喫茶ルーモア・隻腕のカシマ
サチ
ある寒い朝のことだった
いつもの様に、カシマさんとの稽古をする沼へ行く
カシマさんは既にそこにいた
このヒトは遅刻をしないどころか、ボクよりも遅く来たことは無い
「おはよう」
「おはよう、カシマさん」
いつも通りの挨拶
だが、その次の言葉は予想だにしないものだった
「すまないが、今日の稽古は昼までとする」
「ぇ?」
「実はな……昨夜、サチ殿が倒れたのだ」
「?!」
さっきの驚きを遥かに越えられ、言葉が出ない
「今は入院している」
「……病気なの?」
「そう心配するな、ただの過労だそうだ」
カシマさんは心配するなというが……言った本人も心配そうな表情を隠せずにいる
「過労……」
「今朝の話では、今日の昼には退院するそうだ」
「……そうか……良かった」
マスターを失い、更にサチまで失ったとしたら……
そう考えると、体が震える
「迎えに行こうと思うのだが……君もどうだ?」
「うん、一緒に行く」
カシマさんは既にそこにいた
このヒトは遅刻をしないどころか、ボクよりも遅く来たことは無い
「おはよう」
「おはよう、カシマさん」
いつも通りの挨拶
だが、その次の言葉は予想だにしないものだった
「すまないが、今日の稽古は昼までとする」
「ぇ?」
「実はな……昨夜、サチ殿が倒れたのだ」
「?!」
さっきの驚きを遥かに越えられ、言葉が出ない
「今は入院している」
「……病気なの?」
「そう心配するな、ただの過労だそうだ」
カシマさんは心配するなというが……言った本人も心配そうな表情を隠せずにいる
「過労……」
「今朝の話では、今日の昼には退院するそうだ」
「……そうか……良かった」
マスターを失い、更にサチまで失ったとしたら……
そう考えると、体が震える
「迎えに行こうと思うのだが……君もどうだ?」
「うん、一緒に行く」
*
でも、ボクらが迎えに行ったとして……サチの家族と顔を合わせることになるのだろうか
それとも家族は来ないのだろうか?
サチから聞いている家族の感じだと、娘が倒れたとしたらずっと付いていそうな気もする
「サチの家族は?」
「……来ない」
何故か、カシマさんの口調は重い
「ああ、仕事とかあるんだよね?」
「いや」
「?……どういうこと?」
「サチ殿に……家族は……いない……昨夜もワタシが消防署に電話をかけた」
「?!……何言ってるんだよ……そんなこと……」
サチに聞いていた話と違う
優しい母、心配性の父……じゃあ、友達は?仲の良さそうな友人は?
「家族どころか……友人もいないのだ」
「そんな……馬鹿な……」
「彼女は殆ど食事を摂らない……」
確かに……夕食も通常の半分くらいだった様に思う
年頃の娘だし、ダイエットをしているのだろうと思っていた
そういえば……あの夏のプールでも……バナナを半分しか食べていなかった
「……まさか、都市伝説の?!」
「サッちゃんの歌のことか?」
「うん」
「……ワタシも最初はそれを疑った……だが、違ったよ」
「ぇ?……じゃあ……一体……」
「あれは都市伝説などではない……単純に拒食症なのだよ」
それとも家族は来ないのだろうか?
サチから聞いている家族の感じだと、娘が倒れたとしたらずっと付いていそうな気もする
「サチの家族は?」
「……来ない」
何故か、カシマさんの口調は重い
「ああ、仕事とかあるんだよね?」
「いや」
「?……どういうこと?」
「サチ殿に……家族は……いない……昨夜もワタシが消防署に電話をかけた」
「?!……何言ってるんだよ……そんなこと……」
サチに聞いていた話と違う
優しい母、心配性の父……じゃあ、友達は?仲の良さそうな友人は?
「家族どころか……友人もいないのだ」
「そんな……馬鹿な……」
「彼女は殆ど食事を摂らない……」
確かに……夕食も通常の半分くらいだった様に思う
年頃の娘だし、ダイエットをしているのだろうと思っていた
そういえば……あの夏のプールでも……バナナを半分しか食べていなかった
「……まさか、都市伝説の?!」
「サッちゃんの歌のことか?」
「うん」
「……ワタシも最初はそれを疑った……だが、違ったよ」
「ぇ?……じゃあ……一体……」
「あれは都市伝説などではない……単純に拒食症なのだよ」
*
サチは小さい頃に親から虐待を受けていた
虐待といっても、暴行を加える様な虐待ではなく……
食事を与えられないことや、具合が悪くても病院へつれていってもらえない
そういった"ネグレクト"という消極的な虐待だった
虐待といっても、暴行を加える様な虐待ではなく……
食事を与えられないことや、具合が悪くても病院へつれていってもらえない
そういった"ネグレクト"という消極的な虐待だった
初めは誰も気付かなかった
ようやく祖母が気付いた時には……サチは痩せこけ、殆ど意識がなかった
強引に、祖母がサチを引き取る……優しい祖母だった
それ故に、自分の娘を甘やかしすぎたのかもしれない……祖母は悔やんだ
地獄は続いた
あまりにも食事を与えられずにいたため、サチは食事を殆ど受け付けられなくなっていたからだ
それでも、祖母は諦めなかった
祖母とサチ本人の努力により
流動食から半固形、固形へと徐々に食べられる様になっていったらしい
サチは学校へも通える様になったが
その名前と彼女の家庭に対する噂からか、親しい友人は出来なかった
優しい言葉をかけてくれる者もいたが、サチ自身が心を開けないでいた
そして、サチは自分を主張することも無く……次第に隠れる様に生活する様になっていく
名は変えることが出来たかもしれない
だが、そんな知識も頼れる人も周りにはいなかった
ただ、それだけのことだ
その祖母も昨年亡くなったそうだ
ようやく祖母が気付いた時には……サチは痩せこけ、殆ど意識がなかった
強引に、祖母がサチを引き取る……優しい祖母だった
それ故に、自分の娘を甘やかしすぎたのかもしれない……祖母は悔やんだ
地獄は続いた
あまりにも食事を与えられずにいたため、サチは食事を殆ど受け付けられなくなっていたからだ
それでも、祖母は諦めなかった
祖母とサチ本人の努力により
流動食から半固形、固形へと徐々に食べられる様になっていったらしい
サチは学校へも通える様になったが
その名前と彼女の家庭に対する噂からか、親しい友人は出来なかった
優しい言葉をかけてくれる者もいたが、サチ自身が心を開けないでいた
そして、サチは自分を主張することも無く……次第に隠れる様に生活する様になっていく
名は変えることが出来たかもしれない
だが、そんな知識も頼れる人も周りにはいなかった
ただ、それだけのことだ
その祖母も昨年亡くなったそうだ
これは現実だ
作り話……都市伝説であってくれたら良かったのに……とさえ思ってしまう様な現実
作り話……都市伝説であってくれたら良かったのに……とさえ思ってしまう様な現実
*
「ワタシが彼女との契約以降に、繋がった夢の中で知った過去は、これで全てだ」
「じゃあ……ボクに話していたことは……」
「嘘……と言えばそうなのかもしれん……だが」
「自分の精神を保つための……偽の記憶だったってこと?」
「ああ、恐らく自分でも嘘をついているという自覚は無かっただろう」
「そんな状態で今まで……」
「いや、それは……マスターが亡くなるまでの話だ」
「ぇ?どういうこと?」
「ヒトは守るべきモノが出来ると強くなるものだ」
「……ボクを守るために……」
「ああ、君を支える為に……現実と向き合い……偽りの記憶を捨て、ただただ君を助けている」
「じゃあ……ボクに話していたことは……」
「嘘……と言えばそうなのかもしれん……だが」
「自分の精神を保つための……偽の記憶だったってこと?」
「ああ、恐らく自分でも嘘をついているという自覚は無かっただろう」
「そんな状態で今まで……」
「いや、それは……マスターが亡くなるまでの話だ」
「ぇ?どういうこと?」
「ヒトは守るべきモノが出来ると強くなるものだ」
「……ボクを守るために……」
「ああ、君を支える為に……現実と向き合い……偽りの記憶を捨て、ただただ君を助けている」
そもそも……話に聞いていた様な心優しい親が
自分の子に幸が薄い──碓氷 サチ──などという意味の名前を付けるだろうか
今にして思えば、気付くチャンスは無数に存在していたのかもしれない……
自分の子に幸が薄い──碓氷 サチ──などという意味の名前を付けるだろうか
今にして思えば、気付くチャンスは無数に存在していたのかもしれない……
「そんな……じゃあ、今回の過労は……」
ボクがサチの負担になっていたから……
「間違っても、自分が負担をかけたなどと考えるな」
そんなボクの思考を見透かした様にカシマさんが声を掛ける
「でもッ……」
「負担ではない……これは恩だ……恩ならば……返せるだろう?」
そこでカシマさんはニヤリと笑う
「恩は……返せる……うん、そうだ……これは恩だ」
ボクもカシマさんにならってニヤリと笑った
そんなボクの思考を見透かした様にカシマさんが声を掛ける
「でもッ……」
「負担ではない……これは恩だ……恩ならば……返せるだろう?」
そこでカシマさんはニヤリと笑う
「恩は……返せる……うん、そうだ……これは恩だ」
ボクもカシマさんにならってニヤリと笑った
*
そして昼
退院するサチを迎えに行く
病院の入り口で、サチが出てくるのを待つ
退院するサチを迎えに行く
病院の入り口で、サチが出てくるのを待つ
「ぁ……輪くん……カシマさん」
驚くサチ
誰かが迎えに来る
そんなことなど考えもしなかったのだろう
「迎えに来たよ」
「……うん……ありがとう」
全く……こんなことくらいで……泣かないで欲しい
「今日はボクとカシマさんが夕飯を作るよ」
「ぇ?そんな……いいよ」
「サチ殿、何か食べたいものはあるかね?」
「寒くなってきたし、暖かいものがいいよね?サチ?」
「……何でも……いいよ……なんだって……暖かいもん」
「ん~……じゃあ、鍋焼きうどんにしようか」
「うむ、消化も良いし体も温まる……何よりも……簡単だ」
「だね」
そう言ってボクらは笑った
驚くサチ
誰かが迎えに来る
そんなことなど考えもしなかったのだろう
「迎えに来たよ」
「……うん……ありがとう」
全く……こんなことくらいで……泣かないで欲しい
「今日はボクとカシマさんが夕飯を作るよ」
「ぇ?そんな……いいよ」
「サチ殿、何か食べたいものはあるかね?」
「寒くなってきたし、暖かいものがいいよね?サチ?」
「……何でも……いいよ……なんだって……暖かいもん」
「ん~……じゃあ、鍋焼きうどんにしようか」
「うむ、消化も良いし体も温まる……何よりも……簡単だ」
「だね」
そう言ってボクらは笑った
手を繋ぎ家路につく
「ぁ……雪……」
空からは真っ白な雪
季節は既に、その全てを冬に飲み込まれていた
季節は既に、その全てを冬に飲み込まれていた