──夏。
例年に見ない程の冷夏となりそうな七月中旬。
ヒートアイランドと謳われる日本は心地よい空気に満たされていて、うだるような暑さとは未だ程遠い。
それでいて快晴である現在の午後二時過ぎは、おそらく近所のご家族方にとって絶好のレジャー日和なのだろう。
ヒートアイランドと謳われる日本は心地よい空気に満たされていて、うだるような暑さとは未だ程遠い。
それでいて快晴である現在の午後二時過ぎは、おそらく近所のご家族方にとって絶好のレジャー日和なのだろう。
だが、無論私には関係ない。
言い直そう。でもそんなの関係ねぇ。
週に一度の休日くらい、自宅でゆるりと過ごしたいと願うのが社会人と云うもので。
私もその例外には当てはまらず、部屋の小さなテーブルにへばっては
流れる空気に身をほぐしていた。
言い直そう。でもそんなの関係ねぇ。
週に一度の休日くらい、自宅でゆるりと過ごしたいと願うのが社会人と云うもので。
私もその例外には当てはまらず、部屋の小さなテーブルにへばっては
流れる空気に身をほぐしていた。
静かだ。とても心地よい静寂だ。
セミの声すら分厚い窓が遮断して、私がこのまま眠ってしまおうとしても
何らとて邪魔にはならなかった。
ならいっその事、眠ろうか。
と思うが早いか目蓋が早いか。
テーブルのその冷たいプラスチックに頬を寄せると、従うようにして目が閉じていった。
セミの声すら分厚い窓が遮断して、私がこのまま眠ってしまおうとしても
何らとて邪魔にはならなかった。
ならいっその事、眠ろうか。
と思うが早いか目蓋が早いか。
テーブルのその冷たいプラスチックに頬を寄せると、従うようにして目が閉じていった。
呼び鈴の音にふと気が付いた頃には、それから一時間程経っていた。
─────
「突然にお邪魔してすみません。
以前、火曜日がお休みだと伺ったものですから。」
以前、火曜日がお休みだと伺ったものですから。」
単身で訪ねてきた高良みゆきは、相変わらずの淑やかな雰囲気を纏って対面に座る。
軽くウェーブした長い髪、豊満な身体は見紛う事なく高校時代からの友人のそれであり
仕事や日常の風景に廃れてしまった私の視界には、とても新鮮に映った事を覚えている。
軽くウェーブした長い髪、豊満な身体は見紛う事なく高校時代からの友人のそれであり
仕事や日常の風景に廃れてしまった私の視界には、とても新鮮に映った事を覚えている。
「いいっていいって。
それで? 今日はわざわざどうしたのよ。」
それで? 今日はわざわざどうしたのよ。」
電話機の完全に普及した日本に住まいながら、大層にも徒歩で用件を伝えに来るという事は
それ相応の内容と予測してよい。
インスタントながら紅茶を用意し差し出すと
私は重ねた両手の甲に顎を乗せて、話を聞く体制をとった。
それ相応の内容と予測してよい。
インスタントながら紅茶を用意し差し出すと
私は重ねた両手の甲に顎を乗せて、話を聞く体制をとった。
「いえ、今日は自宅からタクシーで参りました。」
このブルジョアめ。
「実は、日々の慰安も兼ねて海岸までの遠出を計画していまして。
つかささんもご一緒にお誘いしているのですが。」
つかささんもご一緒にお誘いしているのですが。」
おっとりと話す彼女の口からは、何とも意外な内容が告げられた。
みゆき曰く
昔の誼で集まって、海にでも遊びに行きませんか
との事らしい。
海水浴となると高校時代以来なので、私個人としては非常に懐かしく感じる所だ。
みゆき曰く
昔の誼で集まって、海にでも遊びに行きませんか
との事らしい。
海水浴となると高校時代以来なので、私個人としては非常に懐かしく感じる所だ。
「海かぁ…、昔も三人で行った事あったわよね…。」
だからといって、こうしみじみしてしまうのは いかんせん歳のせいだろう。
若年ニ十四にして、老いを感じてしまうのは些かどうかと思うのだけれど。
若年ニ十四にして、老いを感じてしまうのは些かどうかと思うのだけれど。
「スケジュールは皆さんのご都合の良い日に決めようと思っていますし
車も私の方で用意できますので、是非近日にでもいかがでしょう。」
車も私の方で用意できますので、是非近日にでもいかがでしょう。」
と、完璧なまでの好条件だった。
私としても、また三人で遊びたいとは思っていたし
手筈はみゆきが受け持ってくれるとなると、どうにも食い付かずにはいられない。
私としても、また三人で遊びたいとは思っていたし
手筈はみゆきが受け持ってくれるとなると、どうにも食い付かずにはいられない。
ここで一人の顔を思い浮かべていなければ、迷わずそうした事だろう。
「あー…、でも……」
とたんに私か言葉を濁すと、みゆきはハテと首を傾げた。
私が悩むのも無理はないはずだ。
全国の子を持つ親御さん方なら特に理解してくださる事と思う。
この部屋には衆知の通り同居人がいて、それも膝で立って並ぶような小さな子だ。
彼女を置いて出掛けてしまうのは後ろ髪を引かれる思いだし、それだけはしたくないと思っている。
故に腕を組んでまで悩み、断ってしまおうかとさえ考え始める私がいるのだ。
私が悩むのも無理はないはずだ。
全国の子を持つ親御さん方なら特に理解してくださる事と思う。
この部屋には衆知の通り同居人がいて、それも膝で立って並ぶような小さな子だ。
彼女を置いて出掛けてしまうのは後ろ髪を引かれる思いだし、それだけはしたくないと思っている。
故に腕を組んでまで悩み、断ってしまおうかとさえ考え始める私がいるのだ。
ふと、太股の辺りがくすぐったいと感じた。
ハッとした私は考慮を中断し、その足元に視界を下ろしてみる。
ハッとした私は考慮を中断し、その足元に視界を下ろしてみる。
テーブルの下に見えたのは青い髪で、それが私の脚を這い上がってきていた。
「……むー…。」
噂をすれば影というやつで、こなたが眠い目をこすりながら私の身体をよじ登り
うつらうつらと、そのとろけそうな表情をテーブルの上に覗かせたのだ。
お前ずっとこの下で寝てたのか。と言うか恥ずかしい登場の仕方禁止。
よじ登られた身体が妙に疼くのは気のせいという事にしておいて
ゆらつくこなた身体を軽く抱き支え、寝癖だらけの髪を手で撫でてやった。
うつらうつらと、そのとろけそうな表情をテーブルの上に覗かせたのだ。
お前ずっとこの下で寝てたのか。と言うか恥ずかしい登場の仕方禁止。
よじ登られた身体が妙に疼くのは気のせいという事にしておいて
ゆらつくこなた身体を軽く抱き支え、寝癖だらけの髪を手で撫でてやった。
「宜しければ、泉さんもご一緒にいかがですか。」
様子を見ていたみゆきが微笑んで、さも当然のようにそう言った。
私は呆然だ。何故みゆきがこなたを知っている。
「つかささんからお伺いしていまして。
是非彼女もお誘いしたいと思って来たんですよ。」
是非彼女もお誘いしたいと思って来たんですよ。」
こうして、私の心配事は無事解消。即日了解する事となった。
当日についてみゆきとの会話が弾む中、膝の上に座るこなただけが首を傾げていた。
当日についてみゆきとの会話が弾む中、膝の上に座るこなただけが首を傾げていた。
─────
──そして八月。
冷夏といっても、流石にこの時期となるといよいよ暑くなって来る。
地を照らす太陽は嫌味に微笑み、アスファルトを蜃気楼でぼかしていた。
地を照らす太陽は嫌味に微笑み、アスファルトを蜃気楼でぼかしていた。
この時ぞとばかりに有給休暇を取った私は、つかさにみゆき。
そして泉こなたと供に海へと出発した。
そして泉こなたと供に海へと出発した。
みゆきの運転するボックスカー、その後部座席に私とこなた。
助手席には妹のつかさが腰を掛け、空いた道路の左車線を走り抜ける。
チェンジレバーを巧みに操作する良いとこのお嬢さんは、見惚れてしまいそうな程にカッコ良かった。
助手席には妹のつかさが腰を掛け、空いた道路の左車線を走り抜ける。
チェンジレバーを巧みに操作する良いとこのお嬢さんは、見惚れてしまいそうな程にカッコ良かった。
隣に座っていたこなたは、丁重に靴を脱いで座席に膝をつき
窓に両手を貼り付けての自然観賞だ。
流れゆく遠方の山を目に映しては追うその姿に
座席に座る犬や猫を思い浮かべてならない。
窓に両手を貼り付けての自然観賞だ。
流れゆく遠方の山を目に映しては追うその姿に
座席に座る犬や猫を思い浮かべてならない。
動きを見せるこなたに、いちいち興味を引かれては振り向き
やはり犬猫を観察するかのように眺めてみるつかさ。それに気付いて、凛々しくも微笑を浮かべるみゆき。
気付けばずっと隣を見ている私も含めて、車内はこなたの空気で和やかに時を刻んだ。
やはり犬猫を観察するかのように眺めてみるつかさ。それに気付いて、凛々しくも微笑を浮かべるみゆき。
気付けばずっと隣を見ている私も含めて、車内はこなたの空気で和やかに時を刻んだ。
─────
愛らしい小動物に癒されている間に、車は小さな駐車場に停車した。
ここからは徒歩で向かうらしく、みゆきが言うには4~5分で浜辺に到着するとのこと。
さっそく降りて荷物を分担し、交通のきわめて少ない田舎道をゆく。
ところでこなた、パラソル持つのは私なんかに任せてくれると安心できるんだけど。
ここからは徒歩で向かうらしく、みゆきが言うには4~5分で浜辺に到着するとのこと。
さっそく降りて荷物を分担し、交通のきわめて少ない田舎道をゆく。
ところでこなた、パラソル持つのは私なんかに任せてくれると安心できるんだけど。
時折涼やかな風が吹き、歩道のさらに奥の林がさっと靡く。
その隙間からか漂ってくる潮の香りに、向こうは海なんだと感じた。
もうすぐかな、と嬉しそうに振り向くつかさを見ると
昔の私達がここを歩いているような気分になって、何処か可笑しかった。
その隙間からか漂ってくる潮の香りに、向こうは海なんだと感じた。
もうすぐかな、と嬉しそうに振り向くつかさを見ると
昔の私達がここを歩いているような気分になって、何処か可笑しかった。
歩きながらにしてふと目を閉じてみると、感じるのは風。そして歩く音。
葉の擦れ合う音と砂利を踏む音が、心地よい風景を浮かび上がらせた。
当時と歩調の変わらない三つの足音に、必死についてくる一つの足音がある。
それが今までの私達に加わった者を示していて、私の心を何よりも浮かれさせるのだ。
葉の擦れ合う音と砂利を踏む音が、心地よい風景を浮かび上がらせた。
当時と歩調の変わらない三つの足音に、必死についてくる一つの足音がある。
それが今までの私達に加わった者を示していて、私の心を何よりも浮かれさせるのだ。
不意に林に覆われた右側の視界がぱっと拓けると、そこに映るのは人もまばらな砂浜だった。
奥には綺麗な海が広がっていて、音と供に潮風を運んでくる。
奥には綺麗な海が広がっていて、音と供に潮風を運んでくる。
「着きました、こちらです。」
みゆきの分かりきった内容の言葉を合図に、私とつかさは砂の上を駆け出した。
空は抜けるように青い。
きっとアンタの事も、笑顔にしてくれると思う。
きっとアンタの事も、笑顔にしてくれると思う。
─────
海に到着してからというもの、それこそ子供のようにはしゃぎ通した。
つかさと、私と、私に手を引かれるこなた。
波打ち際よりも少し深い所に膝まで浸かり、水を弾いて掛け合った。
つかさと、私と、私に手を引かれるこなた。
波打ち際よりも少し深い所に膝まで浸かり、水を弾いて掛け合った。
みゆきはせっせとパラソルを立てて、その下に茣蓙を敷いて寛いでいる。
時折手を振るつかさを見つけると、流石は上品に手を振り返してみせた。
彼女の淑やかな素行は逆に際立っており、若干田舎染みた海岸がリゾート地のように思えてくる。
私や、とくにつかさと同い年には到底見えなかった。
時折手を振るつかさを見つけると、流石は上品に手を振り返してみせた。
彼女の淑やかな素行は逆に際立っており、若干田舎染みた海岸がリゾート地のように思えてくる。
私や、とくにつかさと同い年には到底見えなかった。
私は、一頻り遊んだ後にみゆきの隣を失礼した。
くたびれた脚を海に向けて投げ出し、パラソルの影に身を休める。
つかさとこなたは依然水を掛け合っていて、休む気配は一向に無さそうだ。
つかさが一方的にはしゃいでは、時たまこなたに大技をいただくという戦況だった。
くたびれた脚を海に向けて投げ出し、パラソルの影に身を休める。
つかさとこなたは依然水を掛け合っていて、休む気配は一向に無さそうだ。
つかさが一方的にはしゃいでは、時たまこなたに大技をいただくという戦況だった。
「お疲れになりましたか?」
隣のみゆきが静かに問いかけてくる。
その温厚な声質は、それだけでヒーリング効果があるような気がした。
その温厚な声質は、それだけでヒーリング効果があるような気がした。
「いやいや…、年甲斐もなくはしゃいじゃったわね」
苦笑いして頬を掻く私は、本当に疲労した顔に見えるに違いない。
子供のように元気に遊ぶ、海辺の二人が羨ましい。
……あ、一人は紛れもない子供か。
子供のように元気に遊ぶ、海辺の二人が羨ましい。
……あ、一人は紛れもない子供か。
「本当に楽しそうですね、二人とも…。」
向こうを眺めて、みゆきがそんな事を言う。
「……楽しそう?」
「えぇ。」
そこで、私は聞き返さずにはいられなかった。
何でもない事なのだけれど、私にはそれが重要な気がして。
何でもない事なのだけれど、私にはそれが重要な気がして。
「…こなたも、楽しそう?」
「はい、そう伺えますよ。」
私は、もう一度二人の姿を目で探す。
すぐに見つかる青い髪は、海に馴染んで輝きを帯びていた。
すぐに見つかる青い髪は、海に馴染んで輝きを帯びていた。
─────
次第に日が暮れる頃となり、水面やそれにかかる山々が若干の紅を帯びて陰りだす。
まばらだった人も一層数を減らし、赤らんだ砂浜はその姿を広々と晒していた。
まばらだった人も一層数を減らし、赤らんだ砂浜はその姿を広々と晒していた。
未だ波打ち際で波を蹴っていたつかさは、ふと見つけたみゆきの手を引いて行ってしまい
空いた茣蓙には、代わりにこなたが膝を抱えて座っている。
薄着の彼女に掛けてやった上着は、私の物である限り必然とサイズが合わないようで
小柄な身体を覆うそれは、バスタオルの如くユッタリと着こなされた。
空いた茣蓙には、代わりにこなたが膝を抱えて座っている。
薄着の彼女に掛けてやった上着は、私の物である限り必然とサイズが合わないようで
小柄な身体を覆うそれは、バスタオルの如くユッタリと着こなされた。
「………。」
私もこなたも、となり合うのに口数は皆無だ。
お互い、視野に入れるのは夕焼け景色で、耳に入れるのは風や波の音。
それらが会話の代わりを為してか、無言でいるこの時間は寧ろ心地よい。
こなたも日頃から喋る方ではないが、おそらくは私と同じ心地だと思う。
お互い、視野に入れるのは夕焼け景色で、耳に入れるのは風や波の音。
それらが会話の代わりを為してか、無言でいるこの時間は寧ろ心地よい。
こなたも日頃から喋る方ではないが、おそらくは私と同じ心地だと思う。
「………。」
視界の下の方では、つかさとみゆきが水を掛け合って賑やかだ。
最もみゆきは、じゃれてくるつかさの相手をしているだけのように見えるが。
掬い上げた海水が、途端に宙にばら蒔かれて紅の粒となり
同時につかさの楽しげな声が聞こえてくるのだった。
最もみゆきは、じゃれてくるつかさの相手をしているだけのように見えるが。
掬い上げた海水が、途端に宙にばら蒔かれて紅の粒となり
同時につかさの楽しげな声が聞こえてくるのだった。
「──いい、のかな」
ふと、隣の少女が呟いた。
幼げな外見と似つかない声は、とても静かに夕闇と調和する。
幼げな外見と似つかない声は、とても静かに夕闇と調和する。
「…私が、ここに座ってる事だよ」
さっと柔らかな風が吹いた。
その横顔は赤い日に照らされて、儚げな表情を示している。
彼女の言わんとする事は、自然と流れ込んできた気がして
私はだから悲しいと思った。
彼女の言わんとする事は、自然と流れ込んできた気がして
私はだから悲しいと思った。
夏の暖かい空気は変わらなくて
絶えず浜は波にうたれて。
それが必要である限り、きっと永遠に続くのだろう。
絶えず浜は波にうたれて。
それが必要である限り、きっと永遠に続くのだろう。
「私の隣は嫌かぁ~?」
そうであって欲しいと願うのは
「……………
………どーかな。」
私と、もう一人くらいは居て欲しい。
不意にこなたが微笑んでくれた気がして、つられるように私も目を細める。
互いの髪は等しくなびいて、紅い海辺を彩っていた。
互いの髪は等しくなびいて、紅い海辺を彩っていた。
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- この後いかに鬱展開に話が展開(転回)するのか、そして是迄の話の中の伏線?と思われる部分がどうかかわって来るのか楽しみでなりません。
-- 名無しさん (2007-11-25 10:21:32) - こりゃ凄い、続編を激しく希望します。 -- 名無しさん (2007-11-24 18:12:17)
- このシリーズ、凄く好きです -- 名無しさん (2007-11-24 06:43:38)