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ガラスの壁 第10話

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 10. (こなた視点)


 終業式の前日、授業が終わって帰宅すると、家の前に見覚えがある白い乗用車がとまっていた。
 胸騒ぎがして玄関のドアを開けると、中から絹を裂くような声が聞こえてきた。
「いやっ…… いやぁあああ! 」
 ゆーちゃんの悲鳴だ。
 驚いて、声があがった場所に駆けつける。

 居間で、おじさん―― ゆーちゃんのお父さんが、悲鳴をあげてもがく、
ゆーちゃんの腕を掴んでいた。
 ゆきおばさんが、すぐ隣に立って悲しそうな顔を浮かべている。

 あまりにも異様な光景に、声をあげることも出来ずに立ち竦んでしまう。
「こなたおねえちゃん。助けて! 」
 ゆーちゃんは、誘拐犯にでも攫われるような悲鳴をあげている。
 でも、ゆーちゃんの両親は、とても優しい人ということを知っているので、
強引に助けに行くことができない。

 彫像のように固まっている私に気づいたおじさんが、話しかけてくる。
「ゆたかは家に戻すことにしたよ」
 やっぱりそうか…… 
「いやあ! こなたお姉ちゃんから離れたくないっ」
 おじさんは、愛娘の抗議を無視して言葉を続ける。
「こなたちゃん。理由は分かるね」
 私は、一言もいえなかった。
 反論が無いことを確かめると、眉間に皺をよせた重苦しい表情のまま、絶望的な一言を放った。
「すまないが、ゆたかには会わないで欲しい」

 一昨日、生徒指導室に呼ばれた時から、ゆーちゃんと離れ離れになってしまう事態は
十分に起こることは予測していた。
 しかし、非情な現実を目の当たりにすると、やはり衝撃は大きい。

 人の気配がして後ろを向くと、お父さんが居間に入ってきた。
 私の肩に手をおくと、何も言わずに、数度首を横に振っただけだった。
 ゆーちゃんは、なおも必死に抵抗を続けていたけれど、小柄で体力がない為に、
おじさんに簡単に動きを封じ込まれて、そのまま車に乗せられてしまった。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! 」
 玄関を出ると、ゆーちゃんが車の窓ガラスを内側からどんどんと叩きながら、泣き叫んでいる。
「ゆーちゃん! 」
 車に手を伸ばそうとした時、アクセルが踏まれてみるみるうちに遠ざかり、視界から消え去った。


 恋人を奪われてしまった私は、呆然としたまま部屋に戻り、何もかもが億劫になって、
崩れるようにベッドに倒れ込んだ。
「どうして…… こうなっちゃったのかな? 」
 ゆーちゃんと一緒になっては駄目?
 私とゆーちゃんが他の誰に迷惑をかけた?
 女の子同士で好きになっちゃいけないのかな?

 ひどく悶々としたまま身体を捩ると、ベッドの端に挟まれていた本に指先が触れる。
 かなり前に、かがみが押し付けるように貸してくれた本だ。
 普段は本を読むのは苦手なんだけど、今日は引き込まれるように文字を追うことができた。
 二人の登場人物の境遇が、現在の私とゆーちゃんに似ていたからかもしれない。

 物語のラストに近づく頃、携帯が震えた。
 手を伸ばして引き寄せると、画面に表示された番号が見える。ゆーちゃんだ。
 私は、携帯を耳元に押し付けて叫んだ。

「ゆーちゃん! 」
『お姉ちゃん! 私、わたしっ』
 かなり切羽詰まった声が鼓膜に響く。
「落ち着いて、ゆーちゃん」
『お姉ちゃん。わたし、悪い子なの? 』
 問いかけられる言葉が、胸を刺すようで痛い。
「ううん。ゆーちゃんは悪いことなんか何もしていないよ」
『そうだよね。こんな目に遭うのはおかしいよね』
「う…… うん」
 ゆーちゃんの言い方に、私は微妙な違和感を覚えた。

『だから…… 私、決めたんだ。もう人に運命を左右されるのは嫌なの』
「ゆ、ゆーちゃん? 」
 異様な迫力におされて、うろたえる私に、超特大の爆弾が落とされた。

『お姉ちゃん。駆け落ちしようっ』


「駆け落ち? 」
『こなたお姉ちゃんと二人だけで遠くに行きたいの』
 あまりにも無計画で、無謀だ。
「駆け落ちなんて簡単に出来るものじゃないよ。お金もないし、眠る場所さえないんだから」
『それでもいいのっ、私、お姉ちゃんのいない世界だったら存在する意味がないの! 』
 ゆーちゃんの強烈な決意に眩暈がした。
 存在する意味がないという事は言い換えれば、生きていく意味がない、となってしまう。
「本気なの? 」
『こなたお姉ちゃんは、今のままでいいの? だって、私たち何もおかしなことしていない。
こんなの絶対おかしいよっ 』

「ゆーちゃん…… 」
 ゆーちゃんの考えは、私達の側から見れば正しい。
 しかし、世の中は二人だけで構成されている訳ではない。
 他の人から見れば、私達の関係は、明らかに逸脱したものになるだろう。

 しかし、ゆーちゃんの心は既に、修復が困難な程の深い傷を負ってしまっている。
 ゆーちゃんは、時間をかけて心の傷を癒すことよりも、分厚い殻を身に纏って、
私以外の他者を拒絶する道を選ぼうとしている。

 そして、私は―― 追い詰められた少女の気持ちを誰よりも共感することができた。

 長い沈黙の後、私は努めて冷静な声をだした。
「ゆーちゃん。駆け落ちしても、辛いことの方が多いよ? 」
 一呼吸を置いた後で、答えが返ってくる。
『覚悟、してるから』
「お父さんも、お母さんもいないし、ゆい姉さんもいない。みなみちゃんやひよりん、パティもいない。
周囲の人間関係を、全部捨てることに耐えられる? 」
『大丈夫だよ。だって、その人たちの誰かが私達を陥れたのだから。一緒にいる方が苦痛だよ』
 私は、深いため息をついて言った。
「分かった。明日まで待って…… 考えがある」
『ありがとう。お姉ちゃん…… 』
 電話口から、安堵の声が聞こえてきた。

「ゆーちゃん。明日学校に行くよね」
『うん。通知表をもらいにいかないといけないから』
「ホームルームが終わったら講堂に来てくれる? 」
『もちろん行くよ。こなたお姉ちゃん』
 とても嬉しそうな返事を聞いてから、私は電話を切った。


 さてと。急に忙しくなった。
 手元に置いた小説を放り投げると、PCを立ち上げて、オンラインゲームにアクセスする。
 仮想世界に舞い降り、キャラクターの待合室というべき場所に行くと、さほど時間をかけずに、
『嫁』をみつけることができた。
 声をかけて、すぐに専用チャットに誘導する。
 ここなら雑音は入らない。

『どうしたの? 』
 有無をいわざず連れてこられて、『嫁』は戸惑いの声をあげた。
「できれば、リアルな宿を貸して欲しいのだけど」
 単刀直入に切り出す。
『いきなりだね…… とりあえず、事情を説明してくれない? 』
「もちろん。そのつもりだよ」
 私は、包み隠さずに正直に語った。かなり無茶な頼みごとをするからには、
少なくとも誠実な態度でありたかった。

『驚きだよ』
 全ての事情を話した後に、短い感想が打ち込まれた。
 文字からは、深いため息が伝わってくるような気がする。
「無茶なお願いってことは、言うまでもないけれど」
 長い沈黙に耐えられなくなって、焦りながらキーボードを叩く。
『君にとっては好都合だけど、私にとっては不都合かな』
 やっぱり駄目か―― 私は肩を落とした。
『勘違いしないで。他ならぬ『旦那』のお願いを断るほど、野暮じゃないよ』


「えっ…… いいの? 」
『幸か不幸か、明後日から海外旅行に行く。
せっかく『旦那』に会えるというのに、ほとんどすれ違いになることが私の不都合だよ。
でも君にとっては、とりあえずの駆け落ち先が見つかって好都合だ。
つまり―― 私の部屋を自由に使ってくれて構わないよ』

「ありがとう」
 嬉しさのあまり、涙を零しそうになりながら、感謝の言葉を打ち込む。
『住所をメールで送るから、添付したファイルを見て』
 早速ファイルを開くと、印が着いた地図が現れる。
 場所は、愛知県名古屋市だ。埼玉からは遠く離れている。

『明後日の朝9時までに家に来てね。面と向かって鍵を渡したいから』
「うん…… 分かった」
『あと、名古屋に着いたら携帯に電話を入れてほしい…… でもね』
 暫く沈黙してから、ディスプレイに文字が表示される。
『本当のことを言うなら、君達には来て欲しくはない』

「え…… 」
 吸い込んだ息が、肺につまって酷く苦しい。
『駆け落ちをしないですむなら、それにこしたことはないから』
「それは…… そうだよね」
『それでは幸運を祈るよ。おやすみなさい』
 『嫁』がログアウトした画面を、小さく息を吐きながら見つめていると、
足元から寒気が忍び寄ってきて身体が震える。
 本格的な冬はもう到来していた。


 日付が変わり、運命の金曜日がやってくる。
 終業式に出て、ホームルームで通知表を貰った後、講堂にかけつけると、既にゆーちゃんが待っていた。
「こなたお姉ちゃんっ」
 私の顔をみた途端に抱きついてくる。一日ぶりだというのにひどく懐かしい。
 華奢な身体から、仄かなぬくもりと強い想いが伝わってきて、理性が吹き飛びそうになる。

 しかし、今日は時間は無い。
 駆け落ちの実行方法を手早く伝えてから、陵桜学園の校門をくぐり外に出る。
 JRに接続している駅まで足を伸ばして、『みどりの窓口』で5枚綴りの『青春18きっぷ』と、
東京発大垣行きの夜行列車『ムーンライトながら』の指定席券を購入する。
 この列車は人気があり、満席なことも珍しくないけれど、キャンセルがあったのか、
幸運なことに席を取ることができた。
 ちなみに『ながら』の乗車に必要な510円の指定席料金と、『青春18きっぷ』を組み合わせれば、
東京までの運賃を含めても、3000円程度で名古屋まで行くことができる。
 お金がない高校生にとってはこれ以上ないほどに、ありがたい存在だ。

 この駅で実家に戻されているゆーちゃんとは、一旦別れる。
「午後11時に、東京駅の10番線で待っているから」
 ゆーちゃんは拳を固く握り締めて頷いた。
「うん」
 最初は、学校からそのまま駆け落ちすることも考えた。
 しかし、しっかりと準備をして欲しかったし、何より、ゆーちゃんの決心が揺らがないことを
確認したかったので、一度、家に帰ってもらうことにした。
 寂しさが募る夜に、自宅から抜け出すことはかなりの勇気がいる。
 ゆーちゃんが心変わりしてあきらめてくれれば、先の見えない駆け落ちはしなくてもすむ。

「お姉ちゃん。私、必ず行くからね」
 別れ際に、ゆーちゃんが人目をはばからずに、再び抱きついてくる。
 白いリボンで結ばれた髪を撫でてから、愛しい人の唇に触れた。
 無言のまま、キスが続き…… そして離れる。
「じゃあね。ゆーちゃん」
「こなたお姉ちゃん…… 」
 私は片手をあげてから、雑踏の中に姿を消した。


 午後9時前に、いよいよ家を出る。
 もう、2度と帰ることができないと思うと、全身が震える。
 お父さんは、駆け落ちをしてしまう親不孝な娘を、玄関先まで見送ってくれる。
 酷く憔悴している姿が痛々しい。

「ゆーちゃんを幸せにしてやってくれ」
 嗚咽を堪えながら、キャッシュカードを渡してくれる。
 どこまでも娘に甘くて、大好きなお父さん。
 私は、お父さんの胸元で少し泣いた。

「ごめんなさい。お父さん」
「いや…… いい」
 お父さんは2度、軽く背中を叩いた。
「いってきます」
 ゆっくりと身体を離すと、後ろを振り返ることなく冬の夜道を歩き出した。

 駅は閑散としており、到着した上り列車では難なく座ることができた。
 レールの継ぎ目を通るたびに聞こえる規則的な振動音をBGMにしながら、
窓を流れる光を追い続ける。
 電車が荒川を渡り、都心に近づくと光の量は加速度的に増えていく。

 ターミナル駅で山手線に乗り換えると、一転して、家路を急ぐ大勢の通勤客に揉まれる。
 東京駅で降りて、10番線の近くのベンチに腰掛ける。
 まだ10時30分を過ぎたばかりだから、少し待たないといけない。
「ゆーちゃん。来るかな…… 」
 自動販売機で買ったコーヒーで身体を温めながらひとりごちる。

「かがみ、怒っているだろうな」
 脳裏に、ツインテールの少女の姿が浮かぶ。
 私が、ゆーちゃんと駆け落ちしたことを知ったらどうするんだろう? 
 思わず苦笑してしまう。
 もしも、駆け落ちしたことを知らせてある黒井先生が漏らしたら、
血相を変えて追ってくるのかなあ。
 受験も近いことだし、そんな暇はないと思うけどね。

 つかさはどうなのかな。
 高校で最初に仲良くなった子だから悲しんでくれると思うのは、うぬぼれかな?
 そして、みゆきさんはどうだろう……

 とりとめのない事を考えていたら、時計の針は午後11時に近づいてくる。
夜行列車の発車時刻は、午後11時10分だ。
 ゆーちゃんが来るか来ないかはもうすぐ分かる。

 午後10時55分―― 持ってきたポケット時刻表を閉じて視線をあげると、
大きな荷物をかかえた小柄な女の子が、笑顔をみせながら駆け寄ってきた。

 (了)

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Elopeへ続く
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  • 恐ろしく頭が回るこなたとみゆきさんの頭脳戦が読みたくなった -- 名無しさん (2009-03-19 20:15:33)
  • ↓ちょwwwwwwおまwww -- 名無しさん (2008-08-25 11:48:19)
  • おもしろすぎて会社休んだ -- ナナリー (2008-08-04 00:07:14)
  • これ…………哀しすぎる -- 名無しさん (2008-05-08 21:04:55)
  • 凄く読み応えがあって良かった。じゃあ次回も拝見させていただきますか

    -- 九重龍太 (2008-03-23 14:01:54)
  • 駆け落ちかぁ・・ -- ザ・ルーク (2008-03-14 00:39:29)
  • 楽しいねぇ・・ -- ウルトラの父 (2008-02-11 22:31:37)
  • ゆーちゃん来てくれてよかった…
    聖栞みたいになるんじゃないかってハラハラしたよ -- 名無しさん (2008-02-04 11:59:31)
  • 毎回読んでるけど飽きがなくて面白い -- ウルトラマンタロウ (2008-01-28 00:03:08)
  • まさかこれがプロローグになるとはね -- 名無しさん (2008-01-26 23:08:11)

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