第10話 レアルタ島沖海戦
1481年12月7日 午前4時 レアルタ島東30マイル沖
第19任務部隊に所属する潜水艦のノーチラスは、緊急に配布された海図を元に、レアルタ島東30マイル沖に到達していた。
ノーチラスの任務は、南大陸東海岸の敵情偵察である。
この日、ノーチラスは14ノットのスピードで西へ向かっていた。
艦橋に見張りが5人立ち、それぞれが受け持ちの場所で敵がいないか、目を凝らして海上を眺めている。
「哨戒長、海はどこに行ってもあまり変わらんものだなあ。」
艦橋で風に当たっていた艦長のトーマス・グレゴリー少佐は、哨戒長にそう言う。
「こうして、静かな状況がいつまでも続くと言いのですが。」
「こういう、気持ち良い夜風に当たっていると、戦争のことなぞどうでもいいと思ってしまうな。」
「艦長、艦内と比べたら、ここは天国でしょう?」
「天と地の差があるな。艦内は臭いし、暑いし。でも、たまに思うんだが、よくこんな不衛生な艦種で、
よくここまで出世できたものだと思うんだ。哨戒長、君もそう思った事はないか?」
「さあ。」
グレゴリー艦長の言葉に、哨戒長は肩をすくめる。
「元々、自分は潜水艦が好きなもので。あまり不自由には思いませんね。アイスクリーム製造機さえあればもっとやる気が出ますが。」
「アイスクリームがこのノーチラスにやってくるのはいつになるか分からんよ。出来るだけ、よこせとは言ってやるが。」
「頼みますよ、艦長。」
哨戒長は期待してそう言う。
その時、
「右舷前方に何かが見えます!」
突然、艦首を見張っていた水兵が唐突に叫び声を上げた。
その瞬間、のんびりとしていた空気が、一気に緊迫の度合いを増す。
「どこだ?」
「あそこです。」
艦長は、見張り員が指差した右舷前方に双眼鏡を見る。
「ソナー室より報告、右舷前方に船らしき推進音探知。距離1万メートル。」
その声を聞いたグレゴリー少佐はすぐに判断を下した。
「潜行だ!」
彼はすぐにそう命じた。
「急速潜行!」
「急速潜行、アイアイサー!」
吹く省の掛け声と共に、操作要員が慌しく動き回り、計器や機械に取り付いた。
その間、見張り員が続々と艦内に入って来た。
グレゴリー少佐は最後に入ると、ハッチをしっかりと閉め、潜行の下準備を終えた。
ノーチラスの艦体は、艦首を下にして、海中に潜って行く。
「深度50まで潜行。」
「深度50まで潜行、アイサー。」
「速度8ノット、針路270度。」
「速度8ノット、針路270度、アイサー。」
グレゴリー艦長は、潜行したノーチラスを、一旦西の方角に向かわせた。
西に向かわせたのは、発見した敵艦隊のおおよそ数を知るためである。
「艦長、敵の駆逐艦には、ソナーらしきものがついているようです。近付きすぎては爆雷攻撃を食らうかもしれませんよ?」
副長のアイル・ワイズマン大尉は忠告した。
「アイル、何も攻撃をしようとは思っていない。俺の目的としては、この不審な艦隊の詳細を少しでも調べ、
太平洋艦隊司令部に報告する事だ。敵艦隊と交差しそうなとこまでしか近付かないさ。」
そう言って、副長を宥めた。
ノーチラスは、敵艦隊と交差する海域まであと7000メートルまで迫ったとこで、艦を停止させた。
やがて、聴音機に複数のスクリュー音が聞こえてきた。
聴音員のシール・ベンソン1等水兵は、スピーカーの向こうの世界に、耳を傾けた。
最初、遠くでスクリュー音を聞いた時は、どこか小さな物だったが、今では明らかに、複数の艦が発すると思われるスクリュー音を捉えていた。
「どうだ?」
「音響は、かなり小さいです。真下であればもっとハッキリ分かると思うのですが。」
そう言いながらも、ベンソン1等水兵は耳に全神経を手中させる。
彼の耳には、相変わらず小型艦が発するスクリュー音しか聞こえなかったが、次第に大きめのスクリュー音が聞こえてきた。
その音は重々しく、先の音と比べて頼りがいがありそうな物だ。
前者が、子供がとことこ歩くような音であれば、今の音は恰幅のいい大人が足音を誇らしげに立てる音のようだ。
「大型艦らしき音響、探知しました。」
ベンソンの声に、誰も反応しない。艦内は静まり返っている。
音響は止む様子が無い。
「聴音員は、まだ聴音機にかじりついているようだが、海の上の奴らは、意外と大き目の艦隊らしいな。」
「よく、戦艦や巡洋艦主体の艦隊が、南大陸の沿岸を嫌がらせで砲撃していると聞きますが、もしかして、
自分達が探知した音の主は、まさか砲撃部隊なのでは?」
「もっと近寄ってみない事には分からないさ。しかし、近寄ったら、あちらさんも盛大に歓迎してくるだろうし、
行きたくても行けないよ。」
「爆雷のプレゼントは確かに嫌ですな。」
「彼女のプレゼントなら、喜んで受けるがね。」
そう言って、グレゴリー艦長は微笑む。
「何はともあれ、俺達が出来るのは報告だ。敵さんの姿は確認出来ていないが、無理に攻撃して沈められるよりは、
報告した方がいい。この艦にアイスクリームが入るまでは死にたくないからな。」
1481年12月7日 午前2時 カリフォルニア州サンディエゴ
「レアルタ島沖東30マイル付近に、未確認の艦隊を探知。敵の針路210度。艦隊には大型艦数隻を含む、か。
ミスタースミス、この大型艦というのは何だと思う?」
太平洋艦隊司令長官のハズバンド・キンメル大将は、参謀長のスミス少将に聞いた。
「ノーチラスの報告にあった大型艦というものは、恐らく戦艦ではないでしょうか?」
彼は、南大陸の地図に指示棒を当てた。
「シホールアンル軍は、時々、南大陸の沿岸を艦砲射撃して、味方地上軍の援護や、敵対国に揺さぶりをかけているようです。
この艦隊も、恐らくは艦砲射撃を任務とする艦隊という可能性はあります。」
「これが敵の機動部隊という可能性は無いのかね?」
「私としては・・・・・判断が付きかねます。何しろ、情報が少ない物で。」
この情報は、突然ノーチラスから送られてきた。太平洋艦隊司令部は、ハルゼー部隊の攻撃を見守ろうと、司令部で待機していた。
キンメルが攻撃開始予定の時刻まで仮眠を取ろうとした時、突然この報告が舞い込んできたのだ。
「ワシントンから戻ってきたグリンゲル魔道師は、今睡眠中か?」
「はい。宿舎のほうでお休みなられているかと。」
キンメルは舌打ちした。
「グリンゲル魔道師にはすまないが、ちょっと司令部まで呼んでもらえないかな?」
「分かりました。」
彼はいささか気が引けたが、敵軍の情報に関しては一番知識があるグリンゲルを呼ぶ事にした。
しかし、こちらが呼ぶ必要は無かった。
ドアが開かれ、若い士官が入って来た。
「長官、グリンゲル魔道師が来られました。」
「何?本当かね?」
キンメルはやや驚いた表情になったが、すぐに通せと命じた。
しばらくして、ドアの向こうにダークエルフの男が現れた。
冷静沈着という言葉をそのまま形にしたような男である。
「グリンゲル魔道師、よく来られた。」
「皆さん、こんばんは。実は、先ほど重大な魔法通信を受け取ったので、これを皆さんにお伝えしたく、ここにやって来ました。」
「重大な魔法通信とは?」
キンメルが聞く。
「ええ。それを貸してもらえますか?」
スミス少将から指示棒を手渡されると、レイリーは南大陸ではなく、北大陸のとある地点を指示棒でトントン叩いた。
「北大陸のここ。ここはベンツレアと呼ばれる土地で、港があります。
実は、この港はつい最近、軍港に作り変えられていたと現地のスパイから報告がありました。」
「その現地のスパイが、今回の重大情報の発信元かね?」
「その通りです。」
レイリーは大きく頷いた。
「スパイの情報によれば、12月4日早朝、戦艦5隻を含む艦隊がベンツレアを出港し、南に向かったと伝えられています。」
「戦艦だと!?」
作戦室内の空気はがらりと変わった。
ベンツレアからレアルタ島沖まで、直線距離で1000キロはある。そこから先はシホールアンルの艦隊が入った事の無い海である。
それに、前線のあるカレアント公国は、レアルタ島の横の位置では既に国境線に入るか、入らないかの場所にあり、
未知の艦隊が現進路を保てば、前線ではないレースベルン公国の沿岸に辿りつく。
「先ほどのノーチラスの報告・・・・・そして、グリンゲル魔道師の敵艦隊出港の情報。何か臭うな。」
キンメルは腕を組んで、仏頂面で考えた。
なぜ、敵艦隊はわざわざレースベルンに向かうのか?前線の支援にしては、戦場は余りにも離れすぎている。
そもそも、敵艦隊はどういった理由で、レースベルンに向かうのだろうか。
誰もが思考を巡らし、見えざる敵艦隊の意図を掴もうとしていた。
その時、作戦室に別の士官が飛び込んできた。
「TF8より緊急信です!」
誰もがその若い士官に目を剥いた。
「読みます。本日午前4時(現地時間)レアルタ島のスパイが敵艦隊を視認。敵艦隊は戦艦を伴うと思われる。
攻撃目標は打ち合わせ通りなりか、指示を待つ。以上です。」
「TF8といえば、ハルゼーの艦隊だな。ハルゼー部隊は今どこに居る?」
「現在は・・・・・・この地点にいます。」
ハルゼー中将の第8任務部隊は、第10、第12任務部隊と共に現在レースベルン公国の沿岸250マイルにおり、
これから北上してカレアント公国のシホールアンル軍を叩ける位置に移動しようとしている。
そこは、レアルタ島から南南西400マイルの位置であった。
「グリンゲル魔道師、敵艦隊の意図は何だと思う?」
「恐らくは・・・・・この敵艦隊は、西海岸のバゼット半島沿岸でやったように、艦砲射撃で揺さぶりをかけるのが目的だと思います。」
「揺さぶり・・・・か」
いずれにせよ、敵艦隊の主力の一部が、思わぬ形で出てきたのだ。
TF8を始めとする空母部隊は、偶然にも敵の予想針路を遮る形で航行している。
「TF8、10、12に緊急信だ。」
キンメルはすぐに決断した。
「攻撃目標を、レアルタ島南西沖を航行する敵艦隊に変更。発見次第即座に撃退せよ。」
1481年12月7日 午前6時30分 レアルタ島南西沖350マイル地点
「諸君、新たな情報が入った。」
ハルゼーは、作戦室に集った幕僚の顔を眺めて口を開いた。
「10分前に、第19任務部隊の別の潜水艦が、レアルタ島沖南西130マイル付近で敵の戦艦部隊を発見した。
我が機動部隊の位置はここ、そして、敵戦艦部隊の位置はここだ。」
TF8,10、12の3個艦隊は、現在舳先をカレアント公国の沿岸に向けている。
それに対し、敵の戦艦部隊はレアルタ島の沖合いを南西に向けて航行している。
彼我の距離はおよそ350マイルで、このまま行けば針路は交錯する。
敵艦隊は20ノットのスピードで航行しており、アメリカ側の3個空母部隊は24ノットのスピードで北上しているから、
1時間後には200マイルまでに縮まっている。
「太平洋艦隊司令部は、この敵艦隊の撃退を優先せよと命令してきた。この調子で行けば、7時には味方艦載機の攻撃圏内に入る。」
ハルゼーは見回すように言う。
「もう時間が無い。後は艦載機の発艦準備を行い、出撃の時を待つだけだ。」
途端に、ハルゼーの顔がいつものブル・ハルゼーの表情に戻った。
「俺達は、敵に教えなければならん。飛行物体は戦艦に勝ちうるという事をな。たっぷりと、げっぷがでるまで教えてやろう。」
時間の流れは速かった。
あの会議から2時間が経った午前8時30分。
エンタープライズの飛行甲板には、発艦を待つ42機の艦載機が、エンジン音を轟々と唸りを上げていた。
「マイルズ、俺はこの時を待っていたよ!」
艦橋の張り出し通路で、発艦準備の作業を見ていたハルゼー中将は、ブローニング大佐に話しかけた。
艦隊は30ノットのスピードで向かい風に向かって航行している。
「世界は違うとは言え、敵に俺達の本気の力を見せ付けてやれる時が来た!」
「司令官、なんだか嬉しそうですな!」
艦載機の発するエンジン音があまりにも大きいため、2人は怒鳴りあう格好で会話していた。
「あたりまえだ!俺がみっちり教えた部下達が、今初仕事をやろうとしているんだ。嬉しくないはずは無いさ!」
彼は左隣にいるクルーゲル魔道師に声をかけた。
「どうだいラウス君!いい光景だろう?」
「はあ・・・・・確かにいい光景ですね」
ハルゼーの耳には、ラウスの声は小さいような気がしたが、聞き取れたからよしとする。
「これで、いつものめんどくさい気持ちも吹っ飛ぶだろうよ!」
そう言って、ハルゼーは高笑いをあげながら、彼の肩を叩いた。
その時、艦橋内から発艦始めの声が聞こえた。頷いた甲板要員が、フラッグを掲げ、それを思いっきり振った。
先頭のF4Fが、グオオー!という力強いエンジン音を上げながら、飛行甲板を走っていく。
飛行甲板を完全に走りきる直前、F4Fの機体がふわりと浮き上がり、よく晴れた大空に舞い上がっていく。
対空砲要員や甲板要員の応援を後押しに、次々とF4Fが発艦していく。
ハルゼーは、1機が発艦する度に拳を振り上げ、
「頑張れよ!!」
と言って見送った。
12機のF4Fが発艦すると、今度はドーントレスの番がやって来た。
重い1000ポンド爆弾を抱えたドーントレスは、鈍重さを感じさせぬ動きで飛行甲板を駆け抜け、空に上がっていく。
「TF10、12も発艦を始めました!」
通信参謀がハルゼーに報告してきた。その報告を聞いたハルゼーは満足そうに頷く。
「ニュートンやフィッチの部隊も、パイロットの出来はいいからな。
今回の攻撃で、最低でも戦艦の1隻は確実に沈められるぞ。」
彼の呟きを、発艦していくドーントレスのエンジン音が遮った。
ドーントレスが発艦し終えると、待ってましたとばかりにデヴァステーターが発艦して行った。
1機の事故機も出さずに、エンタープライズから42機の艦載機が発艦を終え、攻撃隊は編隊を整えて、北東の方角に向かっていった。
12月7日 午前9時30分 レアルタ島南西170マイル沖
シホールアンル第6艦隊の上空に、14騎のワイバーンが上空を旋回していた。
この14騎のワイバーンは、後方30ゼルドにいる第22竜母機動艦隊から発進したものだ。
艦隊の西には、南大陸がある。
レアルタ島から南は、シホールアンルにとって、未知の海だ。
「そろそろ、ワイバーン隊の第1直目が引き返す時間ですな。」
「ああ。敵側は偵察用のワイバーンを飛ばして来ないな。どうしたものか。」
第6艦隊司令官であるウルバ・ポンクレル中将は訝しげに呟く。
第6艦隊の西100ゼルドには南大陸がある。
距離からして、航続距離の短い南大陸のワイバーンでも攻撃圏内に入る。
「敵のワイバーン部隊は、味方以上に損耗が大きいようです。そのため、偵察用のワイバーンも数が足りないのかもしれません。」
「なるほど。それなら敵のワイバーンが来ない事も納得できる。」
ポンクレル中将は頷く。味方のワイバーンと、南大陸のワイバーンの撃墜率は3:1となっている。
つまり、敵はこちら側のワイバーン1騎を落とすのに、3騎の犠牲を払っているのだ。
元々、南大陸のワイバーンは、体系は北大陸の物と比べて少し小さく、大人しい性格だが、
北大陸のワイバーンはやや大きめのものが多く、性格も荒々しい。
その差が彼我の撃墜率となって、冷酷なまでに表されている。
特に海軍の使う戦闘ワイバーンは優れたもので、航続距離は550ゼルド、スピードは245レリンク(490キロ)という高性能である。
これとは別に、攻撃用ワイバーンもあるが、そのワイバーンも210レリンクのスピードと、650ゼルドの航続距離を持っている。
空戦性能も下手なワイバーンよりは格段に上だ。
「ワイバーン隊、引き返して行きます。」
1直目のワイバーン14騎が北のほうに向かっていく。
「2直目は何時に来るかね?」
「予定時刻としては10時であります。」
「そうか。30分の間だけ、空はがら空きと言う事か。」
彼は別に気にも止めぬ口調で呟いた。
耳に何か羽虫のような音が聞こえたが、大した音ではなく、誰も気に止めなかった。
雲の中に隠れながら、第6艦隊の位置を打電しているドーントレスは、幸いにも気が付かれなかった。
午前9時40分 レアルタ島南西170マイル沖
攻撃隊指揮官を務めるエンタープライズ艦爆隊のウェイド・マクラスキー少佐は甲高い口笛を吹いた。
「こちらベビーライト1、マザーグースへ。敵戦艦部隊を発見した!先行した偵察機の報告どおりだ!」
「こちらバーサーカー1。ベビーライト1へ、どうするウェイド?敵艦隊は戦艦らしい艦が5隻もいる。」
「バーサーカー1、そっちはどうしたいと思う?」
「今回は撃退が目的だから、なるべく多くの戦艦を傷付けてやりたい。だが、1隻でも沈めて敵の戦意を削ぐのも必要だな。」
マクラスキー少佐は一瞬迷った。敵艦隊には陣形の真ん中に戦艦を置いている。
5隻の戦艦を同時に叩きたいではあるが、攻撃力は弱くなり、軽微な被害しか与えられないかもしれない。
現在、攻撃隊は124機いる。そのうち、対艦攻撃が可能なのは爆装のドーントレスと雷装のデヴァステーターが84機だ。
「ここは、ある程度纏まった数で1隻に当たった方がいい。
母艦ごとに戦艦1隻ずつだ。母艦ごとに2隻や3隻を相手にしていたら、沈める物も沈め切れないだろう。」
「OK。攻撃隊指揮官は君だ。目標の割り当てを頼む。」
「分かった。」
マクラスキーは一呼吸置き、体内無線で全機に告げる。
「全機に告ぐ、これより敵艦隊を攻撃する。エンタープライズ隊は敵戦艦1番艦。レキシントン隊は敵戦艦2番艦。
サラトガ隊は敵戦艦3番艦を狙え。F4Fは上空にて、敵ワイバーンの襲来を警戒しろ。全機突撃せよ!」
彼の指示を受け取った攻撃隊の各機は、それぞれが所定の位置に向かい始めた。
戦闘機隊は、いつ来るかも知れぬワイバーンの迎撃を警戒して中空へ、艦爆隊は高度を4000メートルまで上昇し、艦功隊は低空へと降りて行く。
見事に息の合った行動に、シホールアンル側の艦隊は息を呑んでいた。
まず、攻撃の先鋒を務めるのは、ドーントレス隊からだ。
高度4000に上昇したドーントレスは、エンジンを全開にして敵艦隊に向かう。
マクラスキー少佐のエンタープライズ隊は、敵艦隊の左舷側から侵入を開始した。
ドーントレス隊が輪形陣に入ろうとした時、眼下で発砲炎が煌いた。
間を置いて、マクラスキー機の右側方に高射砲弾が炸裂した。
これを機に、次々と砲弾が炸裂し始める。
しかし、どれもこれも見当外れな位置で炸裂している。
ドーントレス隊の至近で炸裂する砲弾もあるが、大多数は機体の100メートル以内にすら炸裂しない。
戦艦や巡洋艦らしきものから発砲が加わると、下手糞な対空砲火も次第に密度を増してきた。
「敵さんも航空機の威力とやらが分かっているな。」
「それほど、戦艦が大事だと思っているんでしょう。」
マクラスキー少佐が言い、後部座席の部下が相槌を打った。
いきなりボォン!という音が鳴り、破片がカツンと当たった。
「今のは近かったな。」
マクラスキー少佐は顔を引きつらせる。
どんな下手糞な射撃でも、数が多く、密度が高ければ何発かは当たる物である。
せめて、爆弾を投下するまでは全機無事でいてくれと思った。
「後続機はどうだ?」
後部座席のファレル兵曹に問いかけた。ファレル兵曹は後方のドーントレスを見て、数を数える。
エンタープライズ隊の全機が無事に飛んでいる。
「今のところ、全機健在です。」
「そうか。得物も近付きつつあるぞ。」
絶え間ない高射砲弾の炸裂に揺さぶられながら、マクラスキー隊は進撃を続ける。
目標の敵戦艦1番艦は、別に回避行動を取るまでも無く、時速25ノットほどのスピードで波を蹴立てている。
全体のイメージとしては、ニューメキシコ級戦艦に近いようなイメージだが、軍艦に必要な煙突は無く、中央部が嫌にすっきりしている。
その舷側から、高射砲を絶え間なく発砲する。
まるで、自分の体の上を堂々と飛び越えようとする不遜な輩を、無闇やたらに叩きのめそうとする巨人に思える。
「回避行動もしないとは、あいつら、俺達を大した事無いと思ってやがる。」
「なら、急降下爆撃かどのような物であるか思い知らせてやりましょう。」
その声に、マクラスキーは獰猛な笑みを浮かべて答えた。
「ああ、教育してやるか。」
敵戦艦の左舷上部に達した時、マクラスキー少佐は攻撃を仕掛けようと決めた。
「ファレル兵曹、今から突っ込むぞ!」
「OKです!」
マクラスキーは操縦桿を手前に押し倒し、機首の下に隠れていた敵戦艦が、やや紫がかった海面と共にコクピットの向こう側に見える。
彼の後方に、直卒の小隊が続いてくる。4機が一本棒となって、敵戦艦1番艦に急降下を開始した。
両翼のダイブブレーキが浮き上がり、急降下の際に発せられる甲高い音が鳴り始めた。
「3800・・・・3600・・・・3400」
ファレル兵曹が高度計を読み上げ、マクラスキー少佐は急降下の際に体に圧し掛かるGに耐え、機体の安定を保つ。
機体のすぐ左側で高射砲弾が炸裂し、機体にガリッ!と破片が引っかく感触が伝わる。
照準器の向こうの敵戦艦が、徐々に大きくなってきた。高射砲弾を撃ちまくりながら前進を続けている。
「2400・・・・2200・・・・2000」
降下速力がみるみる早まっていく。
ダイブブレーキから発せられる音は、最初とは比べ物にならぬほど甲高い音になった。
マクラスキー少佐は、800まで降下を続けるつもりである。
絶え間ないGの圧力や、振動に体を苛まれながらも、彼の頭には敵艦に投弾することのみしか考えは無かった。
敵戦艦の姿がますます大きくなってくる。
距離が1800あたりを切った時、敵戦艦からカラフルな機銃弾が舞い上がった。
「ヒュゥ!まるでアイスキャンディーだ!」
マクラスキー少佐はおどけた口調で叫んだ。その間にも急降下は続けられ、高度はどんどん下がる。
カラフルな弾丸がドーントレスの周囲を通り過ぎる。この時、敵戦艦が右に回頭し始めた。
「今更避けようたって遅い!」
マクラスキー少佐は叫んだ。投下高度は、待望の800に達した。
「800!」
「エンペラーによろしくな!」
彼はそう叫ぶと、爆弾を投下した。
ドーントレスの懸架装置は、1000ポンド爆弾をプロペラの旋回半径外に誘導し、それを解き放つ。
フワリと機体が軽くなる感触がし、マクラスキー少佐は操縦桿を懸命に引く。
急降下の時とは比べ物にならぬGが、体全体に圧し掛かり、苦しさの余り思わず操縦を投げ出したい気持ちになる。
それを堪えて、マクラスキー少佐は操縦桿を引き続けた。
ドーントレスは高度200メートルで水平飛行に戻ると、そのまま全速力で艦隊上空を抜けようとする。
「敵艦に爆弾命中!やりましたー!!」
後部座席のファレル兵曹が、悲鳴に近い声音で報告してきた。他の機の爆弾も次々に降り注いだ。
マクラスキー少佐が放った1000ポンド爆弾は、煙突の無い平べったい甲板に着弾した。
爆弾は着弾した瞬間、その場で炸裂して、甲板表面を大きく抉り取った。
続いて2発目の爆弾が後部艦橋に叩きつけられ、大音響と共に後部艦橋の一部を吹き飛ばし、艦橋要因をなぎ倒した。
3発目は左舷側中央部の海面に突き刺さって高々と水柱を跳ね上げる。
次の4発目が後部艦橋の13ネルリ連装砲第3砲塔に叩きつけられ、天蓋で爆発した。
派手に爆発した爆弾は、火炎を吹き上げ、第3砲塔の周囲で魔道銃を撃ちまくっていた兵を海に吹き飛ばし、魔道銃そのものが完璧にぶち壊される。
煙が晴れると、第3砲塔は何とか無事に見えた。
続いて第2波のドーントレス4機が猛然と急降下を仕掛けてきた。
中央甲板と後部艦橋から黒煙を吹き上げたジュンレーザは、それでもスピードを緩める事無く、残った対空兵器を盛んに撃ちまくる。
無事に見えただけで、実際は内部にいた
要員が数人、衝撃によって壁に叩きつけられて負傷しており、砲塔照準器が狂ってしまった。
突然、2番艦のヴェサリウスの周囲にドーントレスが放った爆弾が落下し、大水柱を吹き上げる。
1発がヴェサリウスの艦橋の後ろに命中して、火炎と夥しい破片を吹き上げた。
その艦橋の左側方を、ドーントレスが機銃弾を浴びせながら通過して行く。
ジュンレーザの光弾がドーントレスの1機を捉える。
次の瞬間、光弾をしこたま食らったドーントレスは破片をばら撒きながら、錐もみ状態になって墜落した。
ようやく1機撃墜したのも束の間、またもや1000ポンド爆弾の着弾が、ジュンレーザの艦体を振るわせた。
2番艦ヴェサリウス艦長のアガス・ブレンルク大佐は、今まで聞いた事の無い甲高い騒音撒き散らしながら、猛然と急降下してくる飛空挺睨みつけていた。
「面舵だ!面舵一杯!」
彼の号令に従って、操作要員が舵をぶん回し、早く曲がるように祈る。
甲高い騒音が極大に達すると、いきなりダァーン!という爆発音が鳴り響き、ヴェサリウスの艦体が痛みに耐え切れないように震えた。
「飛空挺ごときに、これほど苦戦するとは!!」
ブレンルク大佐は堪えきれぬ怒りを感じながら喚き散らした。
ドーン!という音が鳴り、右舷艦首付近に水柱が立ち上がる。
唐突にエンジン音が鳴り、飛空挺が左舷側艦橋の間近で通り過ぎようとしていた。
その時、ブレンルク大佐は敵飛空挺の乗員と目が合った。
大きな眼鏡の奥に、冷たいような青い目。しかし、その青い目は彼らに挑むような感じがあった。
首には白いマフラーが巻かれており、それが風にたなびいて、どこか勇壮さも感じられる。
重々しい音を立てて、星の真ん中に丸い赤のマークの描かれた飛空挺は飛び去っていった。
「続いて敵飛空挺4機、急降下開始!」
「ええい、次から次へと!」
ブレンルク大佐は忌々しげに喚いた。
何度聞いても鳴れる事は出来ない音が再び上空に木霊し始める。
残った対空砲火がありったけの砲弾や光弾を注ぐ。
集中攻撃を受けた飛空挺があっという間に空中で爆発する。
その爆炎を後続機が突っ切って、臆さずに降下を続ける。
高空にあった小粒の期待は、短い時間ではっきりと姿が分かるまでに迫ってくる。
胴体に抱かれている爆弾が機体から離れ、あっさりとした動作で急降下から建て直しの態勢に入る。
(奴らうまいぞ!我が海軍の艦載ワイバーンと比べても遜色無い。)
あまりに見事な動作に、ブレンルク大佐は感嘆さえ覚えた。
ヴェサリウスは必死に右、左回頭を繰り返すが、敵飛空挺はそれに食らいついて、必殺の爆弾を叩きこんでくる。
ドガァーン!という爆発音が鳴り、後部艦橋の上部が吹き飛んだ。
次いで右舷側中央部に1000ポンド爆弾が叩き込まれ、高射砲2基と機銃座が纏めて叩き壊される。
唐突に第1砲塔に黒い物が当たった、と思われた瞬間、禍々しいオレンジ色の爆炎が沸き起こり、視界を遮った。
次いで煙の奥で別の爆発が沸き起こり、何かの破片が舞い上がった。
最終的に、ヴェサリウスは9発の1000ポンド爆弾を叩き込まれてしまった。艦のスピードは衰えていないものの、後部艦橋は全滅、左右舷側の高射砲、機銃座は半数以上が破壊された。
前部甲板の被弾箇所も、火災が発生し、黒煙が吹き上がっている。
この時、攻撃を受けた1番艦ジュンレーザは爆弾10発、3番艦クレングラは7発を被弾し、いずれも対空砲や魔道銃に夥しい被害を出していた。
脅威はまだ去っていなかった。
軍艦にとっての宿敵ともいえる雷撃機が、体系の崩れた3戦艦に忍び寄ってきた。
「左舷に敵攻撃機8機!」
「右舷にも敵飛空挺8機、低空飛行で接近してきます!」
ヴェサリウスを狙ったのは、空母レキシントン所属のデヴァステーター16機である。
まだヴェサリウスを守れる位置についていた駆逐艦、巡洋艦が狂ったように魔道銃を撃ちまくる。
左舷側の1機がいきなり機首を下に向け、海面に墜落して水飛沫を吹き上げた。
駆逐艦、巡洋艦の防御線を突破した時に、右舷側の1機が光弾をしこたま食らって爆散し、もう1機が火達磨になって海面に叩きつけられた。
残る敵機はそのまま進んでくる。
「対空砲!何をしているか!さっさと全滅させろ!」
ブレンルク大佐は叱咤するが、ヴェサリウスが放つ迎撃の火箭は驚くほど少なくなっている。
更に左舷側の敵飛空挺に海水浴を強要させたが、ヴェサリウスの戦果はそれだけに留まった。
「左舷の敵、水中推進爆弾投下!」
「右舷の敵も同じく投下!」
敵飛空挺が投げ落とした水中推進爆弾が、不気味な航跡を描いてヴェサリウスに向かって来る。
「取り舵一杯!」
ブレンルク大佐はそう命じて、迫り来る魚雷を避けようとした。
しかし、敵飛空挺は余りにも残酷だった。
敵は横に広がるように魚雷を投下し、ヴェサリウスが投網にかけられた様に航跡が迫りつつある。
左舷側に1本が、右舷側では3本が、確実にヴェサリウスに向かっていた。
「よ、避け切れません!」
見張りの絶叫が聞こえた瞬間、ヴェサリウスの左舷中央部に大水柱が立ち上がった。
ズドーン!という爆弾とは違う爆発音が響き、下から突き上げられるような衝撃が伝わる。
次いで、右舷側の中央部に2本、後部に1本の水柱が立ち上がり、ヴェサリウスの艦体が海面から飛び上がった。
艦内では床から足が離れ、天井に頭蓋を叩き付けられる者、バランスを失って物置の角に体を強打して
致命傷を負う者が続出した。
「ひ、被害を知らせろ!」
艦長は裏返った声音で、伝声管に向かって叫ぶ。ややしばらくして、各所から報告が届いた。
「左舷第5甲板に浸水!手が足りません、応援をよこして下さい!」
「右舷第5甲板第12区画と連絡が取れません!」
「右舷第16区画に大穴が開いています!一旦上に避難します!」
ブレンルク大佐は青ざめた。舷側には敵弾用に張り出し鋼板(バルジ)を取り付けたのだ。
しかし、敵飛空挺の水中推進爆弾は、それを突き破って艦内に被害を及ぼしている。
そう、敵飛空挺は、重装甲の戦艦ですら、討ち取れる武器を引っさげてきたのだ!
「なんという事だ・・・・・・」
余りの被害の酷さに、彼は言葉を失った。
右舷に傾斜した状態では、まともに主砲を打てるはずも無い。
幸いにも、この被害だけでは沈む事は無いが、ヴェサリウスがレースベルン公国に主砲弾をぶち込む機会は、脆くも失われたのだ。
魚雷を受けたのはヴェサリウスだけではない。
他にも旗艦のジュンレーザは左舷に2本、右舷に1本を被雷し、クレングラは左右の中央に1本ずつ叩き込まれ、速度低下を来たしている。
又、クレングラを外れた魚雷の1本は、護衛の駆逐艦ガテに突き刺さって、これを轟沈させている。
駆逐艦はともかく、戦艦3隻が、レースベルンの砲撃に参加できぬか、砲戦能力を著しく奪われたのだ。
それも、非力なはずの飛行物体を相手にして。
この損害に対して、撃墜した敵飛空挺はあまり見受けられなかった。
良くて、20機ほどを撃ち落したぐらいだ。
いつの間にか、敵飛空挺の群れは、潮が引くように去っていた。
来る時も早いが、引く時も早い。
「見事だ・・・・・・憎らしいほどまでに見事だ!」
ブレンルク大佐は体を震わせて、憎らしげな口調で叫んだ。
攻撃が開始されてからわずか30分足らず・・・・・・・
誰もがあっという間の出来事に呆然としている時、北から見慣れた飛行物体が現れた。
「ワイバーンだ!」
誰かがそう言うと、艦隊の将兵はほとんどが北の方角を見る。
翼を上下させながら、20騎ほどのワイバーンが、翼を上下させながら上空に現れた。
「来るのが遅すぎた・・・・・」
ブレンルク大佐は失望したような口調で呟いた。
ふと、南からも、何かの音が聞こえてきた。
午前10時10分
3個空母群から発艦した第2次攻撃隊108機は、敵艦隊の上空に到達した。
「こちらヌアンバー12、敵艦隊の上空に飛行物体を発見。敵の護衛だ。」
空母サラトガ戦闘機隊の隊長である、ジョン・サッチ少佐は攻撃隊指揮官機にそう告げた。
「こっちでも確認した。クソ、北からやって来ているぞ。」
「ワイバーンは俺達が引き受ける。あんたらは敵戦艦を沈めてくれ。」
「分かった。ワイバーンを近づけないでくれよ。」
それで会話が終わる。
第2次攻撃隊は、エンタープライズからF4F12機、SBD16機、TBD12機。
レキシントンからF4F12機、SBD12機、TBD10機。
サラトガからF4F10機、SBD14機、TBD12機で編成されていた。
しかし、途中でエンタープライズのドーントレス1機と、サラトガのデヴァステーター1機が
エンジン不調で引き返したため、108機となっている。
遠くの敵ワイバーンがこちらを視認したのか、旋回をやめて第2次攻撃隊のほうへ向かい始めた。
高度はワイバーン隊で3000メートル、米攻撃隊が3700メートルである。
32機のワイルドキャットのうち、エンタープライズ隊とサラトガ隊のF4Fが離れて高度を稼ぐ。
レキシントンのF4Fは攻撃隊の周囲に張り付き、来るかも知れぬワイバーンに備えた。
高度が4000に上がったところで、ワイルドキャットは上昇を止めて、敵編隊に近づく。
ワイバーン隊は、怒りに駆られたかのように真っ直ぐ米攻撃隊に向かって来る。
敵編隊の一部は、米戦闘機隊にへと向きを変えた。
少し大きそうなドラゴンに、人が1人またがっている。
サッチ少佐は、それがすぐにドラゴンを操るパイロットだと分かった。
「突っ込むぞ!」
彼はマイクに向けてそう叫ぶと、機体を左横転降下させる。
それを機に、ワイルドキャットが1機、また1機と、つるべ落としのように横転降下していった。
ワイルドキャットは、真正面から敵のワイバーンと突き当たった。
次第に、ワイバーンの姿が大きくなってきた。
目測で800メートルに達したところで、両翼の12.7ミリ機銃を発射した。
ダダダダダダ!というリズミカルな音が鳴り、曳光弾が狙ったワイバーンに注がれる。
ワイバーンも口を開き、細い光を多数放ってきた。
緑色の光がワイルドキャットの右や左横を掠めていく。ガンガン!と何かが胴体に当たった。
狙ったワイバーンに12.7ミリ機銃弾が命中した。
一瞬、薄い赤色の閃光が走ったが、すぐに何かの破片が飛び散り、操縦者らしき人影が大きく仰け反った。
狙いを別のワイバーンに切り替えて、再び機銃弾を浴びせる。これはワイバーンの横を空しく通り過ぎたに留まった。
古の竜達が、人造の機械群に真っ向から突っ込み、そして通り過ぎた時には双方にいくつかの墜落機が出た。
米側は1機が、燃料タンクや尾翼に光弾をしこたま振るわれて、バランスを失って墜落していく。
シホールアンル側は4騎のワイバーンが翼をもぎ取られたり、操縦者はワイバーン双方が致命傷を負って落ちていく。
互いはすぐに散開して、それぞれの目標に立ち向かった。
サッチ少佐は、ワイバーンの群れを通り過ぎた後、下降から上昇に転じ、周囲を確認してから、敵を狙う。
編隊からはぐれたのか、1騎のワイバーンが空戦域に戻ろうとしている。
サッチ少佐はあれを狙うと決めた。
機速を再びフルに戻し、500キロ以上のスピードでワイバーンを追って行く。
ワイルドキャットのエンジン音に気が付いたのか、唐突にワイバーンも旋回してサッチ機に向かって来た。
この時、サッチ少佐はワイバーンの旋回に驚いていた。
「なんて旋回性能だ!あんなスピードなのにくるりと回りやがった!」
そう言っている間にも、彼我の差はみるみる縮まった。
ワイバーンが距離900で光弾を撃ってきた。サッチ少佐は即座に機を横滑りさせる。
緑の弾がワイルドキャットの右横を通り過ぎる。
「お返しだ!」
12.7ミリ機銃をぶっ放し、それがワイバーンを貫く姿を思い浮かべる。
しかし、ワイバーンはいきなり、背の方向に避けた。普通の飛行機では考えられない動作だ。
このため、4本の火箭は空しく空を切った。
「なんて化け物だ!」
サッチ少佐は思わず舌を巻いた。
ワイバーンが光弾を放つが、サッチも機体を横滑りさせてこれを避ける。
互いに通り過ぎた瞬間、サッチ少佐は機体を急降下させた。
案の定、ワイバーンはすぐに旋回させて、サッチ機の後ろに回り込もうとしていたが、思惑がはずれ、慌ててサッチ機に追いすがってくる。
高度が2000メートル、1800メートル、1500メートルと下がっていく。
サッチは敵のワイバーンが追って来ないことを祈って急降下を続ける。
高度が600メートルで機体を引き起こし、Gに耐えつつも左旋回上昇で再び上空に上がる。
見ると、ワイバーンはワイルドキャットの1000メートル上空で水平に飛行している。
彼はこの時、ワイバーンがワイルドキャットの急降下速度に追いつけないのでは?と思った。
実際そうであった。
ワイバーンはワイルドキャットに追いすがり、光弾を撃ったが、ワイルドキャットに追いつけるどころか、ぐんぐん引き離されてしまった。
そして、諦めて水平飛行に移ったのである。この時、ワイバーンの御者はワイルドキャットから目を離していた。
一瞬のミスが、御者の命取りなった。
次に轟音に気が付き、海面に目を向け、敵を見つけた時には、ワイルドキャットが真下から上昇してきた。
すぐにワイバーンも下降して正面から向き合おうとしている。だが、
「貰ったぁ!」
その時には、ワイルドキャットは遠距離から12.7ミリ機銃を放っていた。
直進性の高い12.7ミリ機銃弾は、900メートルの遠距離にもかかわらず、予想した未来位置に弾幕が張られた。
過たず旋回しかけたワイバーンは自ら弾幕に飛び込む格好になり、機銃弾が突き刺さった。
胴や翼に機銃弾が殺到し、魔法障壁が限界を来たして破られ、何十発という機銃弾をぶち込まれ、肉片と血を噴き出す。
バランスを失ったワイバーンは、やがて力なく墜落していった。
「やっと2機か・・・・・なかなか手強いな。」
サッチ少佐が抱いた、ワイバーンの感想はこのようなものであった。
ワイバーン隊はワイルドキャット隊と熾烈な殴り合いを演じた。
格闘戦で落とそうとしたワイルドキャットは、ワイバーンの驚異的な旋回性能に後ろを取られ、光弾を浴びて撃墜される機
もいれば、正面で向き合った時に、すれ違いざまにブレスを吹きかけられて、機体が火達磨になって墜落した機もあった。
ワイルドキャットも、速度差を生かして急降下で一撃し、ワイバーンをずたずたに引き裂くのもいれば、
横合いからワイバーンと御者を蜂の巣にするワイルドキャットもいた。
この時、ワイバーンは9騎が撃墜され、ワイルドキャットは3機が撃墜されていた。
「敵飛空挺急降下!」
何度目かの敵飛空挺の急降下爆撃が始まり、甲高い轟音が辺りに撒き散らされる。
ジュンレーザは、8リンルに落ちたスピードで、必死に回頭を繰り返すが、動きは悲しくなるほど鈍くなっていた
4機のドーントレスが、1本棒となってジュンレーザに突っ込んで来る。
やや間を置いて、先頭の1機が胴体から爆弾を投下した。
爆弾は黒煙に覆われた中央部に命中すると、大音響を上げて黒煙を一瞬だけ吹き飛ばした。
2発目は外れたが、3発目、4発目が、酷く打ちのめされたジュンレーザの艦体を、より一層傷付けた。
ドーントレスの中には、機銃弾を撃ちながら飛び去っていく機もあり、何発かが消火活動に当たる兵員に当たって命を奪った。
「こんなはずでは・・・・・・戦艦が・・・・・敵の飛空挺ごときにやられるなど・・・・あってはならん事だ!」
ポンクレル中将は、怒りに目を血走らせていた。
「左舷より敵飛空挺接近!低空です!」
「右舷より敵飛空挺、低空より接近中!」
もはや、幕僚の中には、レースベルン沿岸の砲撃など頭に無い。
彼らの頭にあるのは、この突発的に起きた海戦を生き残る事のみだ。
「司令官、もはやレースベルンの砲撃は無理です。撤退しましょう。」
「撤退だと!?」
ポンクレル中将は怒気の込められた口調で怒鳴った。
「撤退などしない!例え1隻になろうとも、レースベルンに近付く!」
「司令官!もはや3隻の戦艦は砲撃もままならぬほど弱体化され、4番艦のポアックまでもが被害を受けています。
ここは一旦引き上げ、再興を期すべきです。」
「貴様!」
「敵飛空挺接近!」
見張りの声が、ポンクレル中将の言葉を遮る。
艦隊は体系が崩れ、定位置についているのは数えるほどしかいない。
数少ない駆逐艦が光弾を撃ちまくるが、全く命中しない。
米雷撃機は、駆逐艦の抵抗を嘲笑うかのように、ひたひたと迫って来た。
「くそ・・・・・」
艦長の指示が艦橋に木霊し、残り少なくなった高射砲や魔道銃が狂ったように撃ちまくるが、その弾幕は驚くほど薄い。
なんとか、米雷撃機を1機撃墜したが、その報復は何十倍にも増して叩き返された。
「左舷に航跡3!」
「右舷に航跡5!」
ジュンレーザは、海水を飲んで重くなった艦体を、遅いなりに、そして必死に艦首を回そうとする。
だが、それは徒労に終わった。
突然、右舷艦首に水柱が立ち上がった。
先ほど体験した恐ろしい衝撃が、再びジュンレーザの艦体を揺さぶり、乗員を壁や天井に叩きつけ、床に転がす。
続いて2本の魚雷がジュンレーザの右舷後部と艦尾に命中、止めとばかりに2本が左舷中央部にぶち込まれた。
先の3本よりも多い、5本の水柱がジュンレーザを囲い、15000ラッグの巨体は、熱病患者のように激しく痙攣した。
水柱が崩れ落ちると共に、ジュンレーザはがくりとスピードを落とし、やがて停止した。
上空を、米艦載機が誇らしげに飛び去っていく。
ジュンレーザの後方にいるヴェサリウスも、左舷に大きく傾き、艦体から激しく黒煙を噴き出している。
クレングラもまた、爆弾4発を浴び、魚雷2本を被雷しているが、こちらは前の2艦と比べて、比較的傷は浅かった。
しかし、それでも大破状態であり、黒煙吹き上げながら海面をのた打ち回っている。
4番艦のポアックもまた、魚雷2本を左右に叩き込まれ、速力を著しく低下させていた。
護衛艦艇は、駆逐艦1隻が新たに撃沈され、巡洋艦1隻と駆逐艦2隻が大破された。
もはや、第6艦隊の主戦力は、戦闘開始前と比べると、無残としか言いようの無い状況だった。
唯一の救いとしては、5番艦のヒーレリラがまだ無傷である事だろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ポンクレル中将は、傾斜した艦橋で、停止して黒煙を吹き上げるヴェサリウスに視線を向けていた。
彼の顔は真っ青に染まっており、今起きている出来事が信じられないような表情だ。
視線の向こうのヴェサリウスは、艦橋が大きくひしゃげ、黒煙の向こうにちらちらと炎が見える。
爆弾が艦橋を直撃したのだ。
「なあ主任参謀。これは夢かね?それとも現実かね?」
ポンクレル中将は、力の無い口調でファルン・ジャルラ少将に聞いた。
「現実です。」
彼は躊躇い無く答えた。
「そうか・・・・・・。」
ただ、ポンクレルは軽く頷き、視線を寮艦に定め続けている。
「スパイの情報によれば、レースベルンにはワイバーンの部隊は僅かしかいなかった。アメリカ軍の航空部隊は現地に展開していると言う情報は入っていなかった。俺は安心して、命令どおりに艦隊を動かした。だが、アメリカ軍はいたのだよ。」
ポンクレル中将はジャルラ少将に顔を向けた。彼の表情は、何もかも諦めたようなものだった。
「海に。それも、空母を主力とする別の艦隊が。空母は、別にいたのだよ。とんだ失敗だな。」
そう言って、彼はくっくっくと笑った。
「それが分からなかったばかりに、私はこうして、世界で初めて戦艦を撃沈された提督として、
世に知らされるというわけだ。私は、世に名を知らしめてやろうと思ったが、このような形で実現するとはな。」
その時、艦の傾斜が少し深くなった。ジュンレーザの艦内には、海水が侵入しつつある。
右舷に傾斜した艦体のバランスは、もはや復元出来る範囲を超えていた。
「主任参謀、全艦隊に撤退命令だ。これ以上進んでも、いたずらに被害を増やすばかりだ。」
「分かりました。司令官、もはやこのジュンレーザは持ちません。急いで退避しましょう。」
「私もかね?」
ポンクレル中将は首を横に振る。
「私はここに残る。戦艦をむざむざやられた以上、おめおめと逃げ帰る事は出来ないさ。」
中将は、悲しげな笑みを浮かべた。
「気楽な航海が、とてつもない後悔に変わってしまったな。」
1481年12月7日 午前10時30分
「第2次攻撃隊より報告です。」
空母エンタープライズの艦橋で、ハルゼーは通信参謀に報告電を読ませた。
「我、敵戦艦2隻、駆逐艦1隻撃沈確実、戦艦2、巡洋艦1、駆逐艦1を大破せり。
我が方の損害はF4F5、SBD7、TBD8喪失。敵ワイバーンを12騎撃墜せり。
尚、敵艦隊は針路を北に反転、撤退を開始せり。以上です。」
ハルゼーはその報告を聞き、大きく頷いた。
「攻撃隊はよくやってくれた。これで心置きなくカレアントのシホールアンル軍を叩ける。」
「今回の勝利は、ボストン沖海戦に勝るとも劣らぬほど大きい物になるでしょう。」
参謀長のブローニング大佐が言う。
「飛行物体で戦艦を撃沈できぬと信じ込んでいましたが、これで敵海軍に大きなショックを与えられたでしょう。」
「ああ、全くだ。」
ハルゼー中将はそう言った。
この艦隊の中で、戦艦を沈めることが出来て一番喜んでいるのは、ハルゼー自信だろう。
「しかし」
ハルゼーは第1次攻撃隊の暫定報告を見る。
第1次攻撃隊は、現場海域のみでSBD9機、TBD8機を失っている。
他にも被弾損傷した機体は多数に上る。
「こっちも少なくない被害を受けたな。1次、2次の攻撃だけで、36機の艦載機を失っている。
まだ攻撃隊は帰っていないが、これから修理不能機もちらほらと出てくるだろう。」
「司令官、作戦続行には支障を来たすほど、損害は大きくありませんが。」
航空参謀のタナトス中佐が言うが、ハルゼーは厳しい目つきで彼を見つめた。
「小さくも無いがな。」
「敵艦隊の対空砲火は、なかなか激しい物だったと報告にあります。シホールアンルは、長らく戦争をやって来た上で、
戦艦至上主義に染まりましたが、同時に航空兵力の威力も認識していたのでしょう。」
「それで、攻撃隊は敵艦隊の盛大な歓迎を受けたわけか。つくづく、シホールアンルと言う国は物持ちがいいものだな。」
ハルゼーはコーヒーを飲んでから、言葉を続けた。
「とりあえず、邪魔な敵艦隊は、これで追っ払う事が出来たわけだ。本当なら、後退する残りの敵戦艦や
空母を全部沈めるまで攻撃を続けたいが、カレアントの情勢がいまいち思わしくないようだ。
今回は敵艦隊に対して、第3次攻撃は出来ない。まあ、追撃が出来ぬから諸君も不満はあるだろう。
残りは次に取っておいて、今はカレアントのシホット共を叩き潰す事を考えよう。」
この日、世界である定説が崩れた。
その定説とは、戦艦は飛行物体との戦いでは沈められないと言うものだった。
この日まで、シホールアンルの軍人のみならず、南大陸の軍人や一般人までもがそう思っていた。
だが今回、米機動部隊と第6艦隊との間で行われた戦い、レアルタ島沖海戦は、この前提を大きく打ち破る事になった。
米機動部隊から発艦した、2波合計232機の艦載機は、最終的に36機の被撃墜機と、7機の修理不能機を出しながらも、
敵戦艦ジュンレーザとヴェサリウス、駆逐艦2隻を撃沈。
戦艦クレングラと巡洋艦1隻、駆逐艦1隻を大破、戦艦ポアックを中破させ、ワイバーン12騎を撃墜した。
このレアルタ島沖海戦は、シホールアンル上層部に、アメリカ手強しという認識を植え付けるきっかけとなった。
1481年12月7日 午前4時 レアルタ島東30マイル沖
第19任務部隊に所属する潜水艦のノーチラスは、緊急に配布された海図を元に、レアルタ島東30マイル沖に到達していた。
ノーチラスの任務は、南大陸東海岸の敵情偵察である。
この日、ノーチラスは14ノットのスピードで西へ向かっていた。
艦橋に見張りが5人立ち、それぞれが受け持ちの場所で敵がいないか、目を凝らして海上を眺めている。
「哨戒長、海はどこに行ってもあまり変わらんものだなあ。」
艦橋で風に当たっていた艦長のトーマス・グレゴリー少佐は、哨戒長にそう言う。
「こうして、静かな状況がいつまでも続くと言いのですが。」
「こういう、気持ち良い夜風に当たっていると、戦争のことなぞどうでもいいと思ってしまうな。」
「艦長、艦内と比べたら、ここは天国でしょう?」
「天と地の差があるな。艦内は臭いし、暑いし。でも、たまに思うんだが、よくこんな不衛生な艦種で、
よくここまで出世できたものだと思うんだ。哨戒長、君もそう思った事はないか?」
「さあ。」
グレゴリー艦長の言葉に、哨戒長は肩をすくめる。
「元々、自分は潜水艦が好きなもので。あまり不自由には思いませんね。アイスクリーム製造機さえあればもっとやる気が出ますが。」
「アイスクリームがこのノーチラスにやってくるのはいつになるか分からんよ。出来るだけ、よこせとは言ってやるが。」
「頼みますよ、艦長。」
哨戒長は期待してそう言う。
その時、
「右舷前方に何かが見えます!」
突然、艦首を見張っていた水兵が唐突に叫び声を上げた。
その瞬間、のんびりとしていた空気が、一気に緊迫の度合いを増す。
「どこだ?」
「あそこです。」
艦長は、見張り員が指差した右舷前方に双眼鏡を見る。
「ソナー室より報告、右舷前方に船らしき推進音探知。距離1万メートル。」
その声を聞いたグレゴリー少佐はすぐに判断を下した。
「潜行だ!」
彼はすぐにそう命じた。
「急速潜行!」
「急速潜行、アイアイサー!」
吹く省の掛け声と共に、操作要員が慌しく動き回り、計器や機械に取り付いた。
その間、見張り員が続々と艦内に入って来た。
グレゴリー少佐は最後に入ると、ハッチをしっかりと閉め、潜行の下準備を終えた。
ノーチラスの艦体は、艦首を下にして、海中に潜って行く。
「深度50まで潜行。」
「深度50まで潜行、アイサー。」
「速度8ノット、針路270度。」
「速度8ノット、針路270度、アイサー。」
グレゴリー艦長は、潜行したノーチラスを、一旦西の方角に向かわせた。
西に向かわせたのは、発見した敵艦隊のおおよそ数を知るためである。
「艦長、敵の駆逐艦には、ソナーらしきものがついているようです。近付きすぎては爆雷攻撃を食らうかもしれませんよ?」
副長のアイル・ワイズマン大尉は忠告した。
「アイル、何も攻撃をしようとは思っていない。俺の目的としては、この不審な艦隊の詳細を少しでも調べ、
太平洋艦隊司令部に報告する事だ。敵艦隊と交差しそうなとこまでしか近付かないさ。」
そう言って、副長を宥めた。
ノーチラスは、敵艦隊と交差する海域まであと7000メートルまで迫ったとこで、艦を停止させた。
やがて、聴音機に複数のスクリュー音が聞こえてきた。
聴音員のシール・ベンソン1等水兵は、スピーカーの向こうの世界に、耳を傾けた。
最初、遠くでスクリュー音を聞いた時は、どこか小さな物だったが、今では明らかに、複数の艦が発すると思われるスクリュー音を捉えていた。
「どうだ?」
「音響は、かなり小さいです。真下であればもっとハッキリ分かると思うのですが。」
そう言いながらも、ベンソン1等水兵は耳に全神経を手中させる。
彼の耳には、相変わらず小型艦が発するスクリュー音しか聞こえなかったが、次第に大きめのスクリュー音が聞こえてきた。
その音は重々しく、先の音と比べて頼りがいがありそうな物だ。
前者が、子供がとことこ歩くような音であれば、今の音は恰幅のいい大人が足音を誇らしげに立てる音のようだ。
「大型艦らしき音響、探知しました。」
ベンソンの声に、誰も反応しない。艦内は静まり返っている。
音響は止む様子が無い。
「聴音員は、まだ聴音機にかじりついているようだが、海の上の奴らは、意外と大き目の艦隊らしいな。」
「よく、戦艦や巡洋艦主体の艦隊が、南大陸の沿岸を嫌がらせで砲撃していると聞きますが、もしかして、
自分達が探知した音の主は、まさか砲撃部隊なのでは?」
「もっと近寄ってみない事には分からないさ。しかし、近寄ったら、あちらさんも盛大に歓迎してくるだろうし、
行きたくても行けないよ。」
「爆雷のプレゼントは確かに嫌ですな。」
「彼女のプレゼントなら、喜んで受けるがね。」
そう言って、グレゴリー艦長は微笑む。
「何はともあれ、俺達が出来るのは報告だ。敵さんの姿は確認出来ていないが、無理に攻撃して沈められるよりは、
報告した方がいい。この艦にアイスクリームが入るまでは死にたくないからな。」
1481年12月7日 午前2時 カリフォルニア州サンディエゴ
「レアルタ島沖東30マイル付近に、未確認の艦隊を探知。敵の針路210度。艦隊には大型艦数隻を含む、か。
ミスタースミス、この大型艦というのは何だと思う?」
太平洋艦隊司令長官のハズバンド・キンメル大将は、参謀長のスミス少将に聞いた。
「ノーチラスの報告にあった大型艦というものは、恐らく戦艦ではないでしょうか?」
彼は、南大陸の地図に指示棒を当てた。
「シホールアンル軍は、時々、南大陸の沿岸を艦砲射撃して、味方地上軍の援護や、敵対国に揺さぶりをかけているようです。
この艦隊も、恐らくは艦砲射撃を任務とする艦隊という可能性はあります。」
「これが敵の機動部隊という可能性は無いのかね?」
「私としては・・・・・判断が付きかねます。何しろ、情報が少ない物で。」
この情報は、突然ノーチラスから送られてきた。太平洋艦隊司令部は、ハルゼー部隊の攻撃を見守ろうと、司令部で待機していた。
キンメルが攻撃開始予定の時刻まで仮眠を取ろうとした時、突然この報告が舞い込んできたのだ。
「ワシントンから戻ってきたグリンゲル魔道師は、今睡眠中か?」
「はい。宿舎のほうでお休みなられているかと。」
キンメルは舌打ちした。
「グリンゲル魔道師にはすまないが、ちょっと司令部まで呼んでもらえないかな?」
「分かりました。」
彼はいささか気が引けたが、敵軍の情報に関しては一番知識があるグリンゲルを呼ぶ事にした。
しかし、こちらが呼ぶ必要は無かった。
ドアが開かれ、若い士官が入って来た。
「長官、グリンゲル魔道師が来られました。」
「何?本当かね?」
キンメルはやや驚いた表情になったが、すぐに通せと命じた。
しばらくして、ドアの向こうにダークエルフの男が現れた。
冷静沈着という言葉をそのまま形にしたような男である。
「グリンゲル魔道師、よく来られた。」
「皆さん、こんばんは。実は、先ほど重大な魔法通信を受け取ったので、これを皆さんにお伝えしたく、ここにやって来ました。」
「重大な魔法通信とは?」
キンメルが聞く。
「ええ。それを貸してもらえますか?」
スミス少将から指示棒を手渡されると、レイリーは南大陸ではなく、北大陸のとある地点を指示棒でトントン叩いた。
「北大陸のここ。ここはベンツレアと呼ばれる土地で、港があります。
実は、この港はつい最近、軍港に作り変えられていたと現地のスパイから報告がありました。」
「その現地のスパイが、今回の重大情報の発信元かね?」
「その通りです。」
レイリーは大きく頷いた。
「スパイの情報によれば、12月4日早朝、戦艦5隻を含む艦隊がベンツレアを出港し、南に向かったと伝えられています。」
「戦艦だと!?」
作戦室内の空気はがらりと変わった。
ベンツレアからレアルタ島沖まで、直線距離で1000キロはある。そこから先はシホールアンルの艦隊が入った事の無い海である。
それに、前線のあるカレアント公国は、レアルタ島の横の位置では既に国境線に入るか、入らないかの場所にあり、
未知の艦隊が現進路を保てば、前線ではないレースベルン公国の沿岸に辿りつく。
「先ほどのノーチラスの報告・・・・・そして、グリンゲル魔道師の敵艦隊出港の情報。何か臭うな。」
キンメルは腕を組んで、仏頂面で考えた。
なぜ、敵艦隊はわざわざレースベルンに向かうのか?前線の支援にしては、戦場は余りにも離れすぎている。
そもそも、敵艦隊はどういった理由で、レースベルンに向かうのだろうか。
誰もが思考を巡らし、見えざる敵艦隊の意図を掴もうとしていた。
その時、作戦室に別の士官が飛び込んできた。
「TF8より緊急信です!」
誰もがその若い士官に目を剥いた。
「読みます。本日午前4時(現地時間)レアルタ島のスパイが敵艦隊を視認。敵艦隊は戦艦を伴うと思われる。
攻撃目標は打ち合わせ通りなりか、指示を待つ。以上です。」
「TF8といえば、ハルゼーの艦隊だな。ハルゼー部隊は今どこに居る?」
「現在は・・・・・・この地点にいます。」
ハルゼー中将の第8任務部隊は、第10、第12任務部隊と共に現在レースベルン公国の沿岸250マイルにおり、
これから北上してカレアント公国のシホールアンル軍を叩ける位置に移動しようとしている。
そこは、レアルタ島から南南西400マイルの位置であった。
「グリンゲル魔道師、敵艦隊の意図は何だと思う?」
「恐らくは・・・・・この敵艦隊は、西海岸のバゼット半島沿岸でやったように、艦砲射撃で揺さぶりをかけるのが目的だと思います。」
「揺さぶり・・・・か」
いずれにせよ、敵艦隊の主力の一部が、思わぬ形で出てきたのだ。
TF8を始めとする空母部隊は、偶然にも敵の予想針路を遮る形で航行している。
「TF8、10、12に緊急信だ。」
キンメルはすぐに決断した。
「攻撃目標を、レアルタ島南西沖を航行する敵艦隊に変更。発見次第即座に撃退せよ。」
1481年12月7日 午前6時30分 レアルタ島南西沖350マイル地点
「諸君、新たな情報が入った。」
ハルゼーは、作戦室に集った幕僚の顔を眺めて口を開いた。
「10分前に、第19任務部隊の別の潜水艦が、レアルタ島沖南西130マイル付近で敵の戦艦部隊を発見した。
我が機動部隊の位置はここ、そして、敵戦艦部隊の位置はここだ。」
TF8,10、12の3個艦隊は、現在舳先をカレアント公国の沿岸に向けている。
それに対し、敵の戦艦部隊はレアルタ島の沖合いを南西に向けて航行している。
彼我の距離はおよそ350マイルで、このまま行けば針路は交錯する。
敵艦隊は20ノットのスピードで航行しており、アメリカ側の3個空母部隊は24ノットのスピードで北上しているから、
1時間後には200マイルまでに縮まっている。
「太平洋艦隊司令部は、この敵艦隊の撃退を優先せよと命令してきた。この調子で行けば、7時には味方艦載機の攻撃圏内に入る。」
ハルゼーは見回すように言う。
「もう時間が無い。後は艦載機の発艦準備を行い、出撃の時を待つだけだ。」
途端に、ハルゼーの顔がいつものブル・ハルゼーの表情に戻った。
「俺達は、敵に教えなければならん。飛行物体は戦艦に勝ちうるという事をな。たっぷりと、げっぷがでるまで教えてやろう。」
時間の流れは速かった。
あの会議から2時間が経った午前8時30分。
エンタープライズの飛行甲板には、発艦を待つ42機の艦載機が、エンジン音を轟々と唸りを上げていた。
「マイルズ、俺はこの時を待っていたよ!」
艦橋の張り出し通路で、発艦準備の作業を見ていたハルゼー中将は、ブローニング大佐に話しかけた。
艦隊は30ノットのスピードで向かい風に向かって航行している。
「世界は違うとは言え、敵に俺達の本気の力を見せ付けてやれる時が来た!」
「司令官、なんだか嬉しそうですな!」
艦載機の発するエンジン音があまりにも大きいため、2人は怒鳴りあう格好で会話していた。
「あたりまえだ!俺がみっちり教えた部下達が、今初仕事をやろうとしているんだ。嬉しくないはずは無いさ!」
彼は左隣にいるクルーゲル魔道師に声をかけた。
「どうだいラウス君!いい光景だろう?」
「はあ・・・・・確かにいい光景ですね」
ハルゼーの耳には、ラウスの声は小さいような気がしたが、聞き取れたからよしとする。
「これで、いつものめんどくさい気持ちも吹っ飛ぶだろうよ!」
そう言って、ハルゼーは高笑いをあげながら、彼の肩を叩いた。
その時、艦橋内から発艦始めの声が聞こえた。頷いた甲板要員が、フラッグを掲げ、それを思いっきり振った。
先頭のF4Fが、グオオー!という力強いエンジン音を上げながら、飛行甲板を走っていく。
飛行甲板を完全に走りきる直前、F4Fの機体がふわりと浮き上がり、よく晴れた大空に舞い上がっていく。
対空砲要員や甲板要員の応援を後押しに、次々とF4Fが発艦していく。
ハルゼーは、1機が発艦する度に拳を振り上げ、
「頑張れよ!!」
と言って見送った。
12機のF4Fが発艦すると、今度はドーントレスの番がやって来た。
重い1000ポンド爆弾を抱えたドーントレスは、鈍重さを感じさせぬ動きで飛行甲板を駆け抜け、空に上がっていく。
「TF10、12も発艦を始めました!」
通信参謀がハルゼーに報告してきた。その報告を聞いたハルゼーは満足そうに頷く。
「ニュートンやフィッチの部隊も、パイロットの出来はいいからな。
今回の攻撃で、最低でも戦艦の1隻は確実に沈められるぞ。」
彼の呟きを、発艦していくドーントレスのエンジン音が遮った。
ドーントレスが発艦し終えると、待ってましたとばかりにデヴァステーターが発艦して行った。
1機の事故機も出さずに、エンタープライズから42機の艦載機が発艦を終え、攻撃隊は編隊を整えて、北東の方角に向かっていった。
12月7日 午前9時30分 レアルタ島南西170マイル沖
シホールアンル第6艦隊の上空に、14騎のワイバーンが上空を旋回していた。
この14騎のワイバーンは、後方30ゼルドにいる第22竜母機動艦隊から発進したものだ。
艦隊の西には、南大陸がある。
レアルタ島から南は、シホールアンルにとって、未知の海だ。
「そろそろ、ワイバーン隊の第1直目が引き返す時間ですな。」
「ああ。敵側は偵察用のワイバーンを飛ばして来ないな。どうしたものか。」
第6艦隊司令官であるウルバ・ポンクレル中将は訝しげに呟く。
第6艦隊の西100ゼルドには南大陸がある。
距離からして、航続距離の短い南大陸のワイバーンでも攻撃圏内に入る。
「敵のワイバーン部隊は、味方以上に損耗が大きいようです。そのため、偵察用のワイバーンも数が足りないのかもしれません。」
「なるほど。それなら敵のワイバーンが来ない事も納得できる。」
ポンクレル中将は頷く。味方のワイバーンと、南大陸のワイバーンの撃墜率は3:1となっている。
つまり、敵はこちら側のワイバーン1騎を落とすのに、3騎の犠牲を払っているのだ。
元々、南大陸のワイバーンは、体系は北大陸の物と比べて少し小さく、大人しい性格だが、
北大陸のワイバーンはやや大きめのものが多く、性格も荒々しい。
その差が彼我の撃墜率となって、冷酷なまでに表されている。
特に海軍の使う戦闘ワイバーンは優れたもので、航続距離は550ゼルド、スピードは245レリンク(490キロ)という高性能である。
これとは別に、攻撃用ワイバーンもあるが、そのワイバーンも210レリンクのスピードと、650ゼルドの航続距離を持っている。
空戦性能も下手なワイバーンよりは格段に上だ。
「ワイバーン隊、引き返して行きます。」
1直目のワイバーン14騎が北のほうに向かっていく。
「2直目は何時に来るかね?」
「予定時刻としては10時であります。」
「そうか。30分の間だけ、空はがら空きと言う事か。」
彼は別に気にも止めぬ口調で呟いた。
耳に何か羽虫のような音が聞こえたが、大した音ではなく、誰も気に止めなかった。
雲の中に隠れながら、第6艦隊の位置を打電しているドーントレスは、幸いにも気が付かれなかった。
午前9時40分 レアルタ島南西170マイル沖
攻撃隊指揮官を務めるエンタープライズ艦爆隊のウェイド・マクラスキー少佐は甲高い口笛を吹いた。
「こちらベビーライト1、マザーグースへ。敵戦艦部隊を発見した!先行した偵察機の報告どおりだ!」
「こちらバーサーカー1。ベビーライト1へ、どうするウェイド?敵艦隊は戦艦らしい艦が5隻もいる。」
「バーサーカー1、そっちはどうしたいと思う?」
「今回は撃退が目的だから、なるべく多くの戦艦を傷付けてやりたい。だが、1隻でも沈めて敵の戦意を削ぐのも必要だな。」
マクラスキー少佐は一瞬迷った。敵艦隊には陣形の真ん中に戦艦を置いている。
5隻の戦艦を同時に叩きたいではあるが、攻撃力は弱くなり、軽微な被害しか与えられないかもしれない。
現在、攻撃隊は124機いる。そのうち、対艦攻撃が可能なのは爆装のドーントレスと雷装のデヴァステーターが84機だ。
「ここは、ある程度纏まった数で1隻に当たった方がいい。
母艦ごとに戦艦1隻ずつだ。母艦ごとに2隻や3隻を相手にしていたら、沈める物も沈め切れないだろう。」
「OK。攻撃隊指揮官は君だ。目標の割り当てを頼む。」
「分かった。」
マクラスキーは一呼吸置き、体内無線で全機に告げる。
「全機に告ぐ、これより敵艦隊を攻撃する。エンタープライズ隊は敵戦艦1番艦。レキシントン隊は敵戦艦2番艦。
サラトガ隊は敵戦艦3番艦を狙え。F4Fは上空にて、敵ワイバーンの襲来を警戒しろ。全機突撃せよ!」
彼の指示を受け取った攻撃隊の各機は、それぞれが所定の位置に向かい始めた。
戦闘機隊は、いつ来るかも知れぬワイバーンの迎撃を警戒して中空へ、艦爆隊は高度を4000メートルまで上昇し、艦功隊は低空へと降りて行く。
見事に息の合った行動に、シホールアンル側の艦隊は息を呑んでいた。
まず、攻撃の先鋒を務めるのは、ドーントレス隊からだ。
高度4000に上昇したドーントレスは、エンジンを全開にして敵艦隊に向かう。
マクラスキー少佐のエンタープライズ隊は、敵艦隊の左舷側から侵入を開始した。
ドーントレス隊が輪形陣に入ろうとした時、眼下で発砲炎が煌いた。
間を置いて、マクラスキー機の右側方に高射砲弾が炸裂した。
これを機に、次々と砲弾が炸裂し始める。
しかし、どれもこれも見当外れな位置で炸裂している。
ドーントレス隊の至近で炸裂する砲弾もあるが、大多数は機体の100メートル以内にすら炸裂しない。
戦艦や巡洋艦らしきものから発砲が加わると、下手糞な対空砲火も次第に密度を増してきた。
「敵さんも航空機の威力とやらが分かっているな。」
「それほど、戦艦が大事だと思っているんでしょう。」
マクラスキー少佐が言い、後部座席の部下が相槌を打った。
いきなりボォン!という音が鳴り、破片がカツンと当たった。
「今のは近かったな。」
マクラスキー少佐は顔を引きつらせる。
どんな下手糞な射撃でも、数が多く、密度が高ければ何発かは当たる物である。
せめて、爆弾を投下するまでは全機無事でいてくれと思った。
「後続機はどうだ?」
後部座席のファレル兵曹に問いかけた。ファレル兵曹は後方のドーントレスを見て、数を数える。
エンタープライズ隊の全機が無事に飛んでいる。
「今のところ、全機健在です。」
「そうか。得物も近付きつつあるぞ。」
絶え間ない高射砲弾の炸裂に揺さぶられながら、マクラスキー隊は進撃を続ける。
目標の敵戦艦1番艦は、別に回避行動を取るまでも無く、時速25ノットほどのスピードで波を蹴立てている。
全体のイメージとしては、ニューメキシコ級戦艦に近いようなイメージだが、軍艦に必要な煙突は無く、中央部が嫌にすっきりしている。
その舷側から、高射砲を絶え間なく発砲する。
まるで、自分の体の上を堂々と飛び越えようとする不遜な輩を、無闇やたらに叩きのめそうとする巨人に思える。
「回避行動もしないとは、あいつら、俺達を大した事無いと思ってやがる。」
「なら、急降下爆撃かどのような物であるか思い知らせてやりましょう。」
その声に、マクラスキーは獰猛な笑みを浮かべて答えた。
「ああ、教育してやるか。」
敵戦艦の左舷上部に達した時、マクラスキー少佐は攻撃を仕掛けようと決めた。
「ファレル兵曹、今から突っ込むぞ!」
「OKです!」
マクラスキーは操縦桿を手前に押し倒し、機首の下に隠れていた敵戦艦が、やや紫がかった海面と共にコクピットの向こう側に見える。
彼の後方に、直卒の小隊が続いてくる。4機が一本棒となって、敵戦艦1番艦に急降下を開始した。
両翼のダイブブレーキが浮き上がり、急降下の際に発せられる甲高い音が鳴り始めた。
「3800・・・・3600・・・・3400」
ファレル兵曹が高度計を読み上げ、マクラスキー少佐は急降下の際に体に圧し掛かるGに耐え、機体の安定を保つ。
機体のすぐ左側で高射砲弾が炸裂し、機体にガリッ!と破片が引っかく感触が伝わる。
照準器の向こうの敵戦艦が、徐々に大きくなってきた。高射砲弾を撃ちまくりながら前進を続けている。
「2400・・・・2200・・・・2000」
降下速力がみるみる早まっていく。
ダイブブレーキから発せられる音は、最初とは比べ物にならぬほど甲高い音になった。
マクラスキー少佐は、800まで降下を続けるつもりである。
絶え間ないGの圧力や、振動に体を苛まれながらも、彼の頭には敵艦に投弾することのみしか考えは無かった。
敵戦艦の姿がますます大きくなってくる。
距離が1800あたりを切った時、敵戦艦からカラフルな機銃弾が舞い上がった。
「ヒュゥ!まるでアイスキャンディーだ!」
マクラスキー少佐はおどけた口調で叫んだ。その間にも急降下は続けられ、高度はどんどん下がる。
カラフルな弾丸がドーントレスの周囲を通り過ぎる。この時、敵戦艦が右に回頭し始めた。
「今更避けようたって遅い!」
マクラスキー少佐は叫んだ。投下高度は、待望の800に達した。
「800!」
「エンペラーによろしくな!」
彼はそう叫ぶと、爆弾を投下した。
ドーントレスの懸架装置は、1000ポンド爆弾をプロペラの旋回半径外に誘導し、それを解き放つ。
フワリと機体が軽くなる感触がし、マクラスキー少佐は操縦桿を懸命に引く。
急降下の時とは比べ物にならぬGが、体全体に圧し掛かり、苦しさの余り思わず操縦を投げ出したい気持ちになる。
それを堪えて、マクラスキー少佐は操縦桿を引き続けた。
ドーントレスは高度200メートルで水平飛行に戻ると、そのまま全速力で艦隊上空を抜けようとする。
「敵艦に爆弾命中!やりましたー!!」
後部座席のファレル兵曹が、悲鳴に近い声音で報告してきた。他の機の爆弾も次々に降り注いだ。
マクラスキー少佐が放った1000ポンド爆弾は、煙突の無い平べったい甲板に着弾した。
爆弾は着弾した瞬間、その場で炸裂して、甲板表面を大きく抉り取った。
続いて2発目の爆弾が後部艦橋に叩きつけられ、大音響と共に後部艦橋の一部を吹き飛ばし、艦橋要因をなぎ倒した。
3発目は左舷側中央部の海面に突き刺さって高々と水柱を跳ね上げる。
次の4発目が後部艦橋の13ネルリ連装砲第3砲塔に叩きつけられ、天蓋で爆発した。
派手に爆発した爆弾は、火炎を吹き上げ、第3砲塔の周囲で魔道銃を撃ちまくっていた兵を海に吹き飛ばし、魔道銃そのものが完璧にぶち壊される。
煙が晴れると、第3砲塔は何とか無事に見えた。
続いて第2波のドーントレス4機が猛然と急降下を仕掛けてきた。
中央甲板と後部艦橋から黒煙を吹き上げたジュンレーザは、それでもスピードを緩める事無く、残った対空兵器を盛んに撃ちまくる。
無事に見えただけで、実際は内部にいた
要員が数人、衝撃によって壁に叩きつけられて負傷しており、砲塔照準器が狂ってしまった。
突然、2番艦のヴェサリウスの周囲にドーントレスが放った爆弾が落下し、大水柱を吹き上げる。
1発がヴェサリウスの艦橋の後ろに命中して、火炎と夥しい破片を吹き上げた。
その艦橋の左側方を、ドーントレスが機銃弾を浴びせながら通過して行く。
ジュンレーザの光弾がドーントレスの1機を捉える。
次の瞬間、光弾をしこたま食らったドーントレスは破片をばら撒きながら、錐もみ状態になって墜落した。
ようやく1機撃墜したのも束の間、またもや1000ポンド爆弾の着弾が、ジュンレーザの艦体を振るわせた。
2番艦ヴェサリウス艦長のアガス・ブレンルク大佐は、今まで聞いた事の無い甲高い騒音撒き散らしながら、猛然と急降下してくる飛空挺睨みつけていた。
「面舵だ!面舵一杯!」
彼の号令に従って、操作要員が舵をぶん回し、早く曲がるように祈る。
甲高い騒音が極大に達すると、いきなりダァーン!という爆発音が鳴り響き、ヴェサリウスの艦体が痛みに耐え切れないように震えた。
「飛空挺ごときに、これほど苦戦するとは!!」
ブレンルク大佐は堪えきれぬ怒りを感じながら喚き散らした。
ドーン!という音が鳴り、右舷艦首付近に水柱が立ち上がる。
唐突にエンジン音が鳴り、飛空挺が左舷側艦橋の間近で通り過ぎようとしていた。
その時、ブレンルク大佐は敵飛空挺の乗員と目が合った。
大きな眼鏡の奥に、冷たいような青い目。しかし、その青い目は彼らに挑むような感じがあった。
首には白いマフラーが巻かれており、それが風にたなびいて、どこか勇壮さも感じられる。
重々しい音を立てて、星の真ん中に丸い赤のマークの描かれた飛空挺は飛び去っていった。
「続いて敵飛空挺4機、急降下開始!」
「ええい、次から次へと!」
ブレンルク大佐は忌々しげに喚いた。
何度聞いても鳴れる事は出来ない音が再び上空に木霊し始める。
残った対空砲火がありったけの砲弾や光弾を注ぐ。
集中攻撃を受けた飛空挺があっという間に空中で爆発する。
その爆炎を後続機が突っ切って、臆さずに降下を続ける。
高空にあった小粒の期待は、短い時間ではっきりと姿が分かるまでに迫ってくる。
胴体に抱かれている爆弾が機体から離れ、あっさりとした動作で急降下から建て直しの態勢に入る。
(奴らうまいぞ!我が海軍の艦載ワイバーンと比べても遜色無い。)
あまりに見事な動作に、ブレンルク大佐は感嘆さえ覚えた。
ヴェサリウスは必死に右、左回頭を繰り返すが、敵飛空挺はそれに食らいついて、必殺の爆弾を叩きこんでくる。
ドガァーン!という爆発音が鳴り、後部艦橋の上部が吹き飛んだ。
次いで右舷側中央部に1000ポンド爆弾が叩き込まれ、高射砲2基と機銃座が纏めて叩き壊される。
唐突に第1砲塔に黒い物が当たった、と思われた瞬間、禍々しいオレンジ色の爆炎が沸き起こり、視界を遮った。
次いで煙の奥で別の爆発が沸き起こり、何かの破片が舞い上がった。
最終的に、ヴェサリウスは9発の1000ポンド爆弾を叩き込まれてしまった。艦のスピードは衰えていないものの、後部艦橋は全滅、左右舷側の高射砲、機銃座は半数以上が破壊された。
前部甲板の被弾箇所も、火災が発生し、黒煙が吹き上がっている。
この時、攻撃を受けた1番艦ジュンレーザは爆弾10発、3番艦クレングラは7発を被弾し、いずれも対空砲や魔道銃に夥しい被害を出していた。
脅威はまだ去っていなかった。
軍艦にとっての宿敵ともいえる雷撃機が、体系の崩れた3戦艦に忍び寄ってきた。
「左舷に敵攻撃機8機!」
「右舷にも敵飛空挺8機、低空飛行で接近してきます!」
ヴェサリウスを狙ったのは、空母レキシントン所属のデヴァステーター16機である。
まだヴェサリウスを守れる位置についていた駆逐艦、巡洋艦が狂ったように魔道銃を撃ちまくる。
左舷側の1機がいきなり機首を下に向け、海面に墜落して水飛沫を吹き上げた。
駆逐艦、巡洋艦の防御線を突破した時に、右舷側の1機が光弾をしこたま食らって爆散し、もう1機が火達磨になって海面に叩きつけられた。
残る敵機はそのまま進んでくる。
「対空砲!何をしているか!さっさと全滅させろ!」
ブレンルク大佐は叱咤するが、ヴェサリウスが放つ迎撃の火箭は驚くほど少なくなっている。
更に左舷側の敵飛空挺に海水浴を強要させたが、ヴェサリウスの戦果はそれだけに留まった。
「左舷の敵、水中推進爆弾投下!」
「右舷の敵も同じく投下!」
敵飛空挺が投げ落とした水中推進爆弾が、不気味な航跡を描いてヴェサリウスに向かって来る。
「取り舵一杯!」
ブレンルク大佐はそう命じて、迫り来る魚雷を避けようとした。
しかし、敵飛空挺は余りにも残酷だった。
敵は横に広がるように魚雷を投下し、ヴェサリウスが投網にかけられた様に航跡が迫りつつある。
左舷側に1本が、右舷側では3本が、確実にヴェサリウスに向かっていた。
「よ、避け切れません!」
見張りの絶叫が聞こえた瞬間、ヴェサリウスの左舷中央部に大水柱が立ち上がった。
ズドーン!という爆弾とは違う爆発音が響き、下から突き上げられるような衝撃が伝わる。
次いで、右舷側の中央部に2本、後部に1本の水柱が立ち上がり、ヴェサリウスの艦体が海面から飛び上がった。
艦内では床から足が離れ、天井に頭蓋を叩き付けられる者、バランスを失って物置の角に体を強打して
致命傷を負う者が続出した。
「ひ、被害を知らせろ!」
艦長は裏返った声音で、伝声管に向かって叫ぶ。ややしばらくして、各所から報告が届いた。
「左舷第5甲板に浸水!手が足りません、応援をよこして下さい!」
「右舷第5甲板第12区画と連絡が取れません!」
「右舷第16区画に大穴が開いています!一旦上に避難します!」
ブレンルク大佐は青ざめた。舷側には敵弾用に張り出し鋼板(バルジ)を取り付けたのだ。
しかし、敵飛空挺の水中推進爆弾は、それを突き破って艦内に被害を及ぼしている。
そう、敵飛空挺は、重装甲の戦艦ですら、討ち取れる武器を引っさげてきたのだ!
「なんという事だ・・・・・・」
余りの被害の酷さに、彼は言葉を失った。
右舷に傾斜した状態では、まともに主砲を打てるはずも無い。
幸いにも、この被害だけでは沈む事は無いが、ヴェサリウスがレースベルン公国に主砲弾をぶち込む機会は、脆くも失われたのだ。
魚雷を受けたのはヴェサリウスだけではない。
他にも旗艦のジュンレーザは左舷に2本、右舷に1本を被雷し、クレングラは左右の中央に1本ずつ叩き込まれ、速度低下を来たしている。
又、クレングラを外れた魚雷の1本は、護衛の駆逐艦ガテに突き刺さって、これを轟沈させている。
駆逐艦はともかく、戦艦3隻が、レースベルンの砲撃に参加できぬか、砲戦能力を著しく奪われたのだ。
それも、非力なはずの飛行物体を相手にして。
この損害に対して、撃墜した敵飛空挺はあまり見受けられなかった。
良くて、20機ほどを撃ち落したぐらいだ。
いつの間にか、敵飛空挺の群れは、潮が引くように去っていた。
来る時も早いが、引く時も早い。
「見事だ・・・・・・憎らしいほどまでに見事だ!」
ブレンルク大佐は体を震わせて、憎らしげな口調で叫んだ。
攻撃が開始されてからわずか30分足らず・・・・・・・
誰もがあっという間の出来事に呆然としている時、北から見慣れた飛行物体が現れた。
「ワイバーンだ!」
誰かがそう言うと、艦隊の将兵はほとんどが北の方角を見る。
翼を上下させながら、20騎ほどのワイバーンが、翼を上下させながら上空に現れた。
「来るのが遅すぎた・・・・・」
ブレンルク大佐は失望したような口調で呟いた。
ふと、南からも、何かの音が聞こえてきた。
午前10時10分
3個空母群から発艦した第2次攻撃隊108機は、敵艦隊の上空に到達した。
「こちらヌアンバー12、敵艦隊の上空に飛行物体を発見。敵の護衛だ。」
空母サラトガ戦闘機隊の隊長である、ジョン・サッチ少佐は攻撃隊指揮官機にそう告げた。
「こっちでも確認した。クソ、北からやって来ているぞ。」
「ワイバーンは俺達が引き受ける。あんたらは敵戦艦を沈めてくれ。」
「分かった。ワイバーンを近づけないでくれよ。」
それで会話が終わる。
第2次攻撃隊は、エンタープライズからF4F12機、SBD16機、TBD12機。
レキシントンからF4F12機、SBD12機、TBD10機。
サラトガからF4F10機、SBD14機、TBD12機で編成されていた。
しかし、途中でエンタープライズのドーントレス1機と、サラトガのデヴァステーター1機が
エンジン不調で引き返したため、108機となっている。
遠くの敵ワイバーンがこちらを視認したのか、旋回をやめて第2次攻撃隊のほうへ向かい始めた。
高度はワイバーン隊で3000メートル、米攻撃隊が3700メートルである。
32機のワイルドキャットのうち、エンタープライズ隊とサラトガ隊のF4Fが離れて高度を稼ぐ。
レキシントンのF4Fは攻撃隊の周囲に張り付き、来るかも知れぬワイバーンに備えた。
高度が4000に上がったところで、ワイルドキャットは上昇を止めて、敵編隊に近づく。
ワイバーン隊は、怒りに駆られたかのように真っ直ぐ米攻撃隊に向かって来る。
敵編隊の一部は、米戦闘機隊にへと向きを変えた。
少し大きそうなドラゴンに、人が1人またがっている。
サッチ少佐は、それがすぐにドラゴンを操るパイロットだと分かった。
「突っ込むぞ!」
彼はマイクに向けてそう叫ぶと、機体を左横転降下させる。
それを機に、ワイルドキャットが1機、また1機と、つるべ落としのように横転降下していった。
ワイルドキャットは、真正面から敵のワイバーンと突き当たった。
次第に、ワイバーンの姿が大きくなってきた。
目測で800メートルに達したところで、両翼の12.7ミリ機銃を発射した。
ダダダダダダ!というリズミカルな音が鳴り、曳光弾が狙ったワイバーンに注がれる。
ワイバーンも口を開き、細い光を多数放ってきた。
緑色の光がワイルドキャットの右や左横を掠めていく。ガンガン!と何かが胴体に当たった。
狙ったワイバーンに12.7ミリ機銃弾が命中した。
一瞬、薄い赤色の閃光が走ったが、すぐに何かの破片が飛び散り、操縦者らしき人影が大きく仰け反った。
狙いを別のワイバーンに切り替えて、再び機銃弾を浴びせる。これはワイバーンの横を空しく通り過ぎたに留まった。
古の竜達が、人造の機械群に真っ向から突っ込み、そして通り過ぎた時には双方にいくつかの墜落機が出た。
米側は1機が、燃料タンクや尾翼に光弾をしこたま振るわれて、バランスを失って墜落していく。
シホールアンル側は4騎のワイバーンが翼をもぎ取られたり、操縦者はワイバーン双方が致命傷を負って落ちていく。
互いはすぐに散開して、それぞれの目標に立ち向かった。
サッチ少佐は、ワイバーンの群れを通り過ぎた後、下降から上昇に転じ、周囲を確認してから、敵を狙う。
編隊からはぐれたのか、1騎のワイバーンが空戦域に戻ろうとしている。
サッチ少佐はあれを狙うと決めた。
機速を再びフルに戻し、500キロ以上のスピードでワイバーンを追って行く。
ワイルドキャットのエンジン音に気が付いたのか、唐突にワイバーンも旋回してサッチ機に向かって来た。
この時、サッチ少佐はワイバーンの旋回に驚いていた。
「なんて旋回性能だ!あんなスピードなのにくるりと回りやがった!」
そう言っている間にも、彼我の差はみるみる縮まった。
ワイバーンが距離900で光弾を撃ってきた。サッチ少佐は即座に機を横滑りさせる。
緑の弾がワイルドキャットの右横を通り過ぎる。
「お返しだ!」
12.7ミリ機銃をぶっ放し、それがワイバーンを貫く姿を思い浮かべる。
しかし、ワイバーンはいきなり、背の方向に避けた。普通の飛行機では考えられない動作だ。
このため、4本の火箭は空しく空を切った。
「なんて化け物だ!」
サッチ少佐は思わず舌を巻いた。
ワイバーンが光弾を放つが、サッチも機体を横滑りさせてこれを避ける。
互いに通り過ぎた瞬間、サッチ少佐は機体を急降下させた。
案の定、ワイバーンはすぐに旋回させて、サッチ機の後ろに回り込もうとしていたが、思惑がはずれ、慌ててサッチ機に追いすがってくる。
高度が2000メートル、1800メートル、1500メートルと下がっていく。
サッチは敵のワイバーンが追って来ないことを祈って急降下を続ける。
高度が600メートルで機体を引き起こし、Gに耐えつつも左旋回上昇で再び上空に上がる。
見ると、ワイバーンはワイルドキャットの1000メートル上空で水平に飛行している。
彼はこの時、ワイバーンがワイルドキャットの急降下速度に追いつけないのでは?と思った。
実際そうであった。
ワイバーンはワイルドキャットに追いすがり、光弾を撃ったが、ワイルドキャットに追いつけるどころか、ぐんぐん引き離されてしまった。
そして、諦めて水平飛行に移ったのである。この時、ワイバーンの御者はワイルドキャットから目を離していた。
一瞬のミスが、御者の命取りなった。
次に轟音に気が付き、海面に目を向け、敵を見つけた時には、ワイルドキャットが真下から上昇してきた。
すぐにワイバーンも下降して正面から向き合おうとしている。だが、
「貰ったぁ!」
その時には、ワイルドキャットは遠距離から12.7ミリ機銃を放っていた。
直進性の高い12.7ミリ機銃弾は、900メートルの遠距離にもかかわらず、予想した未来位置に弾幕が張られた。
過たず旋回しかけたワイバーンは自ら弾幕に飛び込む格好になり、機銃弾が突き刺さった。
胴や翼に機銃弾が殺到し、魔法障壁が限界を来たして破られ、何十発という機銃弾をぶち込まれ、肉片と血を噴き出す。
バランスを失ったワイバーンは、やがて力なく墜落していった。
「やっと2機か・・・・・なかなか手強いな。」
サッチ少佐が抱いた、ワイバーンの感想はこのようなものであった。
ワイバーン隊はワイルドキャット隊と熾烈な殴り合いを演じた。
格闘戦で落とそうとしたワイルドキャットは、ワイバーンの驚異的な旋回性能に後ろを取られ、光弾を浴びて撃墜される機
もいれば、正面で向き合った時に、すれ違いざまにブレスを吹きかけられて、機体が火達磨になって墜落した機もあった。
ワイルドキャットも、速度差を生かして急降下で一撃し、ワイバーンをずたずたに引き裂くのもいれば、
横合いからワイバーンと御者を蜂の巣にするワイルドキャットもいた。
この時、ワイバーンは9騎が撃墜され、ワイルドキャットは3機が撃墜されていた。
「敵飛空挺急降下!」
何度目かの敵飛空挺の急降下爆撃が始まり、甲高い轟音が辺りに撒き散らされる。
ジュンレーザは、8リンルに落ちたスピードで、必死に回頭を繰り返すが、動きは悲しくなるほど鈍くなっていた
4機のドーントレスが、1本棒となってジュンレーザに突っ込んで来る。
やや間を置いて、先頭の1機が胴体から爆弾を投下した。
爆弾は黒煙に覆われた中央部に命中すると、大音響を上げて黒煙を一瞬だけ吹き飛ばした。
2発目は外れたが、3発目、4発目が、酷く打ちのめされたジュンレーザの艦体を、より一層傷付けた。
ドーントレスの中には、機銃弾を撃ちながら飛び去っていく機もあり、何発かが消火活動に当たる兵員に当たって命を奪った。
「こんなはずでは・・・・・・戦艦が・・・・・敵の飛空挺ごときにやられるなど・・・・あってはならん事だ!」
ポンクレル中将は、怒りに目を血走らせていた。
「左舷より敵飛空挺接近!低空です!」
「右舷より敵飛空挺、低空より接近中!」
もはや、幕僚の中には、レースベルン沿岸の砲撃など頭に無い。
彼らの頭にあるのは、この突発的に起きた海戦を生き残る事のみだ。
「司令官、もはやレースベルンの砲撃は無理です。撤退しましょう。」
「撤退だと!?」
ポンクレル中将は怒気の込められた口調で怒鳴った。
「撤退などしない!例え1隻になろうとも、レースベルンに近付く!」
「司令官!もはや3隻の戦艦は砲撃もままならぬほど弱体化され、4番艦のポアックまでもが被害を受けています。
ここは一旦引き上げ、再興を期すべきです。」
「貴様!」
「敵飛空挺接近!」
見張りの声が、ポンクレル中将の言葉を遮る。
艦隊は体系が崩れ、定位置についているのは数えるほどしかいない。
数少ない駆逐艦が光弾を撃ちまくるが、全く命中しない。
米雷撃機は、駆逐艦の抵抗を嘲笑うかのように、ひたひたと迫って来た。
「くそ・・・・・」
艦長の指示が艦橋に木霊し、残り少なくなった高射砲や魔道銃が狂ったように撃ちまくるが、その弾幕は驚くほど薄い。
なんとか、米雷撃機を1機撃墜したが、その報復は何十倍にも増して叩き返された。
「左舷に航跡3!」
「右舷に航跡5!」
ジュンレーザは、海水を飲んで重くなった艦体を、遅いなりに、そして必死に艦首を回そうとする。
だが、それは徒労に終わった。
突然、右舷艦首に水柱が立ち上がった。
先ほど体験した恐ろしい衝撃が、再びジュンレーザの艦体を揺さぶり、乗員を壁や天井に叩きつけ、床に転がす。
続いて2本の魚雷がジュンレーザの右舷後部と艦尾に命中、止めとばかりに2本が左舷中央部にぶち込まれた。
先の3本よりも多い、5本の水柱がジュンレーザを囲い、15000ラッグの巨体は、熱病患者のように激しく痙攣した。
水柱が崩れ落ちると共に、ジュンレーザはがくりとスピードを落とし、やがて停止した。
上空を、米艦載機が誇らしげに飛び去っていく。
ジュンレーザの後方にいるヴェサリウスも、左舷に大きく傾き、艦体から激しく黒煙を噴き出している。
クレングラもまた、爆弾4発を浴び、魚雷2本を被雷しているが、こちらは前の2艦と比べて、比較的傷は浅かった。
しかし、それでも大破状態であり、黒煙吹き上げながら海面をのた打ち回っている。
4番艦のポアックもまた、魚雷2本を左右に叩き込まれ、速力を著しく低下させていた。
護衛艦艇は、駆逐艦1隻が新たに撃沈され、巡洋艦1隻と駆逐艦2隻が大破された。
もはや、第6艦隊の主戦力は、戦闘開始前と比べると、無残としか言いようの無い状況だった。
唯一の救いとしては、5番艦のヒーレリラがまだ無傷である事だろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ポンクレル中将は、傾斜した艦橋で、停止して黒煙を吹き上げるヴェサリウスに視線を向けていた。
彼の顔は真っ青に染まっており、今起きている出来事が信じられないような表情だ。
視線の向こうのヴェサリウスは、艦橋が大きくひしゃげ、黒煙の向こうにちらちらと炎が見える。
爆弾が艦橋を直撃したのだ。
「なあ主任参謀。これは夢かね?それとも現実かね?」
ポンクレル中将は、力の無い口調でファルン・ジャルラ少将に聞いた。
「現実です。」
彼は躊躇い無く答えた。
「そうか・・・・・・。」
ただ、ポンクレルは軽く頷き、視線を寮艦に定め続けている。
「スパイの情報によれば、レースベルンにはワイバーンの部隊は僅かしかいなかった。アメリカ軍の航空部隊は現地に展開していると言う情報は入っていなかった。俺は安心して、命令どおりに艦隊を動かした。だが、アメリカ軍はいたのだよ。」
ポンクレル中将はジャルラ少将に顔を向けた。彼の表情は、何もかも諦めたようなものだった。
「海に。それも、空母を主力とする別の艦隊が。空母は、別にいたのだよ。とんだ失敗だな。」
そう言って、彼はくっくっくと笑った。
「それが分からなかったばかりに、私はこうして、世界で初めて戦艦を撃沈された提督として、
世に知らされるというわけだ。私は、世に名を知らしめてやろうと思ったが、このような形で実現するとはな。」
その時、艦の傾斜が少し深くなった。ジュンレーザの艦内には、海水が侵入しつつある。
右舷に傾斜した艦体のバランスは、もはや復元出来る範囲を超えていた。
「主任参謀、全艦隊に撤退命令だ。これ以上進んでも、いたずらに被害を増やすばかりだ。」
「分かりました。司令官、もはやこのジュンレーザは持ちません。急いで退避しましょう。」
「私もかね?」
ポンクレル中将は首を横に振る。
「私はここに残る。戦艦をむざむざやられた以上、おめおめと逃げ帰る事は出来ないさ。」
中将は、悲しげな笑みを浮かべた。
「気楽な航海が、とてつもない後悔に変わってしまったな。」
1481年12月7日 午前10時30分
「第2次攻撃隊より報告です。」
空母エンタープライズの艦橋で、ハルゼーは通信参謀に報告電を読ませた。
「我、敵戦艦2隻、駆逐艦1隻撃沈確実、戦艦2、巡洋艦1、駆逐艦1を大破せり。
我が方の損害はF4F5、SBD7、TBD8喪失。敵ワイバーンを12騎撃墜せり。
尚、敵艦隊は針路を北に反転、撤退を開始せり。以上です。」
ハルゼーはその報告を聞き、大きく頷いた。
「攻撃隊はよくやってくれた。これで心置きなくカレアントのシホールアンル軍を叩ける。」
「今回の勝利は、ボストン沖海戦に勝るとも劣らぬほど大きい物になるでしょう。」
参謀長のブローニング大佐が言う。
「飛行物体で戦艦を撃沈できぬと信じ込んでいましたが、これで敵海軍に大きなショックを与えられたでしょう。」
「ああ、全くだ。」
ハルゼー中将はそう言った。
この艦隊の中で、戦艦を沈めることが出来て一番喜んでいるのは、ハルゼー自信だろう。
「しかし」
ハルゼーは第1次攻撃隊の暫定報告を見る。
第1次攻撃隊は、現場海域のみでSBD9機、TBD8機を失っている。
他にも被弾損傷した機体は多数に上る。
「こっちも少なくない被害を受けたな。1次、2次の攻撃だけで、36機の艦載機を失っている。
まだ攻撃隊は帰っていないが、これから修理不能機もちらほらと出てくるだろう。」
「司令官、作戦続行には支障を来たすほど、損害は大きくありませんが。」
航空参謀のタナトス中佐が言うが、ハルゼーは厳しい目つきで彼を見つめた。
「小さくも無いがな。」
「敵艦隊の対空砲火は、なかなか激しい物だったと報告にあります。シホールアンルは、長らく戦争をやって来た上で、
戦艦至上主義に染まりましたが、同時に航空兵力の威力も認識していたのでしょう。」
「それで、攻撃隊は敵艦隊の盛大な歓迎を受けたわけか。つくづく、シホールアンルと言う国は物持ちがいいものだな。」
ハルゼーはコーヒーを飲んでから、言葉を続けた。
「とりあえず、邪魔な敵艦隊は、これで追っ払う事が出来たわけだ。本当なら、後退する残りの敵戦艦や
空母を全部沈めるまで攻撃を続けたいが、カレアントの情勢がいまいち思わしくないようだ。
今回は敵艦隊に対して、第3次攻撃は出来ない。まあ、追撃が出来ぬから諸君も不満はあるだろう。
残りは次に取っておいて、今はカレアントのシホット共を叩き潰す事を考えよう。」
この日、世界である定説が崩れた。
その定説とは、戦艦は飛行物体との戦いでは沈められないと言うものだった。
この日まで、シホールアンルの軍人のみならず、南大陸の軍人や一般人までもがそう思っていた。
だが今回、米機動部隊と第6艦隊との間で行われた戦い、レアルタ島沖海戦は、この前提を大きく打ち破る事になった。
米機動部隊から発艦した、2波合計232機の艦載機は、最終的に36機の被撃墜機と、7機の修理不能機を出しながらも、
敵戦艦ジュンレーザとヴェサリウス、駆逐艦2隻を撃沈。
戦艦クレングラと巡洋艦1隻、駆逐艦1隻を大破、戦艦ポアックを中破させ、ワイバーン12騎を撃墜した。
このレアルタ島沖海戦は、シホールアンル上層部に、アメリカ手強しという認識を植え付けるきっかけとなった。