アットウィキロゴ

「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 女装少年と愉快な都市伝説-20

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

vs因縁の相手


 ハロウィンから数日ほど経った、ある夜。
 時刻は深夜。
 普通ならばとっくに家に帰っているはずの時間に、こっちは西区のとある五階建ての廃ビルの中を歩いている。
 ビルの中を吹き抜ける風がほっぺたをなぞっていき―――いつも感じているはずのそれに、なぜか酷く寒気を感じた。
 四階へと上がり、真っ暗な中に一つだけ見える、ぼんやりとした灯りを目指す。
 元々そんなになかった距離はすぐにゼロになり、こっちはそのまま、その部屋へと入っていく。
 その、中には―――。

「―――おー、おー。後を追けてくる奴がいっからどんなのが来てンのかと思ってたら―――あんたみてェな、可愛い嬢ちゃんとはなァ?」

 ―――見る者にまるで爬虫類のような印象を与えるその男は、そう言ってにやりと笑った。



 ―――少し、時間は遡る。
 この日も"身体が女の子になっている"というのを免罪符に街で遊び呆けていたこっちは、ちょうど家に帰る途中だった。

「学校行かないのは楽だけど、さすがにずっと行かないわけにはいかないよなあ………」

 この前出会ったお婆ちゃんにもらった上着を、羽織りなおしながらぼやく。
 いやまあ行きたくないわけじゃないんだけど、勉強が嫌だ。特に英語。
 その点、街を歩いているのはいい。色々と面白いし。
 そう思い、この一週間ほどの間にあったことを思い出す。
 ―――うん。文句なしに楽しかった。
 友人の家に泊まりにいったり、ゲーセンでガンアクション系のゲームを制覇したり。
 あのもふもふもよかったなあ、と手をにぎにぎする。
 お婆ちゃんに会ったときに一緒に会ったあのトト○的なもふもふ動物はとてもよかった。もふもふ大好き。可愛いは正義。
 そんな緊張感の欠片もないことを思い―――ふと、右に顔を向けた。
 ―――その行動に、特に意味はなかった。
 なぜそうしたのかとそう訊かれたとしても、強いて言うならなんとなく……としか答えられない程度の、本当にただの気まぐれでの行動。
 しかしその気まぐれは―――ある意味最高である意味最悪な、そんな光景を―――こっちに見せた。
 向けた顔の先にあった小さな路地。
 見えたのは、その路地を歩く一つの背中。
 そしてその背中は、それが纏う雰囲気は、絶対に忘れることなんかできなくて―――。

「―――っ!!」

 違う路地へと消えたその背中を、気づくとこっちは追っていた。



「―――で、だ。マジな話、あんた誰なンだよ? お前みてェなロリ爆乳、お知り合いになった覚えはねェンだが?」

 目を細め、値踏みするようにこっちを観察する男。

「そんなステキ体型した奴、忘れるはずがねェし………いや、どっかで会ったよォな気がしねェでもねェなァ」
「…………半年くらい前、片田舎の廃工場の中。こっちはお前にボコボコにされて全治一ヶ月。ついでに高校も受けれなかった」
「あァ? やり合った奴は大概そのまま喰っちまうし、逃がすことなんて………いや、半年くらい前っつったな………まさかお前、あの時のガキかァ?」

 目を見開き、興味深そうに訊いてくる。
 ………憶えててくれた、か。
 その事実に多少の安堵と苛立ちを感じつつ、答える。

「・・・そう。お前に挑んで無様に逃げ帰った、そのガキだよ」
「ほうほうほう。なんでメスになってやがンのかは置いとくとして、中々ステキなサービスじゃねェか」

 なんたって、と男は言葉を切り、

「―――とびきりの肉を俺にプレゼントしてくれるってェ魂胆なンだろォ? オスよりメスの方が、大人よりもガキの方が美味いからなァ!」

 クヒャハハハ! と男は笑い声をあげる。
 自らと同じ"人間"を、本当にただの"食べ物"としか認識していない、その態度。それを見て、こっちは改めて覚悟を固める。
 今この場で固めなければいけない、その覚悟を。

「……残念だけど、お前はこっちを喰えないよ」
「………ほォ?」

 笑うのを止め、男はこっちに向き直った。
 それを正面から睨み付け、言い放つ。

「なぜなら。こっちが死ぬときには―――もう、お前は死んでるから」

 こっちのその言葉に、男は一瞬きょとん、とし、そして顔を伏せて―――。

「………く、くく。ヒヒ、ハハ、ヒャアッハハハハハッ! ククッ、ハハハハ・・・ッ」

 ―――笑った。
 さっきよりも楽しそうに、さっきよりも面白そうに、さっきよりも馬鹿らしそうに―――笑った。

「ククッ、ハハハッ………あンまり笑わせるンじゃねェよ! 前やり合った時、お前どンだけボコられたと思ってンだァ!? お前ごときが、この俺に勝てる筈がねェだろォがァ!」

 そう言って、指をパチン、と鳴らす。
 すると―――まるで闇から浮かび上がるように、人影が現れた。
 それは、"自分"。
 男の自分自身の姿が、今目の前にある。

「俺の能力はとっくに判ってンだろォ? だったら―――独りじゃあ絶対に勝てねェってコトくれェ、理解出来てンだろォが」

 そう、顔を笑みに歪ませ言い捨てる男を守るかのように、"自分"が前に出た。
 "それ"の名前は、《ドッペルゲンガー》。
 この男が契約している、都市伝説の一つだ。

「……《ドッペルゲンガー》に出会った奴は死ぬ。故に、《ドッペルゲンガー》とその本人がやり合ったら、本人が必ず負ける。たとえどんなことが起ころォが、たとえどんな策を弄しよォが―――無様に負けて、殺される。それでもお前は、俺を殺せるってェのかァ?」

 にたにたと。
 答えがわかっているかのようににやつきながら、男はこっちに尋ねてくる。
 …………それだけじゃあ、ない。
 《ドッペルゲンガー》は確かにとんでもなく厄介だが、あいつの恐ろしいのはそこだけじゃない。
 以前戦ったときに確認した、《世の中には同じ顔の人間が三人はいる》による分身能力。
 さらに最悪なのは、《臓器の記憶》による能力の吸収だ。あいつは、相手を喰うことでその能力を自分のものとすることができる。
 つまり今目の前にいる男は、まるでマンガや小説の中に出てくるような、どうしようもない化物なのだ。
 だが。

「…………勝てるさ」
「………ンだと?」
「お前に勝てる、って言ったんだ」

 男を見据え、絶対の自信とともに、言う。
 そう。
 今日あいつと出会ったのは、確かに完全に偶然だ。
 でも、いずれは戦うのだということはわかってた。
 だから、準備はできている。
 やるべきことも、狙うべきことも。

「―――ほォ。言うじゃねェか」

 男は笑みを消し、鋭い目で―――恐らくは、野生の肉食動物が獲物を狙うその目で―――こちらを見据える。

「まァ、言うだけなら誰にでも出来る。やれるンなら、やってみろ」

 その言葉とともに、"自分"が動き出した。
 ざり、と地を踏みしめ、こっちと全く同じ、戦うための構えをとる。
 そして―――。

「「―――思い込んだらっ!」」

 二つの自分の声が重なり、その手の中にローラーが生み出される。
 間髪入れずに、全く同じモーション、全く同じタイミングでローラーがそれぞれの手から放たれて。
 重厚な金属同士がぶつかる硬質な轟音とともに、殺し合いは始まった。



 ローラーを投げつけたと同時に上着を壁際に投げ捨て、全力で前に向かって走り出す。
 まだ空中にある二つのローラーのせいで相手のことは見えない。
 それでも迷わず突撃し、落ちつつあるローラーと床との間を床に身体を張りつかせるようにして抜けていく。
 だが、

「………つっ!」

 背中が薄く、しかし一直線に切り裂かれる。
 視界の端に、"自分"がローラーの合間から鎌を持った手を伸ばしていたのが見えた。

(……痛・・・でも、これで《ドッペルゲンガー》はやり過ごせた。 今この瞬間なら、百パーセントの負けはない……!)

 空中のローラーを掴み、細かくステップ。
 タイミングを外し、それでもスピードは殺すことなく、ローラーに自分に出せる全力を注ぎ込み―――。

「…………っっっ、ああァッ!!」

 今この場で勝つことのできる唯一のチャンスに、最大の一撃を男に叩き込んだ。
 ズン! という衝撃が、ビルを揺るがす。
 ………これで仕留められなければ、《ドッペルゲンガー》とやりあう羽目になる。そうなったら、万に一つも勝ち目はない。
 この選択は、賭けだった。成功するかもわからない、失敗したら負け確定の、そんな分の悪い賭け。
 それでも、それに賭けた。賭けざるをえなかった。
 これだけが、たった一つの"自分一人でこの男を倒せる方法"だったから。
 …………その、結果は。

「―――ってェな。下手したら、ヒビ入っちまうところだったぞ」
「………くっ」

 文字通り、命を賭けた渾身の一撃は―――男の両手を使わせることしか、できなかった。
 降り降ろしたローラーは、男の頭上でクロスされた腕によって受け止められている。
 こっちの攻撃が男に及ぼした変化を他に挙げるとするならば、それは男の足がコンクリートを砕き、床にめり込んでいることくらい。
 ―――賭けは、失敗した。
 その事実に歯噛みし、男から距離をとろうとする。
 が、

「逃がさねェよ。この痛みの礼を、してやらなくちゃならねェからなァ」

 ローラーが、男の手に掴まれていた。
 焦るこっちを、直後浮遊感が襲う。
 目まぐるしく変わる視界に変わらず映るのは、ローラーを両手で抱えた男の姿。
 自分がローラーごと無理矢理振り回されている、ということに気づき、ローラーから手を離して壁に着地する。

「……っつ・・・!」

 振り回された勢いを全て足で殺したせいで足首が痛んだが、それでも休むことは許されない。
 背筋が粟立つのを感じ、とっさに横に飛ぶ。
 刹那、飛来したローラーが、寸前までこっちがいたところのコンクリートを、轟音とともに粉々に砕き潰した。

「………、はぁ、はぁ……」

 息を荒くし、男の様子を確認する。
 男はローラーを投げた体制からジーンズのぽっけに手を突っ込んだ自然体。そして戻ってきた《ドッペルゲンガー》はすでに男のそばに控えていた。

「………まァ、よくやった、ってとこか」

 手を握ったり開いたりしながら、男は呟く。

「今の一撃、だいぶ効いたぜェ? こんな痛かったのは久しぶりだ。……いや、そもそも攻撃食らったのが久しぶりか?」

 男がそうしゃべっている間にも、こっちは頭を回転させる。
 考えるのは逃げる方法。馬鹿正直に逃げたとしても、振りきれはしないだろうから。
 目くらましは……たぶん、ダメだ。前やったのと同じ方法がまた通じるとは思えない。
 こっちがそう悩んでいる間も、男は言葉を続ける。

「まァ、これまで敵討ちに来た奴らは俺自身に触れることすら出来なかったからなァ。そいつから考えっと、お前はそこそこ頑張ったっつってもいいわけだ。だから―――」

 周囲の空気が、徐々に重く変わっていく。
 全身にいやというほど感じる悪寒にこっちは考えるのをやめ、男に向かって構えをとった……いや、とらされた。
 あまりのプレッシャーに、背中を冷や汗が流れていく。

「―――少しだけ、本気を出してやる。精一杯、死なねェように逃げ回れよォ?」

 そう男が宣言した、その時。
 本能が最大限に警鐘を鳴らし、身体を反らす。それについていけなかった髪の毛が数本、突きだされた包丁によって断ち切られた。
 包丁を持つ人影は、おそらく日本でもっとも有名な都市伝説の一つ。
 長い黒髪に口元にはマスクをした、その女の人は―――。

「―――《口裂け女》っ!?」

 転がるようにして距離をとり、叫ぶ。と同時に背後に気配を感じ、上半身を前に倒しながら右足で蹴りあげた。顎のあたりを蹴りあげられて宙を舞ったその小さな人影は、白いブラウスと赤いスカートを身に付けていた。
 宴会の時に出会った、あの可愛らしい花子さんとその契約者さんの姿が思い出される。

「こっちは、《花子さん》………がっ!?」

 左腕に衝撃と激痛が走る。顔を向けると、中年くらいのおじさんの顔をした犬がこっちの肩に食らいついていた。
 すぐに右手でその頭を鷲掴み、破裂させる。

(………っ、意味がわからない! こんなにたくさんの都市伝説と契約なんて、できるはずが、―――っ!)

 考える間もなく、首筋を狙って巨大な剣が降り下ろされる。身体を前に投げ出すようにしてかわすが、そこに《口裂け女》からの追撃。顔の薄皮一枚のところで避け、逆に左手に生み出した鎌で両腕を切り落とした。
 さらに襲いかかってくるのは、さっき首筋を狙ってきた《首無し騎士》。振り下ろされた大剣を鎌で受け止め、そのまま刀身に沿わせるように動かしてその剣を握った指を削ぐ。取り落とした大剣を奪い、その鎧ごと真一文字に両断した。
 これで終わったか、と大きく息を吸い、

「―――おいおい、休むなよォ。まだまだ終わンねェぜェ?」

 響いた声とともに、背中に激痛。刃物が突き刺さって身体にありえない空間が生まれる、嫌な感覚も混じっている。
 痛みを堪え、傷が拡がるのにも構わず身をよじって後ろを見ると、

「―――また、《口裂け女》………っ」

 二人目の《口裂け女》の姿が。
 後ろに飛びすさりつつ、考える。
 これで、確認した男の都市伝説の数は八つ。しかもそのほとんどが全く関係のないもので、それなのにあいつは都市伝説に飲まれていない。
 ………普通に考えたら、こんなことはありえない。ありえるはずがない。
 でも現実に起こっている。なら、そこには理由がきっとあるはずだ。考えろ、考えろ、考えろ!

「……はあっ、ふっ!」

 背後に感じた気配に、身体を反転させて鎌を振るう。こっちの目をついばもうと飛びかかってきていた四本足の鶏が、真っ二つになって落ちていった。

「さて、悩ンでるみたいなんでヒントをサービスしてやろォじゃねェか。まず、俺の能力の中でもとびっきり凶悪なのはなんだァ?」

 さっきあごを砕かれた《花子さん》がそれでもなお向かってくる。その足元を蹴りつける……と見せかけてその軌道を急激に変化させ、《花子さん》の顔面にハイキックを叩き込む。吹き飛んで壁に叩きつけられた《花子さん》に、止めに鎌を投げつけた。
 肉と骨を断ち切る音を背後に、こっちは男の言葉について頭を働かせる。
 男の能力で最悪なのは………《臓器の記憶》。でも、それの能力は食べた相手の能力を自分のものにするだけのはずで、こんないくつもの都市伝説を操るようなものじゃないはずだ。
 そう考えながら、次いで現れた毛むくじゃらの野人を仕留めようと、右手を振りかぶり―――その手に走った痛みにガクン、と動きが止まる。
 右手に目を向けると、キラキラと光を反射する糸のようなもの―――たぶん、ワイヤーだろう―――が絡みついているのが見えた。それを辿ると、そこにはバイクに跨がった首のないシルエット。……《首無しライダー》、か。

「ヒントその二ィ。都市伝説との契約っつゥのは、一体どういうことかなァ?」

 男の声が聞こえてくる。
 都市伝説との契約は………その都市伝説自体が強くなるということと、もう一つ。契約者に力を与えること、契約者がその都市伝説と繋がることでもあったはずだ。
 血が噴き出すのにも構わず右手をワイヤーごと握りしめ、全力で引っ張った。抵抗しきれなかった《首無しライダー》の身体が宙を舞う。左手でその飛ぶ軌道を修正し、勢いをつけてその身体を野人に向かって叩きつけた。
 思い込んだら、と一言呟き、もつれあって壁際に転がった二人に止めを刺すため、生み出したローラーを投げつける。

「さて、第三のヒント………っつーかもうほぼ答えだなァ。俺の《臓器の記憶》の能力ってのは、相手の内臓を喰うことによってそれを自分自身と同化させ、その結果として相手の力を貰い受けるっつーもンだ。実際の形はこの際置いといて、このあたりの要素はなンかと似てると思わねェかァ?」

 高速で飛んでいったローラーは、正確に《首無しライダー》と野人のいる地点に突き刺さる。
 が、それと入れ替わるように飛び出した野人の拳が、転がったこっちのお腹を捉えた。
 こっちの身体はまるで小枝のように吹き飛び―――そして、背後に生まれた黒い影に呑まれた。
 生臭い匂い。生暖かくべたべたとした感触に鳥肌が立つ。
 その中でこっちは、今の男の言葉を反芻する。
 それはつまり―――そういうこと、なのだろうか。だとしたら、こいつの能力は、凶悪なんてものじゃなくなる。

(…………これは、ますます死ぬわけにはいかない、か)

 頭上にある壁に両手をあてる。
 伝わってくるぐにゃ、という感覚を無視し、能力を全開にした。
 ―――生き物の身体が炸裂する嫌な音が耳に響くと同時に、血が滝のように降り注いだ。
 頭上に開いた穴から身体を滑り出させる。そこでやっと、今まで自分が呑まれていたものの正体がわかった。

「………《下水道の白いワニ》、かな」

 呟いた瞬間、突き込まれた毛むくじゃらの腕を肘と膝で挟んで潰す。ゴキ、と音がして、その腕は変な方向にねじ曲がった。
 そのまま腕を引っ張り、野人のみぞおちに左肘を突き下ろす。骨の砕ける感触。さらに右手で野人の頭を掴み、身体の回転を利用して一気にへし折った。
 そして、男に向かい合う。

「おーおー、やるねェ。ま、回答は………言うまでもないかァ」
「・・・お気遣い、どうも。ようするに、実体のある都市伝説を食べちゃえば、その都市伝説と契約したのと同じようになって操れる、ってことだよね?」

 ………契約は人と都市伝説との間に繋がりを作る。この男は相手を喰らうことで無理矢理に繋がりを作らせる。
 この男は相手を喰らうことで無理矢理に力を与えさせる。契約は人と都市伝説とに力を与える。
 詳しいことはよくわからないけれど、たぶんこういう理由で、この男は食べた都市伝説を支配することができるんだろう。

「お、せェいかい。賞品やる代わりに美味しく頂いてやっから、感謝しろよォ?」

 男の言葉とともに、さっきまでとは比べ物にならないくらいの数の都市伝説たちが文字通り湧き出てきて、男の姿は完全に見えなくなった。
 一番始めに突っ込んできたのは一人の《口裂け女》。彼女が突き出したハサミを床に沈み込むようにして避け、そこから一気に足を跳ね上げる。
 全身のバネをフルに使って放ったその蹴りは、ガードした腕を砕いてその《口裂け女》の胸元に突き刺さった。そのまま押し込み、《口裂け女》の身体をふき飛ばす。
 次に目に入ったのは、包帯を巻いた性別不詳。注射器を持っているあたりからして、《注射男》だろうか?
 迎え撃ち、その頭を砕く。
 ―――が。

「……あ、なっ・・・!?」

 相打つように、こっちの腕に突き立てられた注射針。その薬のせいだろうか、身体から力が抜け、床に膝をついてしまう。
 それと同時に、こっちに覆い被さる無数の影。
 そして、全身をくまなく焼き尽くす灼熱感。
 ―――身体中を、都市伝説たちの刃が貫いた。
 わかるだけでも包丁、鎌、ハサミ………左の脇腹の特大の異物感は、《首無し騎士》の大剣だろうか。
 その反対、右の脇腹には、大きなネコのような動物の爪と牙が突き立っている。バキン、という音とともに、あばら骨が噛み砕かれるのを感じた。
 大量の血が一気に失われる喪失感。声をあげる余裕すらなく意識が一瞬で遠のき、目の前が赤一色に染まった。

「―――でけェ口叩いといて、この程度で終わりかァ?」

 耳元で囁かれた言葉も、遠いどこかのことのような気がする。
 痛みすら感じず、少しの心地よさを感じながら、意識は闇へと溶けていき―――。

「クハハッ、お目覚めの時間だぜェ!」

 ―――突如身体の中心を貫いた衝撃に、一気に意識が引き戻された。
 強制的に回復させられた神経が、気が狂いそうになるほどの激痛と、凄まじい速さでの浮遊感を伝えてくる。
 痛みを堪えながら、なぜ浮遊感なんかを感じているのかに疑問を持とうとした、その時。
 さっきとは比べ物にならないほどの衝撃が、こっちの身体を襲った。

「―――っ!」

 悲鳴すらあげることのできない、その痛み。
 内臓が全て爆発したかのような錯覚を起こさせたその衝撃は、こっちのあばら骨数本をへし折っただけでなく内臓にもダメージを与えた。
 それでも収まりきらなかった分の衝撃が、背中と密着しているコンクリートに蜘蛛の巣状の亀裂を入れる。
 こっちのお腹に拳を突き立てているのは、あの男だった。どうやらお腹を殴られたまま、壁へと叩きつけられたらしい。

「ハハハッ! さァて、頂きま―――って、うォっ!?」

 痛みに歯を食いしばり、血を吐きながらも振るった鎌は、紙一重のところでかわされた。
 こっちの身体を壁に押し付けていた男の腕が離れたことで、こっちの身体はずりり、と壁からずり落ち、床にしりもちをつく。
 ただそれだけの衝撃で、身体中から血が噴き出した。出血多量なのだろうか、視界が霞む。
 もうすでに、こっちは満身創痍となっていた。

「クックク、まだやるかァ? いいねェいいねェ、やっぱそれくらい足掻いてもらわねェと、食事も楽しくねェからなァ!」」

 男の笑いとともに、さらに追撃。
 空気を切り裂いてこっちに向かって飛んでくるのは、いつも自分自身が使っているあのローラーだ。
 驚異的な速度と重量でもってこっちを潰そうと飛んでくる鉄塊に向かって、

「ふっ、………ああああああアアアアッ!」

 今にも抜けていきそうな力を必死に留め、全力で腕を振るう。
 ゴン! という轟音が鳴り響く。

「う、ああっ……!」

 ローラーを弾いてその軌道を逸らした代償は、振るった左腕の破壊という形で表れた。
 腕全体のところどころで皮が裂け、肉が見えている。………飛び出している白いものは骨だろうか。指は全て奇妙な方向へと反り返り、腕自体のシルエットも歪んでいた。
 意識を失うことすらも許されない、地獄のような激痛が全身にくまなく染み込んでいく。
 ……片腕は潰れ、全身に無数の刺し傷。あばら骨ももう折れていないものの方が少なくて、床には大きな血だまりが。
 いっそのこと、死んでしまった方が楽だと思えるような、そんな状態。
 ―――でも、まだだ。………まだ、こっちは死んでない。死ぬわけにも、いかない。
 ちょうどそばにあった、戦い始めに脱ぎ捨てた上着―――白かったはずの生地が、赤く染まっているそれ―――をまだ動く右手で手繰り寄せ、羽織る。

「………なんだァ、まだやんのかァ? …………わっかンねェなァ、もう死んだ方が楽ンなれるだろォに、なんで諦めねェ? お前が死ぬ覚悟決めよォが、相討ちを狙おォが、俺を殺ることなんざできねェってわかってンだろォが」

 ……皮肉なことに、痛みが逆に意識を鮮明にしてくれる。とはいっても、危ない事には変わりない。
 できるだけやりたくはなかったやり方で逃げる事を決めた。酷い事にはなるだろうけど、死ぬよりはマシだと信じる。

「………うん。無理、だね。こっち一人じゃあ、お前には勝てっこないよ。そんなこと、始めからわかってはいたさ」
「……はァ? じゃあ、なんでだ? なんでお前は、そんなズタボロの雑巾みてェになるまで頑張った?」
「はあ…っく、痛……。覚悟をね、決めるためだよ」
「覚悟、ねェ。どうせ、死ぬ覚悟っつゥンだろォ? ンなもン決めたって無駄じゃねェかと、今死ぬ寸前までお前をボコった俺としては思うンだが?」
「あは、ははは……。そんなんじゃ、ないよ」

 見当外れのことを言った男を笑ってやる。
 これだけ痛めつけられたんだ、これくらいの仕返しはいいだろう。
 そう思いながら、穿いていたズボンのポケットの中から"あるもの"を取り出す。

「…………ンだと? じゃあ、なんだっつゥンだァ?」
「あはははっくくく……げほっげほっ。………簡単なことだよ。独りで勝てないんなら、仲間と戦えばいいだけの話なんだ。つまり―――人を巻き込む覚悟をしたっていう、それだけのことだ」

 ―――そう。
 もう、覚悟は決めた。
 どうせこいつがいれば、いろんな人が危険に晒される。いろんな人が犠牲になる。
 だったら、みんなみんな巻き込んでしまえばいい。個人でやりあって各個食べられていくくらいなら、そっちの方がはるかにマシだ。
 この学校町に来て、出会った人たちの顔が思い浮かぶ。
 こんなことに巻き込んだら、嫌われてしまうかもしれないけど…………死んでしまうよりは、断然いい。
 "あるもの"を握り締め、男と向かい合う。これで、逃げる準備はできた。
 男は、なにかを考えているようだった。

「―――ほォ。成る程なァ、確かにその通りかもなァ。《ドッペルゲンガ―》にしろなンにしろ、数が増えりゃあやりにくくなる。…………よし、賭けといこうじゃねェか」
「……………、賭け?」
「そォだ。お前がその状態で、俺から逃げ切れたらお前の勝ち。捕まれば俺の勝ち。俺が勝ったらその場でお前を踊り食いだァ。だがお前が勝ったら、お前のその覚悟を試すお膳立てをしてやるよォ」
「………つまり?」
「お前が勝ったら都市伝説の関係者は喰わねェってことだよ。ついでにそいつら片っ端から集めて、まとめて相手してやる。いつになンのかはわかんねェけどなァ」

 ………とんでもない、破格の条件だろう。
 でも、不安は残る。この男としては、その賭けを守るメリットがないだろうから。

「おいおい、疑ってんのかァ? 俺は約束は守る男だぜェ。っつゥか、元々この街の都市伝説は全部喰っちまうつもりだったしなァ」

 一度に一気にいくかチマチマいくかの違いだけだから問題ねェ、と男は言う。
 …………信じようと、思う。なんとなくだけれど、この言葉だけは、信用できるような気がした。
 ―――あとはもう、逃げるだけだ。
 右手を床につけ、能力を発動。コンクリートの微細な粉末を大量に舞い上げ、視界を奪った。

「ハハッ、いきなりかァ! いいぜェいいぜェ、そうじゃねェと面白くねェ! だが、こンな前にも使った手が通じると思ってんなら―――踊り食い確定だなァ?」

 聞こえてくる言葉は無視し、上着―――《火鼠の皮衣》を頭から被るようにする。

「―――ねえ、こんな話、知ってる? とある炭鉱で爆発事故が起きて、炭鉱夫たちがみんな死にました。でも、それは爆発物の取扱いを間違えたとか、そういうのじゃありませんでした」

 こんなことになるなんて、《火鼠の皮衣》をくれたおばあちゃんには感謝してもしきれないなあ、と微笑み、続ける。

「空気中に小さな小さな粉末が大量に撒き散らされたときそこに火種があると、空気の燃焼がとんでもなく速くなって、その空間自体が一個の爆弾みたいになるらしいよ? ………ちょうど、今みたいに」
「…………はァ? いや待てお前、まさか―――ッ!?」

 男が息を飲む気配を感じながら、こっちは窓に向かって駆け出し―――同時に、手に持っていた"あるもの"を、床に擦りつけた。
 "あるもの"とは、マッチ。
 床に擦りつけられたそれは、その摩擦によって炎を生み―――。

「―――粉塵爆発って、知ってる?」

 ―――その部屋の中を、爆炎が薙ぎ払った。



 黒焦げになったビルの一室。
 男は、そこに一つだけある窓から外を見ていた。

「…………もう、無駄かァ? いやしっかし、まさか自爆に近い真似までして逃げるとは思わなかったなァ。つかあのザマで爆発まで食らったらマジで死にかねねェぞ、あいつ」

 呆れたような調子でそう言う男。
 だけどすぐにその顔に笑みを浮かべ、

「まァ、駄目元で追ってみっかァ。捕まりゃ恩の字、捕まらなくても楽しみはあるしなァ」

 そう呟くと、男は窓から飛び降り、夜の闇の中へとその姿を消していった。



「―――はぁ、はぁ……やっと、いって、はぁ、くれた、な」

 その様子を上から見ていたこっちは、ようやくほっとして呟くことができた。
 今のこの身体で走ったりなんかしたら、確実にガタがくる。というかもうきてる。
 だから粉塵爆発を起こした瞬間に、爆風に身体を焼かれながらも窓から飛び出し、その勢いを利用してビルの屋上近くまで駆け上がったのだ。
 その判断は、たぶん正しかったと思う。
 でも、

「…………………ぁ」

 満身創痍の身体は、すぐに限界を迎え―――べしゃり、とこっちは地面に叩きつけられた。その衝撃こそ全身に走ったけど、もう痛みすら感じない。
 一応は無事なはずの足を動かそうとしても、動かない。………というか、足の感覚すらもなかった。
 ……ダメだ、終わってたまるもんか。死んで、たまるか!
 そう思ってはいても、目の前が暗くなっていく。
 最期の力を振り絞り、なんとか右手が地面から離れた。
 そのまま這っていこうとし―――そこにいる、細身の黒い人影に気付く。

「………ぁ、………ぇ……」

 助けを求めようとしても、声が出ない。
 最期に、その影がこっちに向かって手を伸ばしてきてくれたのが見えて。
 ―――こっちの意識は、途絶えた。



「…………これは、酷い、ですね……」

 濃い血の匂いと、肉の焼ける匂い。
 そして少女の全身の傷を見て、私は思わず呟く。
 その日私はいつものように、都市伝説を探すために、夜の街を歩いていた。
 その最中、突然響いた爆発音に、それが聞こえてきた方向へと向かい、見つけたのが―――目の前に倒れている、満身創痍の少女。
 意識を失ったのだろうか、だらりと力の抜けた身体の状態を確認し………危険な状態だと、そう判断する。
 こんな路上で少し治療した程度では、駄目かもしれない。それに、もしこの少女にこのような傷を負わせた存在が、まだ付近にいるとしたら、危険だ。
 取り出した霊薬でできる限りの応急処置を施し、私はその少女を背負って、今自分の契約者達と住んでいる家へと急いだ。



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー