マラソンゼミの発表「身体としての人間の”健康”と自然」で挙がった論点まとめ
ウェルビカミングについて
- 「自己回復の循環生成」と「活力の循環生成」とは身体的な循環という意味で同じではないか。どうちがうのか。
→森下さんのいう「自己」とは何か
→「活力」が要素的で「自己回復」が全体的?(亀山先生)
→「活力」が要素的で「自己回復」が全体的?(亀山先生)
「身体の活性化」仮説について
- 「身体の活性化」は結構だが、現実には楽で便利な(いわば「身体的に不活性」な)生活を好み満足している人も多い。なぜ人は「不活性」な生活の方に惹かれるのか?(仮定②)
→「自己回復の循環」が全体的なものだとすれば、「身体の不活性」は「私の身体」そのものの危機、ということになる?
- 「身体の活性化」の方法について、自然はone of themか?(仮定③)
→自然との身体的関わりを敢えて強調するのはなぜか?(そこにある生命とのかかわり)
→仮想現実が現実と変わらないほどに発達したら?
→仮想現実が現実と変わらないほどに発達したら?
その他
- 「身体的関わり」にも様々な程度がある。その区分けの必要があるか?
◎ほかにも何かあれば、ぜひご意見をお願いします。