君と君の君 02
結局、現地解散と相成り、宣言通り直帰となった訳だが、公園で考え事をさせられる程度には先の話は僕に衝撃を与えたようだった
そりゃあ、先輩の話を信じるかどうかと聞かれれば、普通の人ならば失笑と怪訝な視線で否と答えるだろうけど、僕はどうやら普通ではないらしい
だって本当だった方が面白いだろ?……不謹慎だな。いや、先輩に毒されたに違いない
鉄は磁石と触れ合うことで磁力を持つ。それが強力な磁石なら、その鉄が持つ磁力もより強くなる
つまり、先輩は超強い毒磁石だったのだろう。僕は人としてダメな方に変わってしまった
まあ、毒電波じゃないだけまし。としておこう、まる
さて、先輩はコインロッカーの都市伝説を間近に体験、というか、それが産み出されるその場に居たらしい
しかし、僕がどこかで聞いたその怪談じみた噂に『母親の娘』は存在しただろうか
いなかった。と思う
しかし、どんな話も体験者がいなければ伝わらないし、すなわち生存者がいないのなら、ガセに違いない
なら、先輩の存在はいつ噂から消されたのか
……噂に怪談らしさを出すため、か。ならば、生き残った人間はいない方がいい
うん。もっともらしい、妄想だ
どちらにせよ、先輩の話を信じるとして、問題点は二つ
なぜ、今になってコインロッカーの怪が息を吹き返したのか。それと、僕達に何が出来るのか
……まあ、明日先輩と話し合えば良いか。東の空も黒ずんできたし、帰る事にする
そこそこ暖まっていたベンチから、後ろ髪引かれながら立ち上が
「あら、もう行くの?」
ろうとしたら、本当に後ろ髪を掴まれた
……地味に痛い
振り返るとそこには
「もう少し寄り添い合いましょう。雪でも降りそうな寒さだわ」
先輩が居た……って、なにそのキモい口調。キモいのに似合っている辺りがさらにキモい
「……先輩、電車通学なんでしょう。大丈夫なんですか」
「大丈夫よ」
大丈夫らしい。なら、明日の予定を今日に繰り上げても良いだろう。明日って今さ
先輩の隣、少し冷えたベンチに腰を戻す
「そういえば、いつの間に居たんですか?」
「貴方が気付いた時に居たわ」
シュレーディンガーでも語る気か?この人はいつもそうやって煙に巻こうとする。そうしてやり込められる僕も僕なのだが
だから今日はあえてスルーする。人間とは学習する生き物なのだ
「先輩と話しておきたいことがあるんです」
「それは学校の私に話してあげてくれないかしら」
「話したくない、と」
「そうとってくれて構わないわ。代わりに、今日は時間の話をしましょう」
ええああはいはい。付き合いますよっと
「時間は一定ではないの」
開口一番電波を振り撒き出した。ああ、まあ、こういう人だ。赤月先輩は
そうして、そんな先輩の奇妙な話だけは嫌いではない……移らなければ良いけど
「確かに、感覚で言えば一定だとは言えませんね」
「暑いとき、寒いとき、痛いとき、悲しいとき、嬉しいとき、楽しいとき、快適なとき。そういう話ではないわ」
「なら?」
「個体による時間の差、とでも言うのかしら」
「ああ、寿命や体長によって違うとか言うやつですか」
クジラとネズミでは時間の早さが違う。とは小学校だか中学校だかの国語でならった。気がする。心拍数がどうとか、だったか?
「そうね。なら、寿命がないものでは、どうかしら」
寿命がないもの……?
「あれですか。先輩がさっき言ってた、都市伝説とか。あとは、幽霊や妖怪」
「統合するにはあまりにも雑多過ぎるけれど、そういったモノ達にとっての時間。それは、果たしてどうなのかしら」
「えー、と……どうなんでしょう」
化け物になったことが無いので分からない
「そういったモノ達にとっての時間。それは、池みたいなものなの」
「……確かに、時の流れを川に例えることはありますけど」
断言するのはどうだろう。化け物達から苦情が来て、そのまま百鬼夜行は勘弁願いたい
「人にとっての人生は確かに川に近いわね。小石が落ちた瞬間を生まれ落ちたときとするならば、流れに乗って、波紋は殆どが川下に及ぶわ」
想像してみる……川上に生まれた波紋は流れに押されて小さな物となるだろう。それは、言わば母の中に居る状態なのだろうか
「それで、化け物の時間が池だ、というのは?」
「何処に小石を落とそうと、その波紋は前後左右問わず池に広がり、そして消えるでしょう」
それは、つまり
「生まれたときより過去にも存在できる、と?」
「あら、賢いわね」
頭を撫でられる。今日の先輩は少しおかしい。いや、いつもオカシイのだけれど
しかし、言われてみればコインロッカーの都市伝説は相当昔からあるはずで、先輩が物心ついたときから広がり始めたとは思い難い
まあ、都市伝説の正確な誕生日など知らないのだから、実際どうかは知らないが
「賢い貴方には、はい。これ」
何かを制服のポケットから取りだし、左手を拘束する
見たところバングル。のようだが
「……なんですか、これ」
「お守りよ。まだ、時間が足りないから。だから、絶対に外さないで」
「お守りよ。まだ、時間が足りないから。だから、絶対に外さないで」
さっきの話の続きだろうか?
だが、良く意味は解らなかった
「うふふ。残念賞はないの」
ああ、そうかい。校則違反にならないだろうな?コレ
「さて、そろそろ良い時間だから帰る事にするわ」
「え、ああ。はい。お疲れ様です」
反射的に答えて、周りが真っ暗なことに気づく。外灯のせいで気づかなかったのか、先輩ばかり見ていたので気づかなかったのか。たぶん両方
「ええ。それでは、ごきげんよう」
つい、吹き出した
「……なにかしら?」
真面目な顔で、少し不機嫌な赤月先輩。今は何故だか少し子供っぽくて、可愛らしい
「いや、似合わないですよ。ソレ」
「語尾でも伸ばせば良いのかしら。それともお兄ちゃんとでも呼ばせたいの?」
勘弁してください
「おはようございます」
「うむ。おはよう」
実際には放課後であり、こんにちは。もしくはちわっす辺りが妥当なんだが、このサークルの挨拶がおはようなのは、まあ、授業を真面目に受けてないことの現れである、まる
いや、僕だって先輩に連れ去られる前は授業中に眠る事もなく、真面目に過ごしていたのだが、こんなとこでも毒磁力。ということにしておく
「あれ、先輩。かしら口調は止めたんですか?」
「……おはようと言ったからには目を覚ませよ?」
無かったことにしたいらしい。まあ、良いけど
「ああ、先輩と話しておきたいことが」
「……なんだ?」
ぶっきらぼうな口調の癖に、何故だかパイプ椅子に正座をするちっこい生き物
「いえ……大したことじゃないんですが」
「なんだ。期待させやがって」
期待させる部分があっただろうか
「えっと。なんで今になってコインロッカーが出現し出したのか、と。僕たちに何が出来るのかを話し合おうかと思いまして」
「ああ、そんな事か」
と先輩。そんな事って、実際に人が死んでるってのに。その犯人を知っているのに……
まあ、そんな事か
「最近になって実害が出てきた理由だが、恐らくあのコインロッカーが撤去されたことと関係あるんだろうな」
あ、語りだした
「要調査。ですね……で、僕たちに何が出来るのか、については?」
「まだわからん」
まあ、無さそうではあるが
「その件については妹に動いてもらってる」
あ、調べてるんだ
「って、なんで妹さん?」
妹がいること自体初耳だが。そう考えると、僕は先輩のことをあまり知らない。唯一の友人なのn……おい、やめろ
「こういった噂は女子高生、女子中学生に聞いた方が早い」
あんたも花の女子高生だろうに。っても、先輩じゃあ無理か……痛い
「お察しの通り、私じゃ無理だからな。それに、家の妹は私と違って社交的でな、友人も多いんだ」
ふふん。と自分の事のように自慢げなちびっこ。悲しむべき事態ですよー?
それにしても、聞いただけだが、姉妹でそんなにも対人スキルに違いが出るのは、やはり幼児期の体験のせいだろうか
って、待てよ
「お母さんは、件のコインロッカーで死んだんですよね?」
「気を使わない奴だな」
死んだ。は不味かったか
「ああ、それも当たりだ。妹とは異母姉妹。新しい母と父との子供だよ」
まだ何も言ってないけど、複雑な人生だぷらこって
「さて。やれることはもう無いから私は帰るが、君はどうする?一緒に腕を組みながら帰るか?」
そんなことをしたら腰を痛めるか肩を凝りそうだ。身長差的な意味で
いや、待てよ。二人別々に腕を組めば……オカ研らしい妙な噂をたてられること必至だ
「はぁ……じゃあ私は帰るから、鍵は頼んだぞ」
顔を上げたときには、既に先輩は扉の向こう
文芸棟に存在するこの部室の鍵は、職員室か顧問へ。となっているが、顧問の先生は残っているだろうか
いやいや、残ってないに違いない。ついでに職員室も閉まっているだろう
じゃあ鍵は僕がもって帰るしかないな
別に、職員室や顧問の所に寄るのが面倒なわけじゃ無きにしもあらず
まあ、面倒だろ?
まだ日は暮れていないのだが、流石に空は赤い
事件のせいか、昇降棟には誰一人としていなかった
血のように、と言うには明るすぎる空に、鼻唄でも歌いたくなってくる
そうして、自分の下駄箱の、その扉を開けようとして
僕の足は
僕の手は
僕の頭は
壊れたように動かなくなった
冷や汗が背中を伝う
汗をかくような季節じゃない
鳥肌がたつ嫌な感覚
人間の持つ五感の、そのどれでもない何かがサイレンを奏でる
この下駄箱を開けちゃあいけない
ラーメン屋のバイトをしていたときを思い出す
数週間も経っていない
オカモチに詰まった肉の塊を思い出す
今、この、目の前の箱の、その中に、あの時と同じ光景が、ある
いや、そんなのは幻覚だ
トラウマか?
ああ、そうかもな
実際、あの時はよく見れば気づけたのだ
只の汚れじゃない、と
オカモチから垂れるソレが血だと気づければ、あんな光景見ずにすんだ
ああ、だからこれは
この感覚は幻覚だ
だって、下駄箱からは血が垂れてない
化け物だって、詰めることは出来ても、消すことは出来ない
だから、この感覚は幻覚なんだ
そうだろ?
そうだよな?
このままじゃ埒が明かない
大丈夫。大体僕には霊感だとかそんなモノはない
このままスリッパで帰る気か?
大丈夫
そうして、下駄箱に手を伸ばした瞬間
ガン
聞き違いだ
ガン
ガン
聞き違いだ
でも、じゃあなんで、全ての下駄箱の。その扉が揺れている?
なんで
シリンダー式の鍵は外部からの侵入ばかりか内部からの解放をも阻止することに成功している
だが、それも時間の問題だろう
扉を叩く音は、最早騒音だ
昇降棟全てを包み込み、学校中に響いているであろう盛大な打撃音
でも、じゃあ、なぜ誰も来ない
なぜ、僕は動けない
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガン
最後に一度、小さい音がして
全ての錠が
一斉に
落ちた
ゆっくりと、軋みながら開いていく、『ロッカー』
ゆっくりと、ゆっくりと
扉の影から、髪の毛が覗く
ゆっくりと、ゆっくりと
扉の影から耳が覗く
ゆっくりと、ゆっくりと
扉の影から、扉を押し開ける左手が覗く
ゆっくりと、ゆっくりと開いた
扉の向こうから
少年が覗いていた
「うわぁああああ」
そう叫んだつもりで、その声は僕の耳にすら届かない
扉を開けようとしたまま伸ばされていた右手に、少年の手が触れる
慌てて引っ込めようとするが、遅かった
人とは思えない力で『ロッカー』へと引きずり込まれそうになる
ああ、そうだな。人じゃない
人をロッカーに引きずり込む為に存在する怪異
非生産的な
非現実的な
クソッ
こんな所で、僕は終わりか?
指が、『ロッカー』の壁を撫でる
背筋に悪寒が走った
右手の指先がミシミシと嫌な音をたてる
熱い
痛い
嫌だ
僕は、あんな、肉の塊になんか
成らない
痛い
成りたくない
痛い
痛い
なんで、僕が
熱い
痛い
こんな目に
ふっ
ふざけるな
お前は、この、糞餓鬼は
クソッ、熱い。痛い!
まだだ
まだ、死にたくない
テメエ何かに殺されて
「たまるかぁっ!!」
無我夢中で、『ロッカー』の中にいる少年を殴り付けていた
「いつっ……って、あれ?」
左手が捉えたのは下駄箱の奥で、少年は最早どこにも居なかった
ああ、さっきまでのは幻覚か
なーんだ。びびって、怪我して馬鹿みたいじゃんか
ハハハ
「あれ、長谷川君?何して……って、その手、なになに、どうしたの!?」
誰だっけ、この子。確か、クラスの……手?手がどうし……
見れば、右手の指が関節を増やしていた
「ああ、そう……現実、かぁ」
女の子が悲鳴をあげる
僕には出来なかったのにな。そんなに簡単にやられたら自尊心が粉微塵だよ
ああ、先輩と話すことは決まったかな
コインロッカーに狙われる基準。話し合わなきゃ、先輩も、危ないかな
うん……あれ、揺れてる
あれ、これは、気絶、する……?
意識が途切れる直前に
僕は三つのものを感じた
一つは、何処からかの少年の視線
もう一つは、昨日の夜に得た、左手に輝く銀のバングルが砕けて落ちるところ
そして、最後の一つは、先輩のしてやったりな笑い声
ああ
いつもの
勝ち誇った笑い声は
なんだか
落ち着く……ね
いつもの
勝ち誇った笑い声は
なんだか
落ち着く……ね