陽光が降り注ぐ静かな部屋。
青年は本を開き、文字を目で追っていた。しかし、
……静かすぎる。
思い、ふと彼は本から視線を上げ、――ため息を一つ。
「……契約者よ」
青年が声をかけた先、彼と契約している少女は机に突っ伏し、腕を枕にして寝ている。その周囲にはシャープペンシルや消しゴムが転がっており、腕の下には問題集が敷かれている。
「お姉ちゃーん」
青年の隣で絵本を開いていたリカちゃんも声をかけるが少女は起きる気配がない。
完全に寝入っている。
「…………」
青年は指に挟んでいた栞をおもむろに放り投げた。
栞はひらひらと空中を舞っていたが、突然光りを纏い急加速、急上昇、次いで急落下。
居眠りしている少女のど頭にぶち当たった。
ゴス、
と紙が人体に当たったにしては少々不自然な音がして、
「――ってぇ!?」
寝入っていた少女が飛び起きた。
「何すんだよ!?」
「課題はどうした課題は」
少女の抗議に青年は下敷きになったせいでしわくちゃになった問題集を指さして言う。
少女はそれを見て数秒考え、
「あーーー、寝ている間に妖精さんが」
「やってくれるわけないだろう」
「もしかしたらそんな都市伝説がいるかもしれねえじゃねえか!」
そんな二人の会話を聞いていたリカちゃんが興味津々で、
「いるの?」
「……前例がないわけではないはずだ」
「ほらな? いるんだろ?」
記憶を辿るように目を細めて言われた言葉に少女は喜色を浮かべる。が、
「今ここにそんなものはいない」
青年のもっともな言葉に「うー……」と少女が唸っていると、リカちゃんが首をカックンと傾けながら問いかけた。
「ねーねー、お姉ちゃん。がっこうは?」
今日は平日、時刻は真昼間である。いつもなら少女は学校にリカちゃんを鞄に放り込んで持っていき、青年は軽い変装をしつつ現在≪組織≫管轄の喫茶店へと暇つぶしに出かけている時刻だ。
「んー? なんかインフルエンザの流行とかで学校閉鎖なんだよ」
「いんふるえんざ?」
少女の答えに疑問が返る。
「病気だな」
青年の簡潔な返答にんー、とリカちゃんは数秒悩み、
「あかいくつとあかまんとのおじさんみたいになっちゃうの?」
「あっははは! 確かにアレは病気と言えなくもないな! うん!」
「しかし違う、風邪みたいなものだ。人から人に移るので広がりすぎると学校が閉鎖される」
よく分からないとでも言うように逆方向へと首を傾けるリカちゃんを見て少女は笑いかけ、
「学校は休みになるけどその代わりに学校から『勉強しやがれこの野郎』って課題出されるんだよ」
やってらんねー。と伸びをする。
「でもしっかりやっててえらいの」
「それが普通なんだ」
「怖い怖い監視がいるしなー」
少女は居眠りも出来やしねえし遊ぶにしても今はちょっと危ないしな。と愚痴をこぼす。
俺も出来の悪い妹を持った感じだ。と青年は肩をすくめ、
「まあ、インフルエンザくらいなら治療できなくもないんだが、今は≪マッドガッサー≫の問題もある。
下手をすると学校閉鎖になっている原因には奴らの影響もあるかもしれん」
ん? と少女が青年に質問する。
「都市伝説を知らない人間にも被害が出てるってことか?」
「ないわけではないだろうな」
質問内容を肯定する青年。
「そりゃー、何も知らない人間は驚くだろうなー。
男が女になるだけならともかくもう一つの効果がでたら洒落になんねえぞ?」
青年はリカちゃんに栞を回収させながら、
「表沙汰にはならないように≪組織≫が動いているだろうな」
「かくしてるの?」
リカちゃんから栞を受け取って彼はん、と頷き、
「表沙汰になれば混乱が起こるからな。それを防ぐためには被害の完全隠蔽が一番だ。
最悪、女体化を求める人間がこの町に大量にやってきて町中皆仲良くマッドガッサーたちの物になる。ということもあり得んわけではないのだしな」
「……そんなことになったら大変だよな。なんか、いろんな意味で」
わざとらしく重く告げられた言葉。青年はその意見には頷きつつ、
「ところで契約者。――課題が進んでないようだが」
「人がこの町の人々を憂えることを名目にして現実逃避してるっつーのにTさんはそんなに俺を苦しめたいのか!」
青年は抗議の声を軽く聞き流し、
「人々を憂えるなら現実から逃避するな」
至極真っ当なことを言った。
「うるせー、Tさんに分かるか? このつまらない課題をただひたすらに解いていく虚しさが!!」
「俺も一応大学までは行ったクチだから分からんでもない。――そうだな、全部終わったら地下カジノに連れて行ってやる」
青年がご褒美を提示すると、
「俺はTさんを信じてたぜ!」
途端に心変わりして課題に勤しみ始めた契約者。それを見て青年は苦笑し、本へと目を戻す。
何故か、せっかく女になったんだし今こそ白雪姫を白雪姫その人にコーディネート……いやいや、舞妓さんをここで再現というのも……と聞こえたが、まあ向こうで姫君たちと話す会話の種だろう。外出しづらい今の状況ではこのくらいの楽しみは必要だ。
うむ、と青年は頷き、聞こえてきた声の内容、その発想の元を与えた人間について考える。
……あれは、少なくとも直人の動きではなかったな。
最初に俺が放った白光、あれの避け方もさることながら、その後に現れた≪コーク・ロア≫の支配型を沈めた一撃。……格闘技の類だろうか?
もしそうだとしたら相当の使い手だと彼は思う。
そして、
黒服さんからの情報ではマッドガッサー一味のもう一人の接近戦要員は都市伝説に頼らないでも≪組織≫の黒服と戦える強さを持っており、『服の上からではわからない程度に、しかし確実に鍛えられたすばらしい筋肉。邪法の流派に囚われさえしなければ、すばらしきブラザーになったであろう』というものだった。
後半いろいろ無視して考えると、
≪コーク・ロア≫の被支配型、支配型を生身で倒す強さを持っていて、都市伝説の契約者では――おそらく――なく、そして初めに会った時、彼は知り合いが女体化していることに対してほとんど驚いてはいなかった。以前から≪日焼けマシーンで人間ステーキ≫の青年と知り合いだったことから多少のことには慣れていた。と考えることもできるが、
――あの時感じた良くない気配……
「……情況証拠が多いな」
怪しい、と思う。
契約者とはウマがあっているみたいだが、少し警戒する必要があるかもしれん。
思わず出ていた呟きに「どーした?」と問いかけてきた契約者へなんでもないと答え、青年は意識を文字列を追うことへと集中させ始めた。
青年は本を開き、文字を目で追っていた。しかし、
……静かすぎる。
思い、ふと彼は本から視線を上げ、――ため息を一つ。
「……契約者よ」
青年が声をかけた先、彼と契約している少女は机に突っ伏し、腕を枕にして寝ている。その周囲にはシャープペンシルや消しゴムが転がっており、腕の下には問題集が敷かれている。
「お姉ちゃーん」
青年の隣で絵本を開いていたリカちゃんも声をかけるが少女は起きる気配がない。
完全に寝入っている。
「…………」
青年は指に挟んでいた栞をおもむろに放り投げた。
栞はひらひらと空中を舞っていたが、突然光りを纏い急加速、急上昇、次いで急落下。
居眠りしている少女のど頭にぶち当たった。
ゴス、
と紙が人体に当たったにしては少々不自然な音がして、
「――ってぇ!?」
寝入っていた少女が飛び起きた。
「何すんだよ!?」
「課題はどうした課題は」
少女の抗議に青年は下敷きになったせいでしわくちゃになった問題集を指さして言う。
少女はそれを見て数秒考え、
「あーーー、寝ている間に妖精さんが」
「やってくれるわけないだろう」
「もしかしたらそんな都市伝説がいるかもしれねえじゃねえか!」
そんな二人の会話を聞いていたリカちゃんが興味津々で、
「いるの?」
「……前例がないわけではないはずだ」
「ほらな? いるんだろ?」
記憶を辿るように目を細めて言われた言葉に少女は喜色を浮かべる。が、
「今ここにそんなものはいない」
青年のもっともな言葉に「うー……」と少女が唸っていると、リカちゃんが首をカックンと傾けながら問いかけた。
「ねーねー、お姉ちゃん。がっこうは?」
今日は平日、時刻は真昼間である。いつもなら少女は学校にリカちゃんを鞄に放り込んで持っていき、青年は軽い変装をしつつ現在≪組織≫管轄の喫茶店へと暇つぶしに出かけている時刻だ。
「んー? なんかインフルエンザの流行とかで学校閉鎖なんだよ」
「いんふるえんざ?」
少女の答えに疑問が返る。
「病気だな」
青年の簡潔な返答にんー、とリカちゃんは数秒悩み、
「あかいくつとあかまんとのおじさんみたいになっちゃうの?」
「あっははは! 確かにアレは病気と言えなくもないな! うん!」
「しかし違う、風邪みたいなものだ。人から人に移るので広がりすぎると学校が閉鎖される」
よく分からないとでも言うように逆方向へと首を傾けるリカちゃんを見て少女は笑いかけ、
「学校は休みになるけどその代わりに学校から『勉強しやがれこの野郎』って課題出されるんだよ」
やってらんねー。と伸びをする。
「でもしっかりやっててえらいの」
「それが普通なんだ」
「怖い怖い監視がいるしなー」
少女は居眠りも出来やしねえし遊ぶにしても今はちょっと危ないしな。と愚痴をこぼす。
俺も出来の悪い妹を持った感じだ。と青年は肩をすくめ、
「まあ、インフルエンザくらいなら治療できなくもないんだが、今は≪マッドガッサー≫の問題もある。
下手をすると学校閉鎖になっている原因には奴らの影響もあるかもしれん」
ん? と少女が青年に質問する。
「都市伝説を知らない人間にも被害が出てるってことか?」
「ないわけではないだろうな」
質問内容を肯定する青年。
「そりゃー、何も知らない人間は驚くだろうなー。
男が女になるだけならともかくもう一つの効果がでたら洒落になんねえぞ?」
青年はリカちゃんに栞を回収させながら、
「表沙汰にはならないように≪組織≫が動いているだろうな」
「かくしてるの?」
リカちゃんから栞を受け取って彼はん、と頷き、
「表沙汰になれば混乱が起こるからな。それを防ぐためには被害の完全隠蔽が一番だ。
最悪、女体化を求める人間がこの町に大量にやってきて町中皆仲良くマッドガッサーたちの物になる。ということもあり得んわけではないのだしな」
「……そんなことになったら大変だよな。なんか、いろんな意味で」
わざとらしく重く告げられた言葉。青年はその意見には頷きつつ、
「ところで契約者。――課題が進んでないようだが」
「人がこの町の人々を憂えることを名目にして現実逃避してるっつーのにTさんはそんなに俺を苦しめたいのか!」
青年は抗議の声を軽く聞き流し、
「人々を憂えるなら現実から逃避するな」
至極真っ当なことを言った。
「うるせー、Tさんに分かるか? このつまらない課題をただひたすらに解いていく虚しさが!!」
「俺も一応大学までは行ったクチだから分からんでもない。――そうだな、全部終わったら地下カジノに連れて行ってやる」
青年がご褒美を提示すると、
「俺はTさんを信じてたぜ!」
途端に心変わりして課題に勤しみ始めた契約者。それを見て青年は苦笑し、本へと目を戻す。
何故か、せっかく女になったんだし今こそ白雪姫を白雪姫その人にコーディネート……いやいや、舞妓さんをここで再現というのも……と聞こえたが、まあ向こうで姫君たちと話す会話の種だろう。外出しづらい今の状況ではこのくらいの楽しみは必要だ。
うむ、と青年は頷き、聞こえてきた声の内容、その発想の元を与えた人間について考える。
……あれは、少なくとも直人の動きではなかったな。
最初に俺が放った白光、あれの避け方もさることながら、その後に現れた≪コーク・ロア≫の支配型を沈めた一撃。……格闘技の類だろうか?
もしそうだとしたら相当の使い手だと彼は思う。
そして、
黒服さんからの情報ではマッドガッサー一味のもう一人の接近戦要員は都市伝説に頼らないでも≪組織≫の黒服と戦える強さを持っており、『服の上からではわからない程度に、しかし確実に鍛えられたすばらしい筋肉。邪法の流派に囚われさえしなければ、すばらしきブラザーになったであろう』というものだった。
後半いろいろ無視して考えると、
≪コーク・ロア≫の被支配型、支配型を生身で倒す強さを持っていて、都市伝説の契約者では――おそらく――なく、そして初めに会った時、彼は知り合いが女体化していることに対してほとんど驚いてはいなかった。以前から≪日焼けマシーンで人間ステーキ≫の青年と知り合いだったことから多少のことには慣れていた。と考えることもできるが、
――あの時感じた良くない気配……
「……情況証拠が多いな」
怪しい、と思う。
契約者とはウマがあっているみたいだが、少し警戒する必要があるかもしれん。
思わず出ていた呟きに「どーした?」と問いかけてきた契約者へなんでもないと答え、青年は意識を文字列を追うことへと集中させ始めた。