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121 第94話 ボーフィン奮闘(前編)

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第94話 ボーフィン奮闘(前編)

1483年(1943年)12月1日 午前9時40分 ソドルゲルグ岬沖110マイル地点

「敵艦、接近してきます!方位220度、距離3000!」

方位220度、わかり易く言えば、敵艦はボーフィンの左舷前方から接近しつつある。
先ほど、1番艦、2番艦で計30発の爆雷を叩き込んだが、敵艦はボーフィンがこの攻撃をかわした事を知ったのであろう。

「もっと深く潜るぞ!」
「どれぐらいまでですか!?」
「深度120までだ!」

スタウト艦長は、この際、一気に限界深度まで潜って敵の爆雷攻撃をやり過ごそうと考えた。
バラオ級潜水艦の潜行限界深度は120メートルだ。
普段はこのような深深度まで潜る事は無いのだが、今はなりふり構っている場合ではない。

「艦長、120から130メートル付近に海底です!迂闊に潜ると、腹を海底にこすり付けてしまいます!」
「かまわん!120まで潜行だ!」
「アイアイサー!」

スタウト艦長は強い口調で指示を下した。

「敵艦、更に接近!距離1000!」

ソナー員のバイ2等兵曹が、緊張に顔を引きつらせながら報告する。
耳元のレシーバーに、スクリューの音と、笛のような魔法石の動力音が聞こえる。
バイ2等兵曹には、この動力音が、死神が歌う不気味な音楽に聞こえた。

「深度105・・・・110・・・・」
「海面に着水音多数!爆雷です!」

計測員の機械的な報告と、ソナー員の緊迫した報告が同時に届けられる。
バイ2等兵曹は、先ほどと同じように、耳に付けていたスピーカーを外した。
不気味な静けさの中、時間がゆっくりと過ぎていく・・・・

「神様、どうか爆雷がみんな故障して炸裂しませんように。」

誰かが、一見馬鹿げたような祈りを捧げた。
だが、その冗談のような祈りを咎める者はいない。むしろ、この声を聞いていた全員が、そうなるように望んでいる。
1発目の爆雷が炸裂した。続いて、2発目、3発目が連続して炸裂する。
よほど遠い所で炸裂したのか、爆発音は小さいし、艦に伝わる振動も微々たるものだ。
4発、5発、6発と、爆雷は次々と炸裂するが、どれも遠い所で炸裂している。

「敵さん下手糞ですなあ。1発もかすりやしない。」

とある水兵が、敵艦の腕前を酷評する。

「馬鹿野朗、気を抜くんじゃねえ。問題はこれからだぞ。」

それを聞き咎めたとある兵曹が、その水兵を戒めるように叱った。
その兵曹の言う通り、問題はこれからであった。
7発目、8発目が炸裂する。これもまた大した事無い。だが、9発目からは状況が変わりはじめた。
9発目の炸裂は、やや近い所で起きたのだろう、艦の振動がやや強くなった。
10発目の爆発音がやや大きく感じられる。艦の振動も、9発目より増している。
11発目が炸裂した。ガァーン!という爆発音と共に、ボーフィンの艦体が揺さぶられる。
次の12発目が炸裂した時、ボーフィンは物凄い衝撃に襲われた。
司令塔内の灯りが明滅し、乗員が壁や機材に体をぶつけ、床に這わされる。

13発目が炸裂するや、痛みに呻いているものや、気絶しているものも一緒くたに揺さぶられ、またもや機材や、壁などに体をぶつけてしまう。
14発目、15発目、16発目と、爆雷が次々と炸裂し、ボーフィンはその度に激しく揺らされる。
計器のカバーガラスがバリン!と甲高い音を立てて砕け散る。
突然、海図台の上にあるパイプから水が噴出した。

「浸水だ!バルブを閉めろ!!」

スタウト艦長が叫ぶや、2人の兵がすかさずバルブに駆け寄って、閉めようとする。
そこにドーン!という爆裂音と共に激しい衝撃が艦体を揺さぶる。
バルブを閉めにかかっていた2人の兵が、衝撃によって床に転倒した。

「兵員区画に浸水!」

発令所のみならず、やや後方にある兵員区画にも浸水が発生したようだ。

「深度120です。」

その声が聞こえた直後、爆雷が炸裂する。だが、炸裂音と、艦に伝わる振動は先の16発目と比べて、どこか弱かった。
その後、24発まで爆雷は炸裂したが、ボーフィンの至近で炸裂するものは無かった。

「艦長、敵艦2隻通過しました。敵との距離2000。」

ソナー員が報告してくる。スタウト艦長は、どこか震えた口調だなと思いつつも、艦内電話で各所に被害の有無を確認した。

「こちら前部発射管室。浸水が起こりました。今防水作業を行っている最中です。」
「こちら前部機関室、若干の浸水がありますが、10分ほどで止められます。」
「後部発射管室です。やや大きめの浸水があり、部署の者総出で作業に当たってますが、手が足りません。」
「そうか、わかった!今からダメージコントロール班を寄越す。」
「ありがとうございます。それから兵1人が肩を脱臼しました。交代要員を使います!」
「わかった。なるべく早く浸水を止めてくれ。」

スタウト艦長は、5分ほどで各所との連絡を取り終えた。

「後部発射管室に前部機関室、それに兵員区画とこの司令塔に浸水か。」

スタウト艦長は、タオルで顔を拭きながら、小さな口調で呟いた。

「艦長、先の爆雷攻撃で負傷者8名が出ました。」
「8名か、重傷者は何人だ?」
「5人です。」

副長の報告に、スタウト艦長は思わず舌打ちをした。

「小所帯の潜水艦だから、5人も戦線離脱するのは痛いな。まあ起きた事は仕方ない。負傷者は急いで医務室に行くように指示しろ。」
「アイアイサー。」

スタウト艦長は副長にそう命じる。

「艦長、敵艦が再度反転しています。」
「奴ら、俺たちを沈めるまで攻撃を続けるつもりだな。」

ソナー員の報告に、スタウト艦長は舌打ちした。


駆逐艦イッグレは、バゥラゴドの後方300グレルを航行していた。

「先導艦より通信。敵潜水艦の深度60グレル前後。」
「60グレルか・・・・・バゥラゴドの魔法探知機は本当に便利だな。」

駆逐艦イッグレの艦長であるルロンギ少佐は、やや羨ましそうな口調で呟く。

最初の爆雷攻撃の際は、このイッグレも、自前の魔法探知機で敵潜水艦の生命反応を探知していた。
ところが、第2回目の爆雷攻撃の時は、敵潜水艦はイッグレが搭載する魔法探知機の索敵圏外(イッグレの魔法探知機は深度80メートルまでが
探知範囲。ボーフィンはこの時、深度90まで潜行していた)に出ていた。
イッグレは、先導艦バゥラゴドが送ってきた情報を基に爆雷の炸裂深度を設定して、12発の爆雷を投下している。
1回目と2回目、計54発の爆雷を敵潜水艦に叩き込んだのだが、どうやら敵艦は更に深く潜る事で、致命傷を免れたようだ。

「爆雷の炸裂深度を60グレルに設定しろ。」
「了解!」

ルロンギ艦長は、伝声管で艦尾の爆雷班にそう命じた。
その頃、先導駆逐艦バゥラゴドでは、艦底部に設置された魔法探知機の前に、2人の魔道士が座っていた。

「探知室。敵艦はどうだ?」

艦橋から、艦長のラモンゴ少佐が聞いて来る。

「艦長、敵潜水艦は深度60グレル付近を2レリンク(4ノット)で航行しています。」

椅子に座っている魔道士2人のうち、1人が伝声管に向かって返事する。
もう1人は、魔法探知機に嵌め込められている魔法石をじっと睨みつけていた。
魔法探知機は、もともと、凶暴な海洋生物を退治するために開発されたものである。
この探知機は、魔法石の魔力を母体として動いており、生命反応を探知すれば、赤色の魔法石は黒色に変色する。
変色の度合いが濃いほど、敵が近くに潜んでおり、逆に変色の度合いが淡いほど、敵が寄り深く潜っている事を表している。
現在、魔法探知機に設置されている魔法石は、淡い黒色となっている。
敵が探知範囲ギリギリにいる事の表れだ。

「敵との距離、およそ200グレルです。」
「わかった。引き続き監視を怠るな。」

艦長はそう言って、会話を終える。
探知室から入手した情報は、すぐさま艦尾の爆雷投下班に送られる。

「艦長!爆雷投下準備完了です!」
「ようし。そのまま待機していろ。」

爆雷投下班の班長は、艦長の次の指示が下るまで、部下に待機を命じる。
やがて、待望の時間がやって来た。

「爆雷投下!」

班長が艦長の命令を受け継ぎ、それを部下達に向けて発する。
部下達が手馴れた手付きで、爆雷を艦尾側から2発ずつ落としていく。
爆雷が8発目まで投下された時、やや離れた後方の海面から水柱が吹き上がった。
水柱は1つ、2つ、3つと次々と立ち上がる。

「いつもながら思うが、潜水艦という艦に乗らなくて良かった。」

爆雷班の班長は、どこか敵に同情するかのような口調で呟いた。
今頃、海中にいる敵潜水艦は、周囲で爆発する爆雷の衝撃によって、ひっきりなしに揺さぶられているだろう。
間断無い爆雷の炸裂にもみくちゃにされる潜水艦。
衝撃によって、壁や機材に嫌と言うほど体を叩きつけられる乗員。
そして、各所で次々に起こる浸水。
それを必死に、乗員が止めようともがくが、更なる爆雷炸裂の衝撃によって、成す術も無く床を這わされる・・・・・
(その恐怖たるや、想像を絶するものだろう。だが、俺達も手を緩めるわけにはいかんのだ。)
爆雷班の班長はそう思った。
1隻1隻は、ちっぽけな存在でしかない潜水艦だが、それが有する魚雷という武器は、上手く行けば戦艦を1発で大破させかねない強力な物だ。
潜水艦の魚雷攻撃によって、海底に送り込まれた艦船は少なくない。
その事を考えると、今、目の前で狩り立てている敵潜水艦は、なんとしても沈めなければならない。
(せめて、苦しまずに死んでくれよ)
班長はそう思いながら、次々と吹き上がる水柱に見入っていた。

ドォーン!という炸裂音が鳴り、ボーフィンの艦体が振動する。

「こりゃまた、激しい攻撃だな。」

相次ぐ爆雷攻撃に、医務室で首を竦めていたサミュエル・モラン大尉は、やれやれと言わんばかりの表情で言う。
彼は、寝台の側の椅子で、負傷者を介抱しているメリマに視線を向けた。
メリマは、最初の爆雷攻撃が始まるまで眠っていたのだが、爆雷が炸裂した瞬間に跳ね起きて、モラン大尉に何が起きたのか聞いてきた。
モラン大尉は、このボーフィンが爆雷攻撃を受けたと説明した。
その時、モラン大尉はメリマを寝台からどかして良いものか迷った。メリマは、運ばれてきた時はかなり消耗していた。
あれから4時間ほど、彼女は眠っていたが、4時間程度の睡眠では疲労は回復し切れていないかもしれない。
一瞬、彼女を医務室から出そうと躊躇ったのだが、

「あの、何か手伝える事は無いでしょうか?」

メリマは、恐る恐る彼に聞いて来た。それから、メリマは医務室の臨時助手として負傷者の手当てを行っている。

「モラン大尉、包帯を巻き終わりました。」
「おお、すまんね。そいつをこっちに寝かしてくれ。足が折れているからゆっくり動かすんだぞ。」

その時、またもやドーン!という爆発音と、強烈な振動が伝わる。
医務室の外にある廊下から、数人の兵が棒材等を持ち、血相を変えて走っていく姿が見える。
それと入れ替わるようにして、3人の男が、慌てて医務室に入ってきた。
3人のうち、1人は残りに2人に両脇を抱えられるようにして連れ込まれた。

「ドク!急患だ!」

1人の男が、早口で言ってくる。先ほど、医務室の前で雑談を交わしていた人の1人だ。

「どうしたイトウ兵曹!」

「こいつ、俺をかばって背中を強く打ったんだ。それからこいつ、ぐったりしちまって・・・」
「話は後だ!そいつをこっちに寝かせろ!」

ちょうど、重傷者の手当てが終わったモラン大尉は、急いでベッドを開けた。

「衛生兵!それからメリマ君!そっちの棚から器具を取り出してくれ!」

モラン大尉もまた、早い口調で指示を与える。
メリマは棚の前に立ったは良いが、どれを取ればいいかわからなかった。
だが、側にいた衛生兵が教えてくれたため、彼女は指示された器具を取って、モラン大尉に渡した。

「そっとだ・・・・そっと寝かせろ。」

モラン大尉が指示した直後、またもや爆雷が炸裂する。

「クソ!こんなんじゃ満足に手当てできんな。」

彼はそう愚痴をこぼしつつ、そっとベッドに寝かされた負傷者を診察する。

「背骨は折れていないようだ。呼吸はだいぶ浅いな。」
「すんません・・・・先輩。俺、ドジしちまいました。」
「馬鹿野朗、なにも誤る事は無い。悪いのは俺だ。あの時、俺が姿勢を崩したから悪いんだ。とにかく、今日は特別休暇を与える。」

寝かされた水兵は、申し訳なさそうに言うが、イトウ兵曹は陽気な口調で言い返した。

「お前達、持ち場に戻れ。」
「わかりました軍医長。おい、早く直せよ。」

2人の兵曹は、親しげに水兵へ語りかけると、急ぎ足で部署に戻っていった。

「胸の辺りが痛いようだな・・・・どうやら肋骨辺りが怪しいな。」

モラン大尉は、担ぎこまれた水兵の診察を続ける。その時にも、敵の爆雷がひっきりなしに炸裂する。
ふと、彼はメリマに視線を向けた。
メリマは、爆雷攻撃にやや怯えた表情を見せるが、それも一瞬であり、負傷兵の介抱を続けている。
爆雷攻撃を初めて受ける時は、言語に尽くしがたい恐怖に囚われる物なのだが、メリマは感じていないのか、それとも表さないように努力しているのか。
モラン大尉には判然としなかったが、
(意外と肝が据わっとるな)
彼は、メリマに対してそう印象付けられた。

「位置がばれているな。」

スタウト艦長は、正確な爆雷攻撃に舌を巻いていた。
投下された爆雷は、最初は見当外れの場所で炸裂していたが、今ではボーフィンの近くで次々と炸裂している。

「運転制御室に浸水です!」

新たな被害報告が、艦橋に伝えられた。
スタウト艦長はそれに対して、指示を下すが、その指示する声も爆雷炸裂の轟音で掻き消された。

「マイリーの奴らは、相当俺達を恨んでいるようだな。」

スタウト艦長は忌々しげに呟いた。
都合、28発の爆雷が炸裂した所で、この爆雷攻撃は終わった。
その間、ボーフィンは被害を受けた。
まず、司令塔と発令所に浸水が起きたが、これはすぐに止められた。
次に兵員区画に浸水が起こり、これは今も防水作業が行われている。
この他にも、前、後部発射管室と前部機関室、それに運転制御室にも浸水が起きた。
特に運転制御室では、やや多量の海水が浸水しており、今はダメージコントロール班の半分が運転制御室で必死の防水作業に努めている。

「今の所、艦の航行に支障が出る被害は出ていない・・・・・だが、このままでは。」

スタウト艦長は、やや暗然とした表情で呟く。
敵駆逐艦の爆雷攻撃は、思いのほか正確だ。ボーフィンは、致命的な損傷は被ってはいないものの、確実に被害が積み重なりつつある。
敵艦は執拗に攻撃してきている。恐らく、生命反応が探知できている間は、攻撃の手を緩めないであろう。
このままでは、確実に撃沈される。

「何か・・・・・何か良い方法は無いものか・・・・・・・」

スタウト艦長は、必死に考えを巡らせる。そこに、また新たな報告が入った。

「艦長!左舷燃料タンクの目盛りが下がっています!」
「何だって!?」

燃料が漏っている!彼は信じたくない報告に耳を押さえたいと感じたが、その気持ちを押し殺して、燃料計を見る。
左舷燃料タンクの重油が、徐々に減りつつある。
恐らく、先の爆雷攻撃で、タンクの外壁に穴が開いたのであろう。

「なんてこった。これじゃあマイリー共にこっちの位置を知らせているようなもんだ。」

スタウト艦長は苛立った口調で呟いた。

「艦長、よろしいでしょうか?」

その時、副長がスタウト艦長に声をかけた。

「何だ副長。」
「少しばかり妙案を思いついたのですが。」
「何だ、言ってみろ。」
「実はですね・・・・・」

午前10時10分

海面に異変が起きたのは、第3回の爆雷攻撃が終わって5分後の事である。

「艦長!左舷後方に油が浮いています!」

駆逐艦イッグレ艦長のルロンギ少佐は、見張員の報告を聞くなり、慌てて艦橋から飛び出した。

「どこだ?」
「あそこです。」

ルロンギ少佐は、見張りの水兵が指差す方向を見た。
僅かながらだが、黒い油が海面に浮き出ている。
アメリカ海軍の軍艦は、大は戦艦や空母から、小は小型艇まで油を燃料として使っている。
今眼にしている黒い油は、これまで見て来たアメリカ潜水艦の燃料に間違い無かった。

「敵さんは艦体に傷を負っているな。バゥラゴドにすぐ知らせろ!敵は爆雷攻撃によって損傷せり、とな!」

それから15分後、海面に突如として、大量の重油が浮き出てきた。
重油の中には、木箱の破片や紙片なども含まれている。

「艦長、見てください!」
「・・・・こいつは一体・・・・」

突然の出来事に、ルロンギ少佐はやや戸惑いかけた。だが、彼はこれが何であるか分かっていた。

「大量の油・・・・それに混じっている雑品・・・・潜水艦が撃沈された時に、よく起こる状況だ。」
「艦長、敵の潜水艦は沈んだのでありますか?」
「さあな。沈んだのなら、バゥラゴドから何か言って来るさ。」

ルロンギ少佐は、バゥラゴドから何か言って来るかと思った。
彼の思い通り、バゥラゴドから魔法通信が入ってきた。

「艦長、バゥラゴドから通信。敵潜水艦の反応消失、撃沈確実と思われる。」
「撃沈確実・・・・・か。」

ルロンギ少佐はそう呟きながら、黒く染まった海面をじっと見つめていた。
毒々しい重油の色にまみれた海面。その中に漂う様々な物・・・・・・

「足りない。」

ルロンギ少佐は、小さな声で呟いた。

「え?」
「足りないな。」
「何がですか?」
「死体さ。見てみろ。」

ルロンギ少佐は油の浮いた海面に顎をしゃくった。
「敵潜水艦を撃沈したのなら、敵兵の死体が上がってくるはずだ。君はまだ新任だからわからんだろうが、俺の艦は
これでも敵潜水艦を2隻沈めている。その時、必ず敵兵の死体が上がってきた。」
「では、足りないと言われたのは・・・・」
「そう。敵兵の死体と言う浮遊物が混じっていない。だから、俺は足りないと言ったんだ。」

ルロンギ少佐はそう言った。

「バゥラゴドに通信。敵艦に甚大なる損傷を与えたるも、効果不充分と見る。もうしばらくこの海域の捜索を続けられたし。」

午前10時50分 潜水艦ボーフィン

「艦長、依然として敵駆逐艦2隻は上に張り付いたままです。」

ソナー員のバイ2等兵曹は、艦長に報告した。

「敵さんにはあの手は通じなかったか・・・・・」
「どうやら、敵には経験者がいたようですな。」

副長が、どこかすまなさそうな表情で艦長に言って来た。

「ああ。あの浮遊物の群れに、あるべき筈の物。死体が無いと分かったんだ。潜水艦撃沈を経験していない奴なら、あれだけで
誤魔化せただろうが、経験者は死体も見ているからな。それが無いとわかった時点で、敵の経験者は俺達が生きていると確信したんだろう。」
「艦長、自分の提案が浅はか過ぎたようです。申し訳ありません。」
「なあに、謝るこたぁない。あの時は俺も、君と一緒の考えをしていた。それに、敵さんは俺達が海底でボトムしている事は知らんだろう。」

スタウト艦長は、表情をやや緩ませながら副長に言った。
ボーフィンは今、深度137メートルの海底に沈座(ボトム)している。
敵の爆雷攻撃が終わった後、副長が進言した提案はこうだった。
まず、左舷燃料タンクから漏れている重油を、空になるまで一気に放出し、次いで艦内にたまっているゴミなどの不用品を魚雷発射管から放出する。
その後、ボーフィンは沈没したかのように見せかけて、海底でボトムして敵をやり過ごすという事である。
ボーフィンの最大深度は120メートルまでだが、潜水艦というものは、最大深度の他に圧壊深度というものがある。
最大深度は、その潜水艦が最低でもこれだけ潜れるという目安であり、圧壊深度はここまで潜れば、艦が水圧に耐え切れないという事を表している。
ボーフィンの属するバラオ級潜水艦は、理論上では深度274メートルで圧壊すると言われている。
副長は、その数字に賭けたのである。
賭けは成功し、ボーフィンはなんとか海底でボトムする事に成功した。
だが、一難去ってまた一難。
敵駆逐艦2隻は、ボーフィンの意図を見抜いたかのように、この海域に居座ったのである。

「敵駆逐艦遠ざかります。」
「どうせまた反転して来るよ。」

スタウト艦長は、額に滲んだ汗をタオルで拭きながら言った。スタウト艦長は、額だけではなく、全身に汗を滲ませている。

「こうなったら根比べだな。敵さんが引き上げるのを待つか。俺達が上がるのを待つか。」
「私としては、さっさと敵さんに引き上げてもらいたいですな。」
「俺もそう思うね。マイリー共は捕虜に優しくないからな。メリマの話を聞いてからは、余計にマイリー共が怖くなったよ。」
「私としては、敵さんに人体実験されるぐらいなら、いっそ敵に突撃してパッと散りたいと思いますね。」

副長が強気の口調でスタウト艦長に言う。

「俺も同感だね。こうなったらアラモ砦だな。」

スタウト艦長もまた、強気の口調で言い返した。

「敵の魔法探知機さえどうにかできればなあ・・・・」

スタウト艦長が何気ない口調で呟いた時、それまで艦内通信用のレシーバーを掃除していた兵が、いきなり倒れた。

「おい、どうした!?大丈夫か!?」

いきなり、目の前で倒れた兵に仰天したスタウト艦長は、慌ててその兵の側に駆け寄った。

「ハァ、艦長。迷惑かけてすいません。」

水兵は慌てて起き上がろうとするが、できない。よく見ると顔が真っ青だ。

「貴様、貧血が再発しているぞ。こんなんじゃこれ以上仕事できんだろう。」

「いえ、自分は大丈夫です。」
「大丈夫ならいきなり倒れるか!医務室に行って来い。」
「し、しかし。」
「病人が発令所に陣取っている事こそ大迷惑だ。今すぐ医務室に行って来い!」

水兵は、やむなくスタウト艦長の命令に従い、謝りながら発令所から出て行った。

「今の見たか?足取りがフラフラだったぞ。」
「マケイン2等水兵は今回が初の潜水艦勤務でしたな。恐らく、普段の疲労と、今回の爆雷攻撃の精神的な打撃が重なって
貧血が再発したんでしょう。クソションベン漏らさんだけでも大したもんですよ。」

副長はどこか感心するような口調で、退出して言ったマケイン2等水兵を評価した。

「まあ、確かにそうだな。意外に肝が据わってる。」
「艦長、今から交代要員を呼んで来ます。」
「おう、頼んだぞ。」


「先生、急患です。」

水兵の頭に包帯を巻いていたメリマは、真っ青な顔をして医務室に入って来た水兵を見てから、モラン大尉に報告した。

「ああ。マケイン2水か。どうした、貧血が再発したのか?」
「はぁ、そのようです。」
「こっちに座れ。今薬を出してやる。」

モラン大尉は、空いている椅子にマケイン2水を座らせた。

「発令所の様子はどうかね?」

「ハァ・・・・艦長が大分悩んでいますよ。このままではアラモ砦になりかねんとか言っていました。」
「アラモ砦か、まあ悪くない例えだな。」

モラン大尉は苦笑しながらそう答えた。

「他にも、魔法探知機さえどうにかなればなあとかも言われていました。」

メリマは魔法探知機という言葉に反応した。
(魔法探知機・・・・もしかして、さっきまで感じていたあの感触は・・・・)

「ん?どうしたメリマ。なんか怖い顔つきになっているが。」

メリマは、真剣な表情を浮かべながらモラン大尉に顔を向けた。

「モラン先生。艦長はどこですか?」
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