※投稿者は作者とは別人です
248 :外パラサイト:2010/03/21(日) 21:04:10 ID:6LiHdjEo0
サンディエゴの街の一角にあるエル・コルテス・ホテル。
その一階にあるレストランは<上陸許可室>という名前だった。
レストランの南側の窓からは海軍基地上空を飛び交う飛行機を眺めることができ、人々は昼食を楽しみなが
ら「それいけ!」「もう少しだ!」などと大声をあげ、近頃はアメリカ本土でも結構見かける機会が増えた
ワイバーンを相手に空中戦の訓練を行う戦闘機に声援を送るのだった。
「見事なもんですねえ」
この日のお勧めメニューであるチキンフライドステーキとマッシュポテト、トマトの煮物に加えデザートの
タピオカのプディングといった皿をテーブルに並べながら、窓の外を向いたウエイターが言う。
「ああ、大したものだ」
もと戦闘機乗りで右脚の膝から下を失ったために現在は平服を着ている客の男は、一見逃げ回っているだけ
に見えるワイバーンが、実は戦闘機を翻弄していることを見抜いていた。
だがその男も、ワイバーンの騎手が16歳になったばかりの少女だということまでは想像できなかったが。
「うきゃー、今日の相手はいつに無くしぶとい!」
風を切って飛ぶワイバーンの背中で、アーニス・レマーは叫んだ。
マオンド軍に徴用され、ワイバーンの訓練やフェリーをしていた竜使いのアーニスは、カマスリ基地が空襲
を受けた際に負傷したのだが、後送されたダツバの町で病院のベッドに仰向けになっている間に町に米軍の
戦車が突入してきたのだった。
退院したアーニスは米軍が“チェイス・アンド・ターゲット”と呼ばれる戦闘飛行訓練用のワイバーン乗り
を探していることを知り、早速陸軍航空隊事務所のドアを叩いた。
ワイバーンを飛ばせるなら、雇い主の掲げる旗の色や形にはいささかも拘らないアーニスなのであった。
もちろん開放なった町でのもとマオンド軍属の就職事情は、氷河期を通り越して北欧神話の酷寒地獄に等し
いという現実もあったのだが。
最初はどう見てもティーンエイジャーのアーニスの採用に乗り気でなかった面接官だったが、デリック湾上
空で16機のヘルキャットを相手に逃げ切ってみせたドラゴンライダーがアーニスだと分かると、士官待遇
での採用が決まっただけでなく記念撮影とサインまでさせられたのだがこれは余談。
そして今、サンディエゴの空でアーニスは、米海軍の最新鋭戦闘機F8F-1と対峙しているのであった。
249 :外パラサイト:2010/03/21(日) 21:05:05 ID:6LiHdjEo0
「クソ、なんて動きだ!」
大男揃いのアメリカ人パイロットにはいささか窮屈に感じられるベアキャットの操縦席で、ジェームス・
H・フラットレー中佐は叫んだ。
ジミー・サッチと双璧を為す米海軍きっての名戦闘機乗りで名指揮官のフラットレーは、新型戦闘機の性能
限界を試すべく今回の模擬空戦に挑んだのだが、そのフラットレーの操縦テクニックとF8Fの性能を持っ
てしても、標的役のワイバーンを照準器に捕えることが出来ない。
羽ばたき飛行ならではのトリッキーな動きを武器とするワイバーンに対し、アメリカ陸海軍の戦闘機は速度
差を生かしたヒット・エンド・ランとサッチウイーブに代表される編隊空戦術で戦いを優位に進めている。
だが1対1のドッグファイトでワイバーンを圧倒出来る機体が欲しいという願望は、第一線で戦うパイロッ
トから将官クラスに至るまで根強く存在し、そうした声に答えるべく開発されたのがF8Fだった。
ある資料では、その設計思想は日本人の、またある資料ではドイツ人技術者の影響を受けたと言われている
が真偽のほどは定かではない。
確実に言えることはベアキャットが大馬力エンジンと小型軽量な機体の組み合わせによって強大な余剰馬
力を確保し、卓抜した上昇・加速性能と維持旋回率を実現した機体だということだった。
すでに陸海軍合同の性能テストでP-51やF4Uを相手に負け知らずの戦績を築いているF8Fだが、打
倒すべき最優先目標であるワイバーンに遅れをとるようでは米海軍とグラマン社の沽券に関わる。
「だが勝負はこれからだ!」
自らを鼓舞するかのように叫ぶフラットレー、だがそれは虚勢ではない。
これまでのチェイスで相手の癖は掴んだ。
例えワイバーンの機動に追従できずとも、相手の未来位置を読み、銃弾を撃ち込むポジションに機体を持っ
ていけばよいのだ。
ワイバーンの動きに合わせ、急角度で旋回するベアキャット。
F6Fならたちまち失速してしまうようなタイトな旋回だが、F8Fはぐいぐいと回っていく。
六千メートルまでの上昇時間が五分を切るベアキャットならではの力技の旋回だ。
主翼の塗装がひび割れ、尾翼が凧のようにしなる。
「もうちょいもうちょい…いただきだ!」
遂に照準器にワイバーンを捕え、ガンカメラのスイッチを入れようとしたそのとき、F8Fの左の主翼が千
切れとんだ。
ベアキャットの敗因はセイフティ・ウイングチップだった。
これは翼端から3フィートの位置にブレイクポイントを設定し、そこから外側を意図的に壊れやすく作るこ
とで限界を越える荷重がかかった際に主翼全体の破損を防ぐとともに構造重量の軽減を狙ったものだが、フ
ラットレーのF8Fは、両翼同時に作動しなければならないギミックの左側だけが作動したため、たちまち
操縦不能に陥ってしまったのだ。
さらにフラットレーがベイルアウトの際に水平尾翼で腰を打ち、長期入院するというオマケまでついてしま
った。
結局セイフティ・ウイングチップはその効果が疑問視され、戦闘航海に出発する直前だったVF-19のベ
アキャット全機がベスペイジに送られ主翼の改修を受けることになった。
アーニス・レマーはその後も全米各地の基地を回って陸海軍パイロットの対戦相手を務め、戦後はネヴァダ
州リノで毎年開催されるナショナルチャンピョンシップ・エアレースのワイバーン部門で12年連続優勝の
記録を作ることになるのであるが、それはまた別の話である。
248 :外パラサイト:2010/03/21(日) 21:04:10 ID:6LiHdjEo0
サンディエゴの街の一角にあるエル・コルテス・ホテル。
その一階にあるレストランは<上陸許可室>という名前だった。
レストランの南側の窓からは海軍基地上空を飛び交う飛行機を眺めることができ、人々は昼食を楽しみなが
ら「それいけ!」「もう少しだ!」などと大声をあげ、近頃はアメリカ本土でも結構見かける機会が増えた
ワイバーンを相手に空中戦の訓練を行う戦闘機に声援を送るのだった。
「見事なもんですねえ」
この日のお勧めメニューであるチキンフライドステーキとマッシュポテト、トマトの煮物に加えデザートの
タピオカのプディングといった皿をテーブルに並べながら、窓の外を向いたウエイターが言う。
「ああ、大したものだ」
もと戦闘機乗りで右脚の膝から下を失ったために現在は平服を着ている客の男は、一見逃げ回っているだけ
に見えるワイバーンが、実は戦闘機を翻弄していることを見抜いていた。
だがその男も、ワイバーンの騎手が16歳になったばかりの少女だということまでは想像できなかったが。
「うきゃー、今日の相手はいつに無くしぶとい!」
風を切って飛ぶワイバーンの背中で、アーニス・レマーは叫んだ。
マオンド軍に徴用され、ワイバーンの訓練やフェリーをしていた竜使いのアーニスは、カマスリ基地が空襲
を受けた際に負傷したのだが、後送されたダツバの町で病院のベッドに仰向けになっている間に町に米軍の
戦車が突入してきたのだった。
退院したアーニスは米軍が“チェイス・アンド・ターゲット”と呼ばれる戦闘飛行訓練用のワイバーン乗り
を探していることを知り、早速陸軍航空隊事務所のドアを叩いた。
ワイバーンを飛ばせるなら、雇い主の掲げる旗の色や形にはいささかも拘らないアーニスなのであった。
もちろん開放なった町でのもとマオンド軍属の就職事情は、氷河期を通り越して北欧神話の酷寒地獄に等し
いという現実もあったのだが。
最初はどう見てもティーンエイジャーのアーニスの採用に乗り気でなかった面接官だったが、デリック湾上
空で16機のヘルキャットを相手に逃げ切ってみせたドラゴンライダーがアーニスだと分かると、士官待遇
での採用が決まっただけでなく記念撮影とサインまでさせられたのだがこれは余談。
そして今、サンディエゴの空でアーニスは、米海軍の最新鋭戦闘機F8F-1と対峙しているのであった。
249 :外パラサイト:2010/03/21(日) 21:05:05 ID:6LiHdjEo0
「クソ、なんて動きだ!」
大男揃いのアメリカ人パイロットにはいささか窮屈に感じられるベアキャットの操縦席で、ジェームス・
H・フラットレー中佐は叫んだ。
ジミー・サッチと双璧を為す米海軍きっての名戦闘機乗りで名指揮官のフラットレーは、新型戦闘機の性能
限界を試すべく今回の模擬空戦に挑んだのだが、そのフラットレーの操縦テクニックとF8Fの性能を持っ
てしても、標的役のワイバーンを照準器に捕えることが出来ない。
羽ばたき飛行ならではのトリッキーな動きを武器とするワイバーンに対し、アメリカ陸海軍の戦闘機は速度
差を生かしたヒット・エンド・ランとサッチウイーブに代表される編隊空戦術で戦いを優位に進めている。
だが1対1のドッグファイトでワイバーンを圧倒出来る機体が欲しいという願望は、第一線で戦うパイロッ
トから将官クラスに至るまで根強く存在し、そうした声に答えるべく開発されたのがF8Fだった。
ある資料では、その設計思想は日本人の、またある資料ではドイツ人技術者の影響を受けたと言われている
が真偽のほどは定かではない。
確実に言えることはベアキャットが大馬力エンジンと小型軽量な機体の組み合わせによって強大な余剰馬
力を確保し、卓抜した上昇・加速性能と維持旋回率を実現した機体だということだった。
すでに陸海軍合同の性能テストでP-51やF4Uを相手に負け知らずの戦績を築いているF8Fだが、打
倒すべき最優先目標であるワイバーンに遅れをとるようでは米海軍とグラマン社の沽券に関わる。
「だが勝負はこれからだ!」
自らを鼓舞するかのように叫ぶフラットレー、だがそれは虚勢ではない。
これまでのチェイスで相手の癖は掴んだ。
例えワイバーンの機動に追従できずとも、相手の未来位置を読み、銃弾を撃ち込むポジションに機体を持っ
ていけばよいのだ。
ワイバーンの動きに合わせ、急角度で旋回するベアキャット。
F6Fならたちまち失速してしまうようなタイトな旋回だが、F8Fはぐいぐいと回っていく。
六千メートルまでの上昇時間が五分を切るベアキャットならではの力技の旋回だ。
主翼の塗装がひび割れ、尾翼が凧のようにしなる。
「もうちょいもうちょい…いただきだ!」
遂に照準器にワイバーンを捕え、ガンカメラのスイッチを入れようとしたそのとき、F8Fの左の主翼が千
切れとんだ。
ベアキャットの敗因はセイフティ・ウイングチップだった。
これは翼端から3フィートの位置にブレイクポイントを設定し、そこから外側を意図的に壊れやすく作るこ
とで限界を越える荷重がかかった際に主翼全体の破損を防ぐとともに構造重量の軽減を狙ったものだが、フ
ラットレーのF8Fは、両翼同時に作動しなければならないギミックの左側だけが作動したため、たちまち
操縦不能に陥ってしまったのだ。
さらにフラットレーがベイルアウトの際に水平尾翼で腰を打ち、長期入院するというオマケまでついてしま
った。
結局セイフティ・ウイングチップはその効果が疑問視され、戦闘航海に出発する直前だったVF-19のベ
アキャット全機がベスペイジに送られ主翼の改修を受けることになった。
アーニス・レマーはその後も全米各地の基地を回って陸海軍パイロットの対戦相手を務め、戦後はネヴァダ
州リノで毎年開催されるナショナルチャンピョンシップ・エアレースのワイバーン部門で12年連続優勝の
記録を作ることになるのであるが、それはまた別の話である。