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「『ザ・グレイトフル・デッド』オオオォォォーーーーッ!!」
早苗の右手に異変を感じたと同時に
プロシュートは自分のスタンドを激しく叫びながら早苗に駆け寄る。
遠目からでも分かった。自分が見間違う筈があろうわけが無い。
今、早苗の右手に突き刺さっていたあの針は…
(『ビーチ・ボーイ』だと!?馬鹿な!ありゃペッシのスタンドじゃねえかッ!この会場内にペッシが居るってのか!?いや、名簿にはあいつの名前は無かった…。じゃあ…)
考えられる可能性は一つ。早苗の支給品と同じようにビーチ・ボーイはDISCとして誰かに配られているんだ。
しかしよりによってオレの可愛い弟分のスタンドを配りやがるとは…!あのクソッタレ主催者共が…ッ!許せねえ!
そしてこの『敵』はあの中華女の『死体』を『餌』にして獲物を待ってたってワケか!誰かがここを訪れば必ずあの死体に触れるよう、わざわざ目立たせる様に工夫していた。
弟分のスタンドなんだ、その恐ろしさはアイツ以上に俺が一番良く理解している。ヤバイぞこれは…ッ!
敵のスタンド攻撃が開始されたと見るや、プロシュートは躊躇せず自身のスタンド『ザ・グレイトフル・デッド』を発動させた。
傍に現れるは、全身に無数の眼が点々と存在し、そこから紫色のガスを噴き出す不気味なヴィジョン。
そのガスの放射を浴びた者は体が老化していくという、げに恐ろしき能力を所持しているが、敵味方の区別無く攻撃してしまううえ、女性相手には効果が薄いという弱点もある。
しかし今はその方がかえって都合が良い。早苗まで老化させてしまうわけにもいかないのだ。
だが、この『釣り糸』の敵も『女』だという事は『足跡』から既に分かっている。ならばプロシュートの行為もあまり意味は無いが、効果はゼロではない。何もやらないよりはマシなのである。
とにかく、どこに居るのか分からない敵に対してプロシュートが今やれる事はこの広範囲の老化攻撃のみ。その老化ガスは瞬く間にポンペイ中に拡がり、紫煙で覆い尽くす。
―――ドガガガガガガガガガガ………ッ!
その時、南の方角から機銃の連射音の様なものがプロシュートの耳を劈いた。距離はそう遠くない位置から聞こえて来る。
(―――ッ!?何だ!?向こうでも戦闘が始まってんのかッ!この『釣り糸』の敵の他にまだ誰か居る…!?)
状況がよく把握できないが、この釣り糸の敵は向こうで戦闘を行いながらこっちのオレ達も同時に始末するつもりか!?だとしたら随分器用な奴だ。
あっちで釣り糸の敵と戦っている奴がいるならオレ達はそいつと合流して、協力して戦うべきか…。だが今聞こえるこの掃射音は恐らくガトリングか何かの武器…!
このガトリングの持ち主がもしこの『釣り糸』の奴の物だとすれば、迂闊には近寄れねぇ。
とにかく、まずは早苗が危ない…!ビーチ・ボーイの針が急所まで届いちまったらオシマイだッ!
一方の早苗はというと、糸のパワーに思い切り振り回され、何が起こったのか分からないという風に混乱していた。
「きゃあああッ!!??」
美鈴の体に触れた瞬間、気付いたらこの釣り針が右手に深く喰い込んでいた。
その現象に呆然としていたが次に、肉を突き刺す猛烈な痛みが早苗を襲い、体が思い切り空中へと飛ばされた。
(な…何なのこれッ!?釣り針…!?い、痛い痛いイタイッ!!)
全く制御出来ないそのパワーに早苗の体は吹き飛び、地面に思い切り叩きつけられた。
「ガフ……ッ!!」
受身すら取れずに早苗はモロに地面と直撃してしまう。不幸中の幸いか、地面には積もった雹が敷き詰められていたのでそこまで大きくダメージは無い。
だが、こうしている間にもどんどん針は腕を登り進んでいく。
「ス…タンド、攻撃…!?ゲホ…っ、私の腕を登って、ま…マズイ…!『ナット・キング・コール』ッ!!糸を『切断』してーーッ!!」
このままこの針を放置していてはマズイと判断した早苗はすぐにスタンドを展開させ、糸に手刀を加えようとする。
だがその行為はプロシュートの叫びによって中断された。
「その『糸』に攻撃すんじゃねぇ!!スタンドを止めろォ!!」
「…えっ!?プロシュートさん!?」
攻撃の寸前でスタンドを止めた早苗は焦りの表情でこちらまで突っ走ってくるプロシュートを振り返る。
「そいつは『遠隔操作型スタンド』だッ!糸を攻撃したところでそのエネルギーは『釣られた者』に跳ね返ってゆく!切断は出来ないッ!」
プロシュートが走りながらこちらへ向かってきた。早苗は彼に助けを求めるように左手をプロシュートに向けて伸ばす。
が…無情にもその手が彼まで届く事はなかった。
グンッ!と引っ張られた右手に早苗の体は地面を引き摺られていく。仰向けの姿勢のまま糸に引っ張られて、ガリガリと削られてゆく早苗の体力はどんどん失われる。
ふと前を見れば、遺跡の壁が次第に近づいてくる!
(―――このままじゃあの壁に激突しちゃう!それもこのスピードでッ!どうしよう…ッ!?いや…ッ)
糸は壁を透過したまま早苗を引っ張り込んでいく!この速度でぶつかれば大打撃間違い無しだろう。
その時、早苗の脳裏に浮かんだのはプロシュートの教え『LESSON2』。
―――『敵を知る前に、まず己を知れ』。自分のスタンドで出来る事は何か。状況に応じて可能な限り使い分けろ。
(私のスタンドで出来る事…ッ!そうだ!)
師の言葉を思い出した瞬間、早苗はすぐに拳から『8本の螺子』を取り出し、前方に迫る壁へと投げて半円状に突き刺すッ!
螺子のナットが外れ、壁が一瞬で『分解』された後に残るのは半円の『扉』の形をした穴。ギリギリで壁への激突を防いだ早苗はそのまま穴を潜って壁の向こうへ通り抜けたッ!
しかし危機は依然終わらない。早苗の体は地を引き摺りながらぐんぐんと敵の方向まで引っ張られる。だが早苗は動じずに強気な表情でスタンドを出す。
「ナット・キング・コール!!私の体を地面に『固定』してッ!!」
叫び終わるや否や、ナット・キング・コールの螺子が早苗の両腕、両脚の計4ヵ所に上から磔の如く貫通させ、地面へと固定した!
10メートルは引き摺られただろうか…衣服は所々破れ、内から出血している。だが今問題なのはそれではない。
針は早苗の右肩に既に進入しているッ!このまま行けばすぐにでも心臓に到達されてしまうだろう。
そこから早苗のとった行動は早かった。
「ナット・キング・コール!!次は私の右腕よッ!バラバラに分解してッ!早くッ!!」
プロシュートとのスタンド訓練が功を奏したか、ナット・キング・コールは眼を見張る素早い動作をもって早苗の右肩から先を螺子で一瞬で分解する事に成功した。
痛み等は無い。自分の腕の切断面なんか見たくなかったが、とにかく糸を掴んで針を引っ張り出す。
手の甲から進入していた釣り針は心臓に届く前に、無事体内から外に取り出す事が出来た。とりあえず緊急の命の危険は去ったが、この敵がこれで終わるとは思えない。
すぐに四肢を固定していた螺子をスタンドで引っこ抜き、体を自由にする。
「オイ!無事か早苗!」
「プロシュートさん!あっ…私は無事です。プロシュートさんが教えてくれた事が役に立ち…」
「そんなことはいい!それよりすぐに隠れろ!隠れたら絶対に動かずに、ジッと釣り針の動きを観察しろッ!」
「え…っあ、ハイッ!」
駆け寄ってきたプロシュートに指示された早苗はすぐに近くの瓦礫に飛び込んで釣り糸から距離をとった。
顔から上だけをそっと覗かせて早苗とプロシュートは糸の挙動を見る。突然早苗を見失って焦っているのか、釣り針はその辺りを滅茶苦茶に動いて二人の行方を探し回っている。
二人は息を潜め、冷や汗を流しながら釣り針の一挙一動に注目している。早苗は小声で隣のプロシュートに話しかけた。
(プロシュートさん…あの、プロシュートさんのスタンドって何なんですか…?何か体に悪そうな煙出してますけど…)
(…チッ。あんま自分の能力は喋りたくねーんだがな、言わないわけにもいかねー。オレの『ザ・グレイトフル・デッド』のガスを浴びた奴は体が老化する。今はこの遺跡全体が能力範囲に収まってるってとこだな)
「え…ええぇ~~~~~ッ!!??人間を『老化』させるって…あわわわ~~~ッ!!み、見ないでくださいーーッ!!」アセアセ
(ギャアギャア騒ぐな、やかましい。心配せずとも女には大して効きゃしねーよ。尤も、この『糸』の敵も女みてーだがな)
(ホッ…良かった。…それで、プロシュートさん。ど、どうしましょう?このままじゃあ、すぐに見付かってしまいますよ?)
(…あの釣り針のスタンドはよく知っている。オレの部下の『ビーチ・ボーイ』っつー遠隔型スタンドだ。あの糸に攻撃が通用しねー以上、こっちから出て行って『本体』を叩くしかねぇ。
恐らくあのスタンドもDISCとして参加者に配られている。フザケやがって…誰の許可を得てあのスタンドを使っているんだ?あれは…ペッシの自慢の能力だ…!)
―――私はそんな彼を見て少し意外に思った。最初に出会った頃からこの人はいつも冷たい眼をしていて、感情的になるような人ではない印象を持っていたから。
どんな事態に出くわしても冷静に対処して危機を乗り越える。ギャングで、頭が良くて、でもとてもコワイ人。
そんな彼が憤りを感じている。部下さんの能力を奪われたことに怒ってるんだろうか?…もしかしたらそんなに悪い人じゃないのかな。
―――ポタリ…ポタリ……
(……?なんだろう?何か、水が滴るような音が聞こえる…?)
(早苗!『血』だッ!右手の出血を抑えろ!)
プロシュートが早苗の足元を指差しながら静かに怒鳴る。早苗はその様子に驚きながらも足元を見ると、腕を伝って流れ集まった小さな鮮血の池が出来ていた。
最初に喰らった右手甲を突き破った攻撃によって負傷したものだ。この緊迫した状況下で痛みを忘れていたが、危機を脱出できた安堵と共にまた痛覚が蘇ってくる。
早苗は慌てて出血を抑え、すぐに釣り針の方を確認する。が、どうした事なのか。一瞬の余所見を狙って釣り針は姿をくらました。
(あ…あれ?『針』は…!?敵のスタンドが消えた…!?)
さっきまで宙をフヨフヨと彷徨って二人を探知していた釣り針が消えている。
この場を数秒間、静寂が支配した。早苗もプロシュートも思わず呼吸する事も止め、背中にドッと汗が噴き出てくる。
互いの心臓の鼓動音まで聞こえてきそうな程の静止空間に緊張が走る。まさかこの心臓の動きまで読まれている事は無いだろうか。
蛇に睨まれた蛙、今の状況はまさしくそれだろう。尤も、その蛇を操る本体は遥か向こうの方角に居るわけだが。
―――トプン…ッ
この均衡はほんの数秒で崩された。魚の跳ねたような音が無音を突き破る。
「『地面の下』だ早苗ッ!回避しろォーーッ!!」
突如地の下から釣り針が早苗に向かって、まるで鮫のように飛び掛かって来たッ!
この敵は地面の下に潜り、早苗の腕から滴り落ちる血液の音と振動を直接捉えて感知してきたのだ。その豪速を早苗は避ける事叶わず、針は一瞬にして早苗の右足を破って再び体内に侵入する。
しかしプロシュートは逆にこれを好機と考えた。針が心臓まで届くには時間が掛かる。その間に早苗をこの場に置き、自分が『本体』まで辿り着いて叩きのめしてやる!と考えたのだ。
しかし針が体内に侵入して焦った早苗はプロシュートの指示を待つ余裕も無く、すぐにスタンドを出現させる。
「あぁ……ッ!!くっ…な、『ナット・キング・コール』!右足を分解して針を取り出してッ!!」
同じ戦法をそう何度も喰らうものか。そう思いながら早苗は再び右足を瞬間バラバラにして針をあっさり取り出した。
宙に投げ出されたその針は、光を反射させながら不気味に輝いている。
同じ戦法。それを言うのなら敵からしたら早苗の対処法だって『同じ戦法』なのだ。いくら体内に侵入しようとも、何度だって分解され、取り出されてしまうかもしれない。
この敵はそれを分かっていて再び攻撃したのだろうか。コイツに同じ対処は通用するのか。
プロシュートは即座に考えに至る。彼自身、早苗に教えを授けたばかりである。
―――LESSON3。『相手の立場に身を置く思考』…もしオレがこの敵なら『何をするか』、『何が出来るか』。そう、もしオレならこの後…
今度はプロシュートは叫ばない。それよりも早く、彼は咄嗟に早苗の『分解された右足』を掴もうと手を伸ばす。
しかし、遅かった。
投げ出された針が次に獲物としたのはまさに早苗の『分解された右足』。地に落ちたそれをプロシュートが手に取るよりも早く、針はその右足の肉に突き刺さり、そのまま釣り上げて本体まで帰っていくッ!
―――やられた…!
プロシュートは飛んでいく針と右足を見据えながら自分の対応が一手遅かった事に悔やむ。しかし横の早苗はそれ以上に青い顔をしながら自分の攫われた右足を呆然と眺めていた。
浅い思慮だった。早苗が経験不足である自分の力量の無さを痛感するには充分な結果である。
もっと事を冷静に見ていればこんな結果にはならなかっただろうか。
早苗は自分の失われた右足部を眺めながらプロシュートに対して申し訳無い気持ちで一杯になる。
自分は今まで何を教わっていたんだ。彼の足を引っ張る真似だけはしないと誓ったんじゃなかったのか。
この足ではもう立つ事は出来ない。これでは彼の後をついて行く事すら出来ないではないか。
スタンドという未知の力を手に入れて浮かれていた自分が本当に情けなくなる。
早苗は泣く事こそ無かったが、完全に消沈した気持ちでプロシュートに詫びようとする。
「あ…の……プロシュート、さん…その、ごめんなさい…。わたし、プロシュートさんの教えてくれた事…何にも出来ずに、足を引っ張ってばかりで…本当に、ごめんなさい…!」
気落ちして謝り続ける早苗に、プロシュートが掛けた言葉はやはり叱咤だった。しかしそれは早苗に対しての呆れからでは無い。
「早苗!!テメェ…何謝ってんだ?『自分は足を失ったのでもう貴方について行く事は出来ません』…そう考えてんじゃあねーのか、ええ!?
オメー、諦めてんのか?もう立つ事が出来ねぇからって、『負けた』とか思っているのかよ。甘ェんじゃあねーか。
もしオレやオレのチームの仲間ならな!例え腕を飛ばされようが、脚をもがれようが、絶対に『諦めねェ』ッ!!みっともなく地面に這い蹲ってでも『前進』するだろうッ!」
プロシュートは膝を突く早苗の胸倉を掴み、彼女を本気で叱った。
彼のメラメラと燃え上がるような瞳を前に早苗は動くことが出来ずに惹きこまれる。プロシュートはまだ言葉を続けた。
「オメーはな、根っこのところがマンモーニなんだよ、早苗。求めれば誰かが自分を助けてくれる。常に誰かが自分を守ってくれる。心の奥ではそう考えてるんじゃあねーのか?
オレの部下にペッシって男がいる。そいつも今のオメーと同じ様にどうしようもねぇマンモーニだったよ。だがアイツの心の奥底には常に『タフさ』があった。逆境を覆す精神力って奴だ。
結果、アイツは『成長』したんだ。オレをも超える精神力で戦った。オレはその戦いを最後まで見守る事は出来なかったが、『誇れる仲間』としてアイツを認めた。
お前はどうする?オレはこれからあの『釣り針』の敵と戦う。『仲間』のスタンド(誇り)をこのままいいように使われ続けるわけにはいかねえ。誇りは取り戻す。
だがお前の右足を奪い返してやるつもりは無いし、ここに戻ってくるつもりも無い。お前が『自分』で何とかしなければいけねえ。
『LESSON4』だッ!『弱さを乗り越え立ち上がれ』ッ!!」
プロシュートは長い叱責を早苗に与え、立ち上がった。背中越しに彼は早苗にボソリと言い放つ。
―――「『立ち上がる』と心の中で思ったなら…その時そいつは既に『歩き出している』んだぜ」
男は早苗を振り返る事もなく、そう言い残して釣り針が去った方角へと駆け抜けていった。
早苗は何も言わずに、何も言えずに、座り込んだまま、遠ざかっていく男の背中をただずっと眺めていた…
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花京院典明のスタンド『ハイエロファントグリーン』の特技の一つに『身体をひも状に伸ばす』事があるのは花京院にとって幸運であった。
八坂神奈子のXM214による機銃掃射の連射速度は、あの承太郎の『スタープラチナ』をもってしても全て弾き飛ばす事は不可能だろう。
ましてや遠隔操作型である『法皇』のスタンドに、近接型スタンド並のスピードや精密動作性があるわけが無い。ガトリング銃など持ち出された時点で花京院は早々に撤退するべきだったのか。
いや、そんな事は無い。敵に恐れをなして逃走するなど花京院は二度と御免だと思っていたし、そもそもガトリング相手に逃げる必要なんか『全然無かった』のだ。
銃撃による砂塵が一面を覆い尽くす中、花京院はギリギリの状態ではあったものの、五体満足の身体で無事に危機を切り抜けた。
彼は神奈子が砲身をこちらに向けたと見るや、何を置いてもすぐさま法皇を自身の傍まで勢いよく呼び戻した。
敵が射撃を開始するとほぼ同時に、法皇のスタンドはシュルシュルとひも状に解かれていき、花京院の周りを覆い込む。
はたから見たそれはまるで昆虫の『繭』のような様相をしており、ガトリングの掃射を全て弾き飛ばしたのだ。
いかな強力な銃器をもってしても、ただの銃が『スタンド』の身体を傷付ける事は出来ない。
『スタンドはスタンドでしかダメージを与えられない』ルールが花京院を救った。何も弾丸のひとつひとつを拳で弾く事もない。己の周りを全てスタンドで覆ってしまえば、スタンド以外の攻撃は全て通さない鉄壁の鎧が完成する。
そういう意味ではハイエロファントグリーンは防御に適したスタンドであるとも考えられる。
とは言っても、ガトリングの掃射音が続いている間は花京院も生きた心地がしなかった。法皇の繭は隙間無くびっしり埋めたつもりではあったが、自分の数十センチ先で弾丸が弾け合う音を聞いていると心臓が締め付けられる気持ちになる。
その内銃声が止まり、周りが静かになった。どうやら敵は現在は攻撃をやめて、両者均衡状態にあると予想される。予想されると言うのは、花京院側からでは繭と砂塵によって周りの景色が全く窺えないからだ。
額から噴き出す汗を拭って花京院は一先ず冷静を繕う。
この法皇の繭も決して『絶対防御』とは言えない。敵がスタンドを持っていない保障なんか無いし、これはあくまで通常の攻撃への緊急防御手段だ。
時間が経てば経つほど、対策を練られてしまうかもしれない。こちらもあの敵への対抗手段を考えなければ…
とはいえどうする?この敵は神々の存在だけあって相当のスペックを持っている。加えてあの冷酷無常なガトリングだ。まともにぶつかってはいけない。
気が付くと花京院は大きく息を荒げていた。ダメージを負った訳でもないはずなのに体が少しだるい。
スタンドエネルギーもまだそこまで消費してはいないはず…いや、まさかこれがいわゆる『制限』という奴か?
いつもより大きくスタンドエネルギーが消費されるとかいう、鬱陶しい事この上ない制限でも付いているのか。
しかし、その直後に花京院に明らかな『異変』が襲った!
「う……カ、ハァー………ッ!!な…なに…ぃ…!?これは…僕の『腕』が…!?い、や…腕だけじゃあない…ッ!」
急に体のだるさが桁違いに重くなった。気のせいか、腰も重くて立てない!
たまらず両膝を突いて、花京院は次の異変に気付く。腕の皮膚がまるで『干物』の様に干からび始めているッ!
(い、いや…!腕だけじゃあない…ッ!『顔』も…『脚』も…全てだ…っ!僕の体が『干からんでいく』ッ!?)
花京院はその皺くちゃになった手で自分の顔を触る。しかし、そのちっぽけな動作にさえ全力を注ぎ込まなければいけないほどに体力を消耗していた。
疑問が確信に変わった。自分の体は今、どういう理由だかで『老化』しているッ!
(何だ…この現象は…っ!まさか…『スタンド攻撃』か!あの女…スタンド使い…だったのか!マズイ…!スタンドエネルギーが…保てない!)
限界が来た。花京院の法皇の繭が少しずつ剥がれるように溶け落ちてゆく。
露わになった空間から外を覗けば、どうやら砂塵は殆ど晴れているらしい。しかしこれは花京院にとって最悪の状況。
ここまで疲弊した体ではとても神奈子と戦うことなど出来るはずが無い。万事休す、なのか。
やがて繭は完全に解かれ、花京院の姿が外へ現れる。
神奈子はさっきと変わらない位置に居ながら、何やら手に持った物をじっくり眺めている様だ。
起立もままならない程の花京院が朦朧する視界で彼女を見たところ、何故か彼女は左手に『釣竿』を握ったまま、もう片方の手で握った『物体』を…アレは、何だ?人間の…『足首』か?状況がよく掴めない。
「…へぇ、成る程。身体を分解して釣り針から逃げていたってワケね。面白い……おっとおやおや、アンタようやく繭から出てきた…って、え?誰だいアンタ?あの小僧はどこへ…!?」
(…何?奴のあの反応…この『老化現象』は奴の仕業じゃないのか…!?)
花京院に気付いた神奈子はその姿を見て驚く。それも当然、さっきまで高校生ぐらいだった歳の小僧がいきなり老人になっていたのだから。
だが、この老化現象の犯人が神奈子だと推察していた花京院からすれば、神奈子の反応は予想外。だったらこの現象の犯人は誰なのか?
もしや、最初に存在を感知していたあの男女二人組のどちらかのスタンド能力か…?
だが何故、僕『だけ』が攻撃されている?見たところ神奈子には何の異常も感じられない様だ。
いや、考えても今は分からない。とにかく思考を切り替えろ!この絶望的な状況、どうする…!?
「…眼を凝らしてよぉく見てみると…お前、花京院か?なんだっていきなり老人みたいな姿になっちまったんだい?
―――いや、どうだっていいか。結構てこずったが、ここで終わらせてもらうよ。花京院典明」
持っていた『足首』を地面に投げ捨て、そのまま釣竿も左手の中へカシャカシャと引っ込んでいった。
そして再び神奈子は右肩のガトリングを花京院に向けて照準を合わす。
―――ヤバい。今の僕ではスタンドをまともに扱えない…!攻撃を喰らってしまう…っ!
キュイイイィィン―――
またあの音だ。砲身が回り始める。今度こそ撃たれてしまうぞ…!
花京院は憔悴した身体に鞭打ち、敵から遠ざかるように距離をとろうと走り出すッ!だがッ!
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
轟音と共に機銃から放たれる高速の弾丸は波を打つ様に花京院に向かい、その弾幕の一部が花京院の左膝から下を抉り取ったッ!
その悪魔的破壊力は彼の左脚を、まるでHBの鉛筆でもグシャッとへし折るかのようにあっさりと潰して吹き飛ばす。
「―――ッッ!!!ぐっ…あああああぁぁぁぁ…………ッッ!!」
堪らず膝を抑えて転げまわる花京院。
こんな状況で何が出来ると言うのか。足を失い、スタンドも碌に使えず、激痛に身を捩じらせながらも、這いずりながら花京院は考える。
死中に活を求める様に、藁にも縋る様に、自分に今出来る事は何だッ!?この抉られた足でどうやってあの攻撃をかわすッ!?
反撃のアイデアが閃く事に賭けるか!?
この都合の良いタイミングでアメリカンコミック・ヒーローの様にジャジャーンと誰かが登場して助けてくれるのに賭けるか!?
やはり、かわせないのかッ!現実は非情といったところか…!
「…お前は一人でよく戦ったぞ、花京院。神である我を罠に嵌めるとは見上げた根性だ。…だがそれももう終わり。生贄の血で戦は洗われる。せめて楽に逝かせてやろうぞ」
神奈子が花京院の心臓に照準を当て、今度こそ完全なる止めを刺そうとスイッチに指を掛ける。
瞬間、閃光と火花が散った。
―――「後ろのお前をブッ殺した後にだがねぇッッ!!!」
バキィィイン……ッ!
1本のナイフが砕け散る音は機銃の掃射音に紛れて掻き消される。
神奈子の背後に迫り飛んでくるナイフを彼女は逃さず察知し、振り向き様にガトリングで弾き落としたのだ。
そのまま神奈子は背後の石壁に向かってガトリングを一斉射撃する。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
三度発射される獰猛な掃射は容赦無く撃ち続く。
背後からの得物の投擲による奇襲を手もなく退け、神奈子は興奮した様子で襲撃者を炙り出す。
そろそろ背後から敵が忍び寄る頃だと思っていたのだ。神奈子は『そのために』ビーチ・ボーイで敵の足部位を掠め取り、ここまで誘き寄せた。
釣り針でじっくりコソコソ急所を狙うなんて事はまどろっこしいし、どうやら敵は身体を分解する術を持って針の襲撃を避ける事が出来るらしい。
ならばもうこの場まで誘き寄せて直接蜂の巣にした方が手っ取り早いと判断した結果だった。
そして神奈子の思い通り、二人組の片方が一人でノコノコここまでやってきたというわけだ。足を奪った『女』の方は向こうに置いて来るほかないだろう。
全て計画通りだ。花京院の方も足を失って動けず、どうやらスタンドすら動かす体力も無いらしい。いつでも殺せる状態だ。
後はこの男との一騎打ちになる。こいつの力は未知数だが、後ろからナイフなんかで攻撃したところを見ると、他の飛び道具は所持していないと思っていいだろう。
コイツを殺し、花京院もすぐに殺し、そして最後に向こうで動けずに居る女の方も殺す。
神奈子は掃射を止め、再び砂塵に覆われた一面に向けて声を張り上げる。
「其処な男よ!姿形も現さず、臆して隠れる程の意気地なしでもあるまいッ!我が名は山坂と湖の権化『八坂 神奈子』!けりをつけたいならば正々堂々威勢良く姿を現したらどうだッ!?」
そう叫んで神奈子は敵の返事を待った。
5秒…6秒……10秒ほど待った時、モクモクと立ち昇る煙幕の中からスーツの男がナイフ片手に、もう片方の手はポケットに突っ込んでゆっくりと歩を進めてきた。
「死体使って姑息に罠張ったり、遠距離から針突き刺したりする様な奴によォ~…意気地無し呼ばわりされたくはねえなぁー?
しかもお前さんが担いでるモンはあの『無痛ガン』じゃあねーか。それで正々堂々だなんてよく言うぜ。そしてついでに忠告しておこう」
ナイフを片手でクルクルと弄びながら登場したのはイタリア・ナポリのギャング組織『パッショーネ』の暗殺チームが一員、プロシュート。
そしてその傍で見守るように現れた像は『ザ・グレイトフル・デッド』。そのおぞましい無数の眼からは紫煙が噴き出され続けている。
彼は神奈子の数メートル手前で足を止め、堂々とした調子と剣幕で言い放った。
「『ブッ殺してやる』ってセリフは…終わってから言うもんだぜ。オレたち『ギャングの世界』ではな」
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「これで……『動ける』…。大丈夫、私は『立ち上がれる』。そしてごめんなさい、美鈴さん。私、貴方に非道い事をしました」
『2本の足』でしっかりと立ち上がり、早苗は美鈴の亡骸に対して深い罪悪と謝罪の気持ちを掛けていた。
釣り針の敵に奪われたばかりの早苗の右足を取り返すため…いや、違う。
これは自分の精神的な問題なのだ。恐らくプロシュートさんはここには戻らないだろう。
そんな彼の背中に追いつくため、そして自分の強い『決意』を彼に指し示す為の戦いでもある。
ここで立ち上がらなければ早苗は一生後悔する。そんな予感を抱えながら早苗はさっき『罪深いこと』を実行したのだ。
『そんな考え』を思い付く自分に多少の嫌悪感も覚えながら、早苗は失った右足のまま、這いずる様に彼女―美鈴の死体まで辿り着く。
そして彼女の前で眼を瞑り、手を合わせながら数秒、心の中で哀悼の意を捧げる。
ナット・キング・コールがそっと、美鈴の右足に『螺子』を差し込む。キュルキュルとナットが外れ、美鈴の足は優しく崩れ落ちた。
分解された彼女の右足を、震える手で自分の右足に付け替える早苗。キュッとしっかりナットを締め、接合が完了する。
多少サイズは合わないが、問題無く神経は繋がっているようだ。…よし、立てる。
「貴方の体は必ずお返しします。そして、貴方の為にもこのゲームは私が必ず終わらせます。…どうかそれまでに、安らかに眠って下さい」
既に冷たくなっている美鈴へと最後の弔意を表しながら早苗は美鈴に背を向けて歩き出し―――ふと、気付いた。
(………ん?あれ、あの花…何か枯れだしているみたいだけど…何か埋まっている?あれは…)
美鈴の亡骸の周りに、まるで彼女への哀悼を表すような花のガーデンが生み出されている事は早苗にとっても不思議だった。
こんな遺跡の一角にここまで綺麗な花々が咲き乱れている事は不自然だ。
それは数時間前、ここで
多々良小傘を、そしてジョルノやトリッシュを守る為に華々しく戦い、散っていた彼女のためにジョルノが最後に施した『手向け』だったのだが、早苗は当然その事を知らない(尤もプロシュートは足跡だけで大体の真相まで辿り着いていたのだが)。
その花のガーデンが見る見るうちに『枯れ果てていく』。何事かと焦った早苗はプロシュートの言った台詞を思い出す。
―――オレの『ザ・グレイトフル・デッド』のガスを浴びた奴は体が老化する。今はこの遺跡全体が能力範囲に収まってるってとこだな―――
そういえば…さっきから何か『蒸し暑い』。未だこの場に残る紫色のガスのせいだろうか?ここには雹が積もっている事もあり、周りよりも気温が低いけど、それでも少し汗をかき始めた。
それに老化するというのは人間だけじゃなく、植物なんかにも適用するのか?
彼は女性には大して効かないと言っていたけれど、それでもやはり自分が老化するというのは女性の早苗からすれば考えたくも無い事態だ。
(いや、そうじゃなくて!あの花の辺り!)
余計な気持ちをブンブンと振り払い、早苗はその場所に近づき目を凝らして見てみる。
見ると次々に花が枯れ散っていく中で、『ある物』が次第に顔を覗かせてきた。これは『デイパック』だ。美鈴の傍に置かれているところを見ると、彼女の物だろうか?
恐らく亡骸と一緒に花のガーデンに埋まっていたのだろう。美鈴の死体に『餌』を付けたあの釣り針の敵もこのデイパックには気付かなかったらしい。
予期せぬ幸運…と言っても良いのだろうか。プロシュートのスタンド能力が彼の意図せぬ所で早苗に発見をもたらした。
早苗は少しだけ迷った後に、そのデイパックを手に取り中身を検めた。彼女の身体だけでなく、所持品まで奪っていくとは死体漁りも甚だしい。
そんな気持ちも当然あったが、綺麗事を言っていては何も解決出来ない。とにかく、武器は多いに越した事がないのだ。
入っているのが武器とは限らないと思いながらもはやる気持ちを抑え、ランダムアイテムが埋め込まれている紙を取り出して開く。
「………!!これって…!」
ズシンと地面に落ちたその威圧感溢れる重量物は早苗もよく知っている『物』であった。
―――遠くで機銃の掃射音が鳴り響く。
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ヒュンッ!
プロシュートが片手に握るナイフの投擲と同時に、神奈子の周りをグルりと時計回りに大きく駆け出した。
彼の目的は神奈子の向こう側で今にも死にそうな状態の少年。恐らく先ほど聞こえてきたガトリングの音は神奈子とこの男が戦った時のものだろう。
ならば、この少年はプロシュートの味方となりえる可能性も高い。見れば彼はプロシュートのスタンドによって老化現象が進んでいるようだ。
ひとまずグレイト・フルデッドを解除すれば少年はすぐに元の元気な姿を取り戻せるが、それはなるべくしたくない。
何故ならこの神を名乗る女の老化進行までも解除されてしまうからだ。そしてさっき彼女は名を『八坂 神奈子』だと名乗った。
プロシュートはこの名に聞き覚えがあった。
(あの破天荒な服装、そして『八坂神奈子』だと…?早苗の奴が言ってた『家族』じゃねーか!
あいつ、なぁにが『神奈子様と諏訪子様は絶対に信頼できるお方です!』だッ!完全に『乗って』んじゃねーかッ!)
その通り。プロシュートは早苗と情報交換を行った際にハッキリ言われたのだ。神奈子と諏訪子は自分の家族だから、信頼に足る人物だと。
だが実際にこうして相対してみれば御覧の有様。彼女はプロシュートと早苗をビーチ・ボーイで攻撃し、花京院をも殺そうとしていた。
―――聞いていた話と違う。プロシュートがそう感じるのは当然の結果であろう。
だが彼女が早苗の家族だろうが何だろうが、プロシュートからすれば知った事ではない。現にこうして襲われているのだ。
殺らなければ殺られる、そんな世界でプロシュートは今まで生きてきたし、このゲームもそれと変わらない。相手が誰だろうが邪魔をする奴は容赦しない。
しかし、しかしだ。彼女が早苗の言っていた神々の存在だと言うなら困った事になる。
それは『神』と呼ばれる者の『寿命』だ。推理するまでも無く、人間などより遥かに長いだろう。ならばプロシュートのザ・グレイト・フルデッドお得意の『老化させて殺す』策が著しく取り難くなる。
相手がただの『人間』であったならば、例え『女』といえどもとっくに衰弱させるぐらいの効果は出ているはずだ。それにプロシュートはいつもより全力でスタンドエネルギーを疾走させているのでなおさらになる。
残してきた早苗にもスタンドの影響はあるハズだが、あの場には『雹』が降り積もっていた。プロシュートの『ザ・グレイト・フルデッド』は『体温の高い者』を優先して老化させる。あの気温の低い場に居る限り、早苗が老化するにはまだ時間が掛かるだろう。
早苗の心配はいらない。それよりも神奈子を老化させて動きを鈍らせるには後どれぐらい掛かるのだろうか?プロシュートが最初に能力を発動させてからだいぶ時間が経っている。
とにかく、この敵とまともに1対1で戦っては勝てない。ならばプロシュートは向こう側で死にかけている少年を救出し、味方につけることが大事だと考える。
「こんな小細工で私と戦う気か?舐められたものだ、人間」
神奈子はプロシュートが投げたナイフを再びガトリング銃を起動、その弾丸をもって粉々に粉砕した。
それに気を取られた隙にプロシュートは花京院の傍まで全速で回り込もうとする。それを追う様に神奈子はガトリングの弾幕を徐々にプロシュートまで近づけていく。
そしてプロシュートは懐から取り出した『モノ』を花京院に向かって投げつけたッ!
「オイそこのお前ェ!!これを受け取れッ!!」
そう叫んで花京院に投げ渡した物はさっきの場所で頂戴してきた『雹』の塊。氷さえあれば老化は防げるのだ。
花京院に叩きつけられたかのように投げられた氷は彼の老化した身体を一瞬にして元通りにさせることに成功したッ!
元の高校生の年齢に若返った花京院は目の前の男に感謝の意を述べるよりも先に、すぐさま自分のスタンドを展開させた。
「ハイエロファントグリーン!!僕達の体を『包み込め』えええぇぇーーーッ!!!」
見ればプロシュートのすぐ後ろまで掃射が迫っていた。この男が何者かを考える暇は無い。
花京院は重症を負いながらも、瞬速で再び法皇の繭を形成して自分とプロシュートを同時に包み込む『盾』で銃撃から身を守った。
ギリギリのところで二人は何とかガトリングの魔の手から一旦逃げ切る。
「グッ……ハァー…ハァー……っ!な、何とか助かりました…。礼を言います」
「ハァー…ハァー……れ、礼はいい。それよりオメー、左足が吹き飛ばされてんな。見せてみろ」
死を覚悟したのだろうか、流石にプロシュートの額には汗がタラタラと流れている。しかしそれ以上に花京院は血を流し過ぎている。急いで止血しないと大変な事になってしまう。
そこでプロシュートが再び懐から取り出した物は1本の『螺子』。言うまでも無く、早苗の『ナット・キング・コール』で生み出された螺子である。
さっき早苗がビーチ・ボーイによる攻撃に対抗する為に使用した螺子の中から数本、落ちていたのをこっそり頂戴してきたものだ。
スタンド戦において百戦錬磨であるプロシュートはこの戦いにおいても、周囲の全ての状況を抜け目無く利用する事を意識してきた。
彼が地面に落ちていた螺子を拾ったのも『何かに使えるかもしれない』と判断しての事であった。
そして彼が拾ってきたのは『雹』や『螺子』だけではない。さっきの神奈子の攻撃で吹き飛ばされた『花京院の左足』までもどさくさに紛れて拾って持って来ていたのだ。
使えるものは全て使う。その上で敵を欺き、二手三手上へ行く。この男は伊達に裏の世界で生きているわけではない。
プロシュートは花京院の千切れた左足に螺子を差し込み、そのまま彼の脚部位と接合する。銃を分解する事よりも遥かに早く、楽な作業だ。
これでひとまず止血出来たし、動き回ることも出来るだろう。
「!?…これは、僕の足が繋がった…。これも、スタンド能力なのか…?」
しかしプロシュートは花京院の質問には答えない。あまり必要以上にこちらの手の内は与えたくないのだ。
(チッ…このナット・キング・コールの使い方を見ていると、ブチャラティの奴のスタンドを思い出すぜ…)
―――彼はかつて死闘を繰り広げた宿敵『ブチャラティ』のスタンド…『スティッキィ・フィンガーズ』を脳裏に浮かべる。
物に『ジッパー』を取り付け、バラバラに分解、そして繋ぐ事が出来るあの男のスタンドはシンプルながらも恐ろしい応用力を見せ付けてプロシュートを戦慄させた。
早苗の『ナット・キング・コール』も分解と接合。ブチャラティの能力とどこか似ている物を感じつつ、プロシュートは複雑な気分を拭えない。
しかし今は目の前の難事だ。脅威なのはあの女。奴を倒すには一人では不可能といっても良い。プロシュートはまずは目の前の男と簡潔な情報交換を行う。
「オイ、お前。オレはプロシュート、スタンド使いだ。どうやらお前もスタンド使いみたいだが名前は何だ?」
「…花京院典明です。あなた、さっき『女の子』と一緒だったのでは?」
「んなこたどーだっていい。それよりここは二人で協力してあの女を倒すぞ。オレのスタンドに直接的な攻撃能力は少ねぇ。至近距離まで近づいて掴めば『一気に』老化出来るかも知れねえが、あの完全武装じゃあな…。お前、いけるか?」
「『老化』…!?じゃ、じゃあ僕の老化もお前の仕業だったのかッ!冗談じゃあない!こっちは死にかけたんだぞッ!?」
「ワリーが怒るのは明日にしてくれねーか。とにかく今はモタモタ出来ねぇ。はえーとこ奴を始末する手立てをつけなきゃあ全滅だぞ?」
「むっ…。そうですね、あなたの言うとおりです。この文句はまた明日つけるとして、では僕が先陣を切りましょう。僕の『法皇』のスタンドなら奴のガトリング銃に対して有効的に防御出来ます」
「そうしてくれると助かる。…だが油断するなよ。奴にはまだ―――」
そこまで言ってプロシュートは言葉を切る。
自分の右手に『異常』が起こっているのに気付いたからだ。
ザクリと突き刺さった肉の感覚。この感覚の正体をプロシュートは当然、知っていた。
―――しまったッ!のんびり話し過ぎていた…ッ!
そう思っていても時既に遅し。法皇の防御を突き抜けてプロシュートを狙った『釣り針』が右掌に深々と喰いこんでいるッ!
この繭の防御に直接的な物理攻撃は通用しないと見るや、神奈子の次なる攻撃はスタンドを使った狙い撃ち。貫通能力のあるビーチ・ボーイでの攻撃なら法皇の盾を問題なく突破できると考えた。
プロシュートは釣り針の万力のような力によって後方に引っ張り上げられ、『繭』から大きく飛び出してしまうッ!
飛び出した先は…神奈子が左手のみでロッドを振り回し、右腕のみで大胆に抱えたガトリングをこちらに向けて待ち構えていたッ!
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーッッ!!??」
「プロシュートッ!!?マズイ!ハイエロファントッ!!彼の足を掴めええぇぇッ!!」
「―――Gatling gun(chu♪)。…フフフ♪」
神奈子は美しい張りと艶をした唇で銃に口づけし、白く整った歯を見せてニヤリと口端をつり上げる。
闘いをまるで楽しんでいるかのような不敵な笑みが、プロシュートと花京院をゾッとさせた―――
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!――――――
「ホォォォラホラホラホラホラホラホラホラホラァッ!!全弾防がないとポックリ逝っちまうよッ!!」
「ウオオオオオオオおおおぉぉぉぉぉぉおおおおぉおおッッ!!!!」
花京院はすぐさまスタンドをひも状に解いてプロシュートの右足首を掴んで支えると同時に、法皇を更に展開させてプロシュートの前方に傘状の『盾』を作るッ!
さながら『綱引き状態』の形となったまま花京院は神奈子の一斉掃射を防ぎ続けるッ!
「花京院ッ!お前は面倒臭いからね!『コレ』でも喰らってオネンネしてなッ!!―――神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』ッ!!!」
神奈子はプロシュートへの攻撃の手を休めず、銃撃を続けながら今度はスペルカードでの攻撃を花京院に対して撃ち放ったッ!
エクスパンデッド・オンバシラ。神奈子の両端から発生した幾つもの御柱が、まるで楕円形のレーザーとなって花京院を襲うッ!
プロシュートへの支援で手一杯になっていた花京院にその攻撃を防ぐ術など無い。
幾多ものレーザーが大型の弾丸のように雨あられとなって花京院に滅多矢鱈と降り続ける。動き難い体勢ながらも花京院は必死に回避に専念するが、その内の1本が花京院の脇腹を深く抉った。
「グアアアッ―――!!」
花京院は堪らず転げまわる。傷は深く、大きな血痕が地面にドクドクと流れ出ていく。その激痛で思わずプロシュートを支えていた法皇のひもが彼の足から離れてしまった。
いや、『思わず』ではない。
「そうだ、それでいいんだぜ、花京院。オレを支えるなんて事はしなくていい。この『盾』だけで充分だぜッ!」
右足と右手。両方をそれぞれ引っ張られていたプロシュートは自分からは動けない姿勢だった。だが支えられていた足が解放されれば『このまま敵の方まで突っ込んでいける』ッ!!
そして花京院はダメージの痛みから足を解放した『のではない』!プロシュートを『向かわせるために』敢えて足を離したッ!当然、プロシュート前方に形成した『盾』は絶対に解除しないッ!
プロシュートは自身のスタンドを伴いながら神奈子に向かって全力で向かっていくッ!!
「ぐぁ…プ…プロシュート…銃撃は、僕が…防ぐ…っ。はし……れ…っ!」
「グラッツェ(ありがとう)、花京院。オメーは例えどんなダメージを負っても絶対にスタンドを解除しねえ、天晴れな根性を持った奴だ。
だったらオレもッ!根性見せ付けなきゃあなッ!!例え腕や足がもがれようともだッ!!」
プロシュートのスタンドがその咆哮に答えるように動き出した。神奈子はそうはさせまいと銃撃を一旦やめ、両腕で大きくビーチ・ボーイを振りかざす。針は未だプロシュートの右手に喰いこんでいるのだ。
「悪いがここまで近寄らせるわけにはいかないよッ!『ビーチ・ボーイ』ッ!コイツの右腕ごと地面に押さえつけろォッ!!」
神奈子がその豪腕で力いっぱいロッドを振り抜けるッ!糸から伝わる振動はプロシュートへとまるで津波のように襲い掛かるッ!
だがッ!プロシュートがッ!グレイトフル・デッドが攻撃しようとしていたのは神奈子『ではない』ッ!!
「『ザ・グレイトフル・デッド』オオオォォッ!!オレの右腕ごと『釣り針』を切り落とせエエェェェッッ!!!」
プロシュートは支給品のナイフをいつの間にかスタンドに持たせ、何とそのパワーで勢い良く自分の右腕を切り落としたッ!
その行動に一切の躊躇は無いッ!彼の眼には『偉大なる殺意』が宿ったままだッ!
「―――………ッッ!!グゥ……ッ…ウ…ォォオオオオオオオッ!!」
「!?コイツ…ッ!自分から腕を切り離して針を抜いたッ!?」
なんて精神力だ――神奈子は眼前の男の躊躇無き行動に仰天した。普通の人間ではこれほど恐ろしく早い決断は通常下せない。この男は死を恐れないのだろうか。
コイツだけではない。あの花京院にしてもそうだ。傷は決して浅くないはずだが、奴はそれでもスタンドの盾を解除しなかった。
そのうえでこのコンビネーション。二人ともまともに声をかけずの戦闘だったはずなのに、まるで互いの意図を分かり合えてるかのようなアイコンタクトをとれていた。
二人とも、神奈子からすれば赤子が如き童である。だがその精神は既に高位の神々にも劣っていない。
いや、むしろ神奈子の方が気圧されかけていた。一瞬。ほんの一瞬、プロシュートの突飛な行動に神奈子は動きを止めてしまった。
その一瞬をこの男が見逃すはずも無い。
「『射的距離内』に………入ったぜ……!」
それは何よりも遠い道のりだった。
花京院の死力を借りながら、プロシュートはとうとう神奈子に近づくことに成功する。
右腕を失った『ザ・グレイトフル・デッド』が神奈子の喉元を左手でガシッと掴み、能力を発動した。
ガスを浴びさせるよりも圧倒的に早く老化させることが出来る、相手を『直接』掴んで能力をブチかますという冷酷な手段だ。
この能力を使ったのは、既にプロシュートにはスタンドによる物理的直接攻撃を浴びせるほどのパワーは残っていなかったから。
スタンドに捕まった神奈子の体力は見る見るうちに搾り取られてしまう。
「う…が……ッ!?こ、これは……体から…力が抜けていく………っ!?お…まえ…!何をしている……!?」
「『直』は素早い…んだぜ………!」
(『だが』……くっ!コイツ…一体『何年』生きてんだ……ッ!?老化の効力がいつもより全然『遅い』…!)
この土壇場において、プロシュートの予想外の事態が発生した。
この女が神と言われる種族で、人間の寿命よりも圧倒的に永い寿命を持っていることはプロシュートにも想像できてはいた。
だがグレイト・フルデッドの能力自体はずっと前から発動し続け途切れさせていないにも関わらず、そして今こうして全力で能力行使をしているのにも関わらず、未だにこの女を戦闘不能にまで追い込めずにいる。
いかにコイツが『女』で『寿命が永い』という悪条件とはいえ、まさかここまで耐えられる奴だとは思わなかったのだ。
―――チッ…ツメが甘かったか…!オレとした事が…ッ!
「だが!この手は絶対に離さねえッ!『綱引き』の次は『根比べ』だぜッ!!お前は…このまま老化させて『殺す』ッ!」
ここに来て初めてプロシュートが放った言葉であった。
『やると言ったらやる奴』という言い回しがあるが、プロシュートはまさしく『殺ると思ったら殺っている奴』という男だった。
そのプロシュートが『殺す』などという低次元な台詞を口走ったのも、なによりもう後が無いほどの窮地に立たされている事が原因に他ならない。
思わず低俗な単語が口をついて出た事に、心中自分で悪態をつく余裕すらも無い。この機を逃せば彼の敗北はもう決定するような物だから…
「良い、ねぇ、その心意気…ッ!『呑み比べ』も大好きだが…『根比べ』も嫌いじゃあない…ッ!その勝負、受けて…立つ…ッ!」
ここまで近づかれてはガトリングも構えられない。ビーチ・ボーイを発動する体力も、弾幕を生成する霊力も残っていない。正真正銘、ガチでの力押しになる。
神奈子は震える左手を伸ばしてプロシュートの首を掴み、メキメキと力を入れ始めたッ!
「ぐ……ッ!?」
(コイツ…まだこんなことする力が…ッ!だが!オレの方も絶対に離してたまるか……ッ!!)
プロシュートはふと後方に居る筈の花京院の反応が無い事に気付く。彼の法皇のスタンドもいつの間にか消えている。
―――くたばっちまったか…。いや、少しの間共闘しただけで分かる事はある。あの男はそう簡単にやられるタマでもねぇ。
後ろを振り返って確認する力すら今は惜しいが、恐らく意識を失ったのだろう。あの傷では無理もねぇと言うべきか。
だが、オレをこの女の所まで近づかせる事が花京院の仕事だ。アイツは自分の仕事を最後までやり通した。
そしてコイツを倒す事がオレの仕事だッ!奴の意志を無駄にするわけにはいかねえッ!
「『グレイトフル・デッド』ォォォオオオオッッ!!!『全開』だァァァアアアアーーーーーーッッ!!!!」
「オオオオオオオォォォォオオオヲヲヲヲーーーーーーーーッッ!!!!」
プロシュートと神奈子。両者互いに一向に退かぬ全身全霊を込めた、魂の戦い。
咆哮と咆哮。力と力。魂と魂。誇りと誇り。
持つ物全てをぶつけ合い、弾き合い、抉り合い、壊し合う、原始の殺し合い。
欲望も打算も無く、ただ『勝利』のみを奪いながら激突する二人。
片や『栄光』をその手に掴み取る為に。片や偽りの『儀式』を受け入れ、成功させる為に。
プロシュートの首にメシメシと、鈍い音と共に喰い込み続ける神奈子の五指。この華奢な腕の何処にこんな力があるのか。
次第にプロシュートの意識は薄れていく。呼吸も出来ない。スタンドパワーもとっくに限界を超えている。
それでもプロシュートは左腕を離さない。この腕を離した瞬間、彼の求める『栄光』は砂となってサラサラと零れ落ちていく気がしたからだ。
時間が経つにつれ、老化させる速度も輪をかけて落ちていく。しかしこの首に掛かる豪力も目に見えるほど弱まっていく。老化は効いている。
プロシュートが色の薄れつつある視界で目前の敵を睨みつける。
流石に相手の老化がだいぶ進んできたのか、さっきまであった肌の艶は消え去り、ハリのあった唇はカサカサに乾燥している。
呼吸は乱れ、皺も伸び始め、髪は白く色が抜け落ち、汗をかく水分までも乾燥してきたようだ。
―――もう少しだ。後…一歩で…『オレ達』の勝利…だ…
目が霞んできた。能力は、解除しねぇ…
―――勝ったのは……オレ…たち…だ…
視界が闇に染まってきた。能力だけは…死んでも、絶対に……
―――『栄光』は…………オレたちの…チームに……………
何も、考えられなくなってきた……畜生…脳裏には、チームメンバーの顔が浮かんできやがった………
―――スタンド…だけは…………絶対に………解除………
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―――。
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ドサァッ!
神奈子の腕から抜け落ちたプロシュートの身体が地へと崩れ落ちた音が、静寂のポンペイに響き渡る。
その瞬間、神奈子の首を掴み絞めていたグレイトフル・デッドの体はひび割れ、塵へと還る様にポンペイの風に吹き去られて消えていった。
プロシュートのスタンドの消滅と共に神奈子の肉体は見る見るうちに元の姿に若返っていく。皺くちゃだった頬には美しい艶が戻り、白髪と化した頭髪は元の麗しい青紫色に戻り、曲がっていた腰が綺麗に真っ直ぐ伸びる。
神奈子はそれに安堵するよりも先に、ガクリと腰が抜けたように地面に座り込んでしまう。
カラカラに乾燥した筈の水分が汗となってドッと溢れ出てきた。神奈子は空を仰ぎながら、まずは肺一杯に空気を何度も供給する。
「―――ハァーーーッ!ハァーーーッ!ハァーーーッ………!し…………死ぬ、かと……おもっ……たぁ……!ハァ…ハァ…」
本当に危なかった。凄まじい執念を持って神奈子に向かってきたプロシュートは、神である神奈子と同等の…いや、それ以上の精神力でもって彼女と渡り合ったのだ。
正直な所、自分が生きているのが不思議なぐらいである。それほどまでにギリギリの決着だった。
「ケホ…ケホ…ッ!……ハァ…!この、男…とんでもない人間だった…!躊躇無く自分の腕を切り落としてきて、その上で私に対抗するとはな…!
もしこいつが『万全の状態』だったならば、敗北したのは間違いなく私の方だった…!」
このプロシュートと花京院vs神奈子の死闘は最初からイーブンの状態で始まったわけではない。
プロシュートは神奈子と対峙する前から既にスタンドエネルギーを全開で放っていた。ただでさえ体力を大きく消費してしまう老化エネルギーだというのに、加えてこの胃がひりつく様な死闘。
むしろよくこれだけ戦えたものだと神奈子が感心するぐらいであった。
一方の神奈子は花京院との連戦になる形だったが、スペルカードやビーチ・ボーイでの攻撃も多用していたとはいえ、その攻撃の殆どがガトリング銃によるもの。
プロシュートほどエネルギー消費量が多くなかったのだ。ここが二人の命運を分けた。
いわば『運良く』勝てたようなもの。もし彼女の年齢が『あとひとつ』重なっていたならばどうなっていたか。
八坂の神がこのザマではこの先思いやられると、神奈子は先行きを不安にする。
とはいえだ。このプロシュートという人間の男。そして向こうに倒れる花京院は神奈子程の実力を以ってしても『偉大なる男』だったと言わざるを得なかった。
結局プロシュートは死ぬまでスタンドを解除しようとしなかった。あの状況、少しでも『恐怖』や『動揺』の心を持った瞬間に敗北する場面。
腕を失ってなお勝とうと立ち向かったこの男の意志に、神奈子は『敬意』を表したくなった。
これだけ永く生きていれば色々と驚く出来事もあるもんだ。呑気にそう考えながらも神奈子はプロシュートの亡骸に手を合わせる。
―――これで、一人目。生贄はまだ、80人以上居る。
長い一日が始まりそうだと、行く末を多少憂いながらも神奈子はその場から立ち上がった。
だいぶ手傷も負った。失われた体力が戻るにはまだまだ時間が掛かる。とにかく今は休息が必要だ。だがその前に、やる事もある。
右肩に掛け直したガトリングが重く感じる。調子の出ない様子でフラフラと前に歩き出した神奈子は、『もうひとりの男』の前まで来て、銃を構えて突き出した。
「花京院典明…コイツも恐ろしく肝の据わった男だった。フフ…何故だかこいつ等には『敬意』を払いたくなる気持ちがある。
このまま苦しみながら死んでいくのは余りにも哀れな末路だろう。…せめてこいつで楽に逝かせてやるとしよう」
神奈子の弾幕により負傷し、意識を失ったままの花京院に向けて最期の弔意を向けた神奈子は銃のスイッチに指を掛ける。
全く手こずらせてくれたものだ。本音を言えばこの男をこのまま殺すのも惜しい人材ではあったがそうも言ってられない。
プロシュートと呼ばれた人間の様に、私も躊躇無き『殺意』を持たなければいけない。高を括った獅子はガゼルにも足元を掬われてしまうというものだ。
神奈子は花京院に対して最期の決別の言葉を向ける。
―――えっと、イタリア語では何て言うんだっけ?この言葉は。…あぁ、そうそう…
―――アリーヴェ・デルチ…『さよなら』よ、花京院典明。
刹那、オンバシラによる特大の弾幕が神奈子を襲った。
「ッ!?何ッ!!」
猛る轟音が神奈子の耳を貫く前に、後方からのオーラを察知した神奈子は寸でのところで攻撃を回避出来たが、右腕を多少抉られてしまう。
一発の大規模の弾幕が神奈子の身体を掠って彼方まで飛んでゆく。横っ飛びの形で飛び退った神奈子は受身すら取る事叶わず、そのままゴロゴロと地面を転げ回って襲撃者の方角を向いた。
「―――あ、ぶないねぇッ!!誰だいッ!?」
(今の弾幕は…間違いない。私の『オンバシラ』によるものだ!)
攻撃を受けた右腕を押さえながら神奈子はビーチ・ボーイを左手に顕現させ、反撃の態勢をとる。
しかし、神奈子は攻撃の手をピタリと止め、『その相手』を目を見開かせて見つめた。
「――――――早苗……」
「………何を、やっているのですか…っ…『神奈子様』ッ!」
守矢の風祝が、悲哀と怒気を混ぜ合わせた瞳を、射抜く様にして神奈子に向けていた。
その腕には神奈子が普段操る『御柱』を構えながら。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
早苗と神奈子。二人は互いを驚愕した面持ちで見据えていた。しかし、その意味合いは二人とも少しの『ズレ』があるようだ。
早苗は神奈子の事をずっと以前からまるで母の様に慕っていたし、逆に自分を一人の愛娘の様に可愛がってきた事を知っている。
『慈愛に満ちた、とても強くて優しい御方』
そう思っていた。
自分の見てきた神奈子は、多少の気性の荒さこそあれ、これほどの『惨事』を引き起こすような人では決して無かった。
今までに幻想郷の様々な人達に迷惑を掛けてきた事実は変えられないだろう。自分にも非はあった。
だが、今のこの状況は。
すぐそこにプロシュートが倒れている。恐らくもう、息は無い。
そして自分がたった今目撃した光景。
優しかった神奈子が、いつも自分の事を心配してくれていた神奈子が、おぞましい武器を握ってあの男の人を殺そうとした。
こんな事は何かの間違いだ。そう思いたくても、眼前の凄惨な景色がそれを許さない。
無我夢中で撃った。
美鈴のデイパックから入手した、元々は神奈子の武器である『御柱』で、他ならぬ神奈子を撃った。
涙が溢れてくる。
少女にとってはあまりにも過酷な現実に、溢れ出す涙は抑えきれない。
ここでも早苗は、今は亡きプロシュートの言葉を思い出す。
―――『惨い現実が待っているかもしれねえぞ。必ずドでかい『壁』が目の前に立ち塞がる。ちっぽけな小娘のお前がどれだけ抗える?』
言った通りの、惨い現実だ。愛する家族が、ゲームに『乗っていて』、人を殺してしまった。
こんな事が…こんな、非道い『現実』…ッ!
早苗は、搾り取ったかのような涙交じりの声で神奈子に対して問いかけた。御柱を向けたまま。
「な゛んで……こんな゛……がな゛、こざま゛……っ!お゛しえで…ください゛っ!」
「…………早苗…」
神奈子はゆっくりと立ち上がり、愛する『娘』を見据える。
「この男とさっきから一緒に居たのは…お前だったのかい。道理で、知ってる気がした『足』だと思ったよ」
そう言って、プロシュートの死体と、さっき釣り上げた早苗の分解された『足首』を交互に見渡す。
今の彼女のその瞳はどんな色をしているのだろう。早苗には、分からない。
「いずれはお前と相対するだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く会えるとはね…。嬉しいかな、悲しいかな…だ」
「神奈子様ァ!!!どうじで…ッ!!」
声にならぬ声を張り上げる。早苗の顔は涙と鼻水で酷く崩れていた。
「早苗…アンタはまだ若い。それがこの世の『ルール』だと、理解できない事も多くあるさ。この『幻想郷』では、この現実が『全て』なのだろう。
そんな幻想郷にアンタを連れてきてしまった事は…きっと私の『罪』なんだ。理解しろとは言わない。アンタには私を『殺す』権利がある。
早苗…ここでアンタに会えて良かった。早苗が他の誰かに殺されるのを、私は見たくない。けじめは私自身がつける」
東の空から一際明るい日の光が遺跡を包み込み始める。
光に照らされた神奈子の眼には、確かに悲哀の色が浮かんでいた。少なくとも、早苗にはそう見えた。
神奈子の周りから高圧のエネルギーが唸り始める。彼女にとっては、既になけなしの霊力だった。
スペルカードの気配。攻撃の構えをとる神奈子。
早苗は震えながらも自身の霊力を御柱に集中させ始める。その刹那、早苗は確かに聞いた。
―――お前を愛しているぞ。愛している。…………早苗。
両者の哀しき力が、激しくぶつかった。
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―――夜が明けた。
どうしてこんな事が起こってしまったのだろう。
それは早苗と神奈子の間に生じた、ほんの些細な『すれ違い』。ちっぽけな時間の『ズレ』から生まれた小さな亀裂。
その事実を、早苗は知らない。分かっているのは、愛する家族が殺し合いに『乗ってしまった』という…紛れもない『現実』。
早苗はプロシュートの亡骸の前ですすり泣きながら、座り込んでいる。
プロシュートの吹き飛んだ右腕は既に螺子によって『繋ぎ止めて』いる。もう意味は無い事だが、彼の亡骸はこのまま埋葬したい。
近くには早苗と同じぐらいの年齢の少年が倒れていた。大きな傷を負っていたが、既に止血は施している。
美鈴のデイパックにもうひとつ入っていた支給品は止血剤だった。これでひとまず彼が失血死する危険は抑えられる。
きっと彼もプロシュートと一緒に戦ってくれたのだろう。
早苗は彼らがどんな風に戦ったのか分からない。そしてプロシュートがどう死んでいったのかすら分からない。
―――元を言えば自分の失敗が招いた結果だ。
もっと早くここに辿り着けたら。もっと私がしっかりしていれば。
そもそも私がプロシュートさんに会わなければこんな事にはならなかったのかもしれない。
後悔の念は、次々と頭の中から溢れ出しては消えていく。
―終わった事は終わった事。嘆く暇があったらとっとと立ち上がれ。
もしプロシュートさんが生きていたなら、彼はそう言って私を本気で叱り飛ばしてくれるだろう。
彼は最期に…私に何て言ってくれたか。忘れるはずが無い。
―――「『LESSON4』だッ!『弱さを乗り越え立ち上がれ』ッ!!」
今の私に立ち上がることが出来るのだろうか。…いや、私は立たなければいけない。
私には『使命』がある。
早苗と神奈子の放った一発の弾幕による大激突は、とてつもなく大きな爆縮エネルギーを生み、周囲一体を吹き飛ばした。
巻き起こった粉塵が晴れてみると、そこに神奈子の姿は無かった。
神奈子の体力もまた、花京院とプロシュートとの戦いで風前の灯まで削られていた事から、このまま早苗と戦闘することは不可能と判断しての逃走なのだろう。だが果たして本当にそれだけだったのだろうか?
神奈子は確かに早苗に止めを刺そうとしていた。あの時の弾幕は確かに殺す気の威力を孕んでいたのだ。
だが…だが、神奈子の最後の言葉と表情が早苗の頭から離れない。
あの刹那…神奈子は確かに…『泣いて』いた様に見えた。
「私が……神奈子様を止めなくちゃ、いけないんだ…!」
それは早苗の願望が生み出した錯覚だったのかもしれない。それでも、最後の場面で神奈子の頬を伝った雫は、早苗にもう一度強き『覚悟』を決意させた。
結局、神奈子がこんな事をしでかした理由は分からない。次に彼女と対峙する時は、今度こそ早苗の息の根を止めに来るかもしれない。
「それでも…それでも、私が絶対に止めなければいけない。…待っていて下さい、神奈子様」
彼女の名を、
東風谷早苗という。
一人の現人神でありながら、八坂神奈子の愛する娘であった。
【プロシュート@第5部 黄金の風】 死亡
【残り 74/90】
【B-2 ポンペイ遺跡/早朝】
【東風谷早苗@東方風神録】
[状態]:体力消費(中)、霊力消費(中)、精神疲労(大)、右掌に裂傷、全身に多少の打撲と擦り傷、右足首から先は美鈴の物、精神混乱
[装備]:スタンドDISC「ナット・キング・コール」@ジョジョ第8部
[道具]:御柱@東方風神録、止血剤@現実、基本支給品×2(美鈴の物)
[思考・状況]
基本行動方針:異変解決。この殺し合いを、そして神奈子を止める。
1:『愛する家族』として、神奈子様を絶対に止める。…私がやらなければ。
2:殺し合いを打破する為の手段を捜す。仲間を集める。
3:この男の子が目覚めたら事情を聞く。
4:諏訪子様に会って神奈子様の事を伝えたい。
5:2の為に異変解決を生業とする霊夢さんや魔理沙さんに共闘を持ちかける?
6:自分の弱さを乗り越える…こんな私に、出来るだろうか。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船の後です。
※早苗の右足とプロシュートの支給品含むデイパック一式は近くに落ちています。
※ポンペイ遺跡南側が殆ど破壊され尽くしました。また遺跡東部分の鈴蘭毒は既に風化しています。
【花京院典明@ジョジョの奇妙な冒険 第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:気絶中、体力消費(大)、右脇腹に大きな負傷(止血済み)、左脚切断(今は接合済み)
[装備]:なし
[道具]:
空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部、不明支給品0~1(現実のもの、本人確認済み)
[思考・状況] 基本行動方針:承太郎らと合流し、荒木・太田に反抗する
1:神奈子との戦闘中に気絶。
2:承太郎、ジョセフ、ポルナレフたちと合流したい。
3:このDISCの記憶は真実?嘘だとは思えないが……
4:3に確信を持ちたいため、できればDISCの記憶にある人物たちとも会ってみたい(ただし危険人物には要注意)
5:DISCの内容に関する疑問はあるが、ある程度情報が集まるまで今は極力考えないようにする
[備考]
※参戦時期はDIOの館に乗り込む直前です。
※空条承太郎の記憶DISC@ジョジョ第6部を使用しました。
これにより第6部でホワイトスネイクに記憶を奪われるまでの承太郎の記憶を読み取りました。が、DISCの内容すべてが真実かどうかについて確信は持ってません。
※荒木、もしくは太田に「時間に干渉する能力」があるかもしれないと推測していますが、あくまで推測止まりです。
※「ハイエロファントグリーン」の射程距離は半径100メートル程です。
【八坂神奈子@東方風神録】
[状態]:体力消費(極大)、霊力消費(極大)、右腕損傷、身体の各部損傷、早苗に対する深い愛情
[装備]:ガトリング銃@現実(残弾80%)、スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」@ジョジョ第5部
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者への捧げ物として恥じない戦いをする。
1:『愛する家族』として、早苗はいずれ殺す。…私がやらなければ。
2:
洩矢諏訪子を探し、『あの時』の決着をつける。
3:力を使い過ぎた…今は休息が必要だ。
[備考]
※参戦時期は東方風神録、オープニング後です。
※参戦時期の関係で、幻想郷の面々の殆どと面識がありません。
東風谷早苗、洩矢諏訪子の他、彼女が知っている可能性があるのは、妖怪の山の住人、結界の管理者です。
(該当者は、
秋静葉、秋穣子、
河城にとり、射命丸文、
姫海棠はたて、
博麗霊夢、八雲紫、
八雲藍、橙)
※ポンペイを脱出し、とにかく休息地を探します。彼女がこれから向かう先は後の書き手さんにお任せします。
<スタンドDISC「ナット・キング・コール」>
東風谷早苗に支給。
大量の螺子(ネジ)を体中に打ちこまれ、額にV字型の飾りを持った人型スタンド像を持つ、ジョジョ8部からのスタンド。
対象に螺子とナットを打ち込み、ナットを外すと打ちこまれた部位も一緒に外れる『分解』の能力。
そして、外された部位は組み替えることも出来るほか、違う物同士を接合できるなどの『接合』という応用力もある。
これにより切断された体の部位を繋げて応急処置をするという、『スティッキィ・フィンガーズ』のような扱い方も可能。
現在、原作において登場は少なくステータスも不明なので、まだまだ想像出来る部分も多い。
<スタンドDISC「ビーチ・ボーイ」>
【破壊力:C / スピード:B / 射程距離:=糸の距離(このロワでは最大100メートル) / 持続力:C / 精密動作性:C / 成長性:A】
八坂神奈子に支給。
釣り竿の形状をしたスタンド。手元のリール部分が、恐竜の頭蓋骨のような形状となっているのが特徴。
壁や天井など、任意の場所に糸を垂らして標的がかかるのを待ち、針に触れた対象の中へ侵入し内部から相手を喰い破る。
また、釣り竿の糸は対象の神経にまで絡み付いているため、糸を攻撃してもそのダメージは糸を通じてスタンドが釣り上げている対象へと返っていくため、一旦喰らいつかれたら事実上破壊も切断も不可能であると思われる。
そして、針が喰らいついた相手の重量や体型などの身体的特徴を、糸を通じて捉え探知する事が可能。
<御柱@東方風神録>
紅美鈴に支給。
「オンバシラ」と読む。八坂神奈子が戦闘時に背中に装備している物の中の1本。
かなりの重量&大きさだが、ロワ内では女性でもギリギリ扱える程度には軽量化されている。
これに霊力、精神力などを注ぎ込む事で、彼女が劇中で使用したスペルカード、御柱「メテオリックオンバシラ」や神祭「エクスパンデッド・オンバシラ」等の御柱を使用した技が使えるが、威力は1本分。
高威力ではあるが燃費が悪く、大きいうえに重くて扱いにくい等の弱点があるので普段はエニグマの紙に入れて持ち歩くのが良い。
御柱とは神社『諏訪大社』での奇祭『御柱祭り』に使用される柱で、諏訪大社の各宮に計16本建てられる。
<止血剤@現実>
紅美鈴に支給。
外傷による出血を止めるための薬剤。血管収縮や血液凝固などの作用により血管を閉鎖させる。
ゼラチン・トロンビン・ビタミンK・カルシウム製剤など。
瓶にたっぷり詰まっているので長く使える。
最終更新:2016年07月16日 04:27