自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

17 第09話

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匿名ユーザー

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266 :reden:2007/01/28(日) 00:37:47 ID:b6zK/Sj20

    新星暦 351年 青竜月20日 第11刻
    モラヴィア王国 王都キュリロス 



     宮城の奥まった一角。
     城内において天守の真下に位置するそこには、『金鵄の間』と通称される広間がある。

     ここは元々、外国使節などを王が謁見する際に利用される場所であり、他国人にモラヴィアの国威を見せ付けるべく煌びやかな装飾がいたるところに施されている。

     先王の時代には、外国大使との着任・離任の挨拶くらいにしか使われていなかったこの広間。
     しかし、華美を好む現王が即位して以降は、日々の政務や諸々の儀礼などにも利用されている。
     
     今、その金鵄の間では異界進駐軍によって齎された様々な物品が開陳されていた。

    「おぉ……これは凄いな」

     モラヴィア国王マティアス・クレイハウザーは、目の前に広げられた異界の煌びやかな宝飾品の数々に、心奪われていた。
     王の眼前に並んでいるのは、異界進駐軍がエルミタージュ美術館、夏宮殿などから持ち去った物品だった。
     当初、本国の許しもなく勝手に撤退を行ったザカリアス将軍に対して怒りを露にしていた王だったが、今では進駐軍が齎した戦利品の数々に目と心を奪われてしまっていた。

     王だけではない。
     宝飾品については相応に目の肥えた貴族たちも感嘆の声を漏らしている。

    「いや、なんとも素晴らしき品々。まさに偉大なる陛下に相応しき玉宝と言うべきでしょう。ザカリアスめもなかなか目端の利くことですなぁ!」

     広間に列席している貴族の一人が大きな声で言った。
     機鎧兵団総司令官のサンドロ公爵・機鎧大将だ。

    「う、うむ。都市を制圧できなかったのは失態だが……よくこれだけの品々を持ち帰ってくれた」

     機嫌良さそうに頷く国王。
     その反応に、列席者の中でサンドロと対立している派閥の貴族が失望の表情を浮かべる。
     サンドロ子飼いの将軍を失脚させるタイミングを逸したからだ。
     これとは逆に、サンドロ派の貴族は安堵の表情を浮かべている。

    「しかし、よもや異界人どもがこれほどの秀逸な文化を持っているとは」

     王はホゥッと、どこか恍惚とした溜息を漏らしつつ呟いた。
     宝飾品のひとつを手に取り、ためつすがめつ眺める。
     その、手に取った宝飾品は卵の形をしていた。
     進駐軍が捕らえた宝物庫の管理者に聞いてみたところ、ファベルジェの卵とかいうらしい。
     卵の形をした宝石箱の中には、煌びやかな宝石、金銀細工で創り上げられた精巧・精細な世界が広がっている。
     今見ているものなどは、卵の中に宝石を散りばめ、金銀細工を惜しみなく使って造られた帆船のオブジェが覗いていた。

    (これが何の魔術も用いずに作られたとは……信じられん)

     王の内心を支配していたのは、純粋な驚きと興味だった。
     魔術が使われていないことに嫌悪は湧かない。
     むしろ、妙な呪いがかかっている心配がないぶん安心できるし、この芸術品の一切合切が職人の腕ひとつで造られたというのなら、それこそ芸術品の在るべき形というものではないか。

     一目見たときから、王はファベルジェの卵の虜になっていた。

    「ザカリアス将軍の話では、これと同じような『卵』が2個、入手できているようです。彼の到着が待ち遠しいですな」

    「なんと!このような品がまだ2個もあるのか!?」

     サンドロ公爵がさりげなく言った一言に、王は大いに驚いた。

267 :reden:2007/01/28(日) 00:38:50 ID:b6zK/Sj20

    「はい。形状については、今あるものと微妙に異なっていますが…捕虜の話だと、元々そういう造りのようですな。これを作った職人は一個一個、卵の中に異なった仕掛けを施しているようです」

    「おお…」

     傍目にも判るほどに頬を緩める王。
     そのあからさまな反応に、サンドロも少しばかり辟易する。
     とはいえ、この精巧な品々に驚いているのは広間に列席している貴族たちも同様だった。

     異世界の大地を召喚し、そのマナを奪う目的で策定された救世計画だが、その計画の中には異界人などという要素は含まれていなかった。
     仮に紛れ込んでいたとしても、それはまともな文明を持たない未開人か、従属魔術で捻じ伏せることができる程度の弱国だろうと考えていたのだ。

    「わが国の職人にも、このような物が作れるだろうか?」

    「……直ちに調べます」

     侍従長が恭しく一礼し、背後に立つ侍従の一人に目配せする。
     目配せされた男は心得たように礼をすると、広間から出て行った。
     おそらく王家御用達の工房や、宝飾品を扱う商人ギルドに問い合わせるのだろう。

     侍従が広間を出て行くのを見送った王は、いま一度熱のこもった溜息をひとつ吐くと、気持ちを切り替えて列席者を眺め渡した。

    「さて、良いものも見れたことだし……戦局について報告をきこうか」

     穏やかな調子の声だったが、その一言によって場の空気が引き締まった。

    「まずはロイター卿。現状を報告してくれ」

     王に呼ばれ、壮年の元帥は自信に満ちた表情で話し始めた。

     現在、異界進駐軍は3つの軍団に分かれて作戦行動を行っている。
     そのうち一個は、先日レニングラードから叩き出されたベンソン中将・ザカリアス少将の部隊であり、残り2個はレニングラードの南に出現した都市に侵攻していた。

     この2つの軍団は、現地に有力な赤軍が存在しなかったこともあり、それほど苦戦することなく街の制圧に成功している。
     現在では街中に潜んでいる残敵の掃討を、歩兵隊とキメラの一部が行っており、主力は街道を西進して更に奥地の都市を目指して進軍中らしい。
     これは制圧した都市の留守部隊から昨日届いた報告だった。

    「ほぉ…順調なようだな。ザカリアスの隊が撤退したと聞いたときは、一体どうなる事かと思ったものだが」

     王は満足げに頷いた。

    「ところで陛下。その異界人の戦力についてですが」

    「ん?……まぁ、報告を聞くかぎりでは侮れる相手ではなさそうだな」

     言うほどには心配していない様子で王は答えた。
     実際、王は心配などしていなかった。

     異界人の使う武器は確かに驚くべきものだが、実際の戦闘では、終始こちらが圧倒していたのだ。
     空戦にしたところで、味方の竜騎士に空戦の経験が不足していたのと、対地攻撃中に奇襲を受けたというのが大きかった。
     落ち着いて戦っていれば、こうも無様な結果には終わらなかっただろう。

    「それで。捕虜から異界軍の戦力について情報は得られたのか?」

     既に軍では、ザカリアス軍が連行してきた捕虜への尋問が行われているはずだった。

    「……得られたには得られたのですが」

268 :reden:2007/01/28(日) 00:39:24 ID:b6zK/Sj20

    「どうした?」

    「余りにも荒唐無稽なものが多いのです。総兵力は500万をゆうに超えるだの、キメラなど一撃で抹殺できるセンシャなる鉄の化け物を数千と保有しているだのと……」

    「話にならんな」

     流石に呆れたように、王は言った。

    「魔法薬も投与して尋問したのですが…嘘をついているようではありませんでした。単に軍の全容を知るほどの者ではないということでしょう」

    「フム、出来れば将軍格の異界人を捕らえられれば良いのだがな」

     やれやれと王は玉座に背を凭せ掛けた。

    「ザカリアスの軍が戻り次第、残りの捕虜からも情報を集めます」

    「尋問なら現地でも出来るだろうに」

    「いえ、王都の施設ならば、より現地でやるよりも効果的な方法が試せますし」

    「……まぁ、その辺りは任せる」

     ごほん、と軽く咳払いすると王はファベルジェの卵に視線を落した。

    「ザカリアス軍の帰還が待ち遠しいな。『情報』も『卵』も…」

    「左様で御座いますな」

     ロイターは頷き、それから少し冗談めかした口調で言った。

    「捕らえた異界人は全て専従奴隷とする予定でしたが……このような物を作れる職人ならば王宮で召抱えるのも良いかもしれませんな」

    「はははは。確かそうだな!」

     王は小気味の良い笑い声を上げ、同時にこれは名案だと思った。






     この日より3日後。
     ソ連領内陸部へと進軍していった進駐軍の軍団2個は、集結を終えた沿バルト軍管区第8軍の主力にぶつかり、壊滅の憂き目を見ることになる。

     その情報が王都に齎されるのは、それから更に4日後。
     バルト沿岸の都市群が奪還され、郊外からの重砲撃に見舞われた留守部隊の魔術師が、断末魔の悲鳴とともに送信した救援要請という形で届けられた。



309 :reden:2007/02/06(火) 22:00:30 ID:b6zK/Sj20


    1941年7月2日 14:00
    ソヴィエト連邦 首都モスクワ



     ジェルジンスキー広場正面に立つ旧全ロシア生命保険会社ビル。
     内務人民委員部庁舎。
     その建物内の一角に設えられた執務室で、内務人民委員ラヴレンティ・ベリヤは神経質そうに報告書に目をはしらせていた。
     執務机を挟んだ彼の真向かいには、国家保安総局(OGPU)の保安委員が緊張した様子で立ち尽くしているのだが、ベリヤはまるで気にした様子もない。
     しばらくの間、報告書を捲る音だけが、静謐な部屋に聞こえていた。

     唐突にその音が止む。

    「なるほど」

     一言。得心がいったというような呟きが、ベリヤの口から零れた。
     向き合っていた国家保安委員はホッと安堵の息を漏らした。

    「従属魔術に専従奴隷……か。確かに。そんなものがあるのなら、これまで捕虜の尋問がまるで捗らなかった理由にも納得がいく」

     ベリヤは眼鏡を軽く押し上げると、報告を齎した委員に視線を向けた。

     彼が今まで読んでいたのは、尋問記録だった。
     尋問の対象は、先日バルト沿岸の都市に攻め込んできたモラヴィア軍の捕虜である。

     遡ること10日前。
     ソ連有数の工業都市レニングラードが、突如、謎の武装集団の攻撃を受けた。
     異形の怪物や、御伽噺にでも出てきそうなドラゴンライダーとともに攻め込んできた中世風の軍隊に、現地の赤軍は撃退にこそ成功するものの、狙撃師団一個を丸々失うという大損害を蒙っている。

     そして、レニングラードが攻撃を受けたのと時を同じくして、旧バルト3国の都市であるバルジスキ、ヴェントスピルスが、同じような集団の侵攻に遭っている。
     レニングラードのケースとは異なり、これらの都市ではまともな赤軍部隊が駐留しておらず、攻め込んできたキメラによって成す術もなく蹂躙されてしまった。

     この謎の侵略者の正体を掴むべく、党からの命令によって、戦闘の中で得られた捕虜は全てNKVDに引き渡された上で、念入りに尋問にかけられた。
     しかし、当局が期待していたのとは異なり、当初、捕虜からは碌な情報が得られなかった。
     口が堅い、というのではない。
     どの捕虜も、まるで廃人のように無感動・無反応であり、こちらが何をやろうと生理的な反射行動以外はまったく取ろうとしない有様だったのだ。

     これにはNKVDの担当官も困惑するよりなかったのだが。
     ちょうど今から2日前、状況に変化が訪れた。

     その変化とは、ラトヴィア方面で怪物群を西の国境外に押し返すべく激戦を続けていた沿バルト軍管区軍によって齎された。
     海岸線を目指して追撃を続けていた第8軍が、戦闘の最中に一人の捕虜を捕らえたのが切欠だった。
     その捕虜とは、今までの廃人同然の歩兵とは違い、明らかに意思というものを持った貴族出身の指揮官だった。 
     "敵の指揮官を捕縛した"という報告を受け、現地のNKVD指揮官はすぐさまこの捕虜をモスクワに移送することを取り決めた。
     
     そしてベリヤが現在読んでいるのが、その捕虜の尋問記録だった。

    「しかし…モラヴィア王国、か。聞いたことはあるかね」

310 :reden:2007/02/06(火) 22:01:08 ID:b6zK/Sj20

    「いえ、存じませんな。大昔のボヘミア辺りに、そのような名前の国があったという記録はありますが。それも捕虜が言っているような魔法王国などというシロモノではありませんし」

    「ふむ」

     ベリヤは暫し思考を巡らした。

    「それで…その捕虜の言葉を信じるなら、我がソヴィエトはモラヴィア王国の召喚魔術とやらによって……異世界に転移したということになるのか」

     異世界、という辺りでベリヤは一瞬言葉を詰まらせた。 

    「はい。全く、常軌を逸しているとしか思えません」

    「尋問に耐えられず発狂したと?」

    「……いえ。担当官によれば、精神的な異常は見当たらないと…」

    「つまり、その捕虜は正気で言っているわけだ」

     ベリヤは保安委員の言葉を途中で遮ると、椅子の背もたれに背を軽く凭せ掛けた。

    「我が国が現在置かれている状況からして、既に狂っているとしか思えないものだ。故に、どんな荒唐無稽な情報であろうと一考の価値はある……少なくとも、魔術の存在に関しては事実確認も取れているしな」 

    「では、この内容をそのままクレムリンに報告されるのですか?」

    「するとも。同志スターリンに私の正気まで疑われかねない代物ではあるが……これを隠匿するのは論外だ」

     ベリヤはそう言って首を振った。
     確かに、この捕虜の証言は一見したところでは荒唐無稽も甚だしい内容ではある。
     だが同時に、現在ソヴィエト連邦が置かれている得体の知れない状況を説明するのに、なんら不足のない物でもあった。
     加えて、尋問を担当した秘密警察課の古手係官も、捕虜の証言内容にこれといった不整合性は見られないと太鼓判を押している。

    「余計な注釈はつけるな。捕虜はこれこれこういう事を供述した、それだけで良い。……ああそれから、精神科医の鑑定結果も付与しておくように」

     正直なところ、捕虜から得られた情報はどれも眉唾くさいとベリヤも感じていた。
     だが、今スターリンが最も求めているのは先日から続く異変の真相だった。
     これに関わる情報は、全てスターリンの元に届ける必要がある。
     報告を事実と見るか、狂人の法螺話と見るかはスターリンが判断することだ。

    「……報告書の件については、これで終わりだ。その捕虜に関しては細心の注意を持って扱うように」

     ベリヤはそう言って捕虜の話題を打ち切った。
     本来なら、内務相が一捕虜の尋問に関わること自体が異例といってよいのだが、現状ではこの捕虜の証言だけが、ソ連国外に関して得られた唯一の情報なのだ。
     それ故に、ベリヤとしても神経を尖らさずにはいられない。
     わざわざ作戦課、秘密警察課から上がってくる現場レベルの報告書にまで目を通しているのが、彼の精神状態を端的に表している。

311 :reden:2007/02/06(火) 22:02:12 ID:b6zK/Sj20

    「それにしても、あれだけの大規模な戦闘の結果、まともに得られた捕虜は一人だけか」

    「兵卒レベルの捕虜に関しては100名以上得られているのですが、おそらく捕虜の証言にある専従奴隷というものでしょう。情報源としては全く役に立ちません。また、指揮官や魔術技能者に関しても、投降後に魔術を使用して逃亡を図る者がかなりおりまして」

    「厄介だな」

     ベリヤは苦い表情で押し黙った。
     目下、NKVDは大量の人員をバルト方面に送り込み、モラヴィア軍捕虜の獲得に血道を上げている。
     しかし、現状ではその成果ははかばかしいものではない。
     何しろモラヴィア軍の大半は専従奴隷とキメラによって構成されており、これらは情報源としては全く期待できないからだ(一部の特殊な部署では、このキメラ・専従奴隷を研究素材として熱望したらしいが)。
     
     加えて―――これは主に魔術師の捕虜なのだが―――赤軍にいったん投降した後に、魔術を使って逃亡を図るというケースが頻発していた。
     そして、これに神経を尖らせた赤軍側がしばしば捕虜を虐殺している。
     これは捕虜の確保を厳命されている現地のNKVD部隊にとっては到底容認できるものではなく、投降者を殺害しようとする赤軍将兵に対してNKVDが制止する側に回り、現地赤軍部隊との間に摩擦を引き起こすなどという笑えない事態を引き起こしていた。

    「魔術師の捕虜への対応を定型化し、早急に現場に浸透させる必要がある」

    「はい。…さしあたって、魔術の発動媒体である杖、指輪、耳飾などは武器と見做さねばなりません。また、そういった物を隠し持っていないかどうかの身体検査も厳密に行う必要があるかと。具体的なマニュアルに関しては、作戦課のプロジェクトチームが現在策定中です」

    「宜しい。くれぐれも急ぎたまえ」

     ベリヤは部下の報告に軽く頷いた。

439 :reden:2007/02/15(木) 19:16:00 ID:b6zK/Sj20
    朱き帝國第09話裏


    新星暦351年 青竜月22日 第14刻
    ソヴィエト連邦 ヴェントスピルス南東110km


    「畜生!何なんだアレは!?」

     創命魔術師の一人、イザーク・クライビッヒ導師(機鎧大尉)は恐怖に顔を引き攣らせながら、全力で逃げていた。
     既に彼に付き従っているキメラは、彼自身の乗騎も含めて3体……僅か3体だ!
     通常、機鎧兵団において魔術師一人に与えられるキメラは定数にして20体。
     今回の遠征で、イザークには定数一杯の20体のキメラが与えられており、国境沿いの街での戦闘で2体を失ってはいたものの、未だに充分な戦力を有していた筈だった。
     だというのに……

    (馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!戦闘開始から、まだ半刻と経ってないんだぞ!?こ、こんな…ふざけた話があるか!!)
     
     イザークは半ばパニックに陥っていた。
     彼が所属する第9機鎧連隊第1大隊。
     その破滅は、彼の視点からすると余りにも唐突に訪れたものだった。

     場所は異界人が整備した都市と都市を結ぶ街道。
     密集隊形をとりつつ、並みの騎兵を上回る凄まじい行軍速度で前進していく機鎧兵団。
     その眼前に、小癪にも立ち塞がった異界の軍勢。

     容易く蹂躙できるはずだった。
     100体以上のキメラによる密集突撃を阻める軍隊など、この世界には存在しない。
     いつものように敵陣を食い破り、後は逃げ惑う異界人どもを狩っていくだけ……それで終わるはずだった。
     だというのに……

    (アレは何だったんだ!?あの炎の雨は……)

     未だに体の震えが収まらない。
     敵陣目掛けて突撃を敢行しようとした第1大隊は、何の前触れも無く、巨大な炎の渦に叩き込まれた。
     地を揺るがすような轟音とともに襲い掛かってくる爆風。
     なにかの冗談のように、塵芥のように吹き飛ばされていくキメラたち。
     あれはまるで……

    (まるで……伝承に記されている精霊神の裁きの劫火……)

     イザークはゾッとした。
     彼がもし平静であれば、間違いなく一笑に付すであろう馬鹿げた妄想。
     だが、今の彼はそんな妄想すら笑い飛ばせないほどに動揺していた。
     大隊司令部を含む本隊は跡形も無く消し飛ばされ、陣の最右翼にいた自分の隊も全滅……いや殲滅に等しい損害を蒙った。
     大陸最強を謳われるモラヴィア機鎧兵団の精鋭が、僅か半刻足らずの間に、それも会敵すら侭成らぬうちに殲滅されてしまったのだ。
     自分達はひょっとして、神か悪魔でも呼び出してしまったのではないか?
     頭の中から次々に湧き出てくる不吉な想像を振り切ろうとするように、彼はキメラを全力で走らせた。
      
    (急いで本隊に知らせねば!)

     もはや彼に出来るのは、己の隊の全滅を後続の本隊に伝えることだけだった。
     全速力でキメラを走らせるイザーク。

     目を血走らせ、一心不乱に走り続ける彼の耳に。

     ふと、虫の羽音のような音が聞こえた。

440 :reden:2007/02/15(木) 19:16:39 ID:b6zK/Sj20



    同時刻 
    ソヴィエト連邦 ヴェントスピルス南東130km



     モラヴィア軍を迎え撃ったのは、沿バルト特別軍管区に属する第8軍だった。
     この軍は、ヴェントスピルスを陥落させたモラヴィア軍を、リガとの接近路で迎え撃つべく戦力の集結を行っていた。
     
    「……どうにか撃退できたな」

     第8軍司令官P.P.ソベンニコフ中将は、双眼鏡で戦場の様子を覗きながら冷や汗混じりに呟いた。
     ヴェントスピルスの南東130km。
     ラトヴィアの旧首都であるリガとヴェントスピルスを結ぶ国道を塞ぐ形で、第8軍は布陣していた。
     正確には第8軍所属の狙撃師団2個(うち一つは定数不足)と、これまた定数不足の戦車旅団1個だが。
     モラヴィア軍による突然の奇襲から9日。
     第8軍が呼び集めることの出来た戦力はこれが全てだった。
     
     ヴェントスピルスを陥落させ、その後東に向かって進軍を始めたモラヴィア機鎧兵団。
     歩兵は伴っておらず、キメラのみで構成されていたそれは、恐らくは威力偵察を目的とした部隊だったのだろう。
     それを撃破したのが、今しがたの戦闘だった。

    「話には聞いていたが、随分と不気味な連中だったな」

     双眼鏡から目を離して、自身の幕僚陣に向き直る。
     4足歩行の哺乳動物に、爬虫類や両生類の特徴を掛け合わせたようなグロテスクな怪物。
     それが奇怪な咆哮を轟かせながら100体も突っ込んでくるのだ。
     督戦隊が後ろで睨んでいなければ、それだけで逃げてしまいたくなる迫力があった。

     この場には第8軍司令部の幕僚の他に、NKVDから派遣されている国家保安総局の上級少佐もいたが、
     皆、一様に安堵の表情を浮かべている。

    「確かに……思ったほど損害が出なかったのは幸いでしたが」

     参謀長が答える。
     戦闘そのものは赤軍側の目論見通りに推移した。
     拓けた国道を密集隊形を組んで突進してくるキメラの軍団。
     これまでまともな砲兵部隊と交戦する機会など無かったのだろう。
     無防備な彼らに対して、122mm野砲11門。76mm野砲36門による阻止砲撃が襲い掛かり、
     その後、算を乱したところに45mm対戦車砲51門の釣瓶打ちが叩き込まれた。
     一部、撃ち漏らしたキメラが野戦陣地外縁の狙撃兵部隊に損害を与えはしたものの、これまでに市街戦で赤軍が蒙ってきた損害と比べれば微々たる物だ。
     もともと、赤軍の将軍というのは兵員の損害に関して余り頓着しないところがある。
     ソベンニコフも例外ではなく、この百名やそこらの損害は有って無いようなものと割り切っていた。

    「まぁ被害が少ないのは良いとしても、捕虜を得られなかったのは残念だったな」

     ソベンニコフはそう言いながら、NKVDの上級少佐を見た。

    「敵の撃退もそうですが、捕虜の確保も重大な任務です。協力していただきたい」

    「解っているよ。ベルザーリンの第27軍が南から押し上げてきているし、上手くすればヴェントスピルスを包囲下における。あの怪物は兎も角、歩兵はそう簡単に撤退など出来んだろう。そうすれば、捕虜も充分得られる筈だ」

    「なら良いのですが…」

     何処かそわそわとした様子でNKVDの将校は答えた。
     大方、ベリヤ辺りからせっつかれているのだろう。
     ソベンニコフは、少しばかりこのチェキストの男に同情を覚えた。

     その時、待ちに待った報告が来た。

    「閣下。空軍部隊が敵の後方集団に攻撃を開始したとのことです」

    「……宜しい。諸君、本番はこれからだぞ」

     ソベンニコフは居並ぶ幕僚陣を眺め渡し、ニヤリと笑みを浮かべた。




     この7日後。
     ソベンニコフの目論見どおり、ヴェントスピルスは赤軍の包囲下に置かれ、モラヴィア異界進駐軍は事実上崩壊した。

     そこに至る過程で、第8軍は一人の捕虜を得ることになる。

     モラヴィア第9機鎧連隊に所属する中隊長。
     創命魔術師イザーク・クライビッヒは、空軍機の機銃掃射に驚いて愛騎を落馬。
     そのまま気絶していたところをNKVDによって捕縛され、モスクワに移送された。
     これが赤軍によるモラヴィア魔術師捕虜の第1号だった。
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