西暦2020年9月7日 06:47 北海道 北海道礼文郡礼文町 海岸
「こっちですよ自衛隊さん」
軽トラックを降りた男性が、佐藤たちを先導して歩く。
周囲には駐在のパトカーやマスコミの中継車が止まっている。
「こっちです、さあ早く」
野次馬が集まりつつある中、佐藤たちは完全武装で足を進めた。
妙なものを発見したという報告を北海道警から受けた分屯地は、すぐさま佐藤に新兵たちを付けて現場へと送り出していた。
この世界に来る前ならばまだしも、今や自衛隊はこの国の頂点に立っており、特に僻地ではその権力は絶大だった。
拳銃を一つ持っただけの駐在よりも、集団で頑丈そうな車輌に乗り込み、見たこともない兵器を取り扱う自衛隊の方が頼りがいがあるからである。
そして、起きた事自体に関してだけは報道管制を行っていない現状で、国民にとって暴力装置というものはそれほどまでに魅力的に見えるのだ。
「なんだ、流木か何かじゃないか」
「大げさな話だぜ」
新兵たちが安堵の声を漏らす。
確かに、彼らから見れば、それはただの流木か、流出した木材の残骸にしか見えなかった。
しかし、年配の駐在と、佐藤たちの目には、それは異質なものに見えた。
適度にカーブを持たせてある木材。
まだ錆びていない金具。
「こいつは船舶の残骸だな」
「新しいですね」
足元の土を確認しつつ、二曹が呟く。
一直線に海岸から遠ざかる足跡が複数。
現代の靴がつけられる様な足跡ではない。
よく見れば、裸足のものまで混ざっている。
「追跡しますか?」
「一個分隊で出せ。連絡は絶やすな。
それと、本土に増援を要請しろ。島内全域にローラーをかける必要があるぞ」
二曹に指示を出し、佐藤は後ろを見た。
不安そうな民間人たち。
マスコミ関係者も例外ではない。
敵は報道であろうがなかろうが、民間人であろうがなかろうが、容赦はしない。
さすがの日本国民も、銀座の事件をもう風化させてしまう程に愚かではなかった。
「本署からは自衛隊さんの下に付くようにと指示が来ました」
年配の巡査長が、明らかに緊張した手つきで敬礼する。
「ご苦労様です。自分は陸上自衛隊の佐藤一等陸尉であります。
まずは島内の民間人に対する聞き込みをお願いします。
怪しい人間や痕跡を見なかったか?それと、悪ガキが思わず入り込んでしまうような廃屋の場所も」
「わかりました、直ぐに始めます」
同日 07:44 北海道 北海道礼文郡礼文町 山の一角
「ポイントD-12、異常なし」
小銃を構えたまま、一人の隊員が無線機へと呟く。
上空では何機かのヘリコプターが飛行している。
「次、ポイントD-13へ移動する。分隊前へ」
分隊長が指示を出し、彼らは前進を再開した。
本土からの増援は出せないという冷酷な返答があり、この島に駐屯している彼らは、ありあわせの人材と機材で捜索を開始していた。
既に全島避難の命令が出ており、12時を過ぎれば、全ての民間人が避難を完了する予定である。
東京事件は、民間人たちにそれを了解させられるだけの衝撃を未だ持ち合わせていた。
「ポイントE-15、異常なし」
分屯地に臨時で設けられた指揮所では、難しい表情を浮かべた幹部たちが地図を睨んでいた。
礼文島は、非常に小さな島である。
だが、その表現はあくまでも、日本列島全体という大きな尺度で見た場合の表現である。
一個中隊の陸上自衛隊で全てを隈なく捜索する場合、この島は広大であるという表現が正しい。
「続いてF-14、異常なし」
少ない通信士たちは、無線機から流れる情報を出来るだけ素早く伝えてくる。
しかし、地図上の捜査完了地域は、未だ半分を超えていない。
「ヘリからは?」
「避難中の民間人以外発見の報告はありません。
飛行空域を広げますか?」
「いや、いい。普通科の上空に貼り付けておけ」
東京事件最大の教訓は、日本国内でありながら、満足な情報と支援を与える事が出来なかった点にある。
常にどこかの部隊が戦闘状態にあってもおかしくない今日、自衛隊は経験則をマニュアル化する努力を惜しまなかった。
とはいえ、いきなり全国に装甲車輌や重火器を配備できるわけもなく、まずは出来るところから取り組むしかなかった。
佐藤たちの部隊では、その出来るところは、諸兵科混合の中にヘリコプターを常備する事だった。
これは無反動砲を一つだけ与えられるような部隊が存在する中から見れば、大変な厚遇である。
機体だけではなく、それを運用できる兵員も機材も支援も与えられるのだから当然だ。
「んなこたぁーない」
実際に前線に立つ佐藤からすれば、無反動砲一つの方がまだ気が楽だった。
救国防衛会議が何を考えているのかはわからないが、とにかく佐藤にとっては、便利さよりも面倒さの方が大きい。
書類仕事は増える、期待される働きも大きくなる、そして、死ぬ部下も恐らく増える。
とにもかくにも面倒な事だらけである。
この僻地への島流しも単なる口封じかと思っていたが、一晩明ければこの有様だ。
今のところこちらに損害は出ていないが、相手によっては東京事件の二の舞になりかねない。
無線相手に喚き散らして装甲車輌を何が何でも手配するべきなのか。
それにしても寒い。
「ポイントC-18の廃屋にて不審者を発見。
現在包囲体制にて待機中です」
「Cを回っているのは・・・あいつか、俺が出る。
攻撃を受けるまで絶対に撃つなと言っておけ」
「はっ」
Cの範囲を担当しているのは、かつては原田三尉と呼ばれていた男だった。
「大隊総員、傾注!
諸君、夜が来た。
無敵の施設科諸君、最古参の新兵諸君。
万願成就の夜が来た。
戦争の夜へようこそ!」
演台に登った大隊指揮官は、歪んだ笑みを浮かべてそう切り出した。
整列した自衛隊員たちは、誰もがその言葉に聞き入っている。
「堰を切れ!戦争の濁流の堰を切れ!諸君!!
第一目標は王都全域!
西岸民議堂!精霊塔!国王私邸!渉外庁舎!王国軍司令部!
政官庁舎群!王宮!
南方別宮!セリーヌ離宮!近衛騎兵!
治安本庁!大蔵会議局!エルフ寺院!
商業地区、闇市、難民居住区、全て燃やせ!」
王都の中心を占める全ての地区に破壊命令が出た。
整列した自衛隊員たちは、誰もが反論せず、その言葉に聞き入っている。
「中央貴族院!王都近衛騎士団本部施設!ナミルア大聖堂!」
地図上でしか見たことがない地域全てに破壊命令が出る。
先の王都攻略作戦で無視された建造物全てに照準が向けられる。
「大隊指揮官殿!地下臨時王国軍指揮所は!?」
「爆破しろ!当然だ、不愉快極まる。欠片も残すな」
「王宮前広場はいかがいたしますか大隊指揮官殿!」
「砕け、国王の像は倒せ
物見の塔、大博物館、王立図書館、全部破壊しろ、不愉快だ」
「記念橋は?」
「落とせ、ロンドン橋の歌の様に」
「王国戦争博、どうしましょうか?」
「爆破しろ、かまうものか
目に付いた物は片端から壊し
食卓で目に付いた物は片端から喰らえ
存分に食い、存分に飲め
この人口10万の王都は、明日の早朝、諸君らの朝食と成り果てるのだ!!」
「お疲れ様でした」
演壇から降りた現場指揮官に、彼の副官が声をかける。
「一度でいいから言ってみたかったんだ」
挨拶が終わるなり全員が食卓に飛びついた宴会を見つつ、陸上自衛隊臨時編成施設の大隊指揮官は感無量の様子で答えた。
破壊しつくされた王都に展開した現代科学文明の申し子たちは、その力を思う存分振るう機会を手に入れた。
隣の宿営地からは、民間の建設業者たちが挙げる宴会の騒音が響いてくる。
彼らは翌日の早朝から、王都再開発作戦の主力部隊として、その名前を内外に響かせる事になる。
再開発され尽くした旧王都は、以後日本国の大陸方面一の港湾都市としてさまざまな陰謀や事件に襲われる事になるが、それはまた別の機会に。
同日 07:58 北海道 北海道礼文郡礼文町 山の一角
「今のところ動きはありません」
東京事件での行動から降格された原田一等陸曹が敬礼しつつ報告する。
「ん、ご苦労。相手の姿はわかったか?」
答礼しつつ、佐藤は高機動車の陰から廃屋を見る。
「自分たちが確認したのは三人までです。
全員がこの世界の民間人らしい服装をしています。
武装は刀剣を確認」
「もっといると思うか?」
二階建ての住宅だったらしい廃屋の内部は、こちらからは見えない。
「我々が来て直ぐに、見張りらしい三人は中に入っていきました。
逃げていかないのは、逃げられない理由があるからではないかと」
「となると、難民か?」
「おそらくは、ん?」
不意に、原田は空を見上げた。
「佐藤一尉殿、今日は何日でしたっけ?」
「七日だよ、九月の」
「ですよ、ね」
「なんだ?何がいいたい?」
「空を見てください、一尉殿」
言われた佐藤は、廃屋から視線を逸らして空を見た。
そして、絶句した。
北海道というのは、一般的に言って本州よりも寒い。
雪も、東北以外の地域と比べればありえない程に降る。
しかし、それは冬の場合の話である。
「おい、なんなんだこれは」
恐怖感を覚えるほどの降雪だった。体感気温の降下も著しい。
高機動車のボンネットを見れば、停車したばかりだというのに湯気が立ち上っている。
「一尉、これは異常ですよ」
駆け寄ってきた二曹が言う。
「俺でもわかる。嫌な予感がするな。
ヘリを全部基地に戻せ。徒歩で捜索中の部隊も一旦引き上げだ」
風が吹き始めていた。
魂まで凍るような冷たい風である。
「全員装填、降伏勧告の後に連中を全員捕縛する。
出来るだけ生かしておけ」
「どうぞ」
命じるまでもなく拡声器を用意した二曹が、電源を入れて佐藤に手渡す。
佐藤は廃屋の方を向き、冷たい空気を無理やり吸い込んで声を発した。
「こちらは日本国陸上自衛隊である。
建物の中にいる諸君、諸君らは不法に日本の領土に侵入している。
速やかに投降せよ!従えば寛大な処置を約束する!繰り返す!速やかに」「出てきました!」
廃屋の扉が内側から開かれ、みすぼらしい格好の男女が次々と出てくる。
護衛らしい三人は、刀剣を手に持ってはいるが、それを振り上げて突撃を敢行する意欲はないように見える。
「撃ちますか?」
原田が銃を構えて尋ねる。
「頼むから、そう気軽に弾薬をばらまかないでくれ、あとで叱られるのは俺なんだぞ」
うんざりした口調で原田を止め、彼は再び拡声器を構えた。
「三歩前に出て止まれ!一列に並び、大人しくこちらの指示に従え!」
男女は、文句一つ言わずに従った。
すぐさま自衛隊員たちが駆け寄り、武装を解除してトラックへと連れて行く。
「俺たちも直ぐに基地へ戻るぞ」
その様子を眺めつつ、佐藤は部下たちにそう命じた。
既に雪は路上にまで積もり始めており、空は分厚い雲に覆われていた。
「こっちですよ自衛隊さん」
軽トラックを降りた男性が、佐藤たちを先導して歩く。
周囲には駐在のパトカーやマスコミの中継車が止まっている。
「こっちです、さあ早く」
野次馬が集まりつつある中、佐藤たちは完全武装で足を進めた。
妙なものを発見したという報告を北海道警から受けた分屯地は、すぐさま佐藤に新兵たちを付けて現場へと送り出していた。
この世界に来る前ならばまだしも、今や自衛隊はこの国の頂点に立っており、特に僻地ではその権力は絶大だった。
拳銃を一つ持っただけの駐在よりも、集団で頑丈そうな車輌に乗り込み、見たこともない兵器を取り扱う自衛隊の方が頼りがいがあるからである。
そして、起きた事自体に関してだけは報道管制を行っていない現状で、国民にとって暴力装置というものはそれほどまでに魅力的に見えるのだ。
「なんだ、流木か何かじゃないか」
「大げさな話だぜ」
新兵たちが安堵の声を漏らす。
確かに、彼らから見れば、それはただの流木か、流出した木材の残骸にしか見えなかった。
しかし、年配の駐在と、佐藤たちの目には、それは異質なものに見えた。
適度にカーブを持たせてある木材。
まだ錆びていない金具。
「こいつは船舶の残骸だな」
「新しいですね」
足元の土を確認しつつ、二曹が呟く。
一直線に海岸から遠ざかる足跡が複数。
現代の靴がつけられる様な足跡ではない。
よく見れば、裸足のものまで混ざっている。
「追跡しますか?」
「一個分隊で出せ。連絡は絶やすな。
それと、本土に増援を要請しろ。島内全域にローラーをかける必要があるぞ」
二曹に指示を出し、佐藤は後ろを見た。
不安そうな民間人たち。
マスコミ関係者も例外ではない。
敵は報道であろうがなかろうが、民間人であろうがなかろうが、容赦はしない。
さすがの日本国民も、銀座の事件をもう風化させてしまう程に愚かではなかった。
「本署からは自衛隊さんの下に付くようにと指示が来ました」
年配の巡査長が、明らかに緊張した手つきで敬礼する。
「ご苦労様です。自分は陸上自衛隊の佐藤一等陸尉であります。
まずは島内の民間人に対する聞き込みをお願いします。
怪しい人間や痕跡を見なかったか?それと、悪ガキが思わず入り込んでしまうような廃屋の場所も」
「わかりました、直ぐに始めます」
同日 07:44 北海道 北海道礼文郡礼文町 山の一角
「ポイントD-12、異常なし」
小銃を構えたまま、一人の隊員が無線機へと呟く。
上空では何機かのヘリコプターが飛行している。
「次、ポイントD-13へ移動する。分隊前へ」
分隊長が指示を出し、彼らは前進を再開した。
本土からの増援は出せないという冷酷な返答があり、この島に駐屯している彼らは、ありあわせの人材と機材で捜索を開始していた。
既に全島避難の命令が出ており、12時を過ぎれば、全ての民間人が避難を完了する予定である。
東京事件は、民間人たちにそれを了解させられるだけの衝撃を未だ持ち合わせていた。
「ポイントE-15、異常なし」
分屯地に臨時で設けられた指揮所では、難しい表情を浮かべた幹部たちが地図を睨んでいた。
礼文島は、非常に小さな島である。
だが、その表現はあくまでも、日本列島全体という大きな尺度で見た場合の表現である。
一個中隊の陸上自衛隊で全てを隈なく捜索する場合、この島は広大であるという表現が正しい。
「続いてF-14、異常なし」
少ない通信士たちは、無線機から流れる情報を出来るだけ素早く伝えてくる。
しかし、地図上の捜査完了地域は、未だ半分を超えていない。
「ヘリからは?」
「避難中の民間人以外発見の報告はありません。
飛行空域を広げますか?」
「いや、いい。普通科の上空に貼り付けておけ」
東京事件最大の教訓は、日本国内でありながら、満足な情報と支援を与える事が出来なかった点にある。
常にどこかの部隊が戦闘状態にあってもおかしくない今日、自衛隊は経験則をマニュアル化する努力を惜しまなかった。
とはいえ、いきなり全国に装甲車輌や重火器を配備できるわけもなく、まずは出来るところから取り組むしかなかった。
佐藤たちの部隊では、その出来るところは、諸兵科混合の中にヘリコプターを常備する事だった。
これは無反動砲を一つだけ与えられるような部隊が存在する中から見れば、大変な厚遇である。
機体だけではなく、それを運用できる兵員も機材も支援も与えられるのだから当然だ。
「んなこたぁーない」
実際に前線に立つ佐藤からすれば、無反動砲一つの方がまだ気が楽だった。
救国防衛会議が何を考えているのかはわからないが、とにかく佐藤にとっては、便利さよりも面倒さの方が大きい。
書類仕事は増える、期待される働きも大きくなる、そして、死ぬ部下も恐らく増える。
とにもかくにも面倒な事だらけである。
この僻地への島流しも単なる口封じかと思っていたが、一晩明ければこの有様だ。
今のところこちらに損害は出ていないが、相手によっては東京事件の二の舞になりかねない。
無線相手に喚き散らして装甲車輌を何が何でも手配するべきなのか。
それにしても寒い。
「ポイントC-18の廃屋にて不審者を発見。
現在包囲体制にて待機中です」
「Cを回っているのは・・・あいつか、俺が出る。
攻撃を受けるまで絶対に撃つなと言っておけ」
「はっ」
Cの範囲を担当しているのは、かつては原田三尉と呼ばれていた男だった。
「大隊総員、傾注!
諸君、夜が来た。
無敵の施設科諸君、最古参の新兵諸君。
万願成就の夜が来た。
戦争の夜へようこそ!」
演台に登った大隊指揮官は、歪んだ笑みを浮かべてそう切り出した。
整列した自衛隊員たちは、誰もがその言葉に聞き入っている。
「堰を切れ!戦争の濁流の堰を切れ!諸君!!
第一目標は王都全域!
西岸民議堂!精霊塔!国王私邸!渉外庁舎!王国軍司令部!
政官庁舎群!王宮!
南方別宮!セリーヌ離宮!近衛騎兵!
治安本庁!大蔵会議局!エルフ寺院!
商業地区、闇市、難民居住区、全て燃やせ!」
王都の中心を占める全ての地区に破壊命令が出た。
整列した自衛隊員たちは、誰もが反論せず、その言葉に聞き入っている。
「中央貴族院!王都近衛騎士団本部施設!ナミルア大聖堂!」
地図上でしか見たことがない地域全てに破壊命令が出る。
先の王都攻略作戦で無視された建造物全てに照準が向けられる。
「大隊指揮官殿!地下臨時王国軍指揮所は!?」
「爆破しろ!当然だ、不愉快極まる。欠片も残すな」
「王宮前広場はいかがいたしますか大隊指揮官殿!」
「砕け、国王の像は倒せ
物見の塔、大博物館、王立図書館、全部破壊しろ、不愉快だ」
「記念橋は?」
「落とせ、ロンドン橋の歌の様に」
「王国戦争博、どうしましょうか?」
「爆破しろ、かまうものか
目に付いた物は片端から壊し
食卓で目に付いた物は片端から喰らえ
存分に食い、存分に飲め
この人口10万の王都は、明日の早朝、諸君らの朝食と成り果てるのだ!!」
「お疲れ様でした」
演壇から降りた現場指揮官に、彼の副官が声をかける。
「一度でいいから言ってみたかったんだ」
挨拶が終わるなり全員が食卓に飛びついた宴会を見つつ、陸上自衛隊臨時編成施設の大隊指揮官は感無量の様子で答えた。
破壊しつくされた王都に展開した現代科学文明の申し子たちは、その力を思う存分振るう機会を手に入れた。
隣の宿営地からは、民間の建設業者たちが挙げる宴会の騒音が響いてくる。
彼らは翌日の早朝から、王都再開発作戦の主力部隊として、その名前を内外に響かせる事になる。
再開発され尽くした旧王都は、以後日本国の大陸方面一の港湾都市としてさまざまな陰謀や事件に襲われる事になるが、それはまた別の機会に。
同日 07:58 北海道 北海道礼文郡礼文町 山の一角
「今のところ動きはありません」
東京事件での行動から降格された原田一等陸曹が敬礼しつつ報告する。
「ん、ご苦労。相手の姿はわかったか?」
答礼しつつ、佐藤は高機動車の陰から廃屋を見る。
「自分たちが確認したのは三人までです。
全員がこの世界の民間人らしい服装をしています。
武装は刀剣を確認」
「もっといると思うか?」
二階建ての住宅だったらしい廃屋の内部は、こちらからは見えない。
「我々が来て直ぐに、見張りらしい三人は中に入っていきました。
逃げていかないのは、逃げられない理由があるからではないかと」
「となると、難民か?」
「おそらくは、ん?」
不意に、原田は空を見上げた。
「佐藤一尉殿、今日は何日でしたっけ?」
「七日だよ、九月の」
「ですよ、ね」
「なんだ?何がいいたい?」
「空を見てください、一尉殿」
言われた佐藤は、廃屋から視線を逸らして空を見た。
そして、絶句した。
北海道というのは、一般的に言って本州よりも寒い。
雪も、東北以外の地域と比べればありえない程に降る。
しかし、それは冬の場合の話である。
「おい、なんなんだこれは」
恐怖感を覚えるほどの降雪だった。体感気温の降下も著しい。
高機動車のボンネットを見れば、停車したばかりだというのに湯気が立ち上っている。
「一尉、これは異常ですよ」
駆け寄ってきた二曹が言う。
「俺でもわかる。嫌な予感がするな。
ヘリを全部基地に戻せ。徒歩で捜索中の部隊も一旦引き上げだ」
風が吹き始めていた。
魂まで凍るような冷たい風である。
「全員装填、降伏勧告の後に連中を全員捕縛する。
出来るだけ生かしておけ」
「どうぞ」
命じるまでもなく拡声器を用意した二曹が、電源を入れて佐藤に手渡す。
佐藤は廃屋の方を向き、冷たい空気を無理やり吸い込んで声を発した。
「こちらは日本国陸上自衛隊である。
建物の中にいる諸君、諸君らは不法に日本の領土に侵入している。
速やかに投降せよ!従えば寛大な処置を約束する!繰り返す!速やかに」「出てきました!」
廃屋の扉が内側から開かれ、みすぼらしい格好の男女が次々と出てくる。
護衛らしい三人は、刀剣を手に持ってはいるが、それを振り上げて突撃を敢行する意欲はないように見える。
「撃ちますか?」
原田が銃を構えて尋ねる。
「頼むから、そう気軽に弾薬をばらまかないでくれ、あとで叱られるのは俺なんだぞ」
うんざりした口調で原田を止め、彼は再び拡声器を構えた。
「三歩前に出て止まれ!一列に並び、大人しくこちらの指示に従え!」
男女は、文句一つ言わずに従った。
すぐさま自衛隊員たちが駆け寄り、武装を解除してトラックへと連れて行く。
「俺たちも直ぐに基地へ戻るぞ」
その様子を眺めつつ、佐藤は部下たちにそう命じた。
既に雪は路上にまで積もり始めており、空は分厚い雲に覆われていた。