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連載 - とある警察幹部の憂鬱-10

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 ----約15年前 学校町内の、とある住宅にて


 ぱたん、と玄関の扉が開く音がして、私は顔をあげた

「ただいま」

 すぐにかけられた兄の声に、私は安心する
 揚げ物をしている時に離れる訳にはいかず、キッチンから声をかけた

「お帰りなさい、兄さん」
「ん、夕飯作ってたのか?」

 うん、と頷くと、兄は苦笑してくる
 兄はすぐ傍までやってきて、ぽふぽふと、私の頭を優しく撫でてくれた

「悪いな、いつもお前にばかり料理させて」
「いいの。兄さん、料理って言ってもレトルト温めたり冷凍食品解凍したりしかしないじゃない」

 私の言葉に、兄は、う、とバツの悪そうな表情を浮かべてきた
 いつもからかわれてばかりだから、お返しだ
 私は笑いながら、父と兄の好きな鳥のカラアゲをキッチンペーパーの上に乗せていく

「親父は……今夜も、遅くなりそうか」
「事件の捜査中だもの、仕方ないわよ」
「だよなぁ」

 警官として働いている父は、近頃町を騒がせている事件にかかりっきりで忙しい
 数日、家に帰ってこられない日もざらだ
 それでも、今日は一旦、家に帰ると連絡はもらっている
 だから、夕食は父が好きで、兄も好きな料理を選んだのだ
 兄はリビングに向かって…テーブルの上におきっぱなしだった新聞の、その一面を見て、難しい顔をする

「…口裂け女、なぁ。そんなもん、いる訳ねぇのに」

 兄が呟いたその言葉に、私も同感だ
 近頃、父がかかりっきりになっている事件…それは、無差別の通り魔事件
 それも、口を裂いて殺すという、残忍な殺し方
 被害者達に、共通点は一切ない
 辛うじて、一人、生き延びた人が居て……錯乱状態に陥ったその人は、こう証言したらしい

『口裂け女に襲われた』

 と
 だから、この事件は通称「口裂け女殺人事件」とか言われて、マスコミに騒がれている

 マスコミは勝手だ、と思う
 口裂け女なんて、いるはずがないのに
 面白おかしく報道しようとして、そのせいで事件が混乱するじゃないか
 そのせいで、父たちがどれだけ苦労しているか

「美緒、お前も学校帰り、気をつけろよ?」
「兄さんこそ。兄さんはアルバイトの帰りとか遅くなっちゃうんだから。私よりも気をつけないと駄目よ」

 大丈夫だよ、と兄が笑う
 そうだよね、と私も笑った

 ……早く、父も帰ってこないだろうか
 もう、三日もまともに顔を合わせていないし、話してもいない
 疲れきって帰ってくるだろうから、ゆっくり休ませてあげたい

 母が死んでから、ずっと男手一つで私と兄を育ててくれた父
 あまり、無理はしてほしくない
 だから、家のことは、自分達が何とかしないと

 …カラアゲも、全部揚げ終えて
 食事の準備はできた
 食卓に、運ぼうとした……その時
 リビングの電話が、鳴り響いた

「っと、俺が出る」
「あ、うん………お父さんかな…」

 ちん、と兄が受話器を取った音がした
 …こんな時間に電話なんて、何だろう?
 何だか、もやもやしたものを感じる
 首をかしげながら、私は出来上がった料理を食卓に運んでいく

「…あぁ、空条警部?どうしました?…………え?」

 すぐ傍から、兄が電話に対応している声が聞こえてくる
 …父の、上司から?
 どうしたのだろうか?

「……ち、ちょっと待ってください!冗談は…………!」

 ……突然、兄がそう叫んだ
 驚いて、私は思わず立ち止まって兄を見つめる
 …兄の、顔が………どんどん、青ざめていっているのが、わかった

「……親父、が……?」

 ………父、が?
 どうしたのだろう
 父に……何か、あったのだろうか

「はい……………はい…………………わかり、ました……すぐに、美緒と…そっちに、向かいます……」

 …兄の、声が
 こんなにも沈んでいるのを、私は始めて聞いた
 受話器を置いた、兄の表情は、どこまでも暗かった

「辰也兄さん?…どうしたの?」
「……美緒……いいか?落ち着いて……よく、聞けよ……?」

 兄の、表情を見ていて…思い出したのは
 入院していた母の病態が悪化した、という電話を、父が受けた時
 あの日も父も、今の兄のような表情を浮かべていた



 ……突然の、電話の音
 それは、私たちの幸せが壊れた事を告げる、合図だったのだ





fin




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