「では諸王陛下らからは、許可が出たと?」
「ああ、終戦の使者として勤めを果たしてきてくれ少将。期待している」
司令部から出発し三日と少しばかりが過ぎた頃、長距離連絡用のクリスタルからバークレイ中将からブラスト少将に連絡が届いた。
内容は同盟諸国の王達から正式に使者として終戦を申し入れる許可が下りたと言う物だ。
同時にその終戦の為の要求も。
「大人しく都市を二つ奪った所で講和しておけば良かった物を、亜人憎しで軍を進めるから…」
そう考えた所でブラストは考えを否定した。
―いや、帝國とやらが出てこなければ首都は落とせていたか。
それでも少なからず生き延びる者は居るだろう、最初から亜人撲滅など無理だったのでは無いか?
そんな考えが頭を過ぎる。
教会に対して普段は何も思いはしなかったがこの時ばかりは教義―有体に言うと人間至上主義だ―に対して苛立ちが出てくる。
このままでは戦死や負傷した五万以上の将兵達が浮かばれんではないか!
ふっと頭を振って思考を切り替える、竜達の休息の為に留まっているのだがこのままでは自分の休息が取れなさそうだ。
ブラストはよっと腰を下ろして木にもたれ掛った。
水筒を取り出し、水を一口含む。
随分前に汲んだ水ゆえに温かったが喉を潤し、思考を変えるには十分だった。
「最低でもグラディオス中将の返還だな…」
全員の前で啖呵を切った以上彼は取り戻さねばならない。
国境の引き直しや賠償金については後々、両国の文官らで話し合われるだろう。
「帝國がどう出るかだな、こちらは特に被害を与えず向こうは都市を二つも取り返してきた以上…」
それなりに無茶な要求をされるだろう、断れば今度は初期戦力よりもずっと少ない数で戦わなければならない。
あの数でさえ無理だったのだ、帝國からすれば鶏を絞め殺すより簡単だろう。
「真に注目すべきは帝國だな。少なからず情報を引き出したい」
竜達の方をなんとなしに眺めると二頭とも寝息を立てていた、傍には何時の間にか近くの泉まで水を汲みに行っていた護衛のカーター竜騎士が自分の飛竜を撫でていた。
「君、私も少し休ませてもらうよ。見張りを頼む…」
そこまで伝えるとブラストは眼を瞑り、体を休ませた。
―せめて夢くらいは楽しい物であってくれよ
そんな思いを乗せながら。
「終戦の使者?同盟から?」
「はい、カール・ブラスト飛竜軍少将と名乗っており我が軍並びに連合軍に対し終戦を求めています」
昼が少し過ぎた頃、仮設大使館で山崎中佐は少尉から報告を受けていた。
いまから数分前に使者が付き、終戦を求めてきたという。
「まいったな、大使の方々はもう帰ったていうのに…」
停戦は出来るだろうが、終戦となると政治の話だ。その後にくる国交やらの事もあるから残っていてもらいたかったな…
ズキリと頭が痛むが仕方ない。
「良し、分かった行こう」
椅子から腰を上げると、ここ数週間あまりで記憶した道を歩んで行く。
応接室に付くと金髪の痩せぎすの男と如何にも軍人といった体つきの男、そして連合軍の将軍達がいた。
「遅れてしまい申し訳ありません」
「いや、急な事でしたから構いませんよ。それではブラスト少将、終戦協議を始めましょうか」
カイゼル将軍の言葉に痩せぎすの男、ブラスト少将が一礼をすると凛としと顔で話し始める。
「我が秩序同盟はアルタート軍並びに大日本帝國軍に対し終戦を求める物である。我が同盟は終戦後、すぐに各領に引き上げる物とする。また、捕虜に関し―」
「ちょっと待ちな」
不機嫌さを隠そうともしない声色でオーガのホーガン将軍がブラスト少将の言葉を止める。
「何故アルタートと帝國だけになんだ、俺達とも戦りあったじゃないか」
「亜人に関しては所属する国家がない以上軍隊としては我が同盟は認めない、ただそれだけだ」
ホーガン将軍をはじめとした亜人の将軍達の顔が目に見えて引き攣った。
確かに彼らは国家を持っていない以上扱いは良くて民兵、悪ければテロリストである。
ブラスト少将の言葉に反論しようとしたホーガン将軍だが、ドワーフのビリー将軍に諌められ席に座り腕を組んだ。
「続けさせてもらおう。捕虜に関しては兵卒は交換、士官は一人につき五百ゴールド支払う。また、ジョージ・グラディオス中将の身代金として一万ゴールド支払う」
淡々と述べていく要求は続き、相互不可侵条約と通商条約の締結を秩序同盟は求めてきた。
「尚、互いに賠償金については請求を破棄する物とする。以上が同盟諸国王が求める終戦要求である」
「賠償金破棄?到底認められる物ではありません、少将。我々はそちらの軍勢を破りました、そもそも勝者は我らのはず」
「…そちらが都市を二つ奪還し、また五万の派遣軍が敗れたのは事実。しかし、それは帝國の参戦後」
それと、とブラスト少将は付け加えた。
「まだ我が方には六万程の軍勢が控えております、それをまず覚えておいていただきたい」
最も予備役や新兵がほどんどだがね、とは少将の心の中にしか出さない。
第一これを出せば無防備になる国が多い、敗れれば後は蹂躙されるだけだ。
「帝國に対しては、ほぼ同じとなりますが賠償金として百万ゴールド支払うとの事です」
「百万ゴールドですか…」
そんな事言われても相場が分からんというのにとでも言いたげな声色で山崎中佐は呟いた。
ゴールドと言うからには金なのだろう。しかし、帝國が転移してからまだ数ヶ月。
為替相場などあるはずも無く、判断材料は零に等しい。
「私一人の一存では、今ここでお答えする訳にはいきません。本国に連絡をとってから正式にお答えさせていただきます」
じっと、山崎はブラストの目を見つめた。
「…わかりました、それでは良い返事を期待しております」
ブラストはそう言うと連合の将軍達の抗議の相手を、山崎は本土へ連絡するために指揮所へと戻って行った。
ブラスト少将が終戦協定を提案して一週間後、秩序同盟と連合、帝國間で終戦協定が結ばれた。
同盟と連合間では相互不可侵条約と通商条約を、帝國はそれに加え同盟から賠償金二百万ゴールドを(協議でふんだくれたそうだ)、連合から大規模油田地帯を
譲り受ける結果となった。亜人達は戦中での活躍を認められ、アルタート領内に自治区が設けられた。
これを持って秩序同盟が宗教的理由からアルタート太陽王国に侵攻した事から端を発した、『秩序戦争』は一つの終結を迎えることとなる。
そして『帝國』の存在も又、この戦争を契機として表舞台へと駆り出される。
帝國が望む望まざると関係無く。
そしてこの世界も同様に、帝國の出現により少しずつだが流れが変わり始めて行く。
どの世界でも流れはやってくる、その流れに乗れるか否かは分からない。
「狙え…撃て!」
指揮官の命令で帝國から支給された小銃を持ったアルタート軍の兵士達が標的の人形を打ち抜いていく。
「撃ち方やめ!」
命令に従い発砲を止め、辺りに静けさが戻る。
人形は弾丸を受け穴だらけだ。
「よし、本日の射撃訓練は終了だ。各自所定の場所に銃を返却せよ」
兵士達がゾロゾロと歩いて帰る中、指揮官にカイゼル将軍が近づいて来た。
「どうだね?調子は」
「はっ!閣下、錬度は確実に上がっております。帝國からの指導員の座学については士官を始め、整備要員も受けており着実に我が軍は力を付けつつあります」
「そうか、一刻も早く全軍に配備しなければならんな」
「現状、ライゼル王子殿下揮下である近衛選抜銃士隊及び第一特務偵察隊に優先的に配備されていますが全軍となると整備や補給も難しいかと…」
「うむ…、今は全て帝國からの輸入で賄っているからな。一応、ドワーフ達や職人達が10丁程分解して調べているが何れ我々でも生産できるようにせねばならんな」
「ううむ、ここを右に回して…」
元ドワーフ軍将軍だったビリー・コーウェンは本業であった武器職人として現在アルタート太陽王国の城下町で工房を借り受け仲間の中でも特に腕の良い者とアルタートの職人達と共に帝國から購入した小銃を分解研究していた。
一度触り、戦場では何度と無く威力を見た物を分解し構造をメモし理解して行くという作業は人間には辛い物だったがドワーフ特有の気の長さと職人としての興味がそれを上回り、ビリーを含め多くのドワーフ達は時間を忘れたかの様に作業を続けていた。
「むう、やはりこの粉が重要なようじゃな…」
幾つも弾丸や小銃を分解して分かった事は、どうやらこの『粉』が原因で弾が撃ち出されるのだろうという事だ。
「しかし知れば知る程もっと知りたくなる物じゃ…」
正直に言えば今まで作ってきた盾や剣、そして試作段階とは言え動く気配の無い『自動人形』よりも実物のあるこれの方が興味をそそられる。
「世の中にはまだまだ面白い物が有るもんじゃな、出来れば後百年は生きてもっと見たい物じゃな…」
元将軍であるビリー老技師はそう呟くと今度は南部十四年式の分解に取り掛かった。
「どうしてこうなった…」
山崎中佐は頭を抱えるともう一度呟いた。
「一体どうしてこうなった…」
「中佐、もう決まった事ですから諦めて仕事をしましょう」
これが今日の報告書ですと言うと少尉は机に大量の書類を置いた。
「おい、これ全部か?」
「まさか、まだ後二往復分程は有りますよ」
「なん…だと…」
ズゥンといった感じで落ち込んでいる中佐を尻眼に少尉は書類を取りに外へと出た。
終戦協定が結ばれた後、彼らはアルタート太陽王国から引き揚げ新竜島の警備に当てられた。
将来的にここに移住する計画がある以上、周辺の調査と害獣の駆除を彼らが任された事になる。
距離的に本土に近くなり物資の補給も楽になったとは言え、やはりここは『異邦の地』だ。
「ああ、いつになったら家に帰れるんだろうか…」
少尉の嘆きは書類の山の中で木魂した…