三面鏡の少女 44
「お姉ちゃん、泣いてるの?」
夕暮れを通り越し夜闇がゆっくりと降りてくる公園の片隅、小さな公衆トイレの裏で、やや年齢の離れた少年と少女は初めて出会った
ぐしぐしと目を擦り、それまでの陰鬱とした雰囲気を感じさせない笑顔を少女は浮かべる
「ん、大丈夫だよ。それより君はお家に帰らなくて大丈夫なの? お母さんが心配するよ?」
「今日はお母さんは仕事。だから晩御飯を買ってきたとこ」
そう言って片手に提げた弁当屋の袋を見せる少年
「お姉ちゃんも早く帰った方がいいよ。公園のトイレに一人でいると、赤マントとかが出るんだぜー」
「中じゃないから平気じゃないかな。それにもう帰るから大丈夫。きみも寄り道しないで早く帰らないと、お弁当冷めちゃうよ?」
「うん、それじゃあお姉ちゃんも気をつけてなー」
何度も振り返りながら、元気良く駆けていく少年を見送りながら、少女の顔からゆっくりと笑みが引いていく
濡らしたハンカチで目元を冷やし、何事も無かったかのように帰途についていった
夕暮れを通り越し夜闇がゆっくりと降りてくる公園の片隅、小さな公衆トイレの裏で、やや年齢の離れた少年と少女は初めて出会った
ぐしぐしと目を擦り、それまでの陰鬱とした雰囲気を感じさせない笑顔を少女は浮かべる
「ん、大丈夫だよ。それより君はお家に帰らなくて大丈夫なの? お母さんが心配するよ?」
「今日はお母さんは仕事。だから晩御飯を買ってきたとこ」
そう言って片手に提げた弁当屋の袋を見せる少年
「お姉ちゃんも早く帰った方がいいよ。公園のトイレに一人でいると、赤マントとかが出るんだぜー」
「中じゃないから平気じゃないかな。それにもう帰るから大丈夫。きみも寄り道しないで早く帰らないと、お弁当冷めちゃうよ?」
「うん、それじゃあお姉ちゃんも気をつけてなー」
何度も振り返りながら、元気良く駆けていく少年を見送りながら、少女の顔からゆっくりと笑みが引いていく
濡らしたハンカチで目元を冷やし、何事も無かったかのように帰途についていった
それから、少年と少女は公園で度々顔を合わせるようになった
少女はいつも目元をやや腫らせて精気の無い表情をしていたが、少年と出会うとその顔に笑顔が浮かんでいた
「なー、中学校ってキツいとこなの?」
「うーん、人それぞれじゃないかな。あたしはあんまり好きじゃないけど」
「お姉ちゃん、俺といる時は笑っててくれるけどさ。いっつもすげぇ辛そうだろ」
その言葉に、ただ苦笑を浮かべる少女
「そう見えるかなぁ? 疲れてるだけだと思うけど。受験とか考えないといけないしね」
「大丈夫だよ」
少年は少女の手をしっかりと握る
「俺が大丈夫って言ったら大丈夫。きっと心配事なんてすぐ無くなるからさ!」
少女はいつも目元をやや腫らせて精気の無い表情をしていたが、少年と出会うとその顔に笑顔が浮かんでいた
「なー、中学校ってキツいとこなの?」
「うーん、人それぞれじゃないかな。あたしはあんまり好きじゃないけど」
「お姉ちゃん、俺といる時は笑っててくれるけどさ。いっつもすげぇ辛そうだろ」
その言葉に、ただ苦笑を浮かべる少女
「そう見えるかなぁ? 疲れてるだけだと思うけど。受験とか考えないといけないしね」
「大丈夫だよ」
少年は少女の手をしっかりと握る
「俺が大丈夫って言ったら大丈夫。きっと心配事なんてすぐ無くなるからさ!」
それが、少年が契約した都市伝説能力を初めて使った瞬間だった
―――
「……俺、寝てたのか」
駅前にあるネットカフェの一室で、手塚星は欠伸をしながら目を擦る
《お前、ちょっと行動が雑過ぎやしねぇか? もうちょっと俺の話を聞けよ》
「小学生に何求めてんだよ。俺はお姉ちゃんさえ守れりゃそれでいいんだ」
《お前のモノにするんだろ? 遠慮すんな、女をしっかり守りたいならなぁ》
「黙れ、って俺に言われたらお前は困るだろ? 少しは言葉を選べよ」
『悪魔の囁き』は、その名の通り言葉で宿主の欲望を唆す
その力は強力だが、言葉を封じられればただの寄生虫以下でしかない
《そもそもだ、佳奈美とあの黒服が引き合わせられたのは、お前の力のお陰なんだぜ? あの時のお前は何も判らなかったから、漠然とした解決を願った。その結果としていくつかの縁からこういう結果になった》
姿形の無い『悪魔の囁き』が、意地の悪い笑みを浮かべているのがはっきりと判る
《結果として都市伝説と契約した佳奈美はいじめという苦境を脱出し、祖母との死別という悲しみもあの黒服との出会いが埋めた。全部お前の力のお陰なんだ。逆を言えば、あの黒服はお前が彼女の傍に居れるようになるまでの間の代替に過ぎないんだぜ?》
「だから、もういなくなってもいいってのか?」
そんなはずはない
彼女にとって、一番辛かった時を支えてきた男が、ただの代替だと言って納得するはずがない
「結局、俺はただの近所の子供で。あいつはお姉ちゃんの特別な男なんだよ」
《おいおい、そんな事口に出して言っちゃったらまずくないか?》
「言う事全部が実現するもんか。これぐらいの制御ぐらいできないと、まともに生活できないだろ」
星は気だるそうに椅子から立ち上がると、ぐいと身体を伸ばしながら呟く
「俺の存在は誰にも気付かれない」
そう言って個室を出ると、店員のいる受付の前を素通りして明け方の駅前通りを歩き出す
彼の頭の中には、黒服の言葉が何度も繰り返されていた
駅前にあるネットカフェの一室で、手塚星は欠伸をしながら目を擦る
《お前、ちょっと行動が雑過ぎやしねぇか? もうちょっと俺の話を聞けよ》
「小学生に何求めてんだよ。俺はお姉ちゃんさえ守れりゃそれでいいんだ」
《お前のモノにするんだろ? 遠慮すんな、女をしっかり守りたいならなぁ》
「黙れ、って俺に言われたらお前は困るだろ? 少しは言葉を選べよ」
『悪魔の囁き』は、その名の通り言葉で宿主の欲望を唆す
その力は強力だが、言葉を封じられればただの寄生虫以下でしかない
《そもそもだ、佳奈美とあの黒服が引き合わせられたのは、お前の力のお陰なんだぜ? あの時のお前は何も判らなかったから、漠然とした解決を願った。その結果としていくつかの縁からこういう結果になった》
姿形の無い『悪魔の囁き』が、意地の悪い笑みを浮かべているのがはっきりと判る
《結果として都市伝説と契約した佳奈美はいじめという苦境を脱出し、祖母との死別という悲しみもあの黒服との出会いが埋めた。全部お前の力のお陰なんだ。逆を言えば、あの黒服はお前が彼女の傍に居れるようになるまでの間の代替に過ぎないんだぜ?》
「だから、もういなくなってもいいってのか?」
そんなはずはない
彼女にとって、一番辛かった時を支えてきた男が、ただの代替だと言って納得するはずがない
「結局、俺はただの近所の子供で。あいつはお姉ちゃんの特別な男なんだよ」
《おいおい、そんな事口に出して言っちゃったらまずくないか?》
「言う事全部が実現するもんか。これぐらいの制御ぐらいできないと、まともに生活できないだろ」
星は気だるそうに椅子から立ち上がると、ぐいと身体を伸ばしながら呟く
「俺の存在は誰にも気付かれない」
そう言って個室を出ると、店員のいる受付の前を素通りして明け方の駅前通りを歩き出す
彼の頭の中には、黒服の言葉が何度も繰り返されていた
『今のお前さんには、まだ早いんだよ』
早いはずがない、むしろ遅過ぎるぐらいだったんだ
『……それ、まで……俺の命が、持てばもっと、いいんだがなぁ……』
だったら、俺なんかに任せようとするなよ……身体を治す都市伝説なんていくらでもあるだろ
ぎり、と
苦渋に満ちた顔で歯を食い縛る星
ぎり、と
苦渋に満ちた顔で歯を食い縛る星
『お前は、こっち側の領域に、くるな。化け物になるな……佳奈美を、護りたいんならな』
勘違いをするな
彼女は既にそちら側にいるのだ
契約者でいるという事実を隠して対岸にいた俺が守れるはずが無かったんだ
「だからこそ……俺にそちら側に行くなというのなら。その言葉の責任を取れ、黒服。カナお姉ちゃんの気持ちも確かめずに、人任せなんて安易な逃げ道なんかくれてやるものか」
彼女が黒服を何とも思っていないのであれば、人知れず抹殺しその立場を奪う事に何の躊躇もする必要は無い
彼女の気持ちを確かめて、それを受け入れずに死というものに逃げようとするのなら
逃げる前に、姿を消す前に、死というものに逃げたのだと刻み付けるために、彼女の目の前で引導を渡してやる
いつか戻ってきてくれるかもしれないと待ち続けるような、永遠の苦しみを味わわせないように
だが、彼女があの黒服を選び、彼がそれを受け入れるなら――
星は覚悟を言葉にし、己の脳に刻み付ける
《この町にいる連中の事が、時々怖くなるね。俺達なんかよりよっぽどえげつねぇ。まあ俺のご主人ほどじゃあないがな》
半ば呆れたような『悪魔の囁き』の声に、星は本当に呆れたように応える
「人間がいなきゃ、都市伝説も神様も存在してないんだぜ? こんな恐ろしい生き物、他にいるかよ」
ぽつり、と雨が落ちてきた
星は鬱陶しげに空を見上げると
「雨は、俺を濡らさない」
そう呟いて町の何処かへと姿を消したのだった
彼女は既にそちら側にいるのだ
契約者でいるという事実を隠して対岸にいた俺が守れるはずが無かったんだ
「だからこそ……俺にそちら側に行くなというのなら。その言葉の責任を取れ、黒服。カナお姉ちゃんの気持ちも確かめずに、人任せなんて安易な逃げ道なんかくれてやるものか」
彼女が黒服を何とも思っていないのであれば、人知れず抹殺しその立場を奪う事に何の躊躇もする必要は無い
彼女の気持ちを確かめて、それを受け入れずに死というものに逃げようとするのなら
逃げる前に、姿を消す前に、死というものに逃げたのだと刻み付けるために、彼女の目の前で引導を渡してやる
いつか戻ってきてくれるかもしれないと待ち続けるような、永遠の苦しみを味わわせないように
だが、彼女があの黒服を選び、彼がそれを受け入れるなら――
星は覚悟を言葉にし、己の脳に刻み付ける
《この町にいる連中の事が、時々怖くなるね。俺達なんかよりよっぽどえげつねぇ。まあ俺のご主人ほどじゃあないがな》
半ば呆れたような『悪魔の囁き』の声に、星は本当に呆れたように応える
「人間がいなきゃ、都市伝説も神様も存在してないんだぜ? こんな恐ろしい生き物、他にいるかよ」
ぽつり、と雨が落ちてきた
星は鬱陶しげに空を見上げると
「雨は、俺を濡らさない」
そう呟いて町の何処かへと姿を消したのだった