西暦2020年4月13日 10:00 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地 会議室
「さて、それではお話を聞かせていただけますか?」
小銃を抱えた自衛隊員を周囲に置いた鈴木が、それでも笑顔で尋ねる。
一方のシャーリーン第一氏族人界全権大使は、苦々しい表情で答えた。
「今日ここへ来たのは、誤解を解くためよ」
「誤解、ですか?」
「そう、誤解。あなたたち、もしかしてエルフは一つの種族だと思っているんじゃないかしら?」
「違うのですか?」
鈴木は驚いた表情を浮かべた。
もちろん内心では、少し調べれば誰でも知っているような事を話に来たのかと失望している。
「あら、知らなかったの?確かにエルフという種ではあるけど、私たちはいくつもの氏族に分かれて暮らしているわ。
人界との関係を絶やさないようにしている私たち第一氏族、学術探求を好んでいる第七氏族、そして」
「我々に対して攻撃を仕掛けている第三氏族ですな」
「ええ、他にもあるけどね」
苦々しい表情でシャーリーンは言う。
「それぞれの氏族は、別の種族といっていいほどに分かれているわ。
実際、第七氏族の連中は森を出て別の大陸で暮らしているし、第三氏族の連中もこの大陸中に散らばっているわ」
「ほうほう、勉強になります。
それで、一体第三氏族の方々は何を考えているのでしょうか?
我々としても、これ以上の死者が出た場合にはそれ相応の覚悟をしているのですが?」
「覚悟、というと?」
「あなた方は、我々と全面戦争を望んでいる、と上が判断するという事ですよ。
我々にはね、シャーリーンさん。実にさまざまな武器があります。
吸っただけで死ぬ毒の煙、全ての植物を枯らし、未来永劫にわたって土地を汚染する毒薬、何もかもを焼き尽くす恐ろしい爆弾。
それらを遥か地平線まで飛ばす、あるいは遥かな大空から降り注がせる、そういった武器があります」
「私たちエルフを滅ぼすとでも?」
鋭い眼光で鈴木を睨みつけるシャーリーン。
だが、彼女の視線を、鈴木は苦笑して受け流した。
「まさかまさか。
この大陸に住まう全ての生物を焼き払い、殺しつくしてもまだまだ余裕があるほどの軍隊を持っているのですよ?
あなたがたエルフだけなどとみみっちい事は言いません。
聖なる森全てを消し飛ばし、我々の血の代償を払ってもらいますよ。
ご安心下さい、我々との全面対決を望むのであれば、それを後悔する時間すらなく皆殺しにして差し上げますから」
「もしそんな事をしようとしたら、あなた方は生涯後悔する事になるでしょうね。
もっとも、その生涯はそれほど長いものじゃないから嘆いている時間は少ないでしょうけれども」
鈴木はにこやかに笑った。
どこまでも無邪気な笑みだった。
「よろしい、ならば見せしめに、聖なる森から消して差し上げます。
感謝してくださいよ?さぞかし見ごたえのある風景でしょうから。
お代はあなたの同族全ての命で結構です。
それではお帰り下さい。
おい、彼女を森の入り口までご案内しろ」
鈴木の命令に、自衛隊員たちは素直に従った。
全く隙のない体制で、数名が彼女に近寄る。
「・・・待って」
彼女は、唐突に口を開いた。
「まだなにか?」
うんざりした様子で鈴木は尋ねた。
今にも席を立ちそうな様子を見せている。
「何が、望みなの?」
「我々はこの大陸で食料を、資源を、そして信頼に足る友人も手に入れています。
他に何が必要かと尋ねられても」「血の代償、それが必要なのね?」
シャーリーンの答えに、鈴木は満足そうな笑みを浮かべた。
「そうです。難民たちを死に追いやり、そして我が国民を害した、その代償が必要なのです。
教えていただけるんですね?第三氏族の本拠地を」
「奴らアカは」「アカ?」
しぶしぶ語りだしたシャーリーンの第一声に、鈴木は思わず口を挟んだ。
それは、あまりにも懐かしいフレーズだったからだ。
「第三氏族は、エルフの中ではアカと呼ばれているわ。
血の赤、炎の赤、そういった意味よ」
鈴木は黙って聞いている。
「奴らはエルフとは思えないほどに好戦的で、そして平和や友好といった言葉の対極に存在しているわ。
エルフ以外の存在を嫌悪していて、特に炎を扱う人間を嫌っている。
詳しい事情はよく知らないけれど、とにかくそういった連中よ。
大陸中に散らばり、常に人間同士の戦いを煽っている。
そして自分たちの策に踊らされて殺しあう人間を見て大喜びしているのよ」
汚物について語っているかのように、彼女の口調は不愉快そうだった。
「あんな連中と同じ種族だと思われること自体が不愉快な存在よ。
知ってるかしら?連中は会合のたびに大協約の発動を求めているのよ、あなたがたに対して」
「理由は?」
「人間だから。人間が森の近くに住み着き、エルフを何人か殺したから」
「馬鹿な。そもそも先に手を出したのはそちらでしょう」
さすがに憮然とした口調になった鈴木が抗議する。
「もちろん、第三氏族以外の全員がそんな事はわかっているわ。
だから大協約は発動しないし、彼らの主張が主流になることもありえない。
まあ、そんな事はお構いなしでしょうけどね、連中は」
「でしょうな。
連合王国の奇襲、我々に対しての各地での絶望的な抵抗。
全て第三氏族の皆さんの仕業という事は、調べがついています」
現地住民の協力者を用いての情報収集は、全ての敵対行動の影に、第三氏族がいる事を教えていた。
来るはずがない援軍を確約されて抵抗する残存兵力、普通の人間が持っているはずのない魔導具を使って攻撃してくる民間人。
そして、占領下の町で連日起こる民間人の惨殺事件。
全てが、エルフ第三氏族の仕業だった。
「私たちとしても、もうそろそろ付き合いきれないわ。
最近の連中は、会合から出た自制するようにという指示すら忘れて戦いに没頭している。
禁忌とされた生命の石を多用し、何の罪もない人間を殺して回っている。
むやみやたらと魔導具をばら撒き、そして戦いを煽っている。
エルフだから、というだけでは、もう付き合いきれないところに連中はいる」
「だからこそ、今日あなたがここに来た、というわけですな?」
笑顔を取り戻した鈴木が尋ねる。
「そうよ、これ以上エルフの評判が下がる前に、第三氏族を何とかしてちょうだい。
森を焼く以外ならばなんでもいいわ。さっき貴方が言った全てを使ってもいい。
詳しい場所が知りたいならば案内するわ」
彼女の顔は、真剣だった。
嘘偽りを言っているようには見えなかった。
だから鈴木は、航空写真を取り出し、机の上に並べた。
「連中の本拠地はどこですか?」
「ちょっと待って、えーと、この基地がここだから、湖があって、東の・・・
ここね、この空き地になっている場所、この周囲よ」
「なるほど、ここですか」
それは、航空偵察により集落がある事が判明している場所だった。
つまり、彼女の示した場所には、少なくとも何者かが居住している。
恐らくは第三氏族で間違いないだろう。
「なるほど、ところで、森を焼くというのは」
「わかっているわ。多少は許容範囲よ。
少なくとも第三氏族の村周辺くらいはね」
鈴木の問いに、彼女は諦めたように答えた。
何一つとして焼く事は許せない、と言いたい所だが、鈴木の様子から、相当派手にやるつもりらしい事を知り、諦めたような口調となったのだ。
「ありがとうございます。それでは四日以内に結果を出しましょう。
その時にまたお会いできると嬉しいのですが?」
「わかったわ」
「それでは、四日後に」
シャーリーンは鈴木の笑顔と自衛官たちの銃口に見送られて森へと消えていった。
一方の鈴木は、彼女を見送ると速やかに通信室へと走り、救国防衛会議へと連絡を取った。
「さて、それではお話を聞かせていただけますか?」
小銃を抱えた自衛隊員を周囲に置いた鈴木が、それでも笑顔で尋ねる。
一方のシャーリーン第一氏族人界全権大使は、苦々しい表情で答えた。
「今日ここへ来たのは、誤解を解くためよ」
「誤解、ですか?」
「そう、誤解。あなたたち、もしかしてエルフは一つの種族だと思っているんじゃないかしら?」
「違うのですか?」
鈴木は驚いた表情を浮かべた。
もちろん内心では、少し調べれば誰でも知っているような事を話に来たのかと失望している。
「あら、知らなかったの?確かにエルフという種ではあるけど、私たちはいくつもの氏族に分かれて暮らしているわ。
人界との関係を絶やさないようにしている私たち第一氏族、学術探求を好んでいる第七氏族、そして」
「我々に対して攻撃を仕掛けている第三氏族ですな」
「ええ、他にもあるけどね」
苦々しい表情でシャーリーンは言う。
「それぞれの氏族は、別の種族といっていいほどに分かれているわ。
実際、第七氏族の連中は森を出て別の大陸で暮らしているし、第三氏族の連中もこの大陸中に散らばっているわ」
「ほうほう、勉強になります。
それで、一体第三氏族の方々は何を考えているのでしょうか?
我々としても、これ以上の死者が出た場合にはそれ相応の覚悟をしているのですが?」
「覚悟、というと?」
「あなた方は、我々と全面戦争を望んでいる、と上が判断するという事ですよ。
我々にはね、シャーリーンさん。実にさまざまな武器があります。
吸っただけで死ぬ毒の煙、全ての植物を枯らし、未来永劫にわたって土地を汚染する毒薬、何もかもを焼き尽くす恐ろしい爆弾。
それらを遥か地平線まで飛ばす、あるいは遥かな大空から降り注がせる、そういった武器があります」
「私たちエルフを滅ぼすとでも?」
鋭い眼光で鈴木を睨みつけるシャーリーン。
だが、彼女の視線を、鈴木は苦笑して受け流した。
「まさかまさか。
この大陸に住まう全ての生物を焼き払い、殺しつくしてもまだまだ余裕があるほどの軍隊を持っているのですよ?
あなたがたエルフだけなどとみみっちい事は言いません。
聖なる森全てを消し飛ばし、我々の血の代償を払ってもらいますよ。
ご安心下さい、我々との全面対決を望むのであれば、それを後悔する時間すらなく皆殺しにして差し上げますから」
「もしそんな事をしようとしたら、あなた方は生涯後悔する事になるでしょうね。
もっとも、その生涯はそれほど長いものじゃないから嘆いている時間は少ないでしょうけれども」
鈴木はにこやかに笑った。
どこまでも無邪気な笑みだった。
「よろしい、ならば見せしめに、聖なる森から消して差し上げます。
感謝してくださいよ?さぞかし見ごたえのある風景でしょうから。
お代はあなたの同族全ての命で結構です。
それではお帰り下さい。
おい、彼女を森の入り口までご案内しろ」
鈴木の命令に、自衛隊員たちは素直に従った。
全く隙のない体制で、数名が彼女に近寄る。
「・・・待って」
彼女は、唐突に口を開いた。
「まだなにか?」
うんざりした様子で鈴木は尋ねた。
今にも席を立ちそうな様子を見せている。
「何が、望みなの?」
「我々はこの大陸で食料を、資源を、そして信頼に足る友人も手に入れています。
他に何が必要かと尋ねられても」「血の代償、それが必要なのね?」
シャーリーンの答えに、鈴木は満足そうな笑みを浮かべた。
「そうです。難民たちを死に追いやり、そして我が国民を害した、その代償が必要なのです。
教えていただけるんですね?第三氏族の本拠地を」
「奴らアカは」「アカ?」
しぶしぶ語りだしたシャーリーンの第一声に、鈴木は思わず口を挟んだ。
それは、あまりにも懐かしいフレーズだったからだ。
「第三氏族は、エルフの中ではアカと呼ばれているわ。
血の赤、炎の赤、そういった意味よ」
鈴木は黙って聞いている。
「奴らはエルフとは思えないほどに好戦的で、そして平和や友好といった言葉の対極に存在しているわ。
エルフ以外の存在を嫌悪していて、特に炎を扱う人間を嫌っている。
詳しい事情はよく知らないけれど、とにかくそういった連中よ。
大陸中に散らばり、常に人間同士の戦いを煽っている。
そして自分たちの策に踊らされて殺しあう人間を見て大喜びしているのよ」
汚物について語っているかのように、彼女の口調は不愉快そうだった。
「あんな連中と同じ種族だと思われること自体が不愉快な存在よ。
知ってるかしら?連中は会合のたびに大協約の発動を求めているのよ、あなたがたに対して」
「理由は?」
「人間だから。人間が森の近くに住み着き、エルフを何人か殺したから」
「馬鹿な。そもそも先に手を出したのはそちらでしょう」
さすがに憮然とした口調になった鈴木が抗議する。
「もちろん、第三氏族以外の全員がそんな事はわかっているわ。
だから大協約は発動しないし、彼らの主張が主流になることもありえない。
まあ、そんな事はお構いなしでしょうけどね、連中は」
「でしょうな。
連合王国の奇襲、我々に対しての各地での絶望的な抵抗。
全て第三氏族の皆さんの仕業という事は、調べがついています」
現地住民の協力者を用いての情報収集は、全ての敵対行動の影に、第三氏族がいる事を教えていた。
来るはずがない援軍を確約されて抵抗する残存兵力、普通の人間が持っているはずのない魔導具を使って攻撃してくる民間人。
そして、占領下の町で連日起こる民間人の惨殺事件。
全てが、エルフ第三氏族の仕業だった。
「私たちとしても、もうそろそろ付き合いきれないわ。
最近の連中は、会合から出た自制するようにという指示すら忘れて戦いに没頭している。
禁忌とされた生命の石を多用し、何の罪もない人間を殺して回っている。
むやみやたらと魔導具をばら撒き、そして戦いを煽っている。
エルフだから、というだけでは、もう付き合いきれないところに連中はいる」
「だからこそ、今日あなたがここに来た、というわけですな?」
笑顔を取り戻した鈴木が尋ねる。
「そうよ、これ以上エルフの評判が下がる前に、第三氏族を何とかしてちょうだい。
森を焼く以外ならばなんでもいいわ。さっき貴方が言った全てを使ってもいい。
詳しい場所が知りたいならば案内するわ」
彼女の顔は、真剣だった。
嘘偽りを言っているようには見えなかった。
だから鈴木は、航空写真を取り出し、机の上に並べた。
「連中の本拠地はどこですか?」
「ちょっと待って、えーと、この基地がここだから、湖があって、東の・・・
ここね、この空き地になっている場所、この周囲よ」
「なるほど、ここですか」
それは、航空偵察により集落がある事が判明している場所だった。
つまり、彼女の示した場所には、少なくとも何者かが居住している。
恐らくは第三氏族で間違いないだろう。
「なるほど、ところで、森を焼くというのは」
「わかっているわ。多少は許容範囲よ。
少なくとも第三氏族の村周辺くらいはね」
鈴木の問いに、彼女は諦めたように答えた。
何一つとして焼く事は許せない、と言いたい所だが、鈴木の様子から、相当派手にやるつもりらしい事を知り、諦めたような口調となったのだ。
「ありがとうございます。それでは四日以内に結果を出しましょう。
その時にまたお会いできると嬉しいのですが?」
「わかったわ」
「それでは、四日後に」
シャーリーンは鈴木の笑顔と自衛官たちの銃口に見送られて森へと消えていった。
一方の鈴木は、彼女を見送ると速やかに通信室へと走り、救国防衛会議へと連絡を取った。