黒服が自身のことを棚に上げ契約者を気遣って足早に去っていくのを見送り、青年はもう一人、この場に残った黒服を見た。
秋祭り三日目に出会った。髪の伸びる黒服はくっくと笑って去っていく黒服を見ていた。
青年の契約者は半目でそれを見て、
「休んでおけって言ったその舌の根も乾かないうちに言うかよ? 普通」
「まあ≪日焼けマシンで人間ステーキ≫の青年が倒れてしまったらそれはそれであの人は気付かなかった自分を責めそうだしな。注意すること自体は間違ってはいない」
青年の言葉に髪の伸びる黒服もうなずく。
「そういうこった」
それから髪の伸びる黒服はそうそう、と青年へと振り向き。
「≪組織≫は≪夢の国≫には無闇に手を出さない方針なんだそうだ」
言ったその言葉に、
「そうか……」
「おお、そいつはよかったっ!」
安堵の表情の青年と嬉しそうな表情の少女。それを見て髪の伸びる黒服はまた一つうなずき、
「よかっただろ? 嬢ちゃん」
「おう」と少女がうなずいたところで青年の方が髪の伸びる黒服に声をかけた。
「貴方に一つ頼みがある」
「またか」
うへぇ、と言う髪の伸びる黒服に青年は苦笑。簡単なことだ。と前置きし、
「俺のことを≪組織≫にはあまり言わないでほしい」
告げた。
「……そいつはまた、どうしてだ?」
探るような髪の伸びる黒服の声。場の空気が少し硬質になった。
そう警戒してくれるな。と青年は言って、
「俺は元≪組織≫の――捨て駒だからな。まだ存在しているとばれるのはあまりよろしくなさそうなんだ」
髪の伸びる黒服はほう、と驚き、
「元≪組織≫所属か」
「人間だった時だがな」
今じゃこの通り都市伝説の身だ。と笑って青年。
「以前、貴方を戦場で見た。その時にあの組織と連絡を取っているところを偶然見たんだ。だから貴方とあの組織の関係をそれ以上は俺は何も知らない。
当然、このことを誰にも言うつもりはないよ」
髪の伸びる黒服はあー、と何かの合点がいったように相槌を打つ。
そして、
「例えば、だ。俺があんた――Tさんの情報を≪組織≫に言わない代わりに何かを要求するとしたら、どうする?」
発された問いに青年は少し考え、
「別に討伐対象でもないし言っても構わない」
が、と髪の伸びる黒服が青年の言葉を継ぐ。
「≪組織≫は再び所属することを望むかもな」
「それだ」
渋い顔の青年。彼の契約者は首をかしげている。
青年は彼女に≪組織≫のことをほとんど話していない。自分が≪組織≫でやった仕事を殺しも含めて洗いざらい話し(吐かされ)、あとは必要だが悪でもある。と結論を言っただけであった。それだけの情報ではこの会話は難しいのかもしれない。
「仮にそうなって、断ってしまった場合面倒なことになるだろうな。それに――」
青年は契約者をちらりと見て、
「身を預けるには≪組織≫は信用できん」
「嫌われてるねぇ」
「必要だとは思うのだがな」
お互いに苦笑。
「……フム、では」
髪の伸びる黒服はそう言っておもむろに携帯を取り出した。そしてどこかに掛け始め、
「――ああ、ちょっと≪組織≫に重大な情報が」
話を始めた辺りでピキ、と音がした。
「……?」
髪の伸びる黒服がその音の音源――携帯に目を向けるとそれは、
「壊れてやがる」
「携帯が壊れてくれると、幸せだな?」
声に視線を向けると、青年の向けている指先から細い光が一本伸びており、消えた。
「なんで壊すかねー」
ぶちぶち文句を言いながら髪の伸びる黒服は携帯を懐にしまう。
「あまりにもあからさまなのでついつい乗ってみたくなったんだ。能力を確認したかったんだろう? このとおり、持っているのは大したことのない能力だよ」
満足だろうか? そう言って青年は笑みを浮かべる。
「どうかなー?」
やはり笑みで黒服の髪がシュルシュルと伸び始める。
「え? どうなってんの? なに? このムード」
契約者の少女が不穏な気配に焦る中、青年がのんびり伸びていく髪を眺めていると、髪が伸びている黒服は懐からイヤホンを取り出し、耳につけた。
すると髪の伸びる速度がグンと伸びた。
「ちょっと待ってくれよ? え? 何?」
伸びて自分の足元にまで這ってきた髪を見て更に焦ったような声を上げる少女が青年の背後で立ち上がる音がし、
「ちょっと契約者はそこの路地にでも入っていてくれ」
それを聞いて青年が指示を出した。
「お、おう」
慌てて路地へと駆けていく少女を見て髪が伸びた黒服は重々しくうなずく。
「――いい」
彼はその顔にイイ感じの笑みを浮かべると、
「これが俺の能力だ」
言った瞬間、場の空気は完全に緩んだ。
「……そこまで伸ばさんでも貴方の能力はよく分かるのだが」
あと契約者が怖がるから理由を言わずにやらんでくれ。
言った青年にそれがいいんじゃないかと返して黒服は笑う。
「アレだ、髪をどのくらいの速度で伸ばせるか見せるサービスだ。サービス」
「はぁ」
威圧の間違いではないか? そう思いながらも青年は別のことを訊く。
「……そのイヤホンは?」
「ああ、これか?」
髪が伸びた黒服はものすごく笑顔で、
「世界で一番美しい類の音が入っている」
聴くか? と言った。
青年は数瞬警戒するようにイヤホンと髪が伸びた黒服を見ていたが、
罠……ではおそらく、ないだろうな。
彼のいい笑顔を見て青年はそう結論し、
「聴かせてもらおう」
「友人にも聴かせたことのないものなんだが、以前見せてもらった契約者の嬢ちゃんと夢子嬢の浴衣姿に免じて聴かせてやるよ。感謝しろ」
そう言ってイヤホンを差し出す髪が伸びた黒服からイヤホンを受け取る青年。
耳につけてみると、イヤホンからはメロディーではなく、本人が言った通り、音が聞こえてきた。
それは――
『シー、シュワアアア……』
「……水、か?」
水音のようで、
『シー、シュシュー、シュワワワア……』
そこで音が終わった。
「?」
それ以外に特に何もないことを怪訝に思っていると、2ループ目が開始された。
それには、
『シー、シュワアアア……
――や、黒服さん、見てませんよね? ね?』
少女の声が付随していた。
「…………は?」
青年が眉根を詰めて音の向こうの様子はどうなっているのかと考えていると、
『シー、シュシュー、シュワワワア……
――そ、そうやって偶然を装ってこっちを見ようとしないでください!』
水音と共に少女の羞恥に染まった声が聞こえてきた。
「……………………これは?」
理解できているようであまり理解できたくないモノについて問う。
「世界で最も美し――」
「もっと具体的に、しかしそこで様子を窺っているウチの契約者たちに分からないように」
注文をすると、
「黄金水の奏でる音色だな」
即答が来た。
「……警察行くか?」
予想通りだったことに思わず眉間を揉み解しながら青年。
「待て待て、合意の上だ」
「む」
確かに聞こえてきた少女の声の様子はこの黒服の知り合いのようではあった。
「それはまた、ずいぶんと……」
青年は言葉を選び、
「特殊なんだな」
言うと、
「まああの娘のピンチだったからな」
あんなこともあろうかとなぜか盗聴器が付いたおまるを持っていてよかった。と言う髪が再び伸び始めた黒服。
青年は言いたいことがないわけではなかったが、
個人の趣味か。
思い、黙ることにした。
「……ちなみにこれは一体何ループ入っているんだ?」
3ループ目に入ったイヤホンを外し、返しながら青年。
「フム、まずノーマル音声が一つ、その次に声のみが一つ、次に声編集バージョンが一つ、最後に水音のみが一つ。
今はこれくらいか」
懐にイヤホンを戻しながら髪が伸び続ける黒服。
「おーいTさーん、なんかまとまったっぽい?」
「ん、ああ」
呆れていると二人の様子を窺っていた青年の契約者が声をかけてきた。
「じゃあこっちに来てくれ」
「どうした?」
「喧嘩みたいなんだけど、どうも様子がおかしいんだ――よっ!?」
「どうした!?」
声が変な風に途切れた少女の元へと駆けだす青年。しかし、
ドゴッ、と打撃音が一つ響いた。
「あー、いや、なんかこっちにも来ただけだ」
「なの」
青年がたどり着いた時には人形――リカちゃんが契約者の足元に倒れている人間の上に立って「ぶい」とやっていた。
「こっちに来てくれ」
「ああ」
リカちゃんを拾い上げた少女と青年が話していると、
「へ~、様子がおかしい、ねぇ」
髪が伸びた黒服も興味を持ったらしい。三人の後をついてきた。
路地の向こうからは喧嘩が作りだす音が聞こえて来る。
それは打撃音、悲鳴、罵声、何かの破砕音――しかし、
「確かにこれは妙だ」
青年の声に髪が伸びる黒服もうなずく。
「聞こえてくる声、まるでヤクでもやってるみたいな声だな」
話している間に短い小道を抜ける。そこでは、
「きったね、一対大人数とか」
一人の青年が大人数を相手に殴り合いをしていた。
「おお、Tさん、あの兄ちゃんすごくね? あの人数相手にダメージ食らってなさげだぜ!?」
少女がそう青年に言うと、
「それもそうだが、」
青年は同意し、しかし視線は殴り合いをしている青年を囲っている人々へと向いている。
「髪の伸びる黒服さん、あの目は」
「ああ、本当にヤク中か、それとも――」
そこまで言ってポン、と黒服は青年の肩をたたいた。
「まあ悩んでも仕方ねえな。とっ捕まえりゃわかるだろ。ほら、行ってこい、嬢ちゃんはしっかり守っててやるからな」
青年は嫌そうな顔をして、
「契約者の焦る顔を見て喜ぶ人間にあまり任せたくはない」
そう言ってその場で片手を前に突き出す。
「あの青年のみを避けて行ってくれれば、幸せだ」
そう青年は己の内側に祈り、
「――っ」
息を吸い。
「――破ぁっ!」
吐き出すと共に、眩い光が路地を駆け抜けた。
秋祭り三日目に出会った。髪の伸びる黒服はくっくと笑って去っていく黒服を見ていた。
青年の契約者は半目でそれを見て、
「休んでおけって言ったその舌の根も乾かないうちに言うかよ? 普通」
「まあ≪日焼けマシンで人間ステーキ≫の青年が倒れてしまったらそれはそれであの人は気付かなかった自分を責めそうだしな。注意すること自体は間違ってはいない」
青年の言葉に髪の伸びる黒服もうなずく。
「そういうこった」
それから髪の伸びる黒服はそうそう、と青年へと振り向き。
「≪組織≫は≪夢の国≫には無闇に手を出さない方針なんだそうだ」
言ったその言葉に、
「そうか……」
「おお、そいつはよかったっ!」
安堵の表情の青年と嬉しそうな表情の少女。それを見て髪の伸びる黒服はまた一つうなずき、
「よかっただろ? 嬢ちゃん」
「おう」と少女がうなずいたところで青年の方が髪の伸びる黒服に声をかけた。
「貴方に一つ頼みがある」
「またか」
うへぇ、と言う髪の伸びる黒服に青年は苦笑。簡単なことだ。と前置きし、
「俺のことを≪組織≫にはあまり言わないでほしい」
告げた。
「……そいつはまた、どうしてだ?」
探るような髪の伸びる黒服の声。場の空気が少し硬質になった。
そう警戒してくれるな。と青年は言って、
「俺は元≪組織≫の――捨て駒だからな。まだ存在しているとばれるのはあまりよろしくなさそうなんだ」
髪の伸びる黒服はほう、と驚き、
「元≪組織≫所属か」
「人間だった時だがな」
今じゃこの通り都市伝説の身だ。と笑って青年。
「以前、貴方を戦場で見た。その時にあの組織と連絡を取っているところを偶然見たんだ。だから貴方とあの組織の関係をそれ以上は俺は何も知らない。
当然、このことを誰にも言うつもりはないよ」
髪の伸びる黒服はあー、と何かの合点がいったように相槌を打つ。
そして、
「例えば、だ。俺があんた――Tさんの情報を≪組織≫に言わない代わりに何かを要求するとしたら、どうする?」
発された問いに青年は少し考え、
「別に討伐対象でもないし言っても構わない」
が、と髪の伸びる黒服が青年の言葉を継ぐ。
「≪組織≫は再び所属することを望むかもな」
「それだ」
渋い顔の青年。彼の契約者は首をかしげている。
青年は彼女に≪組織≫のことをほとんど話していない。自分が≪組織≫でやった仕事を殺しも含めて洗いざらい話し(吐かされ)、あとは必要だが悪でもある。と結論を言っただけであった。それだけの情報ではこの会話は難しいのかもしれない。
「仮にそうなって、断ってしまった場合面倒なことになるだろうな。それに――」
青年は契約者をちらりと見て、
「身を預けるには≪組織≫は信用できん」
「嫌われてるねぇ」
「必要だとは思うのだがな」
お互いに苦笑。
「……フム、では」
髪の伸びる黒服はそう言っておもむろに携帯を取り出した。そしてどこかに掛け始め、
「――ああ、ちょっと≪組織≫に重大な情報が」
話を始めた辺りでピキ、と音がした。
「……?」
髪の伸びる黒服がその音の音源――携帯に目を向けるとそれは、
「壊れてやがる」
「携帯が壊れてくれると、幸せだな?」
声に視線を向けると、青年の向けている指先から細い光が一本伸びており、消えた。
「なんで壊すかねー」
ぶちぶち文句を言いながら髪の伸びる黒服は携帯を懐にしまう。
「あまりにもあからさまなのでついつい乗ってみたくなったんだ。能力を確認したかったんだろう? このとおり、持っているのは大したことのない能力だよ」
満足だろうか? そう言って青年は笑みを浮かべる。
「どうかなー?」
やはり笑みで黒服の髪がシュルシュルと伸び始める。
「え? どうなってんの? なに? このムード」
契約者の少女が不穏な気配に焦る中、青年がのんびり伸びていく髪を眺めていると、髪が伸びている黒服は懐からイヤホンを取り出し、耳につけた。
すると髪の伸びる速度がグンと伸びた。
「ちょっと待ってくれよ? え? 何?」
伸びて自分の足元にまで這ってきた髪を見て更に焦ったような声を上げる少女が青年の背後で立ち上がる音がし、
「ちょっと契約者はそこの路地にでも入っていてくれ」
それを聞いて青年が指示を出した。
「お、おう」
慌てて路地へと駆けていく少女を見て髪が伸びた黒服は重々しくうなずく。
「――いい」
彼はその顔にイイ感じの笑みを浮かべると、
「これが俺の能力だ」
言った瞬間、場の空気は完全に緩んだ。
「……そこまで伸ばさんでも貴方の能力はよく分かるのだが」
あと契約者が怖がるから理由を言わずにやらんでくれ。
言った青年にそれがいいんじゃないかと返して黒服は笑う。
「アレだ、髪をどのくらいの速度で伸ばせるか見せるサービスだ。サービス」
「はぁ」
威圧の間違いではないか? そう思いながらも青年は別のことを訊く。
「……そのイヤホンは?」
「ああ、これか?」
髪が伸びた黒服はものすごく笑顔で、
「世界で一番美しい類の音が入っている」
聴くか? と言った。
青年は数瞬警戒するようにイヤホンと髪が伸びた黒服を見ていたが、
罠……ではおそらく、ないだろうな。
彼のいい笑顔を見て青年はそう結論し、
「聴かせてもらおう」
「友人にも聴かせたことのないものなんだが、以前見せてもらった契約者の嬢ちゃんと夢子嬢の浴衣姿に免じて聴かせてやるよ。感謝しろ」
そう言ってイヤホンを差し出す髪が伸びた黒服からイヤホンを受け取る青年。
耳につけてみると、イヤホンからはメロディーではなく、本人が言った通り、音が聞こえてきた。
それは――
『シー、シュワアアア……』
「……水、か?」
水音のようで、
『シー、シュシュー、シュワワワア……』
そこで音が終わった。
「?」
それ以外に特に何もないことを怪訝に思っていると、2ループ目が開始された。
それには、
『シー、シュワアアア……
――や、黒服さん、見てませんよね? ね?』
少女の声が付随していた。
「…………は?」
青年が眉根を詰めて音の向こうの様子はどうなっているのかと考えていると、
『シー、シュシュー、シュワワワア……
――そ、そうやって偶然を装ってこっちを見ようとしないでください!』
水音と共に少女の羞恥に染まった声が聞こえてきた。
「……………………これは?」
理解できているようであまり理解できたくないモノについて問う。
「世界で最も美し――」
「もっと具体的に、しかしそこで様子を窺っているウチの契約者たちに分からないように」
注文をすると、
「黄金水の奏でる音色だな」
即答が来た。
「……警察行くか?」
予想通りだったことに思わず眉間を揉み解しながら青年。
「待て待て、合意の上だ」
「む」
確かに聞こえてきた少女の声の様子はこの黒服の知り合いのようではあった。
「それはまた、ずいぶんと……」
青年は言葉を選び、
「特殊なんだな」
言うと、
「まああの娘のピンチだったからな」
あんなこともあろうかとなぜか盗聴器が付いたおまるを持っていてよかった。と言う髪が再び伸び始めた黒服。
青年は言いたいことがないわけではなかったが、
個人の趣味か。
思い、黙ることにした。
「……ちなみにこれは一体何ループ入っているんだ?」
3ループ目に入ったイヤホンを外し、返しながら青年。
「フム、まずノーマル音声が一つ、その次に声のみが一つ、次に声編集バージョンが一つ、最後に水音のみが一つ。
今はこれくらいか」
懐にイヤホンを戻しながら髪が伸び続ける黒服。
「おーいTさーん、なんかまとまったっぽい?」
「ん、ああ」
呆れていると二人の様子を窺っていた青年の契約者が声をかけてきた。
「じゃあこっちに来てくれ」
「どうした?」
「喧嘩みたいなんだけど、どうも様子がおかしいんだ――よっ!?」
「どうした!?」
声が変な風に途切れた少女の元へと駆けだす青年。しかし、
ドゴッ、と打撃音が一つ響いた。
「あー、いや、なんかこっちにも来ただけだ」
「なの」
青年がたどり着いた時には人形――リカちゃんが契約者の足元に倒れている人間の上に立って「ぶい」とやっていた。
「こっちに来てくれ」
「ああ」
リカちゃんを拾い上げた少女と青年が話していると、
「へ~、様子がおかしい、ねぇ」
髪が伸びた黒服も興味を持ったらしい。三人の後をついてきた。
路地の向こうからは喧嘩が作りだす音が聞こえて来る。
それは打撃音、悲鳴、罵声、何かの破砕音――しかし、
「確かにこれは妙だ」
青年の声に髪が伸びる黒服もうなずく。
「聞こえてくる声、まるでヤクでもやってるみたいな声だな」
話している間に短い小道を抜ける。そこでは、
「きったね、一対大人数とか」
一人の青年が大人数を相手に殴り合いをしていた。
「おお、Tさん、あの兄ちゃんすごくね? あの人数相手にダメージ食らってなさげだぜ!?」
少女がそう青年に言うと、
「それもそうだが、」
青年は同意し、しかし視線は殴り合いをしている青年を囲っている人々へと向いている。
「髪の伸びる黒服さん、あの目は」
「ああ、本当にヤク中か、それとも――」
そこまで言ってポン、と黒服は青年の肩をたたいた。
「まあ悩んでも仕方ねえな。とっ捕まえりゃわかるだろ。ほら、行ってこい、嬢ちゃんはしっかり守っててやるからな」
青年は嫌そうな顔をして、
「契約者の焦る顔を見て喜ぶ人間にあまり任せたくはない」
そう言ってその場で片手を前に突き出す。
「あの青年のみを避けて行ってくれれば、幸せだ」
そう青年は己の内側に祈り、
「――っ」
息を吸い。
「――破ぁっ!」
吐き出すと共に、眩い光が路地を駆け抜けた。