第199話 戦艦対ゾンビ
1484年(1944年)11月18日 午後7時20分 トハスタ市東方7キロ地点
ガーイル・ヘヴリウルを始めとする、ナルファトス教特殊執行部隊所属のネクロマンサー達は、トハスタ市の東方7キロ地点に
ある森林地帯で待機状態にあった。
「ヘヴリウル殿。もはや完全に日は落ちました。そろそろ、執行活動を再開しても良いのでは?」
ヘヴリウルの隣で佇んでいた、セカニグ・リョバスが声を掛けて来る。
「ふむ。リョバス殿の言う通りだな。こう暗くては、流石のアメリカ軍機もまともに動けまい。」
彼はそう言いつつも、頭の中では夕方前に起きた空襲の事を思い出している。
ヘヴリウルは、他のネクロマンサーと共にリィクスタを警備していた軍部隊や都市警備隊を追い出した後、リルマシクと
シィムスナを制圧した味方と合流した。
特殊執行部隊は、午後3時までに3都市を完全に制圧し、実に45000もの手駒を手に入れる事に成功した。
ヘヴリウルは、事前の打ち合わせで、3都市の制圧が完了した後にはトハスタ不死者軍団の指導者となる事が決まっており、
彼はこの時点で、一小隊長から、この地方にいる全てのネクロマンサーと、不死者を束ねる指揮官となった。
何故、ヘヴリウルがトハスタ襲撃を任された、執行部隊の長に収まったのか。
元々、ヘヴリウルは特殊執行部隊の中で、No3の地位である主任長の地位に付いている。
特殊執行部隊は、大きく3つに分けられている。1つは格闘戦部門、2つめは諜報戦部門、3つめは魔道戦部門である。
特殊執行部隊の隊員は、誰もが魔法の扱い方等に精通していなければならないが、その中でも、個々の能力に秀でた者は、
それに会った部門に回される。
自決したフィリネは格闘戦部門の所属であり、ヘヴリウルは魔道戦部門の出身である。
その3つの部門を束ねるのが、主任長である。
主任長の上にはNo2の統括長、No1の総指揮官とあり、ヘヴリウルは、教団から叩き上げで、この主任長という地位に納まっている。
彼は、元々現場中心で活躍していた事もあってか、常に現場に出る事を是としていた。
彼が、わざわざ1部隊の小隊長となったのも、現場の成果を確認すると同時に、自分も精一杯働きたいという信念があったからである。
位は高くなれども、現場第一主義として知られるヘヴリウルは、部下のみならず、上司からも活動的な信者の1人として、高い評価を得ていた。
その彼が、400人以上のネクロマンサーと、45000もの不死者軍団を率いるのは当然と言えた。
ヘヴリウルは、午後4時までにはこの不死者軍団の集結を終えさせており、最後の仕上げにかかった。
しかし、その時になって、アメリカ軍機の編隊が現れた。
敵編隊は、森の中から出て来た不死者達を見つけるや、猛攻撃を加えて、不死者達を次々と爆弾で吹き飛ばすか、あるいは機銃掃射
で薙ぎ倒した。
ヘヴリウルは、慌てて前進していた不死者達を森の中に戻したが、米軍機の空襲は執拗であり、約20分間に渡って、好き放題に暴れまくった。
この銃爆撃で実に200体もの駒が失われた他、ネクロマンサー5人が戦死した。
ヘヴリウルは、敵機が現れた方角が西……海からである事に気が付き、近くにアメリカ軍の空母が居るであろうと確信した。
そのため、彼は日が完全に落ちるまで行動を控える事を決め、今までずっと、森の中で待機を続けて来た。
「我らに歯向かう敵は、せいぜい小癪な邪軍ぐらいだ。部隊の規模は、リィクスタ等の諸都市に比べて大きいかもしれん。もしかしたら、
野砲を町の中に布陣させて狙っているかもしれぬな。だが、それも無駄なあがきにすぎん。」
ヘヴリウルは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「我らには、4万以上の手駒がある。それも、この手駒はある事のみならず、人並みに走る事も出来る。いや、足の遅い者と
比べれば、まだこの手駒のほうが早い方だ。これらをまとめて叩きつければ、トハスタ市の城門を突破する事も容易き事だ。」
「それに加えて、我々はキメラを召喚できますからな。先の諸都市攻撃時に行ったように、不死者とキメラを連携させれば、
トハスタ市にいる10万も、たちどころに不死者へとなり遂げるでしょう。」
「ふむ、君の言う通りだ。ひとまず、トハスタの制圧はこれで決まったも同然だが……問題は、ジクス方面だな。」
ヘヴリウルは、途端に浮かべていた笑みを消した。
「ジクスを守っていた軍は、罰当たりな事に、アメリカ軍に泣き付きおった。そのせいで、奴らはアメリカ軍と共同して、
我らの仲間と、その手駒を丸ごとジクスの市街地に閉じ込めおった。」
「話は既に聞きましたが、誠に許しがたいですな。」
「うむ。実に許しがたい!」
ヘヴリウルは怒りに顔を赤くしながら、リョバスに言う。
「とはいえ、機動力、火力共に優れているアメリカ人共がジクスにまで到達した以上、ジクス以北の制圧は困難になったと
言わざるを得ない。ここはせめて、奴らが来る前に、南部の住民80万だけでも不死者化し、奴らの足止めを行わねばならん。」
ヘヴリウルは、トハスタ市のある方角に指をさした。
「そのためにも、トハスタの制圧は迅速かつ、確実に行う事だ。リョバス殿、君の小隊の活躍を期待しておるぞ。」
「はっ。ご期待に添えるよう、微力を尽くします。ヘヴリウル殿。我々が率いる隊は、予定通り迂回ルートを辿る手筈に
なっておりますが、それでよろしいですね?」
「構わん。私としては、そのような小細工は必要ないと思っておるが……ここは念のためだ。君達は、市街地の北東側入り口から
中へ突入してくれ。正面は、残りの部隊で引き受けよう。」
「わかりました。」
リョバスは微笑みながらヘヴリウルに頭を下げ、自分が率いる部隊へ戻って行った。
「くくくく。さて、トハスタ市の愚民共よ。我らナルファトスの、神聖なる執行を受けるが良い。」
ヘヴリウルは、歪んだ笑みを浮かべながらそう言うと、右手を上げた。
「全部隊の諸君!これより、トハスタ市への執行活動を開始する!かかれぇ!!」
彼はそう命じながら、右手を勢いよく振り下ろした。
ヘヴリウルの命令が下るや、森の中に居た40000もの不死者達が、一斉に行動を開始した。
不死者達は、最初はゆっくりと移動して行く。
森の中から無数の不死者が現れる。それらの姿は、丁度良く降り注ぐ、2つの月の光によって照らし出されている。
元は人間であった不死者達は、土気色に変色し、傷付いた体を、泥酔患者のように揺さぶりながら前進していく。
不死者の口からは、不気味なうめき声が発せられている。
それが40000以上ある口から発せられているため、トハスタ市前面の平野部には、地鳴りのようなうめき声が響き始めた。
ヘヴリウルは、最初は不死者達を走らせず、しばらくは歩かせようと考えていたため、不死者の軍団は、森から出ても歩き続けている。
「フフフ。今頃は、トハスタ市内に引き籠っている邪軍の魔道士達が、この森の中から出て来た不死者の軍団を見ているだろう。
そして、偵察に出ていた奴らは、大慌てで市内の司令部に通報しているに違いない。」
ヘヴリウルは、単調な声音で呟く。
本来、不死者の軍団をゆっくり歩かせる事は、敵に纏めて殲滅される恐れがあるのでは?という意見が、他の小隊の指揮官からあった。
しかし、ヘヴリウルは、この不死者の軍団が殲滅されるような事は無いと確信している。
「確か、市内には野砲が置かれていたと言われているが、数はせいぜい30門ほどと聞いている。30門となれば、相当の制圧力を
発揮するだろうが、それだけでは、この大群を止める事は出来ん。せいぜい、私達の手駒が、一時的に減るだけだ。市内に突入出来れば、
もはや勝利は決まったも同然だ。」
彼は、酷薄な笑みを浮かべた。
「ジクスと違って、トハスタは“孤立無援”。いくら抵抗しても、所詮、無駄なあがきだ。私はこうして、命令を出しながら、
執行活動が終わるのを待てばよい。」
ヘヴリウルはそう言ってから、愉快そうに笑った。
その時、彼は、上空で飛空挺独特の発動機音が聞こえる事に気が付いた。
「……ん?これは、飛空挺の音か。空襲にしては、音が小さい。もしかして、この騒ぎを聞き付けたアメリカ人共が、野次馬と
ばかりに偵察機を飛ばしたのか?」
彼は、上空の発動機音に驚く事無く、そのまま、不死者達の出陣を見送り続けた。
ヘヴリウルは、暇つぶしに未来の自分がどうなっているかを予想し始めた。
上空に、照明弾の光が現れたのはその直後の事であった。
同日 午後7時30分 トハスタ沖西方2マイル地点
第73任務部隊第5任務群の司令官であるフランツ・ウェイラー少将は、旗艦ミシシッピーの艦内にあるCICで、上陸した
マクラスキー中佐と連絡を取り合っていた。
「司令!ついに連中が動き始めたようです!こちら側の魔道士からの報告では、森の中から多数の魔法反応を捉えたとの事!」
「魔法反応とは、例のゾンビとやらが放つ黒魔術とかいう奴だな。OK、至急、観測機に命令を伝える。そちらのマーカーと、
目標を確認後に艦砲射撃を行う。」
「わかりました。」
受話器の向こうのマクラスキーは、素っ気なく返してから無線を切った。
「参謀長。至急、観測機に連絡しろ。行動開始だ!」
「アイアイサー。」
ウェイラーは、参謀長から目線を離し、対勢表示板に視線を向ける。
対勢表示板には、レーダーで映し出された味方艦の位置や、トハスタ沿岸の地形、そして、トハスタ市東側にある赤い斜線が描かれている。
ウェイラーは、トハスタ市からは正反対の個所……西方海面の方に目を向ける。
表示板の中心にある乗艦ミシシッピーから西に20マイルの位置には、TG72.4と書かれた青い船型のマークがいる。
「TG72.4が所定の位置に付くまでは、敵さんに大人しくしてもらいたかったのだが。」
ウェイラーは、やや失望しながら呟いた。
現在、TG73.5は、ミシシッピー、テキサス、ニューヨークの3戦艦が主力であるが、その他には24隻の護衛艦、並びに
支援艦しかおらず、重巡や軽巡は1隻も伴っていない。
ウェイラーは当初、この戦力だけでやるしかないと腹を決めていたが、第7艦隊司令部はウェイラー部隊の増援として、
新鋭戦艦であるウィスコンシンとミズーリを始めとする強力な砲戦部隊を寄越してくれた。
だが、距離の都合上、機動部隊から分派したTG72.4が戦場に到着するのは、TG73.5が到着した後になるため、
ウェイラーとしては、せめて、TG72.4が揃うまでは、そのままゾンビ軍団が森の中に引き籠ってくれた方が……と考えていた。
そうすれば、アイオワ級戦艦、アラスカ級巡戦各2隻に、重巡、軽巡を含む艦隊と一緒に敵を攻撃でき、最悪の事態を回避できる確率も
飛躍的に高まる筈であった。
しかし、現実はそう甘くは無く、敵のゾンビ軍団は、TG72.4が来ないのを見計らったかのように、一斉に行動を開始したのである。
「仕方ない、ここは、俺達だけで全滅させるつもりで、敵を叩くぞ。」
ウェイラーは、自分に言い聞かせるような口調で呟いたあと、マイクを握った。
「全艦、射撃用意!目標、トハスタ市に向かうゾンビ集団!」
ウェイラーは、TG73.5の全艦に命じる。TG73.5は、7時10分にトハスタ港に到着した後、港から1マイル沿岸に駆逐艦8隻を
展開させ、その後方1マイルにミシシッピー以下の戦艦部隊を布陣させている。
残りの駆逐艦6隻は、ベグゲギュスの襲撃に備え、戦艦部隊の西側の海域を警戒している。
砲撃役に選ばれた艦は、一部の艦以外は全艦が舷側を陸地に向けて停止しており、いつでも最大火力を叩きつけられるように準備が施されていた。
「司令!観測機より通信です!我、照明弾を投下、森林地帯より現れたゾンビ集団を確認せりであります!あっ、続いて続報が入りました。
トハスタ市西側で緑のマーカーを確認せり!」
「ようし、準備は整ったな。」
ウェイラーは、全ての準備が整った事を確認した。
それからしばらくして、各艦から射撃準備完了の報告が届けられた。
「全艦に告ぐ。これより、敵ゾンビ集団を砲撃する。撃ち方始め!!」
ウェイラーの命令が下るや否や、ミシシッピーの主砲が咆哮する轟音と振動が、CICの内部に伝わって来た。
「なっ、なんだあれは?」
ヘヴリウルは、突然、目の前に現れた4つの照明弾を前にして、一瞬、呆然となった。
4つの照明弾は、上空に飛来している飛空挺が投下したようだ。
そこまでは分かっているのだが、何故、照明弾を落としたのかが理解できなかった。
「……そうか。奴らは今、偵察しているのだな。このままでは見え難いから、照明弾を投下して視界を広げたのか。
最も、油断は出来ないが。」
彼は昼頃に、小隊のメンバーと共にリィクスタ市街地を見回っている時に、アメリカ軍の偵察機に発見され、機銃掃射を受けた。
幸いにも、ヘヴリウル達に死傷者は出なかったが、その時は思わず、死を覚悟した程の恐怖感を植え付けられ、アメリカ軍偵察機が
去っても1時間ほどは、しきりに空を警戒していた。
昼間の恐怖体験を思い出し、内心不安に駆られながらも、ヘヴリウルは不死者達の出陣を見守り続けた。
「部隊長。前方やや遠くに魔法反応あり。どうやら光源魔法のようです。」
唐突に、不死者と共に前進していた魔道士から、魔法通信が入って来た。
「光源魔法だと?」
ヘヴリウルは、すかさず聞き返す。
「はい。見えるだけでも、5つほどの光源魔法が見えます。色は緑ですな。」
「その他にも光源魔法は見えるか?」
「はっ、北側にもいくつか見えますが、正確にはわかりません。」
「……トハスタ市に立て籠もっている邪教徒共の仕業かもしれん。十分に警戒しろ。」
ヘヴリウルは、魔道士にそう命じた。
直後、上空に何かの音が響いて来るのが聞こえ始めた。
「む?何だこの音は!?」
彼がそう叫んだ直後、前方で無数の爆発が起きた。
小さな爆発が連続して起こったと思いきや、突然、一瞬前の爆発とは比較ならぬ大爆発が、不死者の群れの中で起きた。
大音響と共に幾つ物大爆発が湧きおこり、大量の土砂が夜空目掛けて噴き上がった。
「!?」
ヘヴリウルは、この謎の大爆発を目の前にして、ただただ驚くしかなかった。
「部隊長!敵の砲撃です!」
「あ、ああ!こっちでも確認した!これはトハスタ市街地の野砲から発せられている物か!?」
「いえ……野砲にして、威力が大きすぎます!とくに、後から起きた爆発は」
相手が言葉を伝え終わる前に、新たな砲弾が落下して来た。
幾つもの砲弾が、不死者の群れの中で炸裂し、あっという間に10人以上の不死者が吹き飛ばされた。
「むむ……また敵の砲撃か。」
ヘヴリウルは、顔をしかめがらそう呟く。
「部隊長!トハスタ市街地で発砲炎らしき閃光を確認しました!明らかに野砲の砲撃です。」
「やはり、中の邪軍共は野砲を撃ち込んで来たか。なかなかの敢闘精神だ。」
ヘヴリウルは、単調な口ぶりで言う。
その直後、新たな砲弾の飛翔音が響き、またもや前進中の不死者の群れや、何も無い平野部に砲弾が落下する。
それから少し間を置いて、先の物とは比べ物にならぬほどの飛翔音が鳴り響き、それが極大に達したと思いきや、大音響が鳴り響いた。
大地が揺れ動き、周囲の木々が、その轟音と震動に怯えるかのように、ギシギシと音を立てながら揺れた。
「ど、どういう事だ!?この砲撃だけ、やたらに威力がでかいぞ!」
ヘヴリウルは、思わず動揺してしまった。
この時、彼の頭の中に、ある疑念が湧き起こった。
(これは、本当にトハスタ市内の野砲の仕業か?それにしては、飛んで来る砲弾の数が多い……まさか、トハスタには大量の
野砲が隠されているのか!?)
彼は、心中でそう思うが、この時点ではまだ、トハスタ市以外に敵勢力が展開している事に気が付かなかった。
砲撃は更に続けられる。同じようなパターンが2階続いた後、しばし砲撃の間が開いた。
「ヘヴリウル殿!先発した部隊は被害甚大です!」
迂回路に進んでいたリョバスが、慌てた様子で魔法通信を送って来た。
「なに?被害甚大だと!?どれほどやられたのだ!?」
「正確には分かりませんが、先発していた500体の不死者は完全に消え失せたようです。」
「500体の不死者が消えただと!?たった5分足らずで!?」
ヘヴリウルは信じられなかった。
一応、彼としても、敵からの砲撃によって生じる被害は、決して少なくないだろうと予想していた。
だが、たった5分で500体の手駒が失われるとは、予想していなかった。
「被害は、先発部隊のみならず、後続にも及んでいるようですから、失われた手駒は500体以上に上るでしょう。」
「何たる事だ。どうして、敵はこんなにも強大な火力を」
言葉を言い終える暇すら与えられず、更なる砲弾が不死者の群れに襲いかかった。
飛んで来た砲弾は、先程の強烈な威力を持つ物と同じ物で、しかも、今回は数が多かった。
巨大な噴煙が南北に渡って立ちあがり、炸裂に巻き込まれた不死者やキメラは、いっしょくたに粉砕され、大量の土砂と共に
空へ噴き上げられた。
「なっ!?」
目の前で起きた、無数とも言える大爆発に、ヘヴリウルは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「ヘヴリウル殿!海上に発砲炎らしき物が見えます!」
「海上に発砲炎だと……?」
ヘヴリウルは、リョバスから聞いたその言葉に首を捻る。
その時、彼はある言葉を思い出した。
『どうやら、アメリカ軍はコルザミ沖に大艦隊を接近させているようだ』
本部から送られて来た魔法通信には、たしかにそう記されていた。
(もしや……その海上の発砲炎とやらは……!?)
その瞬間、ヘヴリウルは確信しかけたが、同時にそれはあり得ないとも思った。
(いや、まさかあり得ぬ!トハスタは、一応は我らマオンドの領土だ。この神聖なるマオンドの沿岸部にアメリカ艦隊が近寄り、
“わざわざ敵を援護”する筈が無い!)
ヘヴリウルは、心中でそう決め付けようとする。だが、それでは今起きている状況が説明できなくなる。
(なのに何故?何故アメリカ人共は、自らの敵を援護しておるのだ!?)
ヘヴリウルは、苦悶に顔を歪め、頭を掻き毟った。
こうしている間にも、砲弾の飛翔は続く。
不死者軍団は、市内からの砲撃と、沖合のアメリカ艦隊と思しき敵に一方的に攻撃を受けている。
被害は既に1000体以上に及び、ネクロマンサーの死者も30人に上った。
ヘヴリウルが思考に費やせる時間は、全くと言っていいほど無かった。
「ええい!不死者の軍団を走らせるのだ!ここを突破して、トハスタ市内に殴り込め!!」
ヘヴリウルは、半ば感情敵になりながら、部下の魔道士達に命令を飛ばした。
命令が下ってから間を置かずに、前進していた不死者達の足が速まる。
最初はのそのそと歩いていた不死者達が、いきなり走り出し、トハスタ市に向けて突進を始めた。
砲撃で数を減らしているとはいえ、それでも40000以上もの不死者の軍団が平野を駆け抜ける様は、地獄の亡者が獲物に
飛び付く様を思わせた。
だが、敵の砲撃は、それがどうしたと言わんばかりに続けられる。
走りぬけようとする不死者の群れに、無数の小口径砲弾が落下し、次々とその体を粉砕し、あるいは宙高く吹き飛ばす。
その直後に飛んで来た大口径砲弾は、先に着弾した小口径砲弾とは比べ物にならぬ破壊力を周囲に撒き散らす。
音速を超えて飛来した大口径砲弾は、地面に着弾するまでに、幾人かの不死者を巻き込み、瞬時に肉塊に変える。
その直後、弾頭部分が地面に接触して、信管が作動する。
砲弾が炸裂するや、半径20メートル以内の不死者達は例外なく粉砕され、地面には大穴が開き、10体単位で吹き飛ばされた
不死者の肉片が、大量の土砂と共に夜空目掛けて吹き上がった。
砲弾の炸裂にも関わらず、不死者達はお構いなしに突っ込んでいくが、不死者の中には、大口径砲弾の炸裂で開いた穴に落ち、
穴の中を転げ回る物も居た。
大口径砲弾の着弾の後に、雨のような小口径砲弾の弾着が連続して続く。
沖合のアメリカ艦隊は、全艦が砲撃しているのであろう、降り注いで来る砲弾の量がかなり多い。
それに加えて、トハスタ市内からもひっきりなしに野砲弾が飛んでくるため、トハスタ市前面は、砲弾の炸裂によって徐々に耕されつつあった。
不死者の軍団は、その後も10分程に渡って、砲撃に痛めつけられた。
しかし、徒歩から走りに変えた不死者軍団は、艦砲射撃によって著しく数を減らしながらも、トハスタ市門前まであと4キロの所まで迫っていた。
「ヘヴリウル殿!どうやら、敵は正面に気を取られているせいで、側面には視線が言っていないようです!」
「そうか!予定通り突入できそうか!?」
「はっ!これなら大丈夫です!では、中で会いましょう!」
リョバスの率いていた1000体の別動隊は、本体よりも一足先に前進し、艦砲射撃の損害を受けながらも着実に北門へ向かいつつあった。
「思った通りだ。敵の奴らは、正面の本隊を追い返そうと躍起になっている。しかし、それでは流石に甘いぞ。」
リョバスは、敵を嘲笑しながら、今やあと1キロ程に迫った北側門を見つめる。
今頃は、北側門に張り付いていた敵の見張りが、こちらを発見している頃であろう。
だが、走り寄る不死者の群れの前には、今から対処を行っても手遅れだ。
城門は、護衛役のキメラが破壊する手筈になっている。それが成功すれば、あとは市内で暴れて、こちらの味方を増やすだけである。
リョバスは、自分は砲撃を食らわないようにするため、馬の速度を落とさせた。
ふと、城門から400メートル程前に、紫色の光源魔法が5つほど現れた。
「ん?あれは何だ?」
リョバスは、不意に、目の前に現れた印のような光源魔法を不審な目付きで見る。
彼は、その光源魔法が、敵側が発した新たな合図であるという事に気が付けなかった。
修羅場のリィクスタ市街地から命からがら脱出し、浜辺の避難所まで避難して来たコルモ・フィギムは、アメリカ軍艦と思しき艦隊が、
沖合で艦砲射撃を行っている様子を、最初からずっと見つめ続けていた。
「これはまた……とんでもない光景だな。」
フィギムは、一緒に脱出した部下の医師に向けて言う。
「流石に、10隻以上の軍艦から猛烈に撃たれまくっては、あの不死者達もたまらないだろう。」
「そうですな、先生。それにしても……」
部下の医師は、左斜めの方向。海岸から100メートルほど沖合に停泊している複数の艦艇を指差した。
「あそこで固まっている変てこな船は、沖の軍艦が発砲しているのに、全く砲撃をしようとしていませんよ。」
「ふむ。そうだなぁ……というか、備砲らしき物が、後ろに1つ付いているだけで、後は魔道銃のような武器以外、武装らしい物は
見受けられんな。」
フィギムも、貧弱な武装しか持たない、幾らか平べったい船を見ながら部下に言う。
「やはり、万が一の場合に備えての救出船ではないでしょうか?」
「そう言われれば、納得いくが……しかし、ここには10万人以上がいるんだぞ?それなのに、ここにはさして大きそうもない船を、
たった10隻しか置いていないというのは。」
「ええ。10隻じゃ、少なすぎますね。」
「もしかして、アメリカ軍は慌てて、このトハスタ港に向かったため、満足に数を揃える事が出来なかったのかもしれん。」
フィギムは、確信したように言う。
「となると、もし、アメリカ艦隊や、トハスタ市内の野砲の砲撃が効果を発揮しなかったら……」
部下は、声を震わせながら喋る。
リィクスタの地獄絵図をまざまざと見せつけられた彼らは、今でも不死者達が雪崩れ込んでくるのではないかと、不安になっている。
リィクスタは、まさに地獄であった。
普段は仲が良い知り合い同士が、方や不死者となり、もう片方がその不死者に、泣き叫びながら体を食われて行く。
逃げようとしていた住民の集団が、突然襲いかかって来た何十という不死者の群れに囲まれ、絶叫を発しながら餌食となっていく。
ようやく登場した軍部隊や、都市警備隊の将兵も、不死者を支援するキメラに襲われ、その挙句には狩ろうとしていた不死者に
止めを刺され、気が付いた時には少なからぬ数の兵士が、共に不死者となって仲間に襲い掛かって行く。
この衝撃的な光景を目の当たりにし、発狂した住民も少なくは無い。
フィギム達は、不死者達に包囲されていた所を、偶然にも軍に保護され、比較的早い段階でリィクスタから脱出できた。
彼らが生き残れたのは、まさに奇跡に等しかった。
(あの悪夢を、私はもう、見たくないのだが……)
フィギムは、心の底からそう願っていた。
その時、部下の医師が指差していた、貧弱な武装しか持たない救出船の甲板から、突然、炎が上がった。
「!?」
フィギムは、突然燃え上がった救出船と思しき艦を見て、度肝を抜かれた。
「船が爆発した!?」
部下の医師も、船に起きた異変を目の当たりにし、仰天していた。
彼らのみならず、海岸に集まっていた住民達が、突如、炎を吹き上げた軍艦に驚いていた。
彼らはその後、自分達の認識が誤りであったと認める事になる。
軍艦から噴き上がった炎は、猛スピードで上空に吹き上げられ、軌跡を描いて町の北西側方向に向けて飛んで行った。
その数は尋常ではなかった。
LSMR-192の艦長を務めるクリス・マクドガル少佐は、通信員から報告を受け取った。
「艦長!旗艦より通信です!敵ゾンビ軍団の別動隊が、町の北西側より接近しつつあり!」
「案の定、敵は手薄の所を付いて来たか。」
マクドガル艦長はニヤリと笑うと、砲術長に命じた。
「砲術長!ロケット弾を放て!」
「アイアイサー!」
砲術長は快活良く応じると、部下に甲板に敷かれているロケット弾を発射せよと命じた。
その直後、艦橋の前と左右側方、後ろに敷かれているレールから、ロケット弾が轟音を発しながら勢い良く発射された。
LSMR-192は、今年の3月から竣工し始めたロケット弾発射型中型揚陸艦の中の1隻である。
この型のロケット中型揚陸艦は、最初に竣工したLSMR-188をもじって、188級と呼ばれている。
188級は、全長62メートル、幅10メートル、基準排水量980トンという小柄な艦であり、速力も13ノットと低めである。
武装は艦後部にある5インチ単装両用砲が1門と、対空火器として40ミリ機銃2丁と20ミリ機銃3丁を用意している。
これだけならば、188級は貧弱な哨戒艦程度にしか思われないが、この艦の特徴は、何よりも、甲板上に積んだ多数のロケット弾発射機にある。
188級は、4連装ロケット弾発射機を75基、6連装ロケット弾発射機を30基有しており、一度の射撃で、実に480発もの5インチ
ロケット弾を放つ事が出来る。
この他にも、舷側発射用に85基のロケット弾発射機を有しており、前方のみならず、舷側からもロケット弾を放つ事が出来る。
LSMRの実戦初参加は、6月のモンメロ上陸作戦に起きた事前砲撃であり、この時は、3月初旬から続々と竣工した20隻のLSMRが、
猛烈なロケット弾攻撃を上陸地点一帯に浴びせている。
LSMRは、ロケット弾を次々に放って行く。
海岸付近に避難した住民達は、LSMRが放つ無数のロケット弾を、まるで記念祭のイルミネーションを見るかのような表情で見つめていた。
今回、ロケット弾を放ったLSMRは計10隻。放たれたロケット弾は、実に4800発にも及んだ。
それぞれのLSMRは、20秒ほどかけてロケット弾を撃ち尽くし、その後は白煙を引きながら鳴りを潜めた。
10隻のLSMRが放った、4800発ものロケット弾は、時間差を置いて、リョバスの別動隊目掛けて落下し始めた。
最初のロケット弾は、リョバスが率いるゾンビ軍団のすぐ側で落下した。
5インチロケット弾が炸裂し、破片と土砂が、3体のゾンビを引き裂いた。
突然の轟音に、リョバス達は驚く暇も無く、次々と落下するロケット弾の雨嵐に覆われて行った。
最初に飛来して来た集束弾でリョバスはあっけなく戦死し、残りの砲弾も、少なからぬ数のゾンビやネクロマンサーを吹き飛ばした。
最初のLSMRが放ったロケット弾480発が全て着弾してから3秒が経った時、新たなロケット弾が降り注いで来た。
リョバスの率いていたゾンビ達は、ほぼ密集する形で進撃を続けていた。
そのため、彼らは、ロケット弾の火網に完全に捉えられ、着弾の瞬間、新たに多数のゾンビが吹き飛ばされた。
ロケット弾の炸裂は、ゾンビの四肢を吹き飛ばし、何十というゾンビが手足を失って転げ回る。
ゾンビを操っていたネクロマンサーや、キメラもロケット弾の洗礼を受け、体を容赦なく打ち砕かれて行く。
足を失い、呻きを上げながら這い回るゾンビに、情け容赦の無いロケット弾攻撃が続けられる。
5インチロケット弾の直撃を食らったキメラが、体その物を粉砕され、破片が周囲のゾンビに飛び散り、頭や手足を根こそぎ吹き飛ばして行く。
ロケット弾の集束弾が落下して行くたびに、ゾンビとネクロマンサーは大きく数を減らして行き、6隻目のLSMRが放ったロケット弾が
弾着する頃には、1000体近く居たゾンビや、護衛のネクロマンサー、キメラは、文字通り全滅してしまった。
だが、目標が全滅した後も、ロケット弾の雨嵐が止む事は無く、最終的に4800発のロケット弾が着弾するまで、別動隊は死体になってすらも、
手酷く叩かれ続けたのであった。
艦砲射撃の効果は絶大であり、この時点で、ゾンビは着実に数を減らしつつあった。
しかし、45000ものゾンビ軍団を食い止めるには、やはり限度があった。
ウェイラーは、ミシシッピーのCIC内部で、艦が第20斉射を放つ振動を感じながら対勢表示板を見つめ続けていた。
「司令。ゾンビ軍団は甚大な損害を被りつつも、先鋒は遂に、市街地から1マイルまで接近しました。」
「くそ、やはり、戦艦3隻、駆逐艦、支援艦18隻の艦砲射撃では不十分だったか。」
ウェイラーは、無意識の内に舌打ちする。
ゾンビ軍団に対する攻撃は、確かに効果があったが、敵の勢力は余りにも強大であり、マクラスキー中佐からの報告では、敵はようやく
半数程度に減ったと言われている。
「このままでは、敵に市内への突入を許してしまう。早くTG72.4が来てくれなければ、海岸沿いに避難した住民達が危ない。」
ウェイラーは、焦りを感じさせる口調でそう言い放つ。
そこに、新たな報せが入る。
「司令!マクラスキー中佐より続報です!トハスタ市内に布陣せる砲兵隊は、砲弾を全て撃ち尽くした模様!」
「弾切れを起こしたか……不吉だな。」
知らせを聞いたウェイラーは、ますます不安感を募らせた。
トハスタ市内には元マオンド軍の砲兵隊が布陣しており、計32門の野砲を保有していた。
野砲1門あたりの砲弾保有数は、砲撃前には各70発前後用意されており、ゾンビ集団が南下を始めるや否や、砲兵隊は砲撃を開始した。
だが、砲戦開始から20分程で、砲兵隊は全ての砲弾を撃ち尽くしてしまった。
「畜生、TG72.4はまだ砲撃位置に付かんのか?」
ウェイラーは、祈る様な心境でTG72.4からの報告を待ちつつ、対勢表示板に目を向ける。
TG72.4は、ウェイラー部隊まであと6キロの所まで迫っている。
事前の打ち合わせでは、ウェイラー部隊まで2キロに迫った所で転舵し、舷側を向けてから砲撃を開始する予定であった。
しかし、今の状況では、TG72.4が砲撃位置に付くまでに、ゾンビ集団が市内に突入しているかもしれない。
「そもそも、マーカーが敵の前方のみしか無いのが痛いな。せめて、敵の後方にも、似たようなマーカーを焚いてくれれば、
少しは砲撃の精度も上がるかも知れんのだが。」
ウェイラーはそう呟くが、この間にも、ゾンビ集団は着実に、トハスタ市に迫りつつある。
「マクラスキー中佐より通信!敵ゾンビ集団更に接近!現在、敵は門前より1.4キロ地点に接近中!それから、現地の軍が門前に
マーカーを焚きました!」
「……第2線のマーカーが焚かれたか。」
ウェイラーは、事態が緊迫している事を改めて感じた。
当初の予定では、第1線で敵の大半を砲撃で粉砕し、第2線で完全に撃滅させる筈であった。
しかし、現実には、敵の約半数が第2線の近くにまで迫って来ている。
「第2線付近への砲撃は、市街地への着弾も懸念されるから長時間は行いたくは無いのだが……トハスタの領主も、市街地の東側に
損害が出る事は仕方が無いと言っている。ここは、先と同様に、斉射で行くしかないな。」
既に、LSMRのロケット弾攻撃の時も、ロケット弾の一部が北西門周辺の市街地に落下し、被害を及ぼしている。
敵が至近に迫った以上、町にある程度の被害が生じる事は仕方の無い事であった。
ウェイラーが覚悟を決めた時、TG72.4から待望の通信が入って来た。
「司令!TG72.4指揮官であるディヨー提督から通信です!」
「マイクを貸してくれ!」
ウェイラーは、通信員からマイクをひったくり、ディヨーと会話を始めた。
「こちらはウェイラーだ!」
「ディヨーだ。遅くなって済まない。今より砲撃を開始する。」
「砲撃を開始するだと?まだ砲撃位置には付いていないぞ?」
「確かにな。だが、主砲は既に射程内に入っている。敵ゾンビ集団との距離は12000メートルしかない。聞いた所では、状況は
幾らか悪いようだな。ならば、砲撃位置に付くまで何もしないという事もないだろう。」
「……ふむ。君の言う通りだな。」
ウェイラーは頷いた。
「いいだろう。すぐに砲撃を開始してくれ。」
「了解。それから、先発している巡洋艦をそっちに送る。こちらも砲撃位置に付くまで、脅迫がてらに砲撃を行わせる。」
「いいだろう。ゾンビ共に撃ち込む砲弾は1発でも多い方が良い。好きなだけ撃たせてくれ。」
戦艦ウィスコンシン艦長、アール・ストーン大佐は、通信員から群司令であるディヨー少将からの命令を伝えられた。
「砲術!今より射撃を行う!最初は交互撃ち方からだ!」
ストーン艦長は、砲術長のレリック・カルコフ中佐に指示を下した。
「交互撃ち方ですか。定石通りでいいんですね?」
「ああ。最初は通常通りで構わん。最初から斉射を行っても、精度が悪い内は無駄弾をばら撒くだけになる。」
「了解です。」
カルコフ砲術長はそう答えると、ストーン艦長との会話を終え、受話器を置いた。
程なくして、ウィスコンシンの前部2基の3連装砲塔が小刻みに動き始める。
予め照準を合わせていたのだろう、微調整は程なくして終わった。
唐突に艦内電話のベルが鳴る。
「艦長!射撃準備よし!」
「撃ち方始め!」
ストーン艦長は、小さいながらも、鋭い声音でカルコフ砲術長に命じた。
命令が下ってから1秒後に、先頭を行くミズーリが発砲を開始した。その2秒後に、ウィスコンシンが第1射を放った。
ミズーリ、ウィスコンシンの前方には、湾口の出入り口に停止して、斉射を行うミシシッピー以下の3戦艦が見える。
「ミズーリより通信!速力12ノットに落とせ!」
「了解。航海長。減速だ。速力を12ノットまで落とせ!」
ストーン艦長は、艦内電話で航海長に指示を飛ばす。
やがて、ウィスコンシンの速力が落ち始めた。
後方に居るアラスカ級巡洋戦艦のコンスティチューションとトライデントも射撃を開始した。
ミズーリと、2隻のアラスカ級巡戦も、定石通り交互撃ち方から開始している。
やがて、観測機から報告が入った。
「マーカーより2000メートル後方に多数の弾着あり。敵ゾンビ集団付近の弾着はTG73.5の物と認む。」
「チッ、どうも精度が悪いな。」
ストーン艦長は舌打ちする。
地上砲撃は、水上砲戦と違ってレーダーの支援が受けられない分、地上の観測所や観測機の支援が必要になる。
今回は地上への艦砲射撃で、しかも視界の悪い夜間の作戦という事もあって、思ったように良い砲撃が出来ていないようだ。
ミズーリとウィスコンシンが第2射を放つ。
主砲発射の轟音が海上を圧し、艦橋の前面がしばし明るくなる。
ストーン艦長を始めとする艦橋職員が、第2射の余韻に浸っている時、観測機から意外な報告が飛び込んで来た。
「艦長!観測機より通信!敵側の後方に緑色の光を確認せり!距離は、トハスタ市より15キロ!」
「15キロ?やたらに遠いな。」
ストーン艦長は、眉をひそめながら呟く。しかし、彼はここである事に気が付いた。
今まで、TG73.5はマーカーを頼りに砲撃してきたが、マーカーは敵の前方部分にしか無かった。
迫る敵を追い払う分にはこれで十分であるが、もし、敵が一斉に逃げ散った場合は、敵の後方にもマーカーが必要となる。
敵が逃げようとすれば、前方と後方のマーカーの間に好きなだけ砲弾を叩き込んで、殲滅する事が出来る。
敵を撃退した後の事も考えていたストーン艦長は、新たに発見された緑色の光が現れた事によって、敵を全滅させる好機が
到来したかと、心中で思った。
「旗艦より通信。戦隊進路180度。」
「航海長!面舵一杯。進路180度!」
ストーン艦長は、聞き取った命令を、即座に航海長に伝える。
ミズーリの前方3000メートルには、ミシシッピーが舷側を向けて停止している。ここら辺で進路を変更しなければ、衝突する恐れがあった。
ミズーリが第3射を放った後、大きく右に回頭し始めた。程なくして、ウィスコンシンも後に続く。
「CICより。敵ゾンビ集団の先鋒は、トハスタ門前まで1キロを切った模様。」
「くそ、早いところ斉射に移らんとまずいかもしれんな。」
ストーンは、険しい顔つきを浮かべながらそう呟いた。
彼の内心には、援護が間に合わずにゾンビ集団が、市内に突入してしまうのではないか?という不安に満たされつつあった。
だが、すぐに彼の不安を払拭させるような報告が入って来た。
「艦長。変針完了しました。」
「回頭を終えたか。これで、全ての主砲が使えるな。」
ストーンは、硬くなっていた表情を和らげた。
ウィスコンシンが回頭を終えたお陰で、敵に指向出来る砲は6門から9門に増えた。
「観測機より報告。第3射は、少なくとも数発が敵ゾンビ集団に命中した模様。」
「了解。最初と比べて、精度が上がっているようだな。」
ストーンは頷きながら言葉を発した。
第4射が放たれた。第4射は、後部の第3砲塔からも砲弾が放たれており、ウィスコンシンは3発の17インチ砲弾を放った事になる。
「コンスティチューション、トライデントも回頭を終えました!」
「旗艦より信号。戦隊全艦停止!」
「了解。航海長!両舷機停止!」
「両舷機停止!アイアイサー!」
受話器越しに、航海長が復唱するのが聞こえてから、ガチャリと電話が切られた。
程なくして、前方のミズーリに習うようにウィスコンシンが更に減速し、ウィスコンシンに習うようにして、コンスティチューションと
トライデントも速力を落とし始めた。
「観測機より報告。第4射はゾンビ集団の付近に命中せり。効果甚大。」
「OK。砲術長!次より斉射だ!」
ストーンは、待ちに待った命令を、カルコフ砲術長に伝えた。
「了解です!」
カルコフは、弾けんばかりの声音でストーンに返した。
今や、進撃中のゾンビ集団には、ミズーリ、ウィスコンシンが持つ48口径17インチ砲18門、コンスティチューション、トライデントが
持つ55口径14インチ砲19門、計38門の主砲が指向され、斉射の時を待っていた。
やがて、待望の時がやって来た。
「艦長!射撃準備よし!」
カルコフ砲術長から報告が届けられ、ストーン艦長は、一呼吸置いてから命令を下す。
「よし、一斉撃ち方、始めぇ!」
ストーン艦長は、大音声で命じた。
ウィスコンシンが第1斉射を放つ前に、前方のミズーリが斉射弾を放った。
ミズーリの左舷側海面が、斉射の炎で赤く染められた時、ウィスコンシンも第1斉射を撃ち放った。
3連装3基9門の17インチ砲が次々と咆哮し、ウィスコンシンの艦体が、その猛烈な衝撃によってびりびりと震える。
17インチ砲の斉射は、トハスタ湾口一体に轟々と響き渡り、発砲炎が漆黒の闇を吹き飛ばす。
艦の左舷側は、強烈な閃光によって、一瞬ながらも、まるで真っ昼間のように明るく照らされた。
後続のコンスティチューション、トライデントも第1斉射を放つ。
17インチ砲に比べれば、14インチ砲の斉射音は、やや音量が小さいが、それでも高初速の14インチ砲弾9発を勢いよく弾き出し、
トハスタの湾口に猛々しい轟音を轟かせた。
ヘヴリウルは、主体の後を追うために、馬車に乗って森の中から出た。
そのまま、不死者軍団の本隊から1キロ後方まで迫った時、今までに聞いた事の無い猛烈な爆発が、やや離れた場所で起こった。
「!?」
ヘヴリウルは、その轟音を聞いた瞬間、思わず荷台に伏せてしまった。
仰天した御者が慌てて馬車を止めた。
「な、何だこの轟音は!?」
「わかりませんが、敵戦艦の流れ弾のようです!」
御者がヘヴリウルに報告する。御者である部下の顔は、恐怖で青く染まっていた。
「とにかく、本隊の後を追うのだ!」
「し、しかし。これ以上は危険です!本隊は、敵の集中攻撃を受けています!」
部下が、震えた口調でヘヴリウルに言う。そこに、またもや大口径砲弾が落下して来た。
大口径砲弾は、本隊の周囲で落下し、派手に土砂を噴き上げているが、心なしか、先の轟音よりも小さく聞こえた。
「あれほど、恐ろしげに思えた大口径砲弾の着弾音が、今となっては妙に小さく感じる……何かの錯覚か?」
ヘヴリウルは、首をかしげた。
そうこうしている間にも、謎の大口径砲弾の着弾は続く。
そして、ヘヴリウルは遂に、恐ろしい光景を目の当たりにする事になった。
更に、不審な大口径砲弾の着弾が3度続いた後、今までに聞いた事も無いような音が、上空に響き始めた。
「こ、この空を圧するような音は……」
ヘヴリウルが、その飛翔音に聞き耳を立てていると、連続した爆発音が大気を切り裂き、地震のような揺れが大地をしきりに揺さぶった。
「うぉ!これはかなりでかいぞ!」
彼は、揺れる車内で金切り声を上げた。
この大量の大口径砲弾落下から、不死者軍団に対する砲撃が格段に強化された。
ヘヴリウルは知らなかったが、アメリカ艦隊は、TG72.4の戦艦、巡洋艦、駆逐艦を交えて砲撃を行っていた。
元々砲撃を行っていた艦艇は、戦艦3隻に駆逐艦8隻、ロケット中型揚陸艦10隻のみであったが、これに、戦艦2隻、巡洋戦艦2隻、
重巡、軽巡2隻ずつ、駆逐艦4隻が加わった事で、飛来して来る砲弾の量は、これまでのよりも、実に2倍以上に増えた。
特に、ウィスコンシン、ミズーリが放つ17インチ砲弾は威力が凄まじく、着弾する度に、大量のゾンビが粉微塵に吹き飛ばされた。
コンスティチューション、トライデントは、2隻のアイオワ級戦艦よりも砲の威力は弱い物の、28秒置きに1斉射という投射弾量は侮れぬ物が
あり、ゾンビ集団は、28秒置きに18発の14インチ砲弾を食らい続けている。
これに加えて、重巡2隻、軽巡2隻も負けじと撃ちまくる。
特に、軽巡洋艦セント・ルイスとダラスの砲撃は凄まじく、6秒置きに放たれる急斉射は、着弾する度にゾンビ集団に被害を与えて行く。
威力は、戦艦砲と比べてかなり落ちる物の、それでも、次々と降り注いで行く6インチ砲弾の雨は、17インチ、14インチ砲の猛撃で
死に体のゾンビ集団をじわじわと痛めつけていた。
TG72.4が砲撃に加わってから、ゾンビ集団の数は急速に減少しつつあった。
ウィスコンシン、ミズーリの第3斉射弾が落下すると、死体や砲弾穴を乗り越えて、尚も市街地へ向けて走ろうとするゾンビの群れが、直撃を
受けて文字通り消し飛んでしまった。
あるゾンビの群れは、辛うじて戦艦砲の直撃は回避できたものの、続いて飛んで来た重巡、軽巡の猛射を浴びて大半が粉砕され、残ったゾンビも
手足を吹き飛ばされてのた打ち回り、比較的傷の浅いゾンビも、砲弾穴に嵌って前進速度を落とす。
そこに止めだとばかりに、TG73.5の戦艦群が放った斉射弾が落下する。
ミシシッピーから放たれた1発の14インチ砲弾は、何とか砲弾穴から這い出ようとしていたゾンビを直撃し、その後の爆発で粉砕した。
テキサス、ニューヨークが放った斉射弾は、陸上選手並みのスピードで疾走するゾンビ集団目掛けて殺到し、着弾した後、大音響を上げて炸裂する。
炸裂の瞬間、40体は居たゾンビ集団は、その過剰な暴力によって肉片に変えられ、文字通り昇天してしまった。
落下する砲弾は、次々とゾンビ集団を吹き飛ばし、動けるゾンビを10体単位。多くて100体単位で減らして行く。
TG72.4の戦艦群が斉射を開始してから僅か5分足らずで、ゾンビ集団の数は、6900体にまで激減していた。
「部隊長!聞こえますか!?」
唐突に、誰かがヘヴリウルに魔法通信を飛ばして来た。
「私だ。状況はどうだ!?」
「状況はもはや最悪です!市街地の前面には多数の砲弾穴があいており、不死者達はそれに足を取られて、思うように前進できません。
そこを、アメリカ軍の砲弾に次々と狙い撃ちにされています!もはや、市街地への突入は困難です!」
「何を言う!何としてでも突破するのだ!そこから市街地へはすぐに目と鼻の先だろうが!?」
「無茶です!このままでは、門前に辿り着く前に全滅です!ここは一旦退くべきで」
唐突に、相手との通信が途絶えた。
「ん!?おい!どうした!!」
ヘヴリウルは、相手と連絡を取ろうとするが、帰って来たのは、大口径砲弾が炸裂した音であった。
この時、御者の部下が、泡を食ったような表情を表しながら、ヘヴリウルに報告して来た。
「部隊長!トハスタ沖でたまたま哨戒に当たっていたベグゲギュスが、アメリカ軍の戦艦部隊がトハスタ沖に展開しているとの情報を
伝えてきました!更に、ベグゲギュスは、複数ある戦艦のうち、2隻はアイオワ級戦艦らしいとも伝えています!」
「アイオワ級戦艦……まさか!!」
ヘヴリウルは、部下からの報告を聞いてから、今までに聞いて来たアイオワ級戦艦に関する情報を思い出した。
アイオワ級戦艦とは、今年の6月に起きたモンメロ沖海戦で、海軍の新鋭戦艦を鎧袖一触で叩き潰したという事で知られている。
この新鋭戦艦の詳細は未だに判然としていないが、このレーフェイル戦線や、シホールアンル軍からの情報により、この戦艦が従来の艦砲よりも、
強力な主砲を積んでいるらしいと、マオンド側上層部はそう判断している。
つい最近でも、シホールアンル軍が、並みの爆撃でも十分に耐えられる軍需工場を、2隻のアイオワ級戦艦が艦砲射撃を行った事で工場が
壊滅状態に陥った、という情報が、ナルファトス教教会の上層部にも伝えられていた。
ヘヴリウルは、この一連の情報を聞いて、まさに化け物のような軍艦であると思っていたが、自分達には関係無いと思い、今までアイオワ級
戦艦の事など、綺麗さっぱり忘れていた。
だが、ヘヴリウルは、先程まで自慢にしていた45000もの不死者軍団を、このアイオワ級戦艦を始めとする米戦艦部隊によって、
文字通り粉砕されつつあった。
「なんたる事だ……我らを砲撃している敵が、あのアメリカの戦艦部隊……それも、アイオワ級をも含む打撃艦隊だったとは……」
ヘヴリウルは、そこまで呟いてから、不意に自分の体が震えている事に気が付いた。
彼は、意識して体の震えを抑えようとする。
だが、震えは止まるどころか、どんどん大きくなって行く。不意に、大口径砲弾が炸裂する轟音が聞こえ、乗っていた馬車が大きく揺れ動いた。
それがきっかけとなったのか、彼の中で何かが壊れた。
「ひっ、ひいいいい!!!」
「なっ…部隊長!どうなされましたか!!」
ヘヴリウルが、いきなり悲鳴を上げた事に仰天した御者が、慌てた口調で聞いて来る。
ヘヴリウルは、御者に顔を向けるが、その表情は恐怖で引きつり、目は大きく見開かれていた。
「に、に、に、逃げるのだ!早く、早くここから逃げろ!!!!」
「逃げるのでありますか!?」
「そうだ!早く、ここから脱出するのだ!!生き残りの不死者共にも逃げるように命令を下せ!!」
「わ、わかりました!」
部下の御者は、慌てて本隊に付いて行ったネクロマンサーに連絡を取る。
生き残っているかどうかも分からない状態であったが、辛うじて反応はあり、やがて、不死者の群れはトハスタ市街地を背に、
戦線を離脱し始めた。
「部隊長!不死者達は脱出を開始しました!」
「早く、私達もここから逃れるのだ!!あの、恐ろしい化け物共が!アイオワ級という名の化け物が私達を食らい尽くそうとしている!
急げ!!急ぐのだぁ!!!」
ヘヴリウルは、絶叫めいた口調で命令する。
もはや、彼は半狂乱になっていた。
馬車は、発狂状態に陥った指揮官を乗せて、全速で森に向かい始めた。
後退に移る不死者達の群れに、米戦艦部隊は情け容赦の無い砲撃を加えていく。
ウィスコンシン、ミズーリ以下の戦艦部隊が猛射を加える中、ロケット弾の再装填を終えたLSMRが、再びロケット弾の発射を開始する。
ヘヴリウルは、不死者の群れに、上空から無数の火の粉のような物が降り注ぎ、次々と爆発光が灯るのを、絶望的な心境で見入っていた。
「こんな……こんな筈では!!全ては完璧に行く筈だったのに……こんな、こんな馬鹿な事が!?」
彼は、泣き叫びながら喚いた。
敬虔なるナルファトス教徒であったヘヴリウルは、今では発狂した、哀れな人でしかなかった。
恐怖で体を震わせ、股間を排泄物で濡らした哀れな男は、ふと、上空に何かの飛翔音が響いている事に気が付いた。
「………」
ヘヴリウルは、絶句しながら音の方向に顔を上げた。
彼の眼前に、白熱した17インチ砲弾が現れたのは、その時であった。
戦艦ウィスコンシンが放った第12斉射は、後退し始めたゾンビ軍団の、やや後方に落下して大爆発を起こした。
「第12斉射着弾。着弾地点は目標より800メートル東。」
「ううむ。いきなり精度が落ちたな。」
ストーン艦長は、観測機からの報告を聞いて、顔をしかめた。
「もう少し着弾位置をずらさんといけないな。」
ストーン艦長はそう呟きながらも、内心では、今の状況を喜んでいた。
TG72.4司令部から、敵ゾンビ軍団後退開始、敵撃滅に向けて砲撃を続行せよとの命令が入ったのは、今から2分前の事である。
それまで、ストーン艦長は、祈る思いでゾンビ軍団の阻止を願っていたが、敵も去る者で、損害に構わず前進を続けていた。
だが、戦神はストーン艦長を始めとする米艦の艦長達の願いを聞き入れたのか、突如、ゾンビ軍団は反転を始めた。
観測機からの報告では、反転を始めたゾンビ軍団の数は激減していたという。
(恐らく、敵の指揮官は、現状では突破は不可能と判断して後退を命じたのかもしれん)
ストーン艦長は、内心そう思った。
「一時期はどうなるかと思った。敵のゾンビが門前まで500メートルに迫ったと聞いた時は鳥肌が立った物だが、何とか勝負には勝てたな。」
「戦艦とゾンビの大群の勝負は、戦艦に軍配が上がった、という事になりますね。」
側で話を聞いていた副長が、満足気な口調で言う。
「ああ。時代の主役は航空機に移ったが、戦艦はまだ、海戦の主役になれる時がある。その戦艦が、下卑た真似で作られたゾンビの集団
ごときに負ける道理は無い。今回の戦いは、その事を如実に表した事になるな。」
ストーン艦長も、まんざらでない様子で副長に返した。
彼は、先の第12斉射が、この騒ぎの張本人を粉砕した事実を知る事も無いまま、第13斉射の咆哮を見守った。
艦砲射撃は、その後も延々と続けられた。
砲撃範囲は門前のマーカーと、リィクスタ付近に現れた緑のマーカーの間に定められ、米艦隊は、1人のゾンビも逃さぬとばかりに、
砲撃を続行した。
艦砲射撃は、ゾンビ軍団が文字通り全滅した後も続けられ、最後の砲声が鳴ったのは、それから4時間後の事であった。
この間に消費された各種砲弾は、実に48000発にも及び、ゾンビ軍団は、鉄の嵐によって、本物の死者へと浄化されたのであった。
1484年(1944年)11月18日 午後7時20分 トハスタ市東方7キロ地点
ガーイル・ヘヴリウルを始めとする、ナルファトス教特殊執行部隊所属のネクロマンサー達は、トハスタ市の東方7キロ地点に
ある森林地帯で待機状態にあった。
「ヘヴリウル殿。もはや完全に日は落ちました。そろそろ、執行活動を再開しても良いのでは?」
ヘヴリウルの隣で佇んでいた、セカニグ・リョバスが声を掛けて来る。
「ふむ。リョバス殿の言う通りだな。こう暗くては、流石のアメリカ軍機もまともに動けまい。」
彼はそう言いつつも、頭の中では夕方前に起きた空襲の事を思い出している。
ヘヴリウルは、他のネクロマンサーと共にリィクスタを警備していた軍部隊や都市警備隊を追い出した後、リルマシクと
シィムスナを制圧した味方と合流した。
特殊執行部隊は、午後3時までに3都市を完全に制圧し、実に45000もの手駒を手に入れる事に成功した。
ヘヴリウルは、事前の打ち合わせで、3都市の制圧が完了した後にはトハスタ不死者軍団の指導者となる事が決まっており、
彼はこの時点で、一小隊長から、この地方にいる全てのネクロマンサーと、不死者を束ねる指揮官となった。
何故、ヘヴリウルがトハスタ襲撃を任された、執行部隊の長に収まったのか。
元々、ヘヴリウルは特殊執行部隊の中で、No3の地位である主任長の地位に付いている。
特殊執行部隊は、大きく3つに分けられている。1つは格闘戦部門、2つめは諜報戦部門、3つめは魔道戦部門である。
特殊執行部隊の隊員は、誰もが魔法の扱い方等に精通していなければならないが、その中でも、個々の能力に秀でた者は、
それに会った部門に回される。
自決したフィリネは格闘戦部門の所属であり、ヘヴリウルは魔道戦部門の出身である。
その3つの部門を束ねるのが、主任長である。
主任長の上にはNo2の統括長、No1の総指揮官とあり、ヘヴリウルは、教団から叩き上げで、この主任長という地位に納まっている。
彼は、元々現場中心で活躍していた事もあってか、常に現場に出る事を是としていた。
彼が、わざわざ1部隊の小隊長となったのも、現場の成果を確認すると同時に、自分も精一杯働きたいという信念があったからである。
位は高くなれども、現場第一主義として知られるヘヴリウルは、部下のみならず、上司からも活動的な信者の1人として、高い評価を得ていた。
その彼が、400人以上のネクロマンサーと、45000もの不死者軍団を率いるのは当然と言えた。
ヘヴリウルは、午後4時までにはこの不死者軍団の集結を終えさせており、最後の仕上げにかかった。
しかし、その時になって、アメリカ軍機の編隊が現れた。
敵編隊は、森の中から出て来た不死者達を見つけるや、猛攻撃を加えて、不死者達を次々と爆弾で吹き飛ばすか、あるいは機銃掃射
で薙ぎ倒した。
ヘヴリウルは、慌てて前進していた不死者達を森の中に戻したが、米軍機の空襲は執拗であり、約20分間に渡って、好き放題に暴れまくった。
この銃爆撃で実に200体もの駒が失われた他、ネクロマンサー5人が戦死した。
ヘヴリウルは、敵機が現れた方角が西……海からである事に気が付き、近くにアメリカ軍の空母が居るであろうと確信した。
そのため、彼は日が完全に落ちるまで行動を控える事を決め、今までずっと、森の中で待機を続けて来た。
「我らに歯向かう敵は、せいぜい小癪な邪軍ぐらいだ。部隊の規模は、リィクスタ等の諸都市に比べて大きいかもしれん。もしかしたら、
野砲を町の中に布陣させて狙っているかもしれぬな。だが、それも無駄なあがきにすぎん。」
ヘヴリウルは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「我らには、4万以上の手駒がある。それも、この手駒はある事のみならず、人並みに走る事も出来る。いや、足の遅い者と
比べれば、まだこの手駒のほうが早い方だ。これらをまとめて叩きつければ、トハスタ市の城門を突破する事も容易き事だ。」
「それに加えて、我々はキメラを召喚できますからな。先の諸都市攻撃時に行ったように、不死者とキメラを連携させれば、
トハスタ市にいる10万も、たちどころに不死者へとなり遂げるでしょう。」
「ふむ、君の言う通りだ。ひとまず、トハスタの制圧はこれで決まったも同然だが……問題は、ジクス方面だな。」
ヘヴリウルは、途端に浮かべていた笑みを消した。
「ジクスを守っていた軍は、罰当たりな事に、アメリカ軍に泣き付きおった。そのせいで、奴らはアメリカ軍と共同して、
我らの仲間と、その手駒を丸ごとジクスの市街地に閉じ込めおった。」
「話は既に聞きましたが、誠に許しがたいですな。」
「うむ。実に許しがたい!」
ヘヴリウルは怒りに顔を赤くしながら、リョバスに言う。
「とはいえ、機動力、火力共に優れているアメリカ人共がジクスにまで到達した以上、ジクス以北の制圧は困難になったと
言わざるを得ない。ここはせめて、奴らが来る前に、南部の住民80万だけでも不死者化し、奴らの足止めを行わねばならん。」
ヘヴリウルは、トハスタ市のある方角に指をさした。
「そのためにも、トハスタの制圧は迅速かつ、確実に行う事だ。リョバス殿、君の小隊の活躍を期待しておるぞ。」
「はっ。ご期待に添えるよう、微力を尽くします。ヘヴリウル殿。我々が率いる隊は、予定通り迂回ルートを辿る手筈に
なっておりますが、それでよろしいですね?」
「構わん。私としては、そのような小細工は必要ないと思っておるが……ここは念のためだ。君達は、市街地の北東側入り口から
中へ突入してくれ。正面は、残りの部隊で引き受けよう。」
「わかりました。」
リョバスは微笑みながらヘヴリウルに頭を下げ、自分が率いる部隊へ戻って行った。
「くくくく。さて、トハスタ市の愚民共よ。我らナルファトスの、神聖なる執行を受けるが良い。」
ヘヴリウルは、歪んだ笑みを浮かべながらそう言うと、右手を上げた。
「全部隊の諸君!これより、トハスタ市への執行活動を開始する!かかれぇ!!」
彼はそう命じながら、右手を勢いよく振り下ろした。
ヘヴリウルの命令が下るや、森の中に居た40000もの不死者達が、一斉に行動を開始した。
不死者達は、最初はゆっくりと移動して行く。
森の中から無数の不死者が現れる。それらの姿は、丁度良く降り注ぐ、2つの月の光によって照らし出されている。
元は人間であった不死者達は、土気色に変色し、傷付いた体を、泥酔患者のように揺さぶりながら前進していく。
不死者の口からは、不気味なうめき声が発せられている。
それが40000以上ある口から発せられているため、トハスタ市前面の平野部には、地鳴りのようなうめき声が響き始めた。
ヘヴリウルは、最初は不死者達を走らせず、しばらくは歩かせようと考えていたため、不死者の軍団は、森から出ても歩き続けている。
「フフフ。今頃は、トハスタ市内に引き籠っている邪軍の魔道士達が、この森の中から出て来た不死者の軍団を見ているだろう。
そして、偵察に出ていた奴らは、大慌てで市内の司令部に通報しているに違いない。」
ヘヴリウルは、単調な声音で呟く。
本来、不死者の軍団をゆっくり歩かせる事は、敵に纏めて殲滅される恐れがあるのでは?という意見が、他の小隊の指揮官からあった。
しかし、ヘヴリウルは、この不死者の軍団が殲滅されるような事は無いと確信している。
「確か、市内には野砲が置かれていたと言われているが、数はせいぜい30門ほどと聞いている。30門となれば、相当の制圧力を
発揮するだろうが、それだけでは、この大群を止める事は出来ん。せいぜい、私達の手駒が、一時的に減るだけだ。市内に突入出来れば、
もはや勝利は決まったも同然だ。」
彼は、酷薄な笑みを浮かべた。
「ジクスと違って、トハスタは“孤立無援”。いくら抵抗しても、所詮、無駄なあがきだ。私はこうして、命令を出しながら、
執行活動が終わるのを待てばよい。」
ヘヴリウルはそう言ってから、愉快そうに笑った。
その時、彼は、上空で飛空挺独特の発動機音が聞こえる事に気が付いた。
「……ん?これは、飛空挺の音か。空襲にしては、音が小さい。もしかして、この騒ぎを聞き付けたアメリカ人共が、野次馬と
ばかりに偵察機を飛ばしたのか?」
彼は、上空の発動機音に驚く事無く、そのまま、不死者達の出陣を見送り続けた。
ヘヴリウルは、暇つぶしに未来の自分がどうなっているかを予想し始めた。
上空に、照明弾の光が現れたのはその直後の事であった。
同日 午後7時30分 トハスタ沖西方2マイル地点
第73任務部隊第5任務群の司令官であるフランツ・ウェイラー少将は、旗艦ミシシッピーの艦内にあるCICで、上陸した
マクラスキー中佐と連絡を取り合っていた。
「司令!ついに連中が動き始めたようです!こちら側の魔道士からの報告では、森の中から多数の魔法反応を捉えたとの事!」
「魔法反応とは、例のゾンビとやらが放つ黒魔術とかいう奴だな。OK、至急、観測機に命令を伝える。そちらのマーカーと、
目標を確認後に艦砲射撃を行う。」
「わかりました。」
受話器の向こうのマクラスキーは、素っ気なく返してから無線を切った。
「参謀長。至急、観測機に連絡しろ。行動開始だ!」
「アイアイサー。」
ウェイラーは、参謀長から目線を離し、対勢表示板に視線を向ける。
対勢表示板には、レーダーで映し出された味方艦の位置や、トハスタ沿岸の地形、そして、トハスタ市東側にある赤い斜線が描かれている。
ウェイラーは、トハスタ市からは正反対の個所……西方海面の方に目を向ける。
表示板の中心にある乗艦ミシシッピーから西に20マイルの位置には、TG72.4と書かれた青い船型のマークがいる。
「TG72.4が所定の位置に付くまでは、敵さんに大人しくしてもらいたかったのだが。」
ウェイラーは、やや失望しながら呟いた。
現在、TG73.5は、ミシシッピー、テキサス、ニューヨークの3戦艦が主力であるが、その他には24隻の護衛艦、並びに
支援艦しかおらず、重巡や軽巡は1隻も伴っていない。
ウェイラーは当初、この戦力だけでやるしかないと腹を決めていたが、第7艦隊司令部はウェイラー部隊の増援として、
新鋭戦艦であるウィスコンシンとミズーリを始めとする強力な砲戦部隊を寄越してくれた。
だが、距離の都合上、機動部隊から分派したTG72.4が戦場に到着するのは、TG73.5が到着した後になるため、
ウェイラーとしては、せめて、TG72.4が揃うまでは、そのままゾンビ軍団が森の中に引き籠ってくれた方が……と考えていた。
そうすれば、アイオワ級戦艦、アラスカ級巡戦各2隻に、重巡、軽巡を含む艦隊と一緒に敵を攻撃でき、最悪の事態を回避できる確率も
飛躍的に高まる筈であった。
しかし、現実はそう甘くは無く、敵のゾンビ軍団は、TG72.4が来ないのを見計らったかのように、一斉に行動を開始したのである。
「仕方ない、ここは、俺達だけで全滅させるつもりで、敵を叩くぞ。」
ウェイラーは、自分に言い聞かせるような口調で呟いたあと、マイクを握った。
「全艦、射撃用意!目標、トハスタ市に向かうゾンビ集団!」
ウェイラーは、TG73.5の全艦に命じる。TG73.5は、7時10分にトハスタ港に到着した後、港から1マイル沿岸に駆逐艦8隻を
展開させ、その後方1マイルにミシシッピー以下の戦艦部隊を布陣させている。
残りの駆逐艦6隻は、ベグゲギュスの襲撃に備え、戦艦部隊の西側の海域を警戒している。
砲撃役に選ばれた艦は、一部の艦以外は全艦が舷側を陸地に向けて停止しており、いつでも最大火力を叩きつけられるように準備が施されていた。
「司令!観測機より通信です!我、照明弾を投下、森林地帯より現れたゾンビ集団を確認せりであります!あっ、続いて続報が入りました。
トハスタ市西側で緑のマーカーを確認せり!」
「ようし、準備は整ったな。」
ウェイラーは、全ての準備が整った事を確認した。
それからしばらくして、各艦から射撃準備完了の報告が届けられた。
「全艦に告ぐ。これより、敵ゾンビ集団を砲撃する。撃ち方始め!!」
ウェイラーの命令が下るや否や、ミシシッピーの主砲が咆哮する轟音と振動が、CICの内部に伝わって来た。
「なっ、なんだあれは?」
ヘヴリウルは、突然、目の前に現れた4つの照明弾を前にして、一瞬、呆然となった。
4つの照明弾は、上空に飛来している飛空挺が投下したようだ。
そこまでは分かっているのだが、何故、照明弾を落としたのかが理解できなかった。
「……そうか。奴らは今、偵察しているのだな。このままでは見え難いから、照明弾を投下して視界を広げたのか。
最も、油断は出来ないが。」
彼は昼頃に、小隊のメンバーと共にリィクスタ市街地を見回っている時に、アメリカ軍の偵察機に発見され、機銃掃射を受けた。
幸いにも、ヘヴリウル達に死傷者は出なかったが、その時は思わず、死を覚悟した程の恐怖感を植え付けられ、アメリカ軍偵察機が
去っても1時間ほどは、しきりに空を警戒していた。
昼間の恐怖体験を思い出し、内心不安に駆られながらも、ヘヴリウルは不死者達の出陣を見守り続けた。
「部隊長。前方やや遠くに魔法反応あり。どうやら光源魔法のようです。」
唐突に、不死者と共に前進していた魔道士から、魔法通信が入って来た。
「光源魔法だと?」
ヘヴリウルは、すかさず聞き返す。
「はい。見えるだけでも、5つほどの光源魔法が見えます。色は緑ですな。」
「その他にも光源魔法は見えるか?」
「はっ、北側にもいくつか見えますが、正確にはわかりません。」
「……トハスタ市に立て籠もっている邪教徒共の仕業かもしれん。十分に警戒しろ。」
ヘヴリウルは、魔道士にそう命じた。
直後、上空に何かの音が響いて来るのが聞こえ始めた。
「む?何だこの音は!?」
彼がそう叫んだ直後、前方で無数の爆発が起きた。
小さな爆発が連続して起こったと思いきや、突然、一瞬前の爆発とは比較ならぬ大爆発が、不死者の群れの中で起きた。
大音響と共に幾つ物大爆発が湧きおこり、大量の土砂が夜空目掛けて噴き上がった。
「!?」
ヘヴリウルは、この謎の大爆発を目の前にして、ただただ驚くしかなかった。
「部隊長!敵の砲撃です!」
「あ、ああ!こっちでも確認した!これはトハスタ市街地の野砲から発せられている物か!?」
「いえ……野砲にして、威力が大きすぎます!とくに、後から起きた爆発は」
相手が言葉を伝え終わる前に、新たな砲弾が落下して来た。
幾つもの砲弾が、不死者の群れの中で炸裂し、あっという間に10人以上の不死者が吹き飛ばされた。
「むむ……また敵の砲撃か。」
ヘヴリウルは、顔をしかめがらそう呟く。
「部隊長!トハスタ市街地で発砲炎らしき閃光を確認しました!明らかに野砲の砲撃です。」
「やはり、中の邪軍共は野砲を撃ち込んで来たか。なかなかの敢闘精神だ。」
ヘヴリウルは、単調な口ぶりで言う。
その直後、新たな砲弾の飛翔音が響き、またもや前進中の不死者の群れや、何も無い平野部に砲弾が落下する。
それから少し間を置いて、先の物とは比べ物にならぬほどの飛翔音が鳴り響き、それが極大に達したと思いきや、大音響が鳴り響いた。
大地が揺れ動き、周囲の木々が、その轟音と震動に怯えるかのように、ギシギシと音を立てながら揺れた。
「ど、どういう事だ!?この砲撃だけ、やたらに威力がでかいぞ!」
ヘヴリウルは、思わず動揺してしまった。
この時、彼の頭の中に、ある疑念が湧き起こった。
(これは、本当にトハスタ市内の野砲の仕業か?それにしては、飛んで来る砲弾の数が多い……まさか、トハスタには大量の
野砲が隠されているのか!?)
彼は、心中でそう思うが、この時点ではまだ、トハスタ市以外に敵勢力が展開している事に気が付かなかった。
砲撃は更に続けられる。同じようなパターンが2階続いた後、しばし砲撃の間が開いた。
「ヘヴリウル殿!先発した部隊は被害甚大です!」
迂回路に進んでいたリョバスが、慌てた様子で魔法通信を送って来た。
「なに?被害甚大だと!?どれほどやられたのだ!?」
「正確には分かりませんが、先発していた500体の不死者は完全に消え失せたようです。」
「500体の不死者が消えただと!?たった5分足らずで!?」
ヘヴリウルは信じられなかった。
一応、彼としても、敵からの砲撃によって生じる被害は、決して少なくないだろうと予想していた。
だが、たった5分で500体の手駒が失われるとは、予想していなかった。
「被害は、先発部隊のみならず、後続にも及んでいるようですから、失われた手駒は500体以上に上るでしょう。」
「何たる事だ。どうして、敵はこんなにも強大な火力を」
言葉を言い終える暇すら与えられず、更なる砲弾が不死者の群れに襲いかかった。
飛んで来た砲弾は、先程の強烈な威力を持つ物と同じ物で、しかも、今回は数が多かった。
巨大な噴煙が南北に渡って立ちあがり、炸裂に巻き込まれた不死者やキメラは、いっしょくたに粉砕され、大量の土砂と共に
空へ噴き上げられた。
「なっ!?」
目の前で起きた、無数とも言える大爆発に、ヘヴリウルは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「ヘヴリウル殿!海上に発砲炎らしき物が見えます!」
「海上に発砲炎だと……?」
ヘヴリウルは、リョバスから聞いたその言葉に首を捻る。
その時、彼はある言葉を思い出した。
『どうやら、アメリカ軍はコルザミ沖に大艦隊を接近させているようだ』
本部から送られて来た魔法通信には、たしかにそう記されていた。
(もしや……その海上の発砲炎とやらは……!?)
その瞬間、ヘヴリウルは確信しかけたが、同時にそれはあり得ないとも思った。
(いや、まさかあり得ぬ!トハスタは、一応は我らマオンドの領土だ。この神聖なるマオンドの沿岸部にアメリカ艦隊が近寄り、
“わざわざ敵を援護”する筈が無い!)
ヘヴリウルは、心中でそう決め付けようとする。だが、それでは今起きている状況が説明できなくなる。
(なのに何故?何故アメリカ人共は、自らの敵を援護しておるのだ!?)
ヘヴリウルは、苦悶に顔を歪め、頭を掻き毟った。
こうしている間にも、砲弾の飛翔は続く。
不死者軍団は、市内からの砲撃と、沖合のアメリカ艦隊と思しき敵に一方的に攻撃を受けている。
被害は既に1000体以上に及び、ネクロマンサーの死者も30人に上った。
ヘヴリウルが思考に費やせる時間は、全くと言っていいほど無かった。
「ええい!不死者の軍団を走らせるのだ!ここを突破して、トハスタ市内に殴り込め!!」
ヘヴリウルは、半ば感情敵になりながら、部下の魔道士達に命令を飛ばした。
命令が下ってから間を置かずに、前進していた不死者達の足が速まる。
最初はのそのそと歩いていた不死者達が、いきなり走り出し、トハスタ市に向けて突進を始めた。
砲撃で数を減らしているとはいえ、それでも40000以上もの不死者の軍団が平野を駆け抜ける様は、地獄の亡者が獲物に
飛び付く様を思わせた。
だが、敵の砲撃は、それがどうしたと言わんばかりに続けられる。
走りぬけようとする不死者の群れに、無数の小口径砲弾が落下し、次々とその体を粉砕し、あるいは宙高く吹き飛ばす。
その直後に飛んで来た大口径砲弾は、先に着弾した小口径砲弾とは比べ物にならぬ破壊力を周囲に撒き散らす。
音速を超えて飛来した大口径砲弾は、地面に着弾するまでに、幾人かの不死者を巻き込み、瞬時に肉塊に変える。
その直後、弾頭部分が地面に接触して、信管が作動する。
砲弾が炸裂するや、半径20メートル以内の不死者達は例外なく粉砕され、地面には大穴が開き、10体単位で吹き飛ばされた
不死者の肉片が、大量の土砂と共に夜空目掛けて吹き上がった。
砲弾の炸裂にも関わらず、不死者達はお構いなしに突っ込んでいくが、不死者の中には、大口径砲弾の炸裂で開いた穴に落ち、
穴の中を転げ回る物も居た。
大口径砲弾の着弾の後に、雨のような小口径砲弾の弾着が連続して続く。
沖合のアメリカ艦隊は、全艦が砲撃しているのであろう、降り注いで来る砲弾の量がかなり多い。
それに加えて、トハスタ市内からもひっきりなしに野砲弾が飛んでくるため、トハスタ市前面は、砲弾の炸裂によって徐々に耕されつつあった。
不死者の軍団は、その後も10分程に渡って、砲撃に痛めつけられた。
しかし、徒歩から走りに変えた不死者軍団は、艦砲射撃によって著しく数を減らしながらも、トハスタ市門前まであと4キロの所まで迫っていた。
「ヘヴリウル殿!どうやら、敵は正面に気を取られているせいで、側面には視線が言っていないようです!」
「そうか!予定通り突入できそうか!?」
「はっ!これなら大丈夫です!では、中で会いましょう!」
リョバスの率いていた1000体の別動隊は、本体よりも一足先に前進し、艦砲射撃の損害を受けながらも着実に北門へ向かいつつあった。
「思った通りだ。敵の奴らは、正面の本隊を追い返そうと躍起になっている。しかし、それでは流石に甘いぞ。」
リョバスは、敵を嘲笑しながら、今やあと1キロ程に迫った北側門を見つめる。
今頃は、北側門に張り付いていた敵の見張りが、こちらを発見している頃であろう。
だが、走り寄る不死者の群れの前には、今から対処を行っても手遅れだ。
城門は、護衛役のキメラが破壊する手筈になっている。それが成功すれば、あとは市内で暴れて、こちらの味方を増やすだけである。
リョバスは、自分は砲撃を食らわないようにするため、馬の速度を落とさせた。
ふと、城門から400メートル程前に、紫色の光源魔法が5つほど現れた。
「ん?あれは何だ?」
リョバスは、不意に、目の前に現れた印のような光源魔法を不審な目付きで見る。
彼は、その光源魔法が、敵側が発した新たな合図であるという事に気が付けなかった。
修羅場のリィクスタ市街地から命からがら脱出し、浜辺の避難所まで避難して来たコルモ・フィギムは、アメリカ軍艦と思しき艦隊が、
沖合で艦砲射撃を行っている様子を、最初からずっと見つめ続けていた。
「これはまた……とんでもない光景だな。」
フィギムは、一緒に脱出した部下の医師に向けて言う。
「流石に、10隻以上の軍艦から猛烈に撃たれまくっては、あの不死者達もたまらないだろう。」
「そうですな、先生。それにしても……」
部下の医師は、左斜めの方向。海岸から100メートルほど沖合に停泊している複数の艦艇を指差した。
「あそこで固まっている変てこな船は、沖の軍艦が発砲しているのに、全く砲撃をしようとしていませんよ。」
「ふむ。そうだなぁ……というか、備砲らしき物が、後ろに1つ付いているだけで、後は魔道銃のような武器以外、武装らしい物は
見受けられんな。」
フィギムも、貧弱な武装しか持たない、幾らか平べったい船を見ながら部下に言う。
「やはり、万が一の場合に備えての救出船ではないでしょうか?」
「そう言われれば、納得いくが……しかし、ここには10万人以上がいるんだぞ?それなのに、ここにはさして大きそうもない船を、
たった10隻しか置いていないというのは。」
「ええ。10隻じゃ、少なすぎますね。」
「もしかして、アメリカ軍は慌てて、このトハスタ港に向かったため、満足に数を揃える事が出来なかったのかもしれん。」
フィギムは、確信したように言う。
「となると、もし、アメリカ艦隊や、トハスタ市内の野砲の砲撃が効果を発揮しなかったら……」
部下は、声を震わせながら喋る。
リィクスタの地獄絵図をまざまざと見せつけられた彼らは、今でも不死者達が雪崩れ込んでくるのではないかと、不安になっている。
リィクスタは、まさに地獄であった。
普段は仲が良い知り合い同士が、方や不死者となり、もう片方がその不死者に、泣き叫びながら体を食われて行く。
逃げようとしていた住民の集団が、突然襲いかかって来た何十という不死者の群れに囲まれ、絶叫を発しながら餌食となっていく。
ようやく登場した軍部隊や、都市警備隊の将兵も、不死者を支援するキメラに襲われ、その挙句には狩ろうとしていた不死者に
止めを刺され、気が付いた時には少なからぬ数の兵士が、共に不死者となって仲間に襲い掛かって行く。
この衝撃的な光景を目の当たりにし、発狂した住民も少なくは無い。
フィギム達は、不死者達に包囲されていた所を、偶然にも軍に保護され、比較的早い段階でリィクスタから脱出できた。
彼らが生き残れたのは、まさに奇跡に等しかった。
(あの悪夢を、私はもう、見たくないのだが……)
フィギムは、心の底からそう願っていた。
その時、部下の医師が指差していた、貧弱な武装しか持たない救出船の甲板から、突然、炎が上がった。
「!?」
フィギムは、突然燃え上がった救出船と思しき艦を見て、度肝を抜かれた。
「船が爆発した!?」
部下の医師も、船に起きた異変を目の当たりにし、仰天していた。
彼らのみならず、海岸に集まっていた住民達が、突如、炎を吹き上げた軍艦に驚いていた。
彼らはその後、自分達の認識が誤りであったと認める事になる。
軍艦から噴き上がった炎は、猛スピードで上空に吹き上げられ、軌跡を描いて町の北西側方向に向けて飛んで行った。
その数は尋常ではなかった。
LSMR-192の艦長を務めるクリス・マクドガル少佐は、通信員から報告を受け取った。
「艦長!旗艦より通信です!敵ゾンビ軍団の別動隊が、町の北西側より接近しつつあり!」
「案の定、敵は手薄の所を付いて来たか。」
マクドガル艦長はニヤリと笑うと、砲術長に命じた。
「砲術長!ロケット弾を放て!」
「アイアイサー!」
砲術長は快活良く応じると、部下に甲板に敷かれているロケット弾を発射せよと命じた。
その直後、艦橋の前と左右側方、後ろに敷かれているレールから、ロケット弾が轟音を発しながら勢い良く発射された。
LSMR-192は、今年の3月から竣工し始めたロケット弾発射型中型揚陸艦の中の1隻である。
この型のロケット中型揚陸艦は、最初に竣工したLSMR-188をもじって、188級と呼ばれている。
188級は、全長62メートル、幅10メートル、基準排水量980トンという小柄な艦であり、速力も13ノットと低めである。
武装は艦後部にある5インチ単装両用砲が1門と、対空火器として40ミリ機銃2丁と20ミリ機銃3丁を用意している。
これだけならば、188級は貧弱な哨戒艦程度にしか思われないが、この艦の特徴は、何よりも、甲板上に積んだ多数のロケット弾発射機にある。
188級は、4連装ロケット弾発射機を75基、6連装ロケット弾発射機を30基有しており、一度の射撃で、実に480発もの5インチ
ロケット弾を放つ事が出来る。
この他にも、舷側発射用に85基のロケット弾発射機を有しており、前方のみならず、舷側からもロケット弾を放つ事が出来る。
LSMRの実戦初参加は、6月のモンメロ上陸作戦に起きた事前砲撃であり、この時は、3月初旬から続々と竣工した20隻のLSMRが、
猛烈なロケット弾攻撃を上陸地点一帯に浴びせている。
LSMRは、ロケット弾を次々に放って行く。
海岸付近に避難した住民達は、LSMRが放つ無数のロケット弾を、まるで記念祭のイルミネーションを見るかのような表情で見つめていた。
今回、ロケット弾を放ったLSMRは計10隻。放たれたロケット弾は、実に4800発にも及んだ。
それぞれのLSMRは、20秒ほどかけてロケット弾を撃ち尽くし、その後は白煙を引きながら鳴りを潜めた。
10隻のLSMRが放った、4800発ものロケット弾は、時間差を置いて、リョバスの別動隊目掛けて落下し始めた。
最初のロケット弾は、リョバスが率いるゾンビ軍団のすぐ側で落下した。
5インチロケット弾が炸裂し、破片と土砂が、3体のゾンビを引き裂いた。
突然の轟音に、リョバス達は驚く暇も無く、次々と落下するロケット弾の雨嵐に覆われて行った。
最初に飛来して来た集束弾でリョバスはあっけなく戦死し、残りの砲弾も、少なからぬ数のゾンビやネクロマンサーを吹き飛ばした。
最初のLSMRが放ったロケット弾480発が全て着弾してから3秒が経った時、新たなロケット弾が降り注いで来た。
リョバスの率いていたゾンビ達は、ほぼ密集する形で進撃を続けていた。
そのため、彼らは、ロケット弾の火網に完全に捉えられ、着弾の瞬間、新たに多数のゾンビが吹き飛ばされた。
ロケット弾の炸裂は、ゾンビの四肢を吹き飛ばし、何十というゾンビが手足を失って転げ回る。
ゾンビを操っていたネクロマンサーや、キメラもロケット弾の洗礼を受け、体を容赦なく打ち砕かれて行く。
足を失い、呻きを上げながら這い回るゾンビに、情け容赦の無いロケット弾攻撃が続けられる。
5インチロケット弾の直撃を食らったキメラが、体その物を粉砕され、破片が周囲のゾンビに飛び散り、頭や手足を根こそぎ吹き飛ばして行く。
ロケット弾の集束弾が落下して行くたびに、ゾンビとネクロマンサーは大きく数を減らして行き、6隻目のLSMRが放ったロケット弾が
弾着する頃には、1000体近く居たゾンビや、護衛のネクロマンサー、キメラは、文字通り全滅してしまった。
だが、目標が全滅した後も、ロケット弾の雨嵐が止む事は無く、最終的に4800発のロケット弾が着弾するまで、別動隊は死体になってすらも、
手酷く叩かれ続けたのであった。
艦砲射撃の効果は絶大であり、この時点で、ゾンビは着実に数を減らしつつあった。
しかし、45000ものゾンビ軍団を食い止めるには、やはり限度があった。
ウェイラーは、ミシシッピーのCIC内部で、艦が第20斉射を放つ振動を感じながら対勢表示板を見つめ続けていた。
「司令。ゾンビ軍団は甚大な損害を被りつつも、先鋒は遂に、市街地から1マイルまで接近しました。」
「くそ、やはり、戦艦3隻、駆逐艦、支援艦18隻の艦砲射撃では不十分だったか。」
ウェイラーは、無意識の内に舌打ちする。
ゾンビ軍団に対する攻撃は、確かに効果があったが、敵の勢力は余りにも強大であり、マクラスキー中佐からの報告では、敵はようやく
半数程度に減ったと言われている。
「このままでは、敵に市内への突入を許してしまう。早くTG72.4が来てくれなければ、海岸沿いに避難した住民達が危ない。」
ウェイラーは、焦りを感じさせる口調でそう言い放つ。
そこに、新たな報せが入る。
「司令!マクラスキー中佐より続報です!トハスタ市内に布陣せる砲兵隊は、砲弾を全て撃ち尽くした模様!」
「弾切れを起こしたか……不吉だな。」
知らせを聞いたウェイラーは、ますます不安感を募らせた。
トハスタ市内には元マオンド軍の砲兵隊が布陣しており、計32門の野砲を保有していた。
野砲1門あたりの砲弾保有数は、砲撃前には各70発前後用意されており、ゾンビ集団が南下を始めるや否や、砲兵隊は砲撃を開始した。
だが、砲戦開始から20分程で、砲兵隊は全ての砲弾を撃ち尽くしてしまった。
「畜生、TG72.4はまだ砲撃位置に付かんのか?」
ウェイラーは、祈る様な心境でTG72.4からの報告を待ちつつ、対勢表示板に目を向ける。
TG72.4は、ウェイラー部隊まであと6キロの所まで迫っている。
事前の打ち合わせでは、ウェイラー部隊まで2キロに迫った所で転舵し、舷側を向けてから砲撃を開始する予定であった。
しかし、今の状況では、TG72.4が砲撃位置に付くまでに、ゾンビ集団が市内に突入しているかもしれない。
「そもそも、マーカーが敵の前方のみしか無いのが痛いな。せめて、敵の後方にも、似たようなマーカーを焚いてくれれば、
少しは砲撃の精度も上がるかも知れんのだが。」
ウェイラーはそう呟くが、この間にも、ゾンビ集団は着実に、トハスタ市に迫りつつある。
「マクラスキー中佐より通信!敵ゾンビ集団更に接近!現在、敵は門前より1.4キロ地点に接近中!それから、現地の軍が門前に
マーカーを焚きました!」
「……第2線のマーカーが焚かれたか。」
ウェイラーは、事態が緊迫している事を改めて感じた。
当初の予定では、第1線で敵の大半を砲撃で粉砕し、第2線で完全に撃滅させる筈であった。
しかし、現実には、敵の約半数が第2線の近くにまで迫って来ている。
「第2線付近への砲撃は、市街地への着弾も懸念されるから長時間は行いたくは無いのだが……トハスタの領主も、市街地の東側に
損害が出る事は仕方が無いと言っている。ここは、先と同様に、斉射で行くしかないな。」
既に、LSMRのロケット弾攻撃の時も、ロケット弾の一部が北西門周辺の市街地に落下し、被害を及ぼしている。
敵が至近に迫った以上、町にある程度の被害が生じる事は仕方の無い事であった。
ウェイラーが覚悟を決めた時、TG72.4から待望の通信が入って来た。
「司令!TG72.4指揮官であるディヨー提督から通信です!」
「マイクを貸してくれ!」
ウェイラーは、通信員からマイクをひったくり、ディヨーと会話を始めた。
「こちらはウェイラーだ!」
「ディヨーだ。遅くなって済まない。今より砲撃を開始する。」
「砲撃を開始するだと?まだ砲撃位置には付いていないぞ?」
「確かにな。だが、主砲は既に射程内に入っている。敵ゾンビ集団との距離は12000メートルしかない。聞いた所では、状況は
幾らか悪いようだな。ならば、砲撃位置に付くまで何もしないという事もないだろう。」
「……ふむ。君の言う通りだな。」
ウェイラーは頷いた。
「いいだろう。すぐに砲撃を開始してくれ。」
「了解。それから、先発している巡洋艦をそっちに送る。こちらも砲撃位置に付くまで、脅迫がてらに砲撃を行わせる。」
「いいだろう。ゾンビ共に撃ち込む砲弾は1発でも多い方が良い。好きなだけ撃たせてくれ。」
戦艦ウィスコンシン艦長、アール・ストーン大佐は、通信員から群司令であるディヨー少将からの命令を伝えられた。
「砲術!今より射撃を行う!最初は交互撃ち方からだ!」
ストーン艦長は、砲術長のレリック・カルコフ中佐に指示を下した。
「交互撃ち方ですか。定石通りでいいんですね?」
「ああ。最初は通常通りで構わん。最初から斉射を行っても、精度が悪い内は無駄弾をばら撒くだけになる。」
「了解です。」
カルコフ砲術長はそう答えると、ストーン艦長との会話を終え、受話器を置いた。
程なくして、ウィスコンシンの前部2基の3連装砲塔が小刻みに動き始める。
予め照準を合わせていたのだろう、微調整は程なくして終わった。
唐突に艦内電話のベルが鳴る。
「艦長!射撃準備よし!」
「撃ち方始め!」
ストーン艦長は、小さいながらも、鋭い声音でカルコフ砲術長に命じた。
命令が下ってから1秒後に、先頭を行くミズーリが発砲を開始した。その2秒後に、ウィスコンシンが第1射を放った。
ミズーリ、ウィスコンシンの前方には、湾口の出入り口に停止して、斉射を行うミシシッピー以下の3戦艦が見える。
「ミズーリより通信!速力12ノットに落とせ!」
「了解。航海長。減速だ。速力を12ノットまで落とせ!」
ストーン艦長は、艦内電話で航海長に指示を飛ばす。
やがて、ウィスコンシンの速力が落ち始めた。
後方に居るアラスカ級巡洋戦艦のコンスティチューションとトライデントも射撃を開始した。
ミズーリと、2隻のアラスカ級巡戦も、定石通り交互撃ち方から開始している。
やがて、観測機から報告が入った。
「マーカーより2000メートル後方に多数の弾着あり。敵ゾンビ集団付近の弾着はTG73.5の物と認む。」
「チッ、どうも精度が悪いな。」
ストーン艦長は舌打ちする。
地上砲撃は、水上砲戦と違ってレーダーの支援が受けられない分、地上の観測所や観測機の支援が必要になる。
今回は地上への艦砲射撃で、しかも視界の悪い夜間の作戦という事もあって、思ったように良い砲撃が出来ていないようだ。
ミズーリとウィスコンシンが第2射を放つ。
主砲発射の轟音が海上を圧し、艦橋の前面がしばし明るくなる。
ストーン艦長を始めとする艦橋職員が、第2射の余韻に浸っている時、観測機から意外な報告が飛び込んで来た。
「艦長!観測機より通信!敵側の後方に緑色の光を確認せり!距離は、トハスタ市より15キロ!」
「15キロ?やたらに遠いな。」
ストーン艦長は、眉をひそめながら呟く。しかし、彼はここである事に気が付いた。
今まで、TG73.5はマーカーを頼りに砲撃してきたが、マーカーは敵の前方部分にしか無かった。
迫る敵を追い払う分にはこれで十分であるが、もし、敵が一斉に逃げ散った場合は、敵の後方にもマーカーが必要となる。
敵が逃げようとすれば、前方と後方のマーカーの間に好きなだけ砲弾を叩き込んで、殲滅する事が出来る。
敵を撃退した後の事も考えていたストーン艦長は、新たに発見された緑色の光が現れた事によって、敵を全滅させる好機が
到来したかと、心中で思った。
「旗艦より通信。戦隊進路180度。」
「航海長!面舵一杯。進路180度!」
ストーン艦長は、聞き取った命令を、即座に航海長に伝える。
ミズーリの前方3000メートルには、ミシシッピーが舷側を向けて停止している。ここら辺で進路を変更しなければ、衝突する恐れがあった。
ミズーリが第3射を放った後、大きく右に回頭し始めた。程なくして、ウィスコンシンも後に続く。
「CICより。敵ゾンビ集団の先鋒は、トハスタ門前まで1キロを切った模様。」
「くそ、早いところ斉射に移らんとまずいかもしれんな。」
ストーンは、険しい顔つきを浮かべながらそう呟いた。
彼の内心には、援護が間に合わずにゾンビ集団が、市内に突入してしまうのではないか?という不安に満たされつつあった。
だが、すぐに彼の不安を払拭させるような報告が入って来た。
「艦長。変針完了しました。」
「回頭を終えたか。これで、全ての主砲が使えるな。」
ストーンは、硬くなっていた表情を和らげた。
ウィスコンシンが回頭を終えたお陰で、敵に指向出来る砲は6門から9門に増えた。
「観測機より報告。第3射は、少なくとも数発が敵ゾンビ集団に命中した模様。」
「了解。最初と比べて、精度が上がっているようだな。」
ストーンは頷きながら言葉を発した。
第4射が放たれた。第4射は、後部の第3砲塔からも砲弾が放たれており、ウィスコンシンは3発の17インチ砲弾を放った事になる。
「コンスティチューション、トライデントも回頭を終えました!」
「旗艦より信号。戦隊全艦停止!」
「了解。航海長!両舷機停止!」
「両舷機停止!アイアイサー!」
受話器越しに、航海長が復唱するのが聞こえてから、ガチャリと電話が切られた。
程なくして、前方のミズーリに習うようにウィスコンシンが更に減速し、ウィスコンシンに習うようにして、コンスティチューションと
トライデントも速力を落とし始めた。
「観測機より報告。第4射はゾンビ集団の付近に命中せり。効果甚大。」
「OK。砲術長!次より斉射だ!」
ストーンは、待ちに待った命令を、カルコフ砲術長に伝えた。
「了解です!」
カルコフは、弾けんばかりの声音でストーンに返した。
今や、進撃中のゾンビ集団には、ミズーリ、ウィスコンシンが持つ48口径17インチ砲18門、コンスティチューション、トライデントが
持つ55口径14インチ砲19門、計38門の主砲が指向され、斉射の時を待っていた。
やがて、待望の時がやって来た。
「艦長!射撃準備よし!」
カルコフ砲術長から報告が届けられ、ストーン艦長は、一呼吸置いてから命令を下す。
「よし、一斉撃ち方、始めぇ!」
ストーン艦長は、大音声で命じた。
ウィスコンシンが第1斉射を放つ前に、前方のミズーリが斉射弾を放った。
ミズーリの左舷側海面が、斉射の炎で赤く染められた時、ウィスコンシンも第1斉射を撃ち放った。
3連装3基9門の17インチ砲が次々と咆哮し、ウィスコンシンの艦体が、その猛烈な衝撃によってびりびりと震える。
17インチ砲の斉射は、トハスタ湾口一体に轟々と響き渡り、発砲炎が漆黒の闇を吹き飛ばす。
艦の左舷側は、強烈な閃光によって、一瞬ながらも、まるで真っ昼間のように明るく照らされた。
後続のコンスティチューション、トライデントも第1斉射を放つ。
17インチ砲に比べれば、14インチ砲の斉射音は、やや音量が小さいが、それでも高初速の14インチ砲弾9発を勢いよく弾き出し、
トハスタの湾口に猛々しい轟音を轟かせた。
ヘヴリウルは、主体の後を追うために、馬車に乗って森の中から出た。
そのまま、不死者軍団の本隊から1キロ後方まで迫った時、今までに聞いた事の無い猛烈な爆発が、やや離れた場所で起こった。
「!?」
ヘヴリウルは、その轟音を聞いた瞬間、思わず荷台に伏せてしまった。
仰天した御者が慌てて馬車を止めた。
「な、何だこの轟音は!?」
「わかりませんが、敵戦艦の流れ弾のようです!」
御者がヘヴリウルに報告する。御者である部下の顔は、恐怖で青く染まっていた。
「とにかく、本隊の後を追うのだ!」
「し、しかし。これ以上は危険です!本隊は、敵の集中攻撃を受けています!」
部下が、震えた口調でヘヴリウルに言う。そこに、またもや大口径砲弾が落下して来た。
大口径砲弾は、本隊の周囲で落下し、派手に土砂を噴き上げているが、心なしか、先の轟音よりも小さく聞こえた。
「あれほど、恐ろしげに思えた大口径砲弾の着弾音が、今となっては妙に小さく感じる……何かの錯覚か?」
ヘヴリウルは、首をかしげた。
そうこうしている間にも、謎の大口径砲弾の着弾は続く。
そして、ヘヴリウルは遂に、恐ろしい光景を目の当たりにする事になった。
更に、不審な大口径砲弾の着弾が3度続いた後、今までに聞いた事も無いような音が、上空に響き始めた。
「こ、この空を圧するような音は……」
ヘヴリウルが、その飛翔音に聞き耳を立てていると、連続した爆発音が大気を切り裂き、地震のような揺れが大地をしきりに揺さぶった。
「うぉ!これはかなりでかいぞ!」
彼は、揺れる車内で金切り声を上げた。
この大量の大口径砲弾落下から、不死者軍団に対する砲撃が格段に強化された。
ヘヴリウルは知らなかったが、アメリカ艦隊は、TG72.4の戦艦、巡洋艦、駆逐艦を交えて砲撃を行っていた。
元々砲撃を行っていた艦艇は、戦艦3隻に駆逐艦8隻、ロケット中型揚陸艦10隻のみであったが、これに、戦艦2隻、巡洋戦艦2隻、
重巡、軽巡2隻ずつ、駆逐艦4隻が加わった事で、飛来して来る砲弾の量は、これまでのよりも、実に2倍以上に増えた。
特に、ウィスコンシン、ミズーリが放つ17インチ砲弾は威力が凄まじく、着弾する度に、大量のゾンビが粉微塵に吹き飛ばされた。
コンスティチューション、トライデントは、2隻のアイオワ級戦艦よりも砲の威力は弱い物の、28秒置きに1斉射という投射弾量は侮れぬ物が
あり、ゾンビ集団は、28秒置きに18発の14インチ砲弾を食らい続けている。
これに加えて、重巡2隻、軽巡2隻も負けじと撃ちまくる。
特に、軽巡洋艦セント・ルイスとダラスの砲撃は凄まじく、6秒置きに放たれる急斉射は、着弾する度にゾンビ集団に被害を与えて行く。
威力は、戦艦砲と比べてかなり落ちる物の、それでも、次々と降り注いで行く6インチ砲弾の雨は、17インチ、14インチ砲の猛撃で
死に体のゾンビ集団をじわじわと痛めつけていた。
TG72.4が砲撃に加わってから、ゾンビ集団の数は急速に減少しつつあった。
ウィスコンシン、ミズーリの第3斉射弾が落下すると、死体や砲弾穴を乗り越えて、尚も市街地へ向けて走ろうとするゾンビの群れが、直撃を
受けて文字通り消し飛んでしまった。
あるゾンビの群れは、辛うじて戦艦砲の直撃は回避できたものの、続いて飛んで来た重巡、軽巡の猛射を浴びて大半が粉砕され、残ったゾンビも
手足を吹き飛ばされてのた打ち回り、比較的傷の浅いゾンビも、砲弾穴に嵌って前進速度を落とす。
そこに止めだとばかりに、TG73.5の戦艦群が放った斉射弾が落下する。
ミシシッピーから放たれた1発の14インチ砲弾は、何とか砲弾穴から這い出ようとしていたゾンビを直撃し、その後の爆発で粉砕した。
テキサス、ニューヨークが放った斉射弾は、陸上選手並みのスピードで疾走するゾンビ集団目掛けて殺到し、着弾した後、大音響を上げて炸裂する。
炸裂の瞬間、40体は居たゾンビ集団は、その過剰な暴力によって肉片に変えられ、文字通り昇天してしまった。
落下する砲弾は、次々とゾンビ集団を吹き飛ばし、動けるゾンビを10体単位。多くて100体単位で減らして行く。
TG72.4の戦艦群が斉射を開始してから僅か5分足らずで、ゾンビ集団の数は、6900体にまで激減していた。
「部隊長!聞こえますか!?」
唐突に、誰かがヘヴリウルに魔法通信を飛ばして来た。
「私だ。状況はどうだ!?」
「状況はもはや最悪です!市街地の前面には多数の砲弾穴があいており、不死者達はそれに足を取られて、思うように前進できません。
そこを、アメリカ軍の砲弾に次々と狙い撃ちにされています!もはや、市街地への突入は困難です!」
「何を言う!何としてでも突破するのだ!そこから市街地へはすぐに目と鼻の先だろうが!?」
「無茶です!このままでは、門前に辿り着く前に全滅です!ここは一旦退くべきで」
唐突に、相手との通信が途絶えた。
「ん!?おい!どうした!!」
ヘヴリウルは、相手と連絡を取ろうとするが、帰って来たのは、大口径砲弾が炸裂した音であった。
この時、御者の部下が、泡を食ったような表情を表しながら、ヘヴリウルに報告して来た。
「部隊長!トハスタ沖でたまたま哨戒に当たっていたベグゲギュスが、アメリカ軍の戦艦部隊がトハスタ沖に展開しているとの情報を
伝えてきました!更に、ベグゲギュスは、複数ある戦艦のうち、2隻はアイオワ級戦艦らしいとも伝えています!」
「アイオワ級戦艦……まさか!!」
ヘヴリウルは、部下からの報告を聞いてから、今までに聞いて来たアイオワ級戦艦に関する情報を思い出した。
アイオワ級戦艦とは、今年の6月に起きたモンメロ沖海戦で、海軍の新鋭戦艦を鎧袖一触で叩き潰したという事で知られている。
この新鋭戦艦の詳細は未だに判然としていないが、このレーフェイル戦線や、シホールアンル軍からの情報により、この戦艦が従来の艦砲よりも、
強力な主砲を積んでいるらしいと、マオンド側上層部はそう判断している。
つい最近でも、シホールアンル軍が、並みの爆撃でも十分に耐えられる軍需工場を、2隻のアイオワ級戦艦が艦砲射撃を行った事で工場が
壊滅状態に陥った、という情報が、ナルファトス教教会の上層部にも伝えられていた。
ヘヴリウルは、この一連の情報を聞いて、まさに化け物のような軍艦であると思っていたが、自分達には関係無いと思い、今までアイオワ級
戦艦の事など、綺麗さっぱり忘れていた。
だが、ヘヴリウルは、先程まで自慢にしていた45000もの不死者軍団を、このアイオワ級戦艦を始めとする米戦艦部隊によって、
文字通り粉砕されつつあった。
「なんたる事だ……我らを砲撃している敵が、あのアメリカの戦艦部隊……それも、アイオワ級をも含む打撃艦隊だったとは……」
ヘヴリウルは、そこまで呟いてから、不意に自分の体が震えている事に気が付いた。
彼は、意識して体の震えを抑えようとする。
だが、震えは止まるどころか、どんどん大きくなって行く。不意に、大口径砲弾が炸裂する轟音が聞こえ、乗っていた馬車が大きく揺れ動いた。
それがきっかけとなったのか、彼の中で何かが壊れた。
「ひっ、ひいいいい!!!」
「なっ…部隊長!どうなされましたか!!」
ヘヴリウルが、いきなり悲鳴を上げた事に仰天した御者が、慌てた口調で聞いて来る。
ヘヴリウルは、御者に顔を向けるが、その表情は恐怖で引きつり、目は大きく見開かれていた。
「に、に、に、逃げるのだ!早く、早くここから逃げろ!!!!」
「逃げるのでありますか!?」
「そうだ!早く、ここから脱出するのだ!!生き残りの不死者共にも逃げるように命令を下せ!!」
「わ、わかりました!」
部下の御者は、慌てて本隊に付いて行ったネクロマンサーに連絡を取る。
生き残っているかどうかも分からない状態であったが、辛うじて反応はあり、やがて、不死者の群れはトハスタ市街地を背に、
戦線を離脱し始めた。
「部隊長!不死者達は脱出を開始しました!」
「早く、私達もここから逃れるのだ!!あの、恐ろしい化け物共が!アイオワ級という名の化け物が私達を食らい尽くそうとしている!
急げ!!急ぐのだぁ!!!」
ヘヴリウルは、絶叫めいた口調で命令する。
もはや、彼は半狂乱になっていた。
馬車は、発狂状態に陥った指揮官を乗せて、全速で森に向かい始めた。
後退に移る不死者達の群れに、米戦艦部隊は情け容赦の無い砲撃を加えていく。
ウィスコンシン、ミズーリ以下の戦艦部隊が猛射を加える中、ロケット弾の再装填を終えたLSMRが、再びロケット弾の発射を開始する。
ヘヴリウルは、不死者の群れに、上空から無数の火の粉のような物が降り注ぎ、次々と爆発光が灯るのを、絶望的な心境で見入っていた。
「こんな……こんな筈では!!全ては完璧に行く筈だったのに……こんな、こんな馬鹿な事が!?」
彼は、泣き叫びながら喚いた。
敬虔なるナルファトス教徒であったヘヴリウルは、今では発狂した、哀れな人でしかなかった。
恐怖で体を震わせ、股間を排泄物で濡らした哀れな男は、ふと、上空に何かの飛翔音が響いている事に気が付いた。
「………」
ヘヴリウルは、絶句しながら音の方向に顔を上げた。
彼の眼前に、白熱した17インチ砲弾が現れたのは、その時であった。
戦艦ウィスコンシンが放った第12斉射は、後退し始めたゾンビ軍団の、やや後方に落下して大爆発を起こした。
「第12斉射着弾。着弾地点は目標より800メートル東。」
「ううむ。いきなり精度が落ちたな。」
ストーン艦長は、観測機からの報告を聞いて、顔をしかめた。
「もう少し着弾位置をずらさんといけないな。」
ストーン艦長はそう呟きながらも、内心では、今の状況を喜んでいた。
TG72.4司令部から、敵ゾンビ軍団後退開始、敵撃滅に向けて砲撃を続行せよとの命令が入ったのは、今から2分前の事である。
それまで、ストーン艦長は、祈る思いでゾンビ軍団の阻止を願っていたが、敵も去る者で、損害に構わず前進を続けていた。
だが、戦神はストーン艦長を始めとする米艦の艦長達の願いを聞き入れたのか、突如、ゾンビ軍団は反転を始めた。
観測機からの報告では、反転を始めたゾンビ軍団の数は激減していたという。
(恐らく、敵の指揮官は、現状では突破は不可能と判断して後退を命じたのかもしれん)
ストーン艦長は、内心そう思った。
「一時期はどうなるかと思った。敵のゾンビが門前まで500メートルに迫ったと聞いた時は鳥肌が立った物だが、何とか勝負には勝てたな。」
「戦艦とゾンビの大群の勝負は、戦艦に軍配が上がった、という事になりますね。」
側で話を聞いていた副長が、満足気な口調で言う。
「ああ。時代の主役は航空機に移ったが、戦艦はまだ、海戦の主役になれる時がある。その戦艦が、下卑た真似で作られたゾンビの集団
ごときに負ける道理は無い。今回の戦いは、その事を如実に表した事になるな。」
ストーン艦長も、まんざらでない様子で副長に返した。
彼は、先の第12斉射が、この騒ぎの張本人を粉砕した事実を知る事も無いまま、第13斉射の咆哮を見守った。
艦砲射撃は、その後も延々と続けられた。
砲撃範囲は門前のマーカーと、リィクスタ付近に現れた緑のマーカーの間に定められ、米艦隊は、1人のゾンビも逃さぬとばかりに、
砲撃を続行した。
艦砲射撃は、ゾンビ軍団が文字通り全滅した後も続けられ、最後の砲声が鳴ったのは、それから4時間後の事であった。
この間に消費された各種砲弾は、実に48000発にも及び、ゾンビ軍団は、鉄の嵐によって、本物の死者へと浄化されたのであった。