〝其れはとある求血姫の一日（昼）〟 - 「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

光は、紅を艶やかに撫でる。
其の時街は、柔らかな恐怖に包まれる。

この街に、夜明けは、来ない。

†其れはとある求血姫の一日（昼）――Bloody Mary†

ふわり、くるり、緩やかに。
――街は、今日も朝を迎えた。

「……あ、痛たた……。」
「……もう、最近私ケガしてばかりじゃない！」

だが……どうやら、この少女はゆったりとした気分に浸っている訳では無いらしい。
イライラした様に闊歩する少女は、缶を思い切り蹴飛ばし――挙句バランスを崩しかけた。
クセのある銀髪は動くたびに微かに揺れ、淡い朝の日差しを孕んで、ふうわりと流れる。
つん、とした表情や、病的な程に色白の肌は――何処か浮世離れした、人形をを連想させるような造形だった。

この街の都市伝説、『この街の何処かに車を止めると、〝血塗れ女〟を見る羽目になる』――――……。
少女が其の〝血塗れ女〟――〝ブラッディ・マリー〟であった。

「……はぁあ。」
「〝都市伝説〟と契約していなきゃ……とてもじゃないけど生きていられないわ。」
「……ま、……そんな事、一々気にしてたら駄目、ね。」

少女は一つ、伸びをして。
にこり、咲うと――街の中へと駆け出して行く。

吹っ飛んだ缶は、血痕の上に落ち――さらさらと、融けていった。

――――――――――――――――……。

この街、ディルチに住んでいる大人の数は、少ない。
大きな施設も無ければ、小さな店も無い。
其れも其の筈――〝血塗れ女〟なんて都市伝説がある場所に、誰も住みたがる訳が無いのだ。

〝彼等彼女等〟を――除いては。

「……ふふ。」
「そうね、今日は……まったりしていたい気分だわ。」

街に今、人の気配は無い。
ディルチの朝は、遅いのだ。
だから――――……。

「おっはよー、おじいちゃん！」
『……おお、お早う。毎日ありがとうねぇ。』
「いえいえー。何時もの事でしょ？」
「――、おはよー、おばちゃん！」

……こうして町民を起こして回るのも、少女の仕事の一つ。
否――〝マリーという少女〟の仕事は、コレだけである。
大人は皆、少女が〝血塗れ女〟である事を、知らないのだ。
……そう、誰も。

だから、少女は。
昼間の間だけ――存分に子供で居る事が出来るのである。

「んー、やっぱり挨拶は心地良い物ね。」
「……さ、て！」

――少女は、再び走り出す。
さあ此処からは、自由時間だ。

――――――――――――――――……。

街を歩くと、友達にも出会えば、親しい大人とも出会う。
手を振って、笑って、他愛の無い話をして。
少女の、安心できる時間の一つである。

歩いて、歩いて。
……無闇に冒険すれば、必ず迷うこの街を、ひたすら歩いて。
其れでも迷わないのは、少女がこの街を庭としているからだろう。

歩いて、歩いて、其の果てに辿り着くのは――。

「……あら、やっぱり無意識でも此処に来ちゃうのね。」

……無数の傷痕が残った、小さな公園だった。

「……１０年前、かぁ。」
「〝お兄ちゃん〟……今、私、皆を守れてるかな。」
「……貴方のような人、もう出してないよね？」

悲しげに、一人ごちる少女。
〝１０年前〟という言葉に、或いは矛盾を感じられるのかもしれない――少女の外見は、正に１０歳の少女の其れなのだから。
だが、――少女は、〝都市伝説〟の契約者なのだ。如何なる理不尽があろうと、其れは不思議では無い。

少女の思考も、然り。
大人びた思慮を巡らせる事もあれば、余りにも子供染みた情に走る事もある。
〝肉体の年齢に思考の程度が押し下げられ、本来の精神年齢と混ざっている〟と考えるなら――有り得なくは無い。
或いはただ単に〝何処までも子供っぽい大人〟なだけかもしれないが――果たして。

ひたり、つつつ。
洩れ出す感情に、少女は立ち竦んで。
ふわり、きらり。
巡る巡りあわせに、無力さを思い出す。

陽は頂点を過ぎ、いよいよ昼は枯れようとする頃で。
少女の頬に一筋流れた涙を煌かせる為に、充分過ぎる程の光が――其処には満ちていた。

猛り嗤う、狂気の化け物。
独り咲う、大人びた少女。
明るく笑う、普通の少女。
涙を零す、素直な女の子。

其のどれが〝彼女〟であるか。
知る人間は――もう、誰も居ない。

彼女の想起が終わった時。
街は、俄かに紅く染まり始めていた。

――――――――――――――――……。

「……今日一日は、有意義だったかしら。」
「ま、一先ず……気にしちゃだめ。これからは――〝狩り〟の時間なんだから。」

路地裏へと踏み込む少女は、既に〝血塗れ女〟の表情に変わっていた。

狩りの時間は、花火の様。
どっぷり陽が暮れないと、始まらない。
其れまで如何な花が咲くかを想像するのも、また一興なのだ。

紅は、拡がって、街を包んでゆく。
――抱かれるように、街は、夜の闇へと堕ちてゆく。

街は死に、再び生を見るまで――あと、一巡り。

†其れはとある求血姫の一日（昼）――Bloody Mary†
――To be continued