自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

171 第132話 虚言者達の悲嘆詩

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第132話 虚言者達の悲嘆詩

1484年(1944年)4月22日 午後6時 マオンド共和国クリンジェ

マオンド共和国海軍総司令官であるトレスバグト元帥は、出先から海軍総司令部に戻って来た。

「お疲れ様です。総司令官閣下。」

執務室に入る前に、部屋の前に立っていた衛兵が労いの言葉をかけてくれた。

「おう、君もご苦労さん。」

トレスバグト元帥は、陽気な口調でそう返してから衛兵の肩を叩いた。
執務室に入ると、彼は羽織っていたコートを脱ぎ、それを片付けた後、椅子に腰を下ろした。

「・・・ハァ・・・・」

トレスバグト元帥は、深くため息を吐いた。

「浮かれすぎだぞ。」

彼は面白くなさそうな口調で呟きつつ、机の片隅に置かれていた水の入った瓶を右手で取り、左手で白いコップを取る。
コップに水を4分目あたりまで入れてから、彼は水を一息に飲み干す。
その時、ドアがコンコンとノックされた。

「失礼します。」

ドアの向こうから無遠慮そうな響きの声が聞こえた後、すぐにドアが開かれた。

「参謀次長、入ります。」

執務室に入ってきたのは、参謀次長のスォウル・ホラッコ少将である。
がっしりとした体系で、肩幅が広く、顔の下半分はもっさりとした顎鬚で覆われている。
いかにも武人らしいいかつい顔つきの男だが、外見に反して繊細派であり、なかなか頭の切れる軍人として知られている。

「総司令官、上映会はどうでありましたか?」

ホラッコ少将は、執務机の前に来るなり、トレスバグトに出先の感想を聞いた。

「ショーとして楽しむなら、なかなかの出来だったよ。海軍広報部の連中も、始めてやったのにいい物を作ったもんだ。」

トレスバグトは、大げさに両手を上げながら言った。

「しかし・・・・・・実情を知る者としては、相当複雑な気持ちになったよ。」


トレスバグト元帥は、1時間前に首都のとある劇場で、史上初めての映像魔法の公開に参加した。
劇場には、貴族はもちろんの事、中流階級の住人から末端の住人まで、およそ2000人が集められた。
公開された映像魔法は、13日と16日のアメリカ艦隊との海戦を記録した物で、やや鮮明さに欠ける映像であったが、戦場の緊迫感や迫力感は充分に伝わった。
観客達は、アメリカ艦隊が打ち上げる激しい対空砲火の前に、敵はこんなにも強いのかと驚いたが、ワイバーンの爆弾を食らってのた打ち回る敵空母の映像が映るや、
驚きは歓喜に変わった。
映像魔法には、後付で付けられた海軍広報官のナレーションが加えられており、勇壮なセリフが記録映像の印象をより良い物に仕立て上げていた。
この映像魔法が公開される2日前には、マオンド共和国が配布している広報誌にユークニア島周辺で行われた海戦の模様が、珍しく絵付きで伝えられていた。
記事の見出しには、

「レーフェイル侵攻を試みるアメリカ軍、出端を挫かれる」

と大きく載っており、その下の絵は、今までの絵と比べてかなり鮮明で、飛行甲板中央部から黒煙を噴くエセックス級空母がデカデカと載っていた。
この一連の大海戦は、今や国中に知れ渡っており、広報誌の写しは被占領地域にも出回り始めている。
マオンド国民は、先の海戦の結果を知って大きく安堵すると共に、アメリカ何するものぞと声高に叫び始めており、マオンド共和国の士気は上がっていた。
しかし、トレスバグト元帥は、今の状態を素直に喜べなかった。

「総司令官閣下も、やはり不満に思われますか?」

ホラッコ少将の問いに、トレスバグト元帥は即答した。

「もちろんだとも。何せ、私らは国民を騙しているんだからな。」

彼はそう吐き捨てながら、机の引き出しから2日前の広報誌を取り出して、机の上に置いた。

「私が結果を聞いて目を覆いたくなった負け戦も、今ではこの通りだ。」

トレスバグトは、自嘲気味に呟いた。
記事の内容はこう書かれていた。

「去る4月5日。ユークニア島で勇敢なる我がマオンド軍が、卑劣なるアメリカ軍の奇襲攻撃に遭い、8日までに一兵も残らず殲滅されたのは
国民諸君も知っているであろう。そのアメリカ軍は、ユークニアを足場にしてレーフェイル侵攻を企てており、敵が大兵力を持って攻め入って
来るのも時間の問題であった。我がマオンド海軍は、アメリカ軍が更なる増援部隊をユークニアへ移送中であるとの情報を掴み、新鋭の第1機動艦隊は
4月11日にサフクナ軍港を出港。同時に、ユークニア島に駐留する敵の高速打撃艦隊を引き付ける為、フォルサ軍港から脱出した第3艦隊に
特務竜巣母艦6隻を付けて10日に出港させ、アメリカ主力部隊の目を引き付けた。

そして4月13日、我が精鋭竜母部隊は、敵の増援部隊を発見し、艦載ワイバーンでこれを猛襲した。敵は、主力艦隊への増援空母を伴っていたが、
不意を付いた我が竜母部隊は、慌てて迎撃に移った敵グラマン編隊を蹴散らし、敵空母、並びに輸送船団に反復攻撃を敢行。敵空母3隻、輸送船8隻、
護衛艦4隻を撃沈し、空母2隻、輸送船ならびに護衛艦3隻を大破させるという大戦果を挙げた。我が竜母部隊の猛襲に壊滅的な打撃を被った敵増援艦隊は
反転し、アメリカ本土に逃げ帰っていった。増援部隊の壊滅に激怒したアメリカ主力機動部隊は、15日にユークニア島を出港し、マオンド本国空襲を
企図して南下を続けたが、我が第1機動艦隊は、決死の策敵行の末、ようやくこれを捕捉。その一方、敵主力機動部隊もわが方を発見し、史上最大の
洋上航空決戦が勃発した。交戦丸1日。敵主力部隊の猛攻の前に、我が方は正規竜母1隻、小型竜母1隻、駆逐艦1隻を喪失し竜母2隻と巡洋艦1隻が
大破した物の、敵主力機動部隊も、特務艦隊と、我が第1機動艦隊の執拗な攻撃の前に空母3隻を失い、2隻を大破され、我が国の海岸線すら眺められずに
反転して行った。このように、アメリカ艦隊は壊滅的な打撃を受けて、またもや撃退されたのである。このスィンク沖で起きた一連の海戦は、我がマオンド海軍の
真の力を敵に見せ付ける事となり、ユークニアで散った4万余の将兵の恨みを第1機動艦隊が晴らす結果にもなった。急な進撃の影響で惨めな醜態を晒した
アメリカ軍であるが、その強大な戦力を活用すべく、今後もレーフェイルに押し寄せてくる可能性は大である。だが、我が精強なマオンド国軍が居る限り、
スィンクとレーフェイルを隔たる海には、侵攻を行うとするアメリカ兵達の屍で埋め尽くされるに違いない。」

そこで、記事は締めくくられていた。

「フン、上手い事を書く物だな。」

トレスバグトは、鼻で笑った。

「この記事の通りに物事が進んでいたら、今頃、私は劇場の隣にあるパーティー会場でご婦人方と談話を交わしていただろうよ。」
「パーティーが行われているのですか?」

ホラッコは怪訝な表情を浮かべながら、トレスバグトに聞く。トレスバグトは頷いた。

「私も参加する予定だったが、今日は気分がすぐれないと言って中座して来たよ。もちろん仮病だがね。」

トレスバグトはニヤリと笑った。

「どうしてまた・・・・」

「どうも・・・・空気が違いすぎた。我々と、貴族の方々との空気がな。」

トレスバグトは、空になったコップに水を注いだ。

「普段は健康がすぐれないカング首相も、本当の結果を知っている筈なのにやたらとはしゃぎ回っていたよ。私は、連中が
夢の中に居続けているんじゃないかと思えてぞっとしたよ。」
「現実逃避、という名の夢ですな。」
「フフ。そうだな。」

トレスバグトはそこまで言った後、話題を変えるために、改まった口調でホラッコ少将に質問した。

「ところで、第1機動艦隊の件はどうなった?」
「第1機動艦隊ですが、16日の戦闘で失ったイリョンスとルグルスミルクィの穴を埋めるため、議会は新たに正規竜母2隻、小型竜母5隻分の
建造を許可してくれました。また、現場の要望に応えるため、特務竜母3隻を小型竜母に改装する予定です。特務竜母は、元々、高速巡洋艦の
船体に甲板を乗せただけで、実質的な搭載力はありませんが、本格的に改装すれば23騎のワイバーンを積める事が出来ます。また、来月には
正規竜母ニグニンシが就役するので、損傷艦が復帰するまではイルカンルと共に機動部隊を編成します。ちなみに、肝心の損傷艦ですが、
一番損害の酷い正規竜母ヴェルンシアは、各部署と掛け合った結果、資材と人材の割り当てが優先されましたので、6月までには修理が完了します。
ミリニシアとミカルは遅くても5月下旬には修理が完了する予定です。」

ホラッコ少将の説明を聞いたトレスバグトは、満足した表情で頷いた。

「これで、機動部隊の再建はなんとか出来るな。地上に残しておいた予備の母艦ワイバーン隊も、竜母が復帰次第、すぐに載せられるな。」
「しかし、今回の海戦で、我々は恐ろしい被害を出しましたな。」

ホラッコ少将は、顔の表情を暗くしながらトレスバグトに言った。

「竜母2隻が沈んだ事も相当な痛手ですが、何よりも痛いのは、肝心のワイバーン隊が3分の1以下にまで減らされた事です。」
「うむ。私も、その事に関しては常々考えている。まさか、300機以上はあったワイバーンが、戦闘終了後には70騎程度しか残らなかったからな。
ワイバーン、竜騎士の損害は甚大だよ。」
「生き残りの竜騎士から聞き出した情報によりますと、アメリカ機動部隊の対空砲火は激烈で、隊形を崩した後も効果的な射撃を続けたといいます。」

マオンド側やシホールアンル側はまだ知らなかったが、アメリカ海軍は1942年頃からレーダー管制射撃を広く取り入れており、輪形陣崩しで隊形が崩れ、
砲火の密度が弱くなっても、各艦は精度の良い対空射撃を行い続けた。
そのため、ワイバーンの損害は大きく、一次の攻撃で敵に大損害を与えても、それ以降の攻撃は戦力が弱い状態で行わなければならない。
攻撃を強行しても、戦力が少ないから攻撃力は弱体化しているため、結局は被害甚大戦果僅少という想像もしたくない結果に終わる。
今回の海戦でもその傾向は現れており、特に特務艦隊から発艦した48騎のワイバーンは、敵の激烈な反撃に遭って僅か12騎しか生還できなかった。
シホールアンル側が何度も味わって来た苦痛を、マオンド側は初めて体験したのである。

「ワイバーンの損害が余りにも大きすぎます。この調子で行けば、予備のワイバーン隊もたちどころにすり潰してしまうでしょう。懸念事項はまだあります。」

ホラッコ少将は、懐から一枚の紙を取り出した。

「先の海戦で、被弾した駆逐艦の乗員の証言をもとに作成した絵です。」

紙を受け取ったトレスバグトは、描かれている物体を見るなり首を捻った。

「この棒状の物体は何だね?」
「アメリカ軍が開発した飛翔兵器です。敵はコルセアにこの飛翔兵器を搭載させて、輪形陣外輪部の駆逐艦を攻撃させています。端的に言えば、
アメリカ軍も、シホールアンル側が保有する対艦爆裂光弾と同じような兵器を持ち出してきた、と言う事です。」
「なるほど。すると、これが敵の輪形陣崩しの際に使用された新兵器と言う奴か。」
「はい。この飛翔兵器は、生命探知魔法が付いていないのか、無誘導式のようです。そのため、外れ弾は相当数にのぼっており、駆逐艦の喪失が
少ないのはこのためかと思われます。」

「無誘導で外れ弾が多いか。それなら大した事は無いな。」

トレスバグトは嘲笑するように行ったが、ホラッコ少将は首を振った。

「侮ってはいけません。確かに、誘導性能はありませんが、飛翔速力は450レリンクあると言われ、シホールアンル側の対艦爆裂光弾が発揮する
370レリンクを上回っています。速度が速ければ、快速性を持つ駆逐艦といえと発射されて避けるまでの時間がありません。威力の面では、
1発1発はさほど大きくもありませんが、駆逐艦等の小型艦艇には充分です。もし、アメリカ側がこの飛翔兵器を大量使用したら、被害は相当な
物になりますぞ。」

ホラッコの説明を聞いていたトレスバグトは、表情をより一層曇らせた。

「これは大問題だな。恐らく、アメリカ側は、今回の輪形陣崩しを試しにやっただけかもしれん。それで曲がりなりにも成果を収めているから、
次回からは・・・・」

トレスバグトの脳裏には、アメリカ軍機が発射する飛翔兵器によって、味方駆逐艦が次々と被弾炎上する光景が浮かび上がった。
彼は、思わず身震いしてしまった。

「この事は、シホールアンルにも伝えねばならん。参謀長、魔道参謀を呼び付けて、敵の新兵器に対する情報を送るのだ。至急だぞ。」
「わかりました。」

ホラッコは、トレスバグトに向かって素っ気無い動作で頷くと、そそくさと執務室を出て行った。
トレスバグトは無言のまま、コップに入っている水を飲んだ。
彼の頭の中に、1時間前に出席した映像魔法の試写会で、戦闘シーンの合間に聞こえた言葉が蘇る。

「我が海軍航空隊は、本土攻撃を企むアメリカ軍空母集団を猛襲せり!」
「我がワイバーンの攻撃によって墜落する敵グラマン。この哀れな敵に待ち受けるのは、死のみである。」
「ワイバーン隊の猛攻によって、必死に逃げ惑う敵エセックス級。敵の果敢なる反撃にも怯まずに、我がワイバーン隊は敵空母に追い討ちをかけて行く!」

海軍の広報官が後付で付けたナレーション。その言葉1つ1つが勇壮その物であり、見る人々の心をがっしり掴んでいた。
だが、トレスバグトには、全く別の言葉にしか聞こえなかった。

「トルーフラと特務艦隊の奮戦で、アメリカ側も相当な痛手を被っているが、生産力、補給力に長けている敵は、国王や首相が予想しているより
早く戦力を回復させるだろう。全く、何が4ヶ月程度は敵も動けまい、だ。同盟国シホールアンルの苦戦ぶりを見る限り、アメリカは当然、
生産力に物を言わせて猛然と攻めて来る。その時には・・・・・」

トレスバグトは、最後まで言う気になれなかった。
言っても、何が変わる?いや・・・・何も変わらない。
ただ分かるのは、栄華を極めたマオンドがこれまで以上にない試練を味わう事だけである。

「ええい、くよくよするのはこの際やめよう。」

トレスバグトは、陰鬱な想いを振り払うと、気晴らしとして引き出し奥に入っているビンを取り出した。
普段、仕事の終わりによく飲む高級酒が、ビンの中に入っている。彼は、辛味のあるこの酒が大好物であった。
一口だけ、トレスバグトはビンの中の酒を飲んだ。
いつもなら美味く感じる酒も、今日は何故か、辛味がありすぎてまずいと思った。


1484年(1944年)4月23日 午後2時 ワシントンDC

大西洋艦隊司令長官であるジョン・ニュートン大将は、参謀長であるレイ・ノイス中将と共に、海軍省内にあるアーネスト・キング作戦部長の執務室を訪れていた。

「スィンク諸島の制圧成功は本当にご苦労だった。」

キング大将は、開口一番、ニュートン大将を労った。

「はっ、ありがとうございます。」

ニュートンは、珍しく明るいキングにやや動揺しながらも、丁寧な口調で言葉を返した。

「これで、レーフェイル大陸進行の足場作りは終わった。最初こそは大きなトラブルもあったが、第7艦隊が奮戦してくれたお陰で
予定通りに行けそうだ。今朝方、大統領閣下に会ってスィンク諸島の現状を報告したが、大統領閣下も満足していたよ。」

キングは機嫌の良さそうな口調で2人に話した。
3人がソファーに座って会話を始めた時に、従兵がやって来て紅茶を持って来てくれた。

「ミスター・ニュートン。今回のスィンク諸島制圧作戦で、君の大西洋艦隊はマオンド海軍と戦った訳だが、大西洋艦隊司令部としては、
マオンド海軍をどのように思っているかね?」

キングは、やや鋭い口調でニュートンに質問して来た。

「我々大西洋艦隊司令部としましては、マオンド海軍は装備、艦艇数共に大西洋艦隊を下回っているものの、兵力の運用や作戦の立案は優秀であると
判断しています。4月中旬に行われたスィンク沖海戦で、マオンド海軍は第7艦隊ではなく、輸送船団を第1の攻撃目標に選び、襲撃を加えて来ました。
この攻撃によって、第8艦隊所属の護送船団は撃退され、ユークニアの補給路は一時絶たれてしまいました。敵はその次に、TF72と戦闘を交えています。
普通ならば、TF72は第1の攻撃目標に選ばれてもおかしくありませんが、スィンク制圧には、機動部隊の戦力維持はもちろんですが、それよりも補給線の
維持が最重要目標となります。敵が輸送船団を真っ先に襲撃したのは、そこを充分に理解した上での事だろうと思われます。その後の機動部隊決戦で敵機動部隊
はリタイアしましたが、敵側のやり方は、戦力的に劣勢なマオンド海軍にとって最も現実的な物です。」
「ふむ。いかに強力な軍とはいえ、補給が絶たれれば何も出来なくなるからな。私はマオンド海軍は二流海軍と侮っていたが、今度の海戦を見る限り、
敵さんにも戦いのやり方がわかる奴がいると確信した。そうでなければ、TF72の戦力があんなにすり減らされる事は無かったからね。」

第2次スィンク沖海戦が、TF72の勝利で終わった事は周知の通りであるが、勝者側であるTF72も、マオンド側の波状攻撃によって
手痛い損害を受けている。
元々、TF72には8隻の空母があったが、海戦終了後に使用できる空母は僅か4隻のみとなっていた。
8隻中4隻は撃沈されるか、飛行甲板を破壊されて本国のドッグで修理を受けている。

海戦の最中に失われた航空機も膨大な数に上り、戦闘前は500機ほどあった搭載機が、戦闘終了後には230機に激減している。
戦闘喪失で失われた艦載機は5、60機ほどなのだが、喪失艦、損傷艦の艦内で海没、ならびに焼失したり、修理不能として廃棄された
物も含まれるため、全体の損失機数は膨大な物となった。
損傷した3隻の空母も、最低2ヶ月近く、最大で3ヵ月半は前線に出れぬ状況であり、TF72はしばらくの間、正規空母2隻、軽空母2隻のみで
ユークニア島周辺の警戒に当たっている有様だ。
この実情が、マオンド海軍がいかに侮れぬ存在であるかを如実に表していた。

「不幸中の幸いで、沈没した空母は軽空母のシアトルのみで済んだが、歴戦のワスプと新鋭のベニントンまでドック入りするとはなぁ。」
「特に、ワスプの損害は酷いようです。」

参謀長のノイス中将が言う。

「ワスプは、艦載機の誘爆によってかなりの被害を受けていますから、修理が完了するまで最低3ヶ月はかかるようです。」
「敵の偽竜母が、ワイバーンを搭載していた事も誤算だったな。あの攻撃が無ければ、敵の主力部隊を壊滅させられたのだが・・・・・
戦争とは相手があるものだ、なかなか思うようにさせてくれぬな。」

キングは自嘲気味に呟くと、引きつった苦笑を浮かべた。
彼は、紅茶を一口すすってから話を続けた。

「となると。TF72は有力な高速空母が不足している事になるな。」
「はっ。実を言いますと、その事でお話があるのです。」

ニュートンは強い口調でキングに言った。

「作戦部長、5月にはG72.3が加わりますが、はっきり申しましてこれでは足りません。そこで、ワスプが、いや、ベニントンが
復帰するまで、太平洋艦隊に配属予定の空母を1隻、大西洋艦隊に貸してもらえないでしょうか?」

「1隻というと・・・・もうすぐ訓練が終了するボクサーをかね?」

キングの問いに、ニュートンは躊躇い無く頷いた。
第7艦隊は、5月の中旬に正規空母レンジャーⅡ、ハンコック、軽空母ライトを主力とするTG72.3を戦列に加える予定である。
TG72.3には、アイオワ級戦艦の3番艦であるミズーリが、6月にはウィスコンシンが加わる予定であり、護衛艦艇も充実している。
通常ならば、この1個空母群が加われば鬼に金棒な状態になるのだが、現状では、TF72は空母4隻しか残っておらず、最低でも2ヶ月間は
損傷した3空母は使えない。
この3空母は、予定されている6月中盤のレーフェイル侵攻までは復帰が間に合いそうにも無く、空母8隻のみでレーフェイルに駐屯するであろう
マオンド軍ワイバーン隊の大軍に立ち向かうのは少々心もとない。
そこで、ニュートン大将は太平洋艦隊に配備される予定であった、空母のボクサーを大西洋艦隊に貸して欲しいと頼み込んだのである。

「ユークニア島に航空基地が建設されれば、陸軍航空隊もレーフェイル方面に事前爆撃を行いますから、それに伴ってマオンド側のワイバーンも
減って行くでしょう。ですが、上陸日までにマオンド側がワイバーンを大量に温存しないとは限りません。現状でも、レーフェイル方面には
3000~4000騎以上のワイバーンがおります。戦力増強を急ぐ敵側は、それ以上にワイバーンを増やす能性もありますから、TF72の
空母戦力ではとてもではありませんが、敵ワイバーン群の波状攻撃に耐えられぬかもしれません。」

ニュートンが恐れるのは、高速機動部隊がワイバーンの集中攻撃によって壊滅する事だ。
もし、上陸作戦中にTF72が壊滅するような事があれば、上陸地点の航空支援は不完全な物となる。
それでも、護衛空母が大量に居るから、近接航空支援は一応出来るが、現地に前進飛行場を建設するまでに護衛空母も失う可能性がある。
それを防ぐためには、1隻でも多くの空母を、1機でも多くの航空機を集める必要がる。

「しかし、太平洋艦隊も、7月には大規模な作戦を控えておるからなぁ・・・・・」

キングは困ったような表情を浮かべ、頭の後ろを撫でた。

「作戦部長がお悩みになるのも分かります。ですが、レーフェイル上陸作戦の不安要素を少しでも減らす為には、是が非でも空母の増派が
必要なのです。無理なのは分かりますが、それを承知の上でお願いしたいのです。」

ノイス中将が懇願する。
ニュートンは、恐らく駄目であろうと確信した。
何しろ、相手はアーネスト・キングだ。口の悪い事でも知られているこの男は、人一倍頑固なでもある。
自分の言った事は、何があろうと曲げないし、気に入らぬ事はすっぱりと切り捨ててしまう。
こうして、目の前で腕を組んで黙り込んでいるキングだが、その胸中では、太平洋戦線と大西洋戦線の重要さを天秤で量っているのだろう。
沈黙が1分、2分と過ぎていく。キングは腕を組んで押し黙ったまま、目の前の紅茶を睨み付けている。
そのシャープ・エッジと由来された鋭い視線が、ニュートンとノイスに向けられた。
(やはり駄目だったか)
2人は、心中で諦めた。だが、

「いいだろう。持って行きたまえ。」

キングは断るどころか、それとは正反対の言葉を口から出した。

「大西洋戦線も、太平洋戦線と同じぐらい重要な戦域だ。いや、同盟国の支援が受けられぬ点を挙げれば、むしろ大西洋戦線のほうに
戦力を集中するべきとも言える。君らの言った事はしかと理解した。」

キングは、うんうんと頷きながら2人に言った。

「ボクサーを持って行きたまえ。どこの任務群に編入するかは君達に任せよう。聞く所によると、ボクサーのパイロット達は、たまたま
暇を持て余していた先輩達にしごかれ、なかなかいい仕上がりになっているようだぞ。なりはピカピカの一年生だが、充分に役立つだろう。」

その言葉を聞いたニュートンとノイスは、一瞬戸惑ったような思いになったが、それを表情には表さず、素直に礼を言った。

「ありがとうございます。作戦部長の取り計らいに、深く感謝します。」
「なあに、感謝されるまでもない。私はただ、必要と思ったからこう言ったまでだ。アメリカ国民は、レーフェイルの早期解放を望んでいるからな。」

キングは不敵な笑みを浮かべながら、紅茶を一気に飲み干した。

「そうだ。君達に貸す事になった問題のボクサーだがね。」

キングは、軽い口調で言い始めた。

「ボクサー・エアグループの連中は、先輩方を酷く心酔しとるのだよ。ボクサーは元々、その先輩方と一緒に
空母グループを組む事になっていたんだが、ここでボクサーのみを連れて行ったら、彼らの士気に影響を及ぼす
かもしれん。また、その先輩方もボクサー・エアグループの連中を可愛がっていてね。ボクサーの初陣をしかと
見届けたいとまで言ってるようだ。」
「ほほう。これはまた、いい先輩と後輩ですな。」

ニュートンが苦笑しながら言った。

「むしろ、親密すぎて少しばかり気持ち悪いがね。」

キングの毒舌に、2人は思わず吹き出してしまった。

「そこでだが、ボクサーを持って行くついでに、エンタープライズも持って行きたまえ。ビッグEも加われば、
第7艦隊も戦闘がやりやすくなるだろう。」
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