喫茶ルーモア・隻腕のカシマ
外伝・ある老黒服のお話(中篇)
夕暮れにはまだ早い時間帯
老紳士は何度も背を振り返りながら足早に進む、逃げる
既に応援は呼んである
今の老紳士には、あの都市伝説をひとりで相手にするなど到底叶わない
12月ならば、まだ対処できただろうが
今は無理だ
時間を稼ぐのが仕事と割り切り、人気の無い道を選んで進む、逃げる
老紳士は何度も背を振り返りながら足早に進む、逃げる
既に応援は呼んである
今の老紳士には、あの都市伝説をひとりで相手にするなど到底叶わない
12月ならば、まだ対処できただろうが
今は無理だ
時間を稼ぐのが仕事と割り切り、人気の無い道を選んで進む、逃げる
「おい、爺さん、こっち」
「!?」
「いいから、こっち」
「!?」
「いいから、こっち」
電柱から声がする
ひょいっと電柱の後ろから手が伸びて、おいでおいでと手招きする
いぶかしみながらも、電柱と壁の間を覗き込むと
何のことは無い
壁があると思ったそこには、細い通路があった
ひょいっと電柱の後ろから手が伸びて、おいでおいでと手招きする
いぶかしみながらも、電柱と壁の間を覗き込むと
何のことは無い
壁があると思ったそこには、細い通路があった
「ここ、電柱の影に隠れてるけど道があるんだ」
手招きしていた学生が、人懐っこそうな笑みを浮かべている
「なるほど……」
「早く!」
「あ、ああ……」
「早く!」
「あ、ああ……」
言われるがままに引き込まれ、道から姿を消す老紳士
追って来ていた赤い影が、標的を見失い立ち止まる
追って来ていた赤い影が、標的を見失い立ち止まる
「爺さん、あれは何?」
「……」
「……」
好奇心が溢れ出た表情で男子学生
老紳士は悩む、言ってよいものかどうか
老紳士は悩む、言ってよいものかどうか
「……あれは、都市伝説だ」
「都市伝説?」
「名を赤マントという」
「赤マント……本当にいたんだ……すげぇ……」
「都市伝説?」
「名を赤マントという」
「赤マント……本当にいたんだ……すげぇ……」
学生は、電柱の脇から赤マントを覗き見る
「学生さん、助けてくれたことに感謝はしているのだがのう」
「何?」
「こういう事にはあまり関わらない方が良い」
「何?」
「こういう事にはあまり関わらない方が良い」
興味深そうにじっと、赤マントを観察している
「え?何か言った?」
「……学生さん……もし、あちらが正しい者で、こちらが正しくない者だったらどうするね」
「いや、見るからに爺さんの方が困らされている側でしょ?」
「まぁ、そうだがのう……こんな怪しげな黒服もそうはいないじゃろ?」
「……学生さん……もし、あちらが正しい者で、こちらが正しくない者だったらどうするね」
「いや、見るからに爺さんの方が困らされている側でしょ?」
「まぁ、そうだがのう……こんな怪しげな黒服もそうはいないじゃろ?」
老紳士は口や顎を覆い隠すほどに生えた、自身の白髭を撫でながら続ける
「例えば、そう……正義は赤と決まっておるじゃろ?」
「いや、決まってないよ」
「いや、決まってないよ」
即答
「そ、そうか……」
とても残念そうに、老紳士はつぶやく
「あれ、爺さんは赤派なの?……でもさ、ヒーローの色は、しん……あ!」
「どうしたね?」
「赤マントが、あっちに行っちゃう」
「どうしたね?」
「赤マントが、あっちに行っちゃう」
観察し足りなかったのか、残念そうに学生
見ると、赤マントが追跡を諦めたのか道を引き返そうとしていた
見ると、赤マントが追跡を諦めたのか道を引き返そうとしていた
「助かったのかな?」
「いや、振り切ってしまうのも問題だ」
「そうなの?」
「一般人にターゲットが移ってしまっては困るからのう」
「なるほど」
「世話になったのう、お陰で十分に時間を稼げたぞい」
「どういたしまして」
「いや、振り切ってしまうのも問題だ」
「そうなの?」
「一般人にターゲットが移ってしまっては困るからのう」
「なるほど」
「世話になったのう、お陰で十分に時間を稼げたぞい」
「どういたしまして」
挨拶を交わし、老紳士は道へ出る
「こっちじゃ」
挑発する様に、ふぉっふぉっふぉっと笑いながら手招きする老紳士
気付く赤マント
走り出す三人
気付く赤マント
走り出す三人
「三人?」
「何?」
「……学生さん、関わらない方が良いとさっき言ったぞい」
「あ、さっきそう言ってたの?」
「……そうだったのう……聞こえてなかったのだったのう」
「何?」
「……学生さん、関わらない方が良いとさっき言ったぞい」
「あ、さっきそう言ってたの?」
「……そうだったのう……聞こえてなかったのだったのう」
溜息混じりに続ける
「……仕方あるまいのう」
「うん、仕方ないね」
「近くに人気の無い広い場所はあるかの?」
「広い場所……あの公園なら……人は少ないかな」
「では、案内を頼んで良いかの?」
「もちろん」
「うん、仕方ないね」
「近くに人気の無い広い場所はあるかの?」
「広い場所……あの公園なら……人は少ないかな」
「では、案内を頼んで良いかの?」
「もちろん」
鬱蒼と生い茂る木々
他の場所よりも薄暗く感じる空間
比較的大きい池に小さな手漕ぎボートがひとつだけぽつんと浮かんでいる
辺りを見回すと、公園に人気は無い
遠くに浮かぶボートに、母子がいるだけだ
他の場所よりも薄暗く感じる空間
比較的大きい池に小さな手漕ぎボートがひとつだけぽつんと浮かんでいる
辺りを見回すと、公園に人気は無い
遠くに浮かぶボートに、母子がいるだけだ
「あれだけ遠ければ問題ないだろう」
「そう……で、どうするの?」
「もうすぐ、応援が来る手はずになっておる」
「この場所は、応援の人に判るの?」
「ワシの位置情報は把握されておるからのう、問題ないじゃろ」
「判るんだ……すげぇ」
「少し離れていてくれんかのう」
「わかった、気を付けろよ、爺さん」
「そう……で、どうするの?」
「もうすぐ、応援が来る手はずになっておる」
「この場所は、応援の人に判るの?」
「ワシの位置情報は把握されておるからのう、問題ないじゃろ」
「判るんだ……すげぇ」
「少し離れていてくれんかのう」
「わかった、気を付けろよ、爺さん」
対峙する両者
「さあて、どうしたものか」
赤マントは無言で近づく
ふいに老紳士の視界が真っ赤に染まる
ふいに老紳士の視界が真っ赤に染まる
「!?」
マントが広がり、老紳士を覆いつくす
「うぐぅ」
マントに包まれた赤い塊から、くぐもった呻きが漏れる
猛然と走り寄る赤マント
飛び上がり、蹴りつける
鈍い音が響き、何かが折れたであろうことだけが判る
猛然と走り寄る赤マント
飛び上がり、蹴りつける
鈍い音が響き、何かが折れたであろうことだけが判る
「ぐ……う……」
マントが、中身を締め上げる
漏れ出る言葉は、弱くなっていく
漏れ出る言葉は、弱くなっていく
「爺さん!しっかりしろ!爺さん!」
赤マントの注意が逸れる、一瞬
マントの赤を押し広げる様に、白い布が見え隠れする
白い布は風船の様にふくらみ、マントの拘束を解く
マントの赤を押し広げる様に、白い布が見え隠れする
白い布は風船の様にふくらみ、マントの拘束を解く
「ふう……助かったわい」
「爺さん!大丈夫か!?」
「ちと、骨が折れたわい」
「爺さん!大丈夫か!?」
「ちと、骨が折れたわい」
白い布袋を肩に担ぎ、しゃがむ老紳士
左足は関節とは関係ない部分で、ぐにゃりと曲がっている
左足は関節とは関係ない部分で、ぐにゃりと曲がっている
「冗談言ってる場合じゃないだろ?どうするんだよ?」
「大丈夫じゃ、もう来ておる」
「?」
「大丈夫じゃ、もう来ておる」
「?」
黒い風が目の前を横切る
マントをひるがえし、黒い風を受け止める赤マント
が、受け流しきれずよろめく
黒服がいた
冷めた目で赤マントを見遣る
無言で対峙するのは、僅かの時間
放たれた矢の如く、動き出す黒
風に揺れる旗の如く、揺れる赤
マントをひるがえし、黒い風を受け止める赤マント
が、受け流しきれずよろめく
黒服がいた
冷めた目で赤マントを見遣る
無言で対峙するのは、僅かの時間
放たれた矢の如く、動き出す黒
風に揺れる旗の如く、揺れる赤
「すげぇ……押してる……」
赤の揺れが止まる
隙
引き絞られた黒の脚が、放たれる
赤の肩と黒の脚
両者の間の空気が圧縮され、一気に爆ぜる
吹き飛ぶ赤マント
池へと鋭角に突き刺さり
水柱を作る
水面が大きく揺れる
隙
引き絞られた黒の脚が、放たれる
赤の肩と黒の脚
両者の間の空気が圧縮され、一気に爆ぜる
吹き飛ぶ赤マント
池へと鋭角に突き刺さり
水柱を作る
水面が大きく揺れる
「やったかな?」
「いや、倒し切れてはおらんだろうが……」
「いや、倒し切れてはおらんだろうが……」
ふいに学生の顔に緊張が走る
「おい、あれ……母子が乗ってたよな?」
「!?」
「!?」
水面は未だに大きく揺れ、転覆しているボートが岸へと押されて行く
黒服を見る学生と老紳士
黒服を見る学生と老紳士
「あんた、あれ……助けてくれるんだよな?」
チラりとボートへと視線を向けるが、必要ないとでも言う様に
すぐに視線を元に戻す黒服
すぐに視線を元に戻す黒服
「爺さん、何か言ってやれよ……仲間なんだろ?」
「言っても聞かんよ……こやつはそういう風には出来ておらんからのう」
「言っても聞かんよ……こやつはそういう風には出来ておらんからのう」
白い布袋から杖を取り出して、立ち上がりながら苦い表情をする
この足で泳ぐ事は出来ない
そして、池からはまだ赤マントは出て来ていない
水底に潜み、機を窺っているのかもしれない
この足で泳ぐ事は出来ない
そして、池からはまだ赤マントは出て来ていない
水底に潜み、機を窺っているのかもしれない
「行って来る」
「危険じゃぞい」
「……」
「それに、あの子はのう……」
「危険じゃぞい」
「……」
「それに、あの子はのう……」
意を決し、走り出す
「また、聞いとらん……全く……若いもんはこれだから」
水面から僅かに手が覗く
小さな手だ
バシャバシャと水面を掻き、浮き沈みを繰り返す頭
見ている方も息苦しくなる
出来るだけ近い岸まで走り、飛び込む学生
力尽き沈んで行く子供
(間に合え!)
そんな学生の気持ちが届いてきそうだと、老紳士は思った
小さな手だ
バシャバシャと水面を掻き、浮き沈みを繰り返す頭
見ている方も息苦しくなる
出来るだけ近い岸まで走り、飛び込む学生
力尽き沈んで行く子供
(間に合え!)
そんな学生の気持ちが届いてきそうだと、老紳士は思った
引き上げられる子供
3、4才ほどの小さな子供だった
気を失ってはいるが、一定のリズムで小さく息をしている
3、4才ほどの小さな子供だった
気を失ってはいるが、一定のリズムで小さく息をしている
「はぁ……はぁ……どうだ?大丈夫か?」
「お前さんの方が息が荒いくらいだのう」
「お前さんの方が息が荒いくらいだのう」
ふぉっふぉっふぉっと笑いながら応える老紳士
「はぁ……そうか……はぁ……」
「じきに目覚めるじゃろ」
「はぁ……はぁ……あ、この子の親は?」
「おう、さっき自分で這い上がって走って行ったわい」
「走って行った?」
「救急車でも呼びに行ったのじゃろ」
「そっか……なら、安心だな」
「じきに目覚めるじゃろ」
「はぁ……はぁ……あ、この子の親は?」
「おう、さっき自分で這い上がって走って行ったわい」
「走って行った?」
「救急車でも呼びに行ったのじゃろ」
「そっか……なら、安心だな」
老紳士の膝に寝かされた子供を見て、学生は安堵の溜息を漏らす
「一息ついた様だのう」
「ああ、もう大丈夫だ」
「赤マントも退いてくれた様だしのう、もう帰った方が良いじゃろ」
「ああ、もう大丈夫だ」
「赤マントも退いてくれた様だしのう、もう帰った方が良いじゃろ」
いつの間にか、あの冷めた目の黒服もいなくなっていた
「そうだな、じゃあ後は任せていいんだよな?」
「この子の事は任せてくれて結構だぞい、こういう事の処理は我らの組織の専門とするところだ」
「組織か……判った、頼んだよ」
「この子の事は任せてくれて結構だぞい、こういう事の処理は我らの組織の専門とするところだ」
「組織か……判った、頼んだよ」
日は傾き、夕暮れの中
背を向けて歩き出す
背を向けて歩き出す
「学生さん!ありがとうな!」
学生は振り返らずに、肩越しに手だけを振り返した
老紳士の声に目を覚ましたのか、子供が重そうに瞼を開く
ゴロンと横になった子供の視線の先には
去っていく、白いYシャツの学生の背
ゴロンと横になった子供の視線の先には
去っていく、白いYシャツの学生の背
「お、気付いたかの?」
「ん……おじいさん……だれ?」
「組織の黒服じゃよ」
「くろふく……おかあさんは?どこ?」
「どこかへ " 逃げて " 行ってしまったよ……邪魔をしてしまったかの?」
「……べつに」
「ん……おじいさん……だれ?」
「組織の黒服じゃよ」
「くろふく……おかあさんは?どこ?」
「どこかへ " 逃げて " 行ってしまったよ……邪魔をしてしまったかの?」
「……べつに」
子供は、気だるそうに応えるだけだった