WORLD ALL 1-0 自衛隊サイド
西暦200X年 10月30日 日本海対馬沖
朝鮮半島情勢は緊張の度合いを深めていた。
先年来の食糧難、そして相次ぐ脱北者、日本をはじめとする各国の援助打ち切り…北朝鮮の経済状況は明らかに瀬戸際だった。
それに対し、北朝鮮は強硬姿勢を崩そうとせず、逆に日本・アメリカへの弾道ミサイル攻撃を行う用意があるという宣言を行った。
譲歩しないブッシュ政権に対して脅迫を持って妥協点を得ようしたのだ。
これには、日本・アメリカのならず中国やロシアからも反発を受けた。
かくして国連安保理は北朝鮮に対する経済制裁と直接攻撃を決定。 多国籍軍の派遣を決定する。
小泉総理も、この事態を受けて有事法制を強行採決で可決。
邦人救助と経済水域封鎖を目的として護衛艦隊 第1護衛隊群、第4護衛隊群の派遣を決定した。
そして陸上自衛隊の派遣中隊第一陣も車両と装備を積載し輸送艦「おおすみ」とともに派遣されたのだった…
そして、派遣護衛艦隊は現在米軍第7艦隊と合流、韓国釜山港へ向かう途上の海の上にいた。
「おおすみ」甲板上。 午前6時29分。
陸上自衛隊の橘2尉と藤原陸曹長はロープで固定された車両列の間を歩きながら話していた。
「でもアメリカが動くのは、日本にミサイルが落ちてきてからだと思ったけれどな」
「そりゃまた、何故です?」
「そうすればアメリカは北朝鮮への攻撃と、同時に日本占領の口実が得られるからだよ。 日本が北朝鮮と戦争して社会や経済に大打撃を受ければ、日米安保理を建前にアメリカは治安回復の為と称して日本を再占領できる」
橘2尉の視線の先には米海軍の空母キティホークが白い波を曳いて海上を進む姿がある。
併走する巡洋艦やイージス艦を引きつれ、海自の護衛隊まで従えて威風堂々とした王のようだ。
「そのために、韓国や沖縄から駐留部隊を引き揚げさせり、強硬な姿勢をとったりして北朝鮮を挑発した。 911テロの時もそうだが、アメリカはそこら辺ずるがしこい。 相手に一発殴らせてから、袋叩きにする口実をつけて喧嘩をする」
「…いかにもやりそうな事です。 真珠湾のときもアメリカは事前に日本軍の奇襲を察知していて、黙認したって言う噂もあります」
「噂じゃなくて、事実だよ」
橘2尉はくわえていた煙草を海に投げ捨てた。
事実、とは言い切ったものの陰謀論に過ぎない。
ただ、集団的自衛権が行使できるようになった途端、今回のような事態が起こったようなことを考えると、自分たちは誰かの書いた脚本の上で動かされているような、そんな気もしてくる。
「お前たち、何をやっているか! 釜山港に到着するまで艦内待機の命令だぞ!」
艦橋の上から声が響く。
二人は一瞬肩をすくめて艦橋の上を見上げた。
派遣中隊の中隊長、柊3佐。 規律にうるさく、隊内では煙たがられている人物だ。
中隊の指揮官で、今回の第一陣派遣には率先して志願したとささやかれている。
「おはようございます! 自分が藤原曹長を連れて車両点検巡回中です」
「そうか。 ならいい。 30分後にミーティングだ! 艦内に戻れ」
橘2尉が敬礼しそう答えると、柊3佐は意外にも簡単に納得し船内に戻って行った。
いつもはここからさらに10分ほど説教というか、小言が続くのだが。
藤原曹長がほっとしたように息を吐く。
「いつも二言目には規律、規律ですからね。 頭が固いったら…」
「ああいうのが自分の仕事だと思ってるのさ」
部隊の規律と部下の気を引き締めるだけが、指揮官の仕事ではない。
が、柊3佐はどうもそればかり重視しているような向きもあると橘2尉は思っていた。
ああいう上官は、上手く立ち回ってなだめたり軽くいなすのが調度いい。
自分の場合はさらに、下の部下たちと上の幹部たちの間を取り持つ役目もある…
「さて、3佐が戻ってきて小言の続きでもされたらかなわない。 戻るか」
そう言って、二人が艦内に戻ろうとしたとき、甲高い音を立てて警報が鳴り響いた。
警報は「おおすみ」艦内だけでなく、艦隊全部から発せられていた。
米海軍の動きもあわただしくなり、空母から艦載機が発進する。
『総員配置! 北朝鮮が第7艦隊および日本本土に向け弾道ミサイルを発射した模様!』
二人ははっとして顔を見合わせ、すぐに駆け足で艦内のタラップを駆け下りる。
途中、血相を変えた海自隊員数名とすれ違った。
「やっぱり血迷ってミサイル攻撃に踏み切ったか!」
「核弾頭でしょうかっ!?」
「わからんっ! そうでないことを祈ろう」
海上では日米双方のイージス艦が噴煙を吹き上げるスタンダードSAMを発射し始めていた。
午前6時47分。
北朝鮮は第7艦隊と日本本土へ向けて弾道ミサイルを発射。
米軍第7艦隊は日本の派遣護衛艦隊を含む艦艇の約3分の1を消失する。
その中には、「おおすみ」も含まれていた。
日本本土にもミサイルが着弾、自衛隊および民間に多くの犠牲者と行方不明者を出すことになる。
これを契機とし、アメリカは北朝鮮に宣戦布告、本格的な攻撃を開始する。
そして、中国およびロシアも北朝鮮に軍を派遣、朝鮮半島情勢は混乱の様相を見せ始めた。
1-0 F世界サイド
西方スード地方 アルヘイム王国
シーレーギャーグ内海に突き出た半島の先端部、フラーナングの入り江に見慣れぬ灰色の鉄の船が浮かんでいるのを岬の上から見下ろす集団がいた。
その内の一人は漆黒の外套を着た、男性とも女性ともつかぬ人物で、被ったフードは目元までを覆い隠し、表情は見えない。
そのほかの人物たちは上質そうな素材で仕立てられた装飾つきの礼服を着て腰に剣を帯びた者たちか、金属製の甲冑を着込んで武装した屈強そうな男たちで、兜の面頬をあげて驚嘆の表情を浮かべている。
「…これにて召喚の儀は滞りなく完了したしました。 あの者たちとの交渉は公御自らがなされるがよろしいかと」
闇の色に身を包んだその人物が少年のような高い声で、ひときわ華美な装飾のなされた服を着た偉丈夫に告げると、公、と呼ばれた人物はやや呆然としながらもうむ、と頷いた。
今しがた目の前で起きたことがまだ信じられないでいるようだった。
異世界より軍隊を呼び出すなどという事が。 しかし、現に眼下に見下ろす入り江にはこれまで見たことも無いような大きな鉄の船が、ほんの一刻ほど前までには船影一つ無かった静かな海面に浮かんでいる。
「もっとも、外つ国より呼び出されました彼の者たちの言葉を通訳する者がおりませぬと話しになりませぬから、それは私が務めましょうが…」
彼とも彼女ともつかぬその人物はそう言って、フードに半分隠された顔の、下半分から覗く赤い唇を笑うように歪ませた。
公はその笑みを見て肌寒いものを感じた。 この「魔法使い」に命じて異世界より軍隊を呼び寄せたのはほかならぬ公自身であるが、そもそもの初めに公へ異世界の軍勢を呼び出すことを進言したのは魔法使いの方である。
公も公の家臣たちも最初は魔法使いの言葉に半信半疑であったが、自らの野望のため戦力を必要としていた公はその進言を受け入れた。
そして、魔法使いは言葉どおりに軍…軍艦とその乗組員を召喚して見せたのである。
この魔法使いがいつ頃から自分の腹心として、公に助言や提言を行うようになったのかは公自身も覚えていない。
ただ、魔法使いの言う言葉は全て物事を正確に言い当て、その言葉に従って間違いはあったことが無かった。
そして今回も、この魔法使いはいとも容易く、風と稲光を伴って異世界より軍を呼び出して見せたのだ。
彼は思った。 これだけの事をやってのける魔法使いの力に、得体の知れない恐怖と不信感を抱いたのだ。
元々魔法使いという生き物は、魔の力を使う呪われた人間と世俗では言われ、誰もが魔法使いの行使するその力に畏怖と嫌悪を覚える。
公もそれは承知で、何よりも自分のために役に立つからと、この魔法使いを側においてきたのだ。
しかし、今回ばかりは魔法使いの力に恐怖した。 このまま、この化け物のような生き物を飼っていて良いものだろうかと。
その時、一瞬魔法使いが顔を上げフードの奥に隠していた青い左右の目を公に見せた。
公と魔法使いの視線が交差した次の瞬間には、公は魔法使いに抱いていた不審と恐怖とをすっかり忘れてしまっていた。
「うむ、ご苦労である。 引き続き、我が大義のために力を貸してくれような」
「御意…」
公が言葉をかけ、魔法使いは口元に笑みを浮かべながら恭しく一礼した。
西暦200X年 10月30日 日本海対馬沖
朝鮮半島情勢は緊張の度合いを深めていた。
先年来の食糧難、そして相次ぐ脱北者、日本をはじめとする各国の援助打ち切り…北朝鮮の経済状況は明らかに瀬戸際だった。
それに対し、北朝鮮は強硬姿勢を崩そうとせず、逆に日本・アメリカへの弾道ミサイル攻撃を行う用意があるという宣言を行った。
譲歩しないブッシュ政権に対して脅迫を持って妥協点を得ようしたのだ。
これには、日本・アメリカのならず中国やロシアからも反発を受けた。
かくして国連安保理は北朝鮮に対する経済制裁と直接攻撃を決定。 多国籍軍の派遣を決定する。
小泉総理も、この事態を受けて有事法制を強行採決で可決。
邦人救助と経済水域封鎖を目的として護衛艦隊 第1護衛隊群、第4護衛隊群の派遣を決定した。
そして陸上自衛隊の派遣中隊第一陣も車両と装備を積載し輸送艦「おおすみ」とともに派遣されたのだった…
そして、派遣護衛艦隊は現在米軍第7艦隊と合流、韓国釜山港へ向かう途上の海の上にいた。
「おおすみ」甲板上。 午前6時29分。
陸上自衛隊の橘2尉と藤原陸曹長はロープで固定された車両列の間を歩きながら話していた。
「でもアメリカが動くのは、日本にミサイルが落ちてきてからだと思ったけれどな」
「そりゃまた、何故です?」
「そうすればアメリカは北朝鮮への攻撃と、同時に日本占領の口実が得られるからだよ。 日本が北朝鮮と戦争して社会や経済に大打撃を受ければ、日米安保理を建前にアメリカは治安回復の為と称して日本を再占領できる」
橘2尉の視線の先には米海軍の空母キティホークが白い波を曳いて海上を進む姿がある。
併走する巡洋艦やイージス艦を引きつれ、海自の護衛隊まで従えて威風堂々とした王のようだ。
「そのために、韓国や沖縄から駐留部隊を引き揚げさせり、強硬な姿勢をとったりして北朝鮮を挑発した。 911テロの時もそうだが、アメリカはそこら辺ずるがしこい。 相手に一発殴らせてから、袋叩きにする口実をつけて喧嘩をする」
「…いかにもやりそうな事です。 真珠湾のときもアメリカは事前に日本軍の奇襲を察知していて、黙認したって言う噂もあります」
「噂じゃなくて、事実だよ」
橘2尉はくわえていた煙草を海に投げ捨てた。
事実、とは言い切ったものの陰謀論に過ぎない。
ただ、集団的自衛権が行使できるようになった途端、今回のような事態が起こったようなことを考えると、自分たちは誰かの書いた脚本の上で動かされているような、そんな気もしてくる。
「お前たち、何をやっているか! 釜山港に到着するまで艦内待機の命令だぞ!」
艦橋の上から声が響く。
二人は一瞬肩をすくめて艦橋の上を見上げた。
派遣中隊の中隊長、柊3佐。 規律にうるさく、隊内では煙たがられている人物だ。
中隊の指揮官で、今回の第一陣派遣には率先して志願したとささやかれている。
「おはようございます! 自分が藤原曹長を連れて車両点検巡回中です」
「そうか。 ならいい。 30分後にミーティングだ! 艦内に戻れ」
橘2尉が敬礼しそう答えると、柊3佐は意外にも簡単に納得し船内に戻って行った。
いつもはここからさらに10分ほど説教というか、小言が続くのだが。
藤原曹長がほっとしたように息を吐く。
「いつも二言目には規律、規律ですからね。 頭が固いったら…」
「ああいうのが自分の仕事だと思ってるのさ」
部隊の規律と部下の気を引き締めるだけが、指揮官の仕事ではない。
が、柊3佐はどうもそればかり重視しているような向きもあると橘2尉は思っていた。
ああいう上官は、上手く立ち回ってなだめたり軽くいなすのが調度いい。
自分の場合はさらに、下の部下たちと上の幹部たちの間を取り持つ役目もある…
「さて、3佐が戻ってきて小言の続きでもされたらかなわない。 戻るか」
そう言って、二人が艦内に戻ろうとしたとき、甲高い音を立てて警報が鳴り響いた。
警報は「おおすみ」艦内だけでなく、艦隊全部から発せられていた。
米海軍の動きもあわただしくなり、空母から艦載機が発進する。
『総員配置! 北朝鮮が第7艦隊および日本本土に向け弾道ミサイルを発射した模様!』
二人ははっとして顔を見合わせ、すぐに駆け足で艦内のタラップを駆け下りる。
途中、血相を変えた海自隊員数名とすれ違った。
「やっぱり血迷ってミサイル攻撃に踏み切ったか!」
「核弾頭でしょうかっ!?」
「わからんっ! そうでないことを祈ろう」
海上では日米双方のイージス艦が噴煙を吹き上げるスタンダードSAMを発射し始めていた。
午前6時47分。
北朝鮮は第7艦隊と日本本土へ向けて弾道ミサイルを発射。
米軍第7艦隊は日本の派遣護衛艦隊を含む艦艇の約3分の1を消失する。
その中には、「おおすみ」も含まれていた。
日本本土にもミサイルが着弾、自衛隊および民間に多くの犠牲者と行方不明者を出すことになる。
これを契機とし、アメリカは北朝鮮に宣戦布告、本格的な攻撃を開始する。
そして、中国およびロシアも北朝鮮に軍を派遣、朝鮮半島情勢は混乱の様相を見せ始めた。
1-0 F世界サイド
西方スード地方 アルヘイム王国
シーレーギャーグ内海に突き出た半島の先端部、フラーナングの入り江に見慣れぬ灰色の鉄の船が浮かんでいるのを岬の上から見下ろす集団がいた。
その内の一人は漆黒の外套を着た、男性とも女性ともつかぬ人物で、被ったフードは目元までを覆い隠し、表情は見えない。
そのほかの人物たちは上質そうな素材で仕立てられた装飾つきの礼服を着て腰に剣を帯びた者たちか、金属製の甲冑を着込んで武装した屈強そうな男たちで、兜の面頬をあげて驚嘆の表情を浮かべている。
「…これにて召喚の儀は滞りなく完了したしました。 あの者たちとの交渉は公御自らがなされるがよろしいかと」
闇の色に身を包んだその人物が少年のような高い声で、ひときわ華美な装飾のなされた服を着た偉丈夫に告げると、公、と呼ばれた人物はやや呆然としながらもうむ、と頷いた。
今しがた目の前で起きたことがまだ信じられないでいるようだった。
異世界より軍隊を呼び出すなどという事が。 しかし、現に眼下に見下ろす入り江にはこれまで見たことも無いような大きな鉄の船が、ほんの一刻ほど前までには船影一つ無かった静かな海面に浮かんでいる。
「もっとも、外つ国より呼び出されました彼の者たちの言葉を通訳する者がおりませぬと話しになりませぬから、それは私が務めましょうが…」
彼とも彼女ともつかぬその人物はそう言って、フードに半分隠された顔の、下半分から覗く赤い唇を笑うように歪ませた。
公はその笑みを見て肌寒いものを感じた。 この「魔法使い」に命じて異世界より軍隊を呼び寄せたのはほかならぬ公自身であるが、そもそもの初めに公へ異世界の軍勢を呼び出すことを進言したのは魔法使いの方である。
公も公の家臣たちも最初は魔法使いの言葉に半信半疑であったが、自らの野望のため戦力を必要としていた公はその進言を受け入れた。
そして、魔法使いは言葉どおりに軍…軍艦とその乗組員を召喚して見せたのである。
この魔法使いがいつ頃から自分の腹心として、公に助言や提言を行うようになったのかは公自身も覚えていない。
ただ、魔法使いの言う言葉は全て物事を正確に言い当て、その言葉に従って間違いはあったことが無かった。
そして今回も、この魔法使いはいとも容易く、風と稲光を伴って異世界より軍を呼び出して見せたのだ。
彼は思った。 これだけの事をやってのける魔法使いの力に、得体の知れない恐怖と不信感を抱いたのだ。
元々魔法使いという生き物は、魔の力を使う呪われた人間と世俗では言われ、誰もが魔法使いの行使するその力に畏怖と嫌悪を覚える。
公もそれは承知で、何よりも自分のために役に立つからと、この魔法使いを側においてきたのだ。
しかし、今回ばかりは魔法使いの力に恐怖した。 このまま、この化け物のような生き物を飼っていて良いものだろうかと。
その時、一瞬魔法使いが顔を上げフードの奥に隠していた青い左右の目を公に見せた。
公と魔法使いの視線が交差した次の瞬間には、公は魔法使いに抱いていた不審と恐怖とをすっかり忘れてしまっていた。
「うむ、ご苦労である。 引き続き、我が大義のために力を貸してくれような」
「御意…」
公が言葉をかけ、魔法使いは口元に笑みを浮かべながら恭しく一礼した。