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061 第52話 シホールアンル皇帝の憂鬱

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第52話 シホールアンル皇帝の憂鬱

1482年(1942年)11月17日 午前9時 ミスリアル王国 レルジェンディア

その日、第16空中騎士隊に所属する68騎のワイバーンは、レルジェンディアの森林地帯に布陣する
ミスリアル軍を攻撃するため、ルルラミルスの急造基地から飛び立った
このワイバーン部隊を指揮する飛行隊長であるヌバレク・ラジェング少佐は、出撃時から不安を抱いていた。

「隊長。どうかされましたか?顔色が悪いですが。」

ふと、魔法通信が飛び込んできた。

「なんだ、ヴェレンジ大尉。俺はどこも具悪くないが?」
「いえ。隊長がそうであるなら自分も安心です。何しろ、隊長は78騎撃墜のエースですからね。」

ヴェレンジ大尉は、誇らしげな口調でそう言った。
ラジェング少佐は、北大陸統一戦争の時からワイバーンに乗っており、これまでに78騎のワイバーンを
撃墜してきたエースである。
この頼りになるベテランに誰しも憧れ、第16空中騎士隊の顔役と言われる存在になっている。
その第16空中騎士隊が、15日にミスリアル王国北東部のルルラミルスの急造基地に急遽派遣された。
ルルラミルスには、第16空中騎士隊の他にも2個空中騎士隊が配属されていたが、ここ一連の航空戦で消耗したため、
第16空中騎士隊が代わりに送られて来たのだ。
その第16空中騎士隊の初陣が、ラオルネンクの南東側のレルジェンディア空襲である。

「なあ、ヴェレンジ。あいつは出てくると思うか?」
「あいつ?ああ、湾曲の凶鳥ですか。」

ヴェレンジ大尉は、どこか震えるような口調で、とあるアメリカ軍機の渾名を呼んだ。

「それは分かりません。どこの戦場にも必ず現れる、という訳では無いですけど、可能性はあるでしょうね。」
「ワイルドキャットやウォーホーク、それにエアコブラなら、一応自信はあるが・・・・ライトニングや、
コルセアが出てきたらちとやばいかもしれん。」

ラジェング少佐が不安げな口調で呼ぶ湾曲の凶鳥。
最近登場した、アメリカ軍戦闘機の新鋭機であるF4Uコルセアは、その特徴である逆ガル姿や、翼の付け根から
発するおぞましい音から、シホールアンル竜騎士達からその湾曲の凶鳥という渾名で呼ばれている。
F4Uコルセアが、最初に姿を現したのは11月8日で、当時、ミスリアル軍の地上攻撃を行っていた戦闘ワイバーンに突如、
見慣れぬ戦闘機が猛速で襲撃して来た。
今までのアメリカ軍機の中で、極端に折れ曲がった翼を持つアメリカ軍機は、あっという間に2騎のワイバーンを撃墜し、
2騎に傷を負わせた。
すぐさま別のワイバーンが追撃をかけたが、そのアメリカ軍機はあっという間にワイバーン群を引き離して、
どこぞに消え去って行った。
この日、姿を現したのは、海兵隊航空隊のF4Uコルセア4機であり、彼らは地上攻撃の後にミスリアル軍を攻撃する
ワイバーンを見つけるや、650キロ以上の猛速で突進し、敵ワイバーン2騎撃墜した後、これまた猛スピードで戦場を離脱した。
この日以来、コルセアの姿は各所で散見され、コルセアの行く所、ワイバーンの喪失は増えていた。

「あいつに出会ったら、骨が折れそうですな。」
「それに、名前と姿が妙に一致している。ああまでもピッタリな敵は初めて見るよ。」

雑談を交わす間にも、時間は過ぎて行き、気が付いた時には攻撃目標が見え始めていた。

「レルジェンディアです!」

ヴェレンジ大尉がラジェング少佐に言う。

「見えた。畜生、上空に何か居やがるな。」

良く見てみると、目標の上空には、小さな粒が幾つも飛んでいる。
上空には、いつの間にか飛空挺特有の爆音が鳴り響いている。

「ようし、これより攻撃に移る。攻撃ワイバーンは敵戦闘機に注意しながら敵地上部隊を攻撃。
戦闘隊は第5中隊までは俺に続け、残りは攻撃ワイバーンの援護に付け!」
「「了解!」」

飛行隊長の指示の下、全てのワイバーンが機敏な動きでそれぞれの目標に向かって行く。
ラジェング少佐を始めとする20騎の戦闘ワイバーンは、目の前のアメリカ軍機に向かって行く。
目の前のアメリカ軍機は10機程度と、こちらより数は少ない。
姿は、開戦以来馴染みとなっているワイルドキャットだ。
(ワイルドキャットなら、互角に戦いを進められるだろう)
彼はそう思ったが、しかし、戦いに入る前の注意は怠らない。

「常に四方に気を配れ!アメリカ野朗はどこからでも襲って来るぞ!」

ラジェング少佐が、魔法通信で部下達に注意を促しながら、自らも周囲を確認する。
右上方の雲を見、それから下を見ようとした時、視界の端で何かが浮き上がったような気がした。
すかさず、視線を右上方の雲に向けた時、いきなり8機のアメリカ軍機が急降下で襲ってきた。

「右上方にアメリカ軍機!散開しろ!!」

彼の命令を受け取った各ワイバーンが、命令が聞こえるなりパッと四方に散らばった。
グオオオーン!という発動機の唸りを上げながら、急降下してきたアメリカ軍機は機銃を乱射する。

素早く散らばったワイバーン群には1騎も命中せず、ただ空を切るのみに終わった。
アメリカ軍機が下方に猛速で飛びぬけていく。
ラジェング少佐はその姿を見た時、一瞬背筋が凍り付いた。
極度に湾曲した主翼にワイルドキャットよりも大きく、細い印象を受けながらも、その姿が湾曲した主翼と
見事に合っており、敵ながらも思わず見とれてしまいそうになる。
その優美な敵新鋭機は、紛れも無いコルセアであった。

「敵はコルセアだ!単純運動しか出来ん野郎だが、速度は速い!気付かれんうちに突っ込まれるな!」

ラジェング少佐は魔法通信でそう伝えながら、別のコルセアの銃撃を巧みに避けた。
コルセアが飛びぬけたすぐ後に、ラジェング少佐は最後尾の敵機に取り付く。
しかし、光弾を放つまでも無く、コルセアはぐんぐん下方に離れていく。

「くそ、追い付けん!!」

ラジェング少佐は悔しがった。
彼の乗るワイバーンは、最大速度が255レリンクまでしか出ないが、ワイルドキャットではほぼ互角に戦える。
ウォーホークやエアコブラ相手でも、戦術次第では勝ち得る。
だが、目の前のコルセアには勝ち目が無い。
コレセアは、控え目に見ても300レリンク以上のスピードであっという間にワイバーンを抜き去った。
そしてコルセアは、その猛速を生かしたまま攻撃ワイバーンに襲い掛かろうとしている。

「危ない!攻撃隊、後ろ上方にコルセアが迫っているぞ!」

ラジェング少佐の魔法通信が届いたのだろう、慌てて護衛に付いていた戦闘ワイバーンがくるりと向きを変えてコルセアと対峙する。
14騎のワイバーンが、8機のコルセアに光弾を放つが、コルセアも、両翼を真っ赤に染めて機銃弾をぶっ放した。

2機のコルセアが、胴体や主翼に光弾を受ける。だが、落ちない。
頑丈な事で定評のあるアメリカ軍機の特徴は、このコルセアにもしっかりと受け継がれていた。
逆に、3騎のワイバーンが機銃弾に絡め取られた。
そのうちの2騎が仰け反ったように停止し、次の瞬間には森に向けて真っ逆さまに墜落していった。
戦闘ワイバーンとコルセアの正面戦闘はこれだけで終わり、あっという間にすれ違った。
反転したワイバーンが、がむしゃらに光弾を放つが、コルセアにはかすりもしない。
300レリンク以上の猛速で攻撃ワイバーンに迫ったコルセアが、遠慮介錯なく機銃弾を放ち、下方に
飛びぬけた後には実に5騎の攻撃ワイバーンが墜落し始めた。
8機のコルセアは一気に低空まで駆け下りると、再び上昇して、今度は攻撃ワイバーン隊の下方から迫って来た。
その間には、他のワイルドキャットと戦闘ワイバーンの空中戦も始まっており、辺りは乱戦の巷と化している。

「させるか!」

ラジェング少佐は怒りの形相でそう喚くと、攻撃ワイバーンとコルセアの間に入る形で急降下した。
彼の後ろに、他の護衛役のワイバーンが付いてきた。
コルセアの特徴的な機影が、あっという間に迫って来る。

「放て!」

彼は相棒に命じ、口から光弾を吐き出した。狙いは先頭のコルセアだったが、これは敵機の右横を空しく通り過ぎる。
コルセアもまた両翼を発射光に染める。ラジェング少佐の両脇を、6条の火箭が飛び抜けた。
その次の瞬間、コルセアが轟音を立てながら1機、2機と通り過ぎていく。

「早過ぎてまともに狙いがつけられん!」

ラジェング少佐は、コルセアのスピードに戸惑いながらも、後続機に向けて当てずっぽうに光弾を放つ。

当然、残りのコルセアに光弾は当たらず、コルセアの12.7ミリ弾も、機敏な動きを行うラジェング騎を捉えられない。
7番機に放った光弾も、これまで同様外れるとラジェング少佐は思った。
だが、偶然にも、コルセアは機首から光弾の弾幕に突っ込んでしまった。
数発の光弾が、防弾装備の施されていない3枚の長いプロペラを根元から吹き飛ばした。
エンジン内部に突き刺さった光弾が、内部のシリンダーを引き千切り、気筒をいくつも叩き壊す。
いくつかの光弾がコルセアの機首に命中した直後、そのコルセアは通り過ぎ間際に機首から白煙を噴出していた。
8番機が轟音を上げながら通り過ぎた時、ラジェング少佐は気になって後ろを振り返る。
彼と、護衛のワイバーンと打ち合ったコルセアは、攻撃ワイバーンの下方から突っ込んで、新たに4騎の
攻撃ワイバーンが撃墜されるが、コルセアの数が1機減っていた。

「もしや・・・・」

彼は、ある期待を込めて何かを探した。
その何かはすぐに見つかった。
1機のコルセアが、機首から煙を吹き出しながら、真っ逆さまになって墜落していく。
コルセアが森の海に消えた後、そこの位置から黒煙が噴出し、離れた場所にはコルセアの御者らしい敵兵が、
落下傘で降下しつつあった。

「やったぞ・・・・・コルセアを叩き落してやった!」

ラジェング少佐は、一瞬舞い上がりそうな気分になったが、その気分もすぐに冷めた。

「隊長!敵の新手が西から向かって来ます!数は40機以上!」

彼は、その言葉を聞いて西の上空を見てみる。

西の方角に、確かにアメリカ軍機と思しき編隊が迫りつつある。数は少なくとも40ほどはいる。

「こちら攻撃ワイバーン隊指揮官騎です。敵戦闘機の攻撃が激しすぎます!ここは一度撤退しましょう!」
「撤退だと?何騎やられた!?」
「既に11騎を叩き落されました!あっ、また向かって来る!」

攻撃ワイバーン隊に、コルセア群は執拗に攻撃を仕掛けていた。護衛の戦闘ワイバーンも、コルセアのスピードに付いていけない。

「全騎へ!ここはひとまず退却だ!全滅する前に戦場を離脱するぞ!」

ラジェング少佐は、内心を屈辱的な思いに苛まれながら、ついに撤退する事を決めた。


30分後、戦場を離脱したワイバーン達は、再び集結してから基地に戻りつつあった。
ラジェング少佐は、編隊の先頭に立ちながら、後続する味方騎を何度も振り返ってはその数の少なさに愕然とした。

「戦果はコルセア1機、ワイルドキャット5機。被害が戦闘ワイバーン7騎に、攻撃ワイバーン14騎か・・・・・
こりゃ、どう見ても俺達の負けだな。」

ラジェング少佐は、悔しげに呟いた。
今日初めてコルセアと対峙し、初めて撃墜したが、それはまぐれ当たりで得たものであり、真の戦果とは言い難い。
6機を撃墜し、21騎を喪失。誰の目から見ても、彼らの負けだった。

「隊長、そんなに気を落とさないで下さい。」

ふと、聞きなれた声が頭の中に響いた。

「ヴェレンジ大尉か。」
「ええ、そうです。隊長、戦場と言うものには、敗北という要素はつき物です。しかし、自分達は一方的にやられた
だけではありませんよ。あのグラマンを5機落としましたし、何よりも、隊長がコルセアを落とした事はいい事ですよ。」

ヴェレンジ大尉は、どこか諭すような口調で言って来る。
その口調に、意気消沈していたラジェング少佐の内心に、再び闘志が沸き起こってきた。

「今まで、どこの隊もコルセアを落とす事は出来ませんでした。そのため、あの新鋭機は絶対に落とせないとまで
噂されていたようです。でも、隊長が落とした事で、萎えかけていた各空中騎士隊の士気もある程度は回復するかも
しれません。飛んでいる以上、どんなワイバーンであろうと、飛空挺であろうと、落ちないという事は無いんですよ。」

その言葉に、ラジェング少佐は苦笑した。

「そうだな。貴様の言う通りだ。確かに、飛ぶ物は必ず落ちるからな。そうなら、いつまでもくよくよしてられん。
今日散っていった仲間達のためにも、これからは無様な戦は見せられんな。」

彼はヴェレンジ大尉にそう返事した。
ふと、彼は思った。
(アメリカは、開戦から僅か1年足らずの間に、ライトニングやコルセアのような、300レリンク以上の戦闘機を
惜しげもなく戦場に投入してきている。俺達のワイバーンはまだ新しい方だが、それでも300レリンクなんて
スピードは出せない。もし、俺達が300レリンク以上出せるワイバーンに乗っても、アメリカが更に高速の、
350レリンク以上を出せる戦闘機を出してきたら・・・・・俺達はまた・・・・・)
一瞬、彼はアメリカの本当の姿を垣間見たような気がした。だが、この日はそれ以上思い詰める事もなかった。

11月18日 午後1時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

オールフェスは、昼食を食べ終わった後、帝国宮殿内にある大会議室にへと向かった。
大会議室に入ると、会議の参加者達が立ち上がり、一礼してきた。

「「こんにちは、皇帝陛下。」」
「ああ。」

オールフェスは、やや不機嫌そうな口調でそう言ってから、玉座に座った。

「さて、忙しい中、集まってくれて礼を言う。今日はいつもの通り、定例の報告会だが。まず・・・・」

オールフェスは、一度言葉を区切り、改まったような口調で紡いだ。

「ミスリアルの情勢を・・・聞こうか。」

その言葉を聞いた陸軍総司令官のウインリヒ・ギレイル元帥が、冷静な表情を維持しながら口を開く。

「現在、ミスリアル侵攻軍の最先頭は、ラオルネンクから東70ゼルドまで後退しております。
一方で、南東部の部隊は、アメリカ地上軍、ミスリアル正規軍と交戦中でありますが、現地部隊の指揮官からは
敵軍の進撃を食い止めるのは困難であると、報告が来ています。」
「ボロボロじゃねえか。せめて、ラオルネンクが落ちてからなら、まだ救いはあったんだが。」

オールフェスが、うんざりしたような口調で言った。その言葉に、参加者達が肩を震わせる。

「そういえば、最近、アメリカ野朗がまた新しい戦闘機を出して来たようだが。そいつの名前とか正体は
分かっているのか?」

「はっ。既に判明しております。」

ギレイル元帥はそう言ってから、副官に目配せする。副官が頷くと、オールフェスの側にやって来て、丁寧な作法で渡した。
オールフェスは渡された紙に描かれた絵を見てみた。

「・・・・こいつはまた、ゲテモノだな。何だこの極端に曲がった翼は?いつもながら、アメリカ人って、飛空挺のデザインが
なってないよな。で、こいつの名前は?」
「捕虜から聞き出した情報では、その新鋭機の名前はチャンスヴォートF4Uコルセア。速力は330レリンク以上を
出す事ができ、機銃を6丁搭載しています。」
「330レリンクだと?ライトニングより早いじゃないか。」

オールフェスは呆れた表情で、紙をテーブルに置いた。

「その速度だったら、ウチのワイバーンでは用意に手が出せねえ訳だ。フレル、こいつはちょっと厄介な事態になって来たな。」

唐突に声をかけられた国外相、グルレント・フレルが狼狽したような表情を見せた。
実を言うと、フレルは内心、アメリカに啖呵を切った事を後悔し始めていた。
オールフェスの直接命令でやったとはいえ、フレルはアメリカと言う物をよく見ていなかった。
いつもの通りにやった外交手法で、敵を脅したつもりが逆に言い返された。
その後、アメリカ艦隊を不意討ちで襲撃してはどうか?と提案し、マオンド派遣から帰投中の攻撃をさせたら、一応平穏を
保っていたアメリカは掌を返して怒涛の反撃に出て来た。
以来、時折見せるアメリカの力に、フレルは自分の判断が浅はかであったと気付いたのである。
無論、シホールアンルは負けないだろう。
(だが、最終的な勝利を望めないのでは?)
シホールアンルは、苦戦した戦争もあったが、常に勝ちを収めてきた。
だが、アメリカ相手には、城下の盟を行う事が出来ないかもしれない。

「確かに、アメリカは厄介な相手ですが、戦場はまだ南大陸です。バゼット海海戦でアメリカ機動部隊は
大損害を被っておりますぞ。時間的にはまだ余裕があります。」

フレルは、楽観した口調でオールフェスに言ったが、海軍総司令官のレンス元帥が目を剥いた。

「確かにアメリカ機動部隊には痛撃は与えましたぞ。初めて正規空母を撃沈し、敵の参加空母全てを
損傷させました。しかし、こっちも手痛い損害を受けました。国外相は時間的余裕があるといいましたが、
敵は南大陸だけではありませんぞ。北大陸の東には、アメリカの直接の領土であるアラスカ、それに
アリューシャン列島がある!そこに有力な敵機動部隊にでも居座られでもしたら、稼動竜母が小型のリテレ
しかない我が海軍は対応が難しいのです。敵がアラスカ、アリューシャン列島から我が本土に侵攻するとしたら、
時間の余裕は全くありません!」

バン!と、左手でテーブルを叩きながら、レンス元帥は言い放った。
アメリカが召喚されてから、シホールアンル帝国は北大陸の側面に大きな脅威を受けている。
その脅威とは、アメリカ合衆国の領土である、アラスカと、そこから伸びるアリューシャン列島である。
この方面の情報は手に入り難かったのだが、去る9月に、チェイング兄妹の兄であるレガルが、この方面に関する
詳細な情報を捕虜から聞き出して来た。
それによると、アリューシャン列島の最西端に位置するアッツ島やキスカ島には既に航空基地と、島防衛の陸軍部隊が
配置されており、後方の拠点にはウナラスカ島のダッチハーバーと呼ばれる港に置いてあり、そこに艦隊を配置して、
交代でアッツ島、キスカ島の周囲を航空機と共に警戒しているという。
この情報は、シホールアンル軍上層部に大きな衝撃を与え、首都ウェルバンルに展開する精鋭師団や、前線に配置予定で
あったワイバーン部隊のいくつかが、首都防空部隊に加えられるなどの対策が取られている。

「敵さんが、南方面を重視にするなら、余裕はあるでしょうな。新鋭竜母や戦艦も、来年には揃い始めますから。
ですが国外相、アメリカは南のみならず、東にもいる事を、忘れてはなりませんぞ?」

レンス元帥は、皮肉めいた口調で言う。
それにフレルが怒声を上げかけたが、彼はなんとか冷静になって、気分を落ち着ける。

「問題は、ミスリアルに布陣したアメリカ地上軍と、バゼット半島北海岸沖で盛んに活動しているアメリカ機動部隊だ。
あいつらを何とかしない限り、ミスリアルの撤退戦も悲惨な結末になるぞ?」

オールフェスは、どこか憎らしげな口調でそう言った。彼の脳裏に、あの日の事が甦る。

10月25日 午前7時 その日、寝室から出たばかりのオールフェスは、侍従武官から信じられない報告を受けた。
それは、リリスティ、ヘルクレンスの竜母部隊がアメリカ機動部隊に敗北し、ミスリアルに送るはずであった8万の上陸部隊が、
アメリカ機動部隊から分派した砲戦部隊に襲われ、大損害を被ったという情報であった。
ミスリアル上陸部隊が受けた損害は凄まじかった。
竜母4隻、戦艦3隻、巡洋艦、駆逐艦合わせて20隻以上喪失も信じがたい物だが、特にショックを受けたのは、上陸部隊の損害だ。
500隻中、120隻余りが夜間の砲撃で沈み、現場で大破、放棄された数は130隻以上。
翌日の空襲と、潜水艦の襲撃も含めれば、直接失った船の数は150隻以上に登る。
そして、輸送船上に乗っていた各部隊もまた壊滅的打撃を受けていた。
まず、先頭部隊であった第17軍のうち、第182歩兵師団が損失人員12000人以上。
第205重装騎士師団が13000人。第163騎兵旅団が3100人。
第3特殊軍では、第72魔法騎士団が9200人以上、第66特殊戦旅団が全てを損失。
第20軍では第2重装騎士師団が7800人、第57騎兵旅団が3000人を損失した。
合計で50000以上の兵員が、アメリカ艦から一方的に砲弾、魚雷をぶち込まれ、航空機から爆撃を浴びて、海底に叩き込まれたのである。
特に、貴重な魔法騎士師団や特殊戦旅団が壊滅した事は大きな痛手であった。
いくら高度な魔法技術身に付けた魔道士といえど、一般兵の数人程度なら、軽く捻れる腕を持つ精兵といえど、
米艦の猛砲撃の前にはただの標的に過ぎなかったのだ。
一瞬、オールフェスは目眩を起こしかけたものの、なんとか気を取り直して軍の首脳を宮殿に集めて、緊急の会議を開いた。

オールフェス曰く、その報せはシホールアンル帝国始まって以来の凶報であると述べていた。
10月27日には、オールフェスはこの海戦の顛末を国民に知らせた。

「去る10月24日。我が勇敢なるシホールアンル海軍は、敵アメリカ海軍の主力部隊と決戦し、我が方は
竜母4隻を失ったものの、敵機動部隊にも壊滅的被害を与えた。だが、敵艦隊は苦し紛れの艦隊戦を挑み、
我が方は敵艦隊に大損害を与えて撃退したが、我が戦艦部隊、輸送船団も大損害を被り、撤退を余儀なくされた。
このように、我がシホールアンル帝国は初めて敗北したが、それは敵アメリカが侮れぬ敵であったからであり、
この敗北は、我々の次なる勝利に繋がる物である。国民諸君は、このアメリカという強大な敵に対し、国民1人1人が
一致団結して、アメリカを打ち倒すきっかけを作らねばならない。」

大衆向けの広報紙に描かれたバゼット海海戦の顛末は、多くの人に衝撃を与えた。
だが、輸送船団の損害の詳細をぼかした事や、アメリカ艦隊の損害を誇張した事が幸いしたのか、人々は戦意を
萎えさせるどころか、逆に上げて行き、打倒アメリカを声高に叫び始めた。
とある居酒屋の男などは、

「アメリカと言う奴は、この最強の国を初めて負かしたそうだが、戦争をやってるんだから負けても仕方ねえ。
今までの奴らが軟弱なだけだったんだ。戦争は、強い奴がいねえと張り合いにならんわな。次の戦いは俺達
シホールアンルが勝ちを取らせてもらうぜ!」

と言って、豪快に笑い飛ばしていた。
アメリカ側としては、この海戦の結果で、シホールアンル国民の戦意を削げればと期待していたが、
結果は正反対の物となり、この真実と嘘の混じった広報発表は、後にアメリカを苦しめる事に貢献する事になった。

それでも、オールフェスの内心には、今回も彼の野望を阻んだ疫病神の如き存在、アメリカ機動部隊に対する
憎悪が荒れ狂っていた。
この忌々しい艦隊さえ完全に排除する事が出来れば、どれだけ気分が良くなるであろうか。

「とりあえず、現状維持は困難である事は重々承知した。もはやミスリアルはこの際どうでもいい。
後は、いつまでにミスリアルから撤退できるか、だな。」
「状況によりますが、このままで行くと、12月の下旬までには、侵攻部隊はカレアント、ヴェリンス領に
避退できるでしょう。侵攻部隊の損害は無視できませんが、それでも部隊の7割は未だに健在です。」
「それなら良い。ミスリアル戦に参加した侵攻軍は後の戦いに回せるからな。ギレイル元帥、侵攻軍の将兵は、
1人でも多く救えよ。」
「はっ。分かりました。」

オールフェスに対し、ギレイル元帥は恭しく頭を下げた。

「レンス元帥。モルクンレル中将は今どうだ?」

オールフェスは最も気掛かりな事をレンス元帥に聞いた。

「モルクンレル中将は、現在絶対安静の状態が続いていますが、意識はしっかりしており、次の作戦にも参加したい
としきりに言っています。医者からの診断では、今の所、健康状態は良好であると言われています。」
「分かった。なんとかリリスティ姉は復帰できそうだな。」

言葉の中盤部分からは、誰にも聞こえぬ小声で呟いた。
リリスティは一時、脇腹から体の奥深くに刺さった破片がもとで心配停止の状態に陥っていたが、その後は順調に回復し、
今では話が出来るまでに回復している。
オールフェスとしては、近いうちにリリスティに直接会って、あの激戦の様子を聞きたいと思っている。

「とにかく、我が国の現状は、特別にやばいでもないが、良いとも言えないな。それも、敵の視線がミスリアルに
向いている今だから言える事だ。今後は、アラスカ方面に展開する敵の動向も探りながら、対策を練っていこう。」

オールフェスは一旦言葉を区切り、渇いた喉を水で湿らしてから続けた。

「それからもう1つ話がある。」
「話しとは・・・・ミスリアル情勢についてですが?」
レンス元帥が言って来るが、オールフェスは爽やかな笑みを浮かべながら首を振った。
「いんや、もっと未来の話さ。おいたが過ぎる敵を潰すための罠を作ろうぜ。」

後年の歴史家が言うには、この一言から、後にアメリカ海軍のみならず、バルランドの名門貴族までもを巻き込んだ
事件に発展した、最大の悲劇。
通称、レビリンイクルの悲劇は始まったと伝えられている。
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