我が家
「もう大丈夫なのか?」
今まで黙っていた黒いスーツの男が問いかける。
「はい」
「それで?これからどうするつもりだ」
その言葉は、すべてを表していた。
吸血種。
人間ではなくなったソレに人間としての生活はできない、と。
「…俺は俺です。今まで通りに生きる」
「無理だな。お前は血に抗えない」
気まずい沈黙が流れる。
「知ったことか。板橋区に行ってください」
その声は力強く、それでいてはかない声だった。まるで自分に言い聞かせるかのように。
一時間ほど車を走らせると、見慣れた町並みに入った。
板橋区。
椎葉伶が生まれて育った場所。
そこは宮野美鈴と出逢った場所でもある。
「ここでいい」
「まだ家には遠いんじゃないか?」
言いながらも、運転手は車を脇によせる。
「フン、こんな目立つ車で近づけるか」
伶はさっさと車から降りていった。
「ちょ、ちょっと待ってよ~
あ、ありがとうございました。えと…」
「熊沢政重〈マサシゲ〉だ」
…渋い。
「ありがとうございました、熊沢さん!」
ペコリと頭を下げ、先に行ってしまった伶を追いかける。
「ありがとうございました、か…」
熊沢の表情は変わらない。
いつもと同じ仕事の表情で、ポツリと呟いた。
「伶~!待ってってば~!!」
しばらく走り、やっと追いついた。
早足で歩くその隣から顔を覗きこむ。
「‥‥‥」
気のせいか、避けられているような…
「どうしたの?」
「…いや、亜実〈アミ〉たちは知ってんのかなって。俺が死んだってこと」
ひねり出した言葉は、どことなく不自然だった。
「伶は死んでないでしょ!
う~ん、でもニュースにもなってたしそう思ってるかも」
「そうか…」
一年つきあっていればわかる。
やっぱり別のことを考えているようだ。
「ちょっといい加減に…」
怒りかけたところで、違和感に気づいた。
いつもより人が多い。
(気づかれたかな?ていうか、これは…)
人は皆、ある場所に向かっていた。
自分たちと同じ場所に。
しばらくすると人だかりが見えてきた。
そこは間違いなくーーー
「俺の家…?」
伶は思わず駆け出していた。
集まっている人々をかき分け、前へ前へと進む。
「ウソだろ…」
警察がいた。
黄色のテープで道が塞がれていた。
家の中から、ナニカが運び出されていた。
大きな袋。
我が家にはなかった物。
ソレは血が滴っており、見慣れた茶色の髪がはみ出ていた。
『お兄ちゃ~ん!染めてみたんだけど、どうかな?』
『う~ん。まぁ、いいんじゃない』
「亜実!!」
気づいたときには、警官の制止を振り切って走っていた。
運んでいた警官から袋を奪い取り、中を見る。
たった一人の妹は、傷一つなく血にまみれていて。
兄と違い、確かに死んでいた。
最終更新:2007年09月21日 23:29