ALIVE

 音もなくふりしきる雨が、文の黒髪を、身に纏った衣服を絶えず濡らしている。雨の勢いは決して強い訳ではないが、この物々しい雰囲気の中、濡らされた衣服が身体に纏わり付くのは、存外に心地が悪い。粘着く汗と雨とが混ざり合って、濡れたブラウスは動悸に合わせて上下する胸にべっとりと張り付き始めている。
 いつもよりも胸の鼓動が早いことは明白だった。この場の物々しい雰囲気が、一切の選択ミスの許されぬこの局面が、文の緊張感を煽る。だが、しかし、立場としては、文に何ら大統領を下回っている要素はない。両者互いに遺体を所持し、曲がりなりにも『話し合い』で解決しようと大統領は申し出ているのだ。現状は『対等』だ。そう自分の心に言い聞かせて、文は決して緊張など表情に出すこともなく、強い眼差しで大統領を見据える。

「――もう一度言います。ヴァレンタイン大統領……すぐに私を元の世界に戻してください」
「君を元の世界に戻すこと自体は構わない。だがその前にわたしの話を聞いて欲しい」
「話し合いでの解決を望むというなら尚更です。あなただけが行き来することの出来る世界で話をするというのは、ちょっと『対等』とは言えないでしょう。そういう人間の言葉に聞く耳なんて持てますか」
「君は『勘違い』をしている。『フェア』も何も……わたしにはそもそも君と争う気はないのだ。あくまでスムーズに話し合いをすすめるため、邪魔の入らないこの世界に君を招いただけに過ぎない」

 文は、ほう、と小さく唸った。

「物は言いようですねえ。私の立場から考えれば、遺体を渡さなければ元の世界に返してやる気はない……という意思表明にも取れますが。しかも、この世界で何が起ころうと、目撃者は『あなたのお仲間』のお燐さんだけときた。信用する要素がひとつもないわ」

 当て付けがましくお燐に視線を送る。さも心外とでも言わんばかりに、お燐はまなじりを決した。だが、何事かを口走ろうとしたお燐は、大統領に片手で制され、開きかけた口をすぐに閉じることとなった。

「まあ待て……落ち着くんだ、射命丸文くん。お燐くんの名誉のために言っておくが、わたしはお燐くんに口裏合わせを頼んだり、ましてや君から遺体を奪い取ることの手伝いをさせようなんて気はさらさらない。彼女とて、そういう行為に加担することは望まないハズだ……少なくとも、わたしはお燐くんを信頼している」

 お燐へとちらと振り返る大統領の表情には、微かな笑みすら浮かんでいた。

「あ……う、うん!」

 深く息を吐いたのち、我に返ったように冷静さを取り戻したお燐が、文へと向き直る。

「そうそう、そうだよ。っていうか、そもそも! あたいは何もお姉さんが憎いってワケじゃないんだよ。ただ、みんなで元の世界に帰りたいだけ。そのために大統領さんに協力してるだけで……、あっ、そうだ! 天狗のお姉さんもあたい達と協力しようよ! 何もこんな殺し合いに乗ることないんだ、大統領さんならみんなで一緒に――」
「話にならない」

 たった一言。短い言葉に圧を込めて、文はお燐の言葉を遮った。無言の圧力に気圧されて、お燐は反射的に息を呑むように黙り込んだ。
 この短いやりとりで分かった。大統領はそうとう頭が切れる。根拠はないが、もしも文の挑発に乗りかけたお燐を静し、お燐にこう言わせる事まで大統領の思惑のうちだったとしたなら、この男はやはり厄介だ。きっとこの紳士的な態度で、あの博麗霊夢をも懐柔したのだろう。
 だが、だとしても文の意思は動かない。この男は、幾度となくジョニィを殺そうとした。あまつさえ、ジョニィの友情を思うこころに訴えかけて信用させ、その末に騙したような男なのだ。きっと今ここにジョニィがいたならば、絶対に大統領を二度とは信用しない筈だ。ならば、文の心も動かない。大統領の口車に乗せられることは絶対にあり得ない。

「……何故、君はそうも頑なに協力を拒む……? 君の目的は何だ」
「ただ生きたいというだけですよ。その上で、私には遺体が必要だから、渡せない。何も難しい話はないと思いますけど」
「いいや、生きることが目的ならば手を取り合えばいい。わたしは何も君を『始末』して遺体を奪おうなどとは考えているのではないんだからな……遺体はわたしが預かるが、その『見返り』として、わたしに協力を申し出た参加者は等しく守りぬく。それがわたしの目的だ。射命丸文くん……君にとってもそれは『悪いこと』ではないハズだが」
「……私は、そういう話をしてるんじゃない」
「なに?」
「あのですね。私にとって『良いこと』だから従うとか、『悪いこと』だから従わないとか、そういうのはもうどうだっていいんですよ。ただ私は、あなたが何を言おうと、信用はできない。だから遺体も渡さない……それだけです。だったら平行線でしょう、この話は。時間の無駄です」
「それは……ジョニィ・ジョースターの意思が介在しているため……か?」

 文は何も答えなかった。回答の方向性としては、大統領の言う通りだ。ジョニィの意思が今もまだ生きているから、あなたに遺体を渡すことは出来ません、とでも言えば概ね間違いはないのだろう。しかし、大統領に促されてそれを言わされるのは非常に不快だった。
 だけれども、無言でいるということは、肯定と同義だ。大統領はその前提で話を進める。

「いいか、射命丸文。物事の……片方の面だけを見るのはやめろ。なぜジョニィ・ジョースターの話だけを信じて、わたしの言葉には耳を傾けない。何度も言うが……わたしはゲームには乗っていないんだ……博麗霊夢とも協力体制にある。さらに言えば、わたしはわたし自身の私利私欲のために遺体を欲しているワケでもない。それを……あの男の言葉だけを信じて、わたしだけを蔑ろにするのは……あまりにも一方的だとは思わないか」

 確かに大統領の言葉にも一理ある。心で否定しても、理屈では大統領が絶対的に間違ったことを言う類の人間ではないということを理解できてしまう自分がいる。
 大統領の言い分は何処までも合理的で、正しく聞こえるのだ。お燐や博麗霊夢が大統領の側についたことにも頷ける。文にはそれが空恐ろしかった。

「……ファニー・ヴァレンタイン大統領。話に聞いていた通り……あなたは口が上手い。成程、あなたの言うことに一見間違いはありませんよ。ええ、あなたが国家のため、ひいては国民のために遺体を求めていたことも、ジョニィさんから聞いています。そんなあなただからこそ……博麗の巫女も、そこにいるお燐さんも、あなたに協力する道を選んだ。だからジョニィさんも、一度はあなたを信じようとしたのでしょう」
「ふむ……どうやら、ジョニィ・ジョースターはわたしにとって害悪となる情報だけを伝えていたワケではないらしいな……だが、それならば話は早い。わたしの目下の目的はこの馬鹿げた殺し合いからの脱出だ……そこに嘘がないことも、君はもう分かっているんじゃあないのか」
「いや、知りませんよそれについては。あなたの口が上手いことは認めますが、だからといってあなたの言葉を信じられるかと問われれば、やはり信じられません。寧ろ、口が上手いあなたが相手だからこそ、余計に私は警戒してしまう」
「お姉さん! そんなこと言わないで、ちゃんと話を聞いてよ。大統領さんはお姉さんと向き合って話し合いをしようとしてくれてるんだよ。あたいはもう、これ以上、誰かが死ぬところなんて見たくないよ……それが例えお姉さんでも!」

 お燐の言葉が、なんの他意もない、純粋な善意からのものであることは明白であった。古明地こいしも死んだ今、お燐単体に対する私怨は特にはない。遺体さえ頂けるならあとはどう転んでも関係のない小娘ではあるが、それはそれとしてそういう物言いをされるのは、文の良心が糾弾されているようで、やはり気分はよくない。家族を失ったばかりのお燐が相手では尚更だった。

「あのねえ……お燐さん、あなたも分かってるんですか。その男は、自分の目的のためなら他人なんて平気で裏切る男。最後には結局、自分で決めた正義を優先する類の人間よ」
「そ、それは……」
「そういう人間は一番始末に負えないわ。だって、自分自信を正義だと信じてるんだもの」

 一瞬、お燐の視線が大きく泳いだ。文の言葉に何らかの心当たりがあったのかもしれない。例えば、既に目の前で大統領の『正義』に誰かを殺されている、とか。

「まあ、別に私はあなたがどうなろうと知ったこっちゃありませんけど、一応警告だけはしておきますよ。誰彼構わず信じるのは考えものってね」
「……射命丸文くん。わたしとジョニィ・ジョースターとの間に確執があったことは認めよう。そして君の言うように、わたしは国家のため、国民のためならば何でもやる男だ……それも認めよう。だが……国を、何かを護るというのは……結局はそういうことなのではないか?」

 今度は何を言い出すつもりか。否定も肯定もせず、文は冷ややかな気持ちのまま、静かに大統領に視線を向けた。

「聡明な君ならば分からない話でもないだろう……国を護るということは、容易いことじゃあない……太古の昔から、人は常に護るために戦い、奪い、そして殺してきた。『美しさ』の陰には『酷さ』がある……何かを生かすというのは……何かを殺すということでもあるのだ」
「……いや。そりゃまあ、否定はしませんけど」
「そしてわたしには、アメリカ合衆国大統領として、いかな手段を取ろうとも、国を守りぬく義務がある! 国民に絶対的な繁栄を約束する責務がある!」
「ちょっ、ちょっとちょっとあなた、ここへ来て開き直るつもりですか!?」
「開き直りではない、事実だ。ジョニィ・ジョースターとの確執は……彼らが我が国にとってのテロリストだったからだ。国の繁栄のために必要な『遺体』を狙うテロリストを、わたしは放っておくワケにはいかない……しかしそれは決してわたし個人の私欲のためではない」
「だから、自分は悪くないって言いたいんですか」
「そこまでは言わない。狙われる側としては、わたしを怨む気持ちも分かるからな。だが、それはあくまで『国家単位』での話だ。この場所ではまず、個々人が生き残ることが優先される……『個人単位』での世界だ。この場所へ来てなお、ジョニィ・ジョースターと争うつもりなどわたしにはなかった……状況は遺体の奪い合いどころではないからな」

 文は一瞬、返す言葉に詰まった。またしても、大統領の言葉に不条理さはない、と感じてしまったのだ。だが、本当にジョニィと争う気がなかったのかどうかなど、ジョニィが死んだ今となっては分からない。どうとでも言えることだ。

「……ジャイロさんは」
「なに?」
「まだ生きているジャイロさんは、どうなんです。ジョニィさんのお友達の……彼とも、協力する気はあるんですか」
「……ある。例え一時的であろうとも、この場で力を合わせることは、決して愚かな判断ではない。相手が誰であろうと……この殺し合いに反発するもの同士ならば」

 文は言葉を返すことが出来なかった。筋は通っているように思われた。
 数秒の沈黙が、随分と長い時のように感じられる。嫌に生暖かい水分が、じっとりと頭皮を伝って、頬に当たる雨と一緒に流れ落ちていく。何処までが汗で、何処までが雨かは分からないが、ともかく、不快だった。文は鼻筋を避けて両のこめかみにぴったりと張り付いていた黒髪を掻き上げて、微かに荒くなった吐息を吐き出す。

「いいでしょう。だったら……ふたつ、約束しなさい」
「約束?」
「ええ、約束です」
「……聞こう」

 軽く人差し指を掲げて、文は言った。

「ひとつ。ジャイロ・ツェペリには、絶対に手を出さないこと。博麗の巫女と約束したのと同じように。元の世界での因縁を忘れて、ジャイロさんとも手を取り合うこと」

 無言のまま、大統領はじっと文を見詰める。緊迫した空気が辺りを包む。
 会ったこともないジャイロのことなど、正直に言えばどうでもいい。だが、ジョニィを殺す気がなかったというなら、その仲間であるジャイロも扱いとしては同格である筈だ。そのジャイロに手を出さないことを約束させることに意味がある。

「約束しよう」

 大統領が首肯する。
 文は人差し指に続いて、薬指を立てた。ここからが重要だった。

「ふたつ。あなたが今持っている遺体を……すべてこの私に寄越しなさい。勿論、そこのお燐さんが持っている遺体も含めて、全部」
「……なに?」

 これには流石に、大統領も眉をしかめた。

「あなたが真にアメリカ合衆国の繁栄のためのみに遺体を求めているのなら……この殺し合いが終わってから、遺体を持ち帰ることさえ出来れば問題はないハズです。殺し合いに悪用をするつもりがないのなら……すべてが終わるまで、あなたが持っている遺体を私に寄越しなさい」
「殺し合いが終わるまで……遺体を手に入れるたび君に渡せと……」

 文は静かに頷いた。

「だが……最後に集めたすべての遺体をわたしに返還するという保証は……何処にもない」
「大統領……私はことあなたとの取引において、一切の妥協はしない。それはあなたに、ジョニィ・ジョースターを騙したという『実績』があるからよ……どっちみち、今ここであなたに遺体を渡すという選択肢は『絶対に』あり得ない。渡すとしても、すべてが終わってからよ」

 この場で遺体の一部を要求することと、すべての遺体を揃えてしまった相手に遺体を要求すること。その意味合いはまったく違う。大統領からすれば、ここで遺体の一部を手に入れられるかもしれないチャンスをみすみす逃すことになるのだ。そう簡単に頷ける訳はない。だが逆に言えば、そこまで譲歩させねば、文には大統領を信用することも出来なかった。

「……天狗のお姉さん! あんたちょっとセコいよ! 大統領さんが下手に出てるのをいいことに……」
「それくらいでなければ、私は大統領を信じることは出来ないと言っているの。さあさあ、呑まないならどっちみち話は終わりですよ。そっちに戦う気がない以上、私をとっとと元の世界に戻す以外に道はありません」

 大統領の表情に大した変化はない。だけれども、この要求が大統領にとってかなりの不利になる要求であることは考えるまでもない。心中は穏やかでない筈だ。

「……その条件を、そのまま呑むわけにはいかない……無理だ! わたしには、君を信用する材料が少なすぎる」
「それはお互い様ですね。私だってあなたを信用することなんて出来ないもの」
「疑いたいワケじゃあない……だが、遺体を全て揃える前に、君に不意を打たれる可能性だってある……不完全とはいえ、遺体のパワーを身に付けた君に」
「だからそれはお互い様ですってば。それ言い出したら私だって、遺体を揃えきる前に、何らかの事故に見せかけて殺される可能性だってある。他の仲間をけしかけて私を襲わせないって保証も何処にもない。この条件が呑めないなら交渉は決裂ですよ、私は一歩も退きません」
「……結局、わたし達の間に信頼など生まれるわけもなかった……ということか」

 大統領は大きく息を吐いた。諦念のニュアンスが感じられた。

「実に……残念だ。出会い方が少しでも違っていれば……君という優秀な妖怪を味方につけることも出来たのだろうか」
「そういう可能性もあったのかもしれませんけどね。私はもう、ジョニィさんと出会ってしまいましたから」

 ここから先、文が口走ろうとしていることは、敢えて口に出して言う必要はない類の発言なのだろうということはわかっていた。だけれども、拒絶はハッキリと。納得できる理由を添えて、突き放してやろうという気持ちが文の中で鎌首をもたげた。

「悔しい話ですけどね。私はあのちっぽけな人間を『気高い』と感じてしまった。千年以上も生きてきた私が、あんな若者をです。それは、或いは私たちのような妖怪には辿り着けない……ごく短い時を生きる人間だけに見出だせる輝きなのかもしれません」
「だからジョニィ・ジョースターを裏切ることは出来ない……そう言いたいのか」
「まあ、概ね間違っちゃいません。仮に私が『ゲームに乗る』と判断したとしても、あのときジョニィさんに感じた気持ちに嘘はない。今更それを否定することは出来ない」
「……そうか」

 大統領は小さくため息をついて、目を伏せた。

「最後に、もう一度だけ聞くぞ、射命丸文。どうしても……考えなおす気はないのか」
「あなたもしつこい人ですね、無理だって言ってるのに子供ですか」
「……君の考えはよくわかった。わたしにはその考えも、ジョニィ・ジョースターをも否定する気はない。その上で、一時的にでも手を組むという選択肢は」
「ありませんので諦めてください」

 にべもなく言い放ってやった。言ってやった、という気持ちが少なからずあった。
 こと遺体に関しては、自分でも、思っていた以上に熱くなっているのがわかる。文自信、冷えきった筈の自分の心の中に、未だこんな熱が残っているだなんて思いもよらなかった。
 この熱は最後に残ったプライドだ。そもそも文は積極的に殺しがしたかったワケでもない。すべての懊悩をかなぐり捨てて殺し合いに優勝したとて、後々気持ちのいい生活を幻想郷で送ってゆけるとも思わない。せめて最後に残ったプライドだけは、守りぬく必要があった。
 思えば、ヴァニラ・アイスと対峙したときのジョニィは、こういう、理屈では判断しにくいが、どうあっても譲れぬ思いに駆られていたのかもしれない。洗脳されているチルノを助けようと言い出したときも。それがジョニィの心の地図だとするなら、今の文の心の地図は、『大統領に遺体を渡さないこと』だ。それだけは絶対に曲げられない。

「わかった。今君が持っている遺体に関しては……ここで譲って貰うことは諦めよう」
「やっとわかってくれましたか」
「ああ。だが君はいずれ後悔することになるぞ……ここでわたしという『権威』を突き放す判断をしたことを」
「はあ、そうですか」

 気の抜けた返事だった。大きなお世話だ、という感想が大きかった。
 大統領が怪訝そうに文を睨む。眇められた瞳には微かな敵意が感じられた。
 それは、本来ジョニィ・ジョースターに向けられるべき瞳である事に文はすぐに察しがついた。変に味方につけようとされるよりも、こと大統領においては、こういう目つきで睨まれた方がまだ気分はよかった。

「成る程な……確かにジョニィ・ジョースターなら、こんな説得ぽっちでわたしに遺体は渡さなかったろう」
「そうでしょうね。あなたがいま相手をしているのは、もはや私ひとりじゃないってことですよ」

 言ってから、文は自分の発言に違和感を覚えた。自分のからだの中に灯った正体の判然としない熱い何かが、文の口をついて勝手に出てきたような心地だった。何を口走っているのかと一瞬思いもしたものの、今更それを止めようという気は起こらず、文は感じたままに動く口にすべてを任せた。

「あなたは、私とジョニィ・ジョースター……このふたりを同時に相手しているものと考えるべきだった」
「……今、納得した。奇妙なことだが……君の背後に、ジョニィ・ジョースターの面影を感じるよ。君は彼と実によく似た目をしている」

 挑発なのか単なる感想なのか、すぐには判断がつかず、文は返答に窮した。

「いや、気にするな。大した意味じゃあないぞ……射命丸文」
「……まあ、何でも構いません。で、これ以上話もないならとっとと元の世界に戻して欲しいんですけどね」
「それについてなんだが……どっちみちこのままでは君も元の世界へは帰れないんだ。ここからは……わたしの提案を受け入れて貰うぞ」
「はあ、提案。それ聞いてあげない限り戻れないって言うんですか」
「ああ……だが決して難しいことじゃあない。射命丸文……お燐くんにそうしたように……遺体はいったん君に預けよう。その代わり……わたしと別行動を取って、君にも遺体を集めて貰う」
「あややっ、交渉が無駄だってわかったからって、今度は堂々と私を利用しようってワケですか」
「これは最大限の譲歩だ……これ以上はあり得ない! 例え君が腹のうちで何を考えていようとも……せいぜい利用はさせて貰う。これだけは『納得』して貰うぞ、射命丸文」

 それは最早、大統領にとってのプライドといっても過言ではないのだろう。
 事実上他に出来ることがないためとはいえ、ただ言い負かされておめおめと帰るだけでは合衆国大統領の名が泣く、といったところだろう。だがそうなってくると、文としては素直に頷いてやるのも癪だった。

「……それ、つまり今は何も出来ないってことじゃないですか。今までと何ら状況変わりませんけど」
「そうだ。君が今持っている遺体に関してはいったん保留にさせて貰う。だが、わたしは決して遺体を諦めたワケでも、譲ったワケでもないということは忘れないで欲しい。わたしとの交渉に勝ったなどと思われるのは勘違いも甚だしいからな」
「うっわ、面倒くさい人ですね、あなた。子供じゃないんだからそんな」

 大統領は最早文の軽口には耳を貸さなかった。

「最終的にわたしがすべての遺体を揃えるという結果に変わりはないのだ。ならばせめて、その結果に至るまでの過程を君に協力して貰う。君にその意志があろうとなかろうと関係なくな」
「……ああもう。はいはい、わかりましたよ。そうしなきゃあっちの世界に戻れないって言うんじゃ、拒否権もありませんしね」

 さも面白くなさそうに、分かりやすい不快感を隠しもせずに、文は軽く両の掌を上へ向けて掲げて見せた。
 結局、最終的に大統領の提案に従う形になることは業腹ではあるものの、元の世界に帰る手立てがないのでは話にならない。大統領にここまで譲歩させたのだ、此方からも最低限の譲歩は必要だと思われた。
 ここからは遺体争奪戦だ。元の世界に戻って大統領と別れたら、何処かで隙を突いてお燐を『始末』し、まずはあの小娘の持っている遺体を手に入れる。それから――

「ただし、お燐くんはわたしが連れて行く。君と一緒に行動はさせない」
「は?」
「仮にわたしが彼女と別行動を取るとしても、今後彼女に遺体は預けない。もはやお燐くんは君にとってターゲットのひとりだろうからな」

 まるで文の思考を読んでいるかのようなタイミングだった。お燐は訳もわからないといった様子で、大統領に瞠目の視線を送るだけだった。

「いや、いやいやいや、何をそんな物騒な」
「物騒。物騒だと……よく言う。君の瞳の中には、あのジョニィ・ジョースターによく似たドス黒い意思を感じるぞ……射命丸文。わたしはもはや、君に対して一切の油断は出来ない」
「……はあ。それはそれは、随分と警戒されたもんですね」
「で、でも大統領さん! それじゃあたいはこれからどうすればいいのさ」
「お燐くん……君はよくやってくれた。こうして遺体を私に引きあわせてくれたのだからな……もう十分だ。これからはわたしが君を護る」

 大統領の大きな手が、お燐の赤い髪の上に乗せられる。お燐は存外心地よさそうだった。さっきのお燐の反応を見るに、お燐の中には、少なからず大統領に対する疑念がある筈だ。それを、ああして上手く逆らわないように懐柔している。ろくな男ではない、と文は思った。
 面白くない結果だが、ここで異を唱える訳にもいかず、文はひとこと「そうですか」とだけ呟いた。考えてみれば、合理的な判断だ。大統領の視点で考えれば、既に文に狙われているお燐に遺体を預け続けておく訳がない。流石と言うべきか、半端なことはしない男だ。

「はいはい、分かりました。分かりましたよ。それじゃあもうとっとと元の世界に戻してください、それで私は構いませんから」

 あからさまに不承不承といった様子で、文はこくこくと頷いた。一拍の間を置いて、いいだろう、と呟いた大統領がゆっくりと文へと向かって歩を進める。
 話し合いは終わりだ。状況は決して大統領の思惑通りに進んだ訳ではないというのに、どうにも胸騒ぎを覚える。この場で持っていかれるかもしれなかった遺体を守り抜いたというのに、安心出来ずにいる。
 その理由にもすぐにあたりがついた。天狗である自分が、人間如きに危機感を覚えていることそのものが異常なのだ。この男は、ジョニィとは間逆だ。天狗でありながら敬意を払わずには居られなかったあの男とは真逆、天狗でありながら脅威を感じてしまっている。
 幻想郷の基準で考えて、こんな男は、居てはならない。妖怪すら脅かし、人々を導くカリスマ性を備えた人間など。

 ――この敵は『危険』なんだ。僕が今ここで完全に『始末』しなければいけない。

 ふと、不意に。ジョニィの言葉が、文の脳裏に蘇った。
 大統領はそもそもジョニィに一度『始末』された人間だ。みんなで脱出すると言ったあのジョニィが。自分を殺そうとするチルノをも見捨てず助けようとしたあのジョニィが。あの心優しいジョニィ・ジョースターが、『始末』しなければならないと判断した人間だ。




「それでは、お燐くんはこのままわたしが連れて行く。ホル・ホースくん……今まで彼女を守ってくれたこと、感謝する」
「い、いや……おれは別になにもしちゃあいませんぜ」

 おずおずと言った様子で、ホル・ホースは軽く頭を垂れる。

「一緒に居てくれただけでも、あたいにとっては嬉しかったよ。あたいのことは心配しないでね、きっと大丈夫だから」
「お燐……おめーが決めたことならそれでいいけどよォ……わかってると思うが、あんまり無理はするんじゃあねーぜ」
「うん、大丈夫。ありがとう! 優しいね、ホル・ホースのお兄さんは」

 連鎖的に響子の最後を思い出したホル・ホースは、そこで口を噤んだ。
 この世界と限りなく近い異世界とやらで、既に大方の話はついたらしい。たった十分程度の話し合いの末に、一体どうしてチームをふたつに分ける事になったのか、ホル・ホースにはどうにも理解が及ばなかった。ともかく、馬に乗った大統領に、リヤカーを引くお燐が追従する形で、ホル・ホースと文の元から離れてゆこうとしている。
 一体どういった話し合いをしていたのかと問おうにも、大統領も、文も、はっきりとしたことは教えてくれなかった。ただ、その方が効率がいいと両者口を揃えて言うだけだった。その決定に、ホル・ホースが口を挟む余地はなかった。
 大統領とお燐の陰が、ゆっくりと離れていく。リヤカーを持ち運ぶお燐に配慮してのことだろうか。次第に遠ざかってゆくふたりを見守りながら、ホル・ホースはちらと隣の文を見た。一体どんな会話をして、今に至ったのだろうか。そんな疑問は、すぐに吹き飛んだ。

「おま……っ」

 文の双眸は、まともではなかった。
 あの人懐っこく可愛らしい少女の顔は、そこにはない。今の文は、言うなれば『人殺しの眼』をしている。その双眸の奥底に、人を殺すことに対する躊躇いを捨て去った、漆黒の炎が揺らめいていた。
 文が懐から一丁の拳銃を取り出した。ホル・ホースの静止など間に合う訳もない。既に覚悟を決めた文の行動は、すべてが早かった。拳銃の照準を大雑把に大統領へと合わせると同時に、引き金を引き絞った。
 ぱぁん、と甲高い発砲音が辺りに響き渡る。瞬く間に、脇腹を抑え込んだ大統領が、馬から落ちた。命中したのだ。お燐がリヤカーを投げ捨てて大統領に駆け寄った時には既に、文の背中で折り畳まれていた漆黒の翼が、急速に広がり、羽ばたいていた。瞬時にトップスピードに達した文は、周囲の雨を弾きながら弾丸さながらの勢いで大統領へと急迫した。
 ホル・ホースは、この瞬間はじめて天狗の力の一端を垣間見た。この場において文の飛行速度が制限されているという話は聞いていたが、それを差し引いても十分驚異的な速度だった。おそらく、百キロは出ている。それも、この雨の中、一瞬でだ。
 そこから起こる出来事は、すべてがあっという間だった。ほんとうに、あっという間に始まって、あっという間に終わっていた。それがホル・ホースの抱いた感想だった。

 文にとって、最初の弾丸が何処に命中するかはもはやどうでもよかった。肝心なのは、命を奪うに足る確実な隙を生み出すことだ。
 ジョニィは大統領のスタンドをえげつないスタンドと評していた。実際『隣の世界』へと移動するスタンドなど、普通ではない。人間には過ぎたる力だ。だけれども、一瞬で殺し切ってしまえば、平行世界への移動など大した問題ではない。
 どっちみち、ここで大統領を逃すわけにはいかない。もしも大統領の提案の通り、遺体集め競争を受け入れたとして、次に大統領と顔を合わせる時には必ず状況は文にとって不利な方向へ向かっていることだろう。大統領はこの短時間でお燐だけでなく、あの博麗の巫女をも味方につけたのだ。奴に時間を与えれば、仲間は着実に増え続けていく。口惜しいことだが、大統領にはそれだけのカリスマ性がある。仲間が多いということは、それだけ遺体を集める効率も良いという事だ。これ以上文にとっての敵を増やされる事も避けたかった。大統領を逃がす事によって生じるデメリットは、ホル・ホースの前でいい子ちゃんを続けるメリットに勝ち過ぎていた。
 漆黒の殺意を抱いて飛んだ文は、降りしきる雨を弾き飛ばし、濡れた砂を突風で巻き起こし、驚異的な速度でふたりの元へ突っ込んだ。

「どけッ!」
「にゃっ!?」

 ドス黒い炎揺らめく瞳は、既に大統領しか捉えてはいない。高速の飛行によって得られた速度をそのまま力としてぶつける形で、駆け寄ろうとしていたお燐を払い除けた文は、瞬く間に大統領へと肉薄した。脇腹を撃たれた大統領が、上半身だけを捻って文へと向き直る。その眼に、確かな『脅え』が見て取れた。文は、ここへ来て貶められ続けてきた妖怪としての威厳を取り戻す心地だった。
 刹那、強烈な目眩に襲われた。遺体を持った者同士が急接近した時に生じる感覚だが、文はそれを既にお燐と出会った時に経験済みだった。一度経験した事ならば、予測することは容易い。予測済みの目眩では、勢い付いた文を掣肘するには至らない。

「大統領ッ! あんたはここで『始末』するッ!!」

 突き出した文の手刀が、大統領の左腕の肘関節に突き刺さった。脆い部分を穿たれ、血液が溢れ出る。大統領の体内へと入り込んだ文の指先が、生暖かい肉をかき分けて、骨を掴む。それは、聖人の遺体だった。勢い良く引き抜くと、大統領の左腕から先は容易く千切れ、弾き出されるように遺体が飛び出した。遺体が文の左腕へと吸い込まれてゆく。
 聖なる力が今、また一つこのからだに宿ったことを実感する。感情が急速に熱を得て、昂揚した思いが全身に伝播してゆく。力がみなぎってゆくのが感覚でわかった。
 続いて文は、同じように大統領の喉元へと手刀をねじ込んだ。鋭利な刃で突き刺した、というよりも、腕力で以て無理矢理叩き込んだ、と表現する方が適切だった。大統領の口から、喉から、淡い色合いの血液が一気に溢れ出て、雨とともに上半身の衣服へと染み込んでゆく。大統領の瞳から急速に光が失われていくのを見て、文は勝利を確信した。
 直後、スパァン、と何かと何かが衝突するような音が、背後で響き渡った。ごく至近距離で聞こえた異音に違和感を覚えたその刹那、強烈な痛みと重みが文の右の翼を襲って、文は大きくバランスを崩した。

「なっ」

 何が起こったのか、理解は追い付かなかった。一瞬ごとに、文の右翼だけが、軋みを上げて崩壊してゆく。それだけは何となくわかった。だが、何故、どうして、何が起こっているのかは文にはわからない。痛みから逃れようと踊り狂った文は、いよいよ立っていることもままならず、その場に突っ伏して倒れ込んだ。
 首だけを回して文が見たのは、自分の右翼が、何処からか現れたもう一枚の、まったく同じ右翼と『くっついて』崩壊してゆく様だった。まるでスポンジ同士が互いの隙間を潰し合ってひとつになろうとするように、持ち主のない黒翼が軋みを上げて文の翼の中へと入り込んでゆく。文の片翼は既に半ばまでが崩壊している。崩壊した部分から、同じように崩壊したもう一枚の翼が、さながら鏡写しにでもしたように突き刺さって、生えている。もはや原型を留めては居なかった。
 そして、無残な外見へと成り果てた翼越しに文が見たのは、もっと信じられない光景だった。

「Dirty deeds done dirt cheap」

 ――いともたやすく行われるえげつない行為。
 大きな耳を持った人型のスタンドを傍らに携えたファニー・ヴァレンタインが、五体満足の姿で文を見下ろしていた。瞬間、さっき湧き上がった感情とは別種の感情が沸騰して、全身を熱くする。だが、もはや怒りを口にするだけの勢いは文には残っていなかった。

「なッなん……なん、で……っ」

 恐慌状態になりつつある口から発せられた精一杯の言葉は、疑問だった。文の傍らに、既に死体と成り果てた大統領が転がっている。脇腹を銃で撃たれ、左腕の肘から先を失い、首を貫かれた、大統領だったものの哀れな残骸が。
 勝った、筈なのに。いったいなぜ、どうして、なんで。状況を受け入れられず、疑問ばかりが文の胸中を満たしていった。

「全てを理解したぞ。射命丸文……今、隣から来たこのわたしが『基本』となった……この意味が解るか」

 問いに応える余裕などはなかった。激痛で思考が回らない。大きな翼を羽ばたかせて距離を取ろうにも、何処からかやってきた翼が突き刺さって崩壊し始めた方の片翼は、ぴくりとも動こうとはしない。すぐに飛ぶのは、不可能だった。

「あ、ぁ、あァああ」

 目頭が熱くなる。此処へ来て初めて、涙が湧き出るのを感じた。
 悔しかった。ただ、ただ、悔しかった。文の視界がぐにゃりと歪む。降りしきる雨と混ざり合って、すぐに許容量を超えた涙が、文の頬から零れ落ちた。
 こんなことはあってはならない。天狗である自分が、こんなくだらないことで不覚を取って殺されるなど、あってはならないことだ。
 震える手で、大統領へと拳銃を向ける。背中から伝播する苛烈な痛みに苛まれて、照準は定まらない。一発、二発と続けて打つが、もはや銃の反動を受け止めることも出来ず、射線は大きくズレて、いずれも大統領には命中しなかった。

「どうした? ぜんぜん狙いが定まっちゃあいないぞ。脅えているのか? このわたしに」
「う、ぁぁァアぁあぁあああああああーーーッ!!」

 続けて残りの三発の弾丸も撃ち尽くすが、パニックに陥った文の弾丸など大統領にとって脅威でも何でもないことはあまりにも明白だった。弾丸は全て明後日の方向へ飛んでいった。引き金を引き続けるが、あとはもう、カチ、カチ、と渇いた音が鳴るだけだった。

「万策尽きたか……安心しろ、殺しはしない。しかし、君の遺体はすべて寄越してもらう。これは『正当なる防衛』の結果だ……決してわたしから君を襲ったワケじゃあない……実に残念な結果だがな」

 大統領が、ゆっくりと歩を進める。文の右の翼のほとんどが、既に形を失っていた。

「……その翼は、隣の世界の君が遺した形見だ。君がさっき殺した『この世界』のわたしから……あの屋敷に転がっている君の『死がい』を回収するように、と予め頼まれていたんだ。あの男たちが部屋を出た隙を狙ったんだが……まったくハラハラしたぞ。いかなわたしとはいえ、奴らに見つかっては少しばかり面倒くさいからな」
「そ、れが……なんでっ!」
「それはどの部分に対する疑問だ? どうしてわたしにそんなことをさせたのか、か? それとも、どうして君の翼が崩壊をはじめたのか、か?」

 疑問は投げたものの、もうどっちでもいい、何でもいい、そういう心持ちであった。
 文にはただ、憎々しげに大統領を睨むことしか出来ない。この戦いは完全に文の負けだ。

「前者は純粋に、君を警戒していたからだ。シンプルな答えだろう」
「ッ、く、そ……がッ!」
「そして後者は……このわたしのスタンドをのぞいて……同じ世界に、同じものは同時に存在できない。残念ながら、君の身体は既に奴らに食い尽くされたあとのようでね……その翼しか見当たらなかったんだ。君にとっては不幸中の幸いといったところかもしれんが……だから君の翼は崩壊をはじめた」

 大統領の説明を受けて、文もまた、全てを理解した。
 ジョニィをして「えげつない能力」と言わしめる意味を、理解した。
 今回の場合、既に『入れ替われるもう一人の大統領』がこの世界で行動していたことが、最も大きな敗因であろう。それさえなければ、代わりを連れてくる前に『即死』させれば殺せないことはないのだろうが、いまさら悔やんでも遅い。
 大統領は文に殺される瞬間、スタンドを出す余裕すらなかったのではない。あの時、文は『あの』大統領を殺しきる事に集中しすぎて、視野が狭まっていた。実際には既に、大統領のスタンドは本体を抜け出て、もう一人の大統領へと移っていたのだ。
 気力を失い、がくりとうなだれた文の視線の先に、大統領の革靴が見える。一瞬逡巡した大統領は、同じ顔をした自分の死体の両耳から聖人の遺体を回収すると、みるみるうちに死んだ大統領の身体に無数の穴が空き始めた。やがて大統領の遺体は消失した。雨粒に挟まれて、隣の世界へと移動したのだ。
 ふう、と一息ついて、大統領はすぐに文の左腕を掴み上げた。

「だ、大統領さん……もう大統領さんの勝ちだよ、あんまり乱暴なことは」
「案ずるな。何もこの女がしたように、左腕を奪おうだなんて思わない。ただ、遺体を返してもらうだけさ」

 抵抗する気力も、体力もなかった。ただ捻り上げられた左腕から、神秘の力が抜け落ちていく。こうして、文は遺体をすべて奪われて、今度こそ何もかも失うのだろう。
 岸辺露伴に洗脳されて。ちっぽけな人間に影響されて、助けられて。その人間を守り切ることも出来ず、妖精ごときにナメられ、奪われ。そして今、大統領を倒すことも出来ず、片翼を失いつつある激痛の中で、奪った筈の遺体を奪い返されようとしている。おまけに心底見下していたお燐にまで同情されるというおまけ付きだ。

(もう、最悪だ)

 文の誇りは地に堕ちた。千年以上もの時を生きてきたが、こうも立て続けにコケにされ、プライドを傷付けられたことは、未だかつてなかった。いっそ殺してくれた方がまだ楽になれるだろうに、あの大統領はそれをする気すらないと宣った。どの面下げてこれから生きていけばいいのかが、文にはもう、わからなかった。
 悪態すら吐く気力もなかった。ただ、言葉の代わりに、止めどない涙がぼろぼろと落ちていく。やがて、ばつんッ、と大きな音を立てて、今文の右翼の付け根まで、跡形もなく消滅した。千切れた付け根から血液がどくどくと溢れ出て、白いブラウスの背を汚してゆく。崩壊の真っ最中よりは、完全になくなってしまった方が、痛みは幾らかマシだった。
 妖怪にとって、身体への外傷は致命傷にはなり得ない。生還さえ出来れば、そのうち翼も治るのだろうが、最早そういう次元の問題ではなかった。見下していたやつらに散々コケにされた末に、自慢の翼を失い、実質的に幻想郷最速の称号を失ったということそのものが、文にとっては耐え難い絶望であった。

「ムッ!」

 突然、大統領が、文の左腕を離した。支えを失った左腕が、雨で濡れた地べたへと落ちる。掌が、ぱしゃ、と音を立てて地面に溜まっていた水を小さく跳ね上げた。
 ぼんやりとした思考のまま文が見たのは、左手が裂けて、その隙間から妖精のような姿形をした『何か』が顔を出している姿だった。理解が及ばぬ事柄の連続だった。

「チュミミ~~ン」

 文の腕から抜け出した妖精が、蚊の鳴くような声で何事かを告げる。文の左人差し指の爪が、勢い良く発射された。咄嗟に飛び退き距離を取った大統領に被害が及ぶことはなかったが、しかし大統領の顔にはわかりやすい驚愕の色が見て取れた。
 自分が今何をしたのかは分からない。だが、爪を発射する、という行為に、心当たりはあった。

「あ……ぁ……ぁぁあああ……ッ」

 既に緩みきっていた涙腺から、滂沱と涙が溢れ出る。
 死んだはずの男の幻が、大挙して押し寄せる。決して多くはないが、その分強烈な男の思い出が、走馬灯のように文の脳裏を駆け抜けていく。
 後ろ暗い絶望の涙ではない。とっくに冷え切っていたと思い込んでいた心のうちから込み上げるそれは、まだ微かなあたたかみを残した涙だった。声にもならない嗚咽が、後から後から沸いて出る。
 まただ。また文は、あの男に助けられたのだ。

「う……うう、ぅ……うっ、うっ……」

 今ここで名前を呼ぶことは出来なかった。それをしたら、自分の心のうちに残る甘さにいよいよ圧し潰されてしまうような気がした。そのかわり、文は『感謝』を、その胸に懐いた。もう二度と借りを返すことの叶わぬ男への感謝を。
 あの男が最期に遺してくれた希望が、文の中に残った希望が、もう一度奇跡を起こしてくれた。それだけは分かる。ならば、泣いている場合ではない。雨と、涙とで歪んだ視界では、まともに大統領を捉える事も出来ない。歯を食いしばって、固く目を瞑った文は、目頭に溜まっていた涙を雨とともに洗い流した。
 再び開かれた文の瞳には、目の前の敵に対する『漆黒の殺意』が再燃していた。
 震える左腕を掲げる。人差し指の爪は消えてなくなったが、残りの爪はまだ四本ある。あの勇敢な男の姿を思い描いて、文は大統領へと左の爪を向ける。あの男が見せてくれた『回転』を強くイメージする。指先で、爪がくるくると回り始めた。やがて速度を上げてゆき、あの男ほどでないにしろ、爪は立派な回転を見せ始めた。

「……やめろ、射命丸文。お前の行為は『ヘビにそそのかされたイヴ』のごとき愚かなる過ちだ。そんなもので我が『D4C』と戦えはしない」
「やってみなければ……わからない。あんたは『危険』なのよ……ここで『始末』しなくてはいけない」
「やめろ。その爪はジョニィ・ジョースターの真似事以下だ」

 続く言葉はなかった。文の爪弾が、大統領目掛けて発射される。爪が大統領に到達する前に、現れたD4Cが振り下ろした手刀によって文の爪団は掻き消された。

「あ……っ」
「やはりだ。貴様の爪は敵を追尾することすらしない。簡単に掻き消えるぞ!」

 敵を追尾する。それがジョニィの能力。頭で理解していても、イメージだけでは回転は変わらない。インタビューをしても、ジョニィは『回転の技術』だけは詳しく教えてくれなかった。こんなことなら、もっと詳しく聞いておくべきだった。
 いっそ逃げるか、この遺体だけでも持って、この場から離れたほうがいいのではないか。そんな考えが一瞬脳裏をよぎるが、不思議とその考えはすぐに消え去った。この敵は『危険』だ。今後仲間を増やされて手が付けられなくなる前に『始末』する必要がある。

 ――『途中で逃げ出すただのクズ』に戻るなんてまっぴらだ。僕は最後まで行く!!

 またしても、ジョニィの言葉が脳裏に甦る。ここで逃げることは、出来ない。尚も左腕を大統領に突き付けたまま、続けて爪弾を発射する。だが、どれも結果は同じだった。三発目、四発目、五発目。ついにすべての爪弾が、大統領のスタンドによって掻き消された。大統領が再び文の左腕を掴み上げるのに、そう時間は必要としなかった。

「あ、あ……」
「今度こそ『返還』して貰うぞ……貴様の遺体を」

 今度は乱暴な手付きだった。いよいよ抵抗の出来なくなった文の左腕を捻り上げる。文の腰が、地面を離れた。無理に引っ張り上げられた左腕の付け根が軋む。生まれたての子鹿のように、文は足をばたつかせ何とか自重を支える。その時には既に、大統領の大きな掌が、文の脇腹に添えられていた。優しく撫で回すような大統領の手付きに、くすぐったさは感じない。ただ、汗と雨とで濡れた身体を、よりにもよって大統領にまさぐられる嫌悪感と不快感だけが文の心を蝕んでゆく。
 やがて、大統領の掌が文の脇から胸部にかけてを強く掴んだ。文の柔らかな部分に、大統領の指圧が沈み込む。

「ぅ……、ぁ……そん、な」

 己の身体から、今度は容易く、胴体部が抜け出てゆくのを文は見た。
 大統領は遺体の胴体だけをその手に掴んで、文の身体から引きずり出していった。完全に胴体が文の身体を抜け出た時、大統領は乱暴に文の左腕を突き放した。
 受け身もろくに取れず、尻もちをついた文が見たのは、大統領の左腕に脊椎付きの胴体が、右腕には聖人の左腕が掴まれている光景だった。文の顔がさっと青ざめる。遺体はそれぞれ、大統領の体内へと入り込んでいった。
 それを見届けた時、文の体力はいよいよ尽きた。今度こそ成すすべなく頭を垂れる。

「行くぞ、お燐くん。遺体は手に入れた……もうここに用はない」
「えっ、う、うん!」

 大統領は、もともとこの世界の大統領が乗っていた馬の手綱に手を懸けた。馬は大統領を拒否するように大きく、ぶるぶると身震いした。反射的に一歩身を引いた大統領など意にも介さず、馬は文の背後まで回り込み、鼻先を文の尻から腰にかけての部分に押し当てた。
 思わず背筋を伸ばした文の身体を、馬は鼻先を振り上げる事で跳ね上げた。文の身体が宙に舞う。

「わ、わ」

 上空で片翼を羽ばたかせるが、いつものようにはいかない。いつもなら容易く飛んでいた筈の文の身体は、空中でほんの一瞬浮力を得てふわりと浮かんだだけで、すぐに落下を始めた。片翼では姿勢制御すらままならなかった。一瞬ののち、文が落下した先は、地面ではなく、馬の背中の上だった。
 訳もわからぬ間に騎乗させられる形になった文は、困惑を禁じ得ず、未だ涙の湧き出る瞳で大統領を見遣る。大統領は何処か納得したように、鼻を鳴らした。

「その馬はジョニィ・ジョースターの愛馬、スローダンサーという。既にこの世には居ないジョニィ・ジョースターの『代わり』とでも言うべきか……どうやら君を気に入ったらしい」
「ジョニィさんの、愛馬……この子が!?」
「その馬は既に君を選んだ。もはや私に乗りこなすことは不可能だろう。射命丸文……遺体はすべて貰って行くが、交換だ。せめてスローダンサーくらいは君に譲ってやる。どっちみちその傷では……移動も疲れるだろうからな」

 大統領が、文の背から滴る血液を一瞥した。文にはその瞳に、憐憫の色が含まれているように感じられた。

「……なんで、なんで私にそんなこと」
「わたしを『殺した』ことに対する『正当防衛』は既に、君の翼で釣り合いは取った……何しろ千年以上もの時を生きる烏天狗の片翼だからな……これで十分だ。遺体もすべて返還してもらった。これ以上君に鞭打つ理由は何処にもない」
「情けを、かけるつもり」
「そうではない。君はわたしの命を狙ったが、そんなことは関係ないのだ……わたしは『幻想郷の人間を傷付けることはしない』と博麗霊夢に『約束』したんだからな。アメリカ合衆国大統領として、わたしは一度口に出して『約束』したことは必ず守る」

 大統領の言い分には、文個人との『勝負』に言及する要素が一切含まれていなかった。大統領が見ているのは、博麗霊夢との約束であって、射命丸文個人ではない。此処へ来て文は、自分が大統領にとって、本当の意味で『敵ですらなかった』ことを悟った。それは、文にとっては我慢のならない事実だった。

「ふざ、けるなッ……ふざけるなよ! 何処まで私をコケにすれば気が済むのよ、おまえッ大統領ォォーーーッ!!」
「わたしは君にこれ以上の手出しはしない。次に出会えた時には……もう少し冷静な話し合いが出来ることを、祈っているよ」

 すました態度で放たれたその言葉は、余計に文を馬鹿にしているように感じられた。そこには文のエゴに付き合う気はない、という確かな意思が感じられた。
 考えてみれば当然だろう。そもそも大統領にとって、文は倒すべき敵でも、乗り越えるべき壁でもなんでもないのだ。一々文の自己満足に付き合ってやるメリットは、大統領には一切ない。それは、認めたくはないが、否応なく認めざるを得ない事実であった。文は項垂れ、憎しみと怒りがないまぜになった、低く唸るような、言葉にもならない嗚咽を漏らした。
 それきり大統領は背を向け、文が取り落としたデイバッグと拳銃だけ回収し、歩き出した。お燐もまた、それに追従する。お燐はしばらく、後ろ髪引かれるように幾度か文に振り返っていたが、やがてそれもなくなった。何処か申し訳無さそうに文を見るその眼が、この上なく腹立たしかった。
 自分の情けなさに、文はまた、泣いた。文の戦歴に、遺体をすべて奪われることと、ジョニィの敵である大統領に情けをかけられた上、馬まで恵んでもらうという項目が追加された。何が烏天狗だ。何が千年生きた妖怪だ。これでは、威厳も何もあったものではない。

「……なあ、文。おめー」
「なんですか、ホル・ホースさん。これは雨です。涙ではありません」

 涙と雨でぐしゃぐしゃになった目元を、服の裾で乱暴に拭って、しかしそれでも泣き腫らした目は隠しきれはしないと判断して、文はホル・ホースから顔を背けた。極力声を押し殺して、泣いていることが悟られないよう、努力はした。

「そうかい。まー、こんな雨に直接目を打たれちまったんじゃあ、赤く腫れちまうのも無理はねぇよなァ……仕方のねぇことだ」
「うっ……う……」

 涙で真っ赤に充血した瞳で、文はホル・ホースに視線を向ける。文の方が、馬上からホル・ホースを見下ろす形になっていた。
 文は小さく嗚咽していた。整った顔立ちの少女が、髪も服も雨によってびしょ濡れにされて、声を押し殺して泣いている。不謹慎であることは承知しているものの、ホル・ホースはその儚げな『美しさ』に思わず見惚れ、言葉を失った。アジアンビューティ、という言葉がふと脳裏をよぎった。
 ホル・ホースが感じた漆黒に燃える殺意の炎は、既に文の瞳からは消えている。ここにいるのは、ただ不条理に打ちひしがれて涙を流す、ひとりの少女だった。
 涙の理由を聞く気にはならない。文が自分から話そうとしない以上、ホル・ホースが詮索することでもないからだ。中途半端な同情は、女のプライドを傷付けることをホル・ホースは知っていた。

「うっ……ひっく、ホル、ホースさん……なんで、こんなことになったかっ、聞かないんですか」
「今はそういう気分じゃねぇ……ただ、おめーが生きていてくれて、良かった。死んでからじゃあ、後悔しても遅ぇーからよ」
「……、見て、ください。翼を、持って行かれました。私、烏天狗なのに。もう、飛ぶことも……出来ません。遺体も、荷物も、全部奪われました。ぜんぶ……っ、ぜんぶ、失ったんです」

 ホル・ホースには、遺体というのが何を指すのかまるでわからなかった。だけれども、今この場に限っては、そんなことはどうでもいいことのように思われた。
 怒りと悔しさに燃える瞳から溢れ出る涙を堪えることもせず、文は叫んだ。

「このままじゃ、終われない……っ! 失って、奪われて、このままじゃ……!」
「……悔しいんだな。おめー、あいつらに『プライド』を傷付けられて」

 射命丸文の姿が、何処か、自分と似ているようにホル・ホースは感じた。

「悔しいなんてもんじゃないッ! もう『生きる』とか『死ぬ』とか……誰が『正義』で、誰が『悪』だなんて、そんなことどうだっていいッ!!」
「…………」
「私はっ……ぜんぶ、全部奪われた! 今の私は『マイナス』なのよッ! 『ゼロ』に向かっていきたいッ……『遺体』を手に入れて、自分の『マイナス』を『ゼロ』に戻したいだけなのにッ!!」
「…………」
「うっ……うぅ、……その『遺体』も……奪われたッ! ジョニィさんが、最後に遺してくれた『希望』なのに!!」
「…………」
「くそっ……くそォォ……っ! こんなことなら『遺体』なんて最初から知らなければ良かった! ジョニィさんとなんて出会わなければ良かったッ! 私は何も知りたくなかったのにッ!!」

 状況はわからない。だが、文が何をそんなに苦しんでいるのかは、何となく、分かる。故にホル・ホースはただ静かに、文の言葉を受け止める。
 数十年単位でしか生きていないホル・ホースに、何もかもを失った文の悔しさをまるきり理解しろというのは難しい話かもしれない。だが、それでも、『誇り』を傷付けられる『痛み』と『苦しみ』は、ホル・ホース自身がこの場で経験したことだ。暗闇の中で、心の指針を失うような心地を、ホル・ホースは二度と味わいたくないと感じていた。
 おそらく文は、まだホル・ホースに隠していることがある。今回の一件はきっと、出会ってすぐのお燐との口論の時点から尾を引いて続いているのであろうことも想像はつく。このホル・ホースに嘘をついて仲間面していたことは些か悲しいことだが、女とはそもそも嘘をつく生き物だとホル・ホースは考える。それに目くじらを立てて、泣いている文を突き放すのは、あまりにも情けない。
 今度こそ、己の心の地図に後悔は持ち込まない。女を見捨てるような真似は二度と出来ない。例え何度騙されようとも、ホル・ホースは女のために行動すると決めたのだ。
 この女にこれ以上付き合うことは、まさしく死出の旅へ付き合うようなものだろうが、それでも。見捨てるわけには、いかない。

「だったら、取り返すしかねぇだろうよ。奪われちまった『プライド』を……おめーのその手でよォ」
「奪い返せなかった! あなただって見てたじゃないの!」
「ああ。だがまだおめーは生きてる……なあ、おめーのそのスタンド、まだ使えるのかい?」

 ハッとした文が、ぼんやりと左の指先を掲げ、眺める。失った筈の左手の爪が、少しずつ、少しずつ、生えはじめている。文は大きく息をついた。

「わからない……ジョニィさんの『能力』が、『遺体』に残留していて、私に受け継がれたのかもしれないけど……私には、この爪をジョニィさんのように『回転』させることなんて、出来ない……出来るわけがない!」
「そのジョニィってあんちゃんは、爪を回す方法は教えてくれなかったのかい」
「回転の技術については教えるわけにはいかないって……、あ」
「ん?」

 言葉の途中で、文は言い淀んだ。何かを思い出したように、曇天の空を仰ぎ見る。

「……いえ、ジャイロさんが。ジャイロ・ツェペリさんのおかげで、ジョニィさんは回転の技術を学んだんだ、って」
「おー、そりゃ決まりだな。確かそのジャイロってのも名簿に記されてた名だ、探すぜ」
「探すって! 何処に居るかもまったくわからないのに」
「今のままじゃおめーは大統領サマには勝てねェー。それは認めろや。だったら、変わるしかねェーだろ」

 言い返す言葉も見当たらず、文は表情をしかめる。
 しかしその表情は、存外に不快そうではなかった。

「どうして。なんで、あなた、私に付き合うんです」
「そりゃおめー、さっき言ったじゃあねーか、おれはもう女を見捨てねぇってよォ」
「私はあなたを騙してたんですよ……『遺体』のことも黙ってたのに」
「おいおい、女の嘘を許せねぇ男ってなァ、みじめなモンだぜ。おまえさん、このおれがそういうタマだと思うかい?」

 ほんの一瞬、目を見開いて、呆けた顔をした文だったが、すぐに辟易とした表情で大きな嘆息を落とした。

「……、はあ。ほんっと、馬鹿馬鹿しい。後悔しますよ、きっと」
「上等だねェ、とことんまで付き合ってやろうじゃあねェーか」

 スローダンサーの鐙に足を乗せた文が、手綱を引いて馬を前進させる。ハットの庇を抑えながら、小走りで追い付いたホル・ホースは、文の隣を陣取った。文はホル・ホースからは顔を背けたまま、決して振り向いてはくれなかった。


【D-3 廃洋館 外(移動開始)/昼】

【射命丸文@東方風神録】
[状態]:漆黒の意思、疲労(大)、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷、片翼(翼の付け根から出血)、濡れている、牙(タスク)Act.1に覚醒?
[装備]:スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゼロに向かっていきたい。マイナスを帳消しにしたい。
1:ジャイロを探す。会って、話を聞きたい。
2:生きるとか死ぬとか、誰が正義で誰が悪かなんてもうどうだっていい。
3:遺体を奪い返して揃え、失った『誇り』を取り戻したい。
4:ホル・ホースを観察して『人間』を見極める。
5:幽々子に会ったら、参加者の魂の状態について訊いてみたい。
6:DIO、柱の男は要警戒。ヴァレンタインは殺す。
7:露伴にはもう会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
火焔猫燐と情報を交換しました。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。
※右の翼を失いました。現在は左の翼だけなので、思うように飛行も出来ません。しかし、腐っても烏天狗。慣れればそれなりに使い物にはなるかもしれません。


【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、疲労(中)、濡れている
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー(エニグマの紙に戻してある)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:また寄り道が増えちまったが、文のためにジャイロを探さなくっちゃあな。
2:響子を死なせたことを後悔。 最期の望みを叶えることでケリをつける。
3:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
4:あのイカレたターミネーターみてーな軍人(シュトロハイム)とは二度と会いたくねー。
4:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
5:使えるものは何でも利用するが、女を傷つけるのは主義に反する。とはいえ、場合によってはやむを得ない…か?
6:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
7:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
8:大統領は敵らしい。遺体のことも気になる。教えてもらいたい。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。



「ねえ、大統領さん。これ、返すよ」
「ああ、ありがとう……お燐くん。今まで遺体を守ってくれて」

 大統領にとって拠点たるジョースター邸への道を引き返しながら、ふと立ち止まったお燐は自らの体内に入り込んでいた遺体を大統領へと差し出した。事前に話し合った通りだ。大統領は、お燐の髪を優しく撫で擦る。お燐はまるで猫のように目を細める。そこではたと思い出した。この少女はそもそもが猫であった。
 自らの両足部に聖なるパワーがみなぎる心地を実感しながら、大統領は考える。お燐に今後遺体を任せることは、避けた方がいいだろう。また、一人で行動させることも。
 おそらく、きっと、射命丸文は既にお燐を敵とみなした筈だ。もしも大統領とはぐれて一人で居るところを文に見つかりでもしたら、その場で殺されてもおかしくはない。
 お燐にはここまで遺体を守り、そして大統領に新たな遺体を二つも齎したという実績がある。大統領の言いつけを守り、実績を残したお燐を切り捨てることは、絶対にしない。今後彼女を守ると宣言したならば、大統領は必ずお燐を守りぬくつもりでいた。

「……それにしても、わからないのは射命丸が使ったあのスタンドだ」
「え? あの、爪がくるくる回るやつ?」
「そうだ。アレはジョニィ・ジョースターといって、既に死んだ男が使っていたスタンドの筈なのだ」

 ジョニィ、という名を出した時、お燐は反射的に、どこか暗鬱とした表情を浮かべた。だが、それも一瞬だった。すぐにいつもの笑顔を取り戻したお燐が、大統領に問いを投げる。

「それって、すごいことなの?」
「スタンドは本来当人の精神を表すヴィジョンだ……他人のスタンドを身に付けることなど、普通はない」

 言いつつ、大統領は、例外のケースを脳裏に思い出していた。
 大統領の刺客、フェルディナンドが使っていた『スケアリーモンスター』だ。アレは本来、フェルディナンド当人の才能であった筈だが、Dioはどういう訳か原理は分からないが、遺体の力でフェルディナンドからスタンドを引き継いだという。
 もしもジョニィ・ジョースターのスタンドも同じように、遺体を通じて文へと乗り移ったとしたなら。とても納得の出来る話ではないが、可能性としては十分にあり得る。
 あくまで仮説だが、文が持っていた胴体と脊椎の遺体が、もともとジョニィが所持していたものとするなら。ましてや、文が最後に手に入れた左腕だって、本来はジョニィが見つけ出した遺体だ。一度ジョニィの体内に入り込み、ともに死線をくぐり抜けた遺体が、あの瞬間、三つも文の体内に移動していた事になる。
 仮に遺体がジョニィの能力を『遺した』まま、文へ受け継がれ、文本人の精神状態がジョニィに限りなく近付いた事で、スタンドが覚醒したと考えるならば、決してあり得ぬ話ではない。

(射命丸文のあの眼……あれはジョニィ・ジョースターの眼だ)

 思えば文は、あの話し合いの時点から既に、ジョニィとよく似た危うい輝きをその瞳に宿していた。霊夢との約束もある手前、敢えて殺さずに泳がせる道を選んだが、その判断は果たして正解だったのだろうか。
 上手く行けば、遺体の蒐集に燃える文が、また大統領の代わりに遺体を集めてくれる可能性もある。そうなったなら、もう一度話し合いを持ちかけるつもりではあるが、もし、万が一にも文がジョニィ・ジョースターに匹敵するテロリストと成り果てたなら。

(……考え過ぎか。回転すら中途半端だったあの小娘に、そんなことが出来るわけがない)

 かぶりを振って、とりとめのない不安を払った大統領は、ジョースター邸への帰路を急ぐ。こんな雨の中でいつまでも留まっていては、体によくない。何より、自慢のパーマが雨に濡らされるのはもうそろそろ我慢ならなかった。
 ふと、不意に振り返る。この雨天の中、ぬかるみに車輪を取られて、お燐が立ち止まっていた。聖人でもない小娘の遺体をリヤカーに乗せて、溜まり続ける水を適度に排出しながら進むお燐の脚は遅々としていた。家族とはいえ、死んだ者の遺体など捨てればいいのに、とは思う。さらに言えば、そのリヤカーも必要ではないだろうに、とも。

(まったく……仕方ないな。これもこのわたしに遺体のパワーを齎してくれた『功労者』のためだ)

 お燐がいなければ、胴体と脊椎はあの薄汚れた妖怪の手に落ちたままだったことを思うと、一切の悪意を持たぬお燐の優しい意思を尊重してやらぬわけにはいかなかった。
 ふう、と息を吐いた大統領は、数歩引き返し、リヤカーを軽く持ち上げてやった。案の定、立ち止まっている間にリヤカーには水が溜まって、すっかり重くなっていた。

「えへへ、ありがとう、大統領さん」

 大統領の助けを得て、硬い地面へと車輪を戻したお燐は、人懐っこい笑みを浮かべた。守ると約束した微笑みだ。大統領は再びお燐の髪を撫でた。



【D-3 廃洋館 外(ジョースター邸へ向けて移動開始)/昼】

【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康、濡れている
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・両耳、胴体、脊椎、左腕、両脚@ジョジョ第7部(同化中)、紅魔館のワイン@東方紅魔郷、暗視スコープ@現実、拳銃(0/6)
[道具]:文の不明支給品(0~1)、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、基本支給品×5、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しないが、霊夢、承太郎、FFの三者の知り合いには正当防衛以外で手出しはしない。
2:今後はお燐も一緒に行動する。
3:形見のハンカチを探し出す。
4:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
5:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
6:ジャイロ・ツェペリは必ず始末する。
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※霊夢、承太郎、FFと情報を交換しました。彼らの敵の情報は詳しく得られましたが、彼らの味方については姿形とスタンド使いである、というだけで、詳細は知りません。


【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、妖力消耗(小)、こいしを失った悲しみ、濡れている
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実、古明地こいしの遺体
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとり他、地霊殿のメンバーと合流する。
1:大統領と一緒に行動する。守ってもらえる安心感。
2:射命丸は自業自得だが、少し可哀想。罪悪感。でもまた会うのは怖い。
3:結局嘘をつきっぱなしで別れてしまったホル・ホースにも若干の罪悪感。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
7:こいし様……
[備考]
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ積極的な戦闘は望んでいません。
※死体と会話することが出来ないことに疑問を持ってます。


148:相剋『インペリシャブルソリチュード』 投下順 150:或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ
148:相剋『インペリシャブルソリチュード』 時系列順 150:或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ
145:MONSTER HOUSE DA! 射命丸文 159:鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0
145:MONSTER HOUSE DA! 火焔猫燐 163:船、うつろわざるもの、わたし。
145:MONSTER HOUSE DA! ホル・ホース 159:鼻折れ天狗のウォーキング・スロウリィ:√0
145:MONSTER HOUSE DA! ファニー・ヴァレンタイン 163:船、うつろわざるもの、わたし。

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最終更新:2017年06月02日 23:41