自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

161 第123話 火消しのモーデル

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第123話 火消しのモーデル

1484年(1944年)3月24日 午前7時 レンベルリカ領タラウキント

レンベルリカ領南西にあるタラウキントは、かつて、レンベルリカ連合王国と呼ばれた時代にレンベルリカ地方でも第3位の商業都市として
建国以来から栄えて来た。
この町は、商業都市であると同時に、重要な軍事都市でもあり、町の周囲には、石造りの高い塀が聳え立っている。
幾度も繰り返された戦で、このタラウキントは1つの巨大な要塞として機能し、幾万もの敵兵を返り討ちにしてきた。
マオンド軍は、1480年1月に、20万の大軍を持ってタラウキントを包囲し、市街地に立て篭もる5万のレンベルリカ兵を兵糧攻めにした。
2月にはマオンド軍がタラウキント市内に突入し、激しい戦闘が繰り広げられたが、その激しい戦闘も僅か3日で終わり、市内の被害も少なかった。
タラウキントに凱旋したマオンド軍は、タラウキントを始めとするレンベルリカ南西部一帯を統治する根拠地として活用する事を決め、
占領から1ヵ月後には、マオンド共和国からドスレム・トハートグ伯爵が領主として赴任した。

それから早4年が経った。
タラウキント地方の中央都市タラウキント市の中央に位置する、4階建ての城のような建物。
この建物は、マオンド共和国レンベルリカ領南西方面統治本部という名で呼ばれており、アメリカで言うならば州庁舎のような物だ。
普段なら、この建物の天辺には、マオンド共和国の国旗・・・・赤と青の背景に、三方向から交わった剣に黄色の逆三角形が描かれた旗が
はためいている筈なのだが、今日はそれとは別の旗が翻っている。
白地に、何かの旗を持つ人影が描かれた絵が、その旗には描かれていた。
建物の3階の執務室では、甲冑を身に着けた幾人かの人物達が、机に置かれた地図を取り囲んで話し合っていた。

「とにかく、これは想定外の事態です。」

1人の若い青年が、地図に描かれた赤い印を、指でつつきながら言い放つ。

「マオンド軍が、こんなに早く大軍を押し立てて来るなどと・・・・まして、40万の軍をすぐに動員して来るとは・・・・」
「敵側の動きはかなり際立っている。司令官、マオンド軍は、我々の同志の中にスパイを紛れ込ませていたかもしれません。」

司令官と呼ばれた、しわ顔の男の側にいた髭面の男が、顔に緊張を滲ませながら言って来る。
司令官と呼ばれた男は、腕を組んだまま黙り込んでいる。

「我々の手勢は10万。それに対し、敵は40万。しかし、こっちはタラウキントという要塞がある。敵が攻めてくれば、別働隊に
側面を衝かせて混乱を起こさせ、その隙に我らが打って出る、という方法もありますぞ。」

左斜めにいる小柄ながらも、がっしりとした髭面のいかつい男が、自信たっぷりに言う。
しかし、彼の意見は正面にいる女性士官から非難を受けた。

「そんなの、無理に決まっているじゃない。私たちの戦力は、別働隊も含めてせいぜい15万程度。だけど、相手は40万、その背後に
あと4、5万は控えているわ。いくらザコ揃いのゴブリンや、力しかないオークが多いとはいえ、数にはかなわないわ。」
「ふん、ハイエルフ様のご高説はもう聞き飽きた。これまで、力押しで来たからこそ、ここを解放出来たではないか。」
「あなた方ドワーフ族は、いつも力押しする事しか考えないの?相手が優勢な今は、少しでも被害を抑えるために、この要塞に立て篭もるしかないわ。」
「いや、キルゴール将軍の意見にも一理あるぞ。」
「おい、何を言うんだ。ミリエルの意見が最も現実的だ!」

ハイエルフの士官、ミリエルの意見に賛同する物と、キルゴールの意見に賛同する物が議論をぶつけ合い、しまいには掴みあい寸前の激論に発展した。

「諸君、やめたまえ。ここで喧嘩しても仕方がない。」

司令官と呼ばれた男は、透き通ったような声音で、言い合いをする幹部達に言った。
その言葉を聞いた幹部達は、ばつの悪そうな表情を浮かべつつも、いわれた通りに口論を終わらせた。

「スハルク君。」

司令官は、部屋の隅で佇んでいた男に声をかけた。

「はっ」

スハルクと呼ばれた赤毛の男は、顔に不満そうな色を滲ませている。

「アメリカは動きそうか?」
「・・・・司令官閣下。その事に関しては何度も申したとおり、アメリカ軍はすぐには動けません。はっきり言わせてもらいます。」

スハルクは、憤りが含んだ口調で自分の思いを打ち明けた。

「確かに、マオンドの残虐な手筈を打ち砕いた作戦は見事な物です。しかし、私からすれば、あの時は耐えて貰いたかった。」
「耐えるだと!?」

1人の幹部が顔を真っ赤にして怒鳴った。

「俺達が動かなければ、1万人の同胞が無為に殺されていたのだぞ!?マオンドの圧制に不満を持つ者は大勢いる。このレンベルリカ
のみならず、他の国でも反乱が相次いでいる。このレンベルリカだけでも、1万の同胞達が俺たちよりも早く立ち上がった。その同胞達を、
あなたは見殺しにしろと言うのか?」
「・・・・・非常に申し上げにくいですが、あの場合は、そうする以外に道は無かったと思います。そうしなければ、それ以上の人命が
失われてしまいます。」
「貴様!それでも同じレーフェイル出身か!?」

その幹部が、スハルクに飛びかかろうとするが、司令官が片手を挙げて制した。

「なるほど。その考えにも一理ある。だがスハルク君、状況は刻一刻と変わる物だ。もし、反乱が鎮圧されていれば、我々属国軍は自国民の
管理能力が無いと見做され、軍を解体するように命じられただろう。そうなったら、あらかじめ立てた計画が全て台無しとなってしまう。
今回の決起は、そのようなやむを得ない事情も考慮した物だ。」
「しかし司令官。あと2ヶ月・・・・2ヶ月待てば」

「その2ヶ月の間に、どれだけの民が失われる?1万や2万を殺しただけでは、マオンドは止まらないぞ。」

司令官は、きっぱりとした口調でスハルクの反論を封じた。


決起軍の司令官であるレオトル・トルファー中将は、少し前まではマオンド共和国レンベルリカ領南西軍司令官として、マオンド軍の代わりに
レンベルリカ南西部の治安維持を任されていた。
マオンド軍は、陸軍だけで130万の人員を擁し、そのうち40万は、ゴブリンやオーク等の亜人兵である。
その兵員数の半分近くは本国にいるが、残りの部隊は被占領国へ派遣され、現地の治安維持に当たっている。
しかし、広大なレーフェイル大陸を収めるには、やはり人員の不足は問題であり、特にレンベルリカ領に関しては、僅か7万程度の軍で
広いレンベルリカを統治せねばならなかった。
そこで考えられたのが、レンベルリカ軍の再利用である。
レンベルリカ軍は、大半がマオンド側の戦闘によって死傷していたが、それでも20万ほどの元軍人が、路頭に彷徨っていた。
マオンド側は彼らに再び仕事を与え、41年9月には属国軍として再編成を終えた。
しかし、属国軍であるレンベルリカ軍に与えられた武器は、全てが旧式の武器であり、常に最新式の武器を揃えるマオンド軍と比べると、
装備の面で大きく劣っていた。
また、治安維持活動に関しても、実質的にはマオンド軍や、マオンド側から派遣された官憲が取り仕切っており、
レンベルリカ軍の地位はとても低い物であった。
レンベルリカを統治するマオンド側の為政者は、レンベルリカの領民達を粗雑に扱ったため、領民らに嫌われていた。
それも当然であろう。
なにしろ、マオンドからやって来たマオンド人や役人達は、常にレンベルリカ人達を見下し、酷い時には気まぐれでレンベルリカ人を
殴り倒したり、どこぞに拉致していくほどである。
嫌われて当然であった。
そんなマオンド人達に対して、不満を募らせたレンベルリカ人の中には、実力行使で訴えようと考える者も出始め、ついには反乱未遂が起きた。
反乱未遂事件は、1483年3月と9月の2度起きたが、いずれも現地のマオンド軍部隊と、レンベルリカ軍によって鎮圧されている。
公式記録では、マオンド軍とレンベルリカ軍が共同で反乱を鎮圧し、平和の芽を摘み取ろうとする反逆者達に鉄槌を加えた、とある。

だが、実際には、マオンド側は出動したレンベルリカ軍が反乱側に接触する前に独断で攻撃を仕掛け、レンベルリカ側が立ち入る余地を全く与えなかった。
この2つの反乱事件では、反乱を企てた関係者のみならず、無関係の民も反逆者として吊るし上げられ、多くが同胞の面前で処刑された。
この一連の事件で、実に7000人ものレンベルリカ人が命を落とし、3000人がどこかに連れて行かれたまま、今も行方が分かっていない。
レンベルリカ南西軍の司令官であるトルファー中将は、占領以来、暗黒時代と化していたレンベルリカに、日々憂鬱を感じていた。
この国やって来たマオンド人は、全てがではないが、大多数が自分を神のように思い、領民達を見下すろくでなしばかりだ。
マオンド人が犯罪を起こしても、そのほどんとは罪に問われず、問われたとしても本国にサヨウナラで済んでしまう。
レンベルリカ軍は、ただ、存在するだけの軍隊でしかない。演習は制限され、与えられる武器は、使えないではないが、それでも古びた物ばかり。
仕事といえば、自国の民を監視し、自制を促すだけ。部隊の移動命令を下そうにも、いちいちマオンド軍の許可が必要になる。
敗戦国とは・・・・・その軍とは、こうも惨めなものか?
その思いは、トルファー中将のみならず、レンベルリカ軍に所属している将兵がいつも繰り返している自問であった。
しかし、そんな彼らに転機が訪れた。
1483年9月。血みどろの反乱事件が収束した時期に、トルファー中将は1人の男と出会った。
帰りに、酒場の安酒をあおっていたトルファー中将は、たまたま行商人と名乗った男と共に飲んだ。
男は、酒に酔っているトルファーに向かって、

「マオンドは呑気でいいもんですねぇ。シホールアンルは、南大陸でこれまで以上に大苦戦を強いられていると言うのに。」

と、何気ない口調で言い放った。
その時は、トルファーは何を言っているのか分からなかったが、3日後、マオンド軍の士官から驚くべき情報を聞いた。

「シホールアンルが一生懸命頑張っている今のうちに、我々マオンドはもっと力をつけねばなりませんな。」

その士官は、頑張っている、という言葉を口にした時、一瞬だけ表情を暗くした。
その士官との会話は、5分も満たない物であったが、トルファー中将は、酒場で聞いた戯言と、あの士官の言葉に何か関係があるのではないか?と疑った。
それから1週間後。トルファー中将は行商人という姿で正体を隠していた、アメリカ側のスパイと再会したのである。
その男こそ、ヘルベスタン人のスパイであるフェクス・スハルクであった。
スハルクは、彼の正体を見破りつつも、それをマオンド軍に報告しなかったトルファーが反乱を企てている事に気が付いた。

トルファーは、内心では反乱を望んでいたが、与えられた武器が劣弱な事や、兵の士気が低く、とても反乱を起こすまではいかないと分かっていた。
そこにスハルクは食い付いた。

「では、優秀な武器をあなたに差し上げましょう。」

その日、スハルクは不可解な言葉を残して、トルファーの前から姿を消した。
10月に入ると、マオンド軍はレンベルリカ沖合いに展開していた警戒部隊の大半を、大陸西岸の防備に回した。
10月1日から10日にかけて、マオンド側は実に7隻もの輸送船をアメリカ潜水艦によって撃沈され、5隻が大破するという大損害を被った。
このような数字は、1ヶ月過ぎてようやく出てくる物なのだが、アメリカ海軍は潜水艦作戦に力を入れたのであろう、マオンド側の被害が急増し始めた。
それと呼応するかのように、12日、再びスハルクがトルファーの前に現れ、16日、東部のタスプスで武器を与える、と伝えて来た。
トルファーは、マオンド軍司令部に東部視察行の申請をし、許可を得ると、すぐにタスプスに飛んだ。
彼は、15日にはタスプスに到着し、現地の部隊を閲兵した。
その日の深夜、トルファーは3人の側近と、いつの間にかタスプスに来ていたスハルクと共に、もぬけの空となった海岸で武器を待っていた。
トルファーは、この時点でまだスハルクを信用していなかった。
もし、スハルクが言った事が嘘であれば、トルファーはスハルクをマオンド側のスパイとみなし、殺すと決めていた。
しかし、トルファーの懸念は杞憂に終わった。海岸から500メートル離れた沖に、3隻の米潜水艦が現れたからだ。
その日から、トルファーを始めとする反乱一派は、アメリカ側から武器援助を受け続けた。
武器援助はたった1ヶ月のみで終わったが、その頃には、同志が秘密の武器工房を多数開設し、そこで良質の武器を次々と作り始めた。
アメリカ潜水艦が持って来た武器は、その全てがミスリアル、バルランド王国製の良質な武器であった。
マオンド側から供与された酷い武器と比べて、かなりの良い出来である。
レンベルリカの同志は、その武器を複製し、決起前までには人数分の武器をなんとか揃えることができた。
複製された武器は、アメリカ潜水艦が運んで来た武器よりは強度が落ちるが、オリジナルとは、さほど威力は変わらなかった。
レンベルリカ軍決起部隊の士気も、徐々に高まってきた。
1484年3月始め。トルファー中将は、密かに幹部達を集め、アメリカ軍がレーフェイル本土に侵攻する6月に、これに呼応する
形で決行すると話し、満場一致で決めた。
幹部達はこの決定に応じ、その後は何食わぬ顔で、普段通りの仕事をこなしていった。
しかし、その取り決めをぶち壊しにする出来事が、タラウキント地方中部にある都市ヘテ・カヴァンで起きた。

3月20日、午後7時。日が落ち、ようやく夜が本格的に始まろうとしていた時、町の街道で、ある小さな悲劇が起きていた。
街道を歩いていた母と子1人の親子連れが、いきなり背後から暴走してきた馬車に轢き殺されたのである。
母子は共に即死であった。馬車は、母子を轢いてから、30メートル進んだところで止まった。
客車のドアが荒々しく開けられる。本来ならば、中に乗っている馬車の主や御者が、倒れている慌てて駆け寄っていくはずである。
何しろ、悪いのは暴走して来た馬車だからだ。
街道を歩いていた人のうち、何人かは倒れ付した母子に駆け寄り、必死に救命活動を行っている。
その光景を見ていた1人の男は、心底残念そうにこう呟いた。

「・・・・なんてこった。あの馬車は、マオンドの役人が使っている奴じゃないか。」

馬車は、マオンドの役人が使用していた物であり、中の役人の地位は高いのか、馬車の外装は豪華に仕立て上げられている。
その客車のドアが荒々しく開け放たれ、中から1人の男が降り、倒れた母子のもとに歩み寄った。
2人の被害者を救おうとしていた、数人の通行人達は、次の瞬間、信じられない言葉を聞いた。

「フン、下賎な貧民めが。ちんたらと道を歩くからこうなるのだ。」

男は忌々しそうにそう吐き捨てると、あろうことか、母子の遺体に唾を吐きかけた。
これが事件のきっかけとなった。
レンベルリカの住民達が、普段、マオンド人に虐げられているのは前述した通りだが、今回のように、馬車で轢き殺しても、マオンド人には罪が無い。
この時、マオンド側が、アメリカ並みとまでは行かないが、せめて、シホールアンル並みの占領政策を取っていれば、今回の事件は起きなかったであろう。
シホールアンルの占領政策も、あまり褒められた物ではなかったが、少なくとも、味方が起こした不祥事はちゃんと対応していた。
だが、マオンドはそんな事は一切やらなかった。
無責任な悪徳役人が、理不尽な言葉を叩き付け、馬車に乗り込んだとき、レンベルリカ人達の怒りは爆発した。
この役人の馬車は、10メートルほど進んだ所で、激高した住民達に取り囲まれ、やがては馬車の中の役人は外に引きずり出され、袋叩きにされた。
事態は、そこから急速に拡大した。
事件発生から2時間で、町の中心部にあるマオンド側の官憲施設が焼き討ちにされ、行政施設が占拠された。
暴動は農村部にも及び、鎮圧に赴いたマオンド側の武装警備隊は、圧倒的多数の暴徒によって蹴散らされた。

時計の針が21日午前0時を回った頃には、実に10000以上の民が、マオンド側を罵倒しながら、マオンド共和国に関係する施設や商店等を片っ端から襲撃した。
これに呼応したのか、レンベルリカのみならず、エンテック、ルークアンド、ヘルベスタンでも暴動が起こり、鎮圧隊に対して激しく応戦しているという。
そんな中、21日午前4時ごろ、マオンド軍司令部からレンベルリカ軍に動員令が下った。

「命令、レンベルリカ南西軍は、暴動の拡大を防ぐためにヘテ・カヴァン以外の都市に部隊を派遣し、住民に自制するように伝えよ。反乱の鎮圧には、
我がマオンド軍が当たる故、後顧の憂いを感じる事無く、任務を遂行されたし」

これに対して、トルファー中将は、

「了解。されども、部隊出動にはしばし時間が必要であり。目下、出来る限り早急に、我が軍は部隊配置を進めていく方針である」

と、マオンド軍司令部に伝えた。
命令が下ってから6時間後に、レンベルリカ軍は出動を開始した。
この時点で、トルファー中将の腹は決まっていた。

「司令官閣下、今は自制すべきです。」

そんな彼の決断に反対する者がいた。それが、スハルクである。

「確かに、今決起すれば、我々は一時的にマオンド軍を駆逐する事が出来るでしょう。ですが、マオンド側が本気を出した場合は、我々の軍事力で
は太刀打ちできません。ここは、6月まで待つべきです。6月になれば、西から援軍が来ます!」

スハルクは必死になって、トルファーを説得しようとしたが、それも無駄に終わってしまった。

「スハルク君。私たちは、もう限界だ。ここからは、自分達で道を切り開いていく。」

こうして、トルファー達は、予め用意していた協力者達から武器を調達すると、先行するマオンド軍の背後を衝いた。

突然の事態に、マオンド軍4万の部隊は大混乱に陥り、各所でレンベルリカ軍に撃破されていった。
レンベルリカ軍は、南西軍のみならず、中央軍、北方軍からも集まり、最終的には20万近いレンベルリカ軍が集結し、マオンド軍と対抗することになった。
だが、23日の時点で、計画が狂い始めた。
事前の計画では、マオンド軍が大軍を送り込んでくるまで、最低でも1週間ほどはかかるであろうと思われていた。
その1週間の間に、レンベルリカ軍は南部の山岳地帯に立て篭もって時間を稼ぐ。
だが、マオンド側は、23日になると、40万もの大軍をエンテック領から北上させ、一部の部隊は既に南部の山岳地帯を抑えていた。
それに対し、レンベルリカ軍は、本隊と別働隊焼く15万が、タラウキント市やその近郊に進出したばかりで、これ以上の進撃は、休息を取らない限り出来なかった。
そして、今に至るのである。

「司令官閣下、とにもかくも、状況はあまり良い物ではありません。あなた方が、感情に任せて行動したばかりに、このような事態を引き起こしたのです。」
「貴様らヘルベンスタン人も、目の前で同胞が無為に殺されていくのを見て、黙っていられるのか?そうだとしたら、君は血の涙も無い畜生だ。」
「私は、もっとも現実的な意見を申し上げているだけです。」

幹部達は、スハルクに次々と食って掛かる。それに対して、スハルクはきちんと対応するのだが、その分、時間は流れていった。

「とにもかくも、我々はもう後には戻れまい。」

トルファー中将は、額に浮かんだ汗を、袖で拭きながら言う。

「こうなったら、我々は、このレーフェイルに燃え上がった火事を、より一層広めていくだけだ。マオンド軍は確かに強力だが、我々も以前の我々ではない。
誇り高きレンベルリカを踏みにじった事を、奴らの骨身に染みるまで後悔させてやる。」

トルファー中将のその一言で、レンベルリカ軍は防備を整え、マオンド軍を迎え撃つことになったが、スハルクは、最後までトルファーに決起のきっかけを
作った事を後悔していた。

1484年(1944年)3月24日 午後1時 バージニア州ノーフォーク

車の窓から、広大なノーフォーク軍港が見え始めてきた。
ゲートの向こうにある軍港には、既に多数の輸送船が停泊しており、小さいながらも、慌ただしく乗船する将兵が見て取れる。
ガーランドライフルを肩に下げた衛兵が、運転兵に通ってよいと言った後、衛兵は車に向かって敬礼を送った。
進むにつれて、軍港の全容が分かって来る。ノーフォーク軍港の3分の2の区画には、多数の輸送船等が停泊し、兵員や物資を積み込んでいる。
その一方で、戦闘艦艇の一団が、同じく出港準備に追われている。
エセックス級、イラストリアス級といった正規空母や軽空母、逞しい感じを醸し出す重武装の戦艦や巡洋艦、軽快そうながらも、いざと言う時には
頼りになる駆逐艦が、並んで停泊している姿は、誰が見ても胸を躍らせるものがある。

「素晴らしい物だな。」

戦闘艦艇群を見つめていた第15軍司令官、ヴァルター・モーデル中将は、左目につけていたモノクルをハンカチで拭きながら、その姿に魅了されていた。

「あれだけの戦闘艦艇に護衛されれば、第15軍も心置きなく、任務を遂行できそうだ。」
「しかし、不安もありますぞ。」

隣に座っていたサイモン・バックナー少将が言う。

「本来ならば、2個軍が作戦に参加する予定でしたが、予定を繰り上げて出撃を早めるというのは、レーフェイル大陸でよほどの事が起きたと言う事です。」
「よほどの事か・・・・・つまり、レーフェイル大陸では、内乱という名の大火事が起きているのかも知れんな。」

モーデル中将は、半ば勘でそう言った。
やがて、車は大西洋艦隊司令部の玄関前で止まった。
車を降りたモーデル中将とバックナー少将は、司令部の士官に案内されながら、会議室に向かった。
ヴァルター・モーデル中将は、元々はドイツ陸軍の士官である。

1909年に士官学校に入営したモーデルは、第1次大戦の凄惨な戦場を生き延びたあと、順調に軍歴を過ごしていった。
1939年9月のポーランド戦役では、第16軍参謀長に任命された。
モーデルは、ここから頭角を現し始め、39年11月から始まった西方戦役(フランス、イギリス連合軍との戦争)では、第3装甲師団の
師団長に任命され、幾度も英仏軍の進撃を阻止し、前線の崩壊を防いだ。
このため、前線では「火消しのモーデル」と呼ばれ、ロンメル将軍やグデーリアン将軍と並んで有名な装甲部隊指揮官として名を馳せている。
そんな彼も、41年2月に、フランス空軍の空襲によって負傷し、前線から離れることになった。
41年6月、爆撃で重傷を負ったモーデルは、4ヶ月に渡る入院生活で完治し、彼はすぐにでも前線に戻りたかった。
そんなモーデルに、上層部はアメリカ駐在ドイツ大使館駐在武官の任務を押し付け、それと同時に、これまでの戦功が認められて、中将に昇進した。
中将昇進は、モーデルも一応喜んだが、大使館の武官勤務を任じられてからは、その喜びも半減した。
しかし、モーデルは、逆にアメリカで得られる限りの情報を取得するには、一度アメリカに行くしかないと考え、あえて不満を振り払って、アメリカに渡った。
だが、アメリカに渡ってから僅か4ヵ月後に、彼はアメリカ大陸共々、未知の世界に飛ばされてしまった。
この突然の異常事態に、大使館の外交官や武官達は狼狽した。
だが、モーデルは動揺する武官達を纏め、ドイツに戻れぬ以上はこのアメリカで生活するしかないと決心した。
その後、モーデルはアメリカ陸軍に志願し、1942年3月には、正式に陸軍中将に任命され、陸軍大学では講師として招かれ、自らの体験を下に
戦車機動戦のイロハを生徒達に教えた。
その彼が、第15軍司令官に任命されたのは、1943年11月である。

士官が、会議室のドアを開けてくれた。

「ありがとう。」

モーデルは、士官に礼を言いながら室内に入った。
会議室内には、大西洋艦隊司令長官のジョン・ニュートン大将(1月に、心労で退役したインガソル大将から交代)と司令部のスタッフ、それに、
陸軍第8航空軍司令官のクレア・シェンノート少将が席に座っていた。
モーデル中将は、シェンノート少将の隣に座った。

「これはモーデル閣下、お久しぶりですな。」
「こちらこそ。調子はどうかな?。」
「まあ、ぼちぼち、と言ったところでしょうか。」
「ぼちぼちか。」

モーデルは苦笑しながら反芻した。

「私も似たような物だな。会議の参加者はこれで全員かな?」
「まだ、第7艦隊の司令官が来てないようです。あ、今来ましたよ。」

開かれたドアから、第7艦隊司令官であるオーブリー・フィッチ大将が現れた。
フィッチ大将は、ニュートン大将と視線を合わせると、親しげな笑みを浮かべた。
フィッチとニュートンは、元々は太平洋艦隊で機動部隊を率いていた。
太平洋艦隊時代から、2人の提督は気心の知れた戦友として互いを認め合っている。
フィッチ提督が席に座ると、ニュートン大将が口を開いた。

「では、これより緊急の会議を始める。」

ニュートンは、いささか表情を硬くしながら説明を始める。
モーデルは、その表情を見る限り、レーフェイル方面で何かまずい事が起きているなと確信した。
「3日前、大西洋艦隊情報部は、レーフェイル方面の魔法通信が活発化しているとの報告を送って来た。その原因は、2日前に明らかとなった。
情報部の分析によると、レーフェイル大陸の各所で反乱が起きているという結果が出た。」

ニュートンの口から出た、思いがけぬ情報に、シェンノート少将とフィッチ大将は一瞬顔の表情が強張った。
すかさず、モーデルが手を上げた。

「質問してもよろしいですか?」
「どうぞ。」
「その反乱騒ぎですが、規模は小規模ですか?それとも、かなりの規模ですか?」

ニュートンに代わって、大西洋艦隊参謀長のレイ・ノイス中将が答えた。

「それにつきましては、正確な所はわかっていません。ただ、マオンド軍の魔法通信が活発な事や、レーフェイル大陸・・・特に、レンベルリカ地方での、
別の武装勢力のものと思われる魔法通信もまた活発化している事から、反乱の規模はかなりの物であると、情報部は確信しています。」
「反乱か・・・・・やはりな。」

モーデルは、自分の勘が当った事に対して、特に何の感情も沸かなかった。

「我々情報部は、OSSのレーフェイル方面対策課から最新情報を入手しました。」

情報参謀が説明を始める。

「情報によりますと、レンベルリカ地方で大規模な反乱が起こったようです。現在、反乱軍はレンベルリカ南西の都市、タラウキントに入城し、
その周辺地域に防御戦を構築中であり、北上するであろうマオンド軍に備えようとしているとの事です。また、別のスパイ情報では、ヘルベスタン地方で
農民が暴動を起こし、一部のマオンド軍部隊が暴動に加わって、現地のマオンド側施設を次々と襲撃しているようです。更に、未確認ではありますが、
エンテック地方ではマオンド軍とそれに抗する暴徒が衝突して、少なくとも1000人近い死傷者出ていると言う情報もあります。情報部の分析としては、
一連の騒ぎではマオンド軍が反乱側に対して優勢に戦いを進めている物と判断しています。」
「と、なると。遅かれ早かれ、マオンド軍は反乱軍を鎮圧する、と言うことになるな。」

話を聞いたニュートンは、肩を竦めながらそう言った。

「しかしニュートン長官。これは好機でもあります。」

シェンノート少将が、いささか興奮したような口ぶりでニュートンに言う。

「このまま行けば、マオンド側の優勢間違いなし。となれば、その間、マオンド側の視線はレーフェイル大陸に向けられる事になります。
我々は、その隙を衝いてスィンク諸島に軍を進められます。」
「私も、同じ事を考えていた。だから、あなた方をここに集めたのだ。」

ニュートンは、椅子から立ち上がると、壁に掛けられている地図に指を触れた。

「本来ならば、この作戦は2個軍を持って、スィンク諸島とリック諸島を占領する予定でしただった。しかし、今回は時間の都合上、モーデル将軍の
第15軍しか準備出来ていない。だが、このまま時間を過ぎるのを待てば、マオンド側が反乱側を鎮圧するだけだ。そこで、我々は一気呵成に大西洋を渡り、
ユークニア島を主軸とするスィンク諸島を占領する。」

ニュートンは、ノーフォークから一気にスィンク諸島まで指を進めた。

「というのが、海軍省から提案された今回の作戦内容だ。幸い、スィンク諸島周辺に関しては、事前に情報を入手している。だから、今回の作戦では
さほど心配せずに任務を遂行できるだろう。」

ニュートンの説明を聞いたモーデルは、脳裏にこんな事を思い描いていた。
マオンドの占領政策は、それはもう酷い者であると、モーデルは聞いている。今回の反乱騒ぎは、いわばマオンドが自ら引き起こしたような物だ。
マオンドは、その反乱を鎮圧できる力を持っている。
反乱側の指導者達からして見れば、マオンド側が積極的攻勢に出た今としては、尻に火が付いたような状況だと思っているだろう。
今回のスィンク諸島攻略作戦は、表向きは火事場泥棒のような物だが、それは同時に、西からもマオンド軍に対抗できる戦力が迫っている事を、
マオンド軍に知らしめるためでもある。
モーデルの思いを裏付けるように、ニュートンは、高速機動部隊にレーフェイル大陸の空襲をさせると言っている。
要するに、今回は反乱側の尻に付いた火を、少しでも和らげようとして計画された物だ。
恐らく、海軍省やOSSの報告を耳にしたルーズベルト大統領が、作戦開始を早めるように指示したのであろう。
その反乱側の尻に付いた火・・・マオンド軍と戦う最初の陸軍部隊が、モーデルの指揮する第15軍である。

(アメリカ軍に入っても、“火消し”の役割を任されるとはね)
モーデルはそう思いながら、皮肉めいた笑みを浮かべていた。

「では、艦隊の出港日はいつ頃になる予定で?」

フィッチ提督がニュートンに質問する。
ニュートンは即答した。

「明日だ。そのため、TF72の補給品積み込みは今日中に終わるように手配をしてある。ミスターフィッチ、君には大いに暴れて貰うぞ。」

1484年(1944年)3月25日 午前8時 バージニア州ノーフォーク軍港

軍港内に、勇壮なメロディーが流れる。

「出港用意!」

という号令のもと、ノーフォーク軍港内に停泊していた艨艟達は、一斉に錨を上げ、機関の圧力を高めていく。
軍楽隊が、「錨を上げて」を演奏し、TF72の戦闘艦群は、それに触発されたかのように動き始める。
最初に動き始めたのは、TG72.1に所属する駆逐艦セイバーである。
それからラフォーレイ、モホークと続いていく。
次に、重巡洋艦のカンバーランドとドーセットシャーが、特徴のある3本煙突から煙を噴き上げつつ、駆逐艦群の後を追う。
その後ろから、第72任務部隊の旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズが、この艦特有の4連装の砲身を僅かに上向かせ、マストに上がっている
ユニオンジャックを力強くはためかせつつ、威風堂々と出港していく。
その横では、巡洋戦艦のレナウンが、アラスカ級と同じ長砲身砲を誇らしげに掲げながら出港する。

「ベニントン、出港します!」

第71任務部隊第1任務群司令官であるジョン・マッケーン少将は、旗艦イラストリアスの艦橋から、出港していく僚艦に視線を送っていた。

エセックス級航空母艦11番艦として去年の10月に竣工したベニントンは、慣熟訓練を終えてまだ1ヶ月しか経たない新米空母である。
そのすらりと伸びた艦体は、TG72.1の中では最も大きな艦であり、既に就役して行った同型艦は、今や反攻の象徴の1つとして、各国に知られている。
目の前のエセックス級は、既に活躍している姉達の名に恥じぬような戦いすると言わんばかりに、その長大な船体を、他の僚艦に負けぬぐらい堂々とさせながら
外海に向かって航行して行く。
やがて、イラストリアスも出港する時がやって来た。

「前進微速!」

スレッド艦長の凛とした声音が、艦橋に響く。
機関部にある6基のアドミラルティ三胴式重油専焼ボイラーが唸り、23000トンのイラストリアスを、ゆっくりと動かしていく。
イラストリアスが港の出口に達する時には、後方に軽空母のハーミズとノーフォークが続航している。
マッケーン少将は、おもむろに空を見つめた。
空は良く晴れており、誰が見ても気持ちの良い出港日和となっている。
(お天道様は、俺達の出港を祝福してくれているか・・・・)
彼は、内心そう思ったが、実の所、彼の心中は、今見えている空のように爽やかではない。
何しろ、急な出撃の上に、肝心の上陸部隊は、予定の半分程度の戦力だ。
それに加え、実質的にマオンド側の庭とも言われるスィンク諸島の制海権確保を、8隻の高速空母で行わなければならない。
今回行われる、大西洋の嵐作戦では、まずスィンク諸島の制空権、制海権を奪う事が重要になる。スィンク諸島には、200騎の敵ワイバーン駐留している。
それに対し、TF72は正規空母4隻、軽空母4隻に536機の艦載機を保有している。
フィンク諸島の敵ワイバーンなら、1個任務群だけでも叩き潰せる。だが・・・・
(敵の竜母部隊が現れれば、戦況は予断を許さないだろうな)
彼の不安の元は、敵の竜母部隊であった。
大西洋艦隊の潜水艦部隊は、昨年の8月からマオンド海軍の物と思しき空母の存在を確認している。
大西洋艦隊情報部は、マオンド海軍がシホールアンル側から供与された竜母か、独自で建造した竜母であると判断した。
更に、その敵竜母の存在は他の潜水艦にも確認され、ある潜水艦などは、大型と小型の2種類の竜母が、同航行しながらワイバーンの発着訓練を行っている所を
発見し、写真を撮影している。後に、この潜水艦はマオンド側の駆逐艦に執拗な爆雷攻撃を浴びせられたが、なんとか生き延びた。

この一連の情報から、マオンド海軍が本格的に機動部隊の編成を急いでいる事が判明した。
もし、マオンド側がTF72の出撃を知り、スィンク諸島に問題の竜母部隊を配備されていれば、TF72は必然的に、基地航空隊と敵機動部隊を同時に
相手取らねばならなくなる。
負けはしないだろうが、こちら側も相応の被害を覚悟せねばならない。

「司令、どうかされましたか?」

スレッド大佐が、険しい表情で思考するマッケーンに声を掛けた。
思考に意識を投じていたマッケーンは、彼の声で我に返った。

「おお、艦長か。ちょいとばかり考え事をしていたのさ。」
「もしかして、敵機動部隊の事ですか。」
「図星だ。」

自分の考えていた事を当てられ、マッケーンは思わず苦笑した。

「もし、敵さんの竜母部隊が現れれば、俺達はそっちにも目を配らないといけない。もし、敵機動部隊が、第15軍を乗せた輸送船団に襲い掛かれば、
スィンク諸島攻略作戦は行わずして失敗の憂き目に会う。そうならん為にも、まずは敵機動部隊を叩き潰すべきか、と考えていたんだ。」
「それが一番ですな。基地航空隊は沈みませんが、その場からは動けない。しかし、機動部隊は自由に動け、好きな目標を攻撃出来ますからな。
スィンク諸島にマイリー共の機動部隊が現れれば、迷わずそいつを叩くべきです。」
「ふむ、そうだな。それに、TF72には、イラストリアスとワスプという実戦を経験した空母も居るからな。対機動部隊戦ともなれば、この艦とワスプは、
さぞかし暴れてくれるだろう。そのためにも、君には期待しているよ。」

マッケーンは、スレッドに対して親しみのこもった口調で言った。
それに、スレッドもまた威勢の良い口調で答えた。

「任せて下さい。ウチの航空隊には場数を踏んだパイロットが居ますからね。敵さんに、イラストリアス航空隊の実力を見せ付けてやりますよ。」
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