「………………橙。やめろ……これは、命令だ」
時間の止まった数十秒が明け、
八雲藍は呟くように口を開いた。
言葉の先には、主人のリモコンを握った式神の姿。
「無駄だよ、藍。お前の能力は、完璧じゃない。その命令は……橙にはもう、届きはしないよ」
如何に主人の命運を左右する行動だとしても、乾いた命令が橙の心に染み入ることは無い。
藍は負けたのだ。敗北を喫したのだ。
シュトロハイムに。霖之助に。ジョセフに。てゐに。橙にすらも。
たかだかゲームの勝敗だが、確かに橙は見届けた。主人の戦いを。
だから、『押す』のだ。橙は、主の首輪のスイッチすらも押すことが出来る。
「やめろ……橙……! 私はまだ、やるべきことが……!」
やるべきこと。それは主人の
八雲紫を生かせる立ち回りを続けること。
即ち虐殺だ。そんなことはここにいる誰もが望まない。藍以外の全ての人物が、彼女とは相反する目的を持っていた。
「…………………………ごめんなさい。藍、さま」
小さな黒猫の声が藍の鼓膜へ通ると同時、首に電気が走った感覚を認識できた。
神経毒。これで藍は、少なくとも自分の目的を果たすことは不可能となった。
初めから分かっていたことがある。
己の行いに、正当さなど微塵も無いことが。
愛する幻想郷の民を傷付けるたび、自身の心も剥がれていくことが。
しかし気付いたこともあった。
己の行いは、この上なく純粋な儀式だということを。
尊敬してやまない主人とは、本当は逢いたくないことを。
知人を裏切り、式を裏切り。
九つの尾を血肉にて染まらせた自分に、紫様はなんと言葉を掛けてくれるのだろう。
きっと、あの麗しい唇で否定されることは間違いない。もとより承知での、覚悟だ。
だがいざ、主人からもその言葉を聴かされてしまったら―――今度こそ、心は砕け散る。
(なんだ)
薄れゆく意識に耐え、両脚に力を込め直して。
(結局わたしは)
服に仕込んでいた薙刀を取り出し。
(我が身可愛さに、現実から逃げ続けていた、だけじゃない)
見据えるべき『目標』を、もう一度捉え。
(でも、それでもわたしは)
渾身の力を振り絞って。
(―――我、主を想ってこその我故に)
今一度、駆けた。
―――耳を劈く絶叫が、重なり轟く。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
木材の焼け焦げた、ひりつく臭いによって
因幡てゐは覚醒した。
ズキズキと痛む頭と意識を揺らしながら、床に倒れていた身体をゆっくりと起こす。
自分は一体どれくらいの時間、気絶していたのか。時計に目を向けると、何と一時間の時が経過していた。
急速に冷えていく思考。同時に頭にかかっていたもやが薄れだしてきた。
(……そう、だ。私、確かあの時…………)
フラッシュバックされる苦々しい記憶。これは、此処を生き延びた彼女にとってあまりにも過酷な現実になった。
聴こえる世界は雨の音のみとなった、この部屋で。
ゆらゆらと立ち呆ける彼女以外に動く者が消えた、この部屋で。
失われた命の灯が蛍火のように天へ昇り往く、この部屋で。
てゐは大きな……とても大きな失態を犯していたことを薄ら認識し、悔やんだ。
「――――――みんな、死んじゃった、んだ…………」
彼女達の物語。その第一幕を閉じる前に。
その舞台上で起こった『最後』の事実を、もう一度だけ、想起せねばならない。
いま少し、だけ。
――――――
―――
―
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
人の持つ『愛』という名の執念はかくも恐ろしい。
てゐは八雲藍のその瞳を覗いた時、己の失態を後悔することとなる。
彼女は過大評価していた。
―――八雲藍の、九尾としての強さを。
彼女は過小評価していた。
―――八雲藍の、主へ抱く愛の強さを。
『法』とは比類なき力。人も妖怪も屈するしかない力、つまりは暴力だと。そう思っていた。
しかしその法こそに守られ、法を以て強さを顕示する『命名決闘法』に浸る因幡てゐらがそれを発言するなど、そもそもがおこがましかったのだ。
『暴力』とはルール外の力。
女子同士で弾を撃ち合うお子様遊戯に、命をも賭けて賽子や札を撃ち合う死遊戯にも、法は存在する。
法に守られ、ルールの上で今まで戦ってきたてゐや藍には、本当の意味での『暴力』は無かった。
法に守られた遊戯を終えた『今』こそが、八雲藍の持つ『真の暴力』が発揮される瞬間。
てゐがその事実に気付くのは、藍の瞳が狂気に呑まれ、藍の足が狂地へと駆けた今、この時この瞬間であった。
「ウガアアアァァァァAAAAAHHHHHーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!」
敗北し、身体に神経毒を喰らってなお、大妖怪・九尾は膝をつかない。
もはや正気の沙汰ではなかった。てゐは、大き過ぎる失態を犯してしまったのだ。
犯してはならない領域にまで、藍を追い込んでしまった。精神的に追い詰めすぎてしまった。
なんと弱い生物なんだろう、彼女という妖怪は。
「藍さまやめてぇえええーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
「止まれらぁーーーーーーんッッ!!!」
薙刀を掴んで襲い掛かってくる藍は、今ここに殺戮マシンへと変貌した。
「ソレを寄越せェェーーーーーッ!!!」
藍は叫喚する橙に腕を伸ばし、彼女を突き飛ばす。その目的は、橙に預けられていた『解毒剤』だった。
しまったと、てゐは小さく声を上げる。少なくとも解毒剤は三つ必要なのだ。これを奪われてしまうとジョセフたちの命が危うい。
ジョセフは動けない。橙も戦力としては期待できない。
(戦えるのは私だけ……! 皆を守れるのは、私だけ!!)
らしくない感情がてゐの心を咄嗟に動かした。
暴走状態とはいえ、藍の身体は満足に動けない状態のはずだ。勝機はある。
奪われた解毒剤を取り返し、何とか撃退しなければこのままでは皆殺し。
「力を貸して! 『ドラゴンズ・ドリーム』!!」
てゐはすぐさま倒れ伏せるジョセフの傍に移動し、DISCから得たスタンド能力を発動。
手に入れたばかりの能力でどこまで戦えるか分からない。それでも、やるしかない。
『ヨオ、おひさ~~。サッキとはズイブン様子ガ違ウジャネーノ、キツネのネエチャン』
頭上に発現した気ままなドラゴンが、目の前を駆けてくる藍に気楽に話しかけた。
まるで既知同士と言わんばかりの会話にてゐは疑問符が浮かんだが、今はそれどころではない。
「キ、サマ…………“また”ワタシのジャマを……! 死に体の『狸』如きめ……!」
『やかましいわ。そういうお主こそ死人みたいな表情しおってからに』
誰かの声が、てゐの耳に通った。
ドラゴンの声ではなく、知らないはずの誰かの、知っている気がする声だった。
それはDISCに込められたマミゾウとかいう妖怪狸の、魂の声なのか。はたまた幻想か。
「黙れ……! もう一度、殺してヤル…………ッ!」
『……お主も被害者、といったとこかの。哀しい、オンナじゃよ……お前さんは。
だが儂もあの主催者共の負けに賭けとる身。『希望の光』は途絶えさせんよ。これが儂のギャンブルじゃからの』
「黙れェッ!!!」
そこで、妖怪狸の声は途絶えた。
藍が薙いだ刀によって、マミゾウの幻想は煙のように振り払われたのだ。
見えるはずのない幻想。聴こえるはずのない幻聴に向かって、藍は無用な矛を向けたのだった。
「す、隙あり!!」
何も無い空間を掃った藍が生んだ大きな隙に、てゐは勝機を見た。
ドラゴンに直接触れることで『吉』の方角という利を得る。この『守り』の方角にさえ触れれば、完璧な攻守が手に入る。
脇目も触れず駆け、そのスタンドに腕を伸ばした瞬間、殺意を伴った弾幕がてゐの背中を殴った。
「が……っ!?」
たまらず吹っ飛ばされるてゐ。致命傷には程遠いが、壁に叩きつけられた衝撃で頭を大きく強打してしまう。
(マズイ……! 意識が、薄れる……! く、そ……何で、私の動く方向が……!)
藍の撃った弾幕は決しててゐを狙って撃ったものではなかった。最初からその方向に撃ち出していたとしか思えない正確さだった。
その答えは、『経験』。藍はこのドラゴンズ・ドリームと戦うのは初めてではない。
かつて既に攻略した能力。故にてゐが次に動く方向は、ドラゴンの居る方向だと読んでいたのだ。
「ジョセェェエエエエエエエエフッ!!!!」
敵の殺害対象はまずジョセフ。てゐは迎撃しようにも、腕に力が入らない。立ち上がれない。
止まらない。この暴獣を止められない。
あまりにも規格外の執念。こんな暴力から、どうやって身を守れるというのか。
自分たちは今まで、何の為に知恵比べなどやってきたのか。
法に守られた治外法権は失われた。
ここはバトルロワイヤル。どんな者にも抑えることなど出来ない暴が、暴徒と化して襲い掛かる無法の世界。
「―――よく、堪えたぞ。小さき勇者よ」
だからこそ、人間は備えるのだ。
暴を捻じ伏せるには、更なる暴が必要。人が人を守るということは、覚悟を据えた腹に一本の暴力を纏うという事。
「後は、俺に任せろ」
この世には必要なのだ。暴力という大儀の上に成り立つ、堅牢な精神を固めた『鉄の兵士』が。
「キ、サマ……! なぜ……首輪の毒で、動けるわけが―――」
「“毒”ごときでこのシュトロハイムが“退く”ものかアアアアアアァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
制御不能の鉄人兵は、毒如きでは屈しない。
倒れたジョセフを守るように立ち塞がったシュトロハイムが、最後に藍の行く手を遮った。
機械の身体とはいえ、既に全身に回り尽くした麻痺毒に耐えて動くことなど普通では考えられない。
計り違えた。八雲藍ほどのコンピューターでさえ、シュトロハイムの心意気に宿る執念を計り違えた。
てゐの生んだほんの数秒の足止めが、この男の復活に間に合わせることが出来たのだ。
「どいつもこいつも…………この……死に損ないがァァァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
「こんなチンケな毒で俺を縛ろうなど一万年早いワァァァアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
刹那の刺し合い。
交叉する二つの殺意。
藍の投擲した薙刀は、シュトロハイムの心臓を貫き。
シュトロハイムの射出した己の鉄製右腕は、藍の腹部に突き刺さった。
その圧倒的な衝撃は藍の身体を後方に大きく吹き飛ばし、彼女の膝をつかせることに成功した。
強力な神経毒ですら崩せなかった大妖の膝が、シュトロハイムの一撃でようやく崩せたのだ。
引き換えに失ったのは、シュトロハイムの生命。
彼の体格ほどもある長さの薙刀が、男の胸の中心に突き刺さったまま、止まった。
「―――見えるか。東洋の物の怪、八雲藍」
それでもシュトロハイムは、倒れない。膝をつかない。
吐血しながらも語る口の端は吊りあがり、不敵に笑っていた。
「……人間の偉大さは……恐怖に耐える、誇り高き姿に、ある。
今一度、訊く。キサマには……今の俺の姿が、どう、映っている……?」
それが、彼の放った最期の言葉。
堂々とした仁王立ちで、両腕を組んだまま、表情を豪快な笑みに変えて、
―――体内の全ての機能が、停止した。
元々、気力だけで立ち上がったようなものだ。既に体力は限界だった。
しかし、彼が守った命は確かに存在した。その男はいつだって何かを守るために戦場を駆けてきた。
いずれ来たであろう『戦死』という運命が、今日ここで到来しただけ。
兵士シュトロハイムの任務は、終わった。
「―――ふざけるな」
だが、彼女はまだ死ぬわけにはいかなかった。
腹に鉄腕が刺さってなお、身体中に毒が回ってなお、彼女は戦うことを止めない。
殲滅を再開させるため、木片の山から立ち上がろうとすると、『人間』の笑い顔がこちらを見下ろしていた。
「ふざ、けないでよ……!」
何故倒れない? 何故朽ちない? 何故笑う?
たかが人間の分際で。なにが“誇り高き姿”、だ……!
死んだまま笑うその顔は、無様な私への当て付けか。
誇り? プライド? 大妖怪としての意地?
そんなモノは、全てが不純物だ。今の私には不必要。
この腹に纏う感情は……“あの方”へと殉ずる想い、ただひとつで充分ッ!
「みな……ゴロシ、だ…………っ!」
邪魔な木偶の坊は排除した。
後は……そこの波紋戦士! そしてこの私をコケにした妖怪兎だけ! 奴らさえ始末すれば―――!
トン。
ヨロヨロと立ち上がった藍に、小さな衝撃が伝わった。
「――――――藍、さま」
橙が声を震わせながら、藍の身体に抱きついてきたのだった。
「ジャマ、だ……! どきなさい、ちぇ―――」
橙、と続けようとした藍の言葉は、そこで途絶えた。
見下ろした橙の手の中に。
震える身体で小さく抱きついてきた橙の手の中に。
鉄製の、丸い『輪っか』が握られていた。
「これ以上みんなを、傷付けないで……! 藍さま……っ」
それは何だ。そう問いただそうとした藍は次の瞬間、突如発火した。
抱きつく橙の体も巻き添えに、一瞬にして火ダルマと化した。
「ぅア゛――――――ッ!?」
炎は彼女達の全身を瞬く間に覆いつくし、轟々と燃え盛る。
橙に支給された現代武器『焼夷手榴弾』の威力は、弱り尽くした藍の生命力を喰らうには充分すぎる威力が内包されていた。
ピンを抜くだけで女子供にも楽に扱えるそれは、使用した橙の予想をも大きく超える代物。
『暴走する藍さまを止めたかっただけ』……それだけだ。橙はそのひたむきな想いの為だけに、藍へ小さな反抗心を抱いただけだった。
ただ、主を想ってこそ故の、想い。
藍が紫を想うそれと、大差無い想いが……二人の運命へと残酷に噛み付いてしまった。
「ッち゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ん゛ッッッ!!!!!!!!」
心の芯からゾッとさせるような、九尾が放つおぞましい大絶叫。
藍は怒りに満ちた形相で、しがみつく橙を突き飛ばした。
幼い体が転げ、悲鳴を上げながら床をのたうち回る。この炎に抗う術など、橙は持ち合わせてなかった。
愛すべきであるかつての式神の苦しむ姿を一瞥し、焼け焦げ続ける脳回路を再び酷使する藍。
(がァ……! だ、ダメ、だ……ここは一旦、外に……ッ!!)
外には雨が今なお降り注いでいる。
まずはこの炎を消さなければ虐殺どころではない。
苦渋の思いで逃亡を選択した藍は、やはり完全にまともではなかった。
普段の彼女なら、てゐが持つ『蓬莱の薬』を奪って飲み、この重傷を癒すことぐらいは考えに至ったはずだ。
最後に一度だけ……炎に炙られる己の式神を目に入れた。
スッと目を細め、小さく何かの言葉を投げ掛けた後……八雲藍は決死の思いで香霖堂の外へ出た。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
(藍が、逃げた……! でも、シュトロハイムと橙が…………くそぉ!!)
床に寝たままの姿勢で、私はこの地獄絵図を眺めていた。
体が動かない。意識もほとんど暗闇の中だ。
いや、ほとんどじゃない。私の全ての意識は間もなく、ひととき海に沈む。
これはそのリミットが来るまでの、ほんの数分……いや、数秒程度の会話だったのかもしれない。
―――『やあ、てゐ。何とか無事みたいだね』
バカ言え。貴方、これが無事に見えるってのか。
『ごめんごめん。……力になれなくて、すまなかった』
そんなことあるもんか。貴方は充分、私の助けになった。
貴方の能力が無かったら多分、負けてた。その点には礼を言うよ。
『そうかい? 僕の能力を褒められたのは生まれて初めてかもね。魔理沙にすらそんなこと言われた試しなど、とんと無い』
……今度から貴方とは絶対カードなんてやらないことに決めたよ。
『はは。そいつはどうも。いや、実際凄かったよてゐは。あの八雲藍に知恵勝負で勝つなんて』
私ひとりの力じゃないよ。貴方に『ギャフン』と言わせたくて、私はここまで来たようなものだし。
で、どう? 見直した? ギャフンって言った?
『ギャフン』
今言ってどうする。
『あはは、ジョークだよ。見直したさ、見直した。こっちが舌を巻くほどの君ら二人のハッタリ、まさしく“詐欺コンビ”と呼ぶに相応しい』
呼ぶな、人をそんなふざけた悪名で。
『二人に賭けて良かった。今なら心からそう思えるよ』
自分の命を担保に勝手なギャンブルだよ、ホント。貴方の命(チップ)、返すからさ。寝てないで助けてよ。
『……それは無理だよ』
…………なんで。
『僕の命は既に君たち二人に賭けたんだ。返されても困るだけさ。ウチの店は返品お断りなのを知ってたかい?』
なんだ、それ。アンタの賭けなら、勝ったじゃない。
『まだ、なんだ。僕のギャンブルはまだ終わりを告げてなど、いないんだよ』
……貴方の、ギャンブル?
『“希望の光”である君たち二人が、主催者に勝利する。
君がやる気を出して奴らに立ち向かうまでが、僕のギャンブルなのさ』
……なに、その自分勝手な賭け。そんなのは……自分でやりなよ!
『本当ならそうしたかった。でも、そろそろ“タイムリミット”らしいんだ。
気付いてるかい? さっきから僕は、君と実際に会話してるわけじゃない』
夢だとでも? だとしたら今すぐに覚めたい悪夢だ。
『そんなところだね。だから最期に、僕から君にお願いがある』
ふざけないでよ! 何が最期だ!
『どうやら僕にはあの主催者たちに噛み立てる“牙”は無かったらしい。
それが、心残りで仕方ない。―――だから』
おい! 勝手に話を進めるな! どこまで勝手なのよ、貴方は!
『―――僕の代わりに、キミが主催者に噛み付く“牙”になって欲しい』
自分で……やってよ、そのくらい……!
私が主催者に勝てだって? 無理だ。ウサギ、舐めんな……っ
『それから、最期と言ったけどもうひとつ!』
…………むり、だってばぁ。
『魔理沙と霊夢によろしく言っといてほしい。あの子たちもまだ、子供だ。君と違って、ね』
それだけを言って、霖之助の幻想は空へと昇っていった、気がした。
私が横を向くと、彼の体が壁に寝かせたままの形で向き合っていた。
“タイムリミット”……首輪の毒が、とうとうその命を蝕んでしまったんだろう。
少なくとも私がちんたらゲームを進めていなければ、霖之助の命だけは助かったのかもしれない。
いやそれ以前に、私が藍の精神を追い詰めすぎなければ。
そこまでを考えて、私の意識は完全に闇に落ちた。
少し、休みたかった。この短い時間に、私には随分色々な事が起こった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
―
―――
――――――
ザアー ザアー ザアー
そんな絶え間ない雨の音が、今の私にとっては心地良くも思える。
私からすれば赤子も同然だった、純粋な黒猫。
今は火も消失を終え、かつての面影も残さない丸焦げの焼死体となっていた。
外の世界からやってきた、声も図体もデカかったカラクリ兵士。
心臓が刀に貫かれたまま、死してなお倒れなかった威風堂々の屍。
冴えない店の、ちょっぴり口うるさい店主。
その死に顔は悔しさを残す一方、どこか満足げな笑みにも見えた。
みんな、みんな死んだ。
逃げおおせた八雲藍だってあの重傷だ。たぶん、あのまま死んでしまったんだと思う。
だとしたら私たちのやってきたことは……ジョジョの戦いは、一体なんだったんだろうな。
……ねえ、そう思わない?
「…………この、解毒剤は?」
倒れたまま口を開くジョジョの問いに、私は重く返した。
「橙の握った手の中にひとつだけ。燃え盛る直前、藍から必死で奪い返したんだと思う。
黒焦げの手にしっかり握ってあった、唯一無事の解毒剤だ。……橙に感謝しなよ」
私とジョジョの首輪は既に外した。藍は橙が持つ鍵までも奪うことはなかったらしい。
本当にどいつもこいつも無茶ばっかりする馬鹿だよ。
少なくとも橙、アンタは死ぬ必要のない命だったろうに。
「……そう、かい。…………お前も、サンキュな」
「うん…………ここで起こったこと、話すよ」
「いや……一部始終なら見ていた。……見てることしか、できなかった」
それなら私だって大差無いさ。
二人して皆に助けられたってワケだ。
「……なあ。俺たちは一体何の為に戦ってきたんだろうな」
「……私に聞かないでよ」
全部、橙を救う為だったはずだ。
それが最悪の結果を生んだ。こんなにやるせない気持ちになるのは初めてのことだ。
「何の為に俺は…………クソォ!」
ドン!と拳を床に叩きつけながら、ジョジョは震えていた。
何の為。本当に、何の為に戦ってきたんだろう、ね。
人は何かを得る為に何かを賭け、戦う。それが人の歴史。
だとしたら私たちがこの戦いで得た物とは、一体なんだ?
みんな死に、救う対象のひとりでもあったはずの藍も死に。
後に残ったモノって、一体なんだ?
そんなモノがあるとすれば……それはたぶん、ひとつしかないのだろう。
「ねえ、ジョジョ」
「…………なんだよ、てゐ」
霖之助の言った言葉が、未だに頭の中を駆け巡る。
そんなことが私に可能だとはとても思えないし。
性分ですらないことも分かってる。
でも、勝って何も得られないギャンブルなんてあんまりじゃないか。
……いや。勝ちだなんて、とても言えないか。
賭けの勝敗なんてのは、何を得たか。何を失ったかで決定する。
だから私は、この想いひとつを胸に掲げていこうと思う。
「貴方……私の『相棒』になってよ」
霖之助のアホが『私をやる気にさせよう』って賭けに乗ったのだとしたら。
やる気になってあげようじゃんか。アイツの思う壺になってやろうじゃんか。
「一緒に、戦おうよ。この異変を頑張って解決しようよ」
あぁ、本当に性分じゃない。
隅っこで震えてればいいのに、自ら渦中に突っ込もうだなんて。
でも、この気持ちは何となく輝かしいものだ。霖之助もこんな気持ちだったんだろうか。
「……俺のおばあちゃん、エリナばあちゃんが言ってたんだ。……昔の話だ。
『黄金の精神』……正義の輝きの中にある、勇気を胸に掲げて立ち向かう精神のことだって。
おじいちゃんにもその精神はあったって、聞いた。……俺や、お前にはどうなんだろうな」
「なによそれ」
そんなものが妖怪である私の中にあるなんて、ちゃんちゃらおかしい。
妖怪はもっと自由気ままだ。我儘だ。勝手だ。だから私には合わない精神なんだよ、そんなの。
でも……悪い気はしない。こいつと一緒なら。
「シーザーもシュトロハイムも、死んじまった……俺の、友だった奴らは、みんな。
そんな疫病神の俺に相棒になれって? 物好きな兎もいたもんだ」
「私は幸運の兎さ。厄なんて裸足で逃げてっちゃうくらいに」
「おっかねえ。…………だが、いいぜ。悪徳詐欺師同士、なってやろうじゃねえか。お前の言う『相棒』に」
「……よろしく、ジョジョ」
言っとくけど、私は弱いんだ。しっかり守ってほしいね。
傲慢だって? いいだろ、妖怪は自分勝手なんだから。
あーあ……アイツの言う通り、これで『詐欺コンビ』なんてふざけたユニットが結成されたかあ。
私なんかにどこまでやれるかな。不安だけど、こっからはジョジョと一蓮托生。歩く時も転ぶ時も一緒の関係ってヤツだ。
とりあえずこれから……どうしようか。
もうすぐ正午だ。
第二回放送とやらが始まる時刻。
お師匠様に連絡、するべきかな。ここからなら一番近いのはレストラン・トラサルディーだっけ。
そこに電話とかの連絡手段があると良いけど。
でも今は……少しだけでも。休息が必要かな。
「昼まで少し休みなよ、ジョジョ。私は少し、外見てくるからさ。……辛いでしょ、貴方には、まだ」
「……………あぁ、悪い、な」
こいつもこれで子供だ。私より遥かに。
こういう時は年長者の私がしっかりするべき、なんだろうね。
「……おい霖之助。そこから見てろ。私たちが異変解決する様をさ」
店の壷に適当に突っ込まれていた傘を開いて私は外へと赴いた。天上から覗く雨雲を仰ぎながら、私はそんなことを言ってやった。
「やれやれ」と、不意に聴こえた苦笑はきっと―――私の幻聴なんだろう。
店主の居なくなった店は、いつもより随分とがらんどうに感じる。
霖が哭くような冷たい雨を、私はしばらく眺めていた。
【ルドル・フォン・シュトロハイム@ジョジョの奇妙な冒険 第2部】 死亡
【橙@東方妖々夢】 死亡
【森近霖之助@東方香霖堂】 死亡
【残り 60/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
【D-4 香霖堂/昼】
【
ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(大)、麻痺毒(完治しつつあります)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット
[道具]:基本支給品、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、三つ葉のクローバー、香霖堂の銭×12
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:少しだけ、休もう……
2:こいし、
チルノの心を救い出したい。そのためにDIOとプッチもブッ飛ばすッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
※因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
【因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(大)、頭強打
[装備]:閃光手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、蓬莱の薬、基本支給品、他(コンビニで手に入る物品少量)
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:放送の後、レストラン・トラサルディーに行き、お師匠様に連絡する。
2:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く。
[備考]
※参戦時期は少なくとも永夜抄終了後、制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※香霖堂の店内には橙のディパック(焼夷手榴弾×2、マジックペン、基本支給品)、シュトロハイムのディパック、霖之助のディパック(スタンドDISC「サバイバー」、基本支給品)、藍のディパック(芳香の首、基本支給品)、賽子×3、トランプセット(JOKERのみトリックカード)が落ちています。
※また香霖堂の店内に霖之助、シュトロハイム、橙の死体があります。シュトロハイムの死体には
秦こころの薙刀が突き刺さっています。
○支給品説明
<トランプセット@現実>
因幡てゐに支給。
ごく普通の53枚組トランプセット……なのだが、JOKERの絵柄は『死神13』のデザインとなっている。
<香霖堂の銭@現地調達>
ジョセフらがチンチロリン勝負にチップとして使用していた香霖堂のあぶく銭。
最後にジョセフが所持していたチップは12枚。シュトロハイムと霖之助が自らの命を賭けたチップであり、彼らが生きた証拠ともいえる。
かつての戦友シーザーが託したバンダナのように、ジョセフはこれをお守りとして所持している。
『八雲藍』
【昼】D-4 香霖堂 近隣
外界から降り頻る雨によって体を包んでいた炎はようやく消火された。
しかし炎により剥き出しになった皮下の痛覚神経が激痛にさらされ、更にその皮下に冷たい雨が染み込んでゆく。
受けた神経毒により、もはや体の自由は奪われた。地をもがき回ることすら許されない。
火事などの場合、人は吸い込んだ煙によって意識を失われ、その痛みから逃れる。
だが意識を保ったまま焼かれるという拷問が、そんな安楽をもたらすことは決してない。
その痛みは喰いしばる歯を歯茎にめり込ませ、何度も何度も舌を噛み千切るほどの苦痛を彼女に与えた。
(ハァ……ハァ……だ、だめだ……! これ以上、体が動かない……!)
限界が来た。せめて毒など喰らっていなかったらまだ助かっていただろう。
目の前には流れる川。火を消すために這ってでも飛び込みたかったが、時既に遅かった。
(なんで、わたしが……あんな奴らなんかに……負ける、なんて…………)
精神は既にズタボロ。体に宿る生命は風前の灯。
“負けた”なんて事実はさして問題にはならない。この命、あれば次のチャンスは来る。
誉れ高き主人を護り通す己の存在意義は、貫かれるのだ。
生きてこそ。それでも、生きてこそ。
だから、今この場で私が死ぬようなことがあってはならない。
一日はまだ始まったばかりなのに。まだ私は何も為せていないのに。
(何も。何も……! 何も! 為せてないッ!)
意識が消えゆく。
体の力が抜けてゆく。
屈辱。屈辱だ。
己の不甲斐なさが、何より屈辱だった。
(クソ……クソ……っ くそぉ……ッ!)
届かない。藍が伸ばした腕は、何処へ届くこともなく、そのまま宙ぶらりんになって、地に伏せた。
突き刺さる雨が、痛い。
これはバチだ。きっと、バチが当たったのだ。
主の望むこととは正反対の行為ばかりを続け、そのことに目を背けながら逃げていた私への、途方も無いバチ。
死んで当然。当然の報い。
水火の苦しみなど生温い。無間地獄にも堕ちてみせよう。
それも主人の為になるならば善しと、覚悟だけは固めてきたはずだった。
いつでも死する覚悟など、あった。
なのに。
なのにどうして私は。
こんなにも、生を掴もうともがいているのか。
結局のところ私は……
―――死にたく、なかった。
―――生きたかった。
「…………ゆ、かり……さ……………………ちぇ………」
【八雲藍@東方妖々夢】 死亡
【残り 59/90】
最終更新:2017年07月20日 22:24