリンゲン伯爵。
大延国の出身で、生前から武勇で知られた豪傑。今は骨だけだが、元は9000kgを超える巨漢であった。
スケルトンとなってからも生前の馬力は変わらない。むしろ急所を攻撃される恐れが無くなったとうそぶいている。
デギリア・ド・ラ・ドゴス伯爵は鯨人のアンデッドで、その体の大きさはドラゴンやスキュラにも負けない。
無手でも組みし得ない難敵だが、ドワーフたちが彼専用の戦斧を用意した。
人の身体に馬の下半身がケンタウロスだが、馬の頭部を持つ馬人のシェリー・シェラコモ・シェリエッタ伯爵。
軽く1tを超える巨体だが、この超重量級アンデッド軍団の中では小さくすら見える。
サヴィラ・サヴォリアーリオ伯爵は蝉の蟲人である。
だが、死後は巨大な菌糸が彼の身体を宿主に成長し、巨大なキノコの怪物となった。
この超軍団が、海賊王マジャールの前に立ちはだかった。
「どいつもこいつも。
デカけりゃ俺を倒せると思ってやがるのかッッ!!?」
マジャールが吠えるが、不死者たちは身じろぎもしない。
「虚勢を張るのはやめるがいい。」
「今すぐに我らの主、モルテ神と我が君、サミュラ様に忠誠を誓うのだ。」
「抵抗は無意味だ。」
口々に侵略者たちが海賊王に変心を促すと、マジャールは一喝する。
「うるせぇーッッッ!!!」
怒喝と共に振り下ろされた彼の右の抜き手は、正確にド・ラ・ドゴス伯の基点を破壊した。
たった一撃のもとに巨大な鯨人の身体が崩壊し、残った4人は凍り付いた。
マジャールは崩れ落ちるド・ラ・ドゴス伯が持っていた戦斧を奪うと、
それを振りかざして、またも怒鳴る。
「弱えぇぞッ!!コラァッッッ!!!」
横薙ぎの斧撃一閃。
かわし損なったオーグリム伯はたちまちバラバラになり、隣りのシェリー伯は上半身と下半身が真っ二つ。
返す刃でシェリー伯だけさらに縦方向から真っ二つにされ、基点こそ破壊されなかったが、
ダメージが大き過ぎて、その苦痛に耐えられずに絶命した。
「はは、基点は外れて…。
…ぎゃあああっ!!」
残ったロウダー伯、サヴィラ伯も気迫で完全に押し負けていた。
「し、死にたくない…。」
巨大な菌糸の鎧の中でサヴィラ伯が情けない声を出すと、マジャールは大声で笑った。
「はーっはっはっはっはっは!!!」
空気が震えるほどの笑い声に肝をつぶしたロウダー伯はサヴィラ伯を残して遁走を図ったが、
マジャールの投げた戦斧で粉々になると骨は地面に着いた瞬間に砕け、風に乗って消えた。
意を決し、残ったサヴィラ伯が反撃する。
菌糸をまとった巨大な四本の腕がマジャールを撃つ。
青緑の鮮血が月夜に舞い、骨が軋み、マジャールの苦痛に耐える声がかすかに聞こえた。
「はは!」
海賊王の呻き声に、サヴィラは気をよくして攻撃を続ける。
遂に倒れたマジャールにとどめを刺そうと、彼は四本の腕を組み合わせ、巨大なキノコの鉄槌を振り下ろす。
「―――いでぇ!?」
サヴィラ伯が自分の手元を見ると、海賊王の無敵の右腕が自分のキノコの鉄槌を貫いて空を仰いでいた。
「おーう!キノコ臭いぞッ!!!」
サヴィラ伯の四本の腕を貫く拳が、閉じたり開いたり、ピースサインを形作って見せる。
「ひゃ、ひゃおおおう!!」
怒り狂ったサヴィラが利き腕だけ引き抜いて、海賊王の人差指と中指を握りつぶそうと掴む。
しかし信じられない怪力で二本の指は、逆にサヴィラの手をくり抜いてしまった。
「ひえええっ!!」
サヴィラ伯は飛び上がってマジャールから離れた。
地面に倒されていたマジャールも敵が距離を取ったので、ゆっくりと立ち上がって来る。
「う、うわあ…。」
歯の根を震わせ、涙を浮かべてサヴィラ伯はさらに後ずさった。
海賊王マジャールはゆっくりとサヴィラ伯に歩み寄ったが、攻撃する気配はない。
サヴィラはひたすらに頭を下げ、海賊王に慈悲を求めた。
「ひいっ!
…み、見逃してくれぇ…。」
その姿に呆れたのか、王は伯にこういった。
「ドニー・ドニーはァァァッッッ!!!
この俺の無敵の右腕がァァァ、守るッッッ!!!」
サヴィラは驚いて鼠のように逃げ出した。
逃げるサヴィラを海賊王は大声で笑ってやった。
命からがら逃げだしたサヴィラ伯を迎えたのは、キエム候だった。
彼も海賊王殺しに参加したかったのだが、精霊通信は使えるという理由からシンに戦闘に加わるなと言いつけられていた。
「き、キエム候。
後生じゃ。シン王陛下にお取次ぎを…。
わ、ワシはまだ死にたくないっ!!」
「落ち着いてください、伯爵。」
キエムはサヴィラをなだめたが、伯爵は落ち着かない。
別段、シンはこれまで負けて帰った武将を処断したり、過酷な罰を与えたことはないが、
普段の冷酷さから不死の貴族たちは、自分が最初の処断された幹部になりかねないと恐れていた。
「逃げたことは謝るっ!
じゃが、海賊王は…、ワシらの手に負える相手ではなかったのじゃっ!」
サヴィラ伯は、その場で失神し、キエムの前で崩れ去った。
辛うじて死は免れたものの、起きてからシンに目通りしたら本当に恐怖だけで絶命してしまうかもしれない。
「…海賊王攻撃は失敗か。」
キエムは倒れたサヴィラ伯を見つめながらいった。
どうやら神に近い存在、亜神と讃えられる王たちと自分たち、不死の貴族の間には思った以上に差があるらしい。
この様子では―――。
「―――神と亜神の間にも、相当の差があるのでは…!?」
キエムの報告を受け、エアが対応する。
「そうか。
…オーグリム伯らは失敗したか。」
エアは顔を曇らせ、キエムに返信した。
「…シン殿は、きっと失敗した者らを責めるだろうが、私は皆、良くやったと思う。
こちらも上手くいかなかった場合、サミュラ殿は頼むぞ。」
アーティ島の別の地点で、不死の王侯、4名が集結していた。
顔ぶれは武王ハグレッキ、エア大帝、漆黒王シン、ラライヤ上帝である。
対するは、数百年ぶりに完全に現界する戦神ウルサの完全体。
胸まである白鬚、総髪の白髪頭の老人の姿で現れた戦神は、4人の王たちを前に武器も構えもせずに立っていた。
先陣を切ったのは武王だ。
まがまがしい二振りの長剣、死人の大鍵を戦神に突き立てる。
だが、戦神の姿は既になく、風のように攻撃をかわして武王の背後に現れた。
「―――!」
まさに手刀を振り上げた戦神の動きが止まった。
自分と逆の方向に延びる武王の影の存在に気付いたからだ。
戦神は素早く飛び退いて逃れたが、武王の影がまるで実態を持ったかのように、先刻まで戦神の居た空間を貫いた。
モルテの力を分け与えられた屍王たちは、不死者たちがサミュラから与えられた不死の力の源である基点があるように、
モルテの体の一部と同化している。
ハグレッキはモルテの影が与えられており、強力な闇の力により、これを変幻自在に利用できる。
しかも太陽の光でも消えないモルテの影だけに、消滅させることは極めて至難となっている。
「恐るべき速さだ。」
ハグレッキが冷や汗を流している。
しかし、相対する戦神もモルテの影という未知の戦力を計りかねているのか、攻撃をやめた。
思案する戦神に次なる攻撃が襲い掛かった。
ラライヤの振り下ろす片刃の曲刀が真っ直ぐに戦神の首筋を狙う。
しかし戦神は苦も無く刃を、斬撃の向かって来る側とは逆の左手で止めると、
そのままラライヤの両腕を右手一本で掴んで圧し折った。
「いやぁん!」
麻薬と酒で酔い潰れているのか、痛みを感じていないらしい。
素早く戦神の拳がラライヤを砕く。
首の付け根を押しつぶし、胸を貫いて心臓に抜き手を差し入れ、鋭い回し蹴りはラライヤの上半身を吹き飛ばした。
全く何の役にも立たず、ラライヤの肉塊がこぼれて散らばっていくのを
ハグレッキたちは無言でただ見ていた。
「戦力として期待していなかったが、ここまで弱いとは思わなかった…。」
シンがそう呟いた。
今度はエアがラライヤに続く。
ケンタウロス騎士、その大帝エアの渾身の斬撃が戦神を捉えた。
両腕を交差させ、諸手受けでエアの攻撃をいなすと、今度は逆に戦神の反撃が始まった。
「むっ!?」
戦神の鉄拳を長剣(ロングソード)で受けるエア。
しかし経験したこともない怪力でエアはそのまま海まで吹き飛ばされて行った。
「うわー!!」
本人の体重だけでも1トンを超えるエアだが、彼の専用の甲冑を身に着けた総重量は、さらに200kgは増えている。
それを軽々と吹き飛ばしてしまう戦神ウルサの超肉体の恐ろしさよ!
真っ暗な海にエアが吸い込まれて行くのを見たハグレッキは、この隙に戦神の背後を襲う。
さすがの戦神も全身のバネを伸ばし切った今ならば、すぐには反応できないはず。
本来、高潔な戦士であるハグレッキは、
かつては邪龍王マルドレイクであっても背後に攻撃することをためらったという。
だが、この相手はそれ以上の強敵。
個人的な戦いに対する信条や倫理観は、ここでは捨て去らねば勝てない。
目にも止まらぬモルテの影、そしてそれにも負けない武王の二刀流。
神速の四連撃が死角から、反応できない戦神を狙った。
「ふん、はあっ!!」
しかし、その武王の連撃を人差し指、中指と親指の三本で受け止める戦神の妙技。
まず影の攻撃、その第一撃の刃を右手で掴むとハグレッキ自身の攻撃も同じ右手で摘まんだ。
残る二連撃も同じく左手一本で二本の刃を掴んで防ぎ切ったのだ。
依然として底が見えぬ強さに、武王は精神の動揺を抑えようと歯を食いしばった。
「ぐっ!!」
なんと遂にモルテの影、その人知を超えた速さに追いついた戦神。
しかもハグレッキが実体化していた影を元の普通の影に戻すよりも早く戦神は武王も海の方へ投げ捨てた。
数階建てのビルにも相当する高さから、弧を描きながら武王は次第に海に向かって落ちる。
夜の不気味な海が眼前に迫る中、武王はネコ科特有のしなやかさで着地の体勢を整える。
次の瞬間、武王は明らかに堅い大地の上に着地した。
そのまま海をまるで大地を蹴って進むように戦神の方へ跳躍する。
馬鹿な。あそこには足場となるようなものはないはず。
さすがの戦神も驚いて戦場に復帰する武王を迎え撃った。
同じ頃、ずぶ濡れのエアも戻ってくるとハグレッキと共に戦神に立ち向かった。
面白い、面白い。
王ともなれば、このぐらい楽しませてくれなければ!
戦神は風すら凍り付き、月も顔を隠すばかりの悍ましい笑みを浮かべ、二人の屍王に反撃する。
先のエアのように、戦神の攻撃を受けることは出来ない。
モルテの力で強化され、さらに精霊たちの助力を集めて守られた王たちの身体だが、
あの馬鹿力で吹き飛ばされては、数の利を生かせない。
「えっこらせっと。」
だが、倉皇している間にラライヤの身体が再生した。
よほど生者から活力を吸収して貯め込んでいるのだろう。
尋常ではない再生速度だ。
「俺も少し本気を出すかな。」
ラライヤの再生を見届けたエアはそういうと、何やら全身に力を込めた。
すると大帝の胸が裂け、巨大なサメのような顎が出現した。
「う…、うお…おおお!!」
エアの上半身を引き裂いて姿を見せたのは、モルテの顎だ。
目を疑う光景だが、大きな家ほどもあるモルテの顎が体から生えているエアの姿は、奇妙の一言だ。
遠くから見えると大きな口から手足がちょこんとぶら下がっているように見えた。
モルテの顎が、戦神の右腕を捉える。
だが武王の斬撃すら止める戦神の前腕だ。言葉通り、歯が立たない。
それどころか噛みついたままのエアを逆に振り回す馬力を見せた。
「くっそ。
抑え込んでいるのがやっとか!」
必死に戦神と戦うふたりを、シンとラライヤは黙って見ていた。
ラライヤは、もう痛い思いは嫌なので遊んでいるだけだろうが、
シンは何かをじっと待っているように見える。
やがてやおらにシンは走り出すと、真っ直ぐに戦神に向かっていった。
そして武王が戦神の攻撃をかわして身を引いたタイミングで素早く接近すると、
戦神に例の大身の槍、死神の剣を突き立てた。
乙姫、龍神戦と同じく、死神の剣から穢れた冥府の緑(あお)い炎が噴き出し、戦神をおおった。
矛先は戦神の左胸、心臓の位置を貫き、そのまま身体を突き抜けて夜空に顔を出した。
貫かれたウルサの身体も炎に包まれて行く。
「―――!!」
しかし、戦神はタフネスもまた龍神たちとは桁違いだったようだ。
最初は炎に驚いていたが、すぐに痛みにも熱にもなれ、平然と反撃に出る。
闇夜に緑の光を放ち、燃え盛るまま戦神は舞う。
まるで戦いに対する自分の情熱は、地獄の業火にも負けないことを身をもって証明するかのように。
実際、龍神や乙姫にとってはそれなりだった地獄の炎だが、
戦神にとっては何の痛みも感じない代物なのだろう。
「常識外れもいいところだ!」
エアは青くなって身じろいだ。
こんなとんでもない敵と戦った経験は、彼の人生にはない。
やはり、超常の存在を前に恐れずに立ち向かうのはハグレッキとシンのふたりになった。
ここまでハグレッキとエアが戦神と戦うのを観察し、既に戦神の攻撃の速さにも慣れ、
その手順、攻撃設計すら把握したシンは、軽々とウルサの攻撃をかわし、着実に攻撃を当てる。
反射速度の限界を超えたこのレベルの戦いでは、もう読み以外に頼れるものはない。
「―――ぬう!」
戦神がシンに対して一歩さがった。
存外、馬鹿力だけではないようだが、気前よく手の内を見せ過ぎだ。
シンは戦神を翻弄するまでになった自分の実力に、思わず笑みが浮かんだ。
そのまま戦いが続くと、なんと戦神の方がシンとハグレッキに圧(お)され、地面には神の血が流れた。
「だが…。」
シンは呟いた。
圧している。だが、それは見た目だけだ。
ドラゴンにせよ、乙姫にせよ、神に近いとされる連中でさえ、普通の生物とは桁違いの生命力を持つ。
こうして傷だらけになり、確実に消耗しているように見える戦神だが、見た目よりダメージは薄い。
敵の動きは完全に抑え込み、こうしてダメージを与えているが、
こんな程度の攻撃では千年かかっても戦神は何も感じないだろう。
だが、自分の完成した武術で神を圧倒することはできた。
取り敢えず、ここはそれで満足するか。
シンは死神の剣を構えた。
「飽きたよ。終わりにしようぜ。
イヘラー・シン・ガフの名において命ずる。祟れ、モナス。」
地獄の業火と共に姿を現した黒い獣、神霊モナス。
彼女の巨大な顎が戦神を襲う。
だが、戦神は軽々とモナスを蹴り飛ばした。
「…思ってもみなかった。
神霊すら、今の私に劣るとは。」
シンは失望したようにひとりごちた。
精霊の見えないシンだが、戦神が何もない空間に渾身の蹴りを放ったのを見て、召喚した神霊が撃退されたことを悟った。
戦神は焼け野原になった周囲を拳で起こした風で薙ぎ払うと、
あっという間にあたりは何事もなかったかのように元の海岸線の岩場に戻った。
「やはり神には勝てぬか。」
存外に悔しそうには見えないシンだが、内心では酷く動揺していた。
エア、ハグレッキ、シンの三人の王を前にやや劣勢となった戦神だが、やはり一歩も二歩も届かない。
戦いを楽しむ神にとって、どんな武勇を極めた亜人たちとの戦いも神への奉仕に他ならないのか。
「そろそろ、長居をし過ぎたようだな戦神ウルサ。」
不意に降りて来た頭上からの声に、戦神は顔を上げた。
夜空から戦場に新手の屍王が舞い降りた。
古代オルニト帝国9代皇帝、クンタール・アージ・ブラザウが。
この時、明らかに戦神ウルサの表情が変わった。
年老いた軍鬼の顔に刻まれた深い皺が、細かに震え、クンタールに恐怖している。
いや、これは…。
「来たか、クンタール。」
シンは、もう少し遊び足りないような表情で鳥人皇帝に声をかけた。
「無事に用意が整ったようで。」
エアは一息ついて胸をなで下ろすとモルテの大顎を身体の中に戻して、
もとの人馬の姿に変身した。
三人の前に降り立ったクンタールは、鋭い夜風の様な声で高らかに宣言した。
「皆退け、神和ぎの儀式を開始する!!」
皇帝の声に応ずるように黄金の火柱が海岸線に幾本も昇り立ち、闇夜の中の人影を照らした。
最初は震えていた戦神も何かを振り切ったようにクンタールに駆け寄る。
しかし、クンタールは驚き物怖じすることなく、静かに左手の人差指を向けるのだった。
「御出でなさい、神霊ムーバ。」
クンタールの指先から飛び出した明るい青紫色の光線が一瞬でウルサの右足の膝から下を吹き飛ばした。
三人の王たちが苦戦した戦神が、いとも簡単に倒れた。
信じられない光景に三人とも目を丸くする。
遠い地平線の彼方から、さっき戦神を撃ち抜いた青紫色の光の粒がゆっくりとクンタールの左手の指先に戻って来た。
「僕の事を…、覚えていたのか。」
クンタールは戦神を身を見下ろしながら両手を高く掲げ、背中から生えている翼も大きく伸ばした。
その姿、その動きを眼にしただけで戦神は何かうめいたが、言葉になっていなかった。
「残念だったね。逃げようと思ったのに。
幸先が悪いな…、ウルサ。」
やがて黄金の火柱はクンタールの頭上に吸い込まれて行き、天空に巨大な雲と風の塊を作った。
それは次第に大きくなり、ついにその中心から真っ赤な液体が地上に降り注いだ。
血の様な雨はアーティ島全体を包み、戦神の身体にもたっぷりと降りかかった。
やがてクンタールは、不気味な呪文を唱え始め、
その声に呼応するように暗雲の中心から幾つもの腕が生え出して、地上に向かって伸びていった。
腕は雲から伸び、海や大地を優しくなで始めた。
この異常な光景に、エアは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「う、うわあああ!!
クンタール殿、こ、これは一体!?」
「静かに!」
大声をあげるエアを静かに、しかし力強い声で制したのはハグレッキである。
また続けていった。
「…クンタール殿の儀式を妨げてはならぬ。」
「フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!」
突如、発狂したかのように叫び始めたのは、戦神ウルサだ。
目はあらぬ方向を睨み、何かに苦しむかのように胸を掻きむしり始めた。
これこそ神和ぎの儀式。
古代オルニト帝国の皇帝たちは、神々を制する強力な覡王(シャーマンキング)として
その絶大なる霊力と数々の魔術を習得することで既知世界の全てを支配することに成功したという。
失われた太古の魔術によって、戦神の神力は奪われ、その存在すら封じ込められようとしていた。
「天空の父なる神々、その天界の将軍
ハピカトル。
その数々の秘密の名によって蹲踞する大精霊たちよ。直ちに我が願いの元に来るべし。
来たれ、来たれ、来たれ、来たれ。
お前たちの偉大なる天主、ハピカトルに代わって、光り輝く神の御子がお前たちに命じているのだ。
今、太古より血と神の契約の恩恵にすがりて、この邪悪なる仇敵を屈服させる魔力を与え給え。
我を欺き、裏切ることなく、今すぐにここに来て、我が命令を為せと命ずる。
天嵐神ハピカトルに代わってクンタール・アージ・ブラザウの名において命ずる。
…鎮まれ、ウルサ。」
クンタールが呪文を唱えると、ウルサはいきなり小さくなって、
干乾びたカエルの死体のような姿で地面に突っ伏した。
それをクンタールは事も無げにひょいっと摘まむと金属製の箱に放り込んで、
箱に何やら呪文をかけると、そのまま海に向かって放り捨ててしまった。
「海の底で腐るがいい。」
『付録』
「馬部の鹿火駒(マブのカヒコマ)」
ミズハミシマはマブ郡の生まれ。生家、マブ家は地元を治める地頭である。
カヒコマは、その三男。
スラヴィア戦争期に活躍した剣豪のひとり。
ヤクモ島戦役に登場した後、その足取りはハッキリしていない。
「大剣タクシス」
古代オルニト遺跡でサミュラが拾って来た身の丈ほどの大剣。
はじめ不死の貴族、グウェン・グウェンスロー伯爵に与えられたが、彼を討ち取ったマブのカヒコマが愛用した。
現在は、イストモスのアクティパル博物館に展示されている。
「グウェン・グウェンスロー」
マセ・バズーク出身の剣豪。
もとはモルテ教団の信者たちを警護する自警団の剣士だったが、サミュラに認められ、伯爵の称号を与えられた。
ヤクモ島戦役で戦死した。
彼の鎧は、生前の友人、今や最古の貴族の一角、黒鎧卿が身に着けている。
「マジャール・マージャルティ」
今から420年前から410年前ごろにドニー・ドニーの海賊王を4度務めた。
種族は不明。
また直接従えていた海賊団もなく、彼を頭領を認める複数の団体があっただけで彼自身の所有する海賊団はなかった。
ともかく謎が多い人物で、彼に関する記録は殆ど残っていない。
仮にも一国の王でありながら、殆ど政治にも関心を示すことはなかったという。
「不死の貴族・不死の王侯の身分」
屍王:モルテの体の一部と同化することで完全な不死性を獲得した王。6名。
吸血姫サミュラ・ド・ラ・シッフル(フランス人、スラヴィア王、約400年前の人物)
武王ケオプス・サ・ハグレッキ・ナスル(虎人、ラ・ムール王、約3000年前の人物)
漆黒王イヘラー・シン・ガフ(黒豹人、ラ・ムール王、420年前の人物)
大帝エア・スーヴィエ・イストモス(ディストリエール種、イストモス5代大ハン、約2500年前の人物)
上帝ラライヤ・ライラ・ライク・ライル・ラルー(カマキリ人、マセ・バズーク上帝、約600年前の人物)
皇帝クンタール・アージ・ブラザウ(鶴人、古代オルニト帝国9代皇帝、約7000年前の人物)
侯爵:サミュラから神力を分け与えられた一等級の不死者。
審議候キエム・デュエト(虎人)
伯爵:サミュラから神力を分け与えられた二等級の不死者。すっごい多いよ!
骸骨王ヴィクター・ウィルヘルム・フォン・ヴェルルギュリウス伯爵(アヒル人)
千骸万華コリオリ・コルセンガイ伯爵(シェイプシフター)
巌窟王ムーク伯爵(???)
幽霊艦隊提督アドミラ・レイス伯爵(スキュラ)
幽霊艦隊副司令長官アン・アンブーリン伯爵(イモリ人)
黒鎧卿(鎧)
妖樹伯オースティン・オーグリム(樹人、没)
巨象伯ロウダー・ロートリンゲン(象人、没)
霊鯨伯デギリア・ド・ラ・ドゴス(鯨人、没)
馬頭伯シェリー・シェラコモ・シェリエッタ(馬頭人、没)
冬虫伯サヴィラ・サヴォリアーリオ(キノコ人、没)
黒騎士グウェン・グウェンスロー伯爵(カブトムシ人、没)
男爵:サミュラから神力を分け与えられた三等級の不死者。もっと多いよ!!
放浪卿エルバロン
ガルガ・ガルヴァンディア(鷹人)
ルゥ(狸人)
- このシリーズって刺激が強めで徹底しているイレゲじゃ珍しい。話題に上ることが多いけど直接描写されることが少ない時期の話とやっぱりウルサが出てきたらこうなるよな!という熱い展開イイ -- (名無しさん) 2015-10-20 21:58:42
- 登場キャラ多いねー。神ヤった?と思ってもやっぱ健在なんでしょうなぁ -- (名無しさん) 2015-10-21 20:56:56
最終更新:2015年10月20日 21:53