三面鏡の少女 31
「ねえ、知っている?」
あいつは親しげにそう話し掛けてきた
あいつは一体誰だったのか
友達だと話を聞いていた時は思っていた
だけど私はあいつを知らない
誰だかわからない友達
「『八尺様』っていうお話なんだけど」
あいつはどんな顔をしていたっけ
あいつはどんな声をしていたっけ
あいつの名前はなんだっけ
あいつの席はどこだっけ
「『八尺様』に魅入られた人はね、取り殺されてしまうの」
クラスのどこにもあいつはいない
携帯を確認してもあいつの名前も番号もアドレスも出てこない
「あなたは『八尺様』に出会わないように気をつけてね」
この話は何時聞いたのだろうか
『八尺様』の話がこの身に降りかかってきたのは何時からだっただろうか
神社で買ってきてもらった御札とお守りで
夜は部屋に篭る事で逃げ切ってきた
受験も上手くいってこの町から離れる事も出来る
お守りだってずっと身に付けて
『八尺様』は追いかけてくるけど
この町から出てしまえば逃げ切れるかもしれない
お守りをしっかりと握って目を合わせないように下を――
「ねえ」
その声は確かにあいつの声だった
思わず顔を上げてそちらを見ると
確かにあいつはそこにいた
帽子の女の向こうに
『八尺様』の向こうに
その顔も
その声も
知っているはずなのにわからなくて
ただ車の窓にべたりと張り付いて視界を遮った『八尺様』の手が
ガラスをすり抜けて私に
「帽子の女が」
運転してる父に助けを求めようと伸ばした手から力が抜ける
握り締めていたお守りが足元に落ちて
黒ずみぐずぐずと腐り落ちて塵も残さず消え果て
あいつは親しげにそう話し掛けてきた
あいつは一体誰だったのか
友達だと話を聞いていた時は思っていた
だけど私はあいつを知らない
誰だかわからない友達
「『八尺様』っていうお話なんだけど」
あいつはどんな顔をしていたっけ
あいつはどんな声をしていたっけ
あいつの名前はなんだっけ
あいつの席はどこだっけ
「『八尺様』に魅入られた人はね、取り殺されてしまうの」
クラスのどこにもあいつはいない
携帯を確認してもあいつの名前も番号もアドレスも出てこない
「あなたは『八尺様』に出会わないように気をつけてね」
この話は何時聞いたのだろうか
『八尺様』の話がこの身に降りかかってきたのは何時からだっただろうか
神社で買ってきてもらった御札とお守りで
夜は部屋に篭る事で逃げ切ってきた
受験も上手くいってこの町から離れる事も出来る
お守りだってずっと身に付けて
『八尺様』は追いかけてくるけど
この町から出てしまえば逃げ切れるかもしれない
お守りをしっかりと握って目を合わせないように下を――
「ねえ」
その声は確かにあいつの声だった
思わず顔を上げてそちらを見ると
確かにあいつはそこにいた
帽子の女の向こうに
『八尺様』の向こうに
その顔も
その声も
知っているはずなのにわからなくて
ただ車の窓にべたりと張り付いて視界を遮った『八尺様』の手が
ガラスをすり抜けて私に
「帽子の女が」
運転してる父に助けを求めようと伸ばした手から力が抜ける
握り締めていたお守りが足元に落ちて
黒ずみぐずぐずと腐り落ちて塵も残さず消え果て
―――
「ねえ、知ってる?」
その友達は親しげに話し掛けてくる
「『くねくね』っていうお話なんだけど」
楽しそうに
楽しそうに
本当に楽しそうに話すその友達に導かれ
気が付いた時には『それ』を目にしていた
最初は『それ』が何なのか判らなかった
だけどそれを友達は懇切丁寧に説明してくれて
私はそれを理解してしまって
その友達は親しげに話し掛けてくる
「『くねくね』っていうお話なんだけど」
楽しそうに
楽しそうに
本当に楽しそうに話すその友達に導かれ
気が付いた時には『それ』を目にしていた
最初は『それ』が何なのか判らなかった
だけどそれを友達は懇切丁寧に説明してくれて
私はそれを理解してしまって
―――
「見つけたぞ」
黒いスーツにサングラスの女が語りかける
振り向いたそれは、親しい友達の一人
そんな友人などいないはずなのにそう認識してしまう
顔も名前も姿も性別も何もかもがわからない存在だが、ただ『友達』として強烈に存在する者に
「『友達』の一人だな? 既に二人、女子中学生を殺したそうだな。お前に狙われていたもう一人はギリギリで保護する事ができたが」
その言葉に『友達』はくすくすと笑う
「私は一人だけ。私はたくさんいる。私は何処にでもいる。私は何処にもいない」
黒服の視界から『友達』が消え
「ねえ、知ってる?」
耳元で囁かれる『友達』の声
即座に身を翻し声のした方に銃を向けるが、そこには誰もいない
「『足売りばあさん』ってお話なんだけど」
「っ!?」
またすぐ耳元で聞こえる『友達』の声
それとほぼ同時に、黒服の右足に老婆が絡みつく
「足いらんかえ?」
いると答えれば余計な足を付けられ、いらないと答えれば足をもぎ取られる
黒服は返答をせずに老婆に銃口を向けて躊躇無く引き金を
「ねえ、知ってる?」
楽しそうに
とても楽しそうに
「『足取り美奈子』ってお話なんだけど」
その言葉と同時に、今度は左足に女が絡みつく
「足なんていらないでしょう?」
「ぐっ、う!?」
それぞれが足をもぎ取ろうとその手に力を込められる
ズボンが引き裂かれ太股に指が食い込み血が噴き出す
みちみちと嫌な音を立てて引き裂かれる太股の肉
「離れ、ろっ!」
痛みを堪え『足売りばあさん』に数発の銃弾を叩き込む
老婆の拘束が僅かに緩み、振り解こうとした瞬間
「ねえ、知ってる?」
楽しそうに
とても楽しそうに
語りかけた瞬間に、黒服の心に湧き出た恐怖を味わうように
「『ルベルグンジ』ってお話なんだけど」
「がぁっ!?」
黒服の両手に、杭で打ち抜かれたような穴が開く
痛み以上に指を動かす事もまともに出来ず、拳銃がアスファルトの上にがしゃりと落ちた
一度離れかけた老婆もまた、血塗れ穴だらけのままでその手に力を込めてくる
「く、そ……駄目……か……」
ごきりと関節が断末魔の悲鳴を上げる
激痛が脳髄を駆け巡り、絶望が意識を支配し
ぶちりと切断された女の足が宙を舞いどちゃりと地面に叩き付けられた
「ひぃぅあがぁっ!!!!!!」
悲鳴を上げてのた打ち回る『足取り美奈子』
「おう、危なかったな」
「……何でお前がここにいる」
「サボりでコンビニ行く途中にお前さんがやられてるのが見えてな」
風を切って舞い絡みついた髪の毛に引き裂かれ、血煙を撒き散らし塵となり消える二つの都市伝説
悠長な足取りで現れた黒服Hは周囲をぐるりと見回す
「折角の生足が千切れる寸前の血塗れってのが萎えるな」
暢気な調子の黒服Hを、注意を促すように睨みつける
「気をつけろ……私が追っていたのは『友達』だ」
「アレか、『この話は友達から聞いたんだけど』……で始まる常套句。何処まで遡っても辿り着けない最初の『友達』」
「ああ……都市伝説に関わる事件が格段に増えた原因の一つだ。奴の『話』は聞いた者と都市伝説を引き合わせる」
「……ていうか、もう居なくね?」
「奴はこう言っていた。何処にでもいるし、何処にもいないと。いきなり姿を消したかと思えば私の背後から声だけを聞かせたりしてきた」
「なるほどな」
にやりと笑う黒服H
「ねえ、知ってる?」
その耳元で囁かれる『友達』の声
それに呼応して黒服Hは一欠片の迷いも無く叫んだ
「知るか! 俺に友達なんざ一人もいねぇ!」
………………
夜闇の静けさに何処か遠くから車の走る音だけが響く
「あいつが友達という存在の隙間に紛れ込んで接触してくるなら、それを全否定してやりゃ問題無いわけだ。まあ追っ払う程度だが今は仕方ないだろ」
「……その、何だ。何と言って良いのかわからんが……本当にぼっちなのか?」
「遠慮してるようでなかなか容赦無いなお前さん」
黒服Hはにやりと笑う
「今んとこ利用するかされるか以上の間柄は無いな、俺には」
「難儀な性分だな」
「黒服稼業なんかやってたら、その方が気楽だぜ? さて、お前さん歩けるか」
「多少時間は掛かるがなんとかなる。千切れてさえいなければ『唾でもつけておけば治る』からな」
そう言って黒服が、まだ血が流れる穴の開いた手のひらに舌先を這わせると、ゆっくりとだが確実に傷が塞がり始める
「お前さんの能力はそんなんだったのか。初めて知ったわ」
「回復役にされてはたまらんし、実戦で使えるほど充分な回復力があるわけじゃないからな」
「ふむ……足はどうするんだ、そっちも重症だろう?」
「別に指で唾をつけれない事もない。多少時間は掛かるだろうがな」
「お前さんの唾液ならば間接的に付けても問題ないわけだな?」
「時間を置いては効果が無いが、とりあえずはそういう事だ……って、何をする気だ? こら、ちょ、怪我人相手に……」
ざわざわと伸びる髪を前にして、黒服の顔にありありと不安の色が浮かび
「大丈夫だ、痛いのは最初だけだから」
「お前の言い回しが不安を煽るんだ! というか本当に何を、こら、ん、ふぐっ!?」
「念のため言っておくが、伸ばした髪に唾液を含ませて患部に塗ってるだけだからな?」
「ぷは……だ、誰に説明してる!? というか違うところを触るなっ!」
「んん~? 間違ったかな?」
黒いスーツにサングラスの女が語りかける
振り向いたそれは、親しい友達の一人
そんな友人などいないはずなのにそう認識してしまう
顔も名前も姿も性別も何もかもがわからない存在だが、ただ『友達』として強烈に存在する者に
「『友達』の一人だな? 既に二人、女子中学生を殺したそうだな。お前に狙われていたもう一人はギリギリで保護する事ができたが」
その言葉に『友達』はくすくすと笑う
「私は一人だけ。私はたくさんいる。私は何処にでもいる。私は何処にもいない」
黒服の視界から『友達』が消え
「ねえ、知ってる?」
耳元で囁かれる『友達』の声
即座に身を翻し声のした方に銃を向けるが、そこには誰もいない
「『足売りばあさん』ってお話なんだけど」
「っ!?」
またすぐ耳元で聞こえる『友達』の声
それとほぼ同時に、黒服の右足に老婆が絡みつく
「足いらんかえ?」
いると答えれば余計な足を付けられ、いらないと答えれば足をもぎ取られる
黒服は返答をせずに老婆に銃口を向けて躊躇無く引き金を
「ねえ、知ってる?」
楽しそうに
とても楽しそうに
「『足取り美奈子』ってお話なんだけど」
その言葉と同時に、今度は左足に女が絡みつく
「足なんていらないでしょう?」
「ぐっ、う!?」
それぞれが足をもぎ取ろうとその手に力を込められる
ズボンが引き裂かれ太股に指が食い込み血が噴き出す
みちみちと嫌な音を立てて引き裂かれる太股の肉
「離れ、ろっ!」
痛みを堪え『足売りばあさん』に数発の銃弾を叩き込む
老婆の拘束が僅かに緩み、振り解こうとした瞬間
「ねえ、知ってる?」
楽しそうに
とても楽しそうに
語りかけた瞬間に、黒服の心に湧き出た恐怖を味わうように
「『ルベルグンジ』ってお話なんだけど」
「がぁっ!?」
黒服の両手に、杭で打ち抜かれたような穴が開く
痛み以上に指を動かす事もまともに出来ず、拳銃がアスファルトの上にがしゃりと落ちた
一度離れかけた老婆もまた、血塗れ穴だらけのままでその手に力を込めてくる
「く、そ……駄目……か……」
ごきりと関節が断末魔の悲鳴を上げる
激痛が脳髄を駆け巡り、絶望が意識を支配し
ぶちりと切断された女の足が宙を舞いどちゃりと地面に叩き付けられた
「ひぃぅあがぁっ!!!!!!」
悲鳴を上げてのた打ち回る『足取り美奈子』
「おう、危なかったな」
「……何でお前がここにいる」
「サボりでコンビニ行く途中にお前さんがやられてるのが見えてな」
風を切って舞い絡みついた髪の毛に引き裂かれ、血煙を撒き散らし塵となり消える二つの都市伝説
悠長な足取りで現れた黒服Hは周囲をぐるりと見回す
「折角の生足が千切れる寸前の血塗れってのが萎えるな」
暢気な調子の黒服Hを、注意を促すように睨みつける
「気をつけろ……私が追っていたのは『友達』だ」
「アレか、『この話は友達から聞いたんだけど』……で始まる常套句。何処まで遡っても辿り着けない最初の『友達』」
「ああ……都市伝説に関わる事件が格段に増えた原因の一つだ。奴の『話』は聞いた者と都市伝説を引き合わせる」
「……ていうか、もう居なくね?」
「奴はこう言っていた。何処にでもいるし、何処にもいないと。いきなり姿を消したかと思えば私の背後から声だけを聞かせたりしてきた」
「なるほどな」
にやりと笑う黒服H
「ねえ、知ってる?」
その耳元で囁かれる『友達』の声
それに呼応して黒服Hは一欠片の迷いも無く叫んだ
「知るか! 俺に友達なんざ一人もいねぇ!」
………………
夜闇の静けさに何処か遠くから車の走る音だけが響く
「あいつが友達という存在の隙間に紛れ込んで接触してくるなら、それを全否定してやりゃ問題無いわけだ。まあ追っ払う程度だが今は仕方ないだろ」
「……その、何だ。何と言って良いのかわからんが……本当にぼっちなのか?」
「遠慮してるようでなかなか容赦無いなお前さん」
黒服Hはにやりと笑う
「今んとこ利用するかされるか以上の間柄は無いな、俺には」
「難儀な性分だな」
「黒服稼業なんかやってたら、その方が気楽だぜ? さて、お前さん歩けるか」
「多少時間は掛かるがなんとかなる。千切れてさえいなければ『唾でもつけておけば治る』からな」
そう言って黒服が、まだ血が流れる穴の開いた手のひらに舌先を這わせると、ゆっくりとだが確実に傷が塞がり始める
「お前さんの能力はそんなんだったのか。初めて知ったわ」
「回復役にされてはたまらんし、実戦で使えるほど充分な回復力があるわけじゃないからな」
「ふむ……足はどうするんだ、そっちも重症だろう?」
「別に指で唾をつけれない事もない。多少時間は掛かるだろうがな」
「お前さんの唾液ならば間接的に付けても問題ないわけだな?」
「時間を置いては効果が無いが、とりあえずはそういう事だ……って、何をする気だ? こら、ちょ、怪我人相手に……」
ざわざわと伸びる髪を前にして、黒服の顔にありありと不安の色が浮かび
「大丈夫だ、痛いのは最初だけだから」
「お前の言い回しが不安を煽るんだ! というか本当に何を、こら、ん、ふぐっ!?」
「念のため言っておくが、伸ばした髪に唾液を含ませて患部に塗ってるだけだからな?」
「ぷは……だ、誰に説明してる!? というか違うところを触るなっ!」
「んん~? 間違ったかな?」
―――
「ねえ知ってる?」
楽しそうに
楽しそうに
『友達』の話は紡がれる
誰かが伝えた何かをこの世に具現化するために
この町を都市伝説で溢れさせるために
「『都市伝説と戦う為に都市伝説と契約した能力者達……』っていうお話なんだけど」
楽しそうに
楽しそうに
『友達』の話は紡がれる
誰かが伝えた何かをこの世に具現化するために
この町を都市伝説で溢れさせるために
「『都市伝説と戦う為に都市伝説と契約した能力者達……』っていうお話なんだけど」
※
黒服(女)
ナンバリングされてない使い捨て雑魚黒服の一人
多分どっかであっさり死んでる
『唾でも付けておけば治る』という都市伝説能力を持つ
応用として『こめかみに唾をつければ足の痺れが取れる』とか『眉に唾を付ければ狸や狐に化かされない』といった事も可能
女にしたのは男の唾液なんかで治療とか神が赦しても自分が赦したくなかったから
ナンバリングされてない使い捨て雑魚黒服の一人
多分どっかであっさり死んでる
『唾でも付けておけば治る』という都市伝説能力を持つ
応用として『こめかみに唾をつければ足の痺れが取れる』とか『眉に唾を付ければ狸や狐に化かされない』といった事も可能
女にしたのは男の唾液なんかで治療とか神が赦しても自分が赦したくなかったから
『友達』
友達から聞いた話という始まり文句の『友達』
誰からも友達と認識され、何処にでもいて何処にもいない存在
語る事で都市伝説を呼び寄せ、語りかけた対象に引き合わせる能力を持つ
都市伝説の名前を囁くだけで呼び寄せたり、経過や返答などをすっ飛ばして結果だけを与える事も出来る悪役チート
気まぐれであちこちを動き回っているので意図的に誰かに接触したりする事は無い
友達がいない人の周り、友達がいるには余りにも不自然な場所には現れる事は出来ないため
友達から聞いた話という始まり文句の『友達』
誰からも友達と認識され、何処にでもいて何処にもいない存在
語る事で都市伝説を呼び寄せ、語りかけた対象に引き合わせる能力を持つ
都市伝説の名前を囁くだけで呼び寄せたり、経過や返答などをすっ飛ばして結果だけを与える事も出来る悪役チート
気まぐれであちこちを動き回っているので意図的に誰かに接触したりする事は無い
友達がいない人の周り、友達がいるには余りにも不自然な場所には現れる事は出来ないため
- 友達がいない人間がその事を宣言する
- 友達が存在するはずのない空間(密室、上空や密林や深海、結界の中、異空間など)に逃げ込む
といった方法で一時的に接触を絶つ事が可能