第62話 ダッチハーバー襲撃
1483年(1943年)5月23日 午前7時 アリューシャン列島ウラナスカ島
オットー・キャンベル大佐は、いつも通り目覚まし時計の音で目覚めた。
やかましく鳴り続ける時計のスイッチを押し、そして時間を見る。
「ふう、いつも通りだな・・・・・眠ぃ・・・・」
キャンベルは眠そうな口調でぼやきながら、ベッドから起きた。
彼はダッチハーバーの司令部から6キロ離れた自宅で寝泊りしている。
家には、父と母、それに妻と子供がいる。
妻と子供達は、今日は日曜日なので部屋でぐっすり眠っている。
キャンベル大佐も、今日は休日なので、これから釣りに出かけようと思っていた。
「さて、今日はいつもの穴場に行こうかな。」
キャンベル大佐は久しぶりの釣りに胸を躍らせつつも、パジャマ姿から普段着に着替え始めた。
午前7時30分。準備も大分整った時、それはやって来た。
キャンベル大佐はこの時、たまたま軍港のほうにちらりと視線を向けた。
天気は晴れで、気温は低い物の、差し込んで来る太陽光が寒さを和らげた。
軍港には、戦艦のネヴァダが、弾薬補給船から受け取った砲弾を、弾薬庫に収納する作業が行われ、僚艦の
オクラホマは、出港の準備に取り掛かっていた。
港の片隅には、3隻の護衛空母が停泊している。そして、洋上哨戒に出ようとしているカタリナが、水上機基地で
エンジンを吹かしている。
そして、頂上が雪に覆われた山の間に、左右の翼を上下させる飛行物体が視界に入り、一度はそれを見過ごした。
「・・・・・?」
一瞬、余計な物を見たような気がした。
{あるはずがない。}
その余計な物は、確か
{いるはずがない。}
イラストで見たことのある、例の
{ワイバーンの筈が
いきなり、甲高いサイレンが鳴り始めた。その音で、キャンベル大佐は我に返った。
演習の時に何度も聞いた事のある音色。紛れも無い空襲警報のサイレンであった。
「なんて事だ!!」
思わず仰天したキャンベル大佐は、無意識のうちにそう叫んでいた。
彼は、港の状態を考えて背筋が凍りついた。
今、港には戦艦ネヴァダとオクラホマ、それに護衛空母3隻の他に第61任務部隊所属の重巡、軽巡、駆逐艦がひしめいている。
他にはTF62の駆逐艦部隊と、TF64の駆逐艦がいる。
そして、ネヴァダは、今主砲弾や装薬を、甲板上に曝け出している!
「これは大変な事になったぞ!」
彼は慌てて部屋に戻り、軍服を引っ張り出して着替え始めた。
その時、ダッチハーバーが恐怖に震えた日が始まった。
竜母ホロウレイグから発艦したワイバーン隊の指揮官であるガルブラ・ベグガ少佐は、目的の飛行場を真っ先に見つけた。
「こちら隊長騎!アメリカ人共の飛行場を見つけたぞ。これより狩に入る!」
ベグガ少佐は、指揮下の戦闘ワイバーン、攻撃ワイバーンにそう告げると、飛行場に向かった。
ベグガ少佐は、内心では快哉を叫びたい気持ちだった。
予想されていたアメリカ軍機の迎撃は、低空飛行で接近したためか、全く無く、攻撃隊は北東側から悠々とダッチハーバー上空に侵入できた。
ホロウレイグ隊の役割は、まず敵の飛行場を捜索し、見つけ次第これを攻撃、使用不能に陥れる事である。
目的の飛行場に向かって、ホロウレイグ隊の戦闘ワイバーン20騎、攻撃ワイバーン18騎が殺到していく。
みるみるうちに飛行場との距離を詰めていく。滑走路上に、何機かのアメリカ軍機がいる。
それは、今しも離陸を開始しようとしている。
滑走路の傍の小さい道には、何機ものアメリカ軍機が数珠繋ぎになって発進を待っていた。
「飛ばせはしないぞ。」
ベグガ少佐は、地鳴りのような声音でそう呟くと、相棒を滑走路上に向かわせる。
それに急かされたかのように、ようやくアメリカ軍機が滑走を開始した。
双発双胴の特徴ある機体は、絵で見慣れた高速飛空挺、P-38ライトニングだ。
ライトニングは、2つの発動機を勢い良く回しながら、滑走路から離陸しようとしていた。
しかし、パイロットが後ろを振り向いた時、そこにはベグガ少佐のワイバーンがすぐ後ろに迫っていた。
「勇敢な者よの、アメリカ人!」
ベグガ少佐はそう叫んだ。その直後、ワイバーンの口から光弾が連射された。
数十発の光弾がP-38の機体に突き刺さる。
何発かの光弾がコクピットを叩き割って、パイロットを計器類もろとも穴だらけにする。
胴体に命中した光弾が外版を食い破って燃料を漏れさせ、エンジンにぶち込まれた光弾が3枚のプロペラを
吹き飛ばし、エンジン内部が滅茶苦茶に破壊される。
離陸直後にパイロットを殺され、エンジンの1つを叩き潰されたそのP-38は、機首から滑走路に叩き付けられ、
前脚が衝撃に耐え切れずにへし折れ、機首が無様に潰れる。
その直後、P-38は爆発を起こした。
派手に火炎が吹き上がり、それがすぐに黒煙となって空に舞い上がった。
「よし、まずは1匹潰したぜ。」
ベグガ少佐は、ひとまずの戦果に笑みをこぼした。
この頃には、他のワイバーンも、誘導路上のP-38に襲い掛かっていた。
上空に飛び立てば、自慢の俊足でワイバーンをきりきり舞いさせるP-38も、地上においてはただの標的であった。
P-38はあっという間に炎に包まれるか、機体をボロクズのように撃ち抜かれてその場にへたり込んだ。
その一方で、攻撃ワイバーンは滑走路上に編隊を組んで進入して来た。
ここで、アメリカ側も対空砲火を撃って来た。
高射砲弾が攻撃ワイバーン隊の周囲で炸裂し、爆風や破片が攻撃ワイバーンを小突き回した。
これに機銃も加わるが、戦闘開始から僅か5分後に、攻撃ワイバーンは一斉に急降下を開始した。
猛烈な対空砲火が打ち上げられ、攻撃ワイバーンの1騎が高角砲弾によって吹き飛ばされた。
もう1騎が竜騎士を機銃弾に射殺され、その2秒後に攻撃ワイバーンもまた、高角砲弾の直撃によって絶命する。
しかし、ワイバーン隊を押し留める事は出来ない。
1騎、また1騎と、攻撃ワイバーンは次々と爆弾を滑走路に落とした。
最初の1弾が、滑走路上で炎上していたP-38を直撃し、機体をバラバラに打ち砕いてしまった。
都合16発の150リギル爆弾が、2500メートル級滑走路を満遍なく耕し、あっという間に月面同様の状態に変えてしまった。
攻撃はこれだけではない、戦闘ワイバーンは、駐機場に駐機している航空機に光弾ばかりか、ブレスも使用して地上撃破を試みた。
航空基地に配備されている機銃が、傍若無人なワイバーンを捉えようと猛然と撃ちまくるが、戦闘ワイバーンはそれを嘲笑うかの
ように、P-40の列線にブレスを吐き掛けた。
紅蓮の炎が、P-40の列線に浴びせられ、たちまち炎に包まれる。
燃え損なったP-40にも、続いて来た後続騎に焼き討ちにされる。
攻撃ワイバーンも、対空陣地や格納庫といった基地施設に光弾やブレスを浴びせかける。
弾薬庫に攻撃ワイバーンがブレスを吹き掛けた。その攻撃ワイバーンが飛び去った直後、弾薬庫は大爆発を起こして、
危うく焼き討ちした攻撃ワイバーンも巻き込まれそうになった。
とある12.7ミリ4連装機銃が、光弾を放って整備員達を追い回す戦闘ワイバーンに向けて撃ちまくる。
横合いからの不意打ちに、ワイバーンと竜騎士がたちまち蜂の巣にされた。
歓声を上げた機銃座の兵達だが、その直後に別のワイバーンからブレスを浴びせかけられて、瞬時に焼き殺された。
格納庫に駐機していたB-17が、格納庫ごとブレス攻撃を浴びせられた。
あっという間に格納庫が燃え広がり、整備兵達が慌てて格納庫から逃げ出した。
B-17の操縦席部分に、崩れ落ちた格納庫の天井が直撃して無様に潰される。
やがて、B-17に格納庫の火災が燃え移り、主翼の燃料タンクに引火して巨大な松明と化した。
戦艦オクラホマ艦長、フランク・ホガット大佐は急いで出港を命じた。
錨が引き上げられ、艦首の錨鎖庫に仕舞われた。
艦が今しも前進しようとした時、艦尾側の方向からワイバーンの編隊が港に殺到してきた。
「両用法、機銃、射撃開始!」
ホガット艦長はすぐさま、射撃を開始を命じる。
艦尾側に向けられる5インチ連装両用砲や28ミリ4連装機銃、20ミリ機銃が一斉に射撃を開始した。
オクラホマと同様に、ネヴァダも慌てふためいたように発砲した。そのネヴァダでは、甲板で弾薬の収納作業に
当たっていた水兵達が、急いで装薬と主砲弾を海に投げ込もうとする。
しかし、今すぐ投棄すべき砲弾は、戦艦用の16インチ砲弾であり、徹甲弾は680キロ、流弾は578キロの
重量があり、それらが前部甲板に30発も置かれていた。
後部にも主砲弾は置いてあったが、ネヴァダは早朝から主砲弾の積み込み作業を行っており、後部砲塔の砲弾収納作業は終わっていた。
後は前部砲塔の残り僅かのみと、誰もが思った矢先に、突然のワイバーン空襲である。
そして、ワイバーン郡の一部は、停泊したままのネヴァダに向かって来た。
「ネヴァダに敵ワイバーンが向かいます!」
見張り員の報告が、艦橋に飛び込んで来た。ホガット艦長は、艦橋から右舷後方に位置するネヴァダを見た。
ネヴァダが艦橋の視界から消え去ろうとした時、ワイバーン郡が対空砲火を省みずに急降下を開始した。
ダッチハーバーをぐるりと取り囲むように配備されている高角砲や機銃陣地が猛烈な弾幕を張り巡らせた。
飛行場の対空砲火より激しいものの、ワイバーン郡は構わずに突っ込んでいく。
10数機ほどのワイバーンはネヴァダに襲い掛かるが、唐突に1騎のワイバーンがクラッカーのように弾けた。
この後、相次いで2騎のワイバーンが撃墜されるが、ワイバーン郡を押し留める事は出来ない。
身動きの取れぬネヴァダに、ワイバーン郡が次々に爆弾を投下した。
1発目の150リギル爆弾が、ネヴァダを大きく外れて、右舷側300メートルの所に突き刺さる。
2発目が右舷後部側に着弾して高々と水柱を吹き上げた。3発目もネヴァダの右舷艦首側の海面に落下した。
必死に砲弾を投棄しようとしていた水兵達のすぐ側の海面に至近弾が落下し、破片がとある水兵を切り刻み、
崩れ落ちた膨大な量の海水が、水兵達を海にはたき落とした。
4発目が、ネヴァダの後部艦橋に命中した。
命中の瞬間、後部部分から爆炎が上がり、次いで黒煙がたな引き始める。
5発目は外れ、6発目がネヴァダの左舷中央部に命中し、5インチ連装両用砲1基を真上から叩き潰し、
爆発が周囲の機銃座を巻き込んだ。
7発目は外れたが、8発目が6発目の命中箇所よりやや前よりの位置に命中して、またもや両用砲座を吹き飛ばし、
機銃座のいくつかを使用不能に陥れた。
それだけでは、流石に戦艦であるネヴァダは参らなかった。
だが、運命の9発目が右舷前部甲板、それも、主砲弾が置かれている所に着弾した時、ネヴァダの命運は定まった。
突然、一際巨大な爆発が、ネヴァダの前部甲板が起こった。
耳を劈くような轟音に誰もが仰天した時、さらに大きな爆発音が鳴り響いた。
9発目の爆弾が着弾、炸裂した時、その場に置かれていた主砲弾、装薬の誘爆を一斉に招いてしまった。
この爆発で第1、第2砲塔の右側部分がざっくりと裂け、艦橋部分も滅茶滅茶に叩き潰された。
そして、この爆発は前部甲板をも叩き割り、余波は第2砲塔の主砲弾薬庫にも及んだ。
甲板上の主砲弾爆発から10秒後に、主砲弾薬庫が爆発。
その結果、ネヴァダは第2砲塔から前の部分が木っ端微塵に砕け散った。
船体はひび割れ、巨大な戦艦はあっという間に浸水を起こして、ダッチハーバーの海底に着低した。
「ネヴァダ・・・・・轟沈!ネヴァダが・・・・ネヴァダがやられたぁ!!!!」
見張り員のヒステリックな声に、決定的瞬間を見る事が出来なかったホガット艦長は驚き、慌てて艦橋の外に出た。
「ああ・・・・・信じられん・・・・・」
そこにあったはずのネヴァダは、前部分が綺麗さっぱり吹き飛び、艦橋は倒壊していた。
残った部分は浸水に耐え切れずに沈みつつあった。
だが、ワイバーンの攻撃はまだ終わった訳ではない。
新たなワイバーンが10騎ほど、オクラホマに向かいつつあった。
「右舷上方より敵ワイバーン!」
「両用砲は右舷上方のワイバーンを狙え!撃ち方はじめ!」
艦長の号令一下、右舷側の連装両用砲3基が猛然と射撃を開始した。
オクラホマのみならず、他の艦艇の対空砲火も間断なく打ち上げられる。
ホガット艦長には、先ほどより対空砲火の激しさが増したように感じられた。
この時、アメリカ艦隊各艦の射撃要員は、ネヴァダの思いがけない最後を目にして誰もが怒り狂い、より激しく
機銃や高角砲を撃ちまくっていた。
それは、オクラホマも同様であり、自艦に向かって来る小生意気なワイバーンに向けて、高角砲のみならず、
28ミリ機銃や20ミリ機銃が火を噴く。
先頭のワイバーンが機銃弾を集中されてあえなく墜落して行った。
最後尾のワイバーンは、高角砲弾の破片を浴びて体をズタズタに切り裂かれた。
高度が下がる度に、ワイバーンは1騎、また1騎と犠牲になっていくが、やはり全てを叩き落す事は到底不可能であった。
残り8騎となったワイバーンが次々と爆弾を投下した。
「敵ワイバーン爆弾投下!」
艦長はそれに対して、何の答えも出さない。いや、出せなかった。
オクラホマは、6ノットの低速で港の外に出ようとしている。
ここで回頭をしようものならば、水道の入り口で大事故を起こしかねない。
1発目の爆弾が、オクラホマの艦尾側の海面に突き刺さる。
ズーン!という爆弾炸裂の振動が、オクラホマの艦体を後ろから叩いた。
2発、3発目の爆弾が、夾叉するかのように左舷、右舷に突き刺さって水柱を吹き上げる。
4発目が後部の第4砲塔に命中した。
爆弾は天蓋を突き破る事無く、その場で炸裂したが、砲塔にはかすり傷しか付いていなかった。
その後に次々と爆弾が命中する。
連続する爆弾炸裂の衝撃に、オクラホマの艦体が悶える様に震えた。
「右舷第3、第2両用砲全壊!28ミリ機銃座2基、20ミリ機銃6丁破損!」
「左舷第1両用砲損傷、使用不能!火災発生!」
「後部艦橋より連絡、爆弾命中により戦死者、負傷者多数!消火班を寄越してください!」
オクラホマの受けたダメージは深刻とまでは言えぬが、無視できぬ物だった。
爆弾は5発が命中し、1発は後部艦橋を直撃して戦死者5名、負傷者12名を出した上に火災が発生。
6基あった両用砲は、爆弾の命中で半数が破壊され、両用砲の1つは砲弾に誘爆して大きな火災を起こした。
僚艦は、黒煙を吹き上げるオクラホマを見て、オクラホマまでもがやられたかと誰もが確信した。
しかし、主砲、機関部は健在。艦の指揮中枢も生きており、オクラホマはまだ戦闘力を失っていなかった。
「停泊していた護衛空母が攻撃を受けています!」
見張り員が、悲痛そうな声で報告をして来た。艦長は、ダッチハーバーの一角に停泊している3隻の護衛空母に視線を移した。
対空砲火を打ち上げる護衛空母に、これまた多数のワイバーンが群がり、爆弾を浴びせている。
「どうしてこんな事になったのだ・・・・・レーダーは何をしていた!?」
ホガット艦長は、はらわたが煮えくり返る思いだった。
彼の怒りを煽るかのように、ワイバーンの爆弾が護衛空母に命中し、炎と夥しい破片が舞い上がった。
5月23日 午前10時20分 ウラナスカ島沖北北東280マイル地点
「司令官、これまでの暫定結果を報告します!」
第24竜母機動艦隊旗艦、竜母モルクドの艦橋で、魔道参謀の誇らしげな声が響いた。
「攻撃隊は、ダッチハーバーの敵飛行場及び、在泊艦船、並びに地上施設に大損害を与えました。判明した戦果は
次の通りです。まず、戦艦1隻撃沈、1隻大破、小型空母2隻撃沈、1隻大破、巡洋艦1隻大破、駆逐艦2隻撃沈、
輸送船3隻撃沈、3隻大破、地上施設20棟破壊、飛行場2箇所を完全破壊、地上において撃破した航空機は実に
200機以上にのぼります。」
その戦果報告に、艦橋では誰もが喜びに沸いた。
「司令官、予想以上の戦果です。」
首席参謀の言葉に、リリスティ・モルクンレル中将はゆっくりと頷いた。
「ワイバーンのほとんどを、一気に投入したのが利いたみたいね。それで、私達の損害は?」
「集計の結果、ワイバーンの損失は53騎を数えました。」
リリスティは思わず舌打ちをした。
攻撃に参加したワイバーンは、第24竜母機動艦隊、第1部隊から戦闘ワイバーン100騎、攻撃ワイバーン89騎。
第2部隊から戦闘ワイバーン92騎、攻撃ワイバーン86騎。
計367騎がダッチハーバー空襲に参加した。これは、第24竜母機動艦隊が持つワイバーンの8割を示す数字だ。
昨年の第2次バゼット海海戦以来の総力出撃であり、今回は奇襲であった事も含めてダッチハーバーに痛撃を与える事が出来た。
しかし、敵の裏をかいたとは言え、ダッチハーバーもまた、アメリカ軍の重要な根拠地であるため、アメリカ側も激しく応戦してきた。
結果として、53騎のワイバーンを失ってしまった。
「やっぱり、対空砲火は激しかったのね。」
「ええ。殊更、軍港上空の対空砲火は凄まじかった様で、攻撃ワイバーンに未帰還騎が集中しています。」
「どうも、ここ最近のアメリカ側の対空砲火は、前と比べて強力になりつつあるわね。そうとなると、対機動部隊
戦闘ではもっと激しい抵抗が予想される・・・・」
シホールアンル軍上層部でも、アメリカ側の防御放火、特に米機動部隊の対空砲火が激しい事は良く知られる
ようになっている。
軍港上空では、流石に不意を付かれた為に、最初は対空砲の照準もよくなかったようだが、第2波172騎が
ダッチハーバーに突入した時には、アメリカ側は地上から猛烈な対空砲火を打ち上げて、少なからぬワイバーンを撃墜している。
軍港上空の戦闘でさえ、アメリカ軍は激しい抵抗をするのに、これが対機動部隊戦闘となれば、抵抗の度合いはより上がるだろう。
「後が怖くなって来たけど、とにかく、初期の目的は達成できたわけね。」
「ええ、その通りです。」
リリスティの言葉に、首席参謀が誇らしげな口調で返事した。
「ダッチハーバーは壊滅したも同然です。」
「壊滅・・・・か。」
リリスティは、視線をダッチハーバーの方角に向けた。ダッチハーバーの近海には、小さな友人がいる。
彼女達は、この友人達の発する誘導魔法や、情報を元に、前人未到の敵後方強襲という離れ業をやってのけたのだ。
シホールアンル海軍の歴史は長い。
建国以来、常に敵と相対し、有名な提督を何人も生み出し、年数と実績は一流海軍に相応しい物を持っている。
しかし、シホールアンルは、北大陸では強大な軍事国家と同時に、魔法国家でもある。
陸海軍は魔法を取り入れ、数々の戦場で使用して来た。
リリスティの艦隊を導いた小さな友人も、シホールアンルの魔法技術が産んだ物である。
小さな友人。それは、世界中の海に潜んでいた、凶暴な海竜等とは別の海洋生物である。
名はレンフェラルと言う海洋生物で、性格は時に大人しく、時に凶暴である。
姿形は、アメリカ人から見ればサメと海蛇を合わせた様な物であるが、この海洋生物は非常に頭が良かった。
レンフェラルは肉食の海洋生物で、主に群れを作って世界の海を回遊している。
時には、凶暴な大型海洋生物は集団で襲う事もあることから、海の死神と恐れられているが、性格上は大人しく、
中にはレンフェラルの集団が遭難者を助けたという報告も入っている。
シホールアンル海軍は、このレンフェラルの生態を調査した。その結果、知性は人間に近い物を持っており、
海洋生物にしては知性的な存在である事が判明した。
そこで、シホールアンル側は、ある事をレンフェラルに試した。
それは、レンフェラルに魔道式を焼き込んで操り、偵察及び攻撃を行わせると言う物であった。
ちなみに、海洋生物に、魔道式を焼き込んで操るという方法はマオンドから取り入れた技術である。
現在、マオンド側はレンフェラルより巨大かつ、凶暴な海洋生物を使ってアメリカ東海岸の襲撃を企てている。
先代皇帝の命で始められた、海洋生物の戦力化は順調に進み、オールフェスが統一戦争に乗り出した当初は、
このレンフェラルから得た情報によって各国海軍部隊の位置を正確に突き止めた。
レンフェラルの中には、攻勢魔法を行える物もおり、一時は現世界のドイツUボートのごとき活躍をしていた。
しかし、レンフェラルの数は当初、200程しかなく、徐々に戦闘喪失も増えて最終的には140ほどに減ってしまった。
オールフェスはレンフェラルの数を300頭ほどに増やすまで、レンフェラルは実戦に投入しないと決心した。
その当時は、北大陸制圧も終盤に向かっていた時期であり、彼は南大陸戦に突入するまではレンフェラルは必要ないと思ったのだ。
ようやく北大陸が制圧でき、大義名分を掲げて南大陸に侵攻し、レンフェラルを投入して快進撃に弾みをつけようとした時、
突如アメリカという未知の国が現れ、シホールアンル側の計画をぶち壊しにしてしまった。
オールフェスは、貴重なレンフェラルの投入をしばらく控えている間に、アメリカ海軍という新たな敵に対して可能な限り情報を収集させた。
その結果、アメリカ海軍には駆逐艦という小型で、対潜能力を持つ軍艦がいる事を確認した。
レンフェラルは、全長は3グレル(6メートル)から5グレルまでの物がいる。
大型のレンフェラルは攻撃専用の物で、攻勢魔法で敵艦船を撃沈する役を担う。
小型のレンフェラルは偵察専用の物で、魔法通信や距離測定等の地道な任務を担う。
基本的にどのレンフェラルも魔法通信は行えるが、一番正確な情報を伝えるのは小型のエンフェラルである。
速力は小型で12リンル(24ノット)、大型で11リンル(22ノット)出せ、これらは小型2、大型1の班
を編成して現場海域に投入される。
だが、米駆逐艦はいずれもレンフェラルより高速であり、米駆逐艦に見つかればたちまち撃沈される事は目に見えていた。
この事からして、レンフェラルは数を増やしながらも、なかなか実戦に投入されなかった。
そのレンフェラルにも、活躍の機会が巡って来た。
リリスティは、昨年10月の海戦で負傷、入院した時にアリューシャン強襲を思いついた。
入院中にアリューシャン方面の情報や、レンフェラルが使えられずに本国に留まっている事を知るや、退院したその翌日に、
首都の海軍総司令部に直談判に乗り込んだ。
その時、ちょうどオールフェスが海軍総司令官と共に今後の米海軍の行動について話し合っていた時だった。
総司令官であるレンス元帥は、
「あのレンフェラルを投入して敵の島の位置は正確に突き止める事は出来るだろう。しかし、アリューシャン列島はこの
シホールアンルに一番近いアメリカ領土だ。我々は、首都近郊や東海岸の防備を強化しているが、それは敵だって同様だ。
アッツ島やキスカ島には飛行場が建設されているようだし、後方のウラナスカには敵の艦隊も駐屯している。当然、敵の兵力は
分厚いだろう。竜母部隊での襲撃はやめたほうがいい。」
と言って、リリスティの提案をつっぱねたが、
「だが、このアリューシャンのどっかに兵を送り込む、いや、爆弾2、3発だけでもぶち込めば、アメリカは方針を変えるんじゃねえか?」
オールフェスのその一言で、作戦は実施される事になってしまった。
作戦は極秘扱いとなり、知っているのは4月まで、オールフェスとリリスティ、そしてレンス元帥のみであった。
3月18日から、シホールアンル海軍は久しぶりにレンフェラルを使用した。
アリューシャン列島に配備された、レンフェラルの班は計50。
この当時、レンフェラルは380頭まで増えていたが、このアリューシャン強襲では実に150頭ものレンフェラルを投入したのである。
4月18日までに、レンフェラル達はアリューシャン列島の主な島々に張り付き、そこから情報を送り続けた。
そして5月2日、艦隊は出撃した。
正規竜母ランフックと、小型竜母リネェングバイを加えた第24竜母機動艦隊は、竜母7、戦艦2、巡洋艦6、駆逐艦24隻の大艦隊で
出撃し、一路ウラナスカ島に向かった。
ウラナスカから、艦隊の出港地である北部の港町、リンブガまでは直線距離で1500ゼルド(4500キロ)。
艦隊は4日足らず行ける航路から、わざと大回りするような航路に変更し、第1目標であるウラナスカ島の天候と、タイミングを
見計らいながら、粛々と北の海を進んだ。
そして5月23日。レンフェラルの偵察情報を元に、リリスティはよく晴れたこの日に367騎の攻撃隊を向かわせたのだ。
結果は予想を超える大戦果を挙げ、シホールアンルの竜母部隊は、不意打ちとはいえ、久方ぶりの勝利を得たのだ。
「ウラナスカの攻撃は、これでひとまず終わった。でも、この後が問題よ。」
リリスティの考えでは、この後は取って返す形でキスカか、アッツ島を襲撃する予定であった。
しかし、2日前の届いた1通の魔法通信が、敵に対する攻撃を渋らせていた。
2日前の届いた、ウラナスカ監視のレンフェラルから、大型空母1、小型空母1主力の艦隊が港を出港後、西に向かったとの魔法通信があった。
大型空母1、小型空母1・・・・・・
今までには、戦艦2隻に小型空母3隻を含む艦隊が停泊中としか無かったのに、ここに来て敵の新たな、そして怪しい艦隊が現れたのだ。
大型空母を含むとすれば・・・・・・
「もしかして、エセックス級がいるのかしら・・・・」
リリスティはそう呟いた。
アメリカ海軍は、先月からエセックス級と呼ばれる新型の正規空母を実戦に投入し、それが積む戦闘機は、ワイルドキャットより
強力で、かなり落としにくいと言われている。
姿を現したのは、4月23日起きた、アメリカ機動部隊によるエンデルド空襲である。
この時、エンデルドには80機ほどのアメリカ軍機が、見慣れぬ戦闘機を含めて出現し、エンデルドの港湾施設を叩いた。
迎撃に出たワイバーン隊はまず、この見慣れぬ戦闘機、F4Fをよりごつく、大型にしたような飛空挺に襲い掛かったが、
この飛空挺はとても速く、F4Fよりも強力になった一撃離脱戦法を多用してワイバーン隊を混乱させた。
この戦闘で、ワイバーンは3機の見慣れぬ戦闘機を撃墜したが、ワイバーン側は9騎を失い、3騎を傷付けられた。
この空襲から1時間後に、偵察ワイバーンがこれまた見慣れぬ空母を持つアメリカ機動部隊を発見し、敵戦闘機に
危うく撃墜されかけたが、なんとか帰還した。
その見慣れぬ空母が、エセックス級の新鋭艦とである事は間違いなかった。
太平洋艦隊のヨークタウン級、レキシントン級といった在来空母は全てヴィルフレイングにいる。
レンフェラルが見つけた大型空母が、今配備中である例のエセックス級である可能性は高い。
「未知の敵機動部隊がこの近海をうろついているとなると、レンフェラルの情報だけで判断するのは危険ね。」
リリスティは、やや緊張した顔つきでそう呟いた。
先のダッチハーバー壊滅の喜びは、既に消えていた。
5月23日 午後12時 アムチトカ島南東180マイル沖
第36任務部隊の旗艦である、正規空母フランクリンの艦上で、司令官であるフレデリック・シャーマン少将は
苦り切った表情で洋上を見つめていた。
「以上が、本日。ダッチハーバーが受けた損害の暫定報告です。」
艦橋は、しばらく静まり返っていた。
フランクリンの艦長も、幕僚達も、突然の事態にショック状態に陥っていた。
ダッチハーバー空襲さるの報を受け取ったのは午前7時40分を回ってからだった。
その時、艦長と今後の訓練について話し合っていたシャーマン少将は最初信じられない思いだった。
しかし、時間が経つに連れて、ダッチハーバーはシホールアンル側の空襲を受け、甚大な被害を受けつつある事が分かって来た。
情報が錯綜する中、TF36はダッチハーバーに向かわず、予定通りアムチトカ島近海で一時待機せよと、
北太平洋部隊司令部から命令を受け取った。
そのアムチトカ島に向かっている最中に、被害報告の電文がフランクリンに届いたのだ。
被害は思ったより酷かった。
ウラナスカ第1、第2飛行場は滑走路が爆撃されて3日ほどは使用不能とされ、地上で待機していた戦闘機や、
格納庫に収められていた爆撃機を次々と破壊され、第1、第2飛行場で計183機を地上撃破された。
ウラナスカに駐屯する航空機の総数は300機ほどだから、戦力は激減したとは言えまだ100機以上が使える。
しかし、飛行場が使えなければ残る100機以上も使い物にならない。
艦船に対しても損害は酷く、この空襲で戦艦ネヴァダが弾薬補給中に運悪く爆撃を受けて轟沈し、オクラホマも中破した。
この他に護衛空母バルチャーが爆弾6発を受けて大破着低し、ブロックアイランドが大破、スワニーも中破した。
巡洋艦リッチモンドも大破、駆逐艦2隻と輸送船3隻が撃沈され、他の船舶や地上施設、燃料タンクも2つ破壊され、
ダッチハーバーはさながら地獄と化した。
北太平洋部隊司令部も爆弾1発を受けたものの、人的被害は無く、ゴームリー司令官も無事であった。
このように、ダッチハーバーは壊滅的な打撃を受けたものの、軍港の機能はまだ維持できるようであり、完全に
使い物にならぬ訳ではなかった。
「手酷い被害を受けたものだ。」
シャーマン少将は、ゆっくりと、落ち着いた口調で喋り始めた。
「だが、我々は同時に感謝せねばならない。」
意気消沈する幕僚や艦橋要員が、一瞬困惑の表情を浮かべた。
何を言っているのか?空襲を受けた事がうれしいのか?
そんな批判めいた思いが、それぞれの心に宿り始めた。
だが、シャーマン少将の次の言葉で、その思いは消え去った。
「もし、空襲が2日早ければ、我々は奇跡的に哨戒網を潜り抜けた敵機動部隊の空襲を受けていた。
このフランクリンも、プリンストンも・・・・・」
誰もがはっとなった。
フランクリンも、プリンストンも、合衆国海軍期待の新戦力として竣工した。
その2隻の新鋭艦が、1歩間違えれば沈没か、もしくはしばらく不本意な休日を送るハメになったかも知れないのだ。
2日前に出港しなかったら、今頃はフランクリンもまた・・・・・
「だから、我々は、敵の犯したこの過ちに感謝せねばならない。恐らく、敵は更なる攻撃を、このアリューシャン列島の
どこかに行う事を企てているだろう。だが、そうはさせない。敵がウラナスカの戦友たちに味合わせた恐怖を、今度は我々が味合わせてやろう。」
シャーマン少将の静かな声音が、皆の頭に刻み込まれた後、彼らは一斉に歓声をあげた。
難を逃れたTF36が、敵の新たな試みを阻止しようと決意した時、アリューシャン列島の各航空部隊も厳重な警戒態勢に入った。
その中には勿論、アムチトカ島の航空部隊も含まれていた。
後に有名な一文を発する事になるS1Aハイライダーは、その時はまだ、格納庫で眠りについていた。
1483年(1943年)5月23日 午前7時 アリューシャン列島ウラナスカ島
オットー・キャンベル大佐は、いつも通り目覚まし時計の音で目覚めた。
やかましく鳴り続ける時計のスイッチを押し、そして時間を見る。
「ふう、いつも通りだな・・・・・眠ぃ・・・・」
キャンベルは眠そうな口調でぼやきながら、ベッドから起きた。
彼はダッチハーバーの司令部から6キロ離れた自宅で寝泊りしている。
家には、父と母、それに妻と子供がいる。
妻と子供達は、今日は日曜日なので部屋でぐっすり眠っている。
キャンベル大佐も、今日は休日なので、これから釣りに出かけようと思っていた。
「さて、今日はいつもの穴場に行こうかな。」
キャンベル大佐は久しぶりの釣りに胸を躍らせつつも、パジャマ姿から普段着に着替え始めた。
午前7時30分。準備も大分整った時、それはやって来た。
キャンベル大佐はこの時、たまたま軍港のほうにちらりと視線を向けた。
天気は晴れで、気温は低い物の、差し込んで来る太陽光が寒さを和らげた。
軍港には、戦艦のネヴァダが、弾薬補給船から受け取った砲弾を、弾薬庫に収納する作業が行われ、僚艦の
オクラホマは、出港の準備に取り掛かっていた。
港の片隅には、3隻の護衛空母が停泊している。そして、洋上哨戒に出ようとしているカタリナが、水上機基地で
エンジンを吹かしている。
そして、頂上が雪に覆われた山の間に、左右の翼を上下させる飛行物体が視界に入り、一度はそれを見過ごした。
「・・・・・?」
一瞬、余計な物を見たような気がした。
{あるはずがない。}
その余計な物は、確か
{いるはずがない。}
イラストで見たことのある、例の
{ワイバーンの筈が
いきなり、甲高いサイレンが鳴り始めた。その音で、キャンベル大佐は我に返った。
演習の時に何度も聞いた事のある音色。紛れも無い空襲警報のサイレンであった。
「なんて事だ!!」
思わず仰天したキャンベル大佐は、無意識のうちにそう叫んでいた。
彼は、港の状態を考えて背筋が凍りついた。
今、港には戦艦ネヴァダとオクラホマ、それに護衛空母3隻の他に第61任務部隊所属の重巡、軽巡、駆逐艦がひしめいている。
他にはTF62の駆逐艦部隊と、TF64の駆逐艦がいる。
そして、ネヴァダは、今主砲弾や装薬を、甲板上に曝け出している!
「これは大変な事になったぞ!」
彼は慌てて部屋に戻り、軍服を引っ張り出して着替え始めた。
その時、ダッチハーバーが恐怖に震えた日が始まった。
竜母ホロウレイグから発艦したワイバーン隊の指揮官であるガルブラ・ベグガ少佐は、目的の飛行場を真っ先に見つけた。
「こちら隊長騎!アメリカ人共の飛行場を見つけたぞ。これより狩に入る!」
ベグガ少佐は、指揮下の戦闘ワイバーン、攻撃ワイバーンにそう告げると、飛行場に向かった。
ベグガ少佐は、内心では快哉を叫びたい気持ちだった。
予想されていたアメリカ軍機の迎撃は、低空飛行で接近したためか、全く無く、攻撃隊は北東側から悠々とダッチハーバー上空に侵入できた。
ホロウレイグ隊の役割は、まず敵の飛行場を捜索し、見つけ次第これを攻撃、使用不能に陥れる事である。
目的の飛行場に向かって、ホロウレイグ隊の戦闘ワイバーン20騎、攻撃ワイバーン18騎が殺到していく。
みるみるうちに飛行場との距離を詰めていく。滑走路上に、何機かのアメリカ軍機がいる。
それは、今しも離陸を開始しようとしている。
滑走路の傍の小さい道には、何機ものアメリカ軍機が数珠繋ぎになって発進を待っていた。
「飛ばせはしないぞ。」
ベグガ少佐は、地鳴りのような声音でそう呟くと、相棒を滑走路上に向かわせる。
それに急かされたかのように、ようやくアメリカ軍機が滑走を開始した。
双発双胴の特徴ある機体は、絵で見慣れた高速飛空挺、P-38ライトニングだ。
ライトニングは、2つの発動機を勢い良く回しながら、滑走路から離陸しようとしていた。
しかし、パイロットが後ろを振り向いた時、そこにはベグガ少佐のワイバーンがすぐ後ろに迫っていた。
「勇敢な者よの、アメリカ人!」
ベグガ少佐はそう叫んだ。その直後、ワイバーンの口から光弾が連射された。
数十発の光弾がP-38の機体に突き刺さる。
何発かの光弾がコクピットを叩き割って、パイロットを計器類もろとも穴だらけにする。
胴体に命中した光弾が外版を食い破って燃料を漏れさせ、エンジンにぶち込まれた光弾が3枚のプロペラを
吹き飛ばし、エンジン内部が滅茶苦茶に破壊される。
離陸直後にパイロットを殺され、エンジンの1つを叩き潰されたそのP-38は、機首から滑走路に叩き付けられ、
前脚が衝撃に耐え切れずにへし折れ、機首が無様に潰れる。
その直後、P-38は爆発を起こした。
派手に火炎が吹き上がり、それがすぐに黒煙となって空に舞い上がった。
「よし、まずは1匹潰したぜ。」
ベグガ少佐は、ひとまずの戦果に笑みをこぼした。
この頃には、他のワイバーンも、誘導路上のP-38に襲い掛かっていた。
上空に飛び立てば、自慢の俊足でワイバーンをきりきり舞いさせるP-38も、地上においてはただの標的であった。
P-38はあっという間に炎に包まれるか、機体をボロクズのように撃ち抜かれてその場にへたり込んだ。
その一方で、攻撃ワイバーンは滑走路上に編隊を組んで進入して来た。
ここで、アメリカ側も対空砲火を撃って来た。
高射砲弾が攻撃ワイバーン隊の周囲で炸裂し、爆風や破片が攻撃ワイバーンを小突き回した。
これに機銃も加わるが、戦闘開始から僅か5分後に、攻撃ワイバーンは一斉に急降下を開始した。
猛烈な対空砲火が打ち上げられ、攻撃ワイバーンの1騎が高角砲弾によって吹き飛ばされた。
もう1騎が竜騎士を機銃弾に射殺され、その2秒後に攻撃ワイバーンもまた、高角砲弾の直撃によって絶命する。
しかし、ワイバーン隊を押し留める事は出来ない。
1騎、また1騎と、攻撃ワイバーンは次々と爆弾を滑走路に落とした。
最初の1弾が、滑走路上で炎上していたP-38を直撃し、機体をバラバラに打ち砕いてしまった。
都合16発の150リギル爆弾が、2500メートル級滑走路を満遍なく耕し、あっという間に月面同様の状態に変えてしまった。
攻撃はこれだけではない、戦闘ワイバーンは、駐機場に駐機している航空機に光弾ばかりか、ブレスも使用して地上撃破を試みた。
航空基地に配備されている機銃が、傍若無人なワイバーンを捉えようと猛然と撃ちまくるが、戦闘ワイバーンはそれを嘲笑うかの
ように、P-40の列線にブレスを吐き掛けた。
紅蓮の炎が、P-40の列線に浴びせられ、たちまち炎に包まれる。
燃え損なったP-40にも、続いて来た後続騎に焼き討ちにされる。
攻撃ワイバーンも、対空陣地や格納庫といった基地施設に光弾やブレスを浴びせかける。
弾薬庫に攻撃ワイバーンがブレスを吹き掛けた。その攻撃ワイバーンが飛び去った直後、弾薬庫は大爆発を起こして、
危うく焼き討ちした攻撃ワイバーンも巻き込まれそうになった。
とある12.7ミリ4連装機銃が、光弾を放って整備員達を追い回す戦闘ワイバーンに向けて撃ちまくる。
横合いからの不意打ちに、ワイバーンと竜騎士がたちまち蜂の巣にされた。
歓声を上げた機銃座の兵達だが、その直後に別のワイバーンからブレスを浴びせかけられて、瞬時に焼き殺された。
格納庫に駐機していたB-17が、格納庫ごとブレス攻撃を浴びせられた。
あっという間に格納庫が燃え広がり、整備兵達が慌てて格納庫から逃げ出した。
B-17の操縦席部分に、崩れ落ちた格納庫の天井が直撃して無様に潰される。
やがて、B-17に格納庫の火災が燃え移り、主翼の燃料タンクに引火して巨大な松明と化した。
戦艦オクラホマ艦長、フランク・ホガット大佐は急いで出港を命じた。
錨が引き上げられ、艦首の錨鎖庫に仕舞われた。
艦が今しも前進しようとした時、艦尾側の方向からワイバーンの編隊が港に殺到してきた。
「両用法、機銃、射撃開始!」
ホガット艦長はすぐさま、射撃を開始を命じる。
艦尾側に向けられる5インチ連装両用砲や28ミリ4連装機銃、20ミリ機銃が一斉に射撃を開始した。
オクラホマと同様に、ネヴァダも慌てふためいたように発砲した。そのネヴァダでは、甲板で弾薬の収納作業に
当たっていた水兵達が、急いで装薬と主砲弾を海に投げ込もうとする。
しかし、今すぐ投棄すべき砲弾は、戦艦用の16インチ砲弾であり、徹甲弾は680キロ、流弾は578キロの
重量があり、それらが前部甲板に30発も置かれていた。
後部にも主砲弾は置いてあったが、ネヴァダは早朝から主砲弾の積み込み作業を行っており、後部砲塔の砲弾収納作業は終わっていた。
後は前部砲塔の残り僅かのみと、誰もが思った矢先に、突然のワイバーン空襲である。
そして、ワイバーン郡の一部は、停泊したままのネヴァダに向かって来た。
「ネヴァダに敵ワイバーンが向かいます!」
見張り員の報告が、艦橋に飛び込んで来た。ホガット艦長は、艦橋から右舷後方に位置するネヴァダを見た。
ネヴァダが艦橋の視界から消え去ろうとした時、ワイバーン郡が対空砲火を省みずに急降下を開始した。
ダッチハーバーをぐるりと取り囲むように配備されている高角砲や機銃陣地が猛烈な弾幕を張り巡らせた。
飛行場の対空砲火より激しいものの、ワイバーン郡は構わずに突っ込んでいく。
10数機ほどのワイバーンはネヴァダに襲い掛かるが、唐突に1騎のワイバーンがクラッカーのように弾けた。
この後、相次いで2騎のワイバーンが撃墜されるが、ワイバーン郡を押し留める事は出来ない。
身動きの取れぬネヴァダに、ワイバーン郡が次々に爆弾を投下した。
1発目の150リギル爆弾が、ネヴァダを大きく外れて、右舷側300メートルの所に突き刺さる。
2発目が右舷後部側に着弾して高々と水柱を吹き上げた。3発目もネヴァダの右舷艦首側の海面に落下した。
必死に砲弾を投棄しようとしていた水兵達のすぐ側の海面に至近弾が落下し、破片がとある水兵を切り刻み、
崩れ落ちた膨大な量の海水が、水兵達を海にはたき落とした。
4発目が、ネヴァダの後部艦橋に命中した。
命中の瞬間、後部部分から爆炎が上がり、次いで黒煙がたな引き始める。
5発目は外れ、6発目がネヴァダの左舷中央部に命中し、5インチ連装両用砲1基を真上から叩き潰し、
爆発が周囲の機銃座を巻き込んだ。
7発目は外れたが、8発目が6発目の命中箇所よりやや前よりの位置に命中して、またもや両用砲座を吹き飛ばし、
機銃座のいくつかを使用不能に陥れた。
それだけでは、流石に戦艦であるネヴァダは参らなかった。
だが、運命の9発目が右舷前部甲板、それも、主砲弾が置かれている所に着弾した時、ネヴァダの命運は定まった。
突然、一際巨大な爆発が、ネヴァダの前部甲板が起こった。
耳を劈くような轟音に誰もが仰天した時、さらに大きな爆発音が鳴り響いた。
9発目の爆弾が着弾、炸裂した時、その場に置かれていた主砲弾、装薬の誘爆を一斉に招いてしまった。
この爆発で第1、第2砲塔の右側部分がざっくりと裂け、艦橋部分も滅茶滅茶に叩き潰された。
そして、この爆発は前部甲板をも叩き割り、余波は第2砲塔の主砲弾薬庫にも及んだ。
甲板上の主砲弾爆発から10秒後に、主砲弾薬庫が爆発。
その結果、ネヴァダは第2砲塔から前の部分が木っ端微塵に砕け散った。
船体はひび割れ、巨大な戦艦はあっという間に浸水を起こして、ダッチハーバーの海底に着低した。
「ネヴァダ・・・・・轟沈!ネヴァダが・・・・ネヴァダがやられたぁ!!!!」
見張り員のヒステリックな声に、決定的瞬間を見る事が出来なかったホガット艦長は驚き、慌てて艦橋の外に出た。
「ああ・・・・・信じられん・・・・・」
そこにあったはずのネヴァダは、前部分が綺麗さっぱり吹き飛び、艦橋は倒壊していた。
残った部分は浸水に耐え切れずに沈みつつあった。
だが、ワイバーンの攻撃はまだ終わった訳ではない。
新たなワイバーンが10騎ほど、オクラホマに向かいつつあった。
「右舷上方より敵ワイバーン!」
「両用砲は右舷上方のワイバーンを狙え!撃ち方はじめ!」
艦長の号令一下、右舷側の連装両用砲3基が猛然と射撃を開始した。
オクラホマのみならず、他の艦艇の対空砲火も間断なく打ち上げられる。
ホガット艦長には、先ほどより対空砲火の激しさが増したように感じられた。
この時、アメリカ艦隊各艦の射撃要員は、ネヴァダの思いがけない最後を目にして誰もが怒り狂い、より激しく
機銃や高角砲を撃ちまくっていた。
それは、オクラホマも同様であり、自艦に向かって来る小生意気なワイバーンに向けて、高角砲のみならず、
28ミリ機銃や20ミリ機銃が火を噴く。
先頭のワイバーンが機銃弾を集中されてあえなく墜落して行った。
最後尾のワイバーンは、高角砲弾の破片を浴びて体をズタズタに切り裂かれた。
高度が下がる度に、ワイバーンは1騎、また1騎と犠牲になっていくが、やはり全てを叩き落す事は到底不可能であった。
残り8騎となったワイバーンが次々と爆弾を投下した。
「敵ワイバーン爆弾投下!」
艦長はそれに対して、何の答えも出さない。いや、出せなかった。
オクラホマは、6ノットの低速で港の外に出ようとしている。
ここで回頭をしようものならば、水道の入り口で大事故を起こしかねない。
1発目の爆弾が、オクラホマの艦尾側の海面に突き刺さる。
ズーン!という爆弾炸裂の振動が、オクラホマの艦体を後ろから叩いた。
2発、3発目の爆弾が、夾叉するかのように左舷、右舷に突き刺さって水柱を吹き上げる。
4発目が後部の第4砲塔に命中した。
爆弾は天蓋を突き破る事無く、その場で炸裂したが、砲塔にはかすり傷しか付いていなかった。
その後に次々と爆弾が命中する。
連続する爆弾炸裂の衝撃に、オクラホマの艦体が悶える様に震えた。
「右舷第3、第2両用砲全壊!28ミリ機銃座2基、20ミリ機銃6丁破損!」
「左舷第1両用砲損傷、使用不能!火災発生!」
「後部艦橋より連絡、爆弾命中により戦死者、負傷者多数!消火班を寄越してください!」
オクラホマの受けたダメージは深刻とまでは言えぬが、無視できぬ物だった。
爆弾は5発が命中し、1発は後部艦橋を直撃して戦死者5名、負傷者12名を出した上に火災が発生。
6基あった両用砲は、爆弾の命中で半数が破壊され、両用砲の1つは砲弾に誘爆して大きな火災を起こした。
僚艦は、黒煙を吹き上げるオクラホマを見て、オクラホマまでもがやられたかと誰もが確信した。
しかし、主砲、機関部は健在。艦の指揮中枢も生きており、オクラホマはまだ戦闘力を失っていなかった。
「停泊していた護衛空母が攻撃を受けています!」
見張り員が、悲痛そうな声で報告をして来た。艦長は、ダッチハーバーの一角に停泊している3隻の護衛空母に視線を移した。
対空砲火を打ち上げる護衛空母に、これまた多数のワイバーンが群がり、爆弾を浴びせている。
「どうしてこんな事になったのだ・・・・・レーダーは何をしていた!?」
ホガット艦長は、はらわたが煮えくり返る思いだった。
彼の怒りを煽るかのように、ワイバーンの爆弾が護衛空母に命中し、炎と夥しい破片が舞い上がった。
5月23日 午前10時20分 ウラナスカ島沖北北東280マイル地点
「司令官、これまでの暫定結果を報告します!」
第24竜母機動艦隊旗艦、竜母モルクドの艦橋で、魔道参謀の誇らしげな声が響いた。
「攻撃隊は、ダッチハーバーの敵飛行場及び、在泊艦船、並びに地上施設に大損害を与えました。判明した戦果は
次の通りです。まず、戦艦1隻撃沈、1隻大破、小型空母2隻撃沈、1隻大破、巡洋艦1隻大破、駆逐艦2隻撃沈、
輸送船3隻撃沈、3隻大破、地上施設20棟破壊、飛行場2箇所を完全破壊、地上において撃破した航空機は実に
200機以上にのぼります。」
その戦果報告に、艦橋では誰もが喜びに沸いた。
「司令官、予想以上の戦果です。」
首席参謀の言葉に、リリスティ・モルクンレル中将はゆっくりと頷いた。
「ワイバーンのほとんどを、一気に投入したのが利いたみたいね。それで、私達の損害は?」
「集計の結果、ワイバーンの損失は53騎を数えました。」
リリスティは思わず舌打ちをした。
攻撃に参加したワイバーンは、第24竜母機動艦隊、第1部隊から戦闘ワイバーン100騎、攻撃ワイバーン89騎。
第2部隊から戦闘ワイバーン92騎、攻撃ワイバーン86騎。
計367騎がダッチハーバー空襲に参加した。これは、第24竜母機動艦隊が持つワイバーンの8割を示す数字だ。
昨年の第2次バゼット海海戦以来の総力出撃であり、今回は奇襲であった事も含めてダッチハーバーに痛撃を与える事が出来た。
しかし、敵の裏をかいたとは言え、ダッチハーバーもまた、アメリカ軍の重要な根拠地であるため、アメリカ側も激しく応戦してきた。
結果として、53騎のワイバーンを失ってしまった。
「やっぱり、対空砲火は激しかったのね。」
「ええ。殊更、軍港上空の対空砲火は凄まじかった様で、攻撃ワイバーンに未帰還騎が集中しています。」
「どうも、ここ最近のアメリカ側の対空砲火は、前と比べて強力になりつつあるわね。そうとなると、対機動部隊
戦闘ではもっと激しい抵抗が予想される・・・・」
シホールアンル軍上層部でも、アメリカ側の防御放火、特に米機動部隊の対空砲火が激しい事は良く知られる
ようになっている。
軍港上空では、流石に不意を付かれた為に、最初は対空砲の照準もよくなかったようだが、第2波172騎が
ダッチハーバーに突入した時には、アメリカ側は地上から猛烈な対空砲火を打ち上げて、少なからぬワイバーンを撃墜している。
軍港上空の戦闘でさえ、アメリカ軍は激しい抵抗をするのに、これが対機動部隊戦闘となれば、抵抗の度合いはより上がるだろう。
「後が怖くなって来たけど、とにかく、初期の目的は達成できたわけね。」
「ええ、その通りです。」
リリスティの言葉に、首席参謀が誇らしげな口調で返事した。
「ダッチハーバーは壊滅したも同然です。」
「壊滅・・・・か。」
リリスティは、視線をダッチハーバーの方角に向けた。ダッチハーバーの近海には、小さな友人がいる。
彼女達は、この友人達の発する誘導魔法や、情報を元に、前人未到の敵後方強襲という離れ業をやってのけたのだ。
シホールアンル海軍の歴史は長い。
建国以来、常に敵と相対し、有名な提督を何人も生み出し、年数と実績は一流海軍に相応しい物を持っている。
しかし、シホールアンルは、北大陸では強大な軍事国家と同時に、魔法国家でもある。
陸海軍は魔法を取り入れ、数々の戦場で使用して来た。
リリスティの艦隊を導いた小さな友人も、シホールアンルの魔法技術が産んだ物である。
小さな友人。それは、世界中の海に潜んでいた、凶暴な海竜等とは別の海洋生物である。
名はレンフェラルと言う海洋生物で、性格は時に大人しく、時に凶暴である。
姿形は、アメリカ人から見ればサメと海蛇を合わせた様な物であるが、この海洋生物は非常に頭が良かった。
レンフェラルは肉食の海洋生物で、主に群れを作って世界の海を回遊している。
時には、凶暴な大型海洋生物は集団で襲う事もあることから、海の死神と恐れられているが、性格上は大人しく、
中にはレンフェラルの集団が遭難者を助けたという報告も入っている。
シホールアンル海軍は、このレンフェラルの生態を調査した。その結果、知性は人間に近い物を持っており、
海洋生物にしては知性的な存在である事が判明した。
そこで、シホールアンル側は、ある事をレンフェラルに試した。
それは、レンフェラルに魔道式を焼き込んで操り、偵察及び攻撃を行わせると言う物であった。
ちなみに、海洋生物に、魔道式を焼き込んで操るという方法はマオンドから取り入れた技術である。
現在、マオンド側はレンフェラルより巨大かつ、凶暴な海洋生物を使ってアメリカ東海岸の襲撃を企てている。
先代皇帝の命で始められた、海洋生物の戦力化は順調に進み、オールフェスが統一戦争に乗り出した当初は、
このレンフェラルから得た情報によって各国海軍部隊の位置を正確に突き止めた。
レンフェラルの中には、攻勢魔法を行える物もおり、一時は現世界のドイツUボートのごとき活躍をしていた。
しかし、レンフェラルの数は当初、200程しかなく、徐々に戦闘喪失も増えて最終的には140ほどに減ってしまった。
オールフェスはレンフェラルの数を300頭ほどに増やすまで、レンフェラルは実戦に投入しないと決心した。
その当時は、北大陸制圧も終盤に向かっていた時期であり、彼は南大陸戦に突入するまではレンフェラルは必要ないと思ったのだ。
ようやく北大陸が制圧でき、大義名分を掲げて南大陸に侵攻し、レンフェラルを投入して快進撃に弾みをつけようとした時、
突如アメリカという未知の国が現れ、シホールアンル側の計画をぶち壊しにしてしまった。
オールフェスは、貴重なレンフェラルの投入をしばらく控えている間に、アメリカ海軍という新たな敵に対して可能な限り情報を収集させた。
その結果、アメリカ海軍には駆逐艦という小型で、対潜能力を持つ軍艦がいる事を確認した。
レンフェラルは、全長は3グレル(6メートル)から5グレルまでの物がいる。
大型のレンフェラルは攻撃専用の物で、攻勢魔法で敵艦船を撃沈する役を担う。
小型のレンフェラルは偵察専用の物で、魔法通信や距離測定等の地道な任務を担う。
基本的にどのレンフェラルも魔法通信は行えるが、一番正確な情報を伝えるのは小型のエンフェラルである。
速力は小型で12リンル(24ノット)、大型で11リンル(22ノット)出せ、これらは小型2、大型1の班
を編成して現場海域に投入される。
だが、米駆逐艦はいずれもレンフェラルより高速であり、米駆逐艦に見つかればたちまち撃沈される事は目に見えていた。
この事からして、レンフェラルは数を増やしながらも、なかなか実戦に投入されなかった。
そのレンフェラルにも、活躍の機会が巡って来た。
リリスティは、昨年10月の海戦で負傷、入院した時にアリューシャン強襲を思いついた。
入院中にアリューシャン方面の情報や、レンフェラルが使えられずに本国に留まっている事を知るや、退院したその翌日に、
首都の海軍総司令部に直談判に乗り込んだ。
その時、ちょうどオールフェスが海軍総司令官と共に今後の米海軍の行動について話し合っていた時だった。
総司令官であるレンス元帥は、
「あのレンフェラルを投入して敵の島の位置は正確に突き止める事は出来るだろう。しかし、アリューシャン列島はこの
シホールアンルに一番近いアメリカ領土だ。我々は、首都近郊や東海岸の防備を強化しているが、それは敵だって同様だ。
アッツ島やキスカ島には飛行場が建設されているようだし、後方のウラナスカには敵の艦隊も駐屯している。当然、敵の兵力は
分厚いだろう。竜母部隊での襲撃はやめたほうがいい。」
と言って、リリスティの提案をつっぱねたが、
「だが、このアリューシャンのどっかに兵を送り込む、いや、爆弾2、3発だけでもぶち込めば、アメリカは方針を変えるんじゃねえか?」
オールフェスのその一言で、作戦は実施される事になってしまった。
作戦は極秘扱いとなり、知っているのは4月まで、オールフェスとリリスティ、そしてレンス元帥のみであった。
3月18日から、シホールアンル海軍は久しぶりにレンフェラルを使用した。
アリューシャン列島に配備された、レンフェラルの班は計50。
この当時、レンフェラルは380頭まで増えていたが、このアリューシャン強襲では実に150頭ものレンフェラルを投入したのである。
4月18日までに、レンフェラル達はアリューシャン列島の主な島々に張り付き、そこから情報を送り続けた。
そして5月2日、艦隊は出撃した。
正規竜母ランフックと、小型竜母リネェングバイを加えた第24竜母機動艦隊は、竜母7、戦艦2、巡洋艦6、駆逐艦24隻の大艦隊で
出撃し、一路ウラナスカ島に向かった。
ウラナスカから、艦隊の出港地である北部の港町、リンブガまでは直線距離で1500ゼルド(4500キロ)。
艦隊は4日足らず行ける航路から、わざと大回りするような航路に変更し、第1目標であるウラナスカ島の天候と、タイミングを
見計らいながら、粛々と北の海を進んだ。
そして5月23日。レンフェラルの偵察情報を元に、リリスティはよく晴れたこの日に367騎の攻撃隊を向かわせたのだ。
結果は予想を超える大戦果を挙げ、シホールアンルの竜母部隊は、不意打ちとはいえ、久方ぶりの勝利を得たのだ。
「ウラナスカの攻撃は、これでひとまず終わった。でも、この後が問題よ。」
リリスティの考えでは、この後は取って返す形でキスカか、アッツ島を襲撃する予定であった。
しかし、2日前の届いた1通の魔法通信が、敵に対する攻撃を渋らせていた。
2日前の届いた、ウラナスカ監視のレンフェラルから、大型空母1、小型空母1主力の艦隊が港を出港後、西に向かったとの魔法通信があった。
大型空母1、小型空母1・・・・・・
今までには、戦艦2隻に小型空母3隻を含む艦隊が停泊中としか無かったのに、ここに来て敵の新たな、そして怪しい艦隊が現れたのだ。
大型空母を含むとすれば・・・・・・
「もしかして、エセックス級がいるのかしら・・・・」
リリスティはそう呟いた。
アメリカ海軍は、先月からエセックス級と呼ばれる新型の正規空母を実戦に投入し、それが積む戦闘機は、ワイルドキャットより
強力で、かなり落としにくいと言われている。
姿を現したのは、4月23日起きた、アメリカ機動部隊によるエンデルド空襲である。
この時、エンデルドには80機ほどのアメリカ軍機が、見慣れぬ戦闘機を含めて出現し、エンデルドの港湾施設を叩いた。
迎撃に出たワイバーン隊はまず、この見慣れぬ戦闘機、F4Fをよりごつく、大型にしたような飛空挺に襲い掛かったが、
この飛空挺はとても速く、F4Fよりも強力になった一撃離脱戦法を多用してワイバーン隊を混乱させた。
この戦闘で、ワイバーンは3機の見慣れぬ戦闘機を撃墜したが、ワイバーン側は9騎を失い、3騎を傷付けられた。
この空襲から1時間後に、偵察ワイバーンがこれまた見慣れぬ空母を持つアメリカ機動部隊を発見し、敵戦闘機に
危うく撃墜されかけたが、なんとか帰還した。
その見慣れぬ空母が、エセックス級の新鋭艦とである事は間違いなかった。
太平洋艦隊のヨークタウン級、レキシントン級といった在来空母は全てヴィルフレイングにいる。
レンフェラルが見つけた大型空母が、今配備中である例のエセックス級である可能性は高い。
「未知の敵機動部隊がこの近海をうろついているとなると、レンフェラルの情報だけで判断するのは危険ね。」
リリスティは、やや緊張した顔つきでそう呟いた。
先のダッチハーバー壊滅の喜びは、既に消えていた。
5月23日 午後12時 アムチトカ島南東180マイル沖
第36任務部隊の旗艦である、正規空母フランクリンの艦上で、司令官であるフレデリック・シャーマン少将は
苦り切った表情で洋上を見つめていた。
「以上が、本日。ダッチハーバーが受けた損害の暫定報告です。」
艦橋は、しばらく静まり返っていた。
フランクリンの艦長も、幕僚達も、突然の事態にショック状態に陥っていた。
ダッチハーバー空襲さるの報を受け取ったのは午前7時40分を回ってからだった。
その時、艦長と今後の訓練について話し合っていたシャーマン少将は最初信じられない思いだった。
しかし、時間が経つに連れて、ダッチハーバーはシホールアンル側の空襲を受け、甚大な被害を受けつつある事が分かって来た。
情報が錯綜する中、TF36はダッチハーバーに向かわず、予定通りアムチトカ島近海で一時待機せよと、
北太平洋部隊司令部から命令を受け取った。
そのアムチトカ島に向かっている最中に、被害報告の電文がフランクリンに届いたのだ。
被害は思ったより酷かった。
ウラナスカ第1、第2飛行場は滑走路が爆撃されて3日ほどは使用不能とされ、地上で待機していた戦闘機や、
格納庫に収められていた爆撃機を次々と破壊され、第1、第2飛行場で計183機を地上撃破された。
ウラナスカに駐屯する航空機の総数は300機ほどだから、戦力は激減したとは言えまだ100機以上が使える。
しかし、飛行場が使えなければ残る100機以上も使い物にならない。
艦船に対しても損害は酷く、この空襲で戦艦ネヴァダが弾薬補給中に運悪く爆撃を受けて轟沈し、オクラホマも中破した。
この他に護衛空母バルチャーが爆弾6発を受けて大破着低し、ブロックアイランドが大破、スワニーも中破した。
巡洋艦リッチモンドも大破、駆逐艦2隻と輸送船3隻が撃沈され、他の船舶や地上施設、燃料タンクも2つ破壊され、
ダッチハーバーはさながら地獄と化した。
北太平洋部隊司令部も爆弾1発を受けたものの、人的被害は無く、ゴームリー司令官も無事であった。
このように、ダッチハーバーは壊滅的な打撃を受けたものの、軍港の機能はまだ維持できるようであり、完全に
使い物にならぬ訳ではなかった。
「手酷い被害を受けたものだ。」
シャーマン少将は、ゆっくりと、落ち着いた口調で喋り始めた。
「だが、我々は同時に感謝せねばならない。」
意気消沈する幕僚や艦橋要員が、一瞬困惑の表情を浮かべた。
何を言っているのか?空襲を受けた事がうれしいのか?
そんな批判めいた思いが、それぞれの心に宿り始めた。
だが、シャーマン少将の次の言葉で、その思いは消え去った。
「もし、空襲が2日早ければ、我々は奇跡的に哨戒網を潜り抜けた敵機動部隊の空襲を受けていた。
このフランクリンも、プリンストンも・・・・・」
誰もがはっとなった。
フランクリンも、プリンストンも、合衆国海軍期待の新戦力として竣工した。
その2隻の新鋭艦が、1歩間違えれば沈没か、もしくはしばらく不本意な休日を送るハメになったかも知れないのだ。
2日前に出港しなかったら、今頃はフランクリンもまた・・・・・
「だから、我々は、敵の犯したこの過ちに感謝せねばならない。恐らく、敵は更なる攻撃を、このアリューシャン列島の
どこかに行う事を企てているだろう。だが、そうはさせない。敵がウラナスカの戦友たちに味合わせた恐怖を、今度は我々が味合わせてやろう。」
シャーマン少将の静かな声音が、皆の頭に刻み込まれた後、彼らは一斉に歓声をあげた。
難を逃れたTF36が、敵の新たな試みを阻止しようと決意した時、アリューシャン列島の各航空部隊も厳重な警戒態勢に入った。
その中には勿論、アムチトカ島の航空部隊も含まれていた。
後に有名な一文を発する事になるS1Aハイライダーは、その時はまだ、格納庫で眠りについていた。