第45話 機動部隊出撃
1482年 10月17日 午後11時 サンディエゴ
サンディエゴにあるアメリカ太平洋艦隊司令部は、深夜にもかかわらず明かりが灯っていた。
その建物の中に、太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将はいた。
「諸君、緊急事態だ。」
彼は、作戦室に集まった司令部幕僚の前で口を開いた。
「ヴィルフレイングの南太平洋部隊司令部から、シホールアンル軍がミスリアル王国に侵攻を開始したと報告があった。」
キンメルの言葉に、幕僚達は驚きの表情を見せた。
「報告によると、シホールアンル軍が侵攻を開始したのは、現地時間の16日、夜9時頃だ。
既に、敵軍はミスリアル王国の内部にまで軍を進めているようだ。」
「シホールアンル軍はカレアントで大攻勢を開始するはずだったのに。これは一杯食わされましたな。」
参謀長のウィリアム・スミス少将が苦虫を噛み潰したように表情をしかめる。
「ガルクレルフ攻撃のお返しをされるとは、敵も天晴れなものです。」
「問題は、シホールアンル軍の兵力がどれほどの物か、です。」
作戦参謀のチャールズ・マックモリス大佐が発言する。
「ミスリアル軍は、30万の常備軍に20万の予備軍を保有していますが、先の報告からすると、
シホールアンル軍は最低でも50万以上の兵力で国境を突破してきたのでしょう。ミスリアル陸軍の錬度は
非常に高いようですが、不意討ちを受けているので大打撃を与えられた事は確実です。
早急に手を打たねば、同盟国の1つが確実に滅びます。」
マックモリス大佐の発言が終わると、今度は情報参謀のロシュフォート中佐が発言した。
「よく考えると、少しおかしいところがあります。現在、ヴィルフレイングは既に、18日の午前0時を回っています。
そのヴィルフレイングからの報告が現地時間で1時過ぎ。シホールアンル軍の侵攻開始は16日の夜半。
丸1日以上も間が開いてから敵軍侵攻の報告が来ています。普通、無線よりは伝達速度に差があるとは言え、
魔法通信はスムーズに行われます。ミスリアルは魔法技術に関して、世界で1位の国です。
なのに、そのミスリアルからの報告が、丸1日以上経ってからと言うのがどうにも不可解です。」
「これは推測であるが・・・・敵は何かしらの準備。例えば、通信系の魔法を妨害する魔法を、大規模に
起動させてから侵攻したかもしれん。」
キンメルは、レイリーと交わした魔法関係の雑談を思い出しながら言った。
「グリンゲル魔道士から聞いた話しだが、この世界は魔法が使える。使う者は常に頭で術式を組み上げて起動する。
当然、それを妨害する魔法も開発されている。ミスリアルに劣るとは言え、シホールアンルも侮れない魔法技術を
持っている。あのような大規模な魔法を作る事は容易に想像が付く。今回の作戦も、事前にこの魔法を仕掛けておいて、
開始直前になって起動し、ミスリアル軍の耳を奪ったのだろう。そうでもしなければ、このように情報が遅れて入って
来る事など有り得ん。」
幕僚達の反応は、納得したような表情を浮かべる者、なるほどとばかりにしきりに頷く者など様々であったが、
ようやく、このような事態に陥った経緯が分かった。
「敵は、追い討ちをかけてくる可能性があります。それも、海から。」
マックモリス大佐が再び発言する。
「シホールアンル軍は、このような大規模な侵攻作戦には、必ず敵の戦線の後方に上陸部隊を展開させています。
恐らく、今回の作戦でも、この上陸部隊は出てくる可能性があります。シホールアンル海軍は、現在5隻の
竜母を使用可能です。前回のバゼット海海戦では敵小型竜母1隻撃沈、正規竜母2隻を大破、又は中破させて
いますから、前線に出せる数はこれだけでしょう。」
ロシュフォート中佐も同感だと言わんばかりに頷き、再び発言する。
「それに対して、我が太平洋艦隊は、ヴィルフレイングに第15、16、17の3個任務部隊を配置しています。
使用可能な空母は5隻で、これを侵攻してくる敵機動部隊並びに輸送船団にぶつけます。」
「敵艦隊はもちろんだが、敵輸送船団にも護衛の艦隊が付いている可能性はあります。数は正確には分かりませんが、
最低でも3隻、多くて4隻は護衛に付いているかもしれません。敵機動部隊の直衛戦艦も合わせれば、数は2倍になります。」
太平洋艦隊には、戦艦が7隻配備されており、うち3隻の新鋭戦艦。ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタが、
共に機動部隊随伴戦艦として配備されている。
いずれも、昨年、今年に建造された艦で45口径16インチ砲9門を保有する新戦艦である。
シホールアンル側の戦艦になんら引けを取るものではない。
だが、もし水上砲戦となれば、いくら新鋭戦艦といえど数の優位を取られれば、戦いは必然的に厳しい物となる。
「その戦艦部隊と相対すれば、わが方の損害も無視できぬ物になります。」
「そうなる前に、敵機動部隊を捕捉、撃滅する必要があるな。だが、我が太平洋艦隊が保有する機動部隊なら、
それが可能だ。とは言っても、機動部隊決戦に持ち込んだら、今度はこっちの空母も1隻か2隻は沈められそうだが。
水上砲戦で大損害を出すよりは幾らかマシになるだろう。」
要は、敵の竜母部隊を叩きのめして制空権を奪えばいいのだ。
制空権の無い艦隊や輸送船団は、必ず地獄を見てきた。
ボストン沖海戦のマオンド輸送船団然り。レアルタ島沖海戦のシホールアンル戦艦部隊然り。
「今回の戦いも、空母同士の戦い如何で勝敗が決まる、ですか。時代は変わりましたなあ。」
スミス少将が、苦笑しながらキンメルに言った。
転移前にも、スミス少将のような大艦巨砲主義者は何人もいたが、未知の国、シホールアンルとの戦いを見ていくに
つれて信ずるべき物を変えざるを得なくなった。
シホールアンル海軍との機動部隊同士の戦いは既に2度行われている。
どの戦いも、一瞬の判断の正誤が、両軍の明暗を分けてきた。
共に猛々しく戦い、多数の命を散らしてきた空母対竜母の戦いが、近いうちにバゼット半島沖で行われるのだ。
「確かにな。数年前までは考えられなかった事だ。しかし、これが現実だ。我々はこの現実を眼に写し、耳に響かせながら、将兵を勝利に導いていこう。」
それから1時間後、南太平洋部隊司令部から機動部隊の出撃を促す電報が届けられた。
1482年 10月19日 午前11時 ヴィルフレイング
その日、ヴィルフレイングは快晴だった。
晴れ渡った心地の良い空の下、ヴィルフレイングに停泊するTF15、16、17の3個機動部隊は出港を開始した。
一番初めに出港を開始したのは、第15任務部隊である。
「TF15、出港します!」
見張りが、味方艦隊の出港を伝えてくる。ウィリアム・ハルゼー中将は、TF16旗艦、エンタープライズの艦橋で、
TF15の出港を見守っていた。
出港していく各艦は、盛大に星条旗よ永遠なれを吹聴し、乗員が登舷礼を行って離れていくヴィルフレイングに挨拶する。
ヴィルフレイングの住民達が熱狂的に見送る中、前衛を務める駆逐艦数隻が先に港から出る。
次に重巡洋艦のウィチタとルィスヴィルが出航していき、次に戦艦サウスダコタが、その巨躯をエンジンの振動に
躍らせながら、ゆっくりと後を追う。
その後を、TF15の主役たる空母ワスプが、小振りながらも堂々とした艦体を震わせながら、外海に出て行く。
その後に、軽巡洋艦のナッシュヴィル、セント・ルイス、クリーブランド、サンディエゴの4巡洋艦が、後を追う。
ハルゼーの傍らで、出港していくTF15の艦を見ていたラウス・クレーゲルは、1隻の巡洋艦に注目した。
ラウスが注目した巡洋艦。
最近配備されたばかりの軽巡洋艦クリーブランドは、どこかブルックリン級と似たような感じがある。
だが、主砲がブルックリンより少ない。
しかし、一見頼りなさげに見えるはずなのに、どうしてか、ブルックリン級より頼もしいような感じもする。
「そんなにクリーブランドが珍しいかね?」
参謀長のブローニング大佐がラウスに声をかけてきた。
「はあ。なんか、あの艦って、ブルックリンに似てますけど、主砲が3門足りないですね。でも代わりに、
ちっこい副砲が増えてますね。あと2、3個増やしたら、アトランタ級みたいになっちまいますよ。」
「あの艦はな、アトランタ級には及ばんが、対空戦闘も重視して設計された艦だ。本来ならブルックリン級と
同様な作り方をされる予定だったが、航空機の脅威が高くなり始めたから、手直しして航空機にも充分対応
できるようにしたんだ。」
「だが、対艦戦闘に関しても、あいつは手を抜いてないぞ。」
ハルゼー中将もラウスに言って来た。
「クリーブランドは、ブルックリンと比べて主砲3門足りないが、その代わりに新式の主砲を持たされている。
ブルックリン級は47口径6インチ砲だが、クリーブランドは54口径6インチ砲を装備されている。話によると、
54口径砲は47口径砲より射程距離が長く、砲弾の貫徹力も上がった。それでいて、1分間に悪くて8発、
良けりゃ10発と、47口径砲と同等の発射速度を持っている。」
ハルゼーはラウスに向き直ると、ニヤッと笑った。
「軽巡と言えば、誰も彼も頼りなさげに思うだろうが、クリーブランドに関して言えば頼りないどころか、
機動部隊には掛け替えの無い相棒だな。俺としてはそう思っている。あのクリーブランドは、最終的には
姉妹艦が30隻作られるようだから、今後はあいつが海軍を背負っていくだろうな。」
「さ、30隻っすか!?」
「ああ、そうだ。と言っても、30隻目が出てくるのは45年の初めぐらいだが。」
「え、え~と・・・・たった2年余りで30隻って・・・・・」
ラウスは思わず呆然となった。あのシホールアンルも、大量に艦艇を作る事で有名だが、量産されたオーメイ級、
ルオグレイ級でさえ、39隻を建造するのに12年かかった。
そのオーメイ級、ルオグレイ級と同等か、あるいは勝るかも知れぬ高性能艦を、2、3年余り。
シホールアンルが要した年月の6分の1程度の期間で30隻作ると言うのだ!
(マジかよ・・・・・・いくらなんでも・・・)
ラウスは日々、アメリカと言う国は凄いと思っていたが、こんな突拍子も無い事実を突き付けられると、
頼もしさを通り越して恐怖感すら沸き起こる。
「どうした?ラウス君」
ハルゼーは、ラウスが顔を青くしている事に気が付いた。
「気分でも悪いのかね?」
「へ?い、いいえ。意気軒昂っすよ♪」
と、彼はわざとらしく体操したりして何も無い事をアピールした。
「司令官、そろそろ我々の出番ですな。」
「ああ。いよいよだな。」
ハルゼーは表情を引き締めた。ついに、TF16の出港が始まった。
まず、TF15と同じように前衛の駆逐艦が先に出港する。その次に、ノーザンプトンとペンサコラ、ヴィンセンスの
3重巡が外海へと出て行く。
その背後には、新鋭戦艦のノースカロライナが、9門の16インチ砲にやや仰角をあげて、誇らしげに出港していく。
「両舷前進微速。」
艦長のマレー大佐の命令が、操舵室に届く。
「両舷前進微速、アイアイサー。」
電話から返事の声が聞こえ、それから間もなくしてエンタープライズの艦体がゆっくりと、外海に向けて動き出した。
しばらくすると、右舷500メートルの距離で停泊していた空母ホーネットも、ゆっくりと動き始めた。
軍楽隊が派手に曲を流す中、ヴィルフレイング住民の見送りもますますヒートアップした。
「なあブローニング。今回は3姉妹無事に揃って、敵に立ち向かえるな。」
「そうですなあ。今まで、エンタープライズは太平洋。ヨークタウンとホーネットは大西洋と、バラバラになって
活動していましたが、こうして見ると、やっと3姉妹が揃ったかと思いますね。」
「ヨークタウン3姉妹、ついにここで揃う、か。一番姉貴のヨークタウンが、TF17でレンジャーと共にグループを
組んでいるから、まだ離れ離れだが、とにかく、同じ戦線で3隻揃って戦う事には変わりは無い。」
ハルゼーらが会話を交わしている間にも、機動部隊は続々と出港していく。
TF16が出港を終えると、今度はTF17が出港を開始し、そのTF17も出港すると、給油艦8、補給艦6隻を含む
28隻の補給部隊が出撃した。この補給部隊には、第2任務部隊の戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニアを含む艦が
補給部隊護衛の任に当たっていた。
こうして、94隻のアメリカ艦隊は、ヴィルフレイングを出港するや、輪形陣を組み上げ、一路バゼット半島沖へ向かった。
1842年 10月20日 午後0時 ネバダ州ロスアラモス
「ふぅ。やっと昼ご飯の時間か。」
アルベルト・アインシュタイン博士は研究室の椅子に背をもたれさせながら、豪快に背伸びをした。
時間は昼を回ったところだ。腹を空かしたアインシュタインや他の研究員はカフェテリアへ向かおうとした。
アインシュタインは椅子から立ち上がる前に、2人の男女。レイリーとルィールに視線を向けた。
2人は作成された資料に目を通している。熱心に仕事をこなす彼らの表情は、いつもと違ってどこか暗かった。
「お2人さん。昼休みの時間だが、昼食でも食べにいかんかね?」
アインシュタインはまず、2人を昼食に誘ってみた。2人は同時に頷くと、資料を置いて研究所内に
あるカフェテリアに移動した。
カフェテリアに移動してから、彼らは昼食を取った。
アインシュタインは彼らと知り合って半年以上になるが、2人の性格はほぼ分かってきている。
レイリーは、ミスリアルでトップクラスの魔道士であり、頭が切れ、運動神経抜群というパーフェクトマン
であり、見た目も冷たい感じがする。
ルィールはレイリーよりは少し明るい感じがするが、レイリーよりも冷静沈着であり、時にはレイリーよりも
早く仕事をこなす事がある。
2人とも、外見からして自分は冷たい人だよ、と言ってるような感じだが、本当は2人ともよく喋る。
特にレイリーは、仕事以外の時は陽気な人物であり、この昼食の時も色々な話をして場を盛り上げてくれる。
最近では研究チームのムードメーカー的存在となっている。
だが、昨日から、彼らは何かを心配しているのか、常に険しい表情を浮かべている。
アインシュタインは、彼らが浮かぬ顔をする原因が分かっていた。
「やはり・・・・気になるのかな?」
アインシュタインはおもむろに口を開いた。
「祖国の状況が、やはり気になるのだね?」
アインシュタインの言葉に、2人はうつむいていた顔を上げる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
2人はじっと黙っている。
(こうなるのも仕方ないだろう。私だって、知人が多く住んでいる生まれ故郷が、とんでもない災難に
見舞われたら、今までのように振舞う事は難しい)
アインシュタインは2人の気持ちに同情していた。
昨日、2人にレイトン中佐が、顔色を変えながらミスリアル王国にシホールアンル軍が大規模侵攻を
開始したと伝えている。
彼はその話をはっきり耳にしている。
2人はその後も、相変わらず仕事を続けたが、アインシュタインは2人の動作が、いつもとは違う事を見抜いていた。
「ええ。気になります。」
ルィールが最初に言った。
「ミスリアルには、私の家族がいますし、友人も、世話になった人も多くいます。その人達の身に
何か起きようとしていると思うと、少し不安になります。」
彼女は持っていたカップを置いてから、話を続ける。
「レイトン中佐からは、定期的に連絡を受け取っていますが、ミスリアル王国には敵の妨害魔法が大規模に
起動されて、魔法通信では全く連絡が取れず、今もどのような状況になっているか、全く分かりません。」
「魔法通信を妨害か・・・・・傍受する事は出来ないが、妨げる事はできるのか。」
アインシュタインは伸びた白髪頭を掻きながら唸った。
「シホールアンルも、魔法技術は我がミスリアルに劣りますが、応用技術に関しては我々と同じか、近い位置にあります。」
レイリーがアインシュタインに言う。
「今回のシホールアンル側の攻勢は、我々が驚くほど見事です。ガルクレルフ奇襲をそっくり叩き返された形になりますね。」
彼は大きくため息をついた。
「あの国は、やられたらただでは起き上がらない国です。だから、一度物事に失敗すると、使えるなら敵のやり方も
学び、それも取り入れて次の攻撃を仕掛けてきます。このアメリカと大分似ていますよ。」
「なるほど。いやはや、恐れ入ったよ。」
アインシュタインは苦笑しながらレイリーとルィールに言った。
「アメリカとシホールアンルは似ているか・・・・・うんうん。よく考えれば似てるかも知れんな。」
彼はそうぼやく。しかし、アインシュタインは、それほど悲観はしていないようだった。
「しかし、事は我が合衆国に知れ渡り、ヴィルフレイングに駐留する太平洋艦隊が、艦隊を派遣した事はさっき、
レイトン中佐から聞いているだろう?」
「ええ。」
「シホールアンルの侵攻艦隊を迎撃するようですが。」
「そうだ。私も少しくらいは知っているが、今、太平洋艦隊に配属されている空母は、いずれも実戦を経験した
艦ばかりだ。艦隊の錬度はなかなか高いようだぞ。合衆国海軍きっての精鋭艦隊なら、シホールアンル相手に
暴れ回ってくれるだろう。」
彼は言葉を区切ると、一かけらのビスケットを口に放り込んだ。
「これから、バゼット半島沖で、今までにない規模の大海戦が繰り広げられるだろう。その戦いに合衆国が勝てば・・・・」
アインシュタインは窓の外。西の空を見上げる。その方角には、2人の祖国であるミスリアル王国がある。
2人もアインシュタインに真似るように、西の方角に顔を向けた。
「流れは合衆国と、南大陸諸国に移るかも知れん。」
そう言った後、アインシュタインは急に恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「まっ、ただの科学者である私が、軍事の話をしても感心せんと思うけどね。」
と、彼は微笑みながら言った。
1482年 10月21日 午後8時
第24竜母機動艦隊は、19日に北大陸の根拠地、ジリルブラウクを出港した攻略艦隊と合流した後、
バゼット半島に向かっていた。
上陸部隊は、500隻の大輸送船団で編成されており、輸送船団には、第17軍の第182歩兵師団、
第205重装騎士師団、第163騎兵旅団。第20軍の第2重装騎士師団、第57騎兵旅団。
第3特殊軍の第72魔法騎士師団、第66特殊戦旅団。
シホールアンル陸軍は1個師団の人員は約16000人、1個旅団は6000人である。
この3個軍の人員を合わせると、計8万を超える大部隊である。
護衛にはシホールアンル海軍第8、第12艦隊があたる。
第8艦隊は戦艦4隻、巡洋艦4隻、駆逐艦16隻。第12艦隊は巡洋艦2隻、駆逐艦34隻で編成されている。
第12艦隊は本土防衛用の艦隊であり、駆逐艦は艦隊型駆逐艦とは一段性能の劣るものだが、南大陸軍の
水上部隊相手なら充分に対応できる。
そして、侵攻作戦の尖兵となる第24竜母機動艦隊は、第1部隊が正規竜母2隻、小型竜母1隻、戦艦2隻、
巡洋艦3隻、駆逐艦10隻。
第2部隊が正規竜母2隻、戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦11隻で編成されている。
この他に、第22竜母機動艦隊の竜母2隻と巡洋艦3隻、駆逐艦13隻が加わる。
まさに、シホールアンル海軍の総力を結集した大攻略部隊である。
第24竜母機動艦隊旗艦、竜母クァーラルドの作戦室で、リリスティ・モルクンレル中将は幕僚達と話し合っていた。
「ヴィルフレイングに潜伏するスパイの報告では、アメリカ軍は18日に正規空母を中心とする機動部隊を出港
させた模様です。アメリカ機動部隊は、常に8~9ゼルドの巡航速度で航行します。途中、他艦への燃料補給も
含めれば、24日にはバゼット半島の西側海域に進出する物と思われます。」
作戦参謀のオスク・キンスグ中佐は、机に広げられた地図を指で撫でながら説明する。
「敵の正規空母は合計で5隻。うち2隻はレンジャー、又はワスプ級。3隻はヨークタウン級空母です。」
「飛空挺の数は、相変わらずあっちの方が多いね。多分、430か、40機ぐらいは揃えている。
それに対して、こっちは前部集めて437騎。互角か、少し差をつけられてる。」
リリスティは腕を組み、1人で考え始めた。
竜母部隊はリリスティの第24竜母機動艦隊の他に、ヘルクレンス少将の第22竜母機動艦隊もいる。
ヘルクレンス少将は竜母ゼルアレと、ギルガメル級竜母3番艦のリギルガレスを保有している。
合計で7隻の竜母をシホールアンル側は持つ訳だが、相手は正規空母5隻と、母艦の数ではアメリカ側が少ない。
しかし、艦載機の数では米機動部隊と同等か、少し差をつけられている。
正攻法で行けば、米機動部隊にも大打撃を与えられるが、リリスティ、ヘルクレンスの艦隊も敵攻撃隊の攻撃に晒される。
アメリカ機動部隊を打ち破っても、上陸参戦の要になる竜母部隊が全滅しては、あとの作戦に支障を来たしてしまう。
そうなってはまずい。
(何かいい案無いかな・・・・来年から竜母が増えると言っても、ここで何隻も沈めてしまったら危ないし・・・・・)
リリスティは悩んだ。
過去、2度の機動部隊決戦で、シホールアンル側は3隻の米正規空母を大破させたが、アメリカ機動部隊が
放って来る攻撃隊は、こちらにも必ず被害を与えている。
敵機動部隊と戦う以上、こちらに犠牲が出るのは致し方ない。
しかし、ある程度の戦力は残しておく必要がある。
「こっちの竜母もやられるだろうけど・・・・せめて、戦いの後に2、3隻は無傷で居れば、上陸作戦の支援も
出来るんだけど・・・・・・あなた達は、何か面白そうな案とか思い浮かばない?」
彼女は作戦室の幕僚を見回しながら聞いてみた。
「お言葉ですが司令官。ここは正攻法で行く以外に道は開けぬかと思われます。」
参謀長がリリスティに顔を向けて言い始めた。
「それに、機動部隊同士の決戦では、相手を見つけた方が有利になります。ジェリンファ沖、バゼット海南沖では、
先に我々が相手を見つけた事で、小型竜母2隻撃沈。大型空母2隻大破の戦果を挙げています。前回は不運にも、
相手に見つかってしまいましたが、今回はこちらの手駒も揃っております。アメリカ空母部隊は今度こそ、
必ず討ち果たせるでしょう。」
「違う・・・・・私が考えているのはもう少し、捻った考えよ。確かに正攻法はいい。でもね、上陸作戦を行う
までには、全ての竜母が大破させられるという事はあってはならないわ。もっと、相手を驚かすような方法で、
私は敵と戦いたい。」
リリスティの言葉に、幕僚たちは口を閉ざした。作戦室には、しばしの沈黙が流れる。
沈黙が1分、2分と続く。彼女はとある考えが浮かんでいたが、それを口にするのは少し躊躇いが生じる。
だが、その方法ならば、相手の意表を衝く事が出来る。
彼女が自分の考えを言おうか、言わぬか考えていた時、突然魔道将校が作戦室に入って来た。
「司令官。第22竜母機動艦隊司令官のヘルクレンス少将より、作戦の打ち合わせのために9時頃に
来艦したいとの要望がゼルアレから届けられました。」
「ヘルクレンスが?」
リリスティは首をかしげた。
第22竜母機動艦隊は、リリスティの艦隊より後方5ゼルドの海域を航行している。
距離的にはそう遠くは無い。
「・・・・・何か妙案を思いついたのかしら。」
リリスティは誰にも聞こえないような声でそう呟いた後、魔道将校に返事をした。
「ヘルクレンス少将に返信。了解。時間通りに来艦されたし。以上。」
彼女はそっけない口調で、魔道将校に伝えた。
その後、リリスティはヘルクレンス少将も交えて改めて会議を開いた。
ヘルクレンスの考えはリリスティが考えた物と同じであり、幕僚達は最初、反対した。
だが、今作戦は海戦のみならず、上陸支援も含まれる為、ある程度の竜母とワイバーンは残す必要がある。
やがて、幕僚達は賛成し、リリスティとヘルクレンスの案を元に、アメリカ機動部隊撃滅の対策を立てていった。
1482年10月22日現在 バゼット半島沖に急行中の両軍の水上部隊
シホールアンル軍
第22竜母機動艦隊 ルエカ・ヘルクレンス少将(旗艦ゼルアレ)
竜母ゼルアレ リギルガレス
巡洋艦レンガキ オレンク ミルエヅ
駆逐艦13隻
第24竜母機動艦隊 リリスティ・モルクンレル中将(旗艦クァーラルド)
第1部隊 モルクンレル中将直率
竜母クァーラルド モルクド 小型空母ライル・エグ
戦艦ケルグラスト クロレク
巡洋艦オーメイ ジャンビ エフグ
駆逐艦13隻
第2部隊 ワルジ・ムク少将(旗艦イリアレンズ)
竜母ギルガメル イリアレンズ
戦艦オールクレイ
巡洋艦ネーリンク ヒェルク ラビンジ
駆逐艦10隻
第8艦隊 ウランク・バルグランス少将(旗艦ジェクラ)
戦艦ジェクラ リングスツ ロジンク ヒレンリ
巡洋艦ルオグレイ ラスル ジョクランス ネルジェリン
駆逐艦16隻
第12艦隊 マリングス・ニヒトー少将(旗艦レルバンスク)
巡洋艦ヒルヒャ レルバンスク
駆逐艦34隻
輸送船500隻
アメリカ軍
第15任務部隊 司令官 レイ・ノイス少将(旗艦ワスプ)
正規空母ワスプ
戦艦サウスダコタ
重巡洋艦ウィチタ ルイスヴィル
軽巡洋艦ナッシュヴィル セント・ルイス クリーブランド サンディエゴ
駆逐艦デューイ エールウィン モナガン シムス ハンマン モーリス ウォールデン バートン スミス
マハン クレイブン ダンラップ
第16任務部隊 司令官 ウィリアム・ハルゼー中将(旗艦エンタープライズ)
正規空母エンタープライズ ホーネット
戦艦ノースカロライナ
重巡洋艦ノーザンプトン ペンサコラ ヴィンセンス
軽巡洋艦ブルックリン フェニックス アトランタ
駆逐艦グリッドリイ ブルー マグフォード ラルフ・タルボット パターソン ジャービス リバモア デイビス
ベンハム エレット ローウェン スタック アンダーソン ステレット ウィルソン ウォーカー
第17任務部隊 司令官 フランク・フレッチャー中将(旗艦ヨークタウン)
正規空母ヨークタウン レンジャー
戦艦ワシントン
重巡洋艦アストリア クインシー
軽巡洋艦サヴァンナ ヘレナ ジュノー サンファン
駆逐艦フレッチャー オバノン ニコラス モンセン カッシン ニコラス オースチン ヒューズ
メイヨー グリーブス ランズダウン ベンソン
補給部隊 司令官 アイザック・キッド少将(旗艦アリゾナ)
戦艦アリゾナ ペンシルヴァニア
重巡洋艦チェスター ヒューストン
駆逐艦10隻 給油艦8隻 補給艦6隻
1482年 10月17日 午後11時 サンディエゴ
サンディエゴにあるアメリカ太平洋艦隊司令部は、深夜にもかかわらず明かりが灯っていた。
その建物の中に、太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将はいた。
「諸君、緊急事態だ。」
彼は、作戦室に集まった司令部幕僚の前で口を開いた。
「ヴィルフレイングの南太平洋部隊司令部から、シホールアンル軍がミスリアル王国に侵攻を開始したと報告があった。」
キンメルの言葉に、幕僚達は驚きの表情を見せた。
「報告によると、シホールアンル軍が侵攻を開始したのは、現地時間の16日、夜9時頃だ。
既に、敵軍はミスリアル王国の内部にまで軍を進めているようだ。」
「シホールアンル軍はカレアントで大攻勢を開始するはずだったのに。これは一杯食わされましたな。」
参謀長のウィリアム・スミス少将が苦虫を噛み潰したように表情をしかめる。
「ガルクレルフ攻撃のお返しをされるとは、敵も天晴れなものです。」
「問題は、シホールアンル軍の兵力がどれほどの物か、です。」
作戦参謀のチャールズ・マックモリス大佐が発言する。
「ミスリアル軍は、30万の常備軍に20万の予備軍を保有していますが、先の報告からすると、
シホールアンル軍は最低でも50万以上の兵力で国境を突破してきたのでしょう。ミスリアル陸軍の錬度は
非常に高いようですが、不意討ちを受けているので大打撃を与えられた事は確実です。
早急に手を打たねば、同盟国の1つが確実に滅びます。」
マックモリス大佐の発言が終わると、今度は情報参謀のロシュフォート中佐が発言した。
「よく考えると、少しおかしいところがあります。現在、ヴィルフレイングは既に、18日の午前0時を回っています。
そのヴィルフレイングからの報告が現地時間で1時過ぎ。シホールアンル軍の侵攻開始は16日の夜半。
丸1日以上も間が開いてから敵軍侵攻の報告が来ています。普通、無線よりは伝達速度に差があるとは言え、
魔法通信はスムーズに行われます。ミスリアルは魔法技術に関して、世界で1位の国です。
なのに、そのミスリアルからの報告が、丸1日以上経ってからと言うのがどうにも不可解です。」
「これは推測であるが・・・・敵は何かしらの準備。例えば、通信系の魔法を妨害する魔法を、大規模に
起動させてから侵攻したかもしれん。」
キンメルは、レイリーと交わした魔法関係の雑談を思い出しながら言った。
「グリンゲル魔道士から聞いた話しだが、この世界は魔法が使える。使う者は常に頭で術式を組み上げて起動する。
当然、それを妨害する魔法も開発されている。ミスリアルに劣るとは言え、シホールアンルも侮れない魔法技術を
持っている。あのような大規模な魔法を作る事は容易に想像が付く。今回の作戦も、事前にこの魔法を仕掛けておいて、
開始直前になって起動し、ミスリアル軍の耳を奪ったのだろう。そうでもしなければ、このように情報が遅れて入って
来る事など有り得ん。」
幕僚達の反応は、納得したような表情を浮かべる者、なるほどとばかりにしきりに頷く者など様々であったが、
ようやく、このような事態に陥った経緯が分かった。
「敵は、追い討ちをかけてくる可能性があります。それも、海から。」
マックモリス大佐が再び発言する。
「シホールアンル軍は、このような大規模な侵攻作戦には、必ず敵の戦線の後方に上陸部隊を展開させています。
恐らく、今回の作戦でも、この上陸部隊は出てくる可能性があります。シホールアンル海軍は、現在5隻の
竜母を使用可能です。前回のバゼット海海戦では敵小型竜母1隻撃沈、正規竜母2隻を大破、又は中破させて
いますから、前線に出せる数はこれだけでしょう。」
ロシュフォート中佐も同感だと言わんばかりに頷き、再び発言する。
「それに対して、我が太平洋艦隊は、ヴィルフレイングに第15、16、17の3個任務部隊を配置しています。
使用可能な空母は5隻で、これを侵攻してくる敵機動部隊並びに輸送船団にぶつけます。」
「敵艦隊はもちろんだが、敵輸送船団にも護衛の艦隊が付いている可能性はあります。数は正確には分かりませんが、
最低でも3隻、多くて4隻は護衛に付いているかもしれません。敵機動部隊の直衛戦艦も合わせれば、数は2倍になります。」
太平洋艦隊には、戦艦が7隻配備されており、うち3隻の新鋭戦艦。ノースカロライナ、ワシントン、サウスダコタが、
共に機動部隊随伴戦艦として配備されている。
いずれも、昨年、今年に建造された艦で45口径16インチ砲9門を保有する新戦艦である。
シホールアンル側の戦艦になんら引けを取るものではない。
だが、もし水上砲戦となれば、いくら新鋭戦艦といえど数の優位を取られれば、戦いは必然的に厳しい物となる。
「その戦艦部隊と相対すれば、わが方の損害も無視できぬ物になります。」
「そうなる前に、敵機動部隊を捕捉、撃滅する必要があるな。だが、我が太平洋艦隊が保有する機動部隊なら、
それが可能だ。とは言っても、機動部隊決戦に持ち込んだら、今度はこっちの空母も1隻か2隻は沈められそうだが。
水上砲戦で大損害を出すよりは幾らかマシになるだろう。」
要は、敵の竜母部隊を叩きのめして制空権を奪えばいいのだ。
制空権の無い艦隊や輸送船団は、必ず地獄を見てきた。
ボストン沖海戦のマオンド輸送船団然り。レアルタ島沖海戦のシホールアンル戦艦部隊然り。
「今回の戦いも、空母同士の戦い如何で勝敗が決まる、ですか。時代は変わりましたなあ。」
スミス少将が、苦笑しながらキンメルに言った。
転移前にも、スミス少将のような大艦巨砲主義者は何人もいたが、未知の国、シホールアンルとの戦いを見ていくに
つれて信ずるべき物を変えざるを得なくなった。
シホールアンル海軍との機動部隊同士の戦いは既に2度行われている。
どの戦いも、一瞬の判断の正誤が、両軍の明暗を分けてきた。
共に猛々しく戦い、多数の命を散らしてきた空母対竜母の戦いが、近いうちにバゼット半島沖で行われるのだ。
「確かにな。数年前までは考えられなかった事だ。しかし、これが現実だ。我々はこの現実を眼に写し、耳に響かせながら、将兵を勝利に導いていこう。」
それから1時間後、南太平洋部隊司令部から機動部隊の出撃を促す電報が届けられた。
1482年 10月19日 午前11時 ヴィルフレイング
その日、ヴィルフレイングは快晴だった。
晴れ渡った心地の良い空の下、ヴィルフレイングに停泊するTF15、16、17の3個機動部隊は出港を開始した。
一番初めに出港を開始したのは、第15任務部隊である。
「TF15、出港します!」
見張りが、味方艦隊の出港を伝えてくる。ウィリアム・ハルゼー中将は、TF16旗艦、エンタープライズの艦橋で、
TF15の出港を見守っていた。
出港していく各艦は、盛大に星条旗よ永遠なれを吹聴し、乗員が登舷礼を行って離れていくヴィルフレイングに挨拶する。
ヴィルフレイングの住民達が熱狂的に見送る中、前衛を務める駆逐艦数隻が先に港から出る。
次に重巡洋艦のウィチタとルィスヴィルが出航していき、次に戦艦サウスダコタが、その巨躯をエンジンの振動に
躍らせながら、ゆっくりと後を追う。
その後を、TF15の主役たる空母ワスプが、小振りながらも堂々とした艦体を震わせながら、外海に出て行く。
その後に、軽巡洋艦のナッシュヴィル、セント・ルイス、クリーブランド、サンディエゴの4巡洋艦が、後を追う。
ハルゼーの傍らで、出港していくTF15の艦を見ていたラウス・クレーゲルは、1隻の巡洋艦に注目した。
ラウスが注目した巡洋艦。
最近配備されたばかりの軽巡洋艦クリーブランドは、どこかブルックリン級と似たような感じがある。
だが、主砲がブルックリンより少ない。
しかし、一見頼りなさげに見えるはずなのに、どうしてか、ブルックリン級より頼もしいような感じもする。
「そんなにクリーブランドが珍しいかね?」
参謀長のブローニング大佐がラウスに声をかけてきた。
「はあ。なんか、あの艦って、ブルックリンに似てますけど、主砲が3門足りないですね。でも代わりに、
ちっこい副砲が増えてますね。あと2、3個増やしたら、アトランタ級みたいになっちまいますよ。」
「あの艦はな、アトランタ級には及ばんが、対空戦闘も重視して設計された艦だ。本来ならブルックリン級と
同様な作り方をされる予定だったが、航空機の脅威が高くなり始めたから、手直しして航空機にも充分対応
できるようにしたんだ。」
「だが、対艦戦闘に関しても、あいつは手を抜いてないぞ。」
ハルゼー中将もラウスに言って来た。
「クリーブランドは、ブルックリンと比べて主砲3門足りないが、その代わりに新式の主砲を持たされている。
ブルックリン級は47口径6インチ砲だが、クリーブランドは54口径6インチ砲を装備されている。話によると、
54口径砲は47口径砲より射程距離が長く、砲弾の貫徹力も上がった。それでいて、1分間に悪くて8発、
良けりゃ10発と、47口径砲と同等の発射速度を持っている。」
ハルゼーはラウスに向き直ると、ニヤッと笑った。
「軽巡と言えば、誰も彼も頼りなさげに思うだろうが、クリーブランドに関して言えば頼りないどころか、
機動部隊には掛け替えの無い相棒だな。俺としてはそう思っている。あのクリーブランドは、最終的には
姉妹艦が30隻作られるようだから、今後はあいつが海軍を背負っていくだろうな。」
「さ、30隻っすか!?」
「ああ、そうだ。と言っても、30隻目が出てくるのは45年の初めぐらいだが。」
「え、え~と・・・・たった2年余りで30隻って・・・・・」
ラウスは思わず呆然となった。あのシホールアンルも、大量に艦艇を作る事で有名だが、量産されたオーメイ級、
ルオグレイ級でさえ、39隻を建造するのに12年かかった。
そのオーメイ級、ルオグレイ級と同等か、あるいは勝るかも知れぬ高性能艦を、2、3年余り。
シホールアンルが要した年月の6分の1程度の期間で30隻作ると言うのだ!
(マジかよ・・・・・・いくらなんでも・・・)
ラウスは日々、アメリカと言う国は凄いと思っていたが、こんな突拍子も無い事実を突き付けられると、
頼もしさを通り越して恐怖感すら沸き起こる。
「どうした?ラウス君」
ハルゼーは、ラウスが顔を青くしている事に気が付いた。
「気分でも悪いのかね?」
「へ?い、いいえ。意気軒昂っすよ♪」
と、彼はわざとらしく体操したりして何も無い事をアピールした。
「司令官、そろそろ我々の出番ですな。」
「ああ。いよいよだな。」
ハルゼーは表情を引き締めた。ついに、TF16の出港が始まった。
まず、TF15と同じように前衛の駆逐艦が先に出港する。その次に、ノーザンプトンとペンサコラ、ヴィンセンスの
3重巡が外海へと出て行く。
その背後には、新鋭戦艦のノースカロライナが、9門の16インチ砲にやや仰角をあげて、誇らしげに出港していく。
「両舷前進微速。」
艦長のマレー大佐の命令が、操舵室に届く。
「両舷前進微速、アイアイサー。」
電話から返事の声が聞こえ、それから間もなくしてエンタープライズの艦体がゆっくりと、外海に向けて動き出した。
しばらくすると、右舷500メートルの距離で停泊していた空母ホーネットも、ゆっくりと動き始めた。
軍楽隊が派手に曲を流す中、ヴィルフレイング住民の見送りもますますヒートアップした。
「なあブローニング。今回は3姉妹無事に揃って、敵に立ち向かえるな。」
「そうですなあ。今まで、エンタープライズは太平洋。ヨークタウンとホーネットは大西洋と、バラバラになって
活動していましたが、こうして見ると、やっと3姉妹が揃ったかと思いますね。」
「ヨークタウン3姉妹、ついにここで揃う、か。一番姉貴のヨークタウンが、TF17でレンジャーと共にグループを
組んでいるから、まだ離れ離れだが、とにかく、同じ戦線で3隻揃って戦う事には変わりは無い。」
ハルゼーらが会話を交わしている間にも、機動部隊は続々と出港していく。
TF16が出港を終えると、今度はTF17が出港を開始し、そのTF17も出港すると、給油艦8、補給艦6隻を含む
28隻の補給部隊が出撃した。この補給部隊には、第2任務部隊の戦艦アリゾナ、ペンシルヴァニアを含む艦が
補給部隊護衛の任に当たっていた。
こうして、94隻のアメリカ艦隊は、ヴィルフレイングを出港するや、輪形陣を組み上げ、一路バゼット半島沖へ向かった。
1842年 10月20日 午後0時 ネバダ州ロスアラモス
「ふぅ。やっと昼ご飯の時間か。」
アルベルト・アインシュタイン博士は研究室の椅子に背をもたれさせながら、豪快に背伸びをした。
時間は昼を回ったところだ。腹を空かしたアインシュタインや他の研究員はカフェテリアへ向かおうとした。
アインシュタインは椅子から立ち上がる前に、2人の男女。レイリーとルィールに視線を向けた。
2人は作成された資料に目を通している。熱心に仕事をこなす彼らの表情は、いつもと違ってどこか暗かった。
「お2人さん。昼休みの時間だが、昼食でも食べにいかんかね?」
アインシュタインはまず、2人を昼食に誘ってみた。2人は同時に頷くと、資料を置いて研究所内に
あるカフェテリアに移動した。
カフェテリアに移動してから、彼らは昼食を取った。
アインシュタインは彼らと知り合って半年以上になるが、2人の性格はほぼ分かってきている。
レイリーは、ミスリアルでトップクラスの魔道士であり、頭が切れ、運動神経抜群というパーフェクトマン
であり、見た目も冷たい感じがする。
ルィールはレイリーよりは少し明るい感じがするが、レイリーよりも冷静沈着であり、時にはレイリーよりも
早く仕事をこなす事がある。
2人とも、外見からして自分は冷たい人だよ、と言ってるような感じだが、本当は2人ともよく喋る。
特にレイリーは、仕事以外の時は陽気な人物であり、この昼食の時も色々な話をして場を盛り上げてくれる。
最近では研究チームのムードメーカー的存在となっている。
だが、昨日から、彼らは何かを心配しているのか、常に険しい表情を浮かべている。
アインシュタインは、彼らが浮かぬ顔をする原因が分かっていた。
「やはり・・・・気になるのかな?」
アインシュタインはおもむろに口を開いた。
「祖国の状況が、やはり気になるのだね?」
アインシュタインの言葉に、2人はうつむいていた顔を上げる。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
2人はじっと黙っている。
(こうなるのも仕方ないだろう。私だって、知人が多く住んでいる生まれ故郷が、とんでもない災難に
見舞われたら、今までのように振舞う事は難しい)
アインシュタインは2人の気持ちに同情していた。
昨日、2人にレイトン中佐が、顔色を変えながらミスリアル王国にシホールアンル軍が大規模侵攻を
開始したと伝えている。
彼はその話をはっきり耳にしている。
2人はその後も、相変わらず仕事を続けたが、アインシュタインは2人の動作が、いつもとは違う事を見抜いていた。
「ええ。気になります。」
ルィールが最初に言った。
「ミスリアルには、私の家族がいますし、友人も、世話になった人も多くいます。その人達の身に
何か起きようとしていると思うと、少し不安になります。」
彼女は持っていたカップを置いてから、話を続ける。
「レイトン中佐からは、定期的に連絡を受け取っていますが、ミスリアル王国には敵の妨害魔法が大規模に
起動されて、魔法通信では全く連絡が取れず、今もどのような状況になっているか、全く分かりません。」
「魔法通信を妨害か・・・・・傍受する事は出来ないが、妨げる事はできるのか。」
アインシュタインは伸びた白髪頭を掻きながら唸った。
「シホールアンルも、魔法技術は我がミスリアルに劣りますが、応用技術に関しては我々と同じか、近い位置にあります。」
レイリーがアインシュタインに言う。
「今回のシホールアンル側の攻勢は、我々が驚くほど見事です。ガルクレルフ奇襲をそっくり叩き返された形になりますね。」
彼は大きくため息をついた。
「あの国は、やられたらただでは起き上がらない国です。だから、一度物事に失敗すると、使えるなら敵のやり方も
学び、それも取り入れて次の攻撃を仕掛けてきます。このアメリカと大分似ていますよ。」
「なるほど。いやはや、恐れ入ったよ。」
アインシュタインは苦笑しながらレイリーとルィールに言った。
「アメリカとシホールアンルは似ているか・・・・・うんうん。よく考えれば似てるかも知れんな。」
彼はそうぼやく。しかし、アインシュタインは、それほど悲観はしていないようだった。
「しかし、事は我が合衆国に知れ渡り、ヴィルフレイングに駐留する太平洋艦隊が、艦隊を派遣した事はさっき、
レイトン中佐から聞いているだろう?」
「ええ。」
「シホールアンルの侵攻艦隊を迎撃するようですが。」
「そうだ。私も少しくらいは知っているが、今、太平洋艦隊に配属されている空母は、いずれも実戦を経験した
艦ばかりだ。艦隊の錬度はなかなか高いようだぞ。合衆国海軍きっての精鋭艦隊なら、シホールアンル相手に
暴れ回ってくれるだろう。」
彼は言葉を区切ると、一かけらのビスケットを口に放り込んだ。
「これから、バゼット半島沖で、今までにない規模の大海戦が繰り広げられるだろう。その戦いに合衆国が勝てば・・・・」
アインシュタインは窓の外。西の空を見上げる。その方角には、2人の祖国であるミスリアル王国がある。
2人もアインシュタインに真似るように、西の方角に顔を向けた。
「流れは合衆国と、南大陸諸国に移るかも知れん。」
そう言った後、アインシュタインは急に恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「まっ、ただの科学者である私が、軍事の話をしても感心せんと思うけどね。」
と、彼は微笑みながら言った。
1482年 10月21日 午後8時
第24竜母機動艦隊は、19日に北大陸の根拠地、ジリルブラウクを出港した攻略艦隊と合流した後、
バゼット半島に向かっていた。
上陸部隊は、500隻の大輸送船団で編成されており、輸送船団には、第17軍の第182歩兵師団、
第205重装騎士師団、第163騎兵旅団。第20軍の第2重装騎士師団、第57騎兵旅団。
第3特殊軍の第72魔法騎士師団、第66特殊戦旅団。
シホールアンル陸軍は1個師団の人員は約16000人、1個旅団は6000人である。
この3個軍の人員を合わせると、計8万を超える大部隊である。
護衛にはシホールアンル海軍第8、第12艦隊があたる。
第8艦隊は戦艦4隻、巡洋艦4隻、駆逐艦16隻。第12艦隊は巡洋艦2隻、駆逐艦34隻で編成されている。
第12艦隊は本土防衛用の艦隊であり、駆逐艦は艦隊型駆逐艦とは一段性能の劣るものだが、南大陸軍の
水上部隊相手なら充分に対応できる。
そして、侵攻作戦の尖兵となる第24竜母機動艦隊は、第1部隊が正規竜母2隻、小型竜母1隻、戦艦2隻、
巡洋艦3隻、駆逐艦10隻。
第2部隊が正規竜母2隻、戦艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦11隻で編成されている。
この他に、第22竜母機動艦隊の竜母2隻と巡洋艦3隻、駆逐艦13隻が加わる。
まさに、シホールアンル海軍の総力を結集した大攻略部隊である。
第24竜母機動艦隊旗艦、竜母クァーラルドの作戦室で、リリスティ・モルクンレル中将は幕僚達と話し合っていた。
「ヴィルフレイングに潜伏するスパイの報告では、アメリカ軍は18日に正規空母を中心とする機動部隊を出港
させた模様です。アメリカ機動部隊は、常に8~9ゼルドの巡航速度で航行します。途中、他艦への燃料補給も
含めれば、24日にはバゼット半島の西側海域に進出する物と思われます。」
作戦参謀のオスク・キンスグ中佐は、机に広げられた地図を指で撫でながら説明する。
「敵の正規空母は合計で5隻。うち2隻はレンジャー、又はワスプ級。3隻はヨークタウン級空母です。」
「飛空挺の数は、相変わらずあっちの方が多いね。多分、430か、40機ぐらいは揃えている。
それに対して、こっちは前部集めて437騎。互角か、少し差をつけられてる。」
リリスティは腕を組み、1人で考え始めた。
竜母部隊はリリスティの第24竜母機動艦隊の他に、ヘルクレンス少将の第22竜母機動艦隊もいる。
ヘルクレンス少将は竜母ゼルアレと、ギルガメル級竜母3番艦のリギルガレスを保有している。
合計で7隻の竜母をシホールアンル側は持つ訳だが、相手は正規空母5隻と、母艦の数ではアメリカ側が少ない。
しかし、艦載機の数では米機動部隊と同等か、少し差をつけられている。
正攻法で行けば、米機動部隊にも大打撃を与えられるが、リリスティ、ヘルクレンスの艦隊も敵攻撃隊の攻撃に晒される。
アメリカ機動部隊を打ち破っても、上陸参戦の要になる竜母部隊が全滅しては、あとの作戦に支障を来たしてしまう。
そうなってはまずい。
(何かいい案無いかな・・・・来年から竜母が増えると言っても、ここで何隻も沈めてしまったら危ないし・・・・・)
リリスティは悩んだ。
過去、2度の機動部隊決戦で、シホールアンル側は3隻の米正規空母を大破させたが、アメリカ機動部隊が
放って来る攻撃隊は、こちらにも必ず被害を与えている。
敵機動部隊と戦う以上、こちらに犠牲が出るのは致し方ない。
しかし、ある程度の戦力は残しておく必要がある。
「こっちの竜母もやられるだろうけど・・・・せめて、戦いの後に2、3隻は無傷で居れば、上陸作戦の支援も
出来るんだけど・・・・・・あなた達は、何か面白そうな案とか思い浮かばない?」
彼女は作戦室の幕僚を見回しながら聞いてみた。
「お言葉ですが司令官。ここは正攻法で行く以外に道は開けぬかと思われます。」
参謀長がリリスティに顔を向けて言い始めた。
「それに、機動部隊同士の決戦では、相手を見つけた方が有利になります。ジェリンファ沖、バゼット海南沖では、
先に我々が相手を見つけた事で、小型竜母2隻撃沈。大型空母2隻大破の戦果を挙げています。前回は不運にも、
相手に見つかってしまいましたが、今回はこちらの手駒も揃っております。アメリカ空母部隊は今度こそ、
必ず討ち果たせるでしょう。」
「違う・・・・・私が考えているのはもう少し、捻った考えよ。確かに正攻法はいい。でもね、上陸作戦を行う
までには、全ての竜母が大破させられるという事はあってはならないわ。もっと、相手を驚かすような方法で、
私は敵と戦いたい。」
リリスティの言葉に、幕僚たちは口を閉ざした。作戦室には、しばしの沈黙が流れる。
沈黙が1分、2分と続く。彼女はとある考えが浮かんでいたが、それを口にするのは少し躊躇いが生じる。
だが、その方法ならば、相手の意表を衝く事が出来る。
彼女が自分の考えを言おうか、言わぬか考えていた時、突然魔道将校が作戦室に入って来た。
「司令官。第22竜母機動艦隊司令官のヘルクレンス少将より、作戦の打ち合わせのために9時頃に
来艦したいとの要望がゼルアレから届けられました。」
「ヘルクレンスが?」
リリスティは首をかしげた。
第22竜母機動艦隊は、リリスティの艦隊より後方5ゼルドの海域を航行している。
距離的にはそう遠くは無い。
「・・・・・何か妙案を思いついたのかしら。」
リリスティは誰にも聞こえないような声でそう呟いた後、魔道将校に返事をした。
「ヘルクレンス少将に返信。了解。時間通りに来艦されたし。以上。」
彼女はそっけない口調で、魔道将校に伝えた。
その後、リリスティはヘルクレンス少将も交えて改めて会議を開いた。
ヘルクレンスの考えはリリスティが考えた物と同じであり、幕僚達は最初、反対した。
だが、今作戦は海戦のみならず、上陸支援も含まれる為、ある程度の竜母とワイバーンは残す必要がある。
やがて、幕僚達は賛成し、リリスティとヘルクレンスの案を元に、アメリカ機動部隊撃滅の対策を立てていった。
1482年10月22日現在 バゼット半島沖に急行中の両軍の水上部隊
シホールアンル軍
第22竜母機動艦隊 ルエカ・ヘルクレンス少将(旗艦ゼルアレ)
竜母ゼルアレ リギルガレス
巡洋艦レンガキ オレンク ミルエヅ
駆逐艦13隻
第24竜母機動艦隊 リリスティ・モルクンレル中将(旗艦クァーラルド)
第1部隊 モルクンレル中将直率
竜母クァーラルド モルクド 小型空母ライル・エグ
戦艦ケルグラスト クロレク
巡洋艦オーメイ ジャンビ エフグ
駆逐艦13隻
第2部隊 ワルジ・ムク少将(旗艦イリアレンズ)
竜母ギルガメル イリアレンズ
戦艦オールクレイ
巡洋艦ネーリンク ヒェルク ラビンジ
駆逐艦10隻
第8艦隊 ウランク・バルグランス少将(旗艦ジェクラ)
戦艦ジェクラ リングスツ ロジンク ヒレンリ
巡洋艦ルオグレイ ラスル ジョクランス ネルジェリン
駆逐艦16隻
第12艦隊 マリングス・ニヒトー少将(旗艦レルバンスク)
巡洋艦ヒルヒャ レルバンスク
駆逐艦34隻
輸送船500隻
アメリカ軍
第15任務部隊 司令官 レイ・ノイス少将(旗艦ワスプ)
正規空母ワスプ
戦艦サウスダコタ
重巡洋艦ウィチタ ルイスヴィル
軽巡洋艦ナッシュヴィル セント・ルイス クリーブランド サンディエゴ
駆逐艦デューイ エールウィン モナガン シムス ハンマン モーリス ウォールデン バートン スミス
マハン クレイブン ダンラップ
第16任務部隊 司令官 ウィリアム・ハルゼー中将(旗艦エンタープライズ)
正規空母エンタープライズ ホーネット
戦艦ノースカロライナ
重巡洋艦ノーザンプトン ペンサコラ ヴィンセンス
軽巡洋艦ブルックリン フェニックス アトランタ
駆逐艦グリッドリイ ブルー マグフォード ラルフ・タルボット パターソン ジャービス リバモア デイビス
ベンハム エレット ローウェン スタック アンダーソン ステレット ウィルソン ウォーカー
第17任務部隊 司令官 フランク・フレッチャー中将(旗艦ヨークタウン)
正規空母ヨークタウン レンジャー
戦艦ワシントン
重巡洋艦アストリア クインシー
軽巡洋艦サヴァンナ ヘレナ ジュノー サンファン
駆逐艦フレッチャー オバノン ニコラス モンセン カッシン ニコラス オースチン ヒューズ
メイヨー グリーブス ランズダウン ベンソン
補給部隊 司令官 アイザック・キッド少将(旗艦アリゾナ)
戦艦アリゾナ ペンシルヴァニア
重巡洋艦チェスター ヒューストン
駆逐艦10隻 給油艦8隻 補給艦6隻