●
様子を窺うような沈黙。その中でまず動いたのは外殻の破片を所々穴が空いたスーツからはたき落とす動作を始めた浅井だった。
切り離された足に空いた穴を見、うへぇ、と呻き、頭部から流れる血を乱暴に拭いながら彼は言う。
「……ってーなぁ、ちくしょー」
「正気に、戻ったのか?」
青年がさっちゃんを抱き上げた浅井を見て確認する。浅井は青年へと振り向き、
「おうよ、まったく油断も隙もねえ、主犯は≪ホープダイヤ≫だな。くそ、宝石のくせしやがっていっちょ前に自我なんぞ持ちやがった。人を乗っ取りやがるし……」
「ホープ程になれば自我をもつこともあり得ますね」
黒服がどことなく安心した声で言う。
「なんにせよおっちゃんが元に戻ってよかったよ」
「なの」
少女が携帯を畳み、リカちゃんについた埃を払う。
「おとーさん……」
さっちゃんが浅井の横で心配気に呼びかける。浅井はばつが悪そうに苦笑して、
「ああ、ごめんな。さっちゃん」
その呼ばれ方に、さっちゃんの顔が喜色を帯びた。首を振り、
「ううん、おとーさんも大丈夫?」
「ああ」
浅井は答え、衣服の中からネックレスの石を取り出した。それには微細なひびが入っており、
「……砕けるか」
「まだしつこく取り込んできそうだけどな」
青年の問いに浅井がまいったまいったと答える。その額には嫌な汗が伝っており、油断できない状況を物語っていた。
さっちゃんが浅井の手の中にある石を見ながら謝り、己の能力でもぎ取っていた足を浅井へと返還した。
「……ごめんなさい、さっちゃんが≪夢の国≫の事、教えちゃったから」
「そのおかげで俺は生きてこれたんだ。生きながら死んでた俺がな」
浅井はだから気にするなと笑って言う。さっちゃんはうん、と小さくいらえを返し、
「おとーさん、さっちゃんね、よく分からなくなっちゃった。≪夢の国≫はゆるせないけど……あの王様は同じかっこうだけど、でも違ってて……さっきはね、かばってくれたんだよ? ……でも」
「全部をなかった事にするにはいろいろと大事なモノを無くし過ぎたよな」
まいった。とさっちゃんの頭をくしゃくしゃと浅井は撫でる。そのまま夢子の顔を見ず、言う。
「すまねえ……」
「いえ、私たちの罪ですから……」
石二つの効果が一時的にほとんど失われたせいか、疲れを滲ませながらも大分落ち着いた様子で夢子が答えた。
浅井は頷き、
「これで終いにする」
「うん、おとーさん、これで終わりにしよう。さっちゃんたちの悪夢を」
「おう」
大きく息を吸い込んだ。
浅井の手の中でネックレスの光量が上がっていく。
外殻が作成され、纏われる。身体の内部が変異する不気味な音が聞こえる。
「大丈夫なのか?」
青年が光量を段階的に上げて行くネックレスを見て訊く。
「身体ならもう手遅れだし、コイツらも今はおとなしい」
浅井はそう言ってひびの入ったペンダントを揺らし、
「この一撃で使い潰すぜ。≪夢の国≫ごと、な」
笑みで言った。
「そうか」
青年は答え、構える。
「では止めさせてもらおう」
そこに夢子が割って入った。
「私が相手をします――それが正当な形なのですから」
「お、おい! 夢子ちゃんには無理だって」
少女が未だ顔色悪くふらついている夢子に言う。
「やれます」
「夢のお姉ちゃん」
「体力的に不可能でしょう、ここは一旦時間をあけて、できれば話合いで」
夢子を止めようとする黒服の言葉に浅井が首を振る。
「そんな時間はねえよ」
夢子は頷くと、
「では、私がお相手を……」
そう言って歩み出した夢子の前にスッと青年の手が差し出された。浅井を見たまま青年は声をかける。
「自分の依頼を忘れたか? 夢子ちゃん」
「え?」
「『私を、そして≪夢の国≫を再び歪むるに至る呪いの元を止めて頂きたく思います』。だったか、呪いの元はさっちゃんとその契約者だ。ならばこの件についての優先権は俺が持っているな?」
青年の言葉に夢子はそうですが、と答え、
「ですが――」
言葉を重ねようとするのに、
「契約者」
青年が声をかけた。少女はおう、と夢子の前に立ち、
「夢子ちゃん。おっちゃんと戦いたいなら俺を倒してみろ」
「え?」
動きを止める夢子、笑みで少女は拳を振り上げ、異形に貫かれていた辺りを割と容赦なく殴った。
鈍い音と共に態勢を崩す夢子の胸元を掴んで引き寄せ少女は言う。
「ほら、やっぱり無理じゃねえか。俺にも勝てねえんじゃやめとけ」
そう言って青年に「これでいいんだろ?」とばかりに笑む少女に青年は笑みで返し、
「俺に約束を守らせろ」
夢子に言って浅井へと顔を向けた。
「構わないな?」
「ああ、別にあんた一人間に挟んだ所で威力は変わんねえからな」
そう答えた浅井から笑いが思わず漏れた。
「いろいろとめんどくせぇ奴らだな」
「まったくだ」
皆信じられないほど甘い。憧憬を感じる程に。
青年が感慨深く頷いていると浅井が呆れたように言った。
「お前もだよ」
「俺はそんなに高尚じゃあない」
青年はそう返し、そうかい、と浅井はやはり呆れたように答えた。
息を吐きだし、目に力を込め、告げる。
「――行くぜ、青年」
頷き、青年は答える。
「来い」
切り離された足に空いた穴を見、うへぇ、と呻き、頭部から流れる血を乱暴に拭いながら彼は言う。
「……ってーなぁ、ちくしょー」
「正気に、戻ったのか?」
青年がさっちゃんを抱き上げた浅井を見て確認する。浅井は青年へと振り向き、
「おうよ、まったく油断も隙もねえ、主犯は≪ホープダイヤ≫だな。くそ、宝石のくせしやがっていっちょ前に自我なんぞ持ちやがった。人を乗っ取りやがるし……」
「ホープ程になれば自我をもつこともあり得ますね」
黒服がどことなく安心した声で言う。
「なんにせよおっちゃんが元に戻ってよかったよ」
「なの」
少女が携帯を畳み、リカちゃんについた埃を払う。
「おとーさん……」
さっちゃんが浅井の横で心配気に呼びかける。浅井はばつが悪そうに苦笑して、
「ああ、ごめんな。さっちゃん」
その呼ばれ方に、さっちゃんの顔が喜色を帯びた。首を振り、
「ううん、おとーさんも大丈夫?」
「ああ」
浅井は答え、衣服の中からネックレスの石を取り出した。それには微細なひびが入っており、
「……砕けるか」
「まだしつこく取り込んできそうだけどな」
青年の問いに浅井がまいったまいったと答える。その額には嫌な汗が伝っており、油断できない状況を物語っていた。
さっちゃんが浅井の手の中にある石を見ながら謝り、己の能力でもぎ取っていた足を浅井へと返還した。
「……ごめんなさい、さっちゃんが≪夢の国≫の事、教えちゃったから」
「そのおかげで俺は生きてこれたんだ。生きながら死んでた俺がな」
浅井はだから気にするなと笑って言う。さっちゃんはうん、と小さくいらえを返し、
「おとーさん、さっちゃんね、よく分からなくなっちゃった。≪夢の国≫はゆるせないけど……あの王様は同じかっこうだけど、でも違ってて……さっきはね、かばってくれたんだよ? ……でも」
「全部をなかった事にするにはいろいろと大事なモノを無くし過ぎたよな」
まいった。とさっちゃんの頭をくしゃくしゃと浅井は撫でる。そのまま夢子の顔を見ず、言う。
「すまねえ……」
「いえ、私たちの罪ですから……」
石二つの効果が一時的にほとんど失われたせいか、疲れを滲ませながらも大分落ち着いた様子で夢子が答えた。
浅井は頷き、
「これで終いにする」
「うん、おとーさん、これで終わりにしよう。さっちゃんたちの悪夢を」
「おう」
大きく息を吸い込んだ。
浅井の手の中でネックレスの光量が上がっていく。
外殻が作成され、纏われる。身体の内部が変異する不気味な音が聞こえる。
「大丈夫なのか?」
青年が光量を段階的に上げて行くネックレスを見て訊く。
「身体ならもう手遅れだし、コイツらも今はおとなしい」
浅井はそう言ってひびの入ったペンダントを揺らし、
「この一撃で使い潰すぜ。≪夢の国≫ごと、な」
笑みで言った。
「そうか」
青年は答え、構える。
「では止めさせてもらおう」
そこに夢子が割って入った。
「私が相手をします――それが正当な形なのですから」
「お、おい! 夢子ちゃんには無理だって」
少女が未だ顔色悪くふらついている夢子に言う。
「やれます」
「夢のお姉ちゃん」
「体力的に不可能でしょう、ここは一旦時間をあけて、できれば話合いで」
夢子を止めようとする黒服の言葉に浅井が首を振る。
「そんな時間はねえよ」
夢子は頷くと、
「では、私がお相手を……」
そう言って歩み出した夢子の前にスッと青年の手が差し出された。浅井を見たまま青年は声をかける。
「自分の依頼を忘れたか? 夢子ちゃん」
「え?」
「『私を、そして≪夢の国≫を再び歪むるに至る呪いの元を止めて頂きたく思います』。だったか、呪いの元はさっちゃんとその契約者だ。ならばこの件についての優先権は俺が持っているな?」
青年の言葉に夢子はそうですが、と答え、
「ですが――」
言葉を重ねようとするのに、
「契約者」
青年が声をかけた。少女はおう、と夢子の前に立ち、
「夢子ちゃん。おっちゃんと戦いたいなら俺を倒してみろ」
「え?」
動きを止める夢子、笑みで少女は拳を振り上げ、異形に貫かれていた辺りを割と容赦なく殴った。
鈍い音と共に態勢を崩す夢子の胸元を掴んで引き寄せ少女は言う。
「ほら、やっぱり無理じゃねえか。俺にも勝てねえんじゃやめとけ」
そう言って青年に「これでいいんだろ?」とばかりに笑む少女に青年は笑みで返し、
「俺に約束を守らせろ」
夢子に言って浅井へと顔を向けた。
「構わないな?」
「ああ、別にあんた一人間に挟んだ所で威力は変わんねえからな」
そう答えた浅井から笑いが思わず漏れた。
「いろいろとめんどくせぇ奴らだな」
「まったくだ」
皆信じられないほど甘い。憧憬を感じる程に。
青年が感慨深く頷いていると浅井が呆れたように言った。
「お前もだよ」
「俺はそんなに高尚じゃあない」
青年はそう返し、そうかい、と浅井はやはり呆れたように答えた。
息を吐きだし、目に力を込め、告げる。
「――行くぜ、青年」
頷き、青年は答える。
「来い」
●
外殻が、光が、それぞれの体を覆った。
直後、異形と化した浅井がさっちゃんを抱えて背後に跳んだ。
「この距離ならぶっ放す時間は稼げるだろうよ!」
叫び、深く、深く、深く、空気を貪る。
変異した内臓が高エネルギーを体内で造り上げる。外殻の下で二つのネックレスの亀裂が深くなっていくのを感じるが構わない。なぜなら、
この一撃でこの石共も全部ぶっ壊してこれ以上の迷惑をかけさせねえ!
そう思う視線の先、青年はこちらに掌を向け同じように大きく息を吸いこんでいる。
無駄だ。そう思う。
しかし、心のどこかでは青年が受け止めてくれると信じて疑っていない自分が居た。
娘と妻を失ってからの数十年、さっちゃんと出会ってからの更に十年、その間の悲しみも喪失感も怒りも恨みも全て昇華されていくようだ。
思い、さっちゃんが手を握る感触を得る。
これが決着の一撃だ。受け止めてみろ!
「復讐に全部捧げちまった馬鹿の〝さいご〟のあがきをよおおおおぉっ!!」
咆哮し、異形は口内の光を青年に、その背後の≪夢の国≫の王へと向けた。
――ああ、受け止めよう。
青年は小さく呟き、
「破ああああああああああああぁっ!!」
苛烈な気合いで応えた。
浅井の首に光る赤と青白の光が臨界に達し、熱線が放たれた。
応えるように青年が放った白い光が光弾ではなく、一本の巨大な柱のようになり、相手へと向かって宙を疾駆する。
両者の光は引かれ合うように接近する。
瞬間、光柱と熱線は激突し、爆発した。
直後、異形と化した浅井がさっちゃんを抱えて背後に跳んだ。
「この距離ならぶっ放す時間は稼げるだろうよ!」
叫び、深く、深く、深く、空気を貪る。
変異した内臓が高エネルギーを体内で造り上げる。外殻の下で二つのネックレスの亀裂が深くなっていくのを感じるが構わない。なぜなら、
この一撃でこの石共も全部ぶっ壊してこれ以上の迷惑をかけさせねえ!
そう思う視線の先、青年はこちらに掌を向け同じように大きく息を吸いこんでいる。
無駄だ。そう思う。
しかし、心のどこかでは青年が受け止めてくれると信じて疑っていない自分が居た。
娘と妻を失ってからの数十年、さっちゃんと出会ってからの更に十年、その間の悲しみも喪失感も怒りも恨みも全て昇華されていくようだ。
思い、さっちゃんが手を握る感触を得る。
これが決着の一撃だ。受け止めてみろ!
「復讐に全部捧げちまった馬鹿の〝さいご〟のあがきをよおおおおぉっ!!」
咆哮し、異形は口内の光を青年に、その背後の≪夢の国≫の王へと向けた。
――ああ、受け止めよう。
青年は小さく呟き、
「破ああああああああああああぁっ!!」
苛烈な気合いで応えた。
浅井の首に光る赤と青白の光が臨界に達し、熱線が放たれた。
応えるように青年が放った白い光が光弾ではなく、一本の巨大な柱のようになり、相手へと向かって宙を疾駆する。
両者の光は引かれ合うように接近する。
瞬間、光柱と熱線は激突し、爆発した。
――――カッ、
轟音が弾ける。
光爆が通りを駆け抜け、アトラクション類が衝撃に砕け散り、石畳が捲れあがり、砕かれる。
光と熱の爆心地、彼らの間にあった空間には今や巨大な光玉が在り、尚も己の力をその中心へと向けて放ち続けていた。
光は、≪夢の国≫の王に届いていない。
――届かなかったか。
しかし、その光景を見て、浅井は落胆以上に感嘆のような感情を得ていた。
「――はは」
思わず漏れ出た声はどこか楽しげなもので、浅井はさっちゃんと繋いだ手を離した。
浅井の直上に足を振り上げた青年が現れてもその光景を呆けて見つめていた。
「満足か?」
亀裂を深く刻み、しかし未だに光を点滅させているネックレスに視線を向けての問いかけと共に青年は振り上げた右足をそのままに浅井へと落下する。
「概ねな。……だが、このまんまじゃあ――心残りだなぁ」
意識が再び都市伝説に呑まれていく感覚を感じながら浅井は答え、青年が頷いた。右足が激突する。
踵落とし。
巨大な槌で殴られたような衝撃と共に異形の頭の外殻が叩き割られ、強引に下へと向けさせられた顎の外殻が胸部の外殻を打ち、砕ける。
青年は動きを止めない。
左足一本で着地し、足を素早く引き戻し、体をひねり込み、再度右の蹴りで異形から覗く彼の顎を蹴り上げる。
かち上げられ仰け反った浅井の胸には砕けた外殻からむき出しになったネックレスが二つ揺れている。
青年は足を再度引き戻し――今度は地面にその足を着け、代わりに左手を突きだす。
「砕けろ――それがせめてもの幸せだ」
手から光弾が放たれ、小さく同意の言葉を吐いた浅井の胸を打ち、その身を後方の建物へと吹き飛ばした。
光爆が通りを駆け抜け、アトラクション類が衝撃に砕け散り、石畳が捲れあがり、砕かれる。
光と熱の爆心地、彼らの間にあった空間には今や巨大な光玉が在り、尚も己の力をその中心へと向けて放ち続けていた。
光は、≪夢の国≫の王に届いていない。
――届かなかったか。
しかし、その光景を見て、浅井は落胆以上に感嘆のような感情を得ていた。
「――はは」
思わず漏れ出た声はどこか楽しげなもので、浅井はさっちゃんと繋いだ手を離した。
浅井の直上に足を振り上げた青年が現れてもその光景を呆けて見つめていた。
「満足か?」
亀裂を深く刻み、しかし未だに光を点滅させているネックレスに視線を向けての問いかけと共に青年は振り上げた右足をそのままに浅井へと落下する。
「概ねな。……だが、このまんまじゃあ――心残りだなぁ」
意識が再び都市伝説に呑まれていく感覚を感じながら浅井は答え、青年が頷いた。右足が激突する。
踵落とし。
巨大な槌で殴られたような衝撃と共に異形の頭の外殻が叩き割られ、強引に下へと向けさせられた顎の外殻が胸部の外殻を打ち、砕ける。
青年は動きを止めない。
左足一本で着地し、足を素早く引き戻し、体をひねり込み、再度右の蹴りで異形から覗く彼の顎を蹴り上げる。
かち上げられ仰け反った浅井の胸には砕けた外殻からむき出しになったネックレスが二つ揺れている。
青年は足を再度引き戻し――今度は地面にその足を着け、代わりに左手を突きだす。
「砕けろ――それがせめてもの幸せだ」
手から光弾が放たれ、小さく同意の言葉を吐いた浅井の胸を打ち、その身を後方の建物へと吹き飛ばした。