(ウエストウッドは……放っておいていいだろう)

岸辺露伴の盲信者――ヴィヴィアーノ・ウエストウッドの様子を見てから、F・Fが結論を下すのにそう時間はかからなかった。

(スタンド能力で従わせている、といったところか?
 しかし不完全なようだな。従わせてる奴も好戦的ではなさそうだ。
 それでも『目の前の男が従わせた』となると厄介だな。ここで奴の部下になる気など毛頭ない)

F・Fが知る限りのウエストウッドは、闘争本能を全開にした獣のような存在だった。
他人に従うさまなど想像もつかない。
余談だが、それは彼本来の気性ではなく、過去も現在も、『サバイバー』という介入者がもたらした凶暴性なのだが。
どうあれ、F・Fにはスタンドによる洗脳の可能性しか考えられない。
そして素直に撤退を選んだ。多少の傷ならどうとでもなるが、思考を改ざんされると対処しようがない。
まだ道のりは長いのだ、得体のしれない能力相手に無理をする場面ではない。彼はそう判断した。

(それにしてもアレッシーの奴、なかなか面白いものを持っていたじゃあないか。
 早く教えてくれればよかったものを)

まあ、どの道結末に変わりはなかったがな、と一人ごちる。
マウントポジションを取られているアレッシー『だったもの』に、路傍の小石を見るような感情のない視線を向けつつ。
――感情に満ち溢れた視線を、今の彼が誰かに向けられるかは分からないが。

「ウエストウッド、分かったからいったん止めてくれ。放送の内容を聞きたいんだけど……その前に、」

予備動作をほとんど感じさせない、高速の、拘束の指差し。

「『ヘブンズ・ドアー』!……!?」

岸辺露伴が信頼を寄せる絶対命令は、肉の壁に阻まれる。
アレッシー『だったもの』が露伴とF・Fの間に割って入り、スタンド攻撃が防がれたのだ。
パラリ、パラリと、アレッシーの記憶を宿した頁がめくれる。

「フンッ!」

F・F、片腕でその肉塊を持ち上げ、窓ガラスに飛び込み民家を離脱。
間もなく、エンジンが唸りを上げた。

「ちぇ……」

走り去るバイクを、露伴はバツが悪そうに見つめていた。
この舞台で異常を語るのもおかしいが、他人が殴られるのを放置するなど異常である。
『ヘブンズ・ドアー』の発動にためらいはなかった。
では岸辺露伴は、『ヘブンズ・ドアー』が防がれたことを不快に思っているのか。

否。
岸辺露伴は「『ヘブンズ・ドアー』の発動が読まれた」ことが気に食わなかった。

処置は済んでいるものの右肩を負傷し、テレンスとの、まさしく『スピード対決』を経てのスタンド使用。
勝負の間、一瞬たりとも気の緩みは許されず、その後の動きが鈍くならないわけはなかった。
もしかしたら、肩の負傷さえなければ露伴はテレンスとの戦いで勝利を納めていたかもしれない。
ともかく、その微妙な狂いの積み重ねがF・Fの優位を生み出した。
妨害行為も岸辺露伴を攻撃するアクションではなかったから、ウエストウッドは反応しなかったのだろう。

「まあ気にしても仕方ないか。ウエストウッド、第二回放送、聞いてたかい?」

筆速をはじめとする腕の速さには自信がある。
それでも彼とて人間、重傷を負いながらいつも通りの動きが生み出せるはずがない。
そんなことが分からないほど彼は子供ではない。実際、重傷で休載したことはあるのだから。

「あんたを探すのに必死で聞いてなかった」

だが、この狂いは予想外。
反省はしていない、と言葉が続きそうなほどあっさりとした言い方。
その潔さ、呆れを通り越して清々しく感じる。

「……いっそ命令書きなおそうかな」

自分の命令の強さを、融通が利かないという意味で思い知らされた露伴。
溜息一つ、悩みは尽きず。

それでも、岸辺露伴はうろたえない。


【D-3 民家/1日目 日中】
【岸辺露伴】
[スタンド]:ヘブンズ・ドアー
[時間軸]:四部終了後
[状態]:右肩と左腿に重症(治療済みだが車椅子必須)、貧血気味(少々)、右腿にアトゥムの右足首
[装備]:ポルナレフの車椅子
[道具]:基本支給品、ダービーズチケット
[思考・状況] :
基本行動方針:色々な人に『取材』しつつ、打倒荒木を目指す。
0.いっそのことウエストウッドの命令書きなおそうかな?
1.“時の流れ”や“荒木が時代を超えてヒトを集めた”ことには一切関与しない
2.後でダービーのところに戻り決着をつける。その際色々取材したい
3.隕石を回収……ああ、そんなのあったね
[備考]
※参加者に過去や未来の極端な情報を話さないと固い決意をしました。時の情報に従って接するつもりもないです。
 ヘブンズ・ドアーによる参加者の情報を否定しているわけではありません。 具体例は「知りすぎていた男」参照。
※名簿と地図は、ほとんど確認していません(面倒なのでこれからも見る気なし)
※傷はシーザーのおかげでかなり回復しました。現在は安静のため車椅子生活を余儀なくされています。
※第一放送、第二放送を聞き逃しました。
※右腿に食い込んでいるダービーの足首は、露伴の足をつぶす程度のパワーはあるようです。異物感、痛みなどは全くありません。



【ヴィヴィアーノ・ウエストウッド】
[スタンド]:プラネット・ウェイブス
[時間軸]:徐倫戦直後
[状態]:左肩骨折、ヘブンズ・ドアーの洗脳、サバイバー状態、アレッシー(F・F)を殴って快感
[装備]:『サバイバー』入りペットボトルジュース(残り1リットル)
[道具]:基本支給品(飲料水全て消費)、不明支給品0~2
[思考・状況]
0.おうロハン、どこ行ってたんだよ。放送? 知るか。
1.出会った人間は迷わず殺す。
[備考]
※怪我の応急措置は済ませました。殴る程度なら痛むものの可能なようです。
※支給品を確認したかもしれません。
※自分の能力については理解しています。
※ヘブンズ・ドアーの命令は以下の二点です。
1)『人を殺せない』
2)『岸辺露伴を治療ができる安全な場所へ運ぶ。なお、その際岸辺露伴の身を守るためならスタンドを行使する事を許可する』
※ヘブンズ・ドアーの制限により人殺しができないことに気づいていません。
※鉄塔の戦いを目撃しました。プッチとサーレーの戦いは空のヘリで戦闘があった、地上では乱戦があった程度しかわかっていません。
 また姿も暗闇のため顔やスタンドは把握していません。
※館から出てきたジョナサン、ブラフォードを見ました。顔まで確認できたかどうかはのちの書き手さんにお任せします。
※『サバイバー状態』ですので相手の筋肉の輝きが見えているかもしれません(のちの書き手さんにお任せしますが要議論?)
※第二回放送を聞き逃しました。


  ★


イギーが……承太郎が……死んだ?」

相次ぐ訃報。

「承太郎サンが……?」

重なる不幸。

「そんな……あり得ねえ、あいつは、承太郎は!」

握りしめていたはずの携帯電話を手汗で滑らせたポルナレフ。
視線を向ける気にもなれず、呆然とする。
トニオも、先の一言以降厨房で沈黙を保ったまま。
言葉を重ねることができず、いつもの笑顔が失われる。

悪の化身と称するに相応しい宿敵、DIOをも打ち破る強さを持った彼が。
伝染する病のように静かに殺人を繰り返した狂人、吉良吉影と死闘を繰り広げた彼が。

――死んだ?

俄かには信じがたいことだ。
事実、目を背けることはできる。ただ、荒木によって名前が告げられただけなのだから。
この場で真偽を確かめる術は現状ない。
だが彼らに、そんな死者への冒涜の様な真似が出来ようか?

熾烈で、苛酷で、容赦ない運命。
時を止めるスタンドを使役する空条承太郎にさえ、運命を止めること叶わない。


「てめえ……ダービー!?」


今、この時でさえ。


  ★


「承太郎が死んだって!?」

相次ぐ訃報。

「アバッキオ……そんな……」

重なる不幸。

花京院のペンが躍動をやめる。
フーゴは頭を抱えて俯き、髪を乱した。

「……花京院君」

フェルディナンドが使役する翼竜はグェスを見つけることはなく。
近隣のエリアも軽く調べてみたものの、成果ゼロ。
知らず仲間を失ったことを考えるとむしろマイナス、徒労に等しかった。
建造物入り組む繁華街で人を見つけようとなると相当に難しいだろうが。
加えて、イギーの死体はカビ塗れで確認が取れず、アバッキオは民家内でその命を散らした。
もとより、見つけられまい。

「……ええ、すいません。グェスさんの無事が分かっただけでも僥倖です。
 捜索を続けましょう」
「いや、捜索はいったん切りあげて繁華街に向かう」
「何故です?」

フェルディナンドとて、冷静であれど冷徹ではないと踏んでいる花京院。
反発するでもなく尋ねる。

「ポルナレフ……だったかな? 筒のような髪形をした男だ。
 繁華街のレストランにいるのが見えた。君たちさえよければ接触したいのだが……」

フェルディナンドは、アヴドゥルの最期の言葉を、仲間に伝えたがっていたから。
空条徐倫に対し、拭えない罪悪感を感じていたから。
だからこそ、花京院はフェルディナンドをある程度までだが信頼している。

「他には誰か?」
「コックがいたな。レストランだから当たり前かもしれないが」
トニオ・トラサルディー……?」

花京院もその名は鋼田一吉廣から伝えられている。
コックという職に就く者がそう何人もいるとは思えない、おそらく同一人物。
承太郎の人物像が、花京院自身の知るものと大きくかけ離れていたために深慮するつもりはなかったのだが。

「トニオ・トラサルディーに関しては吉廣さん自身あまり知らないようですし、
 同行しているポルナレフが無事なこと、おそらくトニオ・トラサルディーのスタンドが戦闘向きではないことを考えれば」
「危険性は低い、と?」
「ええ」

フーゴの問いに花京院が首肯し、申し訳なさそうな顔を二人に向ける。

「フーゴ、博士。僕の都合を優先させてばかりで申し訳ありませんが、とりあえずポルナレフと……」
「……マズイッ! ものスゴい速度でレストランに接近する者がいる! 襲撃するつもりだ!」
「なんですって!」

焦りを露わにするフェルディナンド。
花京院やフーゴは翼竜の情報を見ることが出来ないものの、フェルディナンドの沈着とした普段の表情が豹変したことから、事態の想像は容易かった。

「急ぎましょう! 僕はこれ以上仲間を……失いたくはない!」

花京院の私情だが、きっと多くの人々が思うこと。思い続けてきたこと。
それでも無情なことに、彼らは殺し合いの運命に翻弄されっぱなしだ。


今、この時でさえ。


  ★


衝突、破砕。
ドアが木っ端みじんになって破片散らばる。

「てめえ……ダービー!?」
「ポルナレフか……!?」

バイクごと入口に突っ込んできた男に対し、ポルナレフは目を見開いて叫んだ。
声色は、行動の非常識さに憤りを感じるそれではない。単純な、驚愕。
そして、ダービーも同一の反応を示した。

「どうしてテメェが!?」
「いろいろ言いたいことはあるだろうが……話は後だ。追われていてな。
 済まないが、お前の助けを借りたい」

放送でダービーの名は呼ばれた。
それもいの一番に、だ。印象に残らないはずがない。

「フォアアアアアアアアアアアッ!」

だがポルナレフの思考は、現状の始末に手いっぱいになる。
風船のように膨れ上がった顔をした、人型の異形に対しての。
速く、しかしおぼつかない足取りで、奇声を発しながらダービーに向かう。

「『シルバー・チャリオッツ』!」

到達より早く、あるいは速く、空気をも裂く乱れ突きが飛ぶ。
瞬時に描かれる赤黒い斑点模様。

「ギャアアアアアア―――スッ」

のたうちまわる怪物。

「うごご……ぐが……が」

傷口を抑える手を切り裂く。逃げ回る足を断つ。
やがて、活動を制止する。
肉片がグズグズと音を立ててしぼむ。

「何だったんだよ、こいつは……」
「助かった……礼を言う」

ダービーがうずくまったまま礼を言う。
観察するまで気付かなかったが、右肩を抑えていた。おそらく襲われたのだろう。

「何事デスカ!?」

厨房からトニオが出てきたが、ポルナレフはそれを右腕で制す。
甲冑纏う騎士を模したヴィジョンも残したままだ。

「トニオさん、近づくな。近づくのは、こっちが聞きてえこと聞いてからだ」
「デスガ……!」
「構わない。誤解を恐れず言えば、私とこいつは敵対していたからな」

黙らざるを得ないと悟ってか、トニオが押し黙る。
逸る気持ちを抑えつつ、ポルナレフは肝心な事を簡潔にまとめた。

「今までどうしてたか。何で放送で名が呼ばれたのに生きてるのか。今後どうするつもりなのか。
 今んとこ聞きたいのはこの3つだ。答えてもらうぜ」

ダービーは店内の椅子にふらりと腰掛け、淡々と語る。

「まず、今までどうしていたか答えよう。殺し合いが始まって最初に会った参加者に賭けを申し込んだ。支給品を賭けて、な。
 だが、おそらくスタンド能力だろう、カビに塗れたせいで敗北した。そして服ごと手足をもがれた」
「何言って……」
「最後まで聞け。手足をもがれた、というのは後で聞いて分かった事だ。あまりの痛みでそれ以降の記憶がほとんど飛んでいる。
 奇声まで発していたようだ」

腕を怪我していることを除けば、見るからに五体満足。
だが、嘘には聞こえない。過去の苦痛を思い出したのだろう、歪む表情は真に迫るものがある。

「……続けろ」
「いつの間にか助けられていてな。F・Fとかいう女と行動することにした。手足を治したのも多分そいつだったんだろう。
 このバイクもF・Fの支給品『だった』」
「もしかシテ……」

トニオの言葉に応えるかのように、ダービーの瞳を瞼が覆い、ポルナレフを見るのをやめた。

「……やられたよ、あの怪物に。奇襲されたのさ。飛ばしてきた肉片で脳天を貫かれて、F・Fは息絶えた。
 私は運良くF・Fのバイクに乗ったまではいいものの、撒くことはできず必死で逃げ回って」
「今に至る、ってか」

ポルナレフはそれでも、同情の眼差しを向けることはない。
4、5回呼吸を置いて、ダービーは再びその口を開き始めた。

「何で放送で名前が呼ばれたのに生きているか……こればかりは私にもわからない」
「じゃあ何か? 死んで蘇ったとでも言うのかよ!」
「一度死にかけはしたがな。とにかく、今私が生きているのはまぎれもない事実だ。これ以上私に分かることなどない」

聡明でないポルナレフは――誰もがそうだろうが――この件に関して結論を出せない。
よって保留。事実を受け止めることにする。

「そして最後に今後どうするか、だが。これは言わなくても察しはつくんじゃあないか?」
「どういうことだよ」
「私のスタンドは『賭けに敗北した者の魂をコインに変える』能力だ。しかも『魂を賭けるという同意』を必要とする。
 そんな私が殺し合いで万に一つでも勝ち残れると思うか? 言うまでもないと思うが、当然私のスタンドは殴り合いできるほどのパワーがない」

そして、この言葉で承太郎が戦ったことのある『変装するスタンド能力の持ち主』てある可能性が払拭された。
ダービーの能力は特性上、ばれてしまえばなんてことはない事をポルナレフは知っている。
もし他人に知らせるなら、賭けの勝利が決定した後ぐらいだろう。みすみす口を滑らせることはしないはず。

「いいからとっとと質問に答えろ」
「ギャンブラーと豪語しておきながら賭けに敗北し、F・Fの死で自分の無力さを思い知らされた。
 DIO様に仕える気持ちだって失せてきたよ。だってそうだろう? あの方に出会ったところで間違いなく私は役立たずとして切り捨てられる。
 誇りも何も消え果ててしまった私に出来ることなんかあるものか。
 ……ただ、欲を言うなら生き残りたい。死にたくないんだ、私は」

かつてエジプトのカフェで見せたギャンブラーとしてのオーラというか、その手の迫力は全くと言って良いほど見られない。
力なく項垂れるだけだ。

「自分のことを役立たずデスとか、そういう風に言ってはいけまセンヨ」
「え……?」

笑顔を向けるトニオに対し、ダービーは、頭を上げ表情に締まりのない顔を見せる。

「あなたがこれカラどうするかはあなた次第デスが、それを見つけるお手伝いは出来マス。
 一度店に入ったからにはお客様デス。お客様には、私の料理で幸せになってほしいのデス」
「しかしだなトニオさん! こいつは」
「私は料理人デスヨ? お客様に料理を振る舞うのは当然じゃあないデスカ」

ポルナレフの言葉を途中で遮ったものの、トニオは相変わらず笑顔を絶やさない。

「……恩に着る」
「俺はまだ信用したわけじゃあねえからな。妙な動きしたらぶった切るぜ」

舌を打ち、そっぽを向くポルナレフ。
だがそれも一瞬のこと。

「ポルナレフ! 無事か!?」
「花京院!」

新たな客人の到着だ。

「うかつだぞ、花京院君。一人で飛び込んでいくなんて」
「それより、襲撃者はどこです?」

イタリアンレストラン・トラサルディー。
店長は休めそうにない。


  ★


「そうか、アヴドゥルが……」

簡潔な自己紹介を終え。
真っ先にフェルディナンドがアヴドゥルの顛末とこれまでの経緯を話し、ポルナレフはそう言葉を零した。
口を開くのに精いっぱいで、続ける言葉がロクに浮かばないのだろうが。

「私のことを怒りたければそれでいい。私は……無力なんだ。どうしようもなく。
 荒木に抗う覚悟はできていないし、かといって誰かを殺すことも躊躇した」
「……」
「私は、何者にもなれない」

淡々と語るフェルディナンドを前に、ポルナレフは何も言い返せなかった。

フェルディナンドは、今後に対し確固たるヴィジョンを築いたわけではない。
不甲斐ないと分かっていながらも、自分はどっちつかずの中途半端な人間だと言わずにはいられなかった。
アヴドゥルの仲間で、メッセージを伝えていないのは現在ジョセフ・ジョースターのみ。
ひょっとして自分は、アヴドゥルの言葉を伝えることを、優勝以前に当面の目標としていなかったか?
伝え終えた時、きっと自分は満足しているのではないか?
その可能性にフェルディナンドは恐怖する。
多くの“激しさ”に少なからず感化され、ポルナレフに出会えた嬉しさもある分尚更。
ポルナレフの危機を知った時、柄にもなく叫んでしまったほどだ。
妥協じみた選択に半ば後悔した。優勝か脱出か、突き進むことが出来ない己の弱さを呪った。
いざという時、踏ん切りがつかないのではと臆してしまう。

やるせない気持ちを洗い流すかのように、備えられていた水をコップに注ぎ、飲み干すフェルディナンド。

「博士。僕は、あなたをポルナレフに会わせたかった」
「……?」
「かつて僕やポルナレフは――DIOという男に操られる形ではありましたが、人を襲いました」

衝撃の告白に、フーゴとフェルディナンドは目を見開く。

「でも、かつての仲間は僕たちを救ってくれたんです。承太郎や、アヴドゥルは」
「事実、ですか?」

質問するフーゴの声には震えが感じられた。

「……罪を重ねちゃいねえけどよ、そんなの結局言い訳だ。それでも、あいつらは許してくれたよ」
「仲間がいれば、立ち向かっていけるんです、変わっていけるんです。
 ちょっと間違っても僕らはフォローしてみせますよ」

花京院らに対し、全てを許すつもりはない。
しかし、彼らの存在がフェルディナンドの支えになっていることはゆるぎない事実。
仲間の死を知り、なお立ち上がるその姿、憧れないはずがなかった。

「ジョリーンは、私を許すだろうか?」
「ですから、僕たちも出来る限り助力します。特別な誰かが巨悪に立ち向かえるわけじゃあないんです」
「俺たちだって、最初はそうじゃあなかったからな」 
「皆で成長するっていうのは、そういうものですよ」

ただただ、彼らが頼もしく見える。
かつて、アヴドゥルがそうであったように。
恐竜をいざという時の切り札として店の死角に隠していたが、杞憂だったようだ。

「できまシタ。ポルナレフサン、手を怪我シテいるところ申し訳ありまセンが、運ぶのを手伝っていただけマスカ?」
「ああ。……花京院、積もる話はあるだろうが、まずは飯にしないか?」
「……そうだな。こう堅苦しい話ばかりでは、トニオさんの厚意を無視するようなものだし」

まだ互いにスタンド能力をはじめとした情報交換をしていない。
花京院としてはそちらを優先したい気持ちはあるのだろうが、トニオの料理人としての矜持を傷つけるほど非情ではなかった。
何よりこういうのは雰囲気作りが大切だろう。
フーゴは、警戒しているのだろう、ちらちらと視点が移ってとどまらない。
ダービーに至っては、ポルナレフがやたら注視しているからか、先ほどから一言もしゃべっていない。
各々の目的のためにも、ここで和やかな雰囲気は必要になる。


  ★


「僕は、いいです。そんなにお腹が空いていないので」
「そうか? もったいないぜ。トニオさんの腕は確かなんだから」

惹かれるように、厨房へと入っていくポルナレフ。
フーゴだって、自分の言葉を後悔していないわけではない。
トマトの甘酸っぱい香りが厨房から流れ、それが鼻腔をくすぐり食欲をそそる。腹が鳴らなかったのが不思議なくらいだ。
だが、鋼田一吉廣の『トニオは料理に関係するスタンド使い』という言葉が気になって仕方がなかった。
安全性が確かめられるまで、下手に口に入れるわけにいかない。

「私の能力『パール・ジャム』は、体内に入り病気を治すことが出来マス。
 デスガ今回は使っておりまセン。皆さん全員の体調を把握するのには時間がかかりマスシ……。
 何ヨリ、私が好きな日本の言葉がありマシテ」

だから、この言葉にフーゴは後悔する。
いっそ、先の発言を撤回して料理を頂こうか、という考えが脳裏をよぎった。
しかし、拒否。一度断った手前、気が引ける。

「『病は気カラ』という言葉、ご存知デショウカ?
 スタンドで治すダケでなく、料理自体を楽しむコトデ、快適になっていただきタイのでス」

その料理人としての誇りが、病を治す力を、『パール・ジャム』を生んだのか?
疑ったことに対して後ろめたさがないわけではないが、それでも真実が明らかになるまで簡単には信じられない。

「オー! ゴメンナサイ! 説明するヒマあったら料理お出ししなくてはイケませんでス」

いそいそと、厨房に戻るトニオ。
完全にタイミングを逃したな、と自嘲するフーゴ。
どうか食事が終わるまで鳴らないでほしいと、下っ腹に力を込めた。


間もなくして。
運ばれたのは、トマトリゾット。
マックイイーンを笑顔にした料理と同一種のもの。
ぷりぷりとした米がトマトの赤に馴染むその様は、ハーモニーと言うべきか調和と言うべきか。

「実にンまそうだぜトニオさんよォ~! はしたないが、運ぶ途中つまみたかったぜ!」
「確かに……数々の食材を生み出した大地への尊敬が根底としてあるだろうが、相当な腕のようだ」
「グラッツェ~、この上ない幸せでス」

かつての悪事を引きずるよりは、今を笑顔でいてほしい。
料理には人を変える力がある、変えてみせたトニオが思うこと。
トニオの中で、ダービーの、フェルディナンドの姿がマックイイーンと重なったのだ。
自身が最も扱いを得意とするトマトを使ったのも、改めて自身の覚悟を確かめるため。

「さっ! めし上がってみてクダサイ」

花京院の席には、ミルフィーユのような料理も運ばれた。
曰く、トニオのスタンド能力との相乗効果により全身の傷を治せるものらしい。
便利でも出し惜しんでいてはもったいないということで、食されることとなった。
なお、ダービーはポルナレフの目もあるからだろうが、自ら食すことを辞退する。

「では……頂くとするか」

皆が皆、一様にスプーンで米を掬い、一口。


突如、フェルディナンドが血反吐をまき散らし、イスから転げ落ちる。


「か……はっ」


出血、痙攣、それもすぐに止み。
フェルディナンドの目が輝きを取り戻すことは二度となくなった。


  ★


投下順で読む


時系列順で読む

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月24日 15:52